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【noteでBL】そこはかとなく忍び寄る

こちらの企画に参加します。

お題:『激重感情仄暗不穏』+『かし子嬢の理想のBL』
ジャンル:人間ドラマ
文字数:約9800文字
あらすじ:
 ⚠︎行き着くところまでは行きませんが男性同士のラブシーンがそれなりにあります。苦手な方は、プリーズリターン。

 大学の入学式の時点で天野あまの 拓海たくみは、学部主席の池島いけしま 真一郎しんいちろうに、無自覚に一目惚れしていた。出身地をごまかしての同居に成功した後で、自身の恋情欲情熱情に気付く。
 そして大学でも家でも半年間そばで過ごし続ければいいかげんでバレる。
 この話は、そろそろその自覚が芽生えそうなうけに対して、自身の想いを打ち明け、どうにか拒絶されないよう家からも追い出されないよう、あわよくば、様々な意味で全面的に受け入れてもらいたいせめの、ひと晩を掛けた説得の記録である。がんばれ拓海。


        1
 入学生代表として登壇した学部主席は、僕の目に光って見えた。

 輝いていたわけじゃない。美しい、と言えそうだけどそれよりも、目に見えもしないのに目を灼くような強い光が、壇上の主席から四方八方に、放たれている感じで、
 何だろうアレ、って僕は、ぼうっとなっていて、主席がどんなことを話していたか覚えていない。きっと、言葉なんかどうだって良かったんだ。

 真一郎しんいちろう、なんて名前だから、もちろん男だって分かっていたし、その時は自覚していなかったけど、立ち上がって、すぐそばまで駆け出しちゃいそうな自分が怖かった。全然知らない人なのに。主席からは僕なんか、記憶に残らない、ただの背景だろうと思うのに。

 近寄っただけで、あの光に飲み込まれて消えちゃえそうだ。それで全然、構わない。それってすごく心地良さそうな感じがする。


        2
 同じアパートに暮らし出してから、毎日好きが募り続けて、弱まるタイミングなんてまるでないまま半年を、大学でも家でもなるべく隣にいたがって近寄りたがって過ごし続ければ、いいかげんでバレる。

「話がある。拓海たくみ。落ち着いてからで良い。部屋を出て来い」
 と呼び出されたダイニングの、テーブルに真一郎は、二つ並んだ僕たちの部屋に背中を向けて座っていて、その向かいの、冷蔵庫に背を向けた普段の僕の定位置に座りに行くには、どうしたって不機嫌そうに腕を組んだ真一郎の横をすり抜けて歩かなきゃならない。

 こんな時にもテーブルには二人分のマグカップが置かれていて、温かそうな紅茶が淹れられていて、向かい合って座ったらどちらからともなくひと口飲んで、それぞれについたため息が重なった。

「夏は暑いからな」
 恐縮していたはずなのに、まずは当たり前に聞こえる事言ってきたから、ふふっと吹き出しそうになった口元を引き締める。

「頭に血が上って、多少のおかしな言動に踏み出しても仕方がない、と気楽に構えていたんだが……、秋に入って気温も落ち着いてきたのに、ますます様子がおかしくなっていくから警戒、していたんだ」
 怒っている、ことは伝わるけど、怒っている、だけなんだと感じてホッとする。軽蔑、されていない。

 あと、僕にもちょっとくらいは言い分がある、と思う、から、マグカップで口元を隠しながら言ってみる。
「だって真一郎暑いからってしょっちゅう上半身裸で過ごすんだもん……」
「九州ではそうしていた。大阪も暑い。まさか同性からそうした目で見られるなどと思うものか」

 目のやり場にも気持ちの持って行き場にも困って、ズボンをキツく感じさせる物の、始末にも困るものだから、偶然のフリして触ったりつまんだり、「あんっ」と結構跳ね上がる声が聞けてゾクゾクしたり、昼寝しているところをこっそり近付いて行って、隣から寝顔を眺めたり、思い切っておでことか、唇にもキスしちゃっていましたけど、こうやって並べてみると目を覚ましていたとしたら相当に怖いですね。怖かったですよね。すみません。

「それが敬意を払うべき相手に向ける態度か?」
 そう。偶然点いていた恋愛ドラマを、二人で眺めていた時に言っていたけど、真一郎はそうした目ヽヽヽヽヽで見られる事を怒っているわけじゃなくて、そうした目で見てしまう事を、その相手にこそこそ隠している方が問題だ、みたいな怒り方をする人で、
 そのくらいなら玉砕はもちろん覚悟の上で、打ち明けてくれた方がずっと良い、とか仰っていらしたからには、僕がそうしないわけにいかないです。

 マグカップを置いて顔を上げて、黒い目と、しっかり向き合うように気をつけた。
「僕は、真一郎が好きです」
 白目とのバランスがちょうどいい、大き過ぎない黒眼してるよね、とか、頭のどこかでは冷静に観察していた。

「その、友達として、なんかじゃ本当は、全然なくて……、真一郎の、もう顔も身体も中身も丸まま、大好きなんです! キス、とかはっきり言っちゃうと……、セックス、する前提で、ガッツリ致すつもりでお付き合いしたいです! お願いします!」
 テーブルにだけど感覚としては土下座のつもりで頭を下げたら、
「悪くない」
 と聞こえてきて顔を上げた。
「え?」

「正面切って言われると、予想して覚悟していたほどの、不快感や嫌悪感を感じなかった」
 腕組みをほどいて真一郎は、読んだレポートに講評をくれる時みたいな、冷静な顔と声色でいたけど、
「拓海にはな。他は知らん。考えたくもないが」
 僕からは目を逸らしてマグカップのお茶をひと口飲んだ。

「しかしそれは……、どうする?」
 目線が僕に向かってくる。
「どう……、って何、が?」
「役割だ。どちらを望む」
 役割、を、……そちらから気にして下さるんですか?
 ってことはてことはえっと、先ほどの、こちらからの申し出も受け入れて下さると。全面的にオールオッケーかは分からないけど、受け入れる方向で進めて下さる、ということでよろしいですね?

「ここは、忖度無しで率直な希望を聞かせてくれ。そこが合致しない場合に譲歩できるとは、とても思えない」
 真一郎の言い方っていつもちょっと小難しいんだけど、結局言われている内容はシンプルだから、
「え。とだから……」
 あとははっきり口に出す前に、結構な勇気がいるだけだ。
せめ、が良いです。つまり、僕が男側、で」

 ちょっとの間が空いて真一郎の首が、少しだけ傾いた。
「どうして俺なんかに欲情できる?」

 サクッ、と傷が入ったからその場で痛みは感じなかった。
 眉をひそめたりとかもしていない。ただ純粋に不思議に感じた表情で、何がどのくらいの傷を入れたのかも分からない。だけど、確かに傷で、十数秒くらいは言葉が出なくなった。

「すまない。人の好みをとやかくは言えないな」
 そう言ってもらえてちょっとだけ楽になったような、まだどこかで何かが引っ掛かっているような。

「なるほど」
 と頷かれたって僕には、何にどう納得できたのか分からなくて苦しいような。

 真一郎はうつむいてマグカップの内側に、目を落としている。
「俺は女性に反応しない、と思っていたんだが、どうやら男性の立場では、反応しないらしい」
 目線だけを僕に向けて、
「希望は、合致するな」
 そう言ってきた口元はかすかに笑っている。

「女性の立場だったら反応する、ってこと?」
「ああ」
「真一郎、それ確かめたの?」
 白い頬から首筋にかけてが、見る間に赤くなった。確かめたんだ。

「え? いつ? ってここ最近、だよね? もちろんこの家の中、の真一郎の部屋、じゃなきゃかえっておかしいから、それって相手とか想像した? 想像、したとしたらもしかして、僕……」
 しゃべらない。さっきから、全然しゃべらないで真一郎、真っ赤になった顔を片手で覆っている。指の隙間から僕の方を、チラリと覗いたりもしているけど、

 とんだ清らかなお姫様じゃないか……!
 そうした事柄には、何の興味もございません、みたいな顔して。こっちには、堂々と打ち明けろとか言っといて。具体的にどんな具合に確かめたのかまでは聞かないけど、少なくとも、僕でお達し遊ばされたんですよね?

「拓海。拓海目が怖い。落ち着け」
「落ち着いて、いられる、わけがないよね……!」
 どうして俺なんかにって。俺なんかヽヽヽって、白々しい! 真一郎じゃなきゃピーッ(自粛)ねぇよ! ピーッ(自粛)っちゃったところでそんなもん、腹の底から楽しんじゃいねぇんだよ! あといくらかはきっと、真一郎の方からお膳並べて待ち構えてくれてたからじゃないか!

 そういう事でしたら、もう、頂いちゃって構わない、ですよね? 想像でそこそこイケるクチでしたら、実際に生身で味わって差し上げても?

 実際にはテーブルの外側を回り込むんだけど、気持ち的にはテーブルを、向かい側まで一気に飛び越えるつもりで、
 いっただっきまーす♪
 とノド鳴らして飛びかかろうとしたら、

「待て」
 と言われて反射的にブレーキが掛かった。大元の、駆動制御だけだけど。エンジンは回転しまくって、ヨダレたらしそうな感じだけど。

「話がある、と言っただろう。重要な話だ。男女問わず俺と恋仲になろうとする誰かがいたら、絶対に聞いてもらわなければならない」
「恋仲」
 真一郎の口以外からは滅多に聞かない単語で、ちょっと気が削がれる。

「これまで誰かに話した事は無い。拓海にも、他には絶対に話さないでもらいたい。話したところで信じてはもらえないと思うが、約束、できるか」
「するする。もちろん。聞きたい聞かせて」
「軽いな」

「逆に約束して欲しいんだけど、聞いたらその後は何かしらをさせてもらえるんだよねっ」
「聞いた後にもそんな気持ちが残っているのならな」
 大丈夫。何を聞かされたって僕は、真一郎を嫌いになんかならないよっ♪


        3
 ……と思っていたんだけど、引いた。それはもう思いっきり。
 とは言ってもやっぱり真一郎本人を、嫌いになったわけじゃない。
「それって……、虐待だよね」

「俺自身は何もされていない」
「されて、いなくたって! そんなの見聞きさせられて、見聞きさせられるのもお前のためだとか、お前のせいだとか言われ続けたら……!」
 その後に続けそうになった言葉は、どうにか飲み込んだ。

 その地域の人たちに悪気は無いし、外側から見ていたら、そこまで酷い事に感じないのかもしれない。要は生き神様として祀られて、神様を、歓ばせるための儀式を見せつけられている。
 だけど、一人の男の子の感覚で聞かされたらそんなの、男に生まれた事が嫌になる。それどころか、人として生まれてきた事自体が。

「悪いが話はまだ序の口なんだ」
「ええぇー……」
 とんでもないもん飲み込まされてこっちは吐きそうな気分でいるのに。

「前に家にも来た大伯母たちが」
「ああ。志月しづきさん」
 僕は芦屋にある御宅にもう四、五回は通っている。

「生まれる前の俺に呪いを掛けている」
「呪い」
 現実に他人の口から聞く事なんか、なかなか無い単語過ぎて、口先だけで繰り返したトーンが平板になる。

「俺が確実に男子で、生まれて来るようにと。ただの男子じゃない。一族が慕う、一族に富と繁栄をもたらしてくれた、大伯母たちにとっての父親、俺にとっては曽祖父の、生まれ変わりであってもらいたい」
 まともに聞いていたら呆れた声とか言葉とか出ちゃいそうだから、なるべく聞こえたまま頭の中を、ただ通り過ぎさせるように意識した。

「その呪いはある程度、成功したらしい。俺は幼い頃から、そうしたものを見聞きさせられる度に、頭の中に自分のものとは思えない声が、冷め切った口調で、決まってある一つの文言で、聞こえてくる。
 それヽヽが聞こえると俺は、思わず、笑ってしまうんだ。もちろん口元がゆるむ程度で、声を上げて愉快に笑うわけではないが、周りで目にした大人たちは不気味がる。あるいは、さすがあの御仁ごじんの生まれ変わりだと、怯えた目で誉めそやしてくるかだな」

 必要、と感じた情報だけ拾い上げる。
「……どんな声なのか訊いてもいい?」
 そしたら真一郎は息を詰めて、息がつ間は吸い入れる事もためらっていたみたいだけど、目を伏せて、ため息をついた分をまた吸って、

「ーー 殺してやろうか」
 と呟いてすぐ苦笑した。

「出来るはずもないのに、馬鹿馬鹿しい。俺は、せいぜい三つか四つの幼児だぞ?」
 ごめん。笑えない。それどころか泣きそう。タイムスリップして、三つか四つの真一郎を思い切り抱き締めてあげたい。それよりもそんな場所からは連れ出さなきゃ。幼児に見せて良い光景なんかじゃ全然ない。

「成長してからもだ。女性が嫌いなわけじゃないが、自分の内側にそういった、欲望を感じた時点でその声が、聞こえてくる。すると口元は笑んで頭は冷えて、全てが馬鹿馬鹿しく感じて、一気に萎える」
 自分に呆れる感じに真一郎はため息をついているけど、でしょうねぇ、としか僕には思えていない。

「俺には人の気持ちが分からない。俺が、俺の側から人を好きになる事は、有り得ないと思ってきた。せめて大学にいる四年の間くらいは、人に混じっていくらかでも、人らしく過ごせたならそれで良いと」
 やめてやめてもう。絵本とかの「優しい怪物」のセリフみたい。目を閉じて、深呼吸しながらこらえているけど、全僕が大号泣寸前。

 分からないどころか人の気持ちに隅々まで、気を遣い過ぎていると思っていたよ。一体どういう教育されたんだろうって不思議だったけど、
 まともな人なんかその地域に、真一郎しかいなかったんじゃないか!

「その、ソーソフ、さんは何を、して来た人……?」
「人買いだ」
 ああ、とため息混じりの声が出た。恐ろしい人ってそりゃ、神になる。

「前に俺は、俺の両親を『物乞いだ』と言ったが、それでも曾祖父よりは、マシだと思いながら言っているんだ。貧しい農家に金を貸し、借金のカタとして人間を、密貿易船に乗り込ませて都会へ外国へと送り込んだ。もちろん船を持っていたわけじゃない。その地域全体を牛耳っていた組織の、手先に過ぎないが」
「ん。でもそれってその当時は、売る人が多かったって事だよね」
 言ってみたら真一郎の目の色が変わった。

「商売って、売ってくれる人がたくさんいなきゃ成り立たないよね」
 環境系の大学で、そう簡単には答えが出せない問題とか考えてきたから、一般的な流れには逆らったり裏返して見たりする事が、僕には結構染み付いている。

「組織に誰かは入ってみせなきゃ、生き延びて行けなかったのかもしれないよね。その地域全体が、もしかすると。
 もちろん地域の人たちは、その人ただ一人のせいにするよね。自分たちが売っただなんて、思いたくないから。本当は、家の中に嫌いな奴や要らない奴がいる、と思ってて、せいせいした気分で売り払ってた、かもしれないけど、仕方がなかったって思い込むし他所の人にだってそう話すよね」

 真一郎は、ちょっと苦手な分野だけど、僕のレポートはしっかり読み込んでくれるし「すごい発想だな」って誉めてくれるし、今も黙ったまま瞬きを繰り返している顔に、「今までそんな事を言ってきた奴はいなかった」ってマーカーで大書きしたみたいに書いてある。

「売られた人たちも、家にいるよりは状況が良くなって、助かった、人も中にはいるかもしれないよね。ううん。いたと思うよ僕。そりゃ全員じゃないだろうけど」
「拓海」

 隠し切れない笑顔を、子供を嗜める感じに造り替えたいみたいだけど、
「俺の立場からはそんな事は、とても言えない」
「そうだよね。だから利用されているんだよね」
 僕は今、子供時代の真一郎のために腹が立っているから、言い切ってやると口をつぐんだ。

「僕は、今聞かされた話信じるよ。さっきの言葉も本当に、その、ソーソフさんが思ってきた事だったような気がする。だけど、実際には殺してない。微笑んで諦めてきたんだよね。誰にも言えずにずっと」
 それってすごく真一郎っぽい。だけど、
「あと、僕にはそれが、真一郎本人に何の関係があるのか分からない」
 真一郎は真一郎だ。生まれ変わり、とか、それが本当だったってどうだっていい。

「真一郎は、全く何にもしていないのに、その家で、男の子に生まれちゃったってだけで、罪悪感だけムリヤリ押し付けられてるじゃない。ごめん。僕だって笑っちゃう。何それ」
 もちろん口の端をゆるめたくらいで、皮肉っぽく笑ってみせたんだけど、真一郎の方で今までよりはちょっと強めに吹き出した。

 それを見たら僕も、もうちょっとだけ笑みが強まって、真一郎がそれを見てまた、吹き出して、小さいけど笑い声を上げ始めて、僕は、おかしいよりも嬉しいで釣られてふふふって、吹き出したくらいだ。真一郎が笑いやめるまでを待っている。

 ただ待っているわけじゃなくて、見惚れている。笑顔になると真一郎は、やわらかくなって手が届きそうなほどこっちに近付く感じがする。


        4
 笑い声が治まっても頬の辺りが、ふっくらと持ち上がって嬉しそうだ。
「俺が言うのも妙な話だが、それは、惚れた側の欲目じゃないのか?」
「欲目? そうだけどそれで何か問題とかある? 僕は無い」
 立ち上がってテーブルの端から端まで歩いて行くと、真一郎の方でもイスに座ったままの身体を、斜めにして僕の方へ向けてくる。

「その程度の話だったら、僕、さっきから襲い掛かりたい直前で、お預け喰らわされちゃってて、そろそろガマンとか効かなくなりそうなんですけど」
「要はサカッてただけかバカ」
「言ったね」

 あ、と僕を見上げたまま少し開いていた唇をふさいでやる。これまでの、起こさないように気付かれないように当てるだけ、じゃなくてしっかりと、重ね合わせて首の裏から頭抱き込んで、舌突っ込んで歯並びとかも確かめてみているのに、
 ーー逃げない。嫌がらないね真一郎。

 唇を、離したらこぼれた息がもっとねだっているみたいに聞こえた。だから唇には触れないで、首筋とか、鎖骨とかに狙いを逸らしていく。
「関西の、人間にそれ言ったら怒らせるよって、もう何回か言ってきたよね僕」

 偶然のフリして触ったりつまんだり、響く所もいくつかは探り当ててきたから、
「ちょっ……。たく、みっ……」
 指先で、しっかりさわってあげると身じろいで、ピクッ、と跳ねながらほぐれていくみたいに見える。もっとさわって欲しいとこ、自分から教えてくれるみたいに。

「真一郎は、いっつも色んなとこにまで、気を遣ってくれるのに……、どうしてそれだけ治らないかなぁ。わざと? ねぇもしかして、わざと僕のこと怒らせて、襲ってもらおうとしてる?」
「拓海はそんなことでは、怒らないだろう」
「怒らないよ? だけどサカッちゃう。これって僕がおかしいのかなぁ?」

 核心部分に向かおうとした手首を握って止められた。
「待て」
「待ーたーなーい」
 もう片方の手も握られたけど、間近に迫った息が乱れて真一郎、僕以上に余裕無さそう。
「もう待ったー。散々待たされたー。これ以上待ちたくないー」

「椅子に、座ったままだ」
「だから?」
「フローリングが傷付く」
「そうだね。じゃ、どうしたい?」
「風呂に入りたい」
 シャワー浴びる、とかじゃないんだって、ちょっとだけ面白かったけど、真一郎の実家にはいまだにそんな設備無いって、前に聞かされていた。

「一緒に入る?」
 ん、と見合わせてきた黒眼は、見開いたって白目まではむき出しにならない、ちょうど良い大きさだ。僕の好みに合わせて神様が測ってくれたみたいに精確。

「その方がいいと思うよぉ。だって、初めてなんだよね真一郎。どこをどのくらいまで洗ったら良いか、とか、分からないでしょ? ねぇ」
 三、四秒は、たっぷりためらってからコクンと、頷いてきた。


        5
 お風呂でかなりなところまで、あたたまっていたのに、真一郎は布団派だから、布団を敷き延べる間がものすごくもどかしかったけど、真一郎の背中に畳の跡付けたり、固い所に押し付けて痛くさせるのも嫌だから、どうにか協力して、
 お布団が用意出来ると同時にもつれ合うみたいに倒れ込んだ。

 目に見えてなんかいないのに、僕にはやっぱり光が感じ取れて、強い光で身を重ねているだけで溶け込んでいっちゃいそうで、
「気持ち良い」
 思わず呟いたら、吐息と一緒に真一郎の胸がピクと動いた。夏の間に普段の生活で焼けた分の色味が引いて、もう元の白さに戻ろうとしている。

 身長も、体重も同じくらい。同性だから、身体の造りも同じ、な気がするけど本当を言うとそんな事も無くて、触っていると全然知らない所から来た全く別の個体だって分かる。
 肉よりも魚を、脂よりも油を多く摂ってきた感じがする。日に焼けていないのに日の光なら充分に浴びていて、必要以上に焼け過ぎないよう気を遣ってきた白さ。なめらかさとしなやかさ。

 抱き締めたら真一郎は、ずっと細かく震え続けていて、
「怖い?」
 って訊いたら「ん……」って、肯定にも否定にも取れる声が返ってきた。

「大丈夫だよ。僕HIVとか、あと色んな病気は陰性だったから」
「ん」
 喉を通したしっかりした音に変わった、と思ったら、僕の身も一緒に立て起こしてきた。

「それは……」
 二回、三回と、無意識に数えていた瞬きが伏せられる。
「大事な事だな」
「でしょ?」
 笑って見せているのに真一郎は、目線を布団や枕元に落としている。

「高校卒業してすぐ検査受けて、念のために時間置いて半年後の、こないだもオールクリア」
「そうか」
 僕の両肩に手を置いて、身を引きはがすと、枕元にきちんと畳んで置いてあったボクサーショーツ身に着け始めた。

「それは良かった。それはぜひ俺も受けてからにしよう」
「ええぇ?」
 膝歩きで一人だけ布団を出て、紺色のパジャマにも袖を通していく。まさか、ここで中断? こんなところで? あんなに盛り上がってたのに。ショーツにだって収まっちゃいないのに。

「真一郎は大丈夫だよぉ。先輩たちからムリヤリやられたりとかもしてないでしょ?」
「俺は無い」
 立ち上がってパジャマのズボンにも脚を入れ始めるから、僕も膝立ちになって背中から、両脚にしがみついて邪魔をする。でもあっさりと、振り解かれる。

「しかし俺にも話せないような、何事かが俺の両親に、全く無かった保証は無い」
「話されてないなら何にも無いって。真一郎ぉ」
 何度も振り解かれながらにでも、強くは当たらないように気を遣ってくれているのが分かる。だから、僕が嫌なわけじゃないとは思うんだけど。

「拓海」
「ん?」
 振り向いてきた真一郎は微笑んでいたから、まだその気にはなれそうかなって、期待しかけたけど、
「泣いていい」
 って聞こえた瞬間に、自分でも、嘘みたいに大粒の涙があふれ出た。

 今じゃないのに、泣きたいわけじゃないのに、止まらない。とっさに口を押さえた両手を、真一郎が優しく掴んで引き剥がして、そうしたら「嫌だ」とか「怖い」とか、「助けて」とか、もうとっくの昔に飲み込み続けて意味なんかなくなった言葉ばかりが、飛び出してくる。こんなの、今更真一郎に聞かせたいわけじゃないのに!

「拓海は、女性を選んだ方が良いと思う」
「助けて……」
「拓海はモテるし、女性が嫌いなわけでもない。俺に執着して見えるのは、一種のトラウマだろう」
 首を、強く振りたいのに動かない。確かにそれもあるから。だって、女の子に向かって行って、ほんのちょっとでも嫌がられたら、それは僕だ、僕が嫌な目に遭わされるんだってなっちゃうから。

「こっちの部屋を使ってくれていい。俺は今夜は、拓海の部屋で寝る」
「嫌……。嫌だよぉ……」
 行かないで。一人にしないでって言ってるのに、真一郎の体温が、指から離れて遠ざかって行く。

「泣き止んで、しばらく経ってそれでもまだ、俺が好きなら」
 襖が閉まってもっと激しく泣きじゃくりそうになったけど、僕の部屋の、ドアが開く音が耳に届いたら落ち着いた。すぐ隣にはいてくれるんだって、だけど、
 傷付いた。あと、ものすっごく腹が立った。

 女の子が、好きみたいに言ってそう振る舞ってもきたけど、最初は僕だって、自覚し出しても信じ切れなかったからで、入学式のあの日から、僕の目にはほとんど真一郎しか映ってない。

 僕の目に灼きついて、離れなくなったのは真一郎のくせに! 疑ってくるだけならともかくこっちの、トラウマ引きずり起こして、トラウマに包み込んで、歪んでしまっただけだって、思い込んで直接は見ないフリして。
 許さない。絶対に、許さない。一生掛けて思い知らせて、償わせてやる。僕を、狂わせたのは真一郎だ。僕はもう、真一郎しか欲しくない。真一郎しか要らないんだって。

 ……と、思っていたんだけど、後日本当に行ってくれた検査の、オールクリアだった結果を見せてもらえて機嫌直した。
 だって結果見せてもらえたってことはそこからゴニョゴニョゴニョ。

了 

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