温故知新(156)孝霊天皇(賀茂建角身命) 葛城円 ナガレ山古墳 長屋王の変 吉備内親王 葛城一言主神社 モン・サン・ミシェル 賀茂御祖神社(下鴨神社) オリンポス山 橘諸兄 恭仁京 石上神宮 法隆寺 聖徳太子
武内宿禰 室宮山古墳 大神神社 極楽寺ヒビキ遺跡 馬見古墳群 ジェッダ 葛城一言主神社 ラス・ダシャン山 吉備内親王墓 楯築遺跡 玉祖神社 百枝八幡宮 履中天皇 淡輪ニサンザイ古墳 葛城襲津彦 佐味田宝塚古墳 叡福寺 岩橋山 城南宮 松尾大社 上賀茂神社 梅宮大社 白峯神宮 神光院 孝霊神社 廬戸神社 賀茂御祖神社(下鴨神社) 鯉喰神社遺跡 ヴェストラホルン山 マラケシュ 水垣宮 長命寺 三大神社 蓬莱山 二里頭遺跡 石上神宮 稲荷大明神 弘仁寺 海住山寺 稲荷山 伏見稲荷大社 フェロー諸島 藤森神社 スカラ・ブレイ 御香宮神社 聖ミカエルの山 馬見古墳群 紫雲山中山寺 メンフィス 六角井戸 地福寺 古代都市セリヌス 井堤寺(井手寺) パルテノン神殿 唐招提寺 郡山八幡神社 古代都市ラト
極楽寺ヒビキ遺跡、ナガレ山古墳、葛城一言主神社、長屋王の変
葛城円は、第17代履中天皇に仕えた大臣で、武内宿禰の曾孫で、葛城襲津彦の孫です。坂合黒彦皇子(第22代清寧天皇と推定)を屋敷にかくまって、第21代雄略天皇(昆支王と推定)に殺されています。古代豪族葛城氏の本拠地とされる南郷遺跡群の南部に、柱の火災の痕跡から葛城円の邸宅という説もある5世紀前半の豪族居館遺跡(極楽寺ヒビキ遺跡)があります。
大和国一之宮 大神神社(奈良県桜井市)と京都御所や神武天皇社とつながるジェッダを結ぶラインの近くにナガレ山古墳(馬見古墳群)があり、このラインは、極楽寺ヒビキ遺跡と長屋王邸跡を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図1)。また、大神神社と極楽寺ヒビキ遺跡を結ぶラインの近くに武内宿禰の墓と推定される室宮山古墳があります(図1)。

飛鳥時代から奈良時代前期にかけての皇族、公卿である長屋王は、第38代天智天皇と第40代天武天皇の孫で、対立する藤原四兄弟の陰謀といわれる729年に起きた長屋王の変で自殺しています。長屋王と吉備内親王(草壁皇子と第43代元明天皇の皇女)の子に、長屋王の変で自害した葛木王がいます。
吉備姫王と同様に、吉備内親王も倭国香媛と関係があると推定されたので、吉備内親王墓(奈良県生駒郡平群町)と倭国香媛の陵墓と推定される楯築遺跡(岡山県倉敷市)の関係を調べてみました。吉備内親王墓と楯築遺跡を結ぶラインの近くには、天明玉命(櫛明玉命)を祀る玉祖神社(大阪府八尾市)や、倭迹迹日百襲姫命を祀っていると推定される百枝八幡宮(岡山県瀬戸内市邑久町尾張)があり(図2)、これらは、関係付けられていると推定されます。

ナガレ山古墳と極楽寺ヒビキ遺跡の近くにある葛城一言主神社(奈良県御所市)を結ぶラインは、大神神社とラス・ダシャン山を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図3)。ナガレ山古墳は、極楽寺ヒビキ遺跡と同じ5世紀前半の築造と推定され、これらのラインから、葛城円の墓と推定されます。

葛城円と履中天皇、葛城襲津彦、聖徳太子(崇峻天皇)
ナガレ山古墳と葛城円が仕えた履中天皇の陵墓と推定される淡輪ニサンザイ古墳(大阪府泉南郡岬町)を結ぶラインは、葛城襲津彦の墓と推定される佐味田宝塚古墳や、聖徳太子(第32代崇峻天皇と推定)磯長墓のある叡福寺(大阪府南河内郡太子町)の近くを通り、葛城一言主神社とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図4)。後者のラインは、「久米の岩橋」のある岩橋山(奈良県葛城市)を通ります(図4)。これらのラインは、葛城円と履中天皇、葛城襲津彦、聖徳太子(崇峻天皇)との関係を示していると推定されます。

城南宮と稲荷山、藤森神社、御香宮神社、松尾大社
稲荷山と神功皇后ゆかりの城南宮(伏見区)を結ぶラインは、藤森神社とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差し、松尾大社(京都市西京区)と御香宮神社を結ぶラインは城南宮を通ります(図5)。

上賀茂神社(京都市北区)と松尾大社を結ぶラインは、京都市左京区下鴨泉川町にある賀茂御祖神社(下鴨神社)と、孝霊天皇(賀茂建角身命と推定)の陵墓と推定される鯉喰神社遺跡とレイラインでつながるオリンポス山を結ぶラインとほぼ直角に交差し、後者のラインは、神光院(京都市北区)の近くを通ります。また、松尾大社と賀茂御祖神社(下鴨神社)を結ぶラインの近くには、梅宮大社(京都市右京区)、白峯神宮(京都市上京区)があります(図6)。賀茂御祖神社(下鴨神社)には、玉依姫命(倭迹迹日百襲姫命と推定)と玉依姫命の父の賀茂建角身命(孝霊天皇と推定)が祀られています。

上賀茂神社ともレイラインでつながる梅宮大社は、橘氏の氏神として知られ、平安時代前期に橘嘉智子(檀林皇后)によって現在地に遷座したとされます。これらのラインから、秦氏の氏神の松尾大社は、元は賀茂氏の神社だったと推定されます。
賀茂御祖神社(下鴨神社)と鯉喰神社遺跡、奈良県磯城郡田原本町にある孝霊神社(廬戸神社)、水主神社境内社の孝霊神社(香川県東かがわ市)の関係を調べてみました。賀茂御祖神社(下鴨神社)と鯉喰神社遺跡を結ぶラインは、孝霊神社(廬戸神社)とヴェストラホルン(Vestrahorn)山を結ぶラインとほぼ直角に交差し、孝霊神社(東かがわ市)と 賀茂御祖神社(下鴨神社)を結ぶラインは、孝霊神社(廬戸神社)とマラケシュを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図7)。これらのラインは、孝霊天皇が賀茂建角身命と推定されることと整合します。

水垣宮と長命寺、三大神社
聖徳太子の開基とされる長命寺(滋賀県近江八幡市)と第10代崇神天皇の水垣宮があったと推定される西賀茂水垣町を結ぶラインは、天智天皇ゆかりの三大神社(滋賀県草津市)と水垣町とつながるスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図8)。このラインから、長命寺を開いた聖徳太子は崇神天皇と推定されます。

長命寺と二里頭遺跡(夏王朝)
長命寺とジェッダを結ぶラインは蓬莱山(滋賀県大津市)を通り、蓬莱山と恭仁京跡を結ぶラインは、長命寺と夏王朝と推定される二里頭遺跡を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図9)。これは、崇神天皇と夏王朝の関係を示していると推定され、崇神天皇の両親と推定される孝元天皇や倭迹迹日百襲姫命が、夏王朝と関係があると推定されることと整合します。蓬莱山は、長命寺や、第9代開化天皇と関係があると推定される沖の白石ともつながっています。

橘諸兄と恭仁京、石上神宮、崇神天皇(聖徳太子)
740年に起こった藤原広嗣の乱の後、第45代聖武天皇の勅命により、平城京から山背国相楽郡(現在の京都府木津川市加茂地区)の恭仁京に遷都されました。
恭仁京は、物部氏の総氏神である石上神宮(奈良県天理市)と蓬莱山を結ぶラインの近くにあります(図10)。このラインの近くには、弘仁寺(奈良市虚空蔵町)や稲荷大明神(京都市伏見区醍醐二ノ切町)があります(図10)。

恭仁宮と伏見稲荷大社、藤森神社、御香宮神社
蓬莱山と恭仁宮跡を結ぶラインの近くに海住山寺(京都府木津川市)があります(図11)。また、恭仁宮跡とフェロー諸島を結ぶラインに近くに稲荷山、伏見稲荷大社(京都市伏見区)があり、スカラ・ブレイと恭仁宮跡を結ぶラインの近くに神功皇后によって創建された藤森神社(京都市伏見区)、恭仁宮跡と聖ミカエルの山を結ぶラインの近くに神功皇后を祀る御香宮神社(伏見区)があります(図11)。

橘諸兄と葛城氏、物部氏、用明天皇(聖徳太子)
山背国相楽郡が選ばれた理由として右大臣(のち左大臣)の橘諸兄(敏達天皇の後裔で、初名は葛城王(葛木王))の本拠地であったことが指摘されています。葛城氏の墓と推定される馬見古墳群と恭仁京跡を結ぶラインは、石上神宮とメンフィス博物館を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図12)。石上神宮や東大寺山古墳からは、「ハルパー」と関係があると推定される内反りの鉄刀が見つかっています。物部氏が祭祀する石上神宮とメンフィス博物館を結ぶラインの近くには、聖徳太子の創建と伝わる紫雲山 中山寺(兵庫県宝塚市)があります(図12)。紫雲山 中山寺は、聖徳太子が物部守屋の鎮魂のため建立したともいわれるので、第31代用明天皇(聖徳太子と推定)が建立したと推定されます。このラインは、初代の聖徳太子と推定される崇神天皇と葛城襲津彦が血縁でつながっていると推定されることと整合します。

恭仁京とパルテノン神殿、唐招提寺、法隆寺
アナトリア半島の古代都市セリヌス(Selinus Ancient City)と恭仁京跡を結ぶラインの近くに、橘諸兄別邸跡(玉井頓宮)があったとされる「六角井戸」(京都府綴喜郡井手町石垣字宮ノ本)や、橘諸兄夫妻の供養墓がある地福寺(井手町字北溝)があります(図13)。恭仁京とパルテノン神殿を結ぶラインの近くに、橘諸兄公旧跡(井手町)や、橘諸兄が創建したと伝わる井手寺(井堤寺)跡があります(図13)。

恭仁京跡と法隆寺(奈良県生駒郡斑鳩町)を結ぶラインはパルテノン神殿とレイラインでつながる唐招提寺(奈良市五条町)を通り、このラインは、石上神宮と丹生都比売神社とつながるクレタ島の古代都市ラト(Ancient City of Lato)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図14)。後者のラインは、郡山八幡神社(大和郡山市天井町)を通ります(図14)。これらのラインは、法隆寺の再建を橘諸兄が行なったと推定されることと整合します。

法隆寺金堂に釈迦三尊像が安置され、五重塔に釈迦の涅槃像があるのは、葛城氏の祖と推定される崇神天皇(聖徳太子と推定)が、釈迦牟尼とつながりがあると考えられていたためかもしれません。
