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ひみつごと【noteでBL】

なみさん主催の企画に参加させて頂きました。三回目です。
どうぞよろしくお願いいたします。

【ジャンル】ジュブナイル

【あらすじ】
ウミとカイは親同士の連れ子の兄弟だ。
全寮制の高校に進学したウミが入学からはじめて帰省した高二の六月、二人で紫陽花を見に行った。
双子のふりをして現実と空想のあわいで遊んだ子どもの頃と、現在が交差する。他愛もない約束が果たされるなら、誰に何を誓えばいいかなんてとっくに決まっている。 

以下:本文(7795字)


◇◇◇

ウミの履けるサンダルがなかった。

「母さん、ウミのサンダルない」

カイが玄関から半身を覗かせてキッチンに声をかけると、さっきまではつけ置きしていた換気扇のプロペラを洗っていた母さんは、シンクを磨いていた。屈みこんだ姿勢のまま、降り向きもしなかった。

「ないわよ」
「え、なんで? 中学のときのは?」

シンクを磨くピンクのゴム手袋の腕に、力が籠っている。洗剤の泡に混じる油カスの臭いの、頭が重くなる感じがカイは苦手だ。

「中学の時のサンダルなんて残ってないわよ。あんな大きな足になったら履けないじゃない」

金曜の夜に帰ってきたウミは、

「ただいま」

と言ったきり押し黙っているので、母さんは静かに怒っていた。朝、カイが補講に行ってから帰宅した今までずっと、キッチンの掃除を念入りにしていた。もう十五時なのに。
梅雨入りしたばかりの湿気の多い季節だというのに、空気清浄機をフル稼働してもそうはならないくらい、家の中の空気はカラカラだった。単身赴任から一時帰宅したお父さんは空気に耐えられなくて、夜明け前から海釣りにでかけている。平たく言えば逃げたが、珍しく気が利いてるとカイは評価した。そのままボウズで帰宅してくれれば、母さんは折角キレイにしたシンクを汚す必要がない。欲を言えばケーキのひとつも手土産にして帰ってきてくれれば、尚いい。お父さんがよく行く海釣りスポットの近くにあるケーキ屋に、お母さんお気に入りのバラの花みたいなイチジクのタルトがあるって、覚えているといいな。

「雨あがったからさ、紫陽花、見に行こうよ」

とカイが声をかけるまでずっと、ウミは朝ご飯も食べずに部屋に引きこもっていたらしい。
一年以上会ってなかったウミはお父さんを超すくらい背が高くなっていて、ますますお父さんそっくりだった。口ベタでぬぼっと背の高い男が二人並んでいると、母さんの機嫌がさらに悪くなる。
昨日の食卓は最悪だった。カイが一人でしゃべっていたけど、相槌を打つのはお父さんだけで、母さんとウミは冷戦状態。透明な壁がダイニングテーブルのあっちとこっちを分けていて、ウミの隣で母さんお得意のクリームコロッケを頬張りながら、カイは気が気じゃなかった。反抗期だか何だか知らないけど変な意地はっちゃってさ。

「なかなか帰らなくて、ごめん」

って一言謝ればいいだけなのに、何のプライドなんだか。だから、六月の土日なんて中途半端な時を指定して帰省させられるんだ。

「いい加減帰ってきなさい、大事な日なんだから」

大事な日なのは間違いないけど。
隣に座るウミの足に小指をぶつけても、ウミからの応答はなし。もう一度挨拶してやろうとしたら、靴下を履いたウミの足は、カイを避けた。

「いいよ、カイ」

三和土に立つウミは、すでに自分のスニーカーを履いていた。スニーカーから覗く足首に靴下の青いラインが見える。

「雨上がりなのに、サンダルじゃ足濡れるよ」

ウミを無視して、カイは百均のビーチサンダルをつっかけた。

「行ってきますっ」

母さんへ大きく言って、家を出た。
ウミは何もわかってない。カイは、雨上がりの水気を含んだ草むらの感触をサンダルで楽しみながら、ウミと歩きたかったのだ。
小学生の頃みたいに。

ウミとはじめて会ったのは小学四年の六月、カイの本当のお母さんの、お葬式だった。
火葬場でカイはひとりぼっちだった。
喪主のお父さんは忙しく立ち回っていて、

「座っていなさい」

と自販機で買った百パーセントじゃないオレンジジュースをカイに握らせた。
パイプ椅子の並ぶ待合室を抜けだして、カイは火葬場入口の階段の、一番下の段にちょこんと座り、足をぶらぶらさせていた。ラベンダー色のあみあみの靴の隙間から、雨になりたての雫が落ちてきてつま先を濡らした。透明のあみあみ靴はラメが散らばっていて、花のチャームがついていた。

「女の子用の靴じゃないの?」

お父さんはカイに黒い服を着せた後に言ったけれど、カイは絶対にこの靴じゃないと嫌だと断固拒否した。

「そうだね。……お母さんにも見せよう」

お母さんが帰ってこなくなってからずっと、一文字の口で怖い顔をしていたお父さんは、声を震わせた。
濃淡混じった灰色の、重たい雲は空をすっかり覆っていて、いつ本降りになるかわからなかった。
お母さんはバリバリのキャリアウーマンで、東京出張へ行く途中、事故に巻きこまれた。ヒールの高いぴかぴかの靴に赤い口紅をキリっとひいたお母さんは、カイの自慢だった。親戚とオリアイが悪くて、何かとハデだからって近所での評判はよくなかった。

「櫂、誕生日なのに仕事でごめんね。休みになったら櫂の好きな事しようね。何したい?」
「花火!」
「わかった。日曜日の八時には帰ってこれるから、その靴履いて花火しよう。キラキラで一番かわいい靴にしたよ! カイにぴったり」

お母さんは、ちょっと早いけど先にプレゼント、と言って、カイの欲しがってたあみあみの靴をくれた。いってらっしゃい、のキスは拒否した。だってもう小三だし。

お母さん大丈夫だよ。雨だからどっちにしても花火できないよ。
いってらっしゃいのキス、しなくてごめんね。

つま先にぶつかる雨はどんどん量を増していく。カイは膝小僧に顔を埋めた。ふと気が付くと、音はするのに、足に雨が降ってこない。

「足、濡れてるよ」

男の子の声がして顔を上げた。男の子は明るい水色の傘を斜めにして、カイのつま先に翳していた。

「靴、かわいいね」

カイはびっくりした。男の子の顔が、鏡に映るカイにそっくりだったからだ。その後ろから、黒い傘を差した女の人がやってきた。ぺったんこの黒い靴を履いていた。

「櫂君だよね。まひるにそっくりね」

スカートが濡れるのもかまわずに、櫂の前にしゃがみこんだ女の人がぼろぼろ涙を零したので、もう一度、カイはびっくりした。大人の人が大泣きする場面ははじめて見た。ぼさぼさの黒髪をひとつに結んでいるだけの、地味な女の人だった。

「ごめんね。おばさん、あなたのお母さんが大好きだったの」

女の人がわーわー泣くから、目元にあてた白いハンカチは灰色の染みだらけになった。つられてカイも泣いてしまった。
いいんだ。
待合室にはカイをちらちら気にしながらお母さんの悪口を言う人しかいなかったから、絶対泣くもんかと決めていたけれど、この人は泣いているから、いいんだ。強くなった雨が、泣き声をかき消してくれた。

「泣かないで」

男の子が、タオルハンカチを泣きじゃくるカイのほっぺたに押しつけても、カイは女の人と一緒に、ずっとずっと泣いていた。

あのお葬式で泣いていたのは、お父さんとカイの他には、その人だけだった。だから。お葬式から一年とちょっとした後、お父さんから、

「新しいお母さんと兄弟だよ」

と、お葬式で会った女の人と男の子を紹介されても、カイはすぐその人を母さんと呼ぶようになった。
四人で知らない町に引っ越した。
ウミとカイはとても仲が良かった。
引っ越し先の学校で二人は双子のふりをした。よく顔を見れば、最初に会った時みたいに鏡合わせみたいに似ている訳じゃなかったけど、二人が双子だって事を疑う人はいなかった。

「ウミはカイのジョウイゴカンだね。全部ウミの方が上」

なんていう奴もいたけど、腹は立たなかった。
優しくて頭がよくて、穏やかなウミは、カイの自慢の兄弟だった。カタカナで書けば名前までそっくりだ。二人の誕生日の真ん中の日カレンダーで辿って、新しい誕生日にした。

カイは母さんも好きだ。

でも、ウミの事はもっと好きだ。


◇◇◇

雨上がりの世界に充満する土の匂い、残った水分が、街路樹の葉っぱの上やトタン屋根のくぼみ、湿ったアスファルトに水たまりをつくって、雲の隙間から切れ切れに覗く日差しに輝く。いつでも楽しい光景だ。
カイのビーチサンダルの足は、水たまりを選んで飛沫を跳ねながら進んでいく。ハーフパンツの脹脛まで泥で汚れていた。抜かりはない。水を張ったバケツとタオルは玄関に準備済。小学生じゃないんだし、後先考えてはしゃぐのが、母親と共生する高校生のコツなのだ。
カイの斜め後ろを歩くウミのベージュのチノパンに、泥飛沫は一滴もついていない。白いスニーカーもきれいなままだ。

「つまんない歩き方してんね」
「歩くのにつまんないも面白いもないよ」

水たまりのある場所だけがほんとうで、後は全部嘘っこの道。水たまりを飛び跳ねながら帰った二人は泥んこだったから、並んで母さんに怒られた。横断歩道の白いとこだけ選んで歩いた。棒の倒れた方にしか曲がれないと決めて、寄り道を重ねた結果、知らない河川敷についた。車で迎えにきたお父さんに怒られたし、家に帰ったら母さんは、いつも泣かないウミも泣くくらいすっごくすっごく怒った。怒られるのは勿論嫌だったけど、夜、布団に潜りこんでから、

「明日は何しようね」

とウミと顔を見合わせれば、わくわくする気持ちが膨らんで、嫌なことなんて全部なくなった。
河原で拾った青いガラスを、ウミはカイにくれた。親指くらいの大きさで丸みを帯びたそれは鱗粉みたいに銀の粉が入っていて、光にかざすとちかちかきれいだった。

「カイはきらきらしたの好きだから、あげる」

お礼にカイは、ウミのほっぺたにキスをした。

「くすぐったい」

とウミがくすくす笑うので、何度も、何度も繰り返した。お返しにウミからも、キスが降ってくる。はずみで口の端がちょっと触れた。カイのほっぺたが熱くなった。目を丸くしたウミの頬も、両手で包めば同じくらい熱かった。


「あるよ」

勢いよく振り返って、カイは言い切った。雲の間から零れた光が、顔にぶつかる。
おでこをくっつけて笑い合った、あの頃をウミは忘れたんだろうか。
帰って来てから、ウミは一回もカイの前で笑っていない。

「眩しい」

眉間に皺を寄せて、ウミが目を細めた。

「え?」
「そのヘアピン」

ウミが示す前髪のあたりを、カイは触ってみる。食玩のオマケの、プラスチックの宝石がついた前髪クリップだ。伸び気味のカイの前髪に、隣の席の子が留めてくれた青いハート。

「きらきらしてかわいーね」

その子は、ちらっとカイの顔を見て、一瞬間を開けてから、

「それ被ったのだから、あげる」

と言った。

「あ、友達に借りたやつだ。そのままつけてきちゃった。ごめん」
「そう」

プラスチックのハートに陽光が反射して、ウミの目に当たったらしい。

「ウミ、目、大丈夫? 見せて」
「大丈夫」

伸ばしたカイの腕を、ウミは振り払った。腕なんて伸ばさなくてもあの頃は届く距離にいたのに、今は遠い。

「平気だから、早く行こう。夕方までに帰らないと」
「うん」

再び歩き出したウミの後ろを、半歩下がってカイはついていく。
気になるなら詳しく聞けばいい。ウミが知りたいなら、隠す事なんてカイには何もない。ウミが何も聞かないなら、カイも何も答えない。

「カイはまだ、きらきらしたのが好きなんだね」

ウミが零した声に、カイは聴こえないふりをした。

◇◇◇

何かに見立てて遊ぶのが、二人は大好きだった。
街外れにある小さな教会の、裏の藪をつっきると、ほどなく一面の紫陽花畑が広がっていた。散歩の途中で偶然見つけたそこは、元は誰かの家の庭だったのかもしれない。建物は何もなく、主を持たない青い蒼い碧い紫陽花が、雨露に濡れてみずみずしく、どこまでも咲き誇っていた。
紫陽花は瑠璃の色、四片が波打つ一面の海。
誰も知らない、二人だけの海だった。
家族で行った本物の海よりも、二人きりの紫陽花の海はカイには魅力的だった。教会で行われる結婚式を横目に、雨の日も、晴れの日も、何度も二人で遊びに行った。
最初にその遊びを提案したのはどっちだっただろう。

「ウミだね」
「カイだよ」

手を繋いでお互い譲らなかった。
梅雨の合間、久方ぶりに待ちに待った薄青の空がぱあっと広がった日、二人はやっぱり紫陽花畑にいた。
ウミの肩を借りながら、カイはサンダルを、家から持ってきたあみあみのラベンダー色の靴に履き替えた。一年以上前の靴は、もううんと小さくて、踵が全然入らなかったけどかまわない。今日は大事な日だから、どうしてもこの靴がよかった。
紫陽花畑の真ん中で、二人は向かい合った。

「病めるときも健やかなるときも」
「死がふたりを分かつまで」
「愛しぬくことをここに誓います」

重ねた言葉の後で、笑い声までユニゾンした。

「ね、兄弟って結婚できるの?」
「本当の兄弟じゃなければ、結婚できるよ」
「おれたち、本当の兄弟じゃないの?」
「ううん、僕とカイはほんとうの兄弟だよ。でも、それは、僕たち二人の秘密」

ウミは人差し指を唇にあてた。

「二人だけの秘密?」
「そうだよ。カイ守れる? 誰にもしゃべっちゃいけないよ」
「母さんにも、お父さんにも?」
「うん」
「守れる」

二人だけの秘密。それはなんて甘美な響きなんだろう。

「まだ式は終わってないよ」

ウミはズボンのポケットから指輪を取りだした。河原で拾った青いガラスを二つに割って、断面を慎重にヤスリで削り、針金でくくったものだ。

「割っていいの」

とウミは何回も聞いてきたし、

「いいの。ウミと半分こがいいの」

カイは何回も答えた。
指に合わせて作った筈の指輪はぶかぶかで、左手の人差し指を軸にくるくる回った。

「大人になったらぴったりになるよ」

おでこをくっつけて、それから唇もくっつけた。
鐘の音が遠く響いていて、ひと際強い風に乗ってフラワーシャワーの名残の淡い花びらが、ひとつ、ふたつ舞い落ちた。紫陽花の花が揺れた。ウミの前髪も揺れて、カイの額をくすぐった。
ウミの鼓動は、カイのと同じくらい早くて、繋いだ手は熱いのに、やわい唇はちょっと冷たかった。

約束したのに。どうして。
頭のいいウミは私立中学に進学して、公立中学のカイとは生活時間が合わなくなった。中学進学を機に二人は別々の部屋をあてがわれた。カイは何くれとなくウミの部屋を訪れたけれど、部活や勉強で忙しいと、ウミはカイを避けるようになった。

「なんで避けるの」
「……別に、避けてない」

訳がわからなくて混乱したカイがつっかかっても、ウミは目線を逸らして相手をしてくれなかった。ひどく疲れている風なウミに、カイは強くでられなかった。
二人で紫陽花畑に行くなんて、もうしなかった。一人で行く気にも、カイはなれなかった。
その内、全寮制の進学校にウミは進学して、家に帰ってもこなくなった。

一年前に建て壊されて、小さな白い教会はもうない。それは知っていた。
藪をつっきた先で、紫陽花はきれいに刈り取られていて、影も形もなかった。色彩を失くした草地の真ん中に、『売地』と赤く大きく書かれた看板だけ立っていた。冷たい風が吹き抜ける。

「帰ろう」
「ヤだ」

くるりと元来た藪を戻ろうとするウミのシャツを、カイは掴んだ。

「帰らない」
「夕方まで戻らないと」
「まだ時間あるじゃん」

ウミが溜息をひとつつく。

「こんなとこで、何するの?」
「結婚式」
「え」
「昔よくしたでしょ、結婚式。今日はおれたちの誕生日だから」
「しない」

ウミが目線を逸らすから、カイは泣きたくなった。

「こっち見てよ」
「兄弟は結婚できないよ」
「嘘つき。結婚できるって言ったじゃん」
「あれは、本当の兄弟じゃないと思ってたから!」

ウミが叫ぶ。シャツを掴むカイの手が弾かれた。だけど、痛みをこらえるように顔を歪めたのはウミの方だった。

「何それ? ほんとうの兄弟だって、ウミが言ったんだよ」
「違う、そうじゃない。僕とカイだけの問題じゃない。僕たち、本当に血の繋がりがあるんだ。本当に兄弟なんだよ」
「…………何それ」
「DNA鑑定したんだ、僕とお父さんの」

ウミは言う。
どうして、ウミとカイはこんなにそっくりなんだろう。僕のお父さんは誰なんだろう。どうして、母さんは何も教えてくれないんだろう。
成長するにつれて感じた違和感は、日増しに大きくなっていった。もしかしたらと思うと怖くて、高校一年の時に、年齢を偽り、こっそり採取していたお父さんの髪の毛を使って、webでDNA鑑定を依頼した。

「おかしいよ。同い年の息子がいるなんて。それで、その子どもを連れて、毎年家族でカイのお母さんの墓参りに行くなんてどうかしてるよね。何考えてるんだよっ」

ウミが泣くのを見るのは二回目だ、とカイは思った。

「ウミはおれが好き?」
「……大好きだよ、でも」

カイは両手でウミの頬を包んだ。
水の膜でうるむウミの瞳が、よくやくカイを映してくれた。丸い頬の輪郭はシャープに変わったけれど、それでもウミはウミだった。カイの大好きなウミだ。カイは子どもの頃みたいに、笑った。

「なら問題ないね」

背伸びしてウミにキスした。濡れた唇は塩辛い。

「カイっ!」

もがくウミを抱きしめて、カイは耳元に唇を寄せた。

「ね、それの何が問題なの?」

ウミの鼓動と、少し汗の匂い、微かに感じるスタイリング剤はシトラスの香りだ。

「おれがウミを大好きで、ウミもおれも大好きなら、他の問題なんてないよね」
「……何言ってるの?」
「おれとウミだけの秘密でしょ。後は何にも関係ないじゃん。どうして二人だけの秘密なのに、誰かに話さなきゃいけないの?」

他の事なんて、親も社会も何一つ妨げにはならない。ウミとカイの間に、ひとつも余分はいらない。

「……お父さんや母さんに何て言うの」
「何も言わないで、兄弟してればいいよ。あっちだって好きにしてたんだからさ。そしたら誰も傷つかないよ。ウミは、お父さんと母さんを傷つけるのが、怖かったんだよね?」

優しいね。うっそり笑うカイを、揺れる瞳でウミは見下ろす。
もう少し、あとちょっと。

「ね、ウミ。秘密だよ。守れる?」
「カイ」
「ウミは、『本当の事』でおれに嫌われるのが怖かったんだよね? おれがウミを嫌いになる訳ないのにさ」
「カイ」
「ウミはおれを嫌いになれた?」

ウミは小さく首を振った。

「なれない。なれる訳、ない」

ウミの腕がカイの腰に回された。迷いの消えたまなざしが、カイを捉えたので目をつぶった。
触れるだけのキスは物足りなかったけど、まあいいや。これから幾らでもすればいい。

「カイ、それ外して」
「それ?」

ウミの手が優しく前髪クリップに触れたので、カイはそれをパチンと外して放り投げた。一度きらっと光ったそれは、草の間に落ちて見えなくなった。

「借りたんじゃないの?」
「いいよ、失くしたって言う」
「本当にただの友達?」
「うん、何でもない友達」

「気持ちだけでいーよ、ありがとう。明日返すね」

カイはあの子に断った。
あの子が、カイに好意を持っていて、

「カイってかわいくてノリいいのに、ガード固いよね」
「彼女いるんじゃない?」

って、放課後の教室でこっそり話していたのを知っていたからだ。
本命以外に、カイは思わせぶりな行動はしない。

「おれにはこれがあるし」

カイはポケットから、青いガラスの指輪を取り出した。

「ウミも持ってるでしょ」

ウミのシャツの胸元に中指を差しこんで、細いチェーンを引き抜いた。ペンダントヘッドはカイと揃いの指輪だった。指輪はもう、二人の薬指にぴったりのサイズだった。

「指輪もあるし、結婚式できるね」

カイの言葉に、小さく笑うウミの顔が懐かしくてかわいくて、カイはもう一回キスをねだった。
紫陽花の海がまなうらに青く広がって、鐘の音が響く。
ほらね。本物の紫陽花なんて咲いてても咲いてなくても、どっちでもよかったんだ。
ウミだってそう思うでしょ?

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藤間 よろしければお願い致します。本代にさせて頂き、記事を書きます。