キャンパス・ライブ ≪12≫
第12話
昼休み。研究室にいた健人たちの元へ、教授に連れられたスーツ姿の男が二人、現れた。
教授が小声で何かを伝えると、そのうちの一人が前へ出る。
「町田悠さんですね」
一瞬で、研究室の空気が張り詰めた。
「サイバー犯罪対策課の矢部です。少し、お話を伺えますか」
健人の背筋が伸びる。黒いジャケット。低く落ち着いた声。提示された警察手帳。ドラマの中だけの存在だと思っていた“刑事”が、現実として目の前に立っていた。
「政府系外郭団体の広報ページに対する不正アクセスについて、事情を伺いたい」
研究室が静まり返る。
「…え?」
思わず声を漏らしたのは健人だった。だが、町田だけはほとんど表情を変えない。
「任意ですか?」
「ええ。ただ、できれば同行をお願いしたい」
短い沈黙。やがて町田は静かに立ち上がった。
「分かりました」
研究室を出る直前、町田が振り返る。
「余計なことするなよ」
それだけ言い残し、ドアが閉まった。健人は唇を強く噛む。
『まさか…』
頭の奥に、最悪の可能性が浮かぶ。町田なら、できるかもしれない。
だが健人は、すぐにその考えを振り払った。違う。あいつは、こんなことをする人間じゃない。そう信じたかった。
「健人、心配すんな」
鴨居さんが、エナジードリンクの缶を揺らしながら口を開く。
「確かに、あいつなら技術的には可能かもしれねえ。政府系って言っても、外郭団体の広報サイトなんて、セキュリティ予算が後回しのケースもあるからな」
鴨居さんは、残っていたエナジードリンクを一気に飲み干した。
「でも、あいつはお前とは別方向に、馬鹿みたいに誠実だからな」
鴨居さんは鼻で笑った。
「そもそも、あんな足の付きやすいやり方する奴じゃねえよ」
空き缶を、研究室の隅のゴミ箱に投げ入れた。
翌日の夕方。研究室のドアが開き、町田がふらつくように入ってきた。そのままソファへ倒れ込む。
「町田くん!」
結衣が駆け寄る。
「良かった、捕まったんじゃ無いかと思ったよ」
美咲も安堵したように町田の背中を叩く。
「馬鹿、まだ参考人扱いだ。」
町田は天井を見上げたまま吐き捨てる。
「向こうも決定打は無い。政府系ページにアクセスした大学PCのアカウントが、俺のだったってだけだ」
「町田のアカウントが?」
町田がニヤリと笑った。
「…上手くいったぜ」
「え、どういう事?」
健人が身を乗り出す。
「前に、学生証を忘れた日があったろ」
「あったあった!」
健人と結衣が声を合わせて同時に頷く。
「あの日、俺の学生証を使って、犯人が大学PCにログインした可能性が高い」
健人の脳裏に、あの日の光景が蘇る。
「じゃあ、あの日のあの時間、情報センターにいた端末を調べれば!」
健人の顔が明るくなる。
「ああ。1台には絞れなくても、かなり絞り込める。しかも、不正アクセスのおかげで警察も動き出した。証拠さえ掴めれば、刑事事件として追い込めるぜ」
キャンパス・ライブ運営用チャットの画面に、健人は意気揚々と書き込んだ。
『キャンパス・ライブのログから、犯人の端末を特定できそうだ!皆で犯人を追い詰める作戦があるから、至急、研究室に来て!』
送信した、その数分後だった。
「おい、健人。」
町田が鋭い声を上げる。
「サーバーの応答が止まったぞ」
「…え? 」
健人が画面を確認する。
「嘘だろ、管理画面が開かない」
次の瞬間、ブラウザいっぱいに真っ赤な警告画面が表示された。
『All your files are encrypted.(すべてのファイルは暗号化された)』
身代金を要求するランサムウェアのメッセージ。健人の顔から血の気が引いていく。
「なぜだ。ポートも閉じてたし、認証もしてたのに…」
「VPNの脆弱性を突かれたかもな」
町田が苦い顔で呟く。
「そんな…。こんな短期間で的確に侵入されるなんて、現実的じゃないだろ?」
「…一年前まではな。今は脆弱性探索特化AIがある。」
「AIが脆弱性を見つけるってこと?」
「ああ。それも瞬時にな。極端な話、今は誰でも“天才ハッカー並み”の攻撃が仕掛けられる。官公庁も企業も、その対応に追われてるらしいぜ」
町田がお手上げのポーズを取る。
「だが、原因究明は後回しだ。バックアップは取ってるんだろうな?」
町田が健人を鋭い目つきで睨んだ。
「駄目だ。ネットワーク越しに同期してたバックアップ用HDDも、全部暗号化されてる。もうゴミの山だ」
データが全て使えなくなった。健人は頭を抱える。
「でも、なぜ犯人はこんなにタイミング良く、キャンパス・ライブのデータを消しに来たんだ…」
「ちっ…。チャットか…」
町田が忌々しそうに舌打ちした。
「運営チャットを盗み見られてた可能性が高い。誰かがフィッシングでも踏んだんだろ」
健人は、自分の浅はかさを呪った。「仲間」を信じて共有した情報が、最大の弱点になった。
「終わった。犯人の足跡は、もうどこにも残ってない」
健人が肩を落とす。
「何が終わったって?」
声のする方向を振り向くと、研究室の隅で寝ていた鴨居さんがゆっくり起き上がった。
「途中からしか聞いてなかったが、あの混雑サイトのデータが壊されたってところか?」
そう言うと、鴨居さんはデスクの引き出しから、無骨な外付けSSDを取り出す。
「ランサム対策の『3-2-1ルール』くらいは知ってるよな?」
SSDが軽く放り投げられ、健人が慌てて受け止める。
「三つのコピー。二種類の媒体。そして一つは、物理的に切り離したオフライン保存。CISSP受けるなら覚えといた方が良いぞ」
鴨居さんは飄々とした顔で説明する。
「昨日、バックアップ取っといた。復旧できそうか?」
「は…はい! ありがとうございます!昨日のデータなら十分です!」
健人はかすれた声で答えた。
「でも、なんで…?」
「昨日、刑事(デカ)が来ただろ?嫌な予感がしてな」
鴨居さんは、眼鏡の縁を少し手で持ち上げながら笑った。
健人がエンターキーを叩く。
「…復旧完了」
健人が深く息を吐く。
「鴨居さん、本当にありがとうございます」
健人が深く頭を下げる。
「いいって。今度タバコでも奢ってくれ」
鴨居さんはタバコの箱を振りながら銘柄を見せた。
健人はすぐにログ解析へ移る。
「…ビンゴだ」
モニターに複数のMACアドレスが並ぶ。
「あの日、情報センターのWi-Fiに接続していた端末は十台。そのうち二台が、結衣の移動履歴と異常な一致率を示してる」
健人の声に熱がこもる。
「二台あるのは、おそらく犯人のスマホとノートPCじゃないかな」
拳を握りしめる。犯人は、あの日、確かに“そこにいた”。
「よし、ここからが反撃だ」
健人はカバンから大量のスマホを取り出した。
