キャンパス・ライブ ≪6≫
第6話
モニターの光に結衣の顔が照らされる。サーバの唸りさえ消えたかのような静寂の中で、健人は、彼女から目をそらすと、画面に映る彼女の横顔をじっと見つめた。
「撮ってたの?」
低い声で結衣がそう言い捨てる。
「悪趣味ね…」
結衣は健人を鋭く睨みつけた。
「いや、これは、その……」
健人は言葉に詰まり、モニターと目の前の彼女を交互に見た後、思わず町田の方を向いた。町田がすかさず加勢に入る。
「これ、一応警察に届ける前に本人に確認しようと思ってさ。言い訳があるなら聴いてやるよ」
結衣は、小さく息を吸うと、唇を噛みながら、床を見つめた。
「何か事情があるんだよね?何の理由もなく、こんなことする人じゃないもの。きちんと話して欲しい。俺たちに出来ることなら、協力するから」
健人が二人の視線の間に割って入る。それを聞いた町田が、わざとらしく舌打ちをした。
「あなたたちが信用出来るって、どうやって証明するの?」
結衣は目を細めて健人に言う。
「君が何に怯えているのか分からないけど、俺たちを信じて欲しい。ここ数週間一緒に過ごしてして来た、あの時間も嘘だったと思うの?」
結衣の瞳に、迷いが走る。どこまでも純粋すぎる健人と、彼を影から守ろうとする町田。対極にある二人の「誠実さ」を思い出していた。この二人なら…。
「わかった…。」
そう言った瞬間、結衣の肩から力が抜けた。
「全部話す。二人なら、信頼できる」
その時だった。鋭い制止の声と共に、研究室の防火扉が勢いよく開いた。
「結衣、ちょっと待って! まさか全部話す気?」
現れたのは、結衣と同年代くらいの、小柄な女の子だった。
「美咲…、出てきちゃったの…」
結衣は少し困った顔をする。
「え、 美咲?誰?外部の人間がどうしてここへ」
健人が困惑して尋ねる。
「うちの研究室、セキュリティ研と共同研究してるから、このラボにも入れるの!」
女の子が健人の困惑を遮って答える。
「この子は、情報工学科の美咲。私の高校からの親友で、同じマス研所属なの」
結衣が短く紹介した。
「『キャンパス・ライブ』の運営に潜り込む提案をしてくれたのも、彼女よ」
町田がゆっくり椅子を回転させ、獲物を狙うような目で新顔を睨みつける。
「で、その親友さんとやらが、古淵にログを盗むよう指示した黒幕か。とりあえず、言い分を聞かせてもらおうか」
「『黒幕』なんて失礼ね! 私は結衣が困ってるから、力を貸してただけよ!」
美咲は町田の威圧に怯むことなく言い返した。
「このシステムのログがあれば、結衣の近くに常に存在するスマホのMACアドレスを特定できる。そうでしょ?」
「特定して、どうするつもりだったんだ。それだけで個人を特定するのは不可能に近いぞ」
町田の冷静な追及に、美咲は一瞬だけ目を逸らした。
「その先は…まだ考えてなかったけど。でも、それくらいしか手がかりがなかったから」
「待って。そもそも、どうして誰かを特定する必要があるの?」
健人の問いに、結衣が震える声で答えた。
「私、誰かに脅迫されてるの。大学のどこにいても、ずっと監視されているみたいで。今朝も、SNSにも載せてない私の行動がメールで送られてきた」
「監視だって?」
健人の顔色が変わる。
「それって、こいつじゃねえのか?さっきも盗聴してたみてえだし。」
町田は美咲を指差した。
「私は味方だって言ってるでしょ!」
「まあ、落ち着けよ」
健人が二人の間に割って入った。
「美咲さん、君が犯人を追おうとした熱意はわかった。でも、その作戦はちょっと難しいかも」
「え、どういうこと?」
「論より証拠。やってみるよ。古淵さん、スマホを貸して。このスマホのMACアドレスを…よし、これだ」
健人は手際よくPCを操作する。
「ほら、これが分析結果だよ。古淵さんのスマホのMACアドレスと、継続的に近くに居た端末の候補をAIに分析させたら、50台近くも出てきたよ。」
「え、こんなに…。」
「一致率が98%と極端に高いのこの端末は、たぶん古淵さんのタブレットか何かだと思うけど、それ以外にも、50%を超える端末がこれだけある。」
「同じゼミ、学部、クラスの人なら、犯人より高い一致率になってもおかしくねえな」
町田が補足する。
「なーんだ。いい方法だと思ったのに。」
美咲が口を尖らせて、あからさまに残念がった。
解決の糸口が無くなり黙り込む中、町田が沈黙を切り裂くように口を開いた。
「で、信じるのんだな?健人」
「当たり前だろ。二人が嘘をついてるとは思えない」
「俺はまだ完全には信用しないぞ。まあ、こんなマヌケそうな黒幕はいないとは思うがな。」
町田がからかう様に笑う。
「ちょっと、マヌケって私のこと?」
美咲が町田にらんだ。
「まあまあ、今は手がかりは無いけど、これからやり方を考えよう」
健人が二人をなだめ、柔らかく微笑んだ。
「そういうことで、改めて宜しくね。古淵さん。美咲さん。」
「結衣で良いよ。私も健人って呼ぶね」
「私は横浜美咲。美咲で良いよ。」
「おっと、俺はそんな仲良しごっこゴメンだ。名字で呼ばせてもらうぞ」
町田が素っ気なく言うと、美咲が即座に言い返した。
「勝手にどうぞ、“町田くん”!」
見えない脅迫者に対抗するための、いびつな四人の共同作業が、ここから始まろうとしていた。
