【noteでBL】ロットバルトの憂鬱【8000字小説】
ジャンル
現代劇(バレエもの)
あらすじ
とある劇場では、本番前の最終リハーサルが行われている。
演目はバレエ『白鳥の湖』。
敵役である悪魔ロットバルトを演じるダンサー・福本は、本番直前の時間を、誰もいないロビーで過ごそうとしていた。そこに現れた照明監督・青葉から「ロットバルトって、なんでオデット姫を白鳥にしたの?」と、およそ空気の読めない問いかけをされる。
青葉は一か月前、福本を振った男、その人。
両想いを確信していたにも関わらず、すげなく振られ、ただでさえ混乱の極みにいた福本は、青葉からの問いかけをきっかけに、ぐるぐると渦巻く思考に入り込んでいく。この物語で、一番の悪魔はだれか。
ロットバルトの憂鬱
音楽がクライマックスを奏でる。
自分の過ちに気が付いた王子が駆け付けて、白鳥の乙女に許しを乞う。
悪魔の謀略に乗って、彼女を助ける資格を迂闊にも失った馬鹿な王子。
愚かな王子を白鳥は赦し、そうして二人は最後の力を振り絞り、悪魔へと戦いを挑んでいく。
「はい、いったんストップ。音とめてください」
マイクを通して、ディレクターの掠れた低音が響く。
音楽がやみ、舞台袖で稼働するスモークマシンのゴウゴウという音がやけにはっきりと聞こえた。照明は、キラキラと青白い光で舞台上を照らし続けている。
なんとなく、照明室を振り仰ぐ。明るすぎて目が痛むだけで何も見えないのに。
「ロットバルト、最後もうひとつライン外側で死んでみて」
ぼうっとしていたら名前を呼ばれた。ちがう。名前じゃなくて。
慌てて指示通りにひとつ外側のラインに戻る。
黒い羽根で覆いつくされた衣装越しにも、照明が熱い。
「だからひとつ前のとこからだね。そう、そこで翼もがれます、振り返ります」
勘のいい音響監督が、ディレクターの指示した場面に音を戻してくれる。
舞台上にいる全員が、もう一度踊り出す。
白鳥の姫・オデットと、ジークフリート王子が、運命を乗り越えて愛の力で結ばれる。その愛の力の前に、悪魔ロットバルトは倒される。
元は悲恋でおわるはずの物語から生まれた、強制的なハッピーエンドバージョン。
ディレクターは、群舞の乱れを指摘する。
トウシューズが木槌のように一斉に鳴らされる。
俺の脇を、白鳥の群れが羽ばたいていく。照明の軌跡に光の粉が舞っているのが見える。ピクシーダストみたいな。それを目で追いかけながら、舞台の上に倒れ伏す。
はるか頭上を舞う光の粉が、本当はただの埃に過ぎないことはわかっていても、なんだか綺麗に見えるのだから舞台の上は不思議だと思う。
視線をやれば、オデットと王子が光の中で抱き合う大団円が見える。
ディレクターの微細な指示に沿って、オデットが王子に身を寄せる。
愛の力。
(愛の力ね)
ロットバルトには関係のない代物だ。なんてったって、悪役だし、今もこうやって、やられてるし。
暑い。
なにがって衣装が。
それに照明の熱が。
自分とは無関係な主役たちのハッピーエンドを照らす光が。
暑くて熱くてやってられない。
暑くて嵩張る悪魔の翼は衣装部に預けて、無人のロビーで寝転がっていた。
リハーサルが終わって、本番直前。開場までのこの時間がなんとも言えずに手持無沙汰だ。練習は、これ以上は意味がない。かといって共演者とおしゃべりをする気にも今日はなれなくて、人の気配がないところを探したらここだった。
本気で寝たら身体が固まるから、そうはしないように、目をつぶって情報をシャットダウンするだけ。
心身を休めよう、そう思って横になったのに、
「ロットバルトって、なんでオデット姫を白鳥にしたの?」
と、頭の上で声がした。
全身が総毛立つ。
誰の声なのか、目を開けなくてもわかる。
聞こえないふりをして無視をしようか。寝たふりをすれば切り抜けられないか。そう思っても、
「起きてんのわかってるんだけど」
と、気の弱そうな囁き声がして、諦めて目を開けた。
大きな体を縮めてしゃがみこんでいるのは、照明監督の、青葉さん。
先月俺のことを、振ったおじさん。
「なんでって、え、それ俺に聞くの」
「だって、福本くんの役じゃない、ロットバルト」
「いや、そうだけど、そうじゃなくてさ。え、青葉さんよく俺に声をかけられたよね」
と言えば、熊みたいな大きな身体はさらに小さく丸くなっていく。
惚れた欲目とはよく言ったもので、そんな動作ひとつも妙に可愛くて辛い。しかしなんたって振られている。
いや、そうだよ振られてるんだよね、振られてるねえ!と頭の中でその言葉ばかりがリフレインしている。
え、なんでこの人は傷心の俺にこんな普通に声をかけられるのか。どうかしてるぜ、まったくもって。
「青葉さん、俺の事振ったよね」
「それはまあ、振ったというかなんというか」
「え、振ってないの?」
だとすれば逆に腹が立つくらいだが。
ごめんと言われて頭を下げられて飲み屋に置き去りにされたあの時間。あのいたたまれなさがなんだったのか、もはや逆にわからないが。
「振った……と思われても仕方がない」
「なにそれ」
持ち前のポジティブが発動して、もしやワンチャンあるのか?と元気になりそうな自分が怖い。これ以上傷つきたくない。
そう思うのに、俺のポジティブが俺を突き動かす。
「じゃあ、付き合ってくれんの?!」
と、飛び付かんばかりの俺から、青葉さんがそっと距離をとる。
「いや、それとこれとは話が違うというか」
「ほらぁ、やっぱり!!!!」
自分でも思っていた以上にでっかい声が出て辛い。
青葉さんが大きな身体をびくりと跳ね上げる。熊みたいなおじさんがびくりと体を震わせてつぶらな瞳でこっちを見ている。かわいい。いや、かわいいではなくてだ。
「かわいいな、ちくしょう」
と、俺はうめきながら顔をうずめた。
目の前から消えてほしい。でも、俺の一挙手一投足で、青葉さんがおろおろしてくれるなら、その時間も捨てがたい。末期過ぎる。俺ってばどうしたってこんなに健気で。かわいそうだ。かわいそうはかわいいだ。でも、俺のかわいそうかわいいでは太刀打ちができないくらい、おろおろする青葉さんはかわいい。
こんなことばかりがぐるぐると頭の中で回転している。不毛だ。
「俺、さっきかっこよかったでしょ、悪役だけど」
「え、うん」
唐突な俺の言葉に、青葉さんがシャキッと背筋を伸ばしてくれる。
なんだそれは。まじめか。好きだなあとか思うと脳が溶けそうなので考えないようにする。ああ気が休まらない。
「ロットバルトって、結構どの場面でもなんとなくいるんですよ。主役じゃないけど、美味しい役。衣装も目立つし、結構踊れる上、芝居は多いし、やってて楽しいし」
「そうだね」
「青葉さん、本気でロットバルトがどうして悪ものになったか知りたいの?」
青葉さんは、ちょっと困ったような顔をした。
「青葉さん、本当は俺に話しかけるきっかけがほしかっただけでしょ」
俺は、青葉さんが本当は俺のことを好きなのを知っている。
だから、俺と青葉さんは本当は両想いなのだ。それなのに、なんで、と思う。
「いや、わりとロットバルトがどうしてオデット姫を白鳥にしたのかは気になってる」
「おいこら、流れが途切れちゃうだろうが」
「流れって何の」
「俺の、脳内会話の流れ!!」
「福本くんの脳内会話までは、僕に推し量るのは無理だよ」
と、至極まともなことを言われればぐうの音も出ない。
「ロットバルトがどうしてオデット姫をわざわざ白鳥に変えたのかは公式の設定的にはないですよ」
もっかい寝る時間ないかな、と思うけれど、もう神経が休まりそうにないので、俺は諦めて座り直した。
そうなったらもう時間がもったいないからストレッチでもしよう、そうしよう。
俺はにじにじと、ロビーに据え置かれたベンチまでにじり寄って、ベンチの座面をぽんと叩いた。青葉さんは笑いながら俺が叩いて示したベンチに座ってくれる。俺は、青葉さんの足元に寝転がり、喋りながらストレッチを続ける。
「公式設定はないけど、一応俺版ロットバルト的にはある、理由」
「あるんだ」
「あたりまえ。そうしないと、ロットバルトの芝居ができないじゃん」
「さすが」
青葉さんが小さな子供を褒めるみたいな顔をして、俺のことを眺める。青葉さんに、その目つきで見られるたびに、俺は居心地が悪くなる。
だから、気が付かない振りをして、褒め言葉だけを拾う。
「そりゃ、だって俺だし」
「そうだね」
青葉さんがふふ、と笑う。かわいい。熊さんみたいで。
「俺版ロットバルト的には」
「うん」
「たぶん、オデットのことを最初に見つけたのはロットバルトなんだよ」
「なるほど」
「でも、俺は悪魔なわけ」
「そうだね」
「オデット姫は王国の王女様」
「身分違いだ?」
「そう、種族も違うし」
きっとたぶん、ロットバルトはオデットを愛していて、でも自分のものにはできなくて、それならいっそ誰のものにもならないでほしくて。
「それで白鳥にしたんじゃないかな」
「他の白鳥も人間なんでしょ」
「そう、オデット姫の侍女たち。一緒に白鳥にしたの。オデット姫だけだと可哀想でしょ」
「急に優しいね」
「だってほら、好きな女の子だからね」
もしかすると。
ロットバルトは、オデット姫に愛の告白をしようとしたかもしれない。
けれど、オデット姫はロットバルトを拒絶したんじゃないだろうか。
そうしてロットバルトは振られてしまうのだ。
振られるのは辛い。
涙がジワリとにじみそうになって起き上がる。かわいそうにロットバルト。ポッと出の王子にオデット姫を奪われるなんて。
あげくそんな二人のハッピーエンドをあんな近くで見せつけられるなんて。
「かわいそうな俺」
「入り込みすぎだよ。かわいそうなのはロットバルトで、福本くんじゃないでしょ」
「ロットバルトもだけど」
振られたのはロットバルトだけじゃなくて俺もだから、やっぱりかわいそうなのは俺だ。
僕なんかのどこを好きなの?と、青葉さんに言われたことを思い出して、ズキリとする。
僕なんか、なんて言わないでほしい。俺は青葉さんが大好きなのだから。
イケメンでもない、若くもない、太った中年のおじさんだよって青葉さんは言っていたけれど、イケメンでも若くても痩せてても青葉さんじゃなかったら意味がない。あと、そう言えば俺の目が覚めると思ったのだったら、なんだか癪だ。目が覚めるも何もないのに。
たとえば、俺がもしオデットだったら。
いや、俺はロットバルトだけど。
もし、仮に。
もし俺がオデット姫だったら、そうしてたとえば、青葉さんが悪魔だったら。俺は悪魔のロットバルトのほうを選ぶ。
だって、王子は青葉さんじゃないのだから。
俺は、青葉さんが好きなのだから。
ロットバルトを選ばなかったせいでオデットが白鳥にされているのだとしたら、俺はきっと白鳥にはならない。
ロットバルトを選んだオデットは、その後どうなるんだろう。
俺はオデットじゃないわけだけれども。
「また、わけのわからないことを考えてそうな顔してるねえ」
と、青葉さんが呆れた顔をして笑っている。
青葉さんのことを考えてたんだよ、と言ったらキモイかなと思って言えない。
「主役をやるなら王子になるけど、でも俺はさ、ロットバルトみたいなキャラクター好き。欲しいものを手に入れようとして失敗するの、人間的じゃん? 悪魔に人間的って変かもだけど」
ロットバルトは、オデットの愛を得られなくて、俺も青葉さんには振られたけど、でも、欲しいものを手に入れようとしたことが尊いのだとしたら、ロットバルトは十分頑張ったし、俺も十分頑張った。いや、嘘。やっぱり辛いし全然よくないけど。
でも大丈夫。全然辛いまんまの今なら、ロットバルトを上手く踊れる気がする。どうかな。ダメかもしれない。
目の前には、相変わらずニコニコと、俺のことが大好きだって顔にしか見えない顔をしている青葉さんがいる。
こんな顔して俺のことを振るのだから、もしかすると本当に青葉さんは悪魔だったりするかもしれない。
「青葉さん、俺青葉さんのことマジで好きだよ」
「ほんと、福本くんって急だねえ」
僕なんかのどこがいいの、と青葉さんは笑いながらまた言った。
「なんかじゃないよ、ずーっと好きなんだもん。俺、青葉さんと王子だったら断然青葉さんだよ」
「ポッと出だっていう王子と比べられてもなあ」
「さっきもそうだよ、舞台の上でさ、照明が当たるじゃん。安心するんだ。ああこれは、俺が一番きれいに見える照明だなって思う」
「買い被り過ぎだよ。腕のいいダンサーなら、誰が照明やっても綺麗に見える」
そうじゃない、と思う。
彼が見てくれている。彼が照らしてくれる。繊細に、今ここに必要なものをわかっていて示してくれる。誰よりも綺麗に見えるように、舞台の上で光り輝く。
それは、青葉さんじゃないとできないことだ。
そういう力を持っている人だ。
もうすぐ開場時間ですー、とスタッフの誰かの声がする。
青葉さんは照明室に戻らないといけないだろう。俺も、楽屋に引っ込まないと。
もたもたと、立ち上がろうとする俺の前に、青葉さんが手を差し出して来る。王子みたいに。
素直に手を借りて立ち上がると、青葉さんがまた居心地の悪くなる目つきになっていた。俺は思わず俯いた。胸がざわざわと苦しくなる。
「福本くんはさあ」
「なに」
「僕のことを好きだというわりには、こうやって視線を逸らすときあるよねえ、自覚ある?」
「自覚?」
自覚って言われても、何のことだろう。
俺は、青葉さんが大好きで、青葉さんだって本当はきっと俺のことが好きで、そうしてたまに、俺が居心地の悪くなる類の目をして俺を見ることがある。
「青葉さん、今もだけど。俺のこと小さい子を見るみたいな目をするときあるけど。そういう目をされるとちょっと居心地悪いけど、それのこと?」
青葉さんが、困ったような顔をする。
何かを諦めるような、呆れるような、そんな顔だ。
諦めないでほしい。俺がわかっていないことが何なのか教えてほしい。
繋いでいた手がほどかれて、青葉さんが俺の背中をポン、と押す。
「衣装、着てこないとじゃない、ロットバルト」
もうすぐ開場時間ですー、とまた間の抜けた声が聞こえる。
お客さんが入ってくる前に、戻らないといけない。
「青葉さん」
「ちゃんと、福本くんがかっこよく踊ってるとこは見ててあげるよ。いつもみたいに」
「ロットバルトー、一幕用の衣装着てくださーい」
衣装部で待ちかねたように取り囲まれて、あっという間に悪魔の姿になる。
何人もの乙女たちを、人間から白鳥の姿に変えた悪魔。王子を騙して、翻弄し、最後には倒される。
釈然としない。
この一か月ずっと、釈然としなかった。考えないようにしてきただけで。
釈然としないまま、ロットバルトを踊ることになる。
欲しいものを欲しいと言って、手に入れられない悪魔。
きっと、ロットバルトは間違えた。彼にだって、もっと別の方法があれば、オデットの心を掴めたかもしれないのに。それがわからないのは、ロットバルトが悪魔だからだ。
俺もだろうか。
「俺も間違えた?」
「え、何。何間違えたの。振り付け? 着る衣装?」
真っ白い白鳥が後ろから首を突き出してくる。白鳥じゃなくて、オデット役の有子が。
「いや、振り付けも衣装も大丈夫。間違えたっていうのは、その、こっちの話」
「濁すじゃん、らしくない」
ふっと鼻の先で笑われる。
「オデットさあ」
「なに」
「俺らしいってなに」
「え、今その話になる? もう本番だけど、スランプ?」
「いや、バレエのことじゃなくて」
「なんだ、バレエのことじゃないんなら、今は考えるだけ無駄。もっと踊ることにだけ集中してくれる、ロットバルト。あんたが集中力切らして私を落っことしたら殺すよ?」
やたらはっきりとそれだけ言って、オデットは颯爽と去っていく。
怖いというよりは、かっこいい。
「いいなあ」
そんな風に、考えるだけ無駄なことを、考えないようにできたらいいのに。俺には無理だ。ずうっと頭の中が忙しい。
カンカンと木槌のような音をさせて誰かが近づいてくる。にゅっと目の前に有子が顔を突き出して、俺の手をがしりと掴むと、楽屋のほうに引き返した。
舞台の上では、もう一幕が始まっている。
王子の成人を祝う、華やかな宴。
「ギリ、時間があるから聞いたげる。ロットバルトにうじうじされると気になる。なに」
詰め寄られて、仕方なく。俺は悶々と悩んでいたことを吐き出した。
「飼い殺し、って感じに見えますよ」
仕事上がり、劇場を出たところでいきなり剣呑な声をかけられる。
振り返ると、たった今しがた終わったばかりの公演の、まさしく本日の主役がいた。全てのバレエダンサーが憧れる。バレエの代名詞のような主役、白鳥の湖のオデットを踊り切ったダンサー。
「オデット、お疲れさまでした」
剣呑な言葉は聞こえなかったことにして挨拶をしたけれど、返事は無い。
友好的な気分ではいてもらえていないらしい。
オデット姫は、腰かけていたガードレールからひょいと軽やかに着地をすると、のしのしと挑むようにやって来る。
「福本が、あなたに振られたって言ってました」
「振ったとか振られた、とかそういう段階の話でもなかったんですけどね」
「そうでしょうね」
と、訳知り顔で頷かれるのは、いささか鼻につく。
「だって、青葉さん、特に振る気はないですもんね。付き合うつもりもないみたいですけど」
「僕は、彼には不釣り合いでしょう」
「それは、私が決めることじゃないのでなんとも言えませんけど。青葉さんはそう思っている。だったら潔く身を引いたら?と思うけれど、そういう気も無さそう。何考えてるのかわからなくて気持ちが悪い」
「ロットバルトが、どうしてオデットを白鳥にしたのか知ってます?」
僕の問いかけの意味がわからないのだろう、彼女は訝しそうな顔をしている。
「公式での設定はありません。作品の演出や振り付けによるとしか」
「らしいですね、福本くんは。オデットのことを最初に見つけたのはロットバルトなんだって」
素晴らしい解釈だ、と思った。
ロットバルトの気持ちがよく理解できる。
美しい、天真爛漫な王女を、分不相応にも見初めたのだろう悪魔。
「ロットバルトはオデットを愛していて、でも自分のものにはできなくて、それならいっそ誰のものにもならないでほしくて、白鳥にしたんだと」
「福本が、オデットですか」
肩をすくめる。
何もかもを話す必要は無い。喋りすぎたくらいだ。気分が良くなって、調子に乗った。
「物語と違って、人間は魔法の湖に縛り付けたりできませんよ」
何を分かり切ったことを。
綺麗なものが好きだった。
キラキラと光る綺麗なものはなんでも好きで、子どもの頃はすぐに自分のものにしたくなった。
けれど、どんなに綺麗なものも、自分のものになった途端に色あせる。
醜い自分がいけないのだ。
醜い自分が手にするから、キラキラの輝きがなくなってしまう。
綺麗なものの隣に、綺麗なものにふさわしくない自分がいることが許せない。醜い自分を許容して、隣に置くことを選ぶ、綺麗なものを許せない。
綺麗なものは、綺麗なままでいてほしい。
だから、綺麗なものを見ているだけでいられるように、綺麗なものをもっと輝かせられるように、どうしたらいいか考えて、今の仕事についた。
綺麗なものに光を当てる。
どうすればもっと綺麗になるか、考える。
そうして、今までに見てきた中でも一番の綺麗なものを見つけた。
僕が、一番に見つけた。誰も見つけていないうちに見つけたから、あれは僕だけの綺麗なものだ。
僕だけの綺麗なものを、いつも見ていた。
綺麗なものも、僕に気が付いて見ているとは思わなかった。
あの、綺麗なものが自分のものになったら、どんなに良いだろうと、ほんの少し、思ってしまった。
それが間違いだったのかもしれない。
綺麗なものから、好きだと言われて、嬉しくなった。
嬉しくなるはずがなかったのに。
手に入ったら、色あせてしまうから。
僕を選ぶ綺麗なものは許せないのだから。
嬉しくなるはずはなかったのに。嬉しいと思えてしまった。
この綺麗なものが、自分の手に入りかけた彼が、もしも、誰か別の人間のものになったら。
自分のものだ、と声がする。
子どもじみた癇癪で、わめきまわれたらどんなにいいだろう。
自分がもし、似つかわしく綺麗なものだったら。
せめて、醜い自分でもいいのだと思えたら。どんなによかっただろうと思う。
それでも、それはできないことだ。
愛していて、
でも自分のものにはできなくて、
それならいっそ誰のものにもならないでほしくて、
「本当に、白鳥にでもできたらどんなにいいだろうと思うんですけどね」
「現実はおとぎ話とは違いますから」
オデット姫は、悪魔のように冷たい言葉を吐いた。
ご挨拶
皆様ご機嫌よう。はじめましての方も、そうではない方も。
お読みいただきありがとうございました、四四田です。
毎月のお楽しみ、なみさんの企画『noteでBL』。
今回は文字数制限一万字の特別企画です。
今回マジで難産でして、あとがき記事を書く気力がはたして残されているのかどうか。
でもできる限りあとがき記事も書いて色々言い訳させてもらいたすぎる。そんな気持ちです。
そんなわけで、あとがき記事が完成するのかどうか、現時点で不明ですが、
取り急ぎあとがき記事ができたとて読んでる暇はないよという忙しい現代人のために、
今回の最終的に行きついた彼岸を申し上げておきますと、
“深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ”って感じです。
あと“おれはマンネリを目指す”。
ちなみに四四田は、数ある白鳥の湖の中では、ブルメイステル版が好きです。
※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。
