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キャンパス・ライブ ≪1≫

あらすじ

生成AIが「喫煙美少女」と断定したことで、文学部生・古淵結衣の日常は崩壊した。拡散された偽動画、検索AIによる誤った要約、押し寄せる誹謗中傷。彼女の無実を信じる工学部生・成瀬健人は、天才的な技術力を持つ同級生・町田、そして結衣の親友・美咲とともに真相を追う。やがて彼らは、何者かがAIへ“存在しない過去”を信じ込ませる、異常な情報汚染に辿り着く。それは単なるデマではなく、人間には見えない層で現実そのものを書き換える攻撃だった。AIが真実を定義する時代、彼らは「本当の自分」を守るため、巨大な情報操作に立ち向かう。

全20話  本文 約56,000文字


第1話


 彼女は喫煙美少女だった。AIはそう言い切った。スマホには、制服姿で煙草を吸う結衣の動画が流れている。

 彼女の名前を検索すると、「AIによる概要」が表示された。

『古淵結衣は、2020年頃にSNS上で拡散された「喫煙美少女」と同一人物とされています。関連動画および当時の反応については以下を参照してください。』

 健人は、スマホの画面と、隣で震える結衣を何度も見比べた。

「喫煙美少女…。たしかに一時期、ネットで話題になったけど。それが結衣だなんて…」

確かに、画面の中の少女は、どこか結衣の面影があった。

「違う。やってない。この動画はフェイクなの。制服だって、私の高校のじゃない。当時、誰かが作って、ばら撒かれたの。やっぱり、健人も私を疑うの?」

結衣はかすれた声で、涙ぐみながら必死で訴えた。

「分かってる。結衣はそんなことする人間じゃないよ。」

口ではそう言ったが、健人の中には、形の無い黒い何かが、僅かに顔を見せた。

『自分は、結衣の“今”しか知らない』

思い返せば、自分は彼女の過去を何も知らなかった。何に笑って、どこに行き、誰がとなりに居たのか。画面の中で煙を吐く少女の横顔と、涙を堪える結衣の横顔が、一瞬だけ重なって見えた。

 そんな考えを押し込めるように、頭を切り替える。

「けど、凄いな…。これがフェイクなんて。当時、AIなんて無かったよね?」

そんな健人の疑問に、町田が訂正した。

「“生成AI”な?たしかに、5年前なら一般人が使える代物じゃなかった。」

「じゃあ、どうやって」

「まあ、ディープフェイクは当時からあった。どっかの大統領に過激発言させてたろ。開戦宣言とかさ。今じゃシャレになんねえけど」

町田が皮肉交じりに笑った。

「何にせよ、5年前に作ったってんなら、相当の執念だ」

 「今朝から、この動画が、ネットで大炎上してて…。知らないアカウントからDMも来るし…、大学名や内定先まで書かれてて…。」

結衣がスマホでネット掲示板の画面を見せ、言葉を詰まらせながら話す。

「街を行く人全員が、私に、失望してるんじゃないかって思うと、外に出るのも怖いの。このままだと、内定も…」

 スマホに映し出されたネット掲示板では、何百という正義の剣が、彼女の偶像をめがけて切先を突き付けていた。まるで、自分たちこそ正義だと信じた義賊たちが、風車へ向かって一斉に槍を突き立てるようだった。

『これは自業自得で草』

『内定取り消しだな、ざまあw』

『陽キャなんて、裏ではこんなもんだろ。』

 画面の上では今もなお、短い通知音とともに、DMの新着が絶え間なく流れ続けている。結衣は耐えきれずに、両手で顔を覆うと、声を上げて泣き出してしまった。


 そんな結衣を見つめ、健人は、胸の奥に残っていた黒い靄を、完全に飲み込んだ。解決に向けて町田に疑問を投げかける。

「けど、なんでいきなりAIがこんな事を?大手検索サイトがハッキングなんてありえない。ドラマでもあるまいし」

「ああ、ハッキングじゃない。もっと厄介だ」

町田は眉をひそめた。

「厄介?」

健人が聞き返す。

「AIに“存在しない情報”を信じ込ませてるんだ。」

「え、どうやって…? 」

そう口をついた瞬間、健人は資格試験で学んだ内容を思い出した。

「あ、データベースポイズニングか!」

「お勉強の成果がでたな、秀才。そう、AIが参照してるデータを汚染すればいい。」

「いや、でもそれだってドラマ級の難易度じゃ…」

健人が眉間にシワを寄せる。

「ああ、通常は学習データは厳密に精査される。ネットに多く出回ってるくらいじゃ、勝手に学習したりはしない」

「じゃあ、どうやって? 」

「要約AIは別物だ。Web上のデータをそのまま学習する。だから、嘘か本当か区別できない」

健人は息を呑んだ。

「でもそれって、普通は何千というソースが無いと信用しないんじゃ?」

「だからおかしいんだよ」

町田は自分のPCの画面を指差す。

「Web上のどこを探しても、元になった投稿が見つからない。なのに、検索AIだけがそれを知っていた。」

数秒の間、町田が顎に手を当てて考えた後、ゆっくり口を開いた。

「現時点では断定はできないが、誰かが“人間には見えない層”で情報を流し込んだとしか思えない」

「人間には見えない層?」

その言葉の不気味さに、健人は背筋にすっと、一筋の線を引かれたような感覚になる。


 自分を鼓舞するように、町田の推理に疑問を重ねる。

「でも、何でこんな手の混んだことを?単に掲示板やSNSで、あの喫煙美少女は古淵結衣だったって言えばいいだけでは?」

「それじゃ、単なるデマだと思うだけだ」

「じゃあ、新たな動画を入手!って言って流すとか」

「お前、それ信じるか?」

「いや…。そうか、今のご時世、AIで作ったって思われるだけか」

「ああ。5年前のAIが無い時代に広まったから信じた。そして、今度は“正しい事しか言わないAI”に語らせた。だから皆が信じてる。」


 二人がPCを見つめる中、結衣は泣き崩れながら、肩を震わせていた。

 その時だった。結衣のスマホが、小さく震える。彼女の顔から、さっと血の気が引いた。その場の誰も、言葉を発せられなかった。着信音だけが、静まり返った部屋に響く。

『電白堂人事部 大口様』

スマホは、結衣の内定先からの着信画面が表示されていた。