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キャンパス・ライブ ≪9≫

第9話


 フェスに行ったあの日以来、結衣は明確に健人と町田を避けるようになった。以前は4人一緒に受けていた講義も、今では2組に分かれて、バラバラに座っている。

 昼下がり、健人と町田は学食で食事を終えた後、次の講義までの空き時間を過ごしていた。

「ちょっと健人、結衣に何したの?」

突然、目を三角にした美咲が、ドスンと町田の隣の席に腰掛けた。

「あ、美咲。久しぶり。」

健人が気まずそうに応える。

「久しぶりじゃないわよ。何したのって聞いてんの」

「え、何もして無いよ」

「うそ。じゃあ、結衣の変わりようは何なのよ。私が誘っても、頑なにあなた達に近づこうとしないんだから」

美咲の声量に、町田が片目をつぶりながら口を挟む。

「けど、なんで健人が原因だって思うんだ?」

「だって、町田くんが失礼なのは今さらでしょ?」

「ひでえ…」

町田が苦笑いする。

「ねえ、健人、本当に心当たりないの?」

美咲が上目遣いで健人を覗き込む。健人は視線を落とした。

「もしかすると…」

「もしかすると、なによ?」

間髪入れず美咲が詰め寄る。

「いや、この前のフェスでさ、はぐれないようにって、俺が結衣の手を掴んで…。もしかしたら、それで…」

最後は聞き取れないほどの声になった。

「え、そんな事?中学生じゃないんだから。他に思い当たることないの?」

美咲が呆れた顔で問い詰める。

「本当にそれだけだよ。それ以来、避けられてる気がする…」

健人の声は途切れそうだった。

「えー、健人なら結衣も気にするとは思えないけど。まあ、次会った時に、ちょっと探ってみるわ」

「ありがとう…」

健人が申し訳無さそうに頭を下げた。


 その時、出し抜けに町田が席を立ち上がった。

「わりい、学生証忘れてきたっぽい。たぶん情報センターだと思うから、行ってくるわ。じゃあ、また講義室で」

そう言うと、片手を振って颯爽と学食を出ていった。


 健人と美咲が2人残される。普段、あまりない組み合わせに、思わず無言が続いた。沈黙を切り裂いたのは健人だった。

「じゃあ、俺もそろそろ行くね。サークルのメンバーに会ってくる。実は、結衣が抜けた穴を埋めるために、キャンパス・ライブの運営に入ってもらうことになったんだ。」

そう言い残すと、健人も学食を後にした。


 キャンパスの並木が茜色に染まる。ひぐらしが鳴き出すと、中央の通りを涼しげな風が通った。

「結衣、次の講義、健人たちと受けないの?」

講義室に向かう途中、美咲が結衣を誘う。

「ううん、やめとく。美咲、町田くんと一緒に受けたいよね?私は一人で大丈夫だから、一緒に受けたら?」

「そんな事できるわけないでしょ。それに、別に町田くんと一緒に受けたいわけじゃないし!このままだと、犯人探しも進まないでしょ?」

美咲が顔を赤くしながら反論した。

「どうしちゃったの?健人が、自分のせいだって悩んでたよ?」

「え…。健人が?違うよ。誰も悪くないよ」

「じゃあ、何が原因なの?私にも言えないの?」

結衣が下を向く。

「ごめんね。言えない。けど、大丈夫だから、心配しないで」


 その日は、「AIの嘘(ハルシネーション)」についての講義だった。教授が用意したプロンプトを入力すると、AIが自信満々にもっともらしい嘘を語りだす。某国の大統領が、他国の首席を熊のキャラクターになぞらえて中傷したという、絶妙に有り得そうな内容に教室は笑いに包まれた。健人は講義室の隅を見つめる。結衣と美咲が、周りの学生と同じ様に笑っていた。


 健人はただ機械的に指を動かして、ぼんやりと講義の内容のメモを取っていた。ふと画面に目を降ろすと、同じ内容を二度書いていると気が付き、慌ててプロジェクターを見直す。

「ハルシネーションは、AIが嘘を本当だと信じ込んで起きるんだ」

教授の声が響く。

「でも最近は、嘘と分かりながら嘘をつくこともある。人間の言葉から学ぶから、人間の嘘まで真似するんだ。特に、相手の事を思いやった故での嘘とかね」


 人間は嘘をつく。そんな当たり前のことに、健人は今さらながらに気が付かされた気がした。


 授業が終わり外に出ると、とっぷりと日が暮れていた。

「あー、腹減ったな。なんか食べに行くか?」

町田がお腹をさすりながら健人を横目で見る。

「いいね!そうだ、駅前のつけ麺屋行かない?ちょうどXで流れて来たんだけどさ、今キャンペーンやってるって!」

そう言って、健人はスマホの画面を町田に向けると、『9/30まで 全品半額』と食券機に貼られた店頭ポップの画像を見せた。

「おー、熱いな!混んでなきゃ良いけどな」

「じゃあ、急いで行こう!」


 店に到着すると、大学生6人くらいの集団が食券機の前に並んでいたが、人数分の席が空かなかったのか、注文せずに店を出てくる所だった。

「ラッキー。2人ならすぐに座れそうだね!」

そうはしゃぐ健人をよそに、町田の顔が険しくなる。

「あれ、おかしいな…」

健人が食券機の前で周りを見渡すが、半額のポップなどどこにも無かった。

「ちっ、ハメられたな…」

町田が小さく舌打ちする。

「健人、もう一度画像を見せてみろ」

健人はスマホを取り出し、例の投稿を表示する。

「やられた…。これ、生成AIで作ったフェイクだろ。影が不自然だし、フォントも違和感がある。ちくしょう、腹が減ってて判断力が鈍った」

町田がしかめっ面で天を仰いだ。

「ごめん、気が付かなくて…」

健人が顔の前で両手を合わせる。

「いや、気づかなかったのは俺も一緒だ。しょうがねえ。つけ麺大盛りだ!」

町田は千円札を食券機に突っ込んだ。