キャンパス・ライブ ≪16≫
第16話
数日後。昼下がりの研究室には、サーバのファン音だけが静かに響いていた。
健人、町田、結衣、美咲の四人は、それぞれノートPCに向かっていた。
長津田の件は、まだ終わっていなかった。警察による捜査は続いている。大学も正式な発表を出していない。
だが、ネットだけはそんな事情を待ってくれなかった。
「…もう書かれてるわね」
最初に口を開いたのは美咲だった。スマホを見つめたまま眉をひそめる。
『某大学でサイバー犯罪か』
『警察来てたらしい』
『喫煙美少女の件と関係あるって、マジ?』
匿名掲示板。短文SNS。動画サイトのコメントや切り抜き。断片的な目撃情報が、面白半分に拡散され始めていた。
「あんだけ学内でチェイス繰り広げて、刑事まで登場したからな」
町田が椅子にもたれかかる。
「周りで見てた学生が書き込んだんだろ」
「ニュース系まとめアカウントも嗅ぎつけ始めてるみたい…」
美咲の声は暗かった。結衣は黙ったまま、自分のスマホを伏せた。
健人は画面をスクロールしながら、小さく息を吸う。
「…実はさ」
三人の視線が集まる。
「喫煙美少女の動きについて、少し調べてるんだけど…」
健人はモニターを回転させた。画面には、いくつもの動画サイトのサムネイル画面が並んでいる。
『やっぱり裏があった』
『被害者アピール失敗』
『大学ぐるみの隠蔽では?』
結衣の顔が強張った。
「SNSや動画サイトから、自動で記事を収集するスクリプトを組んでみたんだ…」
健人が険しい顔で画面を指さして説明する。
「相変わらず、やるとなったら凄いね…」
美咲が苦笑いする。
「…このサムネ、見て!」
健人が一つを指差す。
「根拠ゼロなのに、“関係者から聞いた”とか言ってる。しかも、投稿時間が異様に早い。長津田の件が学内で騒ぎになった直後から、すぐ反応してる」
「便乗型の炎上アカウントか」
町田が冷めた声で言った。
「事実無根だろうが、注目さえされれば金になるからな。こんな動画で金が発生する仕組みも問題だよな」
「でも、拡散力が強いんだよ…」
健人は別画面を開く。数万件単位の再生回数。切り抜かれた結衣の画像。悪意ある字幕。
「しかも、似たような動画が、他にも大量に、同時に次々と作られてる…」
どれも似たようなサムネイルだった。似たようなタイトル。似たような構成。
「これ全部、AIかもしれない…」
研究室の空気が少し変わった。
「どういうこと?」
美咲が身を乗り出す。
「投稿タイミングが不自然なんだ」
健人は画面を拡大した。
「動画が上がる」
別ウィンドウを指差す。
「数分後にSNSで引用投稿。その後、ショート動画が投稿される。」
もう一つのタブを開く。
「さらに要約記事がSNSで引用投稿される。」
「人だと出来ないの?」
結衣が不安げに尋ねる。健人は首を振った。
「文体も構成もサムネイルもそっくりな動画が、大量に出回ってる。投稿タイミングもほぼ同じで、それが数秒単位で行われてる。」
健人は次々と画面を切り替える。
「じゃあ、投稿主は何してるの?」
美咲が聞いた。
「話題を選ぶだけなんだろうね」
健人は答えた。
「アバター生成。動画や音声生成。自動投稿。SNSでの引用投稿。ネットで話題のトピックだけ拾ってくれば、あとはAIでかなりシステム化できそうだ」
「炎上で金になるから、自動化されてる…?」
美咲が顔をしかめた。
「多分」
健人は静かに頷く。
そう言って、別のファイルを開いた。表計算ソフトだった。
「再生数から収益を概算してみた」
誰も声を出さない。
「このチャンネルだけで月数万円くらい」
町田の眉が動く。
「全部同じ運営だと仮定したら?」
健人は別の数字を示した。
「月五十万近い」
「…そんなに?」
結衣がかすれた声を漏らす。健人は頷いた。
画面には、結衣を扱った動画の一覧が並んでいた。悪意あるサムネイル。断定的なタイトル。根拠のない憶測。それは、見知らぬ人生を代償にして、金を生み出す装置だった。
「結衣のことなんて知らないんだろうな」
健人が呟いた。
「ただ数字として見てる」
誰も否定しなかった。
「長津田を止めても終わらないわけだ」
町田が苦々しく言う。健人は返事をしなかった。ただ画面を見つめていた。
「開示請求するか?」
町田が淡々と言った。
「このレベルなら、名誉毀損でかなり勝てそうだぜ」
結衣は小さく首を振る。
「…親とも相談したけど、裁判なんて無理だよ」
か細い声だった。
「お金もかかるし…。何年もかかるんでしょ」
「まあ、普通はそう簡単じゃないな」
町田は肩をすくめる。
「弁護士費用、開示費用、ログ保存。SNS運営会社が海外なら、さらに面倒だ」
「しかも、勝っても全部消えるわけじゃないしね…」
美咲が呟く。健人は唇を噛んだ。
モニターには、健人が自動収集した、新しいネットの投稿が流れてくる。
「あ、これ…」
健人は流れている投稿を見ながら呟いた。
「どうしたの?」
美咲が覗き込む。健人は一枚の画像を開いた。動画投稿者が、自身の副業について語るSNSアカウントだった。
デスクの写真。ノートPC。コーヒーカップ。一見、何の変哲もない。だが健人は画像を拡大した。
「このビル…」
さらに拡大する。
「窓の反射?」
美咲が首を傾げる。
「違う」
健人は別の画像を開いた。同じアカウントの別投稿。背景に映り込む駅前の風景。
「同じ場所だ」
キーボードを叩く音が速くなる。地図。ストリートビュー。企業情報。SNS。次々と画面が切り替わる。
「出た…」
健人が呟く。
「翠ケ原駅周辺」
「おい…」
町田の声が低くなる。だが健人は止まらない。別アカウント。副業コミュニティ。引用SNS。画面を次々に切り替えてザッピングする。
「二十代後半か…。」
「あ…、副業コミュニティに取得資格を載せてる。」
「健人…?」
今度は美咲が不安そうに呼ぶ。しかし健人は、まばたきもせず、モニターから目を離さなかった。
「AIエンジニアかな。翠ケ原周辺のIT系企業か…」
ぶつぶつと呟きながら、時々納得したように頷く。点だった情報が少しずつ繋がっていくようだった。
「いた…。」
研究室が静まり返る。
「同じアイコンのやつがいた。たぶんこいつだ…。」
「お前、それ…」
「ビジネスSNSの経歴で絞ったんだ。凄いだろ?」
町田が眉をひそめる。
「ほとんどネットストーカーだぞ」
マウスを操作する健人の指が止まった。数秒の沈黙。そして小さく笑った。
「え…?何か問題ある?」
その声に、美咲が息を呑む。
「結衣はもっと酷いことされたんだよ?」
健人は静かに言った。
「顔も名前も人生も、全部ネットに燃やされた」
画面には今も新しい動画が表示されている。
「だったら今度は、こっちが見つける番だろ」
研究室から音が消えた。町田はしばらく健人を見つめていた。やがて小さく息を吐く。
「…その理屈で突っ走ると、長津田と同じ場所に行くぞ」
健人は答えなかった。ただモニターの光だけが、その目に冷たく映っていた。
