【百合小説】隣の彼女は秘密を知っている<プロローグ>【創作大賞2025】
あらすじ
大学の講義室に、自分だけの『特等席』を持つ美花。彼女は、女性を愛する自分をひた隠しにし、周囲に合わせる演技で毎日をやり過ごしていた。そんなある日、突然「あなたの特別にしてほしい」と言ってきた完璧な女性・菜奈に、一目惚れをしてしまう。
———数年後。美花は菜奈への想いを隠し続け、二人はお互いにかけがえのない『親友』になっていた。社会人になり、「恋人ができない」と嘆く菜奈に初めて恋人ができた時、二人の世界は静かに壊れ始める。
これは、互いを傷つけることでしか前に進めなかった二人が、本当の『特別』の意味を見つけるまでの、痛くて、温かい物語。
プロローグ -窓際の特等席-
大学のとある教室での講義の時間は、ちょっと早めに行って自分の特等席を取る。心理学概論のような、人がやたらと集まる人気の講義では特にそうだった。
もしその日の授業がつまらなかったとしても、外を眺められる、ちょうどいい場所。誰にも言っていない、私だけの特等席。
だけどその日、そこには——知らない誰かが、座っていた。
彼女は外も見ず、手に抱えた本に視線を落としていた。さらりと流れる黒髪が、日の光に透ける。話しかけようかと思ったけれど、こんなに空いている中「そこ私の席だから」なんて、到底言えるはずもない。結局私は、彼女の後ろの席を一つ空けて、その更に後ろに座る。
——はぁ、窓枠、邪魔だなぁ…。
私はため息をついて、頬杖をついた。窓の下を通る外通路は、いつも様々な人たちが歩いている。仲良さそうに腕を組んでいる人たちもいれば、少し遠くにいる相手を気にしている人がいる。時には、カバンを投げつけて喧嘩していたりする人もいて、つまらない授業なんかより、見ていて本当に面白い。
しかしその楽しさは、いつもの席以外からは存分に味わえなかった。それに今座っているこの席は、意外と日が当たって教科書が読みにくい。あの席は眺めがいいだけでなく、木の影がちょうどいい具合に日を遮って心地の良い環境を作っていたのだと、他の席に座って初めて気がついた。
私の、とても大切な『特等席』。彼女は外を眺めるわけでもなく、ただ本を読んでいるだけ。だったら、どこの席でもいいはずだ。なのに——なぜ、そこなの?
私は肩を落とし、その席に座る彼女の後ろ姿に、問いかけるような熱い視線を送る。
不意に、彼女がくるりと振り向いた。目を逸らす間もなく、その視線と真正面からぶつかる。驚いて、「うっ」と、小さく声が漏れた。
見ていたことがバレてしまった。見つめすぎてしまったか。
私は慌てて、視線を外す。完全に目が合った後では、その行動はかえって不自然に見えただろう。
彼女は私をまっすぐに見据えたまま、何か——意を決したように話しかけてきた。
「——あなたは、どうして私に何も言わないの?」
「え?」
知り合い、だっけ。一瞬脳裏をよぎったが、すぐに違うと打ち消す。こんな一目で目を奪われるような子、知り合いだったら絶対に忘れるわけがない。——それならこの人は、一体、誰なんだろう。
どう返答しようか迷っていると、彼女は続けてこう言った。
「『私の席を取らないで』と、どうして言ってこないの?」
一瞬、私は息を呑む。
私の「特等席」の意味を——誰にも話していないはずのその秘密を、彼女はひとり、気がついていた。
彼女の深く澄んだ瞳が私を捉え、まるで私の心の奥までも、見透かされているような気が、した。
