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ライン随想録 帰国子女

1999/02/06 ライン随想録・スイス・バーゼルレポートより)

随想録 

しばらく前、東京で信号が変わるのを待っていたときに、隣の二人連れの一人 が、「今日は丁度5月のアテネのような気候ですな」と言っていた。
連れの人は 「はあ、そうですか」とか、生返事をしていたが、5月のアテネを知らない私としては、このようなさわやかな気候を「5月のアテネのようだ」というのかと、 ふと思った。
また、しばらく前、事あるごとに、「パリでは、パリでは」と言う知人がいて、パリに住んだことのない私としては辟易したことを記憶している。
昔、帰国子女を扱ったNHKのテレビ・ドラマを見たことがある。
アメリカから帰ってきた女の子が、「英語の時間には、わざとジャパニーズ・イングリッシュに変えて話すのよ」と、適応不全の男の子に話して聞かせるシーンがあった。
そこまで行く必要はないのかもしれないが、「発音の悪い日本人の英語の先生や、日本人生徒のお仲間の心情をおもんばかった心憎い演出」ということもできよう。

この点については、いろいろ異なった意見があることをわたしは良く承知してい る。
ただ、外国で長い期間教育を受けたものが日本のお仲間に溶け込むためには 「郷に入っては郷に従え」というのが賢い生き方だなとこのごろつくづく思う。
たとえば、アメリカではクラスでも各人が積極的に意見を言い、発言をすること が高く評価される。
自己主張は美徳とされ、先生も生徒も誰もがこれをを認めている。
これが日本では、往々にして「出るくぎ」と受け取られてあまり強く自己主張をすると一瞬にしてその場がしらけてしまう。
価値観のことなる社会でうまく適応するには、その違いを巧みに理解し、それぞれの場で使い分けをすることが賢明な道だと思う。
若い人はそれが十分に理解できずにあちこちで衝突してしまうのが実情のようである。

かと言って、わたしは事勿れ主義の日本の価値観がすべて正しいと思っているわけではない。
誰もが自己主張を貫き、流暢な英語を話す人が正しく評価されるよ うに日本自体が変わるべきものと思っている。
ただ、それがまだ十分に変わっていない以上、巧みに適応しないと日本の社会から日本のお仲間からはじき出されてしまう。
はじき出されてしまうのがいやならば、上手に対応するのが賢明と思 っている。

日本の社会では外国のことをことさら吹聴する人はあまり評判が良くない。
これを良く知っている私はひとが質問して水を向けてくるまでは、決して自分から外国のことを話さないようにしている。
それからいろいろ問題をはらんでいるとは いえ、日本はすばらしい国であると思うし、自分が日本人であることを誇りに思っていることを日本人のお仲間に声を大にして話すようにしている。
自分の国、 自国民にプライドを持てない人は、(それを明示的に言うか言わないかは別とし ても)ほかの国のひとからはまず相手にされないと思っている。

「パリでは、パリでは、とことさら吹聴するひと」「外国のことを日本人の前でことさら鼻にかける態度をとるひと」は、パリにおいて、また他の外国において、上手に適応していなかったケースが多いのではないかと、このところつくづく思う。
ひとの気持ちを巧みに読み、外国で柔軟に対応できるような人は、自国民の前であえて反発を買うような発言を繰り返すようなことはないと信じてい る。

わたしのように何回も外国と日本の間を行き来してある程度「ずる賢くなった人」と、純真な中学・高校生の帰国子女を同列に並べることはできないだろう。
ただ、日本の社会に十分適応できない状態のまま、日本に帰国子女を送りこむのは、大人・両親の怠慢であると思う。
外国の価値観を持ちつづけ、外国で大学を終え、就職するまでその暮らしを続けることを選択肢のひとつとして考えるべき と思う。
そうせずに、中途で日本に帰ることを選択する場合には日本社会の厚い壁を良く教えて聞かせるべきである。
いろいろむづかしい人々との対応を迫られる外国に比べれば、柔軟に日本の社会に溶け込むことは比較的容易であると思 う。
それをしないで、親も含め外国に住んでいたことをひけらかすようでは日本の社会にスムーズに受け入れられるわけがない。

外国に居るときも、日本に居るときも基本はひとつ。
「相手の立場にたってものを考える」ということに尽きるのではないだろうか。
これは帰国子女でも、国内子女でも同じであろう。
これができなければ、外国でも日本でも快適に生活する ことはできないと覚悟しておくべきであろう。 

老齢プログラマの所感

私は岐阜の山奥から出てきて、横浜に長く住んでいます。
海外で生活をしたことがないので帰国子女の立場はよくわかりませんが、異なる文化圏に入ると言う意味では、長く都会に住んでいて田舎に帰る場合と似てるでしょうか?

都会人が田舎に帰る場合と言えば、結婚式や葬儀に参加する時です。
この年になったので、結婚式はなくなり、葬儀ばかりです。
何度も機会があったにも関わらず、参加時には特有のコミュニティ感や伝統的な価値観に戸惑うことがあります。
といっても、違いを意識する場合はほぼ決まっています。
香典の額や儀式の儀式の時刻などであり、故郷に住む妹に習っています。

帰国子女の直面する課題は、小学校教員をやっている娘からクラス内のトラブル事例として聞くことはあっても、直面する機会はありません。
都会に住む老人が田舎に帰った場合に直面する問題に比べれば、ずる賢さが身についてない若者にとってはるかに大変なことだと想像します。

補足

上の記事は1997年頃の「ライン随想録(井浦幸雄さん)」の復刻版です。
当時、私の故郷の住職の遺作「おふくろの味」を井浦さんがWebに載せて下さり、今は住職の息子によって公開されています。
当時、このようにお世話になったことを思い出し、復刻していました。

ある日突然、「ライン随想録」の目次が検索で見つかるようになりました。
しかし、ここから記事へのリンクが途切れています。
これが理由で、今まで検索しても表示されなかったのかもしれません。
そのため、復刻作業は今までどおり続けることにします。


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