不穏なBL小説14本を読んだレビュー
毎月開催 #noteでBL 企画第21弾!
常連作家のかし子嬢、肝入りの『激重感情仄暗不穏』なBL小説を書く『かし子の不穏祭り』
3回目になる今回は『不穏淑女・かし子嬢からの挑戦状!』と題し、たった一人の我儘てんこ盛り設定で不穏な小説を書きました!
『激重感情仄暗不穏』+『かし子嬢の理想のBL』
このお題を使った1万字以内の一次創作ブロマンス〜BL小説
かし子嬢の理想の不穏設定の詳細は添付の記事に書いてますが要約すると。
「可哀想な過去話NG!治安のいい不穏を!」
「ベタ惚れ攻め×誘い受け」
「2人だけが幸せな倒錯した世界」
の設定で書くこと!
作品のタイトルをタップすると小説も読めます!
小説だけ読みたい方はこちらのアンソロジー記事へどうぞ!
今回のお題提供者!不穏淑女・かし子さん!
『君の優しさは土の中』 ヒューマンドラマ
『その恋、供養されません!〜転生しても逃げられない〜』 青春
「BLおよび恋愛ものにおいて、花は最強の伏線。
下に死体が埋まっている、もしくは殺人を犯した恋人かイケメンの鬼か神がいる表現があっても、森羅万象が二人の愛を全肯定すると思え。
BLはな、完全犯罪やなくてファンタジーやから。」
これは年齢=腐女子歴の私の一番上の姉が教えてくれた「BL小説の心得」の一部だ。
訳あってかし子の小説を読んだ姉は針仕事の手を止めて「ほんでお前は読んでどう思ったんや?」とスラリと聞く。
「お化けのバーバパパを思い出した。バーバパパは土の下でおったやろ」と答えた瞬間に「ジーザス」と頭を抱え、手の中にあった作りかけのぬいを置いた。
ちなみに花の下に死体を埋めるの展開は王道BLより腐女子寄りに多い傾向があり、イケメンの鬼や神に自分だけが溺愛される展開はBL〜男女の恋愛もの全てにおいて人気が高い。
これらはBLがまだ「オリジナルジュネ」として生まれ「やおい」と名を変え「BL」となった現在に至っても愛され続けている、腐った女が一度は自分の好みのキャラをぶっ込みたいシチュエーション!
その界隈が読んだら「お前…なかなかやりおるな…」と牽制してしまうレベルらしい。
おぉん?と言うことは1作目の『君の優しさは〜』はすごい話なん?姉は隣で大絶賛してました!
昔バズったツイート(当時はTwitterだった)で「米津玄師は腐女子の心理を知り尽くしている」という一言があったが私は思う、あれは多分、世界観の話だろうと。
私のように「何かを埋める」ことにおける今目の前にある罪は(刑法199条、190条、土壌汚染、りんの濃度、等)遠いお空に放り投げ、心配ないからね!君の想いが誰かに届く明日がきっとあるからね!と愛する人の肩を持つ。
どんなに困難で挫けそうで自宅の窓の外で赤色灯が止まっても、自分が正しいと思うこと、そしてお互いの愛のゆく末を信じることを決してやめてはならない。
現実の罪の数を数えるな!
否応なしに守られる神を超越した彼らの存在こそを罪と思え!
バトル漫画の、ラスボスを前に苦戦する主人公の周りに歴代キャラ達(死んだ奴も概念集合!)が集合、否応なしにラスボスをフルボッコにするのと同じく、BLのヒロインは強い何かに守られている。
輪廻転生を繰り返して何百年でも追い回し、Carry on,Carry on求めてうばわれて、法律も環境問題も政治も経済も宇宙真理をも超越してねじ伏ながら、時に与えてうらぎられ愛は育つもの…
お前しか見ない、いっそお前以外の視界ゼロでいい!未来永劫超絶最強ギリギリぶっちぎりに強い愛を信じることさ、必ず最後に愛は勝つ!
Oh-oh-oh-oh-oh,oh-oh-oh…
BLの世界観はKANの「愛は勝つ」やと思う、と姉に伝えたら「ボカロが正義やから米津でいい」と返された。手厳しい。
私はかし子嬢に出会い、お互いの好みの違いに時にチグハグしながらも、BLという文学の懐深さと「これでいいんだよ、あたし達は生きてるだけで十分やってんだから、創作物くらい歪んでてちょうどいいんだよ」な雰囲気にいつも救われております。
今回も企画のために色々協力、改めてありがとう。
木野山キノさん!
『晴々雷鳴〜観察日記のススメ〜』 コメディ
今回の小説企画の一番のミソは「治安がいい不穏」だった。
「不穏」と「治安がいい」はイコールではないのが一般的なイメージと思われるので、この前提と矛盾をどう料理していくかが今回の作家の筆力の見せ所でもある。
私がまず「治安がいい不穏」で想像したのは、何でもない日常生活の片隅に急に落ちてる何かのネジのような不穏さ。
ネジはそれまで居心地良く過ごしていた部屋を一気に不快にする。家具か家電の何処の何から外れたのか分からない不安がつきまとう。
とは言え踏むと痛いが、レクター博士のように通り過ぎざまに急所を握りつぶす事もない、実害はほぼないと言って過言でない。
この不穏はネジより、もっと気持ちの悪い何かを生み出すナニカかもしれない…例えばそれは。
(なんかのさなぎとかじゃない?)
こないだ最悪だったよー 彼氏の部屋で日記見つけたら 俺のことばっかり書いてんだよ 俺ちょっと不穏なんだYO〜
(それなんかのさなぎだったんじゃない?)
WOW WOW YO
オレいつの間にこんなこと言ってたんだYO
まぁおととしも言ったかもしれないけど
WOW WOW
赤い首輪!!
(お前の彼氏がキャンパスノートに書き綴ってるの なんかのさなぎなんじゃない!?)
果たして何人に伝わるかすでに不穏ですが、漫画「ピューッと吹く!ジャガー」のハマーこと浜渡浩満が歌う名曲「なんかのさなぎ」に乗せて端的に内容をご紹介しました。
最初は恋人の言動に関心した健忘録が徐々に「観察日記」になり変わり、最終的に自分の日々の言動の全てが恋人のなんかのさなぎになっていく。
いつか準備が整った時にこのさなぎがまだ生きていて、グレーゾーンが真っ黒に塗りつぶされた真っ黒で大きな蝶になってこの世に自由に放たれる。
あんたの恋人の観察日記、なんかのさなぎなんじゃない?!
とりあえず、上のレビューのかし子嬢の作品『君の優しさは土の中』の人達には黙っておきましょう、キノさんの話の二人は蝶になっても大丈夫。
でも今が一番、不穏な時に変わりはない。
藤間さん!
『ひみつごと』 ジュブナイル
「あたし、誰かの初恋になりたいの」
藤間さんの小説を読みながら私は中学時代の友人、ヒロエの一言を思い出した。
ヒロエは近所の小学生にボランティアで家庭教師をしていて、生徒数は5人。親御さんからのお小遣いも全て断り、ただただ彼らに自分の放課後の時間を割いていた。
冒頭の一言は、私がヒロエに「なんでそんな利益のない事をするの?」と聞いた時の返事。
誰かの初恋になることは金と時間以上に価値がある。
自分がきっかけで今の今まで無自覚だった恋愛感情を自覚させ、当時の自分の存在が、誰かの心の中で永遠に肯定され続ける。
絶対的に価値があることだ。
この『ひみつごと』は、お互いにそっくりな顔を持つウミとカイの恋の物語である。
結論から言うと、この話に私が一番不穏に感じた部分は2人が大人の事情で「家族」になったこと。
殺人事件の約半分が家族間と言われるほど昨今の家族関係は距離が近く、そのせいで愛憎が渦巻きやすい。昔に比べて家族というものが親密になっているらしい。
たとえ主人公2人の顔がそっくりでも、ただ出会って恋をしただけならそこまで大きな問題でもない。
他人のままなら2人を繋げた大人の「本当のこと」にも気が付かず、知らぬが仏で手を取り合って笑えたかもしれない。
全く他人の2人でも物語は展開できるが、あまりにも眩しすぎる青春モノになるだけだが、ここに「家族」である不穏さと、大人に突きつけられた「本当のこと」が上乗せされることで一筋縄でいかなくなる。
ウミとカイのお互いを思う初恋みたいな透明感の中に、読めば読むほど歪で、ぐちゃっとした家族関係の展開が気泡のように不規則に紛れ込むガラス玉のようだ。
でもこのガラス玉は父か母が買ってくれたラムネの瓶の蓋であり、一度押し込むと底に落ちてもう元には戻らず中の炭酸を溢れさせる。
親にならって瓶を開けて取り出すか、いっそ石に瓶を叩きつけて割って手に入れるか。
読了後、今更ながら知りたくなった。
私も誰かの初恋になっているのかな?と。
一吾さん!
『ヒカにおちる』 SF
登場人物の「ヒカ」が何かの競技をしている事は読み始めてすぐに分かった。さらに読み進めて「トラぺジオ」の一言を目にしてふむ、と確信する。
トラぺジオと言うは台形を意味する言葉で、私の解釈では僧帽筋を意味する筋肉英語だったからだ。
ははぁこれはこれは一吾さん、えらくマニアックな筋肉を題材に物語を書かはったな!
私が何故にこの小説を純然たる筋肉小説と思ったか、それは全て僧帽筋の役割にある。
“ヒカは急降下と急上昇を繰り返していた。白い点のように小さくなるまで昇る。
危ない、と思ったときには降下が始まっていた。きりもみして落ちてくる。
僕は手に嫌な汗をかく。ヒカが落ちる姿を見るのは一年ぶりだ。“
少し小説から引用させてもらったが、ここですでにピンとこないですか?
僧帽筋と飛ぶことの関連ですよ!!
僧帽筋とは背骨に沿うようについた筋肉で、主に肩甲骨の上げ下げや姿勢の維持に使われる。
この肩甲骨の上げ下げを鳥で例えると羽の上げ下げなんですね。更に言うと、鳥は鳥にしかない骨の薬研軟骨部分についたササミに翼を下げる役割をさせるんですがこの僧帽筋も人間の腕を下げる役割の筋肉なのですよそこを踏まえてもう一度タイトルと引用の一文を読むと関連性を感じて筋肉小説かもって期待を抱いてしまいせんかねしまいませんかね?
ヒカはプロレスの捨て身の大技、トペでもしたの?とかも考えれるしね。
ま、当たり前やけど僧帽筋の話じゃないんですよね!!
「ブランコのことですよ」って優しく教えてもらったしね!
これが本物の脳みそ筋肉ってやつですよね。
ロマンチックにBLの世界観におちず、筋肉でしがみつく脳みそ筋肉女の悲しいオチですよね…。
…プロテインをください、筋トレの数だけ。
私はそれで仕切り直せるから。
この小説は心を無重力にして読むととても浮上し、最後の最後にドスっと大人の重力に沈み込める、サブリミナルに差し込まれるドクターという大人と、常に純粋にお互いを思いやる子供の温度差のバランスが絶妙な小説です。
筋肉は関係ありません!ブヒィ…ッ
冬槻ぱきらさん!
『遠い家の薬師』 ファンタジー
趣味で本屋を巡りをしていた時、私はデザイン専門の古本屋の男店主とド下ネタで意気投合し、その流れで常連のイングリッシュマンを紹介された。
彼の名は「エロティックハンター・ジョン」日本のポルノを収集していた。
「いいか、美人は体に悪い。なぜなら医者にかかった時、診察室にとびきりの美人ドクターがいたらずっとお目にかかりたくなるからな」
ジョンの意見に私達は顎が床に刺さるほど同意。
健康だから美人に反応するのに、不健康じゃないと相手にされないジレンマは永遠のテーマ、私達は一つ一つのエロを拾って、足を組み腕を組み、夜を長くして語り合った。
美しいことはとても結構なことだが、それは時に色んな弊害になる。
存在自体が大切なのに、人を惑わす見た目が美しさのせいで執拗になって、側にいる人を番犬化させる無自覚な飼い主は特に罪深い。
まさにそんな二人が切り盛りする『遠い家の薬師』を訪れるある親子の話が、ぱきらさんの投稿してくれた小説です。
生まれつき体が弱い娘のリナの看病で妻は眠れず、そんな時に山の奥に隠れ住む薬師の噂を耳にした、しかも噂では薬師は絶世の美人!あ、これは下心でなく噂話ですよ!
最近は村周辺の魔物の出没が増えて緊張も高まっているが、男は藁をも縋る思いで薬師を訪ねたが、訪ねた先で応じてくれたのは無愛想な大男。
だが奥から息を呑むほど美しく優しい薬師が現れて…。
この親子は心が美しいので入れてもらえたけど、これがムッツリ本屋店主とオープンスケベの私とエロティックハンター・ジョンやったら「めっちゃしんどい、昨日から死んでた!」と訴えても門前払いでしょう。
そりゃ無愛想な大男の過保護が増すわよ、村に現れる魔物の正体は大体私達のような鼻の下の長い下世話なモンスターかもしらんもん。
デモ、オデ達…激甘展開ニヒトヤク…カッテル…ア、ア、金ハ、イダネェデス。
カワリニ甘イクッキート、コップ一杯ノエロヲクダサイ。
数田朗さん!
『飽和』 現代・人間ドラマ
企画の投稿日の少し前にXで参加者の月さんが「AIに小説2000字削れと言われた」と呟いてた。即座に「削ったらその分違う2000字足す!」と返信、同意を得た。
小説は「筆が乗った文章は大体不要な部分」と言う嫌なセオリーがある。
自分事なら「この部分は作家のサービス精神とお砂糖でできた欲張りな天使の自動書記なんだにゃん!」と言い逃れるが、この部分は本編から外れて無責任に描き殴れるから筆が乗る事が多いのであって、要らぬ現実逃避とも、設定が甘くて文章がぶれているとも言える。
分かっちゃいるけどやめられない!と、前から走ってくる老眼に怯えて目薬をさしさし月曜日の登校日に挑んだ。
投稿順に読み進めたら3本目、数田さんの『飽和』に目を通した私はメガネをとって眉間を摘む。
老眼が今まさに追いついたのではない、完璧な「引き算」の書き方に私の天使が悶絶したのだ。
数田さんの小説は、納豆をのせて醤油をひと垂らしした冷奴に似ている。
この冷奴を構成する、豆腐、醤油、納豆の一品一品を小説の「設定」に当てはめてた場合。
豆腐=「世界観」
醤油=「舞台」
納豆=「登場人物」
に当てはまると考えると冷奴の完成が、一本の小説となる。
例えば豆腐を作るには、簡単に書いても3肯定ある。
大豆を水に浸してすりつぶし、加熱して濾して、にがりを加えて固め、豆腐が完成することを私達は普段から感じながら冷奴を食わない。
だが、裏で職人が手間暇かけてくれることで私達は美味しい豆腐を食べている。
小説における「設定」も豆腐と同じく、作家が一つ一つを綿密に手間暇をかけて作ることで、情報量の多い物語でも説明描写を省ける。
人物と背景の描写で書き進められ、シンプルな「引き算」の文章が書ける。
迷いのない「引き算」の文は、読者が文脈から登場人物の背景を察する事ができ、惑わされることなく読める。
一見素朴な文のに読み応えがある小説は、裏で作者が手間暇をかけてくれている。
この『飽和』は前情報なしにそのまま読むべきですね。
読み出しの純粋な登場人物の雰囲気の背後に、紙ヤスリのような面の広い細かいガラスでザラついたもので骨を削られていくような嫌な気配がずっと続く。
BL特有のなんかすっごい愛のパワーでも守れない負の力が、排水溝を詰まらせるみたいに少しずつゴボゴボと音を立てて主人公の2人の足元を濡らし続けている。
ほんで。
なんで私は豆腐について熱弁してたんや?
そうそう、これが欲張りな天使の自動書記だにゃん!にゃんにゃん?
四四田 鹿辰(ヨシダ ナレシカ)さん!
『ロットバルトの憂鬱』 現代劇(バレエ)
#noteでBL 名物、四四田バレエカンパニー!今回の演目は不屈の名作「白鳥の湖」
思い返せば私が初めて生で見た白鳥の湖に出てくる魔法使い、ロットバルトは羽を頭にたくさんあしらって羽根のようなマントをつけた姿だった。
ちなみにこの公演、王子のジークフリートも、姫のオデットも男、キャストの90%が男!世界水準の男性のダンサーが集められ、コミカルな演出で人気を博していたトロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団の日本公演でした!
カーテンコールで彼女達は「男だって姫がいい」と満面の笑みで言い切った、私は無意識に何度も頷いた。
男だから王子とは限らない。正義より悪役に憧れる子がいるように。
さて話は戻って四四バレエカンパニー。
演目は3か月に渡って「サタネラ」「カラボスはネジを巻く」今回の「ロットバルトの憂鬱」と、悪役である魔法使いに視点を置いた話を投稿してくれ、私はそこに不穏さを感じた。
世の中に一定数存在する「悪役」に惹かれる人がいる理由。
それについてアンパンマンの作者・やなせたかし先生が「子供は少し大きくなるとバイキンマンに憧れる」と新書「僕が正義について語るなら」で書いていた。
大きくなるとしつけや教育の親の目を気にして悪いことをやらなくなるが、バイキンマンは人目を気にせず思い切り悪さをする。その姿が子供のストレス発散にもなるし、本当はそんなふうに好き勝手にしたい憧れが生まれるから、バイキンマンは人気があると。
立場が変わると正義が反転する、
親にも親の立場があるし、子には子の立場があるので、それぞれで正義は変わる。バイキンマンは時に子供だった私たちのヒーローなのだ。
不屈の原作があり、振付師によって解釈が変わるバレエの演目を小説に落とし込むことは容易ではない。
作家の自身の解釈と伝えたいテーマに加え、専門性の高いバレエの舞台裏をどこまで書くかのせめぎ合い、文字数の制限、BLとしてのストーリー。
全てを上手く作り込むのは、幼い頃に感じた「正しさ」の視線の抑制に似ている。
悪の役割を肯定して伝えたい創作は、そうしないと生きれなかった幼い頃の自分と、そのおかげで大人になった自分が向き合う大切な時間かもしれない。
悪い魔法使いは立場や目線が違えば正義になる人生の必要悪だと、四四田バレエカンパニーは教えてくれる。
星屑さん!
『夜の犬』 現代
BLの永遠のテーマ!猫っぽい男、犬っぽい男、どっちが一体好みなんですか問題!
個人的な意見やけど、BLは猫のような気まぐれな受けと犬のように従順な攻めというカップリングがよく好まれている気がする。
たまに蛇みたいな執念深い男という選択肢もでるが、その場合はマングースのように唯一毒蛇の毒を制する強い男が相手になるのかしら?でもマングース系男子というワードを私は未だ聞いたことがない。
でも、ちょっと「猛毒の蛇」と「唯一その毒を制すマングース」の癖つよバトルカップリングに魅力を感じる。
さて話は戻るが、タイトルを見てお分かりの通り『夜の犬』の主人公は大柄でちょっと無愛想な大型犬タイプの男・久世。夜の仕事をしている時枝の専属ドライバーだ。
彼はある日「モニター」と呼ばれる副業を時枝に持ちかけられる。
その内容はスマホを通話状態にしたまま、時枝とその夜の客の“ある行為“を盗聴することだった。
さて、この内容でタイトルが「夜のマングース」だったら不穏どころか作者の自損事故だが、この話の不穏さは個人的に「モニター」を持ちかけられ、盗み聞きを通して何かに目覚めていく久世の心境の変化、芽生えのようなもの。
無愛想でどこか世の中に冷めている久世が、モニターをするたびに時枝に執着し、彼専属の犬に変貌していく。
この最初は時枝の「ちょっとしたスパイス」だったはずのモニターで夜な夜な従順な犬に変貌していく久世の、ミイラ取りがミイラになっていくような姿が絶妙な不穏さを醸している。
もしもこれが「夜の猫」だったらきっと時枝のふわ〜おぅ💗なオープンスケベな内容で進んでいたんだろうな。私ならそこんとこを細かく書いてnote出禁やな。
まぁでもですね。
そんな輩がいるから、無愛想な大男の過保護が加速して美味しい展開もあるわけですよ(冬槻ぱきらさんのレビュー参照)せやから時枝はん、私も雇ってくださいませんか?
大丈夫、絶対二人と読者にとって美味しい展開に持っていく自信と下心だけは十分にありますさかい!
身の安全は大丈夫です、他に仲間も2人いるんで。
岡埜 由木古(偏光)さん!
『そこはかとなく忍び寄る』
『どんな所にも現れる』 合わせて読める人間ドラマ
うちの企画では「あらすじ」を書いてもらうことを今年からお願いしているが、ここに結構サービス精神が現れる作家がいる。
「サービス精神」とは、相手に喜んでもらうために心尽くしをする気持ちで、小説の出迎えの部分である「あらすじ」は読者を気持ちよく作品に誘い込むサービスとも考えれる。
最初にレビューさせていただいた木野山キノさんと、こちら岡埜さんは、「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!今日のお話はね〜」と口語で読者を呼び込む、あらすじサービス職人である。
2人のやり方はオープニングテーマ中に話の流れを文字で流す、映画『スターウォーズ』のオープニングさながら!
あれは異星の戦争の物語という情報過多な壮大な物語に視聴者がすんなり入れて内容を楽しめる監督のサービス精神の下準備なんですよね。
さらに作家自身がまず小説を書くことを楽しんで、同じ気持ちで読んでもらいたい共感性の高さも感じる。
本編にも作者の心尽くしは溢れていて、主人公の二人である真一郎と拓海はお互いに凝り固まって特殊な家庭環境に圧迫され続けた過去を理解し、自由を共有している。
日本には「もてなし」という素晴らしい言葉もある。
主に客に対する扱いや接待と捉えられるが、「人に対する振る舞い方、態度」「物事に対する扱い、とりはからい」という意味もある。
『どんな所にも現れる』で、半同棲を始めた真一郎と拓海のもとに現れた、真一郎の配偶者になる予定だったカナエを二人は無碍に扱わず、同じく被害者として匿う。
さらに拓海はカナエを蔑ろにはせず、新しい家族の形を作ろうと取り計らう。これがどんな作戦かは書けないが、ここに作者のみんなが平和に過ごすための共感性や、突拍子もないユーモアを私は感じた。
さらにお帰りの際の見送りまで抜かりないから、また読みにきたくなる。
これはサービス精神よりこだわった、作者の「おもてなし」だなぁと気持ちよくコメントが書けた。
と、終われたらカッコいいが、実際は最後の展開に変態がニヤついただけです。
いいぞ拓海!もっとやれ!
月は東にさん!
『贄呼び』 和風幻想
『箱庭のメタモルフォーゼ』 日常×主徒
恋愛を中心にした物語において「関係性」を無視することは出来ない。この場合の私が言いたい関係性は、人に対する自分のルールである。
この作品は両作品ともに主人公カプが迎合型をとっているなぁと感じた。
迎合型とは「自分にルールはない/わからない、相手にはルールがある」という相手に委ねるタイプ、そんな同じタイプの二人が主人公になっているのだ。
『贄呼び』のこの地を治めるミモリさまは生贄に対し「いや…あの、なんかあったから食ったっんすよね」くらいのスタンス。
この年の生贄である玻璃音も「えっと、村人その1とその2が行けって言ったんで」くらいのスタンスで贄となり、相談の末、玻璃音に従う形で話が進む。
この手の話は自分のルールに従わせるジャイアン系の鬼ないし神がいることが多い。
でも迎合型同士で書くと全体が霧に包まれたような不確かさで進み、時に作者をも巻き込む独特の迷いがミステリアスで先が読めない展開が生まれ、読者を惹きつける。
作者は意図していなかったかもしれないが、この選択があったからこその不確かさが危うさになり、不穏な空気が生まれた作品だ。
『箱庭のメタモルフォーゼ』は少し無鉄砲な主人公である伊織と、痒くなる前に痒いところに手が届く世話係の清羽の共依存の関係性を書いている。
ここは本編を読めば分かる不穏ポイントだから書けないけど、二人とも迎合型になるしかないんですよね。
伊織と清羽の置かれた立場は、0点を取り続けることでダメ認定され続けることでドラえもんと一緒にい続けたい、のび太君の涙ぐましい努力に似てるんですよね。
ちなみにこちらは伊織の親友の翼が2人と違うルールで生きているので、漫才で言うところのボケみたいな2人の間でツッコミ役を買って出て、コミカルに話がすすみますが、最後がねぇ。ふえぇ…
たまに作者が「自分で書いていて分からない」と呟いているが、もしかしたらこのルールが関係しているかもしれない。
登場人物に話を展開させると作者も一緒に迷う可能性がある。
でも作者も小説内で登場人物と迷う程、没頭して書いた小説を投稿してもらえるのは企画者冥利に尽きます。
凪風いるさん!
『瑠璃の光は忘れられない』 和風ファンタジー
年に一度の不穏祭りだし、最後は思い切り後味の悪い話にしようかなぁ〜と思っていたが、今回は「治安のいい不穏」がテーマ!というわけで、この先どんな不穏な展開が起きようと、二人の愛の治安が守られる話を最後に選ばせてもらいました。
月は東にさんの『贄呼び』(一つ上のレビュー参照)と流れや世界観は似ていますが、登場人物の持つルールが違うとまた作品の顔色が変わって面白い。
呼ばれている、気がして森に足を踏み入れた朔の前に現れたのは、紫鶴と名乗る銀色の髪に陶器のような肌をした男。
紫鶴は朔を『外の者』と分け隔てたような呼び方をするが、すんなりと社の中に通し…。
ファンタジー系に出てくる神や鬼は、自分以外に無関心なものが多く、迷い込んだ人間から人の心を学んでいく話が多いが『瑠璃の光は忘れられない』の紫鶴は、朔に初めから関心があった。
その理由をここでは書けないのがなんとももどかしいですが、この鉄則の裏切り方が物語をロマンチックな方向に展開していく!
そして毎度お馴染みのいるさんの小説に配役コーナーですが、今回は…紫鶴は落ち着いた中で淡々としている感じが目黒蓮、朔は少し年齢が上すぎるけど個人的に神木隆之介でファイナルアンサー!
朔の一人称「僕」がポイントですね、神木隆之介は「僕」な配役がよく似合うんですよ。少しコミカルで芯がある朔の役に合う。
目黒蓮は、目黒蓮なんでなんになっても目黒蓮ですが、落ち着いた雰囲気があるので紫鶴のような格式高い配役も落ち着いて演じてくれる。あと、体格差ですね、これは大事!
あと別にすごいどうでもいい事ですが、紫鶴の「——時が来た時、森は開かれる」のセリフを読んだ時。
橋本真也の「時はきた!それだけだ」の名言を思い出してしまった。
ここは朔「話が分からないんだけど!」やなくて、隣で笑いを堪える蝶野のモノマネやろ!と思った方がいたらきっと同じプロレスファン、ご一報ください、にゃんにゃん。
何はともあれ昨今は!
廃神社や心霊スポットを逆の発想で、恋愛成就の縁結びやカップルの聖地に新しく作り変えて人を呼ぶ流れがあります。
きっとこの社も未来永劫イケメンのカップルを拝めるBLの守り神になることでしょう!
イケメンの神に愛されること、それはお前しか見ない、いっそお前以外の視界ゼロでいい!未来永劫超絶最強ギリギリぶっちぎりに強い愛を信じ続けるだけでいい!
そうすれば、必ず最後に愛は勝つ!お幸せにな!
以上、挑戦してくれた作家さん、今月もありがとうございました!
せっかくなので、かし子嬢の小説の書き方を解体してみた。
今回の企画で色々好みの不穏を聞き出した時、かし子嬢は主に「人物」「関係性」を事細かに提示し、自分の苦手や今読み飽きている「カップリング」や「世界観」をNGとして出して、それ以外は不問!特にこれと言って目立った苦手分野はありません!と伝えてくれました。
話を聞きつつ普段かし子嬢が何を優先して判断し作品を書いたり、読むものを選んでいるかがよく分かり、普段どのような書き方をしているのか?を考えてみた。
多分「登場人物と関係性優先、その登場人物達が映える世界観で書く、逆も然り」なのだろうか。
これ二次創作の作品と一致する気がする。
二次創作とは、アニメ、ゲーム、漫画、小説などの既存作品(原作)のキャラクター、世界観、設定などを利用してファンが独自に作り上げた新たな創作物です(Geminiくんありがとう)
あくまでも個人的な見解ですが、二次創作を好む人は漫画をキャラ読みをする人が多いです。
キャラ読みとは、極端に言えば既存作品(原作)の好きなキャラを中心に作品を読む人。
二次創作のほとんどは、好きなキャラが自分の好きなシチュエーションの中で、性癖にブッ刺さる関係性を築いてほしい願望の塊なんですよね。
そう考えると、今回のようなかし子嬢の要望に応える作品の骨組みは二つです。
①「登場人物」
②「その登場人物にあうシチュエーション」
この設定にまず着目して設定を作る、もしくは書き始める。
②のシチュエーションをぼんやり浮かべてそこに①を入れ込むも有り。
③「メッセージ、テーマ」を入れたい人は後付けすると物語に深みや臨場感がでる。
でも、ぶっちゃけ①と②だけでもかし子嬢は満足してくれる、今回のお題の逃げ道も見える。
今回苦戦した人は
・まず③があって①か②を当てはめて書いてる。
・そもそもの作風や好みがかし子嬢と合わない。
・自分が書きたい設定、テーマに、かし子嬢の条件が合わない。etc…
が主な原因かもな、と思います。
かし子嬢の意向にきちんと添えるかしら…を考えすぎてしまった人もいると思います。
※これは全て予想と意見です。
お互いの合わない部分を知ることは仲違いの原因でなく、より相手を知れる理解のきっかけやないかなぁと思います。ただ自分と違う視点を持って物事を判断するだけの人で敵でも味方でもない、ただの人型哺乳類、人類は皆兄弟だ!
#noteでBL は誰かの発想のおもちゃ箱。
創作に行き詰まった時は人の作品を読むと、たくさんのヒントがあります。
次回のお題発表は6月29日(月)です!
来月は3000字以内のサクッと読めるショートショートを募集します!
BLに限らないので誰でもお気軽にどうぞ!
お題はまた月曜日に詳しくお知らせします!
