キャンパス・ライブ ≪13≫
第13話
「そんなに沢山のスマホ、どうする気?」
結衣が目を大きくして健人を見つめた。
「犯人を追跡するには、これが必要になるだろうって思って、用意してたんだ!」
健人は自信満々な表情で周りを見渡した。
「今のキャンパス・ライブは、誰がどのエリアに居るかの、ざっくりとした位置しか分からない。」
「それじゃあ、人混みの中で犯人は特定出来ないんじゃない?」
健人はニヤリと笑う。
「そこで、このスマホが役に立つってわけ。センサーの数を増やして、キャッチした電波の受信強度を計算すれば、より精度の高い位置情報が得られるはずなんだ!」
「なるほど。考えたな、健人」
町田が健人の髪をくしゃくしゃに撫でた。
「そして、ランサムウェアで攻撃したとは言え、犯人も追跡を警戒するはずだから、チャンスはもう、今しかない」
健人は、再びキャンパス・ライブのログを解析すると、犯人と思われる端末のおおよその位置を割り出した
「いま、学食にいる!」
「しかし、このセンサー、どうやって増設する気だ?」
「それは…、皆に持ってもらって、指定した場所に居てもらうとか…かな」
健人は、急に声が小さくになる。
「でも、私たち4人だけで、どうやって…」
結衣がじっと健人を見つめた。
「水臭いな。俺も手伝うぞ」
鴨居さんが立ち上がった。
「鴨居さん、なんか今日かっこいい!」
美咲が両手で口を覆いながら声を上げる。
「すみません…。ずっと一緒にいたし、バックアップの件もあるので信頼してるんですが、念のため、端末を確認させて貰えますか?」
町田がうつむきがちに依頼する。
「大事な確認だよな。ほれ。ランダムMACアドレスだから、大学Wi-Fi接続用のアドレスを確認しな」
「ありがとうございます。…はい、問題無いです!」
健人が顔の前でグッドサインを出す。
「それでもまだ5人だね…。もっと仲間が必要なんだよね?」
結衣が申し訳無さそうに呟く。
「そうだ、中山さん、橋本、相原にも手伝ってもらおう!」
「まて、健人。さっきの運営チャットの件を見たろ。可能性は低いが、犯人が居ないとも言い切れない。この場に居ないやつを、どうやって見分けるんだ?」
町田の忠告に、健人は下を向いて黙り込んだ。
「そうだ…、BeRealだ!」
再び健人は町田を正面から見つめる。
「1時間くらい前に通知が来てた。その時の犯人の端末は…、情報センターだ!中山さん達のBeRealのマップ機能の位置情報が、情報センターになければ、アリバイになる!」
「確かに、それなら嘘はつけないはずだ。でも勘違いするなよ。こいつで分かるのは“犯人本人じゃない可能性が高い”ってだけだ。内通者かどうかまでは否定できねえ」
「そっか…。けど、時間もない。単独犯だって言う可能性に賭けてやってみよう!」
「あとは、みんながBeRealを投稿してるかどうかだな。」
「彼ら、最近ハマってるから、たぶん大丈夫だよ。ほら、みんな投稿してる!中山さんは位置情報をオンにしてないけど…、この画像は確実にサークルの部屋だ!場所も問題ない!」
「じゃあ、LINE通話で声を掛けよう。健人は中山さんに。横浜は相原に。古淵は橋本に連絡頼む。」
「分かった!町田はどうするの?」
「助っ人を連れてくる。一人でも仲間は多い方が良いだろ」
「助かるよ。じゃあ、15分後に、学食で落ち合おう」
学食の正面入り口前に、メンバーが集まった。ガラス張りの学食には、昼休みの学生たちが次々と吸い込まれていく。
「全員いるね」
健人はスマホを握りしめたまま顔を上げる。
中山さん、相原、橋本も駆けつけていた。
町田の助っ人だけが、まだ姿を見せていない。
「よし。まだ犯人は学食内にいるみたいだ」
健人が画面を見つめたまま呟く。
「町田、助っ人は?」
「今向かってる。信用できる奴だ。先に始めよう」
町田は短く答えた。
「じゃあ、Discordを繋ぐ。通話しながら指示するから、みんなは配置についたら教えて」
健人はバッグを開き、用意していたスマホを配っていく。
「これ、全部健人の私物か?」
中山さんが呆れたように笑う。
「はい、中古ショップとフリマアプリでかき集めました」
「執念が怖いんだけど」
美咲が目を細めて健人を見た。
「褒め言葉として受け取っとくよ」
健人は端末を操作しながら、各自の配置を確認する。
「相原は中央。橋本は窓側。中山さんは返却口をお願いします」
健人は学食の見取り図を見ながら指示を出す。学食全体を囲むように、人員を散らした。
橋本は窓際のカウンター席へ向かい、相原は中央列のテーブルの間を抜けていく。鴨居さんは外のテラス席に腰掛ける。結衣と美咲は非常口側へ向かい、町田は無言のまま、発券機の近くの柱にもたれた。
「こちら中山。配置についた」
イヤホン越しに、落ち着いた声が響く。
「私もオッケー」
「馬鹿、名前を言えよ、横浜」
「分かってるならいいじゃん!」
「相原、配置につきました。なんだかゲームみたいで、わくわくしますね」
「遊びじゃないからな」
町田が低い声で釘を刺す。
全員の配置を確認すると、健人はノートPCに新しい画面を表示した。学食の見取り図。その中央に、赤いアイコンが浮かび上がる。
「よし、表示された」
健人の声が少し震える。
「現実とは十秒くらいラグがある。でも、おそらく今、正面入口から入って右側のエリアにいる」
「橋本の近くだな」
町田が即座に反応する。
「橋本、怪しい奴いるか?」
「いや…。人が多すぎて分かんないです」
橋本の声にも焦りが混じっていた。
「というか、みんな怪しく見える」
その瞬間、赤いアイコンが動いた。
「あれ…?」
健人の顔色が変わる。
「移動してる。まずい、正面入口の方向だ」
「逃げる気か?」
「もしかして、こっちの動きがバレちゃった?」
みんなが早口になる中、中山さんが静かに言った。
「もし本当に気づいてるなら、端末の電源を切ってると思う。まだ大丈夫だ」
健人は息を飲み、画面を見つめる。赤い点は、ゆっくりと入口側へ近づいていた。
「みんな、そのまま配置維持して」
健人は立ち上がった。
「俺が入口で待つ」
「一人で行く気か?」
「今、みんなの配置崩すと、位置情報が狂うから」
そう言い残すと、健人は脇の出口から外へ飛び出した。緊張感とは正反対に、秋の昼下がりの穏やかな陽気が健人を温めた。建物沿いを走り、正面入口へ回り込む。
「頼む…」
ガラス扉の向こうから、学生たちが次々と出てくる。笑いながら話すグループ。スマホを見ながら歩く男子。イヤホンをつけたままの女子。全員が怪しく見えた。
「まずい…、分からない」
諦めかけた時、一人の男と目が合った。黒いパーカー。伏し目がちな視線。だが、健人を見た瞬間、わずかに表情が固まった。男はすぐに目を逸らし、そのまま足早に出口へ向かう。
『もしかして…』
そう思ったが、確信がない。
その瞬間、健人のイヤホンに、短い電子音が響いた。センサーが標的を見失った通知だった。その直前、目の前の黒パーカーの男がスマホを取り出し、画面が暗転したのを健人は見逃さなかった。
「ねえ、君!」
健人が声を張る。男の肩を掴もうとした瞬間、相手は振り返りもせずに走り出した。
「やばい、逃げた!」
健人も反射的に駆け出す。
「今、犯人を追ってる!黒いパーカーの男。九号館の方だ!」
「健人、絶対に見失うな!」
町田の声がイヤホン越しに響く。
「今そっちに向ってる!」
健人は全力で地面を蹴った。黒パーカーの背中が、九号館へ続く並木道を駆け抜けていく。昼休みの学生たちをかわしながら、縫うように通り過ぎる。
「待て!」
叫んでも、相手は振り返らない。イヤホンの奥でノイズが走る。
「健人、位置は!」
町田の声だった。
「九号館に向かう坂!今、中央通り抜けた!」
脇腹を押さえる。健人の頭には、高校の体育の持久走の苦い記憶がよぎった。昔から、走るのだけは苦手だった。
黒パーカーが、前を歩いていた女子学生の脇を強引にすり抜ける。
「きゃっ――!」
「す、すみません!」
健人は反射的に謝りながら追い抜いた。距離は二十メートルほど。 だが、じわじわ離されている。
「速い…!いや、俺が遅い…」
その時、突然横から声が飛んできた。
「健人、右だ!」
町田が健人に追いついた。
「そいつ、この先の渡り廊下に向かってる!近道する気だ!」
健人は息を切らしながら角を曲がった。視界の先。 黒パーカーが、九号館横の細い通路へ滑り込む。
「いた!」
コンクリートの壁に囲まれた通路は、自転車が脇に停められ、人一人が歩ける程度しか幅がない。
『逃げ場はない!』
そう思った瞬間だった。黒パーカーが突然、停めてあった自転車の列を蹴り飛ばした。
「うわっ!」
倒れた自転車が連鎖して崩れ、金属音が狭い通路に炸裂する。健人は咄嗟に壁に手をつき、転倒を免れた。しかし、その一瞬で相手との距離がまた開く。
「くそっ…!」
息が苦しい。 脚が重い。 喉の奥に鉄みたいな味が広がる。それでも、視界の先の黒い背中だけは見失わない。
イヤホン越しに、今度は中山さんの冷静な声が響いた。
「健人、西門方向へ向かってるのか?」
「あ、はい!」
「人通りが多い場所に出られたら終わる。橋本、西階段側を塞げるか?」
「む、無理です! 今向かってますけど」
「相原は?」
「たぶん先回りできます!」
相原の荒い息が混ざる。
黒パーカーが、渡り廊下を抜けて階段を駆け下りる。健人と町田も続いた。次の瞬間、相手が振り返った。一瞬だけ、目が合う。その瞳に浮かんでいたのは、焦りではない。敵意だった。
黒パーカーはポケットから何かを取り出そうとする。健人の足が止まりかけた。
『ナイフ!?』
最悪の想像が頭をよぎった、その時だった。下の階から、重い足音が響く。
「町田ぁ!そいつか!」
低く通る声。次の瞬間、階段の踊り場に大柄な青年が現れた。短く刈った髪。大学のジャージ越しでも分かる鍛え上げられた体。鋭い目つきなのに、妙な落ち着きがある。黒パーカーが足を止めた。
「悪いけど、そこまでだ」
青年は静かに言った。だが犯人は反転し、無理やり脇を突破しようとする。
次の瞬間だった。青年の腕が流れるように相手の肩を掴み、そのまま床へ叩きつける。鈍い衝突音が踊り場に響いた。
「ぐっ…!」
「暴れるな。怪我したくないだろ」
声は冷静だった。動きに一切の無駄がない。
「サンキュー、片倉。こういう時だけ頼りになる」
息を切らした町田が吐き捨てるように言った。
「“こういう時だけ”ってなんだよ!」
助っ人が即座に言い返す。
「町田、この人は?」
健人は、大柄の青年にやや萎縮しながら尋ねた。
「うちの部の主将だよ」
町田が青年の肩を叩く。
「ああ、空手部の。なるほど、そりゃ頼りになる」
健人から思わず笑いがこぼれた。
