キャンパス・ライブ ≪7≫
第7話
「女子から好印象を持たれるには、どうすれば良い?」
研究室から帰ってきた健人は、ベッドの上でスマホを顔の前に掲げながら、生成AIにそう打ち込んだ。
『女子から好印象を持たれるには、清潔感がある事が一番です。髪型、眉毛、服装、肌ケアを意識しましょう』
AIは即座に答えた。
『また、会話では「聞き役」に回ることが重要です。相手を下の名前で自然に呼ぶと、親近感を与えやすくなります。』
健人は、その一文を見て少しだけ固まった。
「名前を呼ぶ、か」
頭の中で、『結衣』と読んでみる。どうにも落ち着かない。高校まで男子校育ちだった健人にとって、女子を下の名前で呼ぶことは、妙に距離感の近い行為に思えた。
それでも健人は、教授から教えられた正解をメモするかのように、AIの回答をスクリーンショットして保存した。
次の日、健人は早起きして身支度を整える。入学当初に使ったきり、洗面台の扉の裏に仕舞いっぱなしだったワックスを不意に取り出し、指先に付ける。髪を摘みながらそれを擦り込むと、柑橘系の爽やかな香りが広がった。
100円ショップで買った整眉用のハサミの封を開け、YouTubeの見様見真似で眉毛を整えた。最後の仕上げに、化粧水を手に取り、顔に塗りつける。
『なんだか、自分じゃないみたいだ』
健人はくすぐったいような気持で、鏡に写る自分の顔を見つめた。
通学の電車の中、周りの男性の髪型や眉毛がどうなっているのか観察する。今までは気にも留めていなかった。お洒落に気を使ってそうな若者は、皆髪をセットし、眉毛を整えている。その瞬間、前に立つ会社員やホームすれ違う学生たちが、急に自分を観ているように思えた。
その日の午後、4人は再び研究室に集まった。
「それじゃあ、“結衣”を脅迫してる犯人をどうやって探し出すか考えようと思う」
健人は台詞を読むように皆に呼びかけた。
「健人、無理してる感あるなー」
横で聞いていた町田がニヤけながら口を挟む。
「普段女の子のこと、下の名前で呼ばない感じ?」
町田の煽りに、美咲も乗っかる。
「て言うか、そもそも普段女子と喋んねえよな?健人」
町田が健人の肩に手を置いた。
「そ、そんな事無いよ。そりゃ、周りが男子ばかりだから、機会は少ないけど…」
「てか、健人髪型変えた?」
美咲が出し抜けに突っ込む。
「あ、本当だ。眉毛も整えた?健人、こっちの方がかっこいいよ」
結衣が顔の前で親指を立てた。
「あ、ありがとう…」
健人は顔を赤らめて下を向く。かっこいいと言われて嬉しい気持ちよりも、急に色気づいた自分を皆に見透かされている様な気がして、お洒落をして来た自分を恨めしく思った。
そんな健人に助け舟を出すように、町田が話を振り戻した。
「ところで、脅迫は、どんな内容なんだ?言っとくが、証拠を見せてもらわない限りは、完全にはお前たちを信用しないからな」
「相変わらず疑り深いわね。」
美咲がため息をつく。
「インスタのDMなんだけど、アカウントを変えて、送ってくるの」
そう言うと、結衣はスマホの画面を見せる。
『俺はお前を忘れない』
『逃げれると思うな』
『俺は5年前の秘密を知っている』
そんな恨みのこもった言葉に加えて、『4/15 12:30 学食でBランチを食べる』と言った記録が添えられていた。それは、お前を常に監視しているという犯人の不気味な執念を感じさせた。
「相当な恨まれようだな。昔、酷いフリ方をした男でも居るんじゃないのか?」
町田が呆れた顔をする。それを聞いて、健人は胸の奥がざわついた。
「やめてよ。そんなの心当たりないよ」
結衣は眉をひそめる。
「どーかな。俺が見るに、古淵はけっこう思わせぶりなところあるぜ?知らない所で、密かな恋心を抱いてる奴が居るかもよ」
そう言って町田は健人に視線を移し、ニヤリと笑った。
「それで、警察には相談したの?」
町田の視線を無視して、健人は急いで話題を逸らす。
「うん。相談したけど、これだけだと事件性は無いって。」
「そうなんだね。そうなると、自分たちで犯人を探し出すしか無いね」
健人が腕を組んで眉間にシワを寄せた。
「5年前の秘密ってのには、心当たり無いのか?高2の時に何かあったとか?」
「ううん。心当たり無いかな…」
結衣はスマホを強く握りしめると、美咲の顔を見つめた。
「私も高校からの仲だけど、結衣がこんな事されるなんて、全然考えられないよ」
美咲も結衣の言葉に同調した。
夕暮れ時、4人は薄暗い研究室から出て、開放的な大講義室の長机に、マトリョーシカのように横一列に並んでいた。
「まさか、文学部の結衣が同じ講義を取ってたなんてね」
健人がニヤけながら話しかける。
「卒論のテーマが『AIと文学』なの。それで、教授に頼んで、前期の途中からだけど、AIに関係する講義を特別に受けさせて貰ってるの。単位は貰えないんだけどね」
結衣が少し残念そうに首を小さく振った。
「単位も貰えないのに、よくやるよねー。」
隣の美咲が、手慣れた手つきでApple Pencilを回す。結衣と美咲は、ポータルサイトにアップされたレジュメのPDFに、直接タッチペンで講義内容を書き込んでいく。
「二人とも、相変わらずタイピング速いね」
結衣が苦笑する。健人と町田は、ノートPCを机に並べ、Notionに猛烈な勢いで講義内容を打ち込んでいた。
「テキスト化しておけば振り返りが楽だからね。ほら、このNotion AIに聞けば、教授の言ってる専門用語も即座に要約してくれるし」
健人が得意げに画面を見せた。
その時、静まり返った教室に、一斉に独特の通知音が鳴り響いた。それは、最近流行りだしたSNSの通知音だった。その瞬間、教室内がざわめき立つ。
「あ、来た!」
「急げ、あと2分!」
くすくすと言う笑い声が起き、急に咳払いが増える。後方の席に座る陽キャグループが、ふざけ合いながらスマホを掲げ、自撮りと教室の風景を同時に収めていく。
「BeReal来たみたいだね」
健人が小さく呟いた。
「最近、流行り出したよね。一応撮っとこうかな。投稿しないと、皆の投稿も見れないしね」
美咲が控えめに写真を取る。
「俺は無視だな」
町田が気だるそうに返す。
「講義中まで取らなくても良いのにね。けど、皆やってるし、私も」
結衣も、少し困ったような顔で、自身のスマホを構えた。
健人は、画面に映る「今この瞬間の自分たち」を見つめた。インカメラには自分の少し照れた顔、アウトカメラには真面目にレジュメと格闘する美咲と、呆れた顔の町田、そして優しく微笑む結衣の姿が収まる。
シャッター音が重なり、数分もすれば、また元の静かな講義室に戻っていく。
「スマホの奴隷だな。そこまでして投稿したいかね。位置情報まで筒抜けなんて、セキュリティ研の人間からすれば正気の沙汰じゃねーよ」
町田が毒づきながら吐き捨てた。
「そう言えば、マス研の由香ちゃんと、OBの八王子先輩が付き合ってるんじゃないかって、聞いた?」
美咲が身を乗り出して結衣に話しかける。
「知ってる!あの2人、BeRealの場所が被りすぎだから、絶対怪しいよねって」
結衣も目を輝かせて話す。
「でも、そう考えると、あんまり位置情報ってオンにしたくないよね」
美咲が口を尖らす。
「うん…。けど、オフにしてると、やましいことがあるんじゃないかって思われるのが嫌で、オンにせざるを得ない感じがあるよね」
結衣が苦笑いで応える。
「あー、やだやだ。監視されてるみたい!」
美咲が声を上げた瞬間、周りの学生が振り返る。咄嗟に美咲は口を押さえて、頭を縦に振った。
「でも、この『嘘がつけない』感じが、今は逆に安心するのかもね」
結衣の何気ない一言に、健人は小さく頷きつつも、町田の言った『位置情報まで筒抜け』という言葉が引っ掛かった。
