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【百合小説】隣の彼女は秘密を知っている <11> 【創作大賞2025】

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第4章

「…また、繋がらない」

 私は、自分の携帯を固く握りしめ、画面を睨みつけていた。そんなことをしても、状況が好転するわけではないことは、わかりきったことなのに。

 ——美花からの返信が完全に途絶えて、七日が経とうとしている。

 ここ最近、美花は私の誘いを断り続けていた。けれど、私に恋人ができたということを考えれば、きっと遠慮をしているのだろうと思っていたのだ。だから、この状況も一時的なもので、時間さえ経てばまた元に戻れると、そう考えていた。…なのに。

 私が送信したメッセージには、すべて『既読』の文字がついている。つまり、美花はそれを読んだ上で、意図的に応答していないということだ。

 やはり、私に恋人ができたことが原因だろうか。

 ため息をついて、携帯を机に置いた、その瞬間だった。短い振動とともに、着信を知らせる音が鳴る。
 ——美花?
 私は弾かれたように携帯をつかみ、その表示名を確認する。

 そこに表示されていたのは、『笹本亮太』——私の恋人の名前、だった。

 期待が、失望に変わる。私はもう一度、今度は深いため息をついて、肩を落とした。
 今日は十二月二十四日、クリスマスイブ。今日の夜は、彼と予約したレストランで食事をする約束になっている。この電話は、その集合場所や時間の最終確認だろう。

 私はバッグを手に取り玄関に向かいながら、携帯の通話ボタンを押した。


「んー、やっぱここ正解だね。めちゃくちゃ美味しい」
「うん、ほんと…」

 目の前のコース料理に、亮太は素直に声をあげて、子供のように笑う。そんな彼に対して、私はどこか、上の空だった。

 机の上に置くことこそしなかったが、私の意識の大半は、スカートのポケットの中の携帯に割かれていた。美花からの着信があっても、すぐに気がつくように。

「…心配なのは分かるけど、こっちもちょっとは、気にして欲しいなー…なんて」

 亮太が、遠慮がちに、私の顔を覗き込む。その声で、私ははっとして、ごめん、と小さく謝罪した。

「謝んなくていいよ。心配だよね。でも今だけはさ、この時間、楽しもう」

 亮太の声には、純粋な優しさが滲む。それなのに、その言葉を受け取った私の心は、なぜかきゅっと縮こまったような気がした。

 私と彼が恋人になって、半年以上が経つ。
 彼は常に、私を大切にしてくれていた。私が何かを話そうとすれば、どんな作業中でも必ず手を止めて耳を傾ける。私が体調を崩せば、彼の最優先事項は私の看病になる。突然の雨に降られれば、いつだって駅で彼が待っていた。
 彼は、恋人として『完璧』に思うほどだった。

 
 ——でもその優しさは、美花とは、明らかに違った。

 美花の優しさは、私が欲しいと思う言葉を、欲しい時にくれる。私が間違った方向に進めば、それをちゃんと指摘し、叱ってくれる。私が向き合うべき課題から、決して目を逸らさせてはくれない。そんな優しさだった。

 亮太と過ごす時間は、常に穏やかで、心地良い。けれど、美花といる時に感じるような、腹の底から笑いが込み上げるほどの高揚感も、胸が張り裂けるほどの心の揺さぶりも、存在しなかった。

 そこまで考えて、私は、自分が無意識に二人を天秤にかけていることに気がつき、頭を振った。
 恋人と友人を、同じ土俵で比較すること自体、論理的に間違っている。

「そうだね。今は亮太との時間を、楽しむ」
 
 私は、自分の表情筋を意識的に動かし、今出せる最大限の笑顔を作って、亮太に向けた。
 私のその表情を見て、「よかった」と安心したように微笑む亮太。その反応を確認し、私は「この選択で間違っていない」と、自分に言い聞かせる。

 仕事の話、最近見た映画の感想、今後一緒にやりたいこと。そんな、当たり障りのない話を続けているうちに、時間は過ぎていった。

 コース料理が終わり、デザートを待つのみとなった、その時だった。
 それまで流暢だった彼の言葉が、急に、口の中で迷子になったように不明瞭になる。額にはわずかに汗が滲み、落ち着かないように目線が揺れる。

 ——もしかして。
 そう思った瞬間、ふっと店内の照明が落ちた。
 同時に、祝福ムードを演出するための、穏やかな音楽が流れ始める。次いで、キッチンから、花火のついたケーキが運ばれてくるのが見えた。

 周囲のテーブルから、「誕生日かな?」「なんだろ、もしかしてさー…」と、状況を推測する声が聞こえてくる。
 けれど、今日は私の誕生日ではない。流れている曲も、バースデーソングやクリスマスソングといった、祝いの席で定番のメロディとは違う。

 目の前に置かれたケーキと、その横に添えられた、小さなベルベットの箱。それらが意味するものは、一つしかなかった。

 私は一度、大きく息を吸う。そして、プレートにチョコレートで書かれた文字列を、目で追った。

「——"Will you marry me?" ………」

 予想通りの言葉。その確認を終え、私は心の中で、大きく肩を落とす。

 亮太が、結婚を視野に入れた交際を望んでいることは、これまでの言動からも明らかだった。
 私が、その話題をずっと意図的に逸らし続けてきた結果——彼は、こうして明確な返事を出してほしいと、最終手段に打って出たのだろう。

「…菜奈。びっくりさせて、ごめん」

 固唾を飲むような視線が、私から離れない。その瞳の奥に、確かな決意と、わずかな震えが見て取れた。 

「…結婚、してほしい」

 亮太の真剣な声に、思わず私は目を伏せる。
 
 ——結婚。
 
 今までぼんやりとしか意識していなかったその言葉が、今、現実の問題として目の前に突きつけられている。その現実は、私に、あの夜の美花の顔を思い出させた。

「私、女の人が好きなんだ」

 隠しきれていなかった手の震えを、私はあの時、目にしていた。なのに私は、その真実を『冗談』という嘘で上書きさせた。あまりに卑怯で、残酷な選択。
 そんなことをした私が、これを受け入れたとして、一体誰が、どんな幸福を得られるというのだろう。

 
 ふと、視線を窓の外へ移す。
 眼下に広がる夜景は、本当に綺麗だ。無数のイルミネーションが、計算し尽くされた配置で、宝石のような輝きを放っている。
 本来であれば、高揚感を覚えるはずのこの景色を前に、私の心は、まるで夜の底にいるように、ただ静かで暗かった。

 私の意識は、目の前の亮太でも、テーブルの上の指輪の箱でもなく、スカートのポケットの中で依然として沈黙を続ける携帯にだけ、向けられていた。




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#創作大賞2025
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