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映画感想(12) ヨーロッパ映画 (1960~1969)

サブスクで見た有名な作品のちょっとした感想を書いてます。順不同。
備忘録みたいなものですね。随時追加していきます。


シェルブールの雨傘 Les Parapluies de Cherbourg
1964年 フランス・西ドイツ合作 91分
★★★★★
監督:ジャック・ドゥミ
脚本:ジャック・ドゥミ
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/ニーノ・カステルヌオーヴォ/アンヌ・ヴェルノン/ミレーユ・ペレー/マルク・ミシェル/エレン・ファルナー

説明の必要もない世紀の名作。鬼才ジャック・ドゥミの名を一躍有名にしたカンヌ映画祭パルムドール受賞作。
全ての台詞が歌で歌われるミュージカル映画。
歌は全て吹替なので、演者は一言も台詞を話していないというよく考えるととんでもない作品。この時期のヌーヴェルバーグ系フランス映画にありがちな自分語りや自己主張ばかりの台詞が殆どなく、歌に乗せてストレートな感情のやりとりが続くのでとても壮快。このフォーマットでこんな名作を撮っちゃうドゥミはやはり天才。


ロシュフォールの恋人たち Les Demoiselles de Rochefort
1967年 フランス 123分
★★★★☆
監督:ジャック・ドゥミ
脚本:ジャック・ドゥミ
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/フランソワーズ・ドルレアック/ジーン・ケリー/ジョージ・チャキリス/ジャック・ペラン/ダニエル・ダリュー/ミシェル・ピコリ

ジャック・ドゥミが、「シェルブールの雨傘」のヒットの後、今度は歌の合間に普通の台詞も入れて、普通にミュージカルとして作った続編的な作品。普通のミュージカルと言ってもジャック・ドゥミが撮るのだから普通なわけがない。登場人物ほぼ全員が恋に落ちると言うなかなか豪快な仕掛け。カトリーヌとジャック・ペランが最後まですれ違い一度も顔を合わせないまま終わる演出もクールでスタイリッシュ。
カトリーヌ・ドヌーヴとフランソワーズ・ドルレアックのリアルな姉妹が姉妹役を演じ、ジーン・ケリーとジョージ・チャキリスというハリウッドから来た新旧ミュージカルスターの共演に、ダニエル・ダリューとミシェル・ピコリのフランスのスターコンビの枯れた恋も盛り込んで、見所盛りだくさん。冒頭の集団ダンスシーンの豪華絢爛さを始め、ミュージカル的なみどころも満載。ジャック・ドゥミはエンターテインメントを作っても天才。


冒険者たち Les Aventuriers
1967年 フランス・イタリア合作 112分
★★★
監督:ロベール・アンリコ
脚本:ロベール・アンリコ/ジョゼ・ジョヴァンニ/ピエール・ペルグリ
出演:アラン・ドロン/リノ・ヴァンチュラ/ジョアンナ・シムカス

もうすでに若くはないエンジニアとパイロットの二人の男と、若い芸術家ワナビーの女性がふとしたことから知り合い、奇妙な共同生活を始める。三人はそれぞれの専門分野で挫折を味わい、一攫千金を夢見て、沈没船に眠る財宝探しの計画に乗っかるが、それは悲劇的な結末を迎える。
と、こう書いてみると出来損ないのアメリカン・ニュー・シネマテイストだが、1967年の公開なので、ほぼ同時期。剽窃したわけではない。たぶん時代の趨勢というかバイブレーションのようなものがたまたま共振して奇跡的にぶつかっただけみたいな感じではある。アラン・ドロンとリノ・ヴァンチュラの演技のせいでフレンチ・ノワールっぽさもミックスされており、アバンギャルドな肌触りを感じさせる仕上がりとなっているが、本質的にはつまんないフランスの大衆映画のフォーマットに乗っかってて凡庸。珍品。


ふたりの女 La Ciociara
1960年 イタリア 100分
★★★★
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本:チェザーレ・ザヴァッティーニ
出演:ソフィア・ローレン/ジャン=ポール・ベルモンド/エレオノーラ・ブラウン

大戦直後の「イタリアン・ネオレアリズモ」時代に一世を風靡しながらネオレアリズモが下火になって迷走していたヴィットリオ・デ・シーカの起死回生の渾身の一作。
戦火を逃れ故郷の村に疎開してきた若い未亡人と娘と、村の青年の微妙な三角関係的メロドラマに、戦争の非人間性を表す描写をミックスしたセンチメンタルな喪失感溢れるヒューマンドラマとなっている。これはのちの「ひまわり」にも通じる構図。
すでに国際的な名声は得ていたもののイタリアンセックスシンボル的立ち位置だったソフィア・ローレンが20歳代にして母親役を演じ、演技派としての地位を確立させた作品とも言える。
本来は母役はアンナ・マニャーニで、ソフィア・ローレンは娘役だったそうだが、さすがにその配役はマニャーニが嫌って、ローレンが母親役にスライド、娘役にエレオノーラ・ブラウンが抜擢されたと言う経緯。ブラウンの演技も見事だが、いわゆるタイプキャストの弊害もあって大成しなかったのが残念。


水の中のナイフ Nóż w wodzie
1962年 ポーランド 94分
★★★★☆
監督:ロマン・ポランスキー
脚本:エジー・スコリモフスキ/ロマン・ポランスキー/ヤクブ・ゴールドベルク
出演:レオン・ニェムチック/ヨランタ・ウメッカ/ジグムント・マラノウッツ

何となく巨匠感をアピールしてはいるけど実は極悪性犯罪者のロマン・ポランスキーがまだ性犯罪を犯してなかった(あるいは犯していたとしても明るみになってなかった)ポーランド時代のデビュー作。犯罪犯してからは概ねつまらない作品しか作れなくなってるが、この作品は冴えてる最高傑作。やはり性犯罪を犯すような人間は腐るのだ。
裕福な夫婦が湖へヨット遊びに出かける途中にヒッチハイクで合流した学生が、夫との間で妻を巡ってマウントを取り合った末に事故が起こり学生は湖に落ちて失踪。これが学生の狂言だったことを妻はその目で見て、彼の存在を確認するかのようにちちくりあうのだが、妻の不貞を認めたくない夫はそれを信じない。一転、何が真実なのかが曖昧となり、互いを信じきれなくなった夫婦間の亀裂を示唆しつつ物語は終幕する。
登場人物はほぼ三人だけ、舞台はほぼ湖に浮かぶ一艘のヨットの上。事件そのもののサスペンス性に重心を置きながらも、起こった事象とそれを受け取る側の関係性が空中分解していく過程をナイフのような鋭いタッチで切り取った演出がめちゃくちゃ心地よく、格好いい。
残念ながらこの後イギリスに渡って以降のポランスキーはこの鋭利さを失う。ポーランドの共産主義政権下で環境に恵まれなかった分、鋭利さが保てた部分はあったのかも。


反撥 Repulsion
1965年 イギリス 105分
★★★
監督:ロマン・ポランスキー
脚本:ロマン・ポランスキー/ジェラール・ブラッシュ/デヴィッド・ストーン
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/ジョン・フレイザー/イヴォンヌ・フルノー

「水の中のナイフ」で国際的名声を得たロマン・ポランスキーがイギリスに招かれて製作した海外移住第一弾。
ロンドンで姉と暮らす潔癖症の美容師が、男性恐怖症に蝕まれ、姉の不在を機に妄想と殺意に沈んでいくホラーストーリー。だが、男性恐怖症というモチーフは先行例がいくらでもあって陳腐だし、戦前の「キャット・ピープル」と比べてもメタファーとしての先鋭性もない。主観心理を映像化してるのがちょい新しさを感じさせるのかもしれないが、映像的には今見るとかなりしょぼい。
むしろこの作品を「珍品」でありながらもある種の名作として成立させているのは、当時大根扱いされてたカトリーヌ・ドヌーヴの演技だったりする。表情の硬さ、噛み合わない間、そして 英語の拙さによる不自然な台詞まわしが、キャロルの孤絶と心的外傷をそのまま露呈させてしまう。技巧ではなく役者の未熟さそのものが奏功したというある意味皮肉な成功作である。


袋小路 Cul-de-sac
1966年 イギリス 112年
★★★☆
監督:ロマン・ポランスキー
脚本:ロマン・ポランスキー/ジェラール・ブラッシュ
出演:ドナルド・プレザンス/フランソワーズ・ドルレアック/ライオネル・スタンダー

ポランスキーのイギリス移住第二弾。
逃亡の途中で負傷し、潮に閉ざされた屋敷に流れ込んでしまったギャングの男が、屋敷の主である気弱なインテリ夫と奔放な若妻との間で奇妙な共存関係を築いていく密室劇。構造的には処女作「水の中のナイフ」の変奏だが、スタイリッシュな肌触りは増したものの、演出の鋭利さを失っている感があり、微妙。
閉鎖空間なのがいかんのかな。妻役フランソワーズ・ドルレアックの「固い」演技も、実の妹であるドヌーヴの前作「反撥」の二番煎じっぽくて今回は嵌っていない。どこかを変えるだけでめちゃくちゃ良くなりそうなんだが、残念。


処女の泉 Jungfrukällan
1960年 スウェーデン 89分
★★★★
監督:イングマール・ベルイマン
脚本:ウラ・イザクソン
出演:マックス・フォン・シドー/ビルギッタ・ヴァルベルイ/グンネル・リンドブロム

日本におけるベルイマン人気を決定づけた名作。
なのだが、受容のされ方が一種独特で、正統派の宗教的救済映画と採られているところがあって、ちょいモヤる。
モチーフとしてはキリスト教的には完全にアウトだし、キリスト教以前の異文化理解に関してもかなり問題があるプロットなのだが、それでもこの映画が名作であるのは、敢えてそこに触れているからという他ない。
中世スウェーデンを舞台に、敬虔なクリスチャンである農家の娘が、教会への道中で三人の放浪者にレイプ殺害され、その後偶然にも娘の父の家に宿を求めてしまった犯人たちを父は復讐に駆られ殺害する。キリスト教的な赦しと血の報いの間で揺れ動く信仰のゆらぎをストレートに描いた迫力ある映像は見事。ではあるが、一方で物語末尾で泉が湧く奇跡は、信仰の救済とも神の遍在とも読める含みを残しており、議論を呼ぶところだろう。異教徒である養女が絵に描いたようなキリスト教的奇跡で改心するかのように見える描写もかなり乱暴。その違和感こそがベルイマンがこの映画で提起している問題意識であり、彼が追い求めるテーマである「神の不在」を逆説的に表現した作品と言える。


5時から7時までのクレオ Cléo de 5 à 7
1962年 フランス・イタリア合作 90分
★★★★
監督:アニエス・ヴァルダ
脚本:アニエス・ヴァルダ
出演:コリーヌ・マルシャン/アントワーヌ・ブルセイエ/ドミニク・ダヴレー

天才アニエス・ヴァルダの商業長編映画二作目。
第一作「ラ・ポワント・クールト」を撮ってから次作を撮る資金繰りの問題などで7年が経過していた。この作品も様々な予算上、製作上の制約を掻い潜って何とか完成させたような作品で、そういう視点で観ると、いくつかの瑕疵も決定的なものとは見えなくなる。
パリで売り出し中の歌手クレオが癌の検査結果を待つ2時間のあいだ、漠然とした死の恐怖を抱えながら街を彷徨い知人たちと過ごしながらも、彼らの無関心なまなざしによって不安感を掻き立てられていく。
アルジェリア戦争に出征し死の無意味さを語る見知らぬ兵士との束の間の交流から救済を得たクレオは死と向き合う覚悟を決める。
消費される対象としての女性の存在の不安をしっかりと描いているのがヌーヴェルヴァーグ的な軽さとは一線を画す筆致。2時間(映画の中では1時間半)という限定的な現実時間を街を行き交う人々のロングショットやタクシーやバスからの風景の長回しなどドキュメンタリータッチで描いている。一方で時折意識的に挿入される細かいカット割で時間経過を無視するような演出によってクレオの意識の流れを描写するようなシーンもあり、やはりこの人一筋縄ではいかない。その後のヴァルダの作風を考えると結末が陳腐な印象もあるが、様々な製作上の制約を越えてのハッピーエンドと考えると十分頷ける。


ピアニストを撃て Tirez sur le pianiste
1960 仏 84分

監督:フランソワ・トリュフォー
脚本:フランソワ・トリュフォー/マルセル・ムーシー
出演:シャルル・アズナヴール/マリー・デュボワ/ニコール・ベルジ/ミシェール・メルシェ/アルベール・レミー

自分が最初に見た「ヌーヴェルヴァーグ」映画。フレンチ・ノワールっぽい。過去を捨てた酒場のピアニストがならず者の弟のせいで組織に目を付けられてトラブルに巻き込まれる話。どのへんがヌーヴェルなのかよくわからなくてつまらんと思ったのだが、今見直してもやっぱりつまんない。メロドラマっぽさと悲喜劇とノワールのバランスが悪い。それぞれの要素が独立パートみたいになってておさまりが悪いことこの上ない。とりあえず何はさておき、この映画のどの辺が「軽妙」なのか問いつめたい。コミカルに作りたいんだろうけど真面目なんだよね、この人。悪い人ではないし無能でもないんだろうけど、この時期のトリュフォーは才気が先走ってる感じで観ててしんどい。


突然炎のごとく Jules et Jim
1962年 フランス 107分
★★
監督:フランソワ・トリュフォー
脚本:フランソワ・トリュフォー/ジョン・グリュオー
出演:ジャンヌ・モロー/オスカー・ウェルナー/アンリ・セール

トリュフォーの長編3作目。
第一次大戦前後のパリを舞台に、作家志望の優男ジムと奔放な青年ジュール、そして二人を翻弄するように自由に生きるカトリーヌの三角関係を、十数年にわたって追いかけた物語。男同志の友情とそこに割って入るファムファタールによる関係の揺らぎを一貫して描いているが、どこか幼稚さを感じさせる関係性に苛立ちを覚えるのは自分だけではないだろう。最終的に三人が迎える結末は自由がもたらす悲劇ではあるが、成熟を拒否した当然の帰結ともいえる。
この当時のトリュフォーの特徴だが、語り口は軽やかなのに内容は鈍重。カトリーヌの人物造形は時代の限界もあって、ファム・ファタールとしての説得力に欠ける。また、女性の自由恋愛を描きながらも、あからさまに男性の目を通した解放でしかなく、優しいマチズモとでもいうべき男性原理に満ちていて後味は良くない。登場人物が未熟ならば、作り手も未熟で、その未熟さに愛おしさを感じられるかどうかが評価の分かれ目だろう。
恋愛映画としてより未熟さゆえの理想主義が破滅へ向かうまでの速度そのものを描いた習作として見ると納得のいく作品。


去年マリエンバートで L'Année dernière à Marienbad
1961年 フランス・イタリア合作 94分
★★★★
監督:アラン・レネ
脚本:アラン・ロブ=グリエ
出演:デルフィーヌ・セリッグ/ジョルジュ・アルベルタッツィ/サッシャ・ピトエフ

「夜と霧」や「24時間の情事」など、第二次世界大戦を題材にした名作で知られるアラン・レネの商業長編映画第二弾でそれまでの作風とは打って変わった視点による認識の差を巧妙に組み合わせたミステリー・タッチの名作。「羅生門」メソッドの高級版。
題名だけは有名だが意外と見ている人が少ないタイプの作品(偏見)。
ヌーヴェルヴァーグど真ん中の時期に公開された新規性の強いアーティスティックな作風の作品だったためヌーヴェルヴァーグの仲間に入れられることもあるが、経歴的にも作風的にもカイエ派との共通点はどこにもない。耽美的な映像と練りに練った脚本と構成。まさにプロの仕事。一緒くたにされちゃ困るよ。


甘い生活 La dolce vita
1960年 イタリア 174分
★★★★
監督:フェデリコ・フェリーニ
脚本:フェデリコ・フェリーニ/エンニオ・フライアーノ/トゥリオ・ピネッリ
出演:マルチェロ・マストロヤンニ/アヌーク・エーメ/アラン・キュニー/アニタ・エクバーグ

フェリーニの脱ネオレアリズモ作品。
「道」や「カビリアの夜」でネオレアリズモをベースにした作品を作りながらも、ネオレアリズモガチ勢からは伝統破壊と言われて批判されていた虚飾性が更に強くなり、リアルさが欠けた象徴主義的な作品となっている。
10代の頃初めて観た時の印象は、田舎から都会に出て来てインテリになり損ねた消費社会の申し子的な伊達男が、地位を利用して女性と好き放題やりまくった挙句、救いがないことを嘆く退屈な映画というものだったが、見直してみたら概ね印象は同じなものの退屈ではなかった。おそらくそれがノスタルジアなんだろう。年を取ったということ。


8 1/2 8 1/2
1963年 イタリア・フランス合作 140分
★★★
監督:フェデリコ・フェリーニ
出演:フェデリコ・フェリーニ/トゥリオ・ピネッリ/エンニオ・フライアーノ/ブルネッロ・ロンディ
出演:マルチェロ・マストロヤンニ/アヌーク・エーメ/クラウディア・カルディナーレ

「甘い生活 」の表現主義的な色合いをさらに強めて、映画撮影を撮影するというメタな世界を様々な虚飾で彩ったファンタジー作品。作品が作れないクリエイターが苦悩の末、現実逃避しちゃうだけの話で、陳腐と言えば陳腐。正直この作品がここまで評価されるのは、「あのフェリーニが映画作りの苦悩をテーマにしている!」的な、フェリーニのカリスマ性ゆえじゃないかという気がする。「道」と「甘い生活」だけでそういうクラスまで上りつめちゃったフェリーニのブランド力は凄いと認めざるをえないが、作品の内容はわりと退屈。「甘い生活」でめっちゃ怒られた後だったせいか、フェリーニ一流の宗教的モチーフが希薄で、その点も物足りない。


魂のジュリエッタ Giulietta degli spiriti
1965年 イタリア・フランス 144分
★★★★
監督:フェデリコ・フェリーニ
脚本:フェデリコ・フェリーニ/トゥリオ・ピネリ/エンニオ・フライアーノ/ブルネロ・ロンディ
出演:ジュリエッタ・マシーナ/マリオ・ピス/サンドラ・ミーロ

フェリーニ初のカラー作品。
夫の不倫疑惑をきっかけに平凡な主婦ジュリエッタが幻想世界へ沈み込み、自らの抑圧と向き合う物語。フェリーニの意図としては、ジュリエッタが幻影の中で自己の束縛を見つめ直し、最終的に内的解放へと至る姿を描くつもりだったのに対し、主演のジュリエッタ・マシーナは「解放」とは逆方向の「夫に見放された女性の孤独」を演じているという落差がある。マシーナの解釈は実生活の苦味の反映と言えなくもないが、演者をコントロールできてない時点で作品としては半分破綻している。作品内に「魂の自由」と「関係の断絶」が共存しており、その齟齬こそが作品に独特の彩を与えていると言えなくもない。鑑賞後に生じる微妙な違和感は、この視点の食い違いが生むもので、自分的にはマシーナの姿勢の方に説得力を覚えるが、フェリーニ的な幻想の華やかさを信じきれない居心地の悪さが本作の魅力であり、同時に限界でもある。


太陽がいっぱい Plein Solel
1960年 フランス・イタリア 118分
★★★
監督:ルネ・クレマン
脚本:ポール・ジェゴフ/ルネ・クレマン
出演:アラン・ドロン/モーリス・ロネ/マリー・ラフォレ

パトリシア・ハイスミスの小説「リプリー」の映画化作品。
ヌーヴェルヴァーグの標的となった感のある職業監督ルネ・クレマンの代表作であり、アラン・ドロンの出世作となった名作。
小説だとトムは大富豪の息子の友人になりすますのだが、映画は実際に友人という設定の上で彼をローマからアメリカに連れ戻そうとするところから始まる。細かい設定は他にも異なる点があるが、嫉妬と欲望に駆られて彼を殺害し、その身分を乗っ取ろうとする大筋は同じ。
原作のホモセクシャル設定は脚本レベルでは抑えられており、トムのヘテロ嗜好が強調されているのだが、実際の映像はアラン・ドロンの裸体のエロティシズムが抑えきれずに、ホモセクシャル寄りに描かれているように見えてしまうのが皮肉なところ。
アメリカ人がローマに来てるのにずっとフランス語を喋ってる設定がどうにもおかしくて、そういうやや珍妙なところも含めていかにもフランス映画的な大らかさに満ちた作品だと思う。


地下室のメロディー Mélodie en sous-sol
1963年 イタリア・フランス合作 118分
★★
監督:アンリ・ヴェルヌイユ
脚本:ミッシェル・オーディアール/アルベール・シモナン/アンリ・ヴェルヌイユ
出演:ジャン・ギャバン/アラン・ドロン/ヴィヴィアーヌ・ロマンス

ジャン・ギャバンとアラン・ドロンの新旧二大スターの共演が象徴的な、ポスト・ノワールなモダンクライム映画の走りとなった作品。
ジャン・ギャバンの監督溢れる職人芸とアラン・ドロンの若さの勢いのコントラストは抜群で、フレンチ・ノワールを時代遅れの遺物とし、犯罪映画の「世代交代」をそのまま体現している一方、プロット自体はかなり教科書的で、サスペンスの構造に斬新さはない。カジノを狙った大掛かりな窃盗というと「オーシャンズ11」の元ネタとなった「オーシャンと十一人の仲間」が有名だが、あちらは1960年公開。比べると此方はいかにもちゃっちい。コン・ゲーム的要素も殆どないし、何より仕掛けがショボい。フランス映画の悪いところ。こういう大掛かりなケイパームービーを撮るとやはりハリウッドには敵わないと痛感させられてしまう。というかケイパームービーになってないんだよな、此方は。かと言って心理ドラマとして優れているかと言われるとそこまででもない


アラビアのロレンス Lawrence of Arabia
1962年 イギリス 227分
★★★
監督:デヴィッド・リーン
脚本:ロバート・ボルト/マイケル・ウィルソン
出演:ピーター・オトゥール/アレック・ギネス/アンソニー・クイン

アラブ独立の英雄として知られるT・E・ロレンスの伝記映画。あらゆる戦争伝記映画の中でも知名度という点では頂点にある名画と言って良いだろう。
アラブ通の若きイギリス人将校ロレンスがアラブ部族の独立闘争を支援すべく砂漠へ赴き、ゲリラ作戦の成功によって「英雄」として崇められていく一方、肥大化していく自身の名声への陶酔やアラブ部族間の軋轢によって英雄伝説が崩壊していく様を描いた壮大な叙事詩。
アラブ側の視点が希薄で不正確というポスト・コロニアリズム丸出しの作品ではあるが、そもそもT. E. ロレンスの「英雄化」自体がそういう性質の政治的プロパガンダなので、どうやってもその誹りを受ける作品にしかなりようがない。
デヴィッド・リーンは戦って勝つことでしか存在意義を見せられなかったロレンスの立ち位置を批判的に描いていて誠実さを感じるが、このあたりが限界か。
また、この作品はこういう国別分類をすると、かなりの確率で「アメリカ映画」に分類されちゃいがちなのだが、アメリカ資本は製作に一切関わっていない。イギリス人監督がイギリス人俳優を使ってイギリス人の英雄を撮った映画で、アメリカ要素はどこにもない。コロンビアピクチャーズが資金出して配給権獲得しただけ。AFIが「偉大なアメリカ映画」に選ぶのでみんなそう信じてしまってるが、とんでもない話。こういう大作はみんなハリウッド映画だと素人が思ってしまうのは仕方ないが、AFIのような一種公的機関がそういう雑なカテゴライズをして歴史修正に加担するのはいかがなものかと思う。


テオレマ Teorema
1968年 イタリア 105分
★★★☆
監督:ピエル・パオロ・パゾリーニ
脚本:ピエル・パオロ・パゾリーニ
出演:テレンス・スタンプ/マッシモ・ジロッティ/シルヴァーナ・マンガーノ

鬼才パゾリーニの問題作。
裕福なブルジョワ一家の屋敷に名もなき若い訪問者「テオレマ」が現れ、家族全員と肉体関係を結んだのち突然去っていき、残された家族たちは全員発狂する、という意味不明のストーリー。モチーフは面白いのだが、テオレマを神と悪魔の二面性を持つ存在のように描きながらも、作り手が二項対立的なキャラクタライズを頑なに拒否するので視点がぶれて混乱を招いているという困った映画。パゾニーニがシンパシーを寄せる共産主義的解釈に基づき、テオレマはあくまで外部からのショック・ドクトリンのようなものだとみると、腐敗したブルジョワの没落は必然といういかにもマルクス主義的史観の補強にしかならず、それはそれで陳腐。なので、宗教的、政治的な二項対立を越えたどちらでもない存在として描きたかったのだろうが、そうはなってないようにも見える。意図も意欲もわかるが昇華し切れてない惜しい作品。


殺し La commare secca
1962年 イタリア 92分
★★★★
監督:ベルナルド・ベルトルッチ
脚本:ベルナルド・ベルトルッチ/セルジオ・チッティ
出演:フランチェスコ・ルイウ/ジャンカルロ・デ・ローザ/ヴィンチェンツォ・チッコラ

パゾリーニの「弟子」的存在だったベルトルッチが21歳で撮った長編商業映画デビュー作。ローマで起きた娼婦殺しの容疑者となった貧困層の市民たちの取り調べの回想シーンでストーリーは組み立てられていくが、全員の証言が微妙に食い違っているといういわゆる「羅生門」スタイル。てゆーか、割と素直なパクりレベル。
貧困層の若者たちの証言がいかに自己防衛的で、断片的で、そして虚無に満ちているかを描くのが主題であり、素人俳優を使っていることもあって手法とモチーフは遅れて来たネオレアリズモ的。技量的には粗削りだが、複数の視点をずらして配置するモンタージュ感覚の演出がヌーヴェルヴァーグ的とも言われた。完成度よりも「若さゆえの冷酷さ」が作品を貫く一点に価値があり、未熟さが必ずしも瑕疵となっていない稀有な例かもしれない。


若者のすべて Rocco e i suoi fratelli
1960年 イタリア 177分
★★★★
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/マッシモ・フランチオーザ/エンリコ・メディオーリ
出演:アラン・ドロン/レナート・サルヴァトーリ/アニー・ジラルド/カティーナ・パクシヌー/ ロジェ・アナン/クラウディア・カルディナーレ/アレッサンドラ・パナーロ

ヴィスコンティの最後のネオレアリズモ風作品。
南イタリアの貧しい未亡人と4人の息子が、ミラノに住む長男を頼って上洛、都会での残酷な現実に直面しながらもがき苦しむさまを描いた群像劇。あるものは破滅へと、あるものは地道な成功を手に入れる。それは都会のもつ両面を映し出している。南北格差・階級移動・近代化の暴力といった巨大な主題を貧困家族の物語に圧縮した野心作だが、そこで描かれるリアリズムは「ベリッシマ」や「揺れる大地」のような力強さに欠けており、むしろその前の「夏の嵐」や「白夜」で提示されたロマンチシズム寄りになっている。本作では変えられない運命を階級の宿命として受け入れるしかないという悲劇的構造を放置するのだが、次作「山猫」では滅びる階級社会のリアリズムを精密に描いたうえで、その階級構造の昇華を次世代に託すという形で歴史群像劇としてスケールアップさせた。そういう意味でも本作は後のヴィスコンティの創作にとって大きな分岐点となった作品と言えるだろう。


情事 L'avventura
1960年 イタリア・フランス合作 141分
★★★★
監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ/トニーノ・グエッラ/エリオ・バルトリーニ
出演:モニカ・ヴィッティ/ガブリエル・フェルゼッティ/レア・マッサリ

アントニオーニの「愛の不毛三部作」第一弾。
無人島で突然失踪した若い女性を探す婚約者の男と友人の女が惹かれ合うという、ここまでは割とありそうなチープなメロドラマなのだが、その過程の中で、捜索対象であるはずの失踪者の存在が二人の記憶から消えていき、友人の女と失踪した女の存在が同化していく。愛の代替可能性をシニカルに描いたもので、後のアニエス・ヴァルダの「幸福」と同じテーマだが、こちらの方がどことなく背徳感を漂わせている分、倫理的。その分観るものをより深く混乱させる。
男は同化=代替可能性を受け入れるが、女はその不条理性に気づく。結果、愛は不毛のまま終わるのかと思いきや、最後は合理性を欠いた唐突な裏切りの演出で幕を閉じる。その裏切りの不条理さも含めてアントニオーニ的。


赤い砂漠 Il deserto rosso
1964年 イタリア・フランス合作 120分
★★★★☆
監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ/トニーノ・グエッラ
出演:モニカ・ヴィッティ/リチャード・ハリス/カルロ・キオネッティ

アントニオーニが「愛の不毛三部作」のあとに撮った初のカラー作品。
これも人間関係の不毛や疎外感を描いた映画なのだが、「不毛四部作」と呼ばれないのは、これだけカラー作品で、都会じゃなくて工業地帯が舞台で、愛の有無よりも個人の不安に焦点を与えているので、仲間に入れてもらえなかったが、本質的なテーマに大きな差はない。単純に語呂合わせ的なもの。工業地帯のくすんだ色合いと人工的な色彩が閉塞感をより強調していく映像の説得力は見事だが、テーマとしての疎外感や孤独は、人間の関係性の不在という形で「太陽はひとりぼっち」の中で語り尽くされており、それ以上の新規性はない。この映画単体で見ると大傑作だが、アントニオーニ作品の連続性という観点で見るとやや後退とみられるのは致し方ないところか。


欲望 Blowup
1967年 イギリス・イタリア・アメリカ合作 111分
★★★★
監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ/トニーノ・グエッラ/エドワード・ボンド
出演:デヴィッド・ヘミングス/ヴァネッサ・レッドグレイヴ

アントニオーニがイギリスに渡り、当時のスウィンギング・ロンドンと呼ばれたポップ・カルチャーが花咲くロンドンを舞台に、公園で偶然犯罪現場を遭遇してしまった「かもしれない」写真家の不信と動揺が事件究明よりも究極的な無関心へと帰着する様を描いたサイコミステリー。写真に写る画像は知覚の限界を、死体が消えるという記憶の錯誤は認識の限界を示し、真実の把握を放棄する諦観が有名なテニスコートのパントマイムシーンへとつながる。と、綺麗にまとめたいところだが、実際の作りはわりとgdgdで今改めて見直すとアントニオーニが創作の下降局面に入ったようにも見える問題作。


昼顔 Belle de jour
1967 フランス・イタリア合作 100分
★★★
監督:ルイス・ブニュエル
脚本:ジャン=クロード・カリエール/ルイス・ブニュエル
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/ジャン・ソレル/ミシェル・ピコリ

スペインの鬼才ルイス・ブニュエルがフランスをベースに活動した晩年の傑作の一つ。
結婚生活は円満なものの、肉体的欲望を満たせず空虚さと抑圧を抱えているカトリーヌ・ドヌーヴ演じる良家の若妻が、午後の数時間だけ娼婦として働き始め性的充足感を得るが、若きギャングに執着され幻想と現実の境界が崩れていき夫への愛と罪の意識の間で揺れ動く。当然のことながら物語は悲劇で幕を閉じるのだが、それを彼女の解放と見せるようなラストシーンの幻想はブニュエルらしい偽悪趣味だとしてもさすがにちょっと辛い。


小間使の日記 Le Journal d'une femme de chambre
1964年 フランス・イタリア 98分
★★★★
監督:ルイス・ブニュエル
脚本:ルイス・ブニュエル/ジャン=クロード・カリエール
出演:ジャンヌ・モロー/ミシェル・ピッコリ/ジョルジュ・ジェレ

オクターヴ・ミルボーの著名なフェティシズム小説を足フェチ監督として名高いブニュエルが映画化した問題作。
パリから田舎の邸宅に小間使いとして働きに来たジャンヌ・モロー演じる都会娘は、上品ぶった夫人、変態的な靴フェチの主人、陰湿な家政婦、反ユダヤ的で暴力的な下男ジョゼフら、歪んだ住人たちの間に放り込まれる。彼女は観察者として距離を取りつつも、欲望と権力がうごめく屋敷の力学に巻き込まれていく。やがて近所の少女が惨殺され、ジョゼフが真犯人と思われるが、決定的証拠はなく、小間使いは彼を利用しつつも、結果的にはファシズムの台頭に加担するような位置へと滑り落ちていく。原作の階級構造風刺をファシズム批判へ転換した冷酷な再解釈で、屋敷をそのままミニチュア社会として機能させる構造は見事だが、そこに外部者として関わる主人公の立ち位置が曖昧になり、ジャンヌ・モローの女優性に依存してしまっているのが、ブニュエルとしては不本意だったのではないか。


2001年宇宙の旅 2001: A Space Odyssey
1968年 イギリス・アメリカ合作 142分
★☆
監督:スタンリー・キューブリック
脚本:スタンリー・キューブリック/アーサー・C・クラーク
出演:キア・デュリア/ゲイリー・ロックウッド/ウィリアム・シルベスター

史上最強クラスに過大評価されているダメな映画の代表。
宇宙空間のリアルさなんて、一生見ることがないわけで、何とでもいえる。そんなもの、不倫の美しさを描くのと同じくらいどうでもいい描写だ。
しかもプロットがめちゃくちゃ陳腐。自分が最初に見た1980年時点でだいたい80%くらいの確率でホントにこれが名作?という反応になるのが普通だったわけで、2001年を遥かに過ぎて、2020年代ともなるとアホちゃうかというくらいの位置づけになるはずなのに、どんどん神格化されてる感があるのが怖い。みんなちゃんと観ようよ。
猿がモノリスに触れたら知性がつきました、とか、人を馬鹿にするにもほどがある。
この映画で一番面白いというか唯一意味があるのはHALがIBMの1字違いだという豆知識かな。


007/ロシアより愛をこめて From Russia with Love
1963年 イギリス・アメリカ合作 115分
★★★
監督:テレンス・ヤング
脚本:リチャード・メイボーム
出演:ショーン・コネリー/ダニエラ・ビアンキ/ペドロ・アルメンダリス

いわずとしれた007シリーズの第二弾で、スパイ映画の古典的名作。
一作目「ドクター・ノオ」が大ヒットして作られた続編で、普通こういうものは駄作と相場が決まっているのだが、前作を上回る素晴らしい出来で、前作以上に大ヒットした。予算倍増で一作目の成功要素(海外ロケ+スパイ・アクション+ユーモア+セックスアピール)をうまくアップデートして、南国リゾート+秘密基地のシンプルなB級SFスパイ譚だったのを、冷戦構造の中での謀略を巡らせる王道スパイものにスケールアップさせ、アクションも地味な銃撃戦メインから屈強な殺し屋との格闘やヘリコプターによる追跡、ボートでの脱走など本格的なものにグレードアップ。プリタイトル・シークエンスやQが紹介するガジェットは今作で初登場、その後のシリーズで必須となるフォーマットが確立した。映画のクオリティとしては続く「ゴールドフィンガー」で頂点を極めた様相だが、その後も60年以上続けてるのは凄いの一言。


召使 The Servant
1963年 イギリス 112分
★★★★
監督:ジョゼフ・ロージー
脚本:ハロルド・ピンター
出演:ダーク・ボガード/ジェームズ・フォックス/サラ・マイルズ/ウェンディ・クレイグ

赤狩りでハリウッドを追われ、イギリスを拠点に活動を続けたジョセフ・ロージーのイギリス時代の代表作。
「コンクリート・ジャングル」「エヴァの匂い」と秀逸なプロットながらハリウッド仕立てに比べるとどうにも貧相さを感じさせてしまっていた旧作群と比べると、没落しかけている若い英国貴族と彼がロンドンのアパートで雇った召使志望の中年男との間の支配/被支配関係の逆転を描く本作は英国ならではの意固地の悪さが上手くサスペンスとして機能しており、秀逸な作品に仕上がっている。両者の不可思議な関係性に両者の恋人が絡んできて複雑な四角関係のような様相を呈するが、心理ドラマとしては意外と薄っぺらい。ダーク・ボガードが醸し出す絶対的な空間の現出が見事。空虚な空間で繰り広げられるどこか間の抜けた権力ゲーム的マウントの取り合いが馬鹿馬鹿しくも美しく描かれる。実はロージーが描いている支配/被支配と権力ゲームの世界観は「エヴァの匂い」でも、本作でも、007のパロディ的カルトムービーとして名高い「唇からナイフ」でもほぼ一貫しており、舞台装置と撮り方で異なる色付けしているだけだったりする。


ローマで夜だった Era notte a Roma
1960年 イタリア 135分
★★★☆
監督:ロベルト・ロッセリーニ
脚本:セルジオ・アミディ/ディエゴ・ファッブリ/ブルネッロ・ロンディ/ロベルト・ロッセリーニ
出演:ジョヴァンナ・ラッリ/セルゲイ・ボンダルチュク/レナート・サルヴァトーリ

ヌーヴェルヴァーグの方々に絶賛されて世評的には絶頂だったはずのロッセリーニだが、バーグマンと別れてから作る映画はどんどんシブくなっていく。デ・シーカがネオレアリズモをうまく大衆演芸的な世界にテイラーメイドさせられたのに対し、ロッセリーニはいつまでもリアルさに拘り続けて、時代の趨勢から離れて行った感がある。本来はアントニオーニのような立ち位置に行くべきだったはずなんだが、どこでボタンを掛け違えたのか。この作品も前作「ロベレ将軍」に続く戦時下のレジスタンスもの。女性視点になっているところが過去作との違いか。手慣れた素材を手慣れた手腕でうまくまとめてはいるが、「無防備都市」のような爆発力に欠けるのは仕方ないところか。


サムライ Le Samouraï
1967年 イタリア・フランス合作 105分
★★★★
監督:ジャン=ピエール・メルヴィル
脚本:ジャン=ピエール・メルヴィル
出演:アラン・ドロン/ナタリー・ドロン/カティ・ロジェ/フランソワ・ペリエ/ロジェ・フラデ

フレンチ・ノワールの鬼才ジャン=ピエール・メルヴィルの代表作。
孤高の殺し屋ジェフ・コステロの日常と破滅を極限まで削ぎ落とされた語り口で描くフレンチ・フィルム・ノワールの金字塔。無機質なアパルトマン、周到に積み重ねられる儀式のような行動、鉄壁のアリバイ。ジェフは完璧な手順に従って仕事をこなすが、ある殺しをきっかけに警察と雇い主の双方から追い詰められていく。説明的な台詞や感情表現をほぼ排除したメルヴィル独特の世界観が際立つ逸品。
本作の本質的価値は、犯罪をめぐる攻防のスリルにはなく、殺しという任務に殉じる者の孤独と自己消失にある。メルヴィルは犯罪映画の形式を借りながら、行為の理由や心理を説明せず、沈黙と反復で人物そのものを画面に投射させる。そこには感情も論理も功名も自己愛もなく、ただ消失する存在があるだけ。犯罪映画の究極の到達点ともいうべき完成度だが、「サムライ」というタイトルの珍妙な陳腐さがすべてを台無しにしている惜しい名作。


more to come…(近日公開予定)

幸福 ~しあわせ~ Le Bonheur
1965年 フランス 79分
★★★★★
監督:アニエス・ヴァルダ
脚本:アニエス・ヴァルダ
出演:ジャン=クロード・ドルオー/マリー・フランス・ボワイエ/クレール・ドルオー

唇からナイフ Modesty Blaise
1966年 イギリス 119分
★★★☆
監督:ジョゼフ・ロージー
脚本:エヴァン・ジョーンズ/ハロルド・ピンター
出演:モニカ・ヴィッティ/テレンス・スタンプ/ダーク・ボガード

少女ムシェット Mouchette
1967年 フランス 78分
★★★★☆
監督:ロベール・ブレッソン
脚本:ロベール・ブレッソン
出演:ナディーヌ・ノルティエ/ポール・エベール/マリア・カルディナール


その他、1960年代のヨーロッパ映画の名作のレビューはこちらにもあります




★★★★★ 映画史に残る名作、必見
★★★★☆ 傑作、見ないと損
★★★★ 秀作、見るべき
★★★☆ 快作、見た方がいい
★★★ 良作、見る価値あり
★★☆ 佳作、悪くないので見て損はない
★★ 凡作、時間があれば見てもいいかも
★☆ 迷作、色々ダメだが見たいなら止めない
★ 駄作、ダメな映画のサンプルとして見るなら止めない
☆ 愚作、人生の苦難に耐える訓練として見るなら止めない
💀 見るべき理由が一切ないゴミ、時間の無駄


ヨーロッパ映画の感想はこちらもどうぞ


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