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【百合小説】隣の彼女は秘密を知っている <エピローグ> 【創作大賞2025】

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<エピローグ>
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エピローグ -私たちの答え-


 私はまた、あの扉の前に立っていた。その隙間からは、以前と変わらず、穏やかなジャズの音色が聞こえてくる。でもあの時と明らかに違うのは、私があまり緊張していないこと、それから——隣に、菜奈が立っていることだった。
 私たちはお互い顔を合わせ、微笑み合う。そして扉の取手に、手をかけた。

「連れてきて下さるなんて…ほんと、本当に、嬉しいです」

 菜奈を連れた私を見て、その店——数ヶ月前に私が訪れたビアンバーのマスターは、心から感動していた。心なしか、彼女の瞳が潤んでいる気がする。告白してくると決めた人を何人も送り出したことはあるが、それから後に相手を連れてきてくれることは、やはり滅多にないらしかった。

「このお店が、私たちのきっかけをくださったって聞いて。私もぜひ来たいって、彼女に言ったんです」
「本当に…ありがとうございます」

 菜奈は私の手を握り、マスターに感謝の言葉を伝えた。その行動に、マスターは我慢しきれず涙を溢れさせ、ハンカチで目を押さえる。

「こちらこそ。きっとあなた達は、私がいなくても、こうなる運命だったんですよ」

 マスターの言葉が、じんわりと胸に広がっていく。さっき飲んだカクテルのアルコールが、今のなって全身を巡り始めたかのように、体の芯から温かくなった。
 が、その時。

「どうだろうね〜運命の相手なんて本当に居るのぉ?」

 短い金髪の、ベロベロに酔っ払った女性が、私たちの間に顔を覗かせて、突然そう憎まれ口を叩いた。

「あ、明穂!やめなさい!」

 マスターの慌てた口調に、私は少し驚く。ずっと落ち着いて、穏やかな印象のマスターだったけど…こんな声も出すんだ。菜奈はその明穂と呼ばれた女性の方を少し睨み、私が明穂さんに触れられていた肩をぱっぱっと払った。

「ご、ごめんなさい。秋穂はここの常連で…ちょっと、恋愛がうまくいかないとすぐやさぐれちゃって」
「幸せなんてなぁ、二ヶ月もなぁ、続かないんだからー!!」

 明穂さんは、カウンターの端の方でテーブルに突っ伏し号泣し始める。マスターは少し困った表情を浮かべつつ、私たちにもう一度小さく「ごめんなさい」と謝った。

「お互いに性的指向が同じでも…恋愛ですから、うまくいかないことも多いです。お二人は、本当に、唯一無二の相手を見つけられたんだと思います」
「…私たちも、早く見つけたいんですけど、ね」

 マスターは明穂さんの方を見ながら、誰に言うでもなく、小さく呟いた。それから、ごゆっくり、と私たちに告げ、明穂さんの方へと移動する。
 マスターは、咎めるように、でもどこか愛おしむように、突っ伏した彼女の金髪をそっと撫でた。その彼女の、見守るような切ない瞳に、なぜか——かつての自分を見ているような気が、した。
 
「全く、酔っ払いは本当に困るね」

 菜奈の呆れたような声に、私のマスターに向いていた意識が、はっと戻される。

「…菜奈がそれ、言う?」

 少し笑いながら、私が菜奈に返すと、彼女も困ったような表情で笑った。そして誤魔化すように周囲を見渡し、何組かのカップルらしき人たちを眺める。

「…ここは、美花にとって、自分を隠さなくていい場所、なんだね」

 私は、その菜奈の言葉に、少し胸がぐっと締め付けられた。しかし、それは今の苦しみによるものではない。

「うん。でも…今は、菜奈がいるから」

 私は、菜奈の肩に自分の頭をもたげる。こんな風にできる日がくるなんて、思ってもいなかった。触れることすら躊躇っていたあの日々の自分に、こんな未来があるんだよって、伝えてあげたい。そう思うほど、今は幸せに溢れている。

「…ねぇ菜奈。ひとつ、聞きたいんだけど」
「ん?」

 私は頭を上げ、菜奈の方を見る。彼女の相槌は、優しく包み込んでくれるような響きがあり、まさにそれは、愛しい相手へ向けたものだと感じられる。
 慣れないその声に、くすぐったさを感じつつ、私は少し躊躇いながらもこう尋ねた。

「…私たちって、恋人、なの?」

 愛しいと、一番側に居たいと、菜奈は言ってくれた。キスも、した。でも、『付き合う』とか『恋人』とか、はっきりとした言葉は、今私たちの間に無い。
 百の幸せの中の、一の不安。たったそれだけなのに、私はどうしてもそこが引っ掛かっていた。

 菜奈はその私の疑問に、少しの間思考を巡らせる。

「んー…恋人…そうだなぁ。私は、私たちの関係を表すのに、その言葉が適していると思っているわけではない…かな」

 考えながら、少しずつ言葉を紡ぐ。彼女の返答にどきっとして、私は思わず目を伏せてしまう。しかし、彼女のことを信じていないわけではない。
 きっと、繊細なことなだけに、私を傷つけずに、でもしっかり自分の気持ちを伝えようとしてくれているのだろう。その真剣な声から、彼女の真摯さが、伝わってくる。
 
「私はそこを重要視してなくて…あなたは私にとって、親友のような、家族のような、恋人のような、そんな存在で。ただ、一緒に居ることができるのなら、その関係の名前なんて、なんでもいいんだ。…でも」
「…あなたを、安心させてあげたいとは、思ってる」

 私が顔をあげると、菜奈の瞳は何の迷いもなく、澄み切っていた。そして彼女の右手には、小さな箱。
 その箱の質感に、私はあるものを予感した。

 私は震える手で、その箱を開ける。

 そこには——指輪が二つ。
 寄り添うように、並んでいた。

「………!」

 言葉にならない声を、口の中に押さえ込む。
 指輪。それは彼女が、いつか恋人からプレゼントしてもらいたいと言っていた、もの。

「いつか恋人からもらうのに指輪はとっておいてって、言ってくれていたよね。…大切な人になら、貰うのではなくてあげることも、幸せだと思ったんだ」

 菜奈は箱から一つ、指輪を手に取る。そして私の左手を胸の高さまで持ち上げた。

「…ここに、リングを嵌めても?」

 私はもう何も言うことができず、ボロボロと涙をこぼしながら何度も頷く。菜奈はそれを幸せそうに、目を細めながら見つめ、私の指に指輪を通した。

「これを見たら、実感が湧いてくれるかな。…私はもう、美花だけ、だよ」

 実感なんて、湧かない。それくらい、夢見心地だった。私は涙を流しながら、彼女の左手の大切な指に嵌めるため、もう一つの指輪を手に取る。私の手は震え、うまく彼女の指に入らない。
 菜奈は私の手に自分の右手を添えて、ゆっくりと指輪を嵌めた。

 今は、私たちは『結婚』という制度を使えるわけではない。両親にも、もしかしたらずっと、何も伝えられないかもしれない。いわゆる『普通の幸せ』は、私たちには無いと思われるのかもしれない。でも。

 私の左手と、菜奈の左手を重ねる。同じ場所に煌めく指輪が、私たちの幸せを物語っている。

 名前なんて、関係性なんて、なんでもいい。これから私たちは、「一緒に生きていく」。
 それだけが事実で、私たちの幸せ。
 
 私の実感は、これから日々、湧いてくるのだろう。
 私の頭には、そういうはっきりとした未来が、描かれている。






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