映画感想(17) ヨーロッパ映画 (2010~2019)
サブスクで見た有名な作品のちょっとした感想を書いてます。順不同。
備忘録みたいなものですね。随時追加していきます。
ちいさな独裁者 Der Hauptmann
2018 ドイツ・フランス合作 119分
★★★
監督:ロベルト・シュヴェンケ
脚本:ロベルト・シュヴェンケ
出演:マックス・フーバッヒャー/ミラン・ペシェル/フレデリック・ラウ
第二次世界大戦最末期、ナチス体制崩壊寸前の前線で実際に起きた実話をもとに、見せかけの権威の象徴を手に入れた凡庸な脱走上等兵ヴィリー・ヘロルトがナチズムの体現者として暴走していく様をシニカルに描いた異色のナチス映画。
偶然将校の制服を拾って「大尉」になりすまして検閲を突破したヘロルトはその場逃れの嘘で追及を交わしていく中で、収容所の囚人の「処分」の責任を押し付けられるが、混乱に乗じた超法規的手段で全権委任を取得した挙句、大量虐殺を敢行する。ヘロルトは収容所の実質的な支配者として強権的な振る舞いをエスカレートさせていき、連合軍の攻撃によって収容所が破壊された後も、街へと繰り出してナチズム原理の忠実な実行者として暴走を続ける。本来は収容所内の体制としての暴行と、収容所を失った後の個人としてのナチズム体現は区別して描かれるべきだと思うのだが、そのフェーズの違いが精密には描かれておらず、最初からヘロルトを「モンスター」として描いているように見えるのが惜しい。
ヒトラーを欺いた黄色い星 Die Unsichtbaren – Wir wollen leben
2017年 ドイツ 110分
★★★★
監督:クラウス・レーフレ
脚本:クラウス・レーフレ/アレハンドラ・ロペス
出演:マックス・マウフ/アリス・ドワイヤー/ルビー・O・フィー/アーロン・アルタラス/フロリアン・ルーカス/アンドレアス・シュミット/ロベルト・フンガー=ビューラー
ナチス・ドイツ時代、ホロコーストを免れてベルリンに潜伏し、終戦まで生き延びたユダヤ人の実話をもとに、再現ドラマ風のドキュメンタリーとして映画化した作品。
証言者本人が現在の姿で語るインタビューと、若き日の彼らを俳優が演じる再現劇が交差する比較的よく見る構成ではあるが、観るものに作品に対する信頼感を与えるとともに、フィクション体験をリアルなものとする効果を生んでいる。
ホロコーストの深刻さを殊更強調し糾弾するのではなく、そこから「生き延びた」という幸運な事実をありのままの姿と言葉で提示し、社会と共有しようとする試みと言える。その意味では「戦場のピアニスト」あたりから続く「声を大きくしないで記憶を語る」ホロコースト映画の良心的な到達点と言えるだろう。

17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン Der Trafikant
2018年 オーストリア・ドイツ合作 113分
★★★★
監督:ニコラウス・ライトナー
脚本:クラウス・リヒター/ニコラウス・ライトナー
出演:ジーモン・モルツェ/ブルーノ・ガンツ/エマ・ドログノヴァ
ナチス・ドイツによる併合が迫りつつあるウィーンを舞台に、田舎から出て来た17歳の純朴な青年が社会の激動に揉まれながら大人になるための決定的な瞬間を過ごす姿を描いた、いかにもキノフィルムズ配給らしい隠れた逸品。
原題の「タバコ屋」が象徴するように、物語の中心にあるのは思想や政治活動ではなく、日常の中で繰り広げられる市井の人々との交流だ。反ナチ的で自由主義的な店主のもとで働く青年は、思想を教え込まれるのではなく、淡く実らぬ初恋も含め、人と人の関係の中で自由の意味を体感していく。常連客として登場するフロイトは、人生の指針を与える賢者というより、混乱の時代を生きる一人の老知識人として静かに佇む存在に留まる。邦題に示すほど重要なポジションではなく、レッスンと言っても恋愛のアドバイスぐらいしかしてないが、これが実質遺作となったブルーノ・ガンツの抑制された演技が、時代の終わりの気配を深く刻み込む。
青春映画でありながら、圧政が個人の生活を踏み潰していく瞬間を鮮やかに捉えた歴史ドラマとしても秀逸な出来となっている。

ヒトラーの忘れもの Under sandet / Land of Mine
2015年 デンマーク・ドイツ合作 100分
★★★☆
監督:マーチン・サントフリート
脚本:マーチン・サントフリート
出演:ローランド・ムーラー/ミケル・ボー・フォルスゴー/ルイス・ホフマン
こちらもキノフィルムズ配給。
両トリアーではないデンマーク映画。英題の"Land of Mine"は「私の土地」じゃなくて「地雷の地」。
第二次大戦後のデンマーク、戦時中ナチスが連合軍の上陸を防ぐためにデンマークの海岸沿いに敷設した地雷をドイツ軍の少年捕虜たちに除去させるタスクフォースが組まれる。彼らを率いるデンマーク軍の軍曹はナチス憎しの思いから危険で過酷な作業を暴力と罵声を浴びせながら彼らに強制する。
戦時中と立場を替えた憎悪の連鎖は、死と隣り合わせの共同生活の中で徐々に融解して行き、運命共同体としての連帯感が救済と赦しの念へと軍曹の怨嗟を変質させていく。少年たちは祖国に帰る日を夢見て決死の覚悟で作業を続けるが、作業中の事故でひとりまたひとり命は失われていく。
所定の作業が終了したのにもかかわらず、追加の除去作業の指令が下されるに至り、軍曹は軍隊の規律よりも人間としての尊厳を優先させる。
史実に基づくフィクションということもあってか、やや生真面目な硬さを感じさせる作りだが、その分作品の誠実さは疑いようがない。
この世界に残されて Akik maradtak
2019年 ハンガリー 87分
★★★
監督:バルナバーシュ・トート
脚本:バルナバーシュ・トート/クラーラ・ムヒ
出演:カーロイ・ハイデュク/アビゲール・セーケ/マリ・ナジ
ホロコーストを生き延びたものの、両親と姉妹を失い天涯孤独の身となった16歳の少女とやはり妻と子供を失った寡黙な中年医師とのプラトニックな交流を描いたハンガリー映画。
ホロコーストを描いたハンガリー映画というと「サウルの息子」が挙げられるが、こちらはホロコーストのトラウマそのものよりも共産主義ソビエトの支配下でのディアスポラ民の生き辛さによりフォーカスが当てられており、ナチスを題材とした映画としては異色の出来となっている。
映画の作りは抑制が効いており、二人の関係も最後までプラトニックに保たれる。ただ、その分どうしても「ホロコースト映画」の文脈で消費されがちで、そのトラウマが一線を越えさせないかのような思いを抱かせるのは果たして作り手の意図したところなのか。家族を失った少女が父性や家庭的な温もりを希求する孤独や不安を描いた普遍的な作品としても通じる重みを持つ良質な作品だけにやや残念さも感じるところ。
サラの鍵 Elle s'appelait Sarah
2010年 フランス 111分
★★★☆
監督:ジル・パケ=ブランネール
脚本:ジル・パケ=ブランネール
出演:クリスティン・スコット・トーマス/メリュジーヌ・マヤンス/ニエル・アレストリュプ
ナチスによるユダヤ人迫害がナチス傀儡であるヴィシー政権によってフランスでも行われていたことを示すヴェル・ディヴ事件をモチーフにした歴史ドラマ。
映画は、一斉検挙から弟を守ろうとして彼を納屋に閉じ込めて死なせてしまった少女サラと、ヴェル・ディヴ事件の記事を執筆しようとするアメリカ人女性ジャーナリストのジュリアの体験が歴史を越えてクロスする様を描いていく。
時代を超えた因縁が全く無関係に思えた二人の女性を結び付けていく展開は若干ミステリーじみてスリリングではあるが、対比させた結果として、サラの体験の強烈さに比べると、ジュリアのストーリーがいかにも陳腐でメロドラマっぽく見えてしまうのが惜しい。惨劇の記憶が現在の問題と地続きであり、悲劇は終わっていないことを示そうとする意図なのかもしれないが、うまく機能しているとは言い難い。
僕たちは希望という名の列車に乗った Das schweigende Klassenzimmer 2018年 ドイツ 111分
★★★☆
監督:ラース・クラウメ
脚本:ラース・クラウメ
出演:レオナルド・シャイヒャー/トム・グラメンツ/レナ・クレンケ
史実をベースに、ハンガリー蜂起で命を落とした市民のために授業中黙祷したことで「反革命分子」のレッテルを貼られて、密告がなければ全員退学処分を受けることになった東ドイツのエリート高校のクラスメートたちの決断を追った社会派青春映画。「アイヒマンを追え!」のラース・クラウメ監督作品。
原題の「沈黙の教室」はすごくいい。邦題はちょっと説明的でネタバレっぽくてやりすぎ。
これを体制批判のメッセージ映画と読み解くことは可能だしある意味必然でもあるが、過剰な政治的意図を排し、思春期にごく当たり前に抱く倫理が不可避的に支配原理と衝突してしまった誠実な青春映画として記憶に残すべきものなのだろう。
ブルーム・オブ・イエスタディ Die Blumen von Gestern
2017年 ドイツ・オーストリア合作 123分
★★★☆
監督:クリス・クラウス
脚本:クリス・クラウス
出演:ラース・アイディンガー/アデル・エネル/ヤン・ヨーゼフ・リーファース
ホロコーストの被害者と加害者の孫が、ホロコースト研究のコンファレンスの準備作業を共同で進める中で、いがみ合いつつも惹かれ合うようになっていくというナチス物としては珍しい未来志向のラブコメディ。
ホロコースト研究に関わりながらも自らの祖父が犯した過去の過ちと向き合うことを避け続けてきたドイツ人研究者トトは、ユダヤ人の祖母を持つ奔放なフランス人研究者ザジと衝突を繰り返す中で、自身の家族の過ちとその贖罪意識と否応なく向き合うことになる。
過去の悲劇を正面から扱うのではなく、その記憶を背負った次世代の若者たちの不器用な関係として描く点が本作の特徴で、ユーモアと不謹慎さのギリギリの境界線を行き来する語り口が独特の余韻を残す。恋愛関係に託けて和解や赦しを安易に成立させるのではなく、過去の重さを抱えたままそれでも全てを包み込める関係を築くしかないという人として当然の現実的な地点に物語を着地させるところに、この映画の誠実さがある。
あとから気づいたのだが、「午後8時の訪問者」や「燃える女の肖像画」などで知られるアデル・エネルが主人公の一人、奔放なザジを演じており、強烈な個性を放っている。彼女の達者さには舌を巻くしかない。
英国王のスピーチ The King's Speech
2010年 イギリス・オーストラリア・アメリカ合作 118分
★★★☆
監督:トム・フーパー
脚本:デヴィッド・サイドラー
出演:コリン・ファース/ジェフリー・ラッシュ/ヘレナ・ボナム=カーター/ガイ・ピアース/
不詳の兄エドワード8世の王位返上により、意図せず王位に就くことになってしまったジョージ6世が、セラピストや妻の支えによって吃音を克服し、国王としての自覚を高め、ナチスドイツへの見事な宣戦布告スピーチを行うまでの過程を綴った半伝記的映画。
コリン・ファース/ジェフリー・ラッシュ/ヘレナ・ボナム=カーターと並ぶ豪華キャストも見応えの一つだが、テレビドラマ畑の監督トム・フーパーの国王の内面を抉るような心理劇的緊張感にあふれる演出も見事。
結果として本作は、歴史的偉業を称揚する英雄伝ではなく、弱さを抱えた一人の人間が等身大を越える過大な役割を果たす覚悟を抱くまでの過程を丁寧に見届ける、品格のあるヒューマンドラマとして成立している。

ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男 Darkest Hour
2017年 イギリス・アメリカ合作 125分
★★★★
監督:ジョー・ライト
脚本:アンソニー・マクカーテン
出演:ゲイリー・オールドマン/リリー・ジェームズ/スティーヴン・ディレイン/クリスティン・スコット・トーマス/ベン・メンデルソーン
「プライドと偏見」「つぐない」の成功により期待の若手監督として大志を抱いてハリウッド進出したものの、期待通りの成果を上げられずイギリスに戻ったジョー・ライトが純英国人脈で作り上げた超英国的大作。重厚で遅くて古臭い英国映画の良さが詰まったような傑作。ハリウッド資本下ではイマイチ輝けなかったジョー・ライトの面目躍如といったところか。
野党の支持を得るため首相に担ぎ出された対独強硬派チャーチルが、宥和策を唱える保守党重鎮たちとの政争を制し、迫り来るドイツの脅威に真っ向から対峙しつつ宣戦布告へと至る過程を、英雄的高揚に逃げず政治劇として丹念に積み上げていく構成は見事だ。
主役のゲイリー・オールドマンの怪演に目が奪われがちだが、秘書を演じるリリー・ジェームズの視線が、権力の中枢にいない「市井」の視点を作品に導入し、物語を単なる偉人伝へと転落させない効果をもたらしている。結果として本作は、歴史的決断の裏側にある逡巡と責任の重さを、英国映画らしい節度と忍耐で描き切った快作となっている。
ローマ法王の休日 Habemus Papam
2011年 イタリア・フランス合作 102分
★★☆
監督:ナンニ・モレッティ
脚本:ナンニ・モレッティ/フランチェスコ・ピッコロ/フェデリカ・ポントレモーリ
出演:ミシェル・ピコリ/イェジー・シュトゥル/ナンニ・モレッティ
「息子の部屋」のナンニ・モレッティがカトリックの総本山ヴァチカンを舞台に、思いもかけず新教皇に選ばれてしまった枢機卿が責任の重さに耐えきれず逃避してしまう顛末を描いたコメディ。
ストーリーとしてはこの説明で終わり。いかにもモレッティらしい人を食ったような展開が続くが、どこまで真面目に付き合う必要があると感じるかは見るもの次第。自身の監督する映画では主役を務めることが多かったモレッティ本人は今回、自己顕示欲の塊のようなバチカンお抱えのウザい精神科医として痛烈な個性を振りまいていて、責任から逃避してローマの街に逃げ出してしまう新教皇よりもこちらの方が主役と言っても良いかもしれない。
新教皇が逃げ出した先のローマの街で大切なものを見つけるファンタジー展開となれば麗しいのだが、そんなハッピーな展開は許さないのがモレッティらしいところ。
独裁者と小さな孫 The President
2014年 ジョージア・イギリス・フランス・ドイツ合作 119分
★★★★★
監督:モフセン・マフマルバフ
脚本:モフセン・マフマルバフ/マルズィエ・メシュキニ
出演:ミシャ・ゴミアシュヴィリ/ダチ・オルヴェラシュヴィリ/ラ・スキタシュヴィリ
祖国イランを追われヨーロッパで亡命生活を続けている巨匠モフセン・マフマルバフが架空の独裁国家の大統領とその孫の逃亡劇を描いた政治風刺劇。
後妻や娘の亡命を見届け国内に留まった「元」大統領は、軍の反乱により空港を封鎖され懸賞金がかかったお尋ね者となる。元大統領は孫を連れて演奏の旅を続ける流しのミュージシャンに身を窶し、国境へと向かって陸路で逃亡を図る。
逃亡の道すがら元大統領はかつて自らが支配した国家に刻み込まれた暴力の痕跡に直面する。彼は自らの暴挙に懺悔と悔恨の念を抱きつつも自身よりも次世代への希望に思いを来す。
最後に訪れる審判は、独裁者の処刑を望む「民衆」に対し、憎しみの連鎖を断ち切るという選択を示す。マフマルバフは、独裁者を打ち倒した「民主主義」が傾きがちな安易なカタルシスを否定し、希望は暴力によって培われることは決してなく、未来への希望の中にのみ生まれるのだと言い切る。それが数十年に渡って独裁政権と戦い続け、ここ20年近く西側での民主主義の堕落を見続けているマフマルバフならではの達観なのかもしれない。

スターリンの葬送狂騒曲 The Death of Stalin
2017年 イギリス・フランス合作 107分
★★★★
監督:アーマンド・イアヌッチ
脚本:アーマンド・イアヌッチ/デヴィッド・シュナイダー/イアン・マーティン/ピーター・フェローズ
出演:スティーヴ・ブシェミ/サイモン・ラッセル・ビール/パディ・コンシダイン/ルパート・フレンド/ジェイソン・アイザックス/マイケル・ペイリン/アンドレア・ライズボロー
ソ連の最高権力者だったスターリンの突然の死の後の権力闘争を、史実にある程度沿いつつも、ダイナミックな政治劇というよりは密室で演じられる喜劇として描いた歴史ファンタジー。
ソ連が舞台なのに何の説明もなくみんな当たり前のように英語を喋ってて、訛りもバラバラ。閉じた世界しか描かれないので言語は何でもいいというか、聴きなれた英語でまくし立てる方が「劇」としてのリアリティが上がるという狙いなのだろう。その割り切りによって本作は史実再現ではなく、権力という装置そのものを笑い飛ばす普遍的なブラックコメディとして成立している。
とは言え、本作で描かれているソ連像は、必ずしも中立なものではなく、冷戦期に西側諸国が共有してきた「不気味で滑稽で常に疑心暗鬼と権謀術数に満ちた独裁国家」というイメージそのものでもある。その偏りを露わにした上でイアヌッチは、演劇的誇張によって権力の空虚さと恐怖政治の自己増殖性を笑いに転化している。
ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出 A Royal Night Out
2015年 イギリス 97分
★★★☆
監督:ジュリアン・ジャロルド
脚本:トレヴァー・デ・シルヴァ/ケヴィン・フッド
出演:サラ・ガドン/ベル・パウリー/ジャック・レイナー
ヨーロッパ戦勝記念日(VE-Day)の夜、後の英国女王エリザベス2世と妹マーガレット王女が外出を許され臣民と共に戦勝を祝った、という史実からインスパイアされた「ローマの休日」風の王室ファンタジー。
史実の隙間を軽やかなドタバタ劇で埋める手つきは手堅く、戦時下の緊張から解放されたロンドンの夜の高揚感も心地よい。とは言え、ロマンティック・コメディの形式を取りつつも、甘さは控えめで、焦点は恋ではなくロイヤル・ファミリーの一時の自由に置かれているのが本作の美点と言えるだろう。「ローマの休日」のアン王女のモデルになったと言われる奔放なマーガレットではなく、英国王室の「硬さ」の象徴として語られがちなエリザベスの方に焦点を当て、彼女が一夜だけ規範から逸脱する人間らしさを下品にならないギリギリのところでうまくファンタジーとして処理していて、好感が持てる。
砂漠でサーモン・フィッシング Salmon Fishing in the Yemen
2011年 イギリス 107分
★★★★
監督:ラッセ・ハルストレム
脚本:サイモン・ボーファイ
出演:ユアン・マクレガー/エミリー・ブラント/クリスティン・スコット・トーマス
英国でベストセラーとなったポール・トーディの同名小説を必殺請負人ラッセ・ハルストレムが映画化した異色作。ハリウッド資本ではなくBBCフィルムズ主導の製作でれっきとしたイギリス映画。
砂漠の国イエメンで鮭釣りがしたいという王族の無茶なリクエストに中東との関係強化を目論む英国政府が乗っかってしまい、英国環境省の水産学者アルフレッドに無体な指令が下りて来る。アルフレッドはプロジェクトを断念させるために、途方もない巨額の予算と三峡ダムの技術者と1万匹の鮭を準備することという到底飲めそうもない無謀な要求を出すが、王族のエージェントである女性コンサルタントハリエットはその要求をすべて実現させてしまう。アルフレッドは彼女と組んで現地で荒唐無稽なプロジェクトに着手することになり、ご多分に漏れず何となく良い関係になっていくのだが、お互い私的な問題を抱えており、愛の行方は紆余曲折し乱高下。
設定も無茶だがストーリーもご都合主義かつ荒唐無稽な展開で、別の意味でハラハラさせられるが、ハルストレムらしい手堅さで破綻なくまとめて、最後はちょっとホロリともさせられるいつものハルストレム節が炸裂する。やはりこの人只者ではない。
*2026年2月時点で配信では見ることができない。一定期間後にラインアップに復活する可能性があるので、要注意
シング・ストリート 未来へのうた Sing Street
2016年 アイルランド・アメリカ・イギリス合作 105分
★★★
監督:ジョン・カーニー
脚本:ジョン・カーニー/サイモン・カーモディ
出演:フェルディア・ウォルシュ=ピーロ/ルーシー・ボイントン/ジャック・レイナー
「はじまりのうた」でキーラ・ナイトレイをコントロールできなかったのをキーラのせいにして批判したことで評判を落としたジョン・カーニーの、こちらは非常に評価が高い傑作。時系列的にはこの作品のリリース後に舌禍事件を起こしているので、逆じゃなくて良かった。
1985年のダブリンを舞台に、一目ぼれした一つ年上の女子学生の気を引くためにバンドを始めるウブな男子高校生の青春まっしぐらなひたむきさを描いただけのアホみたいにピュアな作品。
語ることはあまりない。良い。それだけ。
書いてるだけでちょっと気恥ずかしくなるようなプロットだが、この作品の凄いところは作り手がまったくそれを恥じてないことで、良い歳して本気で音楽が人生を変えると信じてるところが笑える。1980年代のどうにも下品なMTV系の能天気な音楽がずっと鳴ってるのも笑える。しかも悪いことに、作り手が笑いとばすような構造に落とさないせいで余計に笑えてしまうという困った状態になってて、21世紀に生きるものとしてはどう反応すればいいか戸惑うのだが、それでも敢えて作り手が望むように消費してあげるのが観るものの礼儀というか優しさなのだろう。
最後のテロップ「すべてのブラザーたちに捧ぐ」も本気っぽくてすごい。化石がそのまま息をしてる。奇跡的。
イエスタデイ Yesterday
2019年 イギリス・日本・中国・アメリカ合作 116分
★★★
監督:ダニー・ボイル
脚本:リチャード・カーティス
出演:ヒメーシュ・パテル/リリー・ジェームズ/ジョエル・フライ
全ての人がビートルズの記憶を失ってしまった世界でただひとりビートルズのことを記憶しているミュージシャンがビートルズの楽曲をカバーしてオリジナルソングとして発表したら大人気を博してしまうというファンタジーストーリー。出オチみたいな話かと思ったら意外と良くて、監督を確認してみたら「トレインスポッティング」のダニー・ボイルだったのにびっくりした。こういうのが撮れる人になったのね。
主人公の売れないミュージシャンを演じるヒメーシュ・パテルが演奏するビートルズカバーは彼のオリジナルアレンジだそうだが、なかなか凝ってて面白い。彼のガールフレンド未満のビジネスパートナーを演じるリリー・ジェイムスの可憐な健気さが物語に彩を添えている。
エド・シーランが本人役で出てるのも見もの。
最後の主人公の決断には音楽を愛する者の思いが込められていてホロリとする。はちゃめちゃなストーリーのわりに意外と破綻してない。ダニー・ボイルの手腕も光ってる。
美しき棘 Belle Épine
2010年 フランス 80分
★★☆
監督:レベッカ・ズロトヴスキ
脚本:レベッカ・ズロトヴスキ/ガエル・マーセ/クリストフ・ムラ/マルシア・ロマーノ
出演:レア・セドゥ/アナイス・ドゥムースティエ/アガト・シュレンカー
レア・セドゥの出世作。
母を亡くした思春期の少女が抱く孤独と世界との距離感を女性監督が瑞々しいタッチで描いた作品。
という風に美しく纏められがちなのだが、どうも作り手の自己主張が上滑りしてる感じで、主題が見えにくい。ストーリーとしては、裕福な家庭のお嬢様が、母が亡くなったのに誰もケアしないで放置された挙句に孤独に耐えられずに不良行為に憧れたりするけど、やっぱそういうガラじゃないよね、やっぱ下々のものとはわかりあえないね、みたいな話なのだが、そりゃそうだろと言われたらおしまいだ。それ以上に語る言葉も映像も此処にはない。
感情を表に出さない思春期の少女の揺れ動く心などそもそも描きようがないので、どうやっても観念的な表現になるのは避けられないだろう。
最後の母との和解に見える展開もとってつけたようではあるが、全てが彼女の想像の中のファンタジーなのだと覚悟して観ればそこそこ腑に落ちないでもない。少なくとも映画として落とし前を付けようとする意志は感じる。こういうとっちらかった映画としてはそれで十分だろう。
ガールフッド Bande de filles/Girlhood
2014年 フランス 114分
★★★☆
監督:セリーヌ・シアマ
脚本:セリーヌ・シアマ
出演:カリジャ・トゥーレ/アッサ・シーラ/リンゼイ・カラモゥ/マリエトゥ・トゥーレ/イドリッサ・ディアバテ
「燃ゆる女の肖像」のセリーヌ・シアマが、社会の底辺で未来を切り開こうともがく黒人少女の苦悩を描いた社会派映画。
作品の舞台設定はそのまんまダルデンヌだが、どこか叙情的で扇動的に見えるところもあるのが良くも悪くも「女性」的ではある。いわゆる「戦闘型」のフェミニズムとは異なり社会構造を批判したり男性社会へ復讐したりはせず、「女性であること」の不公平さを変えようのないどうしようもない事実として提示する。フェミニズムを謳わないフェミニンな映画であり、救いではなく、閉塞から抜け出そうとする運動の持続を描いている。カタルシスに落とさないという点では、ある意味よりラディカルな表現と言えるかもしれない。それが現実社会では苛烈に戦っているシアマらしい立ち位置を示しているともいえる。
フランス語の原題は「女性の絆」だが、それは映画の中では断片的には機能するものの、意味のある持続的なものとしては描かれない。「絆」のような曖昧で甘い概念でお茶を濁さず、可能性も悲劇性も断定しないところが誠実であり、別の意味でラディカルでもある。
この一作だけを見ると中途半端な完成度と言えなくもないが、「水の中のつぼみ」「トム・ボーイ」とつなげてみると、「女性であること」の社会的意味を徐々に解き明かしていってる感覚があり、「燃ゆる女の肖像」への助走としては完璧だと感じる。
燃ゆる女の肖像 Portrait de la jeune fille en feu
2019年 フランス 120分
★★★★★
監督:セリーヌ・シアマ
脚本:セリーヌ・シアマ
出演:ノエミ・メルラン/アデル・エネル/ルアナ・バイラミ
LGBT映画の新たな聖典とも謳われる大傑作。
セリーヌ・シアマは「水の中のつぼみ」「トム・ボーイ」と思春期の少女が持つ微妙な心の移り変わりを描いて高評価を得ていたが、個人的にはそれらの作品で描かれる「純度」は思春期のノイズ(理解不能さ/身体の不確かさ/社会的な未成熟さ)に埋もれて見え、どこか居心地の悪さを感じていた。
本作では成人女性同士の「見る/見られる」対象としての相互関係性を描いているが、その心的構造はむしろ思春期的な純粋さの観念に近く、敢えて年齢設定をずらすことでノイズを排除し、「ガールフッド」で描かれた男性支配原理さえいったんは画面から消し去ることで、求めるものをついに描き切ったのではないかという気はする。
映画は、18世紀ブルターニュを舞台に、婚姻のための肖像画の依頼という微妙な関係から始まる二人の女性の恋を、画家と被写体という視線の交換の対象として徹底して描く。男性のまなざしや欲望、制度的な制約がすべて排除された空間で二人は互いを観察し、記憶し、理解する。誤解を恐れず極言すると、LGBT映画という枠組みすら超えて、愛という概念をいかに純粋な形で映像化しうるかを示した比類なき到達点であり、映画という形式を愛するものすべてにとって必見の大傑作である。
ロニートとエスティ 彼女たちの選択 Disobedience
2017年 アイルランド・アメリカ・イギリス合作 114分
★★★★☆
監督:セバスティアン・レリオ
脚本:セバスティアン・レリオ/レベッカ・レンキェヴィチ
出演:レイチェル・ワイズ/レイチェル・マクアダムス/アレッサンドロ・ニヴォラ
「グロリア」や「ナチュラル・ウーマン」など、社会的制約の中で自分らしく生きようとする人々を描いてきたセバスティアン・レリオが、厳格なユダヤ教コミュニティで抑圧を受けるレズビアン・カップルの苦悩を主題に据えた問題作。
かつて密かに許されぬ思いを寄せ合っていた二人の女性の再会の物語。コミュニティを離れ外の世界で自由に生きようとするロニートと、共同体に留まり信仰と因習の中で暮らさざるをえないエスティは、エスティの父であるラビの死をきっかけに再会し、共有していたはずの価値観にズレが生じていることを悟らされる。ロニートはエスティがコミュニティの基準に適応しようとする姿に衝撃を受け、エスティはロニートを裏切ったことに自責の念を抱く。二人は徐々に再び心を通わせ合うが、コミュニティの原理はそれを許さない。本作が描くのは、自由と抑圧の単純な対立ではなく、抑圧の中で愛し合うものが異なる選択の結果、互いの思いを最終的に理解しきれないという現実だ。終盤で示される解放は、当事者たちの主体的な決断というより、支配側の恩寵によって抑圧構造を善意で覆い隠しているだけのようにも見え、より現実の苛烈さを際立たせている。
リリーのすべて The Danish Girl
2015年 イギリス・アメリカ・日本・ドイツ合作 119分
★★★★☆
監督:トム・フーパー
脚本:ルシンダ・コクソン
出演:エディ・レッドメイン/アリシア・ヴィキャンデル/マティアス・スーナールツ
「英国王のスピーチ」「レ・ミゼラブル」と大作を次々とヒットさせていたトム・フーパーが世界最初期の性別適合手術を受けたトランス女性の生涯と彼女(彼)を支えた法律上の妻の珠玉の愛を描いたLGBT伝記映画。もともとニコール・キッドマンが企画し、ラッセ・ハルストレムがメガホンを取るはずだったが、題材的に実現が難しく、紆余曲折の末10年以上の月日を経て何とか完成にこぎつけている。
女装して妻の絵のモデルを務めたことから長年抱いていた自らの性同一性への疑問が決定的となった風景画家アイナーは、苦悩の末女性として生きることを決心するが、その選択は当時の医学では「精神疾患」と断じられるものだった。その抑圧はアイナーの創作意欲を削ぎ、生きる気力さえ失わせていく。そんなアイナーに戸惑いを隠せなかったゲルダだが、徐々に彼女を理解し、寄り添い、一人の人間としてサポートを続けることを決意する。
トランス女性をシス男性が演じている点は、今日の視点からは議論を呼ぶかもしれないが、エディ・レッドメインの素晴らしい演技はそのような批判をステレオタイプなものとして退けるに十分なクオリティに達している。ゲルダを演じたアリシア・ヴィキャンデルは本作でアカデミー助演女優賞を受賞し、レッドメインも主演男優賞にノミネートされたものの受賞は逃している。二人の関係性の描写によって成立している映画だけに、この辺の微妙な評価差は、必ずしもジェンダー問題が理由とは断定できないとは言え若干残念な思いは否めない
ブルックリン Brooklyn
2015年 アイルランド・イギリス・カナダ合作 112分
★★★★★
監督:ジョン・クローリー
脚本:ニック・ホーンビィ
出演:シアーシャ・ローナン/エモリー・コーエン/ドーナル・グリーソン
トッド・ヘインズの名作「キャロル」の当初の監督候補としてリストアップされていたジョン・クローリーが「キャロル」を降板することになり、代わりに撮った快作。コルム・トビーンによる同名の小説を原作とする、アイルランドからブルックリンへと移住した若い移民女性の物語。子役として圧倒的な評価を得ていたシアーシャ・ローナンの成人後の初主演作品として記念碑的な作品でもある。
アイルランドの田舎町で燻っていたエイリシュは当時としては珍しいキャリアウーマンの姉の援助を受け、自らもキャリアを花開かせることを夢見てニューヨークへと渡り、百貨店で売り子として働きながら夜学に通って会計士の資格取得をめざす。パーティで知り合ったイタリア人男性と結婚し、新天地で新たな生活の基盤を確立していくが、姉の訃報で急遽帰省した故郷で幼馴染と再会し、幼少期のイメージとは異なる立派な紳士となった姿に惹かれてしまう。故郷への郷愁と新天地の未知の解放感という異なるイメージを体現する二人の男性への思いの間で引き裂かれようとしていたエイリシュの迷いを断ち切らせたのは、故郷の町の閉鎖的な風土だった。
新天地での希望を選び取る一人の女性の成長を、過度なドラマに頼らず丁寧に描き切った秀作。シアーシャ・ローナンの繊細で確かな演技が、単なる三角関係の通俗的な恋愛劇への転落を巧みに回避し、物語に重厚さと説得力を与えている。

権利への階段 55 Steps
2017年 ドイツ・ベルギー合作 115分
★★★☆
監督:ビレ・アウグスト
脚本:マーク・ブルチェ・ロシン
出演:ヘレナ・ボナム=カーター/ヒラリー・スワンク/ジェフリー・タンバー
「ペレ」「愛の風景」などで知られる人間ドラマの名手ビレ・アウグストが、アメリカの精神科医療を改善させる契機となった「エレノア・リース判決」を題材に患者エレノアと若い弁護士コレットの関係を撮った社会派伝記映画。
本人の同意なく治療を強制されたことに対する訴訟を通じ、患者の尊厳と医療制度の関係が浮かび上がる。ヘレナ・ボナム=カーターの神経質で爆発的な存在感と、ヒラリー・スワンクの揺るぎない説得力は圧巻で、この二人の演技だけで映画が成立してしまうほどだ。ただ、人間関係を丁寧に描こうとする演出がその「バケモノ級」の二人の女優の演技に依存しすぎている印象もあり、結果として映画全体としての完成度が損なわれているように見えるのが何とも惜しい。
博士と彼女のセオリー The Theory of Everything
2014年 イギリス・アメリカ・日本合作 124分
★★☆
監督:ジェームズ・マーシュ
脚本:アンソニー・マッカーテン
出演:エディ・レッドメイン/フェリシティ・ジョーンズ/マキシン・ピーク
理論物理学の大家スティーヴン・ホーキング博士の半生を元妻であるジェーン・ホーキングの視点を通して描いた伝記映画。
敬虔なクリスチャンであるジェーンが無神論者で人間のクズのホーキングを献身的に支える純愛ストーリーで、ホーキングを演じたエディ・レッドメインもジェーンを演じたフェリシティ・ジョーンズもいずれも見事な演技で文句なし。ただ、人間としてはどう見てもクズとしか言いようがないホーキングのクズぶりの描写が生ぬるく、彼が身障者であることにフォーカスが寄りすぎている感はある。
信仰に根差す無償の愛を描いているにしては神の恩寵のようなものが感じられないし、普通のラブストーリーとして読むと胸糞すぎる。
二人のあいだに特別な絆があったことは伝わるが、それが愛なのか献身なのか信仰なのか、結局何を描こうとした映画なのかは最後まで判然としない。本作でエディ・レッドメインがオスカーの主演男優賞を受賞しているが、フェリシティ・ジョーンズは受賞を逃している。いずれ劣らぬ名演だっただけにどことなく不条理感を覚えるのは、この受賞を巡る顛末が、ホーキンスの身体的な問題が中心に置かれることで物語の焦点が定まっていない構造をそのまま映しているように見えるからだろう。
メアリーの総て Mary Shelley
2017年 アイルランド・ルクセンブルク・アメリカ合作 121分
★★★☆
監督:ハイファ・アル=マンスール
脚本:エマ・ジェンセン/ハイファ・アル=マンスール
出演:エル・ファニング/ダグラス・ブース/トム・スターリッジ
「フランケンシュタインの怪物」を著した18世紀イギリスの天才女流作家メアリー・シェリーの生涯を、やはり天才女流監督であるサウジアラビア出身のアル=マンスールが撮った問題作。
クズ男との腐れ縁のような関係性がメアリーの天賦の才を刺激するストーリー立てで、当時の男尊女卑社会の中から突然変異のように「フランケンシュタイン」が生まれた背景が語られる。
なぜか批評家筋にものすごく評判が悪いのだが、これはおそらく映画の出来そのものへの批判ではなく、プロフィールから期待される作風になっていないことへの批判と言っても良いだろう。ロマン主義に寄りかからない抑制的な視点はステレオタイプなメアリー像からかけ離れており、フェミニズムを過剰に強調しない姿勢はアラブ人の女流監督というポジショニングから逸脱している。
主演のエル・ファニングも天才なので、結果的に天才が天才を使って天才を描いた作品となったことで凡人には伝わりにくい構図となってしまっている点は否めないが、出来は決して悪くない。
マリリン 7日間の恋 My Week with Marilyn
2011年 英/米 99
★★★★☆
監督:サイモン・カーティス
脚本:エイドリアン・ホッジス
出演:ミシェル・ウィリアムズ/ケネス・ブラナー/エディ・レッドメイン
マリリン・モンローとローレンス・オリヴィエが共演した1957年の映画「王子と踊子」の撮影時のゴタゴタの中で、その撮影現場に第三助監督として参加したコリン・クラークがモンローとの禁断の関係を描いた同名の自伝小説の映画化。初めての海外撮影でのスケジュールの遅延や演技方針をめぐる衝突、夫アーサー・ミラーとの関係の不安定さなどにより精神的に追い詰められていたモンローは、無名の青年コリンとの交流の中で束の間の安らぎを見出す。
モンローを描いた映画は数多いが、ミシェル・ウィリアムズのモンロー役が嵌りすぎていて怖いほど。グラマラスでセクシーなイメージは微塵もない役者さんだが、これまでにモンローを演じた誰よりも官能的な魅力を振りまいていて驚かされる。何でもできる人なのは何となく知っていたが、こういう方向に才能を発揮されるとは思わなかった。ケネス・ブラナーのローレンス・オリビエっぷりも見事だし、エディ・レッドメインも例によってどこか頼りのなさを感じさせるキャラを演じると抜群に巧い。
神話的存在となってしまったモンローを一人の傷つきやすい孤独な女性として描く筆致はややステレオタイプにも映るが、いずれ劣らぬ名優たちの競演の連鎖がその陳腐さを覆い隠して余りあるほどだ。
美女と野獣 La Belle et la Bête
2014年 フランス・ドイツ合作 112分
★★
監督:クリストフ・ガンズ
脚本:クリストフ・ガンズ/サンドラ・ヴォ=アン
出演:レア・セドゥ/ヴァンサン・カッセル/アンドレ・デュソリエ
クリストフ・ガンズによる古典童話の再映画化。
豪華な美術とCGを駆使した幻想的な映像は美麗で見所があるが、作り込まれすぎた画面は人工的で、物語のファンタジー性と距離感を感じさせる。野獣の過去を説明するエピソードもありきたりで、神秘性を損なうだけの効果しか得られていない。ベルを演じるレア・セドゥはいつものように役柄との距離感がちぐはぐで、物語の中心人物であるにもかかわらずキャラが立っていない。視覚的なスペクタクルに終始し、ロマンスもドラマも十分に機能せず、結果として映画として成立していない印象が残る。ないないずくしだが、原作が持つゴシック的な陰影や不気味さは、先行するコクトー作品や後年のディズニー実写版よりも巧みに表現できているので、その点は評価に値する。
ボーダー 二つの世界 Gräns
2018年 スウェーデン・デンマーク合作 108分
★★★☆
監督:アリ・アッバシ
脚本:アリ・アッバシ/イサベラ・エクルーフ/ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト
出演:エヴァ・メランデル/エーロ・ミロノフ/ステーン・ユングレン
イラン生まれで北欧で育ちインターナショナルに活躍するアリ・アッバシの国際的出世作。「ぼくのエリ 200歳の少女」の原作者J・A・リンドクヴィストによる短編小説の映画化。
犯罪者の匂いを嗅ぎ分ける特殊能力を持つ女性税関職員ティーナはある日自分とよく似た外見の怪しい旅行者と出会い、自分が人間ではなくトロルという種族であることを知る。
善悪、美醜、性別、さまざまな「ボーダー」を越える存在を描きながら、教条主義や博愛主義に陥ることなく、しかし人倫を踏み越えることまではしないというギリギリのバランスが、この類まれなる異色作を決して単なるダーク・ファンタジーの異能の世界に落とさず、「ヒューマン」ドラマとして成立させている。
ただし、トロルという設定の強烈さが物語の重心を幻想怪奇寓話的な方向へ引き寄せてしまい、「境界を生きること」の現実的な痛みや社会的な意味を掘り下げ切れているかというとやや疑問も残る。「境界」の特徴を生殖という設定に収斂させたことで、映画としての普遍性はやや損なわれている印象も否めず、その点では偉大なる失敗作と言えるかもしれない。
聖なる泉の少女 Namme
2017年 ジョージア・リトアニア合作 91分
★★★★★
監督:ザザ・ハルヴァシ
脚本:ザザ・ハルヴァシ
出演:マリスカ・ディアサミゼ/アレコ・アバシゼ/エドナル・ボルクヴァゼ
ほとんど事前情報が何もない中で、アマプラで薦められて何となく面白そうなので見てみたらとんでもない大傑作だった。2017年の東京国際映画祭のコンペティション部門出品作だが、日本での一般公開は2年後の2019年、岩波ホールなどの小ホールでの限定公開ということでほとんど話題になっていない。サブスクで観られなければ一生スルーしてしまうような作品だ。そういう意味ではロングテールに届くサブスクというシステムの有用性を認めざるを得ない。
山間の村で聖なる泉を守り治癒の儀礼を司る癒し手一家の物語。
共同体の因習と権威を体現するその存在は強力な家父長制度に支えられているが、息子たちがその継承者となることを拒みそれぞれの道へと進んだため、女性であるがために取り残された末子の少女ナーメが聖なる守り手を否応なく継がされることになる。土着信仰の神話的外形を借りて、家父長制と共同体が個人の尊厳や意思を越えて聖性を強いる構造を静謐な筆致で描くファンタジーストーリー。しかしながら、その聖性も近代化という新たな支配構造の前では無力であり、共同体を支えてきた奇蹟は静かに役割を終え、ナーメは一人の人間として共同体の外へ歩み出していく。
ラストシーン、ナーメが湖の水面を歩いて渡る奇蹟の描写は聖書からのオマージュのように見えるが、それは個人の解放ではなく、新たな近代化という神話の誕生を示唆しており、不穏さに満ちている。

幸福なラザロ Lazzaro felice
2018年 イタリア 127分
★★★★★
監督:アリーチェ・ロルヴァケル
脚本:アリーチェ・ロルヴァケル
出演:アドリアーノ・タルディオーロ/アルバ・ロルヴァケル/トンマーゾ・ラーニョ
イタリアの新鋭女性監督アリーチェ・ロルヴァケルがカンヌの審査員グランプリに輝いた傑作「夏をゆく人々」に続いて放った21世紀イタリア映画を代表する名作。フェリーニ+パゾリーニ+ネオレアリズモを体現したかのようなイタリア映画の集大成的ファンタジー作品。16ミリで撮影された映像の肌触りは20世紀イタリアの偉大な名作の系譜に見事に連なっており、この作品の価値をエバーグリーンなものにしている。
封建的な搾取構造が残る20世紀末の農村で、純粋で無垢な青年ラザロは人々に利用されながらも疑うことなく働き続ける。やがて共同体は崩壊し、舞台は近代化した都市へと移るが、世界の論理に属さないラザロだけが変わらぬ姿でそこに現れる。民話のような無垢さで始まった物語は、資本と所有が支配する20世紀末の現実の中で居場所を失った善意の姿を奇蹟の逸話の形で浮上させる。
衝撃のラストシーン、「兄」と慕うタンクレディから奪った金を返してほしいと無邪気に銀行員に直談判するラザロを強盗と錯誤し、資産を奪われる不安に駆られた群衆は、彼が武器を持たないと知るや否や暴徒化して襲いかかる。そこにあるのは所有と不信によって支えられた近代社会の論理そのものである。悪意をむき出しにする大衆消費型資本主義の暴走の前に善意は無力であることが強烈なメッセージとして語られる。パゾリーニすら辿り着けなかった資本主義の暴走の狂気を軽やかなタッチで何の衒いもなく映像化してみせたロルヴァケルの胆力は感嘆に値する。欧州映画界の希望と言っても良い存在。
東ベルリンから来た女 Barbara
2012年 ドイツ 105分
★★☆
監督:クリスティアン・ペツォールト
脚本:クリスティアン・ペツォールト/ハルーン・ファロッキ
出演:ニーナ・ホス/ロナルト・ツェアフェルト/ライナー・ボック
「あの日のように抱きしめて」や「水を抱いた女」など、失われた存在や亡霊を現実に混在させて描く作風で知られるペツォールトの商業長編映画第一作。
東ドイツ体制下、ベルリンから西側への逃亡を図ったことが当局の逆鱗に触れ、地方病院に左遷された女性医師バルバラは、西に居住する恋人と連絡を取り合い脱出の機会を伺いながら働く中で、同僚医師や患者との関係を通して自らの選択に向き合うことになる。監視社会の緊張と医師としての倫理が交錯する物語はストレートに語られるが、幻想との皮膜や現実の揺らぎを特徴とする後年の作品と比べるといささか単純すぎるストーリー構造で、職業倫理をめぐるメロドラマとなってしまっている。悪くはないが、後年の作品のキレを期待すると肩透かし。
あの日のように抱きしめて Phoenix
2014年 ドイツ 98分
★★★☆
監督:クリスティアン・ペツォールト
脚本:クリスティアン・ペツォールト/ハルン・ファロッキ
出演:ニーナ・ホス/ロナルト・ツェアフェルト/ニーナ・クンツェンドルフ
クリスティアン・ペツォールトの長編第二作目。
前作「東ベルリンから来た女」と同じスタッフ、同じ主演コンビによる作品だが、戦後ドイツの歴史の亡霊に囚われた男女の関係を描くファンタジー風メロドラマへと大きく舵を切っている。強制収容所から生還した女性ネリーは顔に深い傷を負い修復手術を受けて帰還するが、夫ジョニーは彼女を本人だと認めず、亡き妻に成りすますよう持ちかける。ネリーはショックを受けつつも、ジョニーの愛がいつか戻ることを信じて狂言芝居を続ける。
過去と記憶がねじれる関係の中で、ニーナ・ホスの静かな存在感が際立つが、一方で夫ジョニーの設定のあまりの下衆さが物語の説得力を弱め、設定の虚飾性が前面に出てしまう面もある。それでも歴史と個人の記憶を幻影の中と現実の狭間に重ねる独特の緊張感の演出は見事で、本作でペツォールトの作風が確立したと言っても良いだろう。
COLD WAR あの歌、2つの心 Zimna Wojna
2018年 ポーランド・イギリス・フランス合作 88分
★★★★
監督:パヴェウ・パヴリコフスキ
脚本:パヴェウ・パヴリコフスキ/ヤヌシュ・グウォヴァツキ
出演:ヨアンナ・クーリク/トマシュ・コット/ボリス・シィツ
「マイ・サマー・オブ・ラブ」で鮮烈な監督デビューを飾ったパヴェウ・パヴリコフスキの現在までの最高傑作で、カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作。
ポーランドからパリへ、また再びポーランドへと、移動し続ける男女の関係を通して、冷戦という歴史の大きな流れを俯瞰するかのような構成が印象的な力作。主演を務めるヨアンナ・クーリクの歌声と存在感は圧倒的で、音楽映画としての魅力は申し分ない。一方で、時間を大胆に飛躍させる細切れの編集は物語の必然性を弱め、クーリクの相手役トマシュ・コットの硬い演技も相まって、運命的な愛の物語がやや単調なメロドラマに見えてしまう弱さも否定できない。国家の圧倒的な力に翻弄される男女のストーリーとしてはいかにも陳腐だが、その陳腐さを凝縮したかのような映像美と音楽の力は強く心に残る。多少倒錯的だが、映画という限られた時間と空間の中で陳腐さを描き切った傑作と言う見方もできるだろうか。
ペイン・アンド・グローリー Dolor y gloria
2019 スペイン 113分
★★★★
監督:ペドロ・アルモドバル
脚本:ペドロ・アルモドバル
出演:アントニオ・バンデラス/ペネロペ・クルス/ラウール・アレバロ
引退寸前の老映画監督が回想する過去の確執や幼少期の母への憧憬、初恋、激しい恋愛と別れなどを回顧録的に描いたアルモドバル自身の半自伝的作品。
長年の創作と人生の痛みを静かに見つめ直す物語は、これまでのアルモドバル作品に比べて抑制されたトーンで語られるが、その分だけ内省の深さが際立つ。これまで、業界人を描くアルモドバルの作品はどこか自虐的で露悪趣味が強かったが、この作品はそういった悪癖が鳴りを潜めていて、素直に半生を振り返る普通のノスタルジア構造に落ち着いている。作品の設定通り、やや皮肉ではあるが、アルモドバルの「老い」による円熟を感じさせる出来となっている。快作。
わたしは、ダニエル・ブレイク I, Daniel Blake
2016年 イギリス・フランス・ベルギー合作 100分
★★★★☆
監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァーティ
出演:デイヴ・ジョーンズ/ヘイリー・スクワイアーズ/ディラン・マキアナン
労働者階級や移民たちの日常生活をリアリズムに沿って描く作風で知られる左翼映画の巨匠ケン・ローチの数少ないサブスクで観られる作品。
心臓発作で倒れ医師から就労を禁じられたダニエルは、失業給付金を申請するものの制度上は「就労可能」と判断され、支援を受けられない。役所の非人間的で融通の利かない対応に翻弄される中、同じ境遇に置かれたシングルマザーのケイティと出会い、ささやかな連帯を育んでいく。
しかし非効率で弱者に冷たい英国の公的救済制度は、彼らを静かに追い詰めていく。
誇張や演出に頼らない素朴な語り口が、制度の残酷さをかえって鮮明に浮かび上がらせる。これは見ず知らずの国の特別な誰かの悲劇ではなく、硬直した制度が人間の尊厳を顧みなくなったときに起こり得る必然の物語なのだ。怒りと悲しみを静かに積み重ねながら、人間の尊厳とは何かを真正面から問いかける、ケン・ローチの信念が結晶化した一作である。
家族を想うとき Sorry We Missed You
2019年 イギリス・フランス・ベルギー合作 100分
★★★★
監督:ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァーティ
出演:クリス・ヒッチェン/デビー・ハニーウッド/リス・ストーン
宅配業を題材に、新自由主義経済が搾取する労働者の窮状を象徴的に描いた、ケン・ローチの引退作にして渾身の一作。
宅配業を題材に、新自由主義経済が搾取する労働者の窮状を象徴的に描いた、ケン・ローチの引退作にして渾身の一作。
安定した生活を求めて個人事業主として宅配ドライバーの仕事を始めたリッキーは、自由な働き方を約束されたはずの契約に次第に拘束され、家族との時間を失っていく。介護職として働く妻や思春期の息子との関係も次第に軋み、家族を守るための選択が逆に家族を追い詰めていくという皮肉な状況に陥る。
前作「わたしは、ダニエル・ブレイク」が公的支援制度の冷酷さを描いたのに対し、本作は「自己責任」と「自由契約」の名の下に進行する現代的な搾取の構造を残酷に暴き出す。新たな形の搾取だが、自由主義と資本主義が行きつく構造的な帰結であり抗いようがない。正しいのに勝てない戦いを描かざるを得ないケン・ローチの筆致は怒りに満ちているが、その裏にある家族への思いがギリギリのところで胸を打つ構成となっている。
映画としては敗北だが、ヒューマニズムの物語としてはギリギリ成立している。それはローチのようなオールドスクールな左翼の限界でもあり、敗北と言えるかもしれない。
ディーパンの闘い Dheepan
2015年 フランス 115分
★★★★☆
監督:ジャック・オーディアール
脚本:ジャック・オーディアール/トマ・ビデガン/ノエ・ドゥブレ
出演:アントニーターサン・ジェスターサン/カレアスワリ・スリニバサン/カラウタヤニ・ヴィナシタンビ
ジャック・オーディアール、悲願のパルム・ドールを獲得した最高傑作。
内戦が続いていたパキスタンからヨーロッパへと逃れて来た赤の他人の不法移民の男女と少女が家族に成りすましてフランスで住居を得て平穏な生活をめざすうちに芽生え始める家族としての絆を描いた感動ストーリー。
歴戦の戦士シバダーサンは偽装パスポートで一市民ディーパンとなって郊外の団地で管理人として働きながら静かな生活を築こうとする。だが郊外の団地はギャングの抗争の巣窟であり、彼が封じ込めてきた戦争の記憶と暴力が日常へと侵入してくる。
移民問題を鋭く切り取った切迫性と緊張感あふれる前半の展開と、いかにもオーディアールらしい後半の「男の暴力」の作風が同居し、偽装家族に芽生えた絆を守るために戦う兵士の無敵ぶりが単純なカタルシスとして回収されたようにも見える居心地の悪さが映画の評価を分かつポイントとなっていることは否定できない。あまりに非現実的なハッピーエンドへの疑問も理解できないではないが、社会リアリズムの結末ではなく一種のファンタジックなメロドラマとして見ればむしろオーディアールの作風と一貫している。
少年と自転車 Le gamin au vélo
2011年 ベルギー・フランス・イタリア合作 87分
★★★★☆
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ/リュック・ダルデンヌ
脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ/リュック・ダルデンヌ
出演:トマ・ドレ/セシル・ドゥ・フランス/ジェレミー・レニエ
実の父親に見捨てられ施設に預けられた少年シリルは、自分が捨てられたことを認められず反抗を続ける。父との関係修復を希求しつつも拒絶される絶望的な状況下、シリルに手を差し伸べる美容師サマンサとの交流の中で他者との関係を取り戻していく物語。
社会から取り残された子供と大人の関係を描く点では前前作の「ある子供」と地続きの構造を持ちながら、本作ではその断絶を放置せず、他者の善意による回復の可能性を明示的に提示している。無条件に少年を受け入れるサマンサの存在は、ダルデンヌ作品では珍しく宗教的救済を思わせる役割を担い、現実の過酷さの中に希望を差し込む。初期の切実なリアリズムを保ちながら、ヒューマニズムが不幸の連鎖を断ち切る可能性に言及した、ダルデンヌにとって転機となる作品である。

サンドラの週末 Deux jours, une nuit
2014年 ベルギー・フランス・イタリア合作 95分
★★☆
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ/リュック・ダルデンヌ
脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ/リュック・ダルデンヌ
出演:マリオン・コティヤール/ファブリツィオ・ロンジォーネ
ダルデンヌ兄弟としては珍しくスター女優であるマリオン・コティヤールを起用した話題作だが、カンヌでは珍しく受賞なしで連続受賞記録が止まってしまった。
会社のコスト削減のため解雇を通告されたサンドラが、同僚たちに自分の雇用継続かボーナス支給かの再投票を求めて週末に一軒ずつ訪ね歩き協力を要請する姿を描く社会派ドラマ。労働と連帯というダルデンヌ兄弟の中心的テーマを扱いながら、制度や構造の問題が個人の倫理的選択に立脚する形で語られるところが切ない。前作「少年と自転車」以降に顕著となるヒューマニズムの延長線上にある作品だが、反復的な構成が単調さを醸成し、社会的リアリズムとしての切実さはやや弱まっている。また映画の重心は制度批判よりも、疲弊し追い詰められていくサンドラの身体と心理に置かれる。彼女がやつれた姿で一軒一軒訪問して回る場面はスター俳優マリオン・コティヤールの苦悩の演技を見せる舞台として働き、社会批判映画としての純度を曇らせている面は否めない。
ダルデンヌの新たな方向性を示す意欲作にも見えるが、社会の構造問題を個人の存在に帰属させる方法論は一貫している一方で、その解決法はヒューマニズムの力に依拠しすぎているとの誹りは免れず、新たな視野の開拓と同時に限界も感じさせる作品である。
午後8時の訪問者 La Fille inconnue
2016年 ベルギー・フランス合作 106分
★★★★☆
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ/リュック・ダルデンヌ
脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ/リュック・ダルデンヌ
出演:アデル・エネル/オリヴィエ・ボノー/ジェレミー・レニエ
町の小さな診療所で代用医師として働く若き女医ジェニーは、診療時間後のベルを無視してしまい、その直後に近くでアフリカ系少女の遺体が発見されたことを知る。保険診療中心の貧しい患者が多い診療所で働きながらも自らは特権的な立場にいると錯覚していたジェニーは、少女の身元を追う捜索を続ける中で社会の底辺に生きる人々と向き合い、危険な経験をしながら現実の社会構造を知らされていく。個人的な罪悪感から始まった行動は次第に職業倫理を越えた社会的責任へと変わり、医師として人を治療することと人の尊厳を守ることが不可分であると気づかされる。「少年と自転車」以降のダルデンヌ兄弟が描くヒューマニズムが、より社会的な視点と職業倫理へと接続された傑作である。
ターナー、光に愛を求めて Mr. Turner
2014年 イギリス・フランス・ドイツ合作 150分
★★★☆
監督:マイク・リー
脚本:マイク・リー
出演:ティモシー・スポール/ドロシー・アトキンソン/マリオン・ベイリー
19世紀イギリスの画家J・M・W・ターナーの晩年を描いた伝記映画。マイク・リーらしく偉人の業績や人生ドラマを強調するのではなく、家族、使用人、芸術家仲間、パトロンなど周囲の人々との関係を積み重ねることで、一人の人間としてのターナー像を築き上げていく。
ターナーは孤高の天才というより、粗野で不器用でありながら意外なほど社交的な人物として描かれる。多くの人間関係が並列的に提示されるため物語の焦点は意図的に拡散しており、人物の内面や創作の核心に収束していくタイプの伝記映画とは異なる印象を与える。その散漫さは弱点にも見えるが、人生を一つの物語に収束させないというマイク・リーの姿勢の表れでもある。芸術家の神話化を拒み、時代と社会の中で生きる一人の人間としてターナーを捉えようとする誠実な試みだが、網羅的に描かれる人間関係の広がりに対して映画の時間はやや不足しているようにも感じられる。

マクベス Macbeth
2015年 イギリス・アメリカ・フランス合作 113分
★★★
監督:ジャスティン・カーゼル
脚本:ジェイコブ・コスコフ/トッド・ルイーソ/マイケル・レスリー
出演:マイケル・ファスベンダー/マリオン・コティヤール/パディ・コンシダイン/ショーン・ハリス/ジャック・レイナー/エリザベス・デビッキ
シェイクスピア悲劇を重厚な映像美で再解釈した意欲作。
霧と炎に包まれた戦場や荒涼とした風景など、色彩と構図を強調した映像は印象的で、歴史劇としての質感や雰囲気づくりには映画として一定の説得力がある。
しかしその美術的完成度の高さに対して、ドラマの核であるマクベスの内面的な苦悩や葛藤は十分に立ち上がらず、物語が雰囲気の上を滑っていく印象も残る。マイケル・ファスベンダーの演技は重厚だが心理の変化がやや抽象的で、悲劇としての必然性が弱い。マリオン・コティヤールのレディ・マクベスは原作よりも繊細な人物像として描かれる一方で、野心と狂気を体現する存在としては迫力に欠け、悪を引き受ける人物としての重みが十分に感じられない。結果として映像の強度と人物のドラマが噛み合わず、一本の映画としてはやや撮り散らかした印象が残るのは否めない。
サンセット Napszállta
2018年 ハンガリー・フランス合作 142分
★★★★☆
監督:ネメシュ・ラースロー
脚本:ネメシュ・ラースロー
出演:ユリ・ヤカブ/ヴラド・イヴァノフ/エヴェリン・ドボス
「サウルの息子」で国際的な名声を一気に高めたネメシュ・ラースローの長編第二作。
第一次世界大戦直前のブダペストを舞台に、両親が創業した高級帽子店を訪れた若い女性イリスはその存在を無視され、否定されながらも店と関わり続け、失踪した兄の行方を追ううちに帝国崩壊前夜の都市の暗部へと導かれていく。
前作同様カメラは主人公イリスの視界に密着し、観客は断片的な情報だけで世界をを把握させられる。革命の気配や暴力は画面の外で進行し、歴史の変化は説明されるのではなく感覚として示される。二重帝国のメタファーである帽子屋という象徴的空間、反帝国的主義的暴力のメタファーである兄カルマンと汎マジャール主義を体現する妹イリスが、劇中では一度も交わらないことが歴史の悲劇を否応なく意識させる。
最後に戦場のイメージへと接続されることで、都市に満ちていた不穏な気配が第一次世界大戦という現実へと結びつく。歴史の再現ではなく歴史の必然を描いた意欲作。

ロブスター The Lobster
2015年 ギリシャ・フランス・アイルランド・オランダ・イギリス合作 118分
★★★
監督:ヨルゴス・ランティモス
脚本:ヨルゴス・ランティモス/エフティミス・フィリップ
出演:コリン・ファレル/レイチェル・ワイズ/レア・セドゥ
独身者は45日以内にパートナーを見つけられなければ動物に変えられてしまうという奇妙な世界を舞台に、人間関係の不条理を描いた、いかにもランティモスらしい底意地の悪いブラックコメディ。
前作「籠の中の乙女」同様、極端な設定がまず観客の感覚を麻痺させ、人物の不自然な振る舞いが現実の延長として見えてしまう仕掛けが効いている。本作では物語の骨格がより明確になり、恋愛と共同体をめぐるドラマの強度が増したことで、不条理なユーモアがよりストレートに笑いとして機能しているのが印象的だ。
コリン・ファレル演じるデヴィッドの優柔不断で頼りない人物像も作品の核となっており、自己保全からレジスタンス運動に身を投じながらも結局は規範に従うことしかできず、決断もできないヘタレな主人公として、この奇妙な世界の滑稽さを体現している。わりと作りの粗いカルトムービーだが、ランティモスのその後の飛躍の秘密が垣間見える逸品でもある。

聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア The Killing of a Sacred Deer
2017年 イギリス・アイルランド合作 121分
★★★★☆
監督:ヨルゴス・ランティモス
脚本:ヨルゴス・ランティモス/エフティミス・フィリップ
出演:コリン・ファレル/ニコール・キッドマン/バリー・コーガン
ランティモスの国際的名声を高めた出世作。
心臓外科医スティーブンが父を失った少年マーティンと関わるうちに、家族に不可解な災厄が降りかかる物語。これまでのランティモス作品のように奇妙な世界設定に頼るのではなく、現実に近い環境の中で異常な展開が進行することで強烈な緊張感を生み出している。一家の夫婦の会話のぎこちなさや危機に直面した際の不自然な振る舞いなど、登場人物は誰もがどこか壊れている。それにもかかわらず物語はオカルト・ミステリーとして成立してしまい、その不気味な均衡が映画全体を支配する。とりわけニコール・キッドマンの冷徹で無機質な怪演が作品全体の不安定な空気を決定づけており、物語の根幹となる不条理な呪いすら機械的で合理的な管理システムにより処理されていくかのような印象を観るものに与え、そのことがさらにストーリーの異常さを際立たせている。
設定の奇抜さではなく展開の異様さへと作品の重心を移したことで、映画としての強度が一段と高まった名作である。
女王陛下のお気に入り The Favourite
2018年 イギリス・アイルランド・アメリカ合作 120分
★★★★☆
監督:ヨルゴス・ランティモス
脚本:デボラ・デイヴィス/トニー・マクナマラ
出演:オリヴィア・コールマン/エマ・ストーン/レイチェル・ワイズ
2019年のオスカー9部門にノミネートされた(ただし受賞は主演女優賞のみ)現時点でのランティモスの最高傑作と目される名作。
前作「聖なる鹿殺し」が外からの不条理な呪いによる支配の物語だったのに対し、本作では宮廷という閉じた空間に外部から入り込んだ存在によって支配と被支配の関係が揺らいでいく権謀術数の歴史絵巻となっている。
18世紀の英国王室を舞台に、アン女王の配下にあるサラとアビゲイルが寵愛と権力をめぐって駆け引きを繰り広げる構図は歴史劇としてのスリルを備えつつ、三人の親密な関係が宮廷の政治的力学と不可分に絡み合うことで独特の緊張感を生んでいる。女王は絶対的な支配者でありながら、ある視点では被支配者でもあり、その関係性は絶えず変化していく。
王国の権力闘争と個人的欲望が同一の地平で描かれることで、ランティモス特有の歪んだ人間関係のドラマが洗練されたブラックユーモアとして結実している。
more to come…(近日公開予定)
サウルの息子 Saul fia
2015年 ハンガリー 107分
★★★★★
監督:ネメシュ・ラースロー
脚本:ネメシュ・ラースロー/クララ・ロワイエ
出演:ルーリグ・ゲーザ/モルナール・レヴェンテ/ユルス・レチン
その他、2010年代のヨーロッパ映画の名作のレビューはこちらにもあります
★★★★★ 映画史に残る名作、必見
★★★★☆ 傑作、見ないと損
★★★★ 秀作、見るべき
★★★☆ 快作、見た方がいい
★★★ 良作、見る価値あり
★★☆ 佳作、悪くないので見て損はない
★★ 凡作、時間があれば見てもいいかも
★☆ 迷作、色々ダメだが見たいなら止めない
★ 駄作、ダメな映画のサンプルとして見るなら止めない
☆ 愚作、人生の苦難に耐える訓練として見るなら止めない
💀 見るべき理由が一切ないゴミ、時間の無駄
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