【百合小説】隣の彼女は秘密を知っている<6>【創作大賞2025】
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第2章
3
美花はこれまで、どんなタイプの人に、好意を抱いてきたのだろう。
私はパンを口に運びながら、正面に座る美花の顔をさりげなく観察する。彼女は姿勢が良く、流れるような美しい所作でパスタをフォークに巻き付けていた。外見は可愛らしく、話し方も穏やかだが、内面は堅実で頼りになる側面も持ち合わせている美花。彼女が男性と共にいる様子を、私は具体的に想像できないでいた。
美花は私の視線に気付き、ナプキンで口元を軽く拭ってこちらに微笑みかけた。その笑顔に、私は一瞬、動揺を覚える。
今日も私たちは、夜、二人で食事に来ていた。いつもとは少し違い、少し高級なイタリアンレストランで、ワインを嗜んでいる。今日は——私の二十七回目の、誕生日だ。
「おめでとう、菜奈。はい、これ」
「ありがとう!…わぁ」
思わず感嘆の声が漏れる。美花からの誕生日プレゼントは、イヤリングだった。私は早速、ジュエリーボックスからそれを取り出し、耳につける。
「今年はクリア素材なんだね、可愛らしい。でも、フォーマルな場面でも使えそう」
水の滴を模したチャームが、耳元で揺れる。そのチャームの基部には、控えめながらも美しい輝きを持つ宝石が付いており、今年もそれなりに高価な品であることが予想できた。
「よかった、似合ってる。もう6個目だね」
美花は、まるで自身がプレゼントを受け取ったかのように、嬉しそうな表情で微笑む。
実は、美花から私への誕生日プレゼントは、慣例のように毎年イヤリングと決まっていた。
私は昔から、プレゼントとしてアクセサリーを贈られることに憧れを抱いていた。しかし、長年恋人もできず、その機会がなかなか巡ってこない。そのことを嘆いていたら、美花が、出会って初めての誕生日に、イヤリングを贈ってくれたのだ。
「ネックレスや指輪は、将来の彼氏にとっておいて。でも…イヤリングくらいなら、いいかなって」
そう言って少しはにかむ美花が、その瞬間一層愛らしく見えた。正直なところ、女性からアクセサリーを贈られることに憧れを抱いていたわけではない。しかし——美花から贈られたことは、本当に嬉しく感じた。加えて、私が会話の中で何気なく言及した「憧れ」を、彼女が実現しようとしてくれたのだと思うと、その喜びはさらに増す。
私がその年にあまりに喜んだこともあり、それ以降は、毎年イヤリングを贈るという形が定着した。美花はセンスが良く、可愛らしく、かつ使い勝手の良いものを毎回選んでくれる。
私は、美花から贈られたイヤリングを自宅で並べ、飾っている。普段、外出する際にはそれらを着用しているのだが、今日は新たなものが加わる日だったから、あえて付けてこなかった。帰ってから、そこに今年の一点が加わることを思うと、今からもう帰路が楽しみになるくらいだ。
嬉しさから、私は耳元のイヤリングを意図的に揺らす。その行動を見た美花も、満面の笑みを浮かべていた。
しかしその直後、彼女はわずかに表情を曇らせ、申し訳なさそうな様子で言った。
「あのね、毎年イヤリングだけっていうのも、申し訳なくて…なにか、欲しいもの、他にない?」
美花からの申し出に、私は驚きを覚える。ディナーの予約に加えてイヤリングまで贈ってくれたのに、彼女はまだこれ以上をしてくれようとしているのか。
「私は、既に十分喜んでるのだけど。…伝わってない?」
「あ、ううん、伝わってる。どっちかっていうと…私の、問題かな」
毎年同じものだけだとサボってるような気がしてしまって、と彼女は言った。
「プレゼントって、相手のことを想う時間も含めて、嬉しいじゃない?なんか…それが足りないかなって」
正直なところ、美花がそこまで考えてくれているという事実だけで、私には十分だった。毎年異なる、私が好むであろうデザインの品を探すというだけで、私を想ってくれている気持ちは嫌というほど伝わる。それでも彼女がそれを手抜きと感じてしまうのは、彼女の真面目すぎる気質のせいだろう。
しかしおそらく、私がこれ以上はいらないと告げても、美花は納得しないことは、容易に予想がつく。どうしようか思考を巡らせていると、ふと、ある考えが浮かんだ。
「それなら…美花の家に、行きたい」
「え?」
私の返答は、美花にとって予想外のものだったのか、彼女の目が、丸く大きく開かれた。
「私、美花の家に行ったことがない。6年間、一度も。食事の後の二次会、美花の家は、どう?」
良い提案だと思った。これなら、美花にこれ以上の金銭的負担をかけることもない。それに、美花の家を訪れたことがないという事実は、実は今まで——本当に親友と言っていいのだろうかと、不安を抱く時もあったから。
しかしこの提案は、美花にとっては、良いものではなかったようだった。
「あぁ、えっと……」
彼女は、視線を泳がせ、言葉を詰まらせる。これまでに見たことがないほどの動揺が、彼女の表情から見てとれた。
自宅に行くことは、そこまで重大なことなのだろうか。もしかして、信じられないほどの汚部屋、とか。あるいは——何か秘密を、隠している?
「ごめん、とりあえず、二次会は…バーを予約してるから、そっちに行こ?」
彼女はわずかに困惑したような笑顔を浮かべ、そう言った。
私はここで引き下がるべきだろうか。…いや、このままでは、おそらく『特等席にいる美花』の、本質を理解することはできない。もしかしたら、ここが、重要な転換点なのかもしれない。
私は意図的に、拗ねたような、甘えを含んだ声を出す。
「それはそれで構わないのだけど…そのあと、美花の家にも、行かせてもらえないかな?二人きりでないと相談できないことも、あるから」
美花は「うぅ」と顔を顰めた。彼女は他人から頼られたり、あるいは甘えられたりすると、どうしても応えたくなる傾向がある。その点は彼女の長所でもあり、同時に弱点でもあった。
今、その彼女の弱点に、つけ込むしかない。
「と、とりあえず、バーに行こう!」
美花は慌てた様子で、店員に会計を依頼した。まぁ問題ないか。次のバーで、また攻めてみればいい。私はカバンからリップを取り出し、唇にきゅっと強く、塗りつけた。
◇
二軒目のバーも、とてもおしゃれで、独特な雰囲気があるところだった。予約されていた席は個室で、目の前がガラス張りで外が見える、カウンター形式になっている。二人きりで横並びでお酒を飲める、少し珍しい店だ。
「ね、ここいいでしょう。完全個室だし、夜景も見えるし」
美花は満足げにそう言う。確かに、この部屋の構造では、さっきの「二人きりじゃないと相談できないこと」という言い訳は通用しなくなった。また別の理由を考えないと。私は頭の中で思考を巡らせながら、席に座る。
注文はタブレットで完結するため、店員が私たちの前に姿を見せるのは、注文の品を運んでくるごく短い時間のみだ。この店は、「秘密の会話」を交わすのに、とてもいい場所なようだった。
「改めて、誕生日おめでとう」
美花はグラスを傾け、私に笑顔を向けた。そうだ、今日は私の誕生日だった。その事実にはっとして私も笑顔を浮かべ、彼女のグラスに私のグラスを合わせる。カチン、と澄んだ音が部屋に響き渡った。
「そういえば、今年は家に帰るの?お盆休み」
美花は、極めて自然に振る舞おうとしながら、スナックを摘みつつ私に尋ねる。しかし、私はわかっている。彼女が、先ほどの「自宅に行く」という流れを確実に避けるため、頭の中で複数の話題を考え、巡らせているということを。
「んー、まだ決めかねてるかな。帰ったらまた、彼氏やら結婚やらうるさいのだろうし…年末だけでも良いかもと、今は思ってる」
とりあえず、私は彼女の話に同調した。しかしその会話に乗りながら、嫌なことを思い出し、気分がわすかに沈んでしまう。実家へ帰省するたびに、私に恋人がいることは当然といったばかりに、結婚に関する話題を提示されるのだ。…私だって、そんな人がいるのであれば、すぐにでも紹介しに帰るというのに。
「結婚…ね」
美花の表情が、再びわずかに陰った。そういえば、美花の恋愛に関する話は、ほとんど耳にしたことがない。いつもそれは、私がするばかりだ。
彼女が草食系で恋愛にあまり関心がないこと、そして恋人ができた経験がないことは知っていたが、具体的にどんなタイプに好意を抱くのかすら、私には想像がつかなかった。
「ねぇ、美花って、これまでに好意を抱いた人は、どんなタイプだったの?」
自宅に行く話はまた早いと判断し、私はまた別の話題を続けることにした。そして徐々に、後からその話へと誘導しよう。そう、頭の中で計画立てる。
しかし、美花はその話題に対してもまた、顔を背けた。
「んー、まぁ、基本優しい人かな」
無難な回答。具体的な内容は一切含まれておらず、その返答からは「これ以上、この話題を掘り下げないでほしい」という意図が伝わってくる。
もしかして、美花が隠しているのは、恋愛に関することなのだろうか。自宅に来て欲しくないのも、過去がわかるような、何かが存在するからかもしれない。
この件を深掘りすべきなのか、あるいはそうではないのか。相手が不快に感じるとわかっていることに踏み込んでいくのは、かなりの勇気が必要だった。…でも。
私は、あの『特等席』に座っていた、美花の表情を思い出す。
そして今、隣でワインを飲んでいる美花の横顔を見て——このままではだめだと、そう感じた。
「…ねぇ、美花」
「ん?」
意を決し、私は隣にいる美花へと向き直る。美花は、先ほどの会話の継続だと思ったのか、返答は軽い。しかし、自分の方を真正面から見ている私に気づくと、はっと息を呑んだ。
「あ、ちょっと待って、そういえば私さ——」
「美花、少しでいいから…聞いてほしい」
慌てて話を逸らそうとする美花を、私は言葉と視線で制する。六年、だ。六年の間で、これほどまでに動揺する美花を見るのは初めての経験だ。この機会を逃せば、美花の本質を理解する機会はもう、二度と失われてしまうかもしれない。
嫌われてしまうかも。だけど——何も知らないまま、目の前から去られるのは、もう、嫌だった。
私は覚悟を持って、彼女に問いかける。
「美花、あなた私に対して、何か…大事なこと、隠してない?」
「……!」
美花は一瞬、全身を硬直させた。そして『私がどこまで把握しているのか』を探ろうとしているかのように、私の目を見つめる。
…実際、私は何も知らない。美花がなぜ、いつも孤独に見えるのか。なぜ、私のことを大切に思ってくれているのにも関わらず、自分のことは何一つ語ろうとしないのか。
しかし、ここはハッタリを使ってでも、彼女から聞き出さないといけない。私はそう思った。
「私が美花の家に行けないことも、関係してる、よね?」
「…………」
美花は小さく、唇を噛む。本当に言ってしまっていいのだろうか。そんな彼女の心の声が、聞こえてくるようだ。
あと一押し。あと少し、彼女の背中を押せば、何かがわかる。私はそう感じ、彼女にこう告げた。
「美花。美花は、私の——『特別』、だよ」
美花の瞳が、ぐっと大きく、開かれる。
驚きと、戸惑いと——そしてもしかしたら、喜びも。彼女の表情に一瞬、浮かびあがったような気がした。
私は、明確に伝えたかったのだ。美花が私にとって特別な存在であるということ。私が、美花のことを本当に、大切に思っているんだということ。
私が、あの子に言われて心が解けた、まさに、その言葉を使って。
——沈黙が続く。
美花はただ、俯いたまま自分のグラスを見つめていた。遠くのカウンターからは、バーテンダーがシェイカーを振る音が聞こえてくる。彼女の指が、グラスの縁を白くなるほど強く握りしめているのが、目の端に見えた。
私はもう、何も言わなかった。彼女の言葉が出るまで、彼女の答えを、ただ静かに待つことにした。もしかしたら、何も言ってくれないかもしれない。でもそれもまた、彼女の答えだ。
五分が経過しただろうか。いや、実際は二、三分だったのかもしれない。
美花は、か細く、けれどはっきりと聞こえるほどの長いため息をひとつ漏らし——その、重い沈黙を、破いた。
「私ね——女の人が好き、なんだ」
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