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映画感想(16) ヨーロッパ映画 (2000~2009)

サブスクで見た有名な作品のちょっとした感想を書いてます。順不同。
備忘録みたいなものですね。随時追加していきます。


プライドと偏見 Pride & Prejudice
2005年 イギリス/フランス/アメリカ合作
127分
★★★★☆
監督:ジョー・ライト
脚本:デボラ・モガー
出演:キーラ・ナイトレイ/マシュー・マクファディン/ドナルド・サザーランド/ブレンダ・ブレッシン/ジュディ・デンチ/ロザムンド・パイク

18世紀イギリスを代表するジェイン・オースティンの古典的名作小説の、何度目かわからないくらい何度も映像化されている作品だが、現時点の知名度では本作が最も高いのではないか。「パイレーツ・オブ・カリビアン」のエリザベス・スワン役で一躍スターダムにのし上がったキーラ・ナイトレイが初主演を務めた作品。
キーラ・ナイトレイは当時19歳、テレビ畑で経験を積んでいた当時33歳のジョー・ライトは初の商業映画作品であった。
若い才能がタッグを組んで古典的名作に新たな息吹を与えている。自然光を生かした撮影、泥や風の感触まで伝える田園描写、舞踏会の長回しに象徴される野心的な演出が、19世紀英国の社会風景をクラシックでありつつもモダンな空間として飾り立てる。キーラ・ナイトレイのエリザベスは現代的自立心を帯びつつも18世紀英国の制約に縛られた緊張を失わない。
古典を現代の価値観にテイラーメイドした作りが作り手の才気を引き立てている。90年代以降停滞感のあった英国映画界に現れた新星の可能性を示した点で重要な作品と言える。


つぐない Atonement
2007年 イギリス・フランス・アメリカ合作 123分
★★★★
監督:ジョー・ライト
脚本:クリストファー・ハンプトン
出演:ジェームズ・マカヴォイ/キーラ・ナイトレイ/シアーシャ・ローナン/ヴァネッサ・レッドグレイヴ/ブレンダ・ブレッシン/ベネディクト・カンバーバッチ/ジュノー・テンプル

第二次世界大戦前のイングランドを舞台に上流階級の屋敷で起きたある誤解をきっかけに、若い男女の人生が大きく狂っていく様子を描いた2001年刊行のイアン・マキューアンの同名小説を原作とする作品。監督のジョー・ライトにとっては「プライドと偏見」に続き、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったキーラ・ナイトレイとタッグを組んで放った文芸大作である。助演のシアーシャ・ローナンにとっても実質商業映画デビュー作であり、彼女の才能を世に知らしめた出世作でもある。
物語は戦前から第二次世界大戦下、さらに戦後へと時間を横断しながら進行する。身分を越えた恋愛と階級の壁や恋愛そのものに対する偏見が少女の想像力を歪め、彼女の意図的ともいえる錯誤が取り返しのつかない結果を生み、関わるものすべての人生を変える。
思春期の少女の持つ潔癖性と残虐性を体現するシアーシャ・ローナンの演技が見事。グリーンドレスの場面に象徴される古典的ロマンチシズムと、ダンケルク撤退を長回しで捉えた惨禍の対比が時の経過と不可逆性の残酷さを物語る。幸福な結末で虚飾した創作による贖罪の空虚さが痛々しい。


戦場のピアニスト The Pianist
2002年 フランス・ドイツ・ポーランド・ドイツ・ポーランド・イギリス 150分
★★☆
監督:ロマン・ポランスキー
脚本:ロナルド・ハーウッド/ロマン・ポランスキー
出演:エイドリアン・ブロディ/エミリア・フォックス/トーマス・クレッチマン/ミハウ・ジェブロフスキー

第二次世界大戦下のワルシャワで迫害を生き延びた実在のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの回想録をロマン・ポランスキーが映画化した作品で、カンヌ映画祭のパルムドールとオスカーの監督賞・作品賞などを総なめした歴史的作品。
ゲットー封鎖から都市崩壊までをほぼ一人のサバイバーの視点に限定して追う構成が特徴だが、ただ逃げ回るだけ、出来事が断片的に積み重なっていくだけの平坦で直線的な展開は、ナチス支配の歴史的意義やユダヤ人社会の運命の過酷さなど重要な視点をおざなりに捨て置いてしまっている。映画はなんら明確なメッセージを伝えられず、ただひたすら逃げ回るサバイバー個人の運が良かったのね、以上の描写はない。
映画公開の時点ではゲットーや収容所での虐殺を明示的に映像化したメジャー配給作品は「シンドラーのリスト」くらいしかなく、また監督のポランスキー本人が実際のゲットーからの逃亡者であるという特異性もあって作品のクオリティ以上に象徴的な存在としての評価を得てしまっている。
オスカーの主演男優賞を受賞したブロディの演技は抑制が効いて説得力があるが、「ただ生き残る個人」に人物描写が集約され、ドラマとしての起伏は乏しい。ポランスキーにしては妙に誠実な作りではあるものの、テーマの重さに対して映画的な創造性は皆無で、強い余韻を残すまでには至らない。純映画的には失敗作に近い佳作。


ダンサー・イン・ザ・ダーク Dancer in the Dark
200分 デンマーク・ドイツ・イギリス・フランス・アメリカ・スウェーデン・フィンランド・アイスランド・ノルウェー合作 140分
★★★☆
監督:ラース・フォン・トリアー
脚本:ラース・フォン・トリアー
出演:ビョーク/カトリーヌ・ドヌーヴ/ピーター・ストーメア/デヴィッド・モース/ジョエル・グレイ/カーラ・シーモア

1960年代のアメリカを舞台に、視力を失いつつある移民女性セルマが、息子の手術費用を稼ぐために過酷な労働に身を投じる献身的な姿と卑劣な裏切りによる破滅を描いた異色のミュージカル映画。「奇跡の海」などで知られるラース・フォン・トリアーの美点と課題が同居した問題作。
ホームムービーのような肌触りの前半は、子どもを守ろうとする母親の愛の強さが最も純度の高い形で描かれた物語として際立っている。母セルマの想像力が生み出すミュージカルは逃避ではなく、理不尽な現実に押し潰されないための防衛反応であり、そこには弱者が尊厳を保つための切実な現実が描かれている。
しかし後半、物語は悲劇性を強める一方で、悪意をもった男性原理や制度的暴力は裁かれないまま終わる。結果として、女性の献身だけが美しく純化され、彼女を追い詰めた世界は免責されてしまう。このアンバランスさは強烈な感情喚起と引き換えに、倫理的な違和感を惹起させる。結果として死への恐怖が過剰に強調される終盤の構成は人間の尊厳を問う深遠さよりも作り手の悪意を強調させる効果しか産んでいない。
アイスランドのオルタナロックバンドシュガーキューブのボーカルとしてロックファンにもお馴染みのビョークの鬼気迫る熱演が光るが、この撮影時ビョークは常時トリアーのセクハラのターゲットに晒されていたのだと知ると、この迫力ある演技の裏にある非倫理性に打ちのめされる。駄作ではないがそれだけに尚更鑑賞する側の良識が問われる作品。


リトル・ダンサー Billy Elliot
2000年 イギリス 111年
★★★★☆
監督:スティーブン・ダルドリー
脚本:リー・ホール
出演:ジェイミー・ベル/ジュリー・ウォルターズ/ゲイリー・ルイス/ジェイミー・ドラヴェン

舞台監督として名を馳せていたスティーブン・ダルドリーの商業映画デビュー作。
炭鉱ストの渦中にある80年代の北イングランドで、労働階級の少年がバレエに出会い、自分の身体の可能性に賭けていく。どん底から這い上がるサクセスストーリーではあるが、階級と共同体の圧力が常に日常を縛っている現実からの「救い」となるバレエは、高尚な芸術ではなく息苦しい環境で生きる糧を確保するための生存技術として描かれている。
ここでの「バレエ」は階級社会からの解放のメタファーであると同時に、労働階級の誇りやマチズモの規範と真正面から衝突するクロスジェンダー性を帯びていることから、少年の才能は単なるコミックリリーフでもロマンでもなくある種の社会的メッセージとなる。炭鉱の町の労働階級の「男の子」がその階級の束縛がもらたす循環から解放されるにはある種の「異能」が必要という建付けの中で、少年がバレエに魅せられるというジェンダーニュートラルな設定は、決して奇抜さによる喜劇性を狙ったわけではなく、現実のイギリス社会のリアルさの裏返しである。映画は「異能」がマチズモの価値観と正面からぶつかりながら、そこから逃避するための現実解として作動する様をリアルに描いている。マチズモの中で生きるしかない父や兄が、少年の「異能」を感じ取ることで、抵抗勢力から共闘者へとそのポジションを変えていく過程が、この映画の誠実さを表している。


チャーリーとチョコレート工場 Charlie and the Chocolate Factory
2005年 イギリス・アメリカ・オーストラリア合作 115分
★★★★☆
監督:ティム・バートン
脚本:ジョン・オーガスト
出演:ジョニー・デップ/フレディ・ハイモア/デイビッド・ケリー/ヘレナ・ボナム=カーター/ノア・テイラー/アイリーン・エッセル

ロアルド・ダールの、子供が読むにはやや毒塗れのどぎつい児童小説を、毒の扱い方に長けたティム・バートンがうまく原作の毒を処理しつつハリウッド級の予算と技術で普遍的な児童文学映画として再構築した傑作ファンタジー。勝者は清貧で純朴な少年、敗者は欲望まみれの子どもたち、という勧善懲悪の骨格は明快だが、世界観はいつものバートンワールド寄り。工場の色彩と造形は甘美でグロテスク、奇妙に清潔で、夢の国というより管理された実験室に近い。
ジョニー・デップのウォンカに過去のトラウマを足したぶん人物像は説明的になり、ダール原作の残酷さは薄まった印象もある。家族観の補強は本作の本来のターゲットである子供連れの家庭に与える安心感と引き換えに作品の持つ毒の切れ味を鈍らせている面はあろう。
それでも、英国的題材と英国の現場感を纏いながら、制作の意思決定やパッケージングはハリウッドサイドに寄った英米合作のブロックバスター的大作としての完成度は極めて高い。バートンの商業映画監督としての意外なほどの洗練度が伺える逸品。


スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師 Sweeney Todd: The Demon Barber of Fleet Street
2008年 イギリス・アメリカ合作 116分
★★★★☆
監督:ティム・バートン
脚本:ジョン・ローガン
出演:ジョニー・デップ/ヘレナ・ボナム=カーター/アラン・リックマン/ティモシー・スポール/ジェイン・ワイズナー/サシャ・バロン・コーエン/ローラ・ミシェル・ケリー

スティーヴン・ソンドハイムのブロードウェイ・ミュージカルをベースに、18世紀ロンドンを舞台に無実の罪で人生を破壊された理髪師が復讐に燃えるシリアルキラーと化す様を鬼才ティム・バートンが映画化した異色のミュージカル映画。ジョニー・デップとヘレナ・ボナム=カーターというバートン組とがっちりタッグを組んだ、バートンらしい気色の悪さが満ち満ちている名作。
ミュージカルでありながら高揚感も祝祭性も全く感じられない、残虐な殺意とダークな装飾に満ちた地獄絵図を徹底して描く「血」のドラマである。殺戮の描写はグロテスクだが、どこかコミカルに様式化されたミュージカルシーンと目的を逸脱した個人の怨念の無軌道な暴走が、社会全体の病理へと拡張されていくかのような錯覚を抱かせる。
デップが演じるスウィーニーの狂気はこの世を達観したようなシニカルさと世界に対する絶望で覆われ、徐々に復讐の対象が世界そのものへと移り変わっていき、リベンジストーリーとしてのカタルシスは希薄となる。
惨たらしい暴力の連鎖を陰鬱な映像と陽性の音楽の対比によるブラックユーモアで包み込むその冷笑感こそが本作の美質であり、感情移入を拒みながらも世界そのものの歪みを突きつけるバートン後期の一つの到達点と言えるだろう。ちょっと褒めすぎか。


バッド・エデュケーション La Mala Educación
2004年 スペイン 105分
★★★☆
監督:ペドロ・アルモドバル
脚本:ペドロ・アルモドバル
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル/フェレ・マルティネス/ルイス・オマール/ハビエル・カマラ/レオノーラ・ワトリング

アルモドバルの神学校での経験を下敷きにした半自伝的ミステリー。
フランコ体制下スペインの神学校を舞台に、信仰と抑圧、友情と欲情と虚構が絡み合う陰湿な過去をミステリー形式で掘り返す作品である。映画監督としてスランプ気味のエンリケは神学校時代の親友が持ち込んで来た脚本に少年同士の恋愛関係と神父の性的虐待が赤裸々に描かれていることに驚愕し次作への採用を決める。物語は、この再会をきっかけに真実が明るみになる中でエンリケのクリエーターとしての矜持と個人的な感情との相克が試される展開となる。
カトリックの聖職者の性加害はこの映画が作られた時点でも制度的に反復され隠蔽されてきた構造的犯罪として認識され始めていたわけだが、カトリックが国教とも言って良いスペインでは批判が許されない状況があったことは想像に難くない。エンリケが性加害を映画内映画の題材として描こうと試みたことは、そういった状況への遠回しの批判を示唆してはいるが、明るみになる更に衝撃的な真実の前ではその告発すら単なる創作の一部へと回収されて無力化される。その顛末こそがアルモドバルが描きたかった信仰の抑圧構造なのかもしれないが、切れ味は悪く、どこか他責的にも見えてしまうところが痛い。


ボルベール〈帰郷〉 Volver
2006年 スペイン 120分
★★★★★
監督:ペドロ・アルモドバル
脚本:ペドロ・アルモドバル
出演:ペネロペ・クルス/ロラ・ドゥエニャス/ヨアナ・コボ/カルメン・マウラ/ チュス・ランプレアベ/ブランカ・ポルティーヨ

スペインのラ・マンチャ地方を舞台に、母と娘、姉妹、近隣の女性たちが織りなす死と復活を巡るヒューマンドラマ。主演のペネロペ・クルスにとっても監督のペドロ・アルモドバルにとっても最高傑作の一つと言って良い傑作である。第59回カンヌ国際映画祭では主演のペネロペ・クルスを含む出演した女優6人全員に対して女優賞が贈られた。
同監督の傑作「オール・アバウト・マイ・マザー」でも主題となっていた父性の暴力を生き延びてきた女性たちの連帯がここではより強固で緊迫性を帯びたものとして機能する。彼が一貫して描いてきた父性の暴力は此処でも重要なモチーフとして機能するが、今作においては父親が殺されることで逆に女性たちが窮地に陥る構造が提示されており、父性の暴力性から女性は解放されることはないという強固な信念が語られる。それはホモセクシャルを公言する監督自身にあっても自らの男性性からは逃れられないというジレンマに基づく認識なのかもしれない。
世界は変わらない。世界は酷くて醜いけど、優しい。だから変わらなくてもいい。変わらないことを前提に、なお生を肯定する。それが救いだ。
甘い。だけどその甘さは信用できる甘さと言って良いだろう。


抱擁のかけら Los abrazos rotos
2009年 スペイン 128分
★★★☆
監督:ペドロ・アルモドバル
脚本:ペドロ・アルモドバル
出演:ペネロペ・クルス/ルイス・オマール/ブランカ・ポルティージョ/ホセ・ルイス・ゴメス/ルーベン・オチャンディアーノ

アルモドバルが定期的に撮るクリエーターを主人公にした半自伝的作品。
事故で視力を失った映画監督が、かつての恋敵だった実業家の男の死をきっかけに、禁断の恋の鞘当てによって切り刻まれてしまった自らの映画作品の記憶を手繰り直す。
一人の美しい女性への支配欲求をめぐる争いは、経済力と芸術という正反対の要素を表に出しつつも、それらはいずれも本質的にマチズモの暴力でしかなく、両者は結局同じ場所に立っている。過去の因縁の真相が暴かれていく過程はミステリーとしては秀逸ではあるが、すべてが明るみになった時にどっちもどっち感が否めない展開となる。その均衡の悪さが、本作を単なるメロドラマにもアートの矜持を語る文芸作品にも振り切れないものにしている。
前作「ボルベール」では年齢相応の生活に疲れた地方出身の女性像を見事に演じてみせたペネロペ・クルスが、本作ではただ存在するだけでファム・ファタール化してしまう究極の悪の美を表現している。
極言すれば、彼女のその過剰な美しさこそがこの映画の主題なのかもしれない。


ヒトラー 〜最期の12日間〜 Der Untergang
2004年 ドイツ・オーストリア・イタリア合作 156分
★★★★
監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル
脚本:ベルント・アイヒンガー
出演:ブルーノ・ガンツ/アレクサンドラ・マリア・ララ/ユリアーネ・ケーラー/トーマス・クレッチマン/ウルリッヒ・マテス/コリンナ・ハルフォーフ/ハイノ・フェルヒ/ウルリッヒ・ネーテン/マティアス・グネーディンガー/ビルギット・ミニヒマイアー

1945年4月のベルリン市街戦に臨む総統地下壕に視点を限定し、ドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーとナチス帝国の最期の日々を描く歴史ドラマ。重厚さと妙な滑稽さが同居するナチス映画の決定版。
終盤、連合軍がベルリンに迫る中、ヒトラーが地下壕の会議室で司令官たちを激しく叱責し、裏切りや無能を責め立てる場面はインターネットミームとして数々のパロディを産んでいるが、映画のオリジナルシーンそのものが十分可笑しい。
あの可笑しさはトランプやネタリエフやプーチンやそれらと比べると遥かに小物だが高市の可笑しさと同じなのに、彼らは笑われない。彼らにはこの映画の中でヒトラーに常に纏わりついている馬鹿馬鹿しいほどの重厚さがないからだ。現実世界の映像の演出は軽い。その軽さが虚飾の真実性を高めてしまう。
20年前の映画だが、今こそこの映画の価値はさらに高まっていると言えるのかもしれない。


ピアニスト La Pianiste
2001年 フランス 132分
★★☆
監督:ミヒャエル・ハネケ
脚本:ミヒャエル・ハネケ
出演:イザベル・ユペール/ブノワ・マジメル/アニー・ジラルド

「ファニー・ゲーム」上梓時には一部審査員に席を立たれたハネケが、カンヌで見事リベンジを果たし審査員グランプリ(監督賞)を獲得した作品。だが、やはり問題作。
ウィーンの音楽院で教鞭を執る未婚の中年女性が、支配的な母親からの抑圧によって異常な性的欲望を抱くようになり、年下の教え子からのストーキングにも似た行為を常識の枠内で拒否するものの、最終的には受け入れて自らの変態性欲のはけ口として発散させようとした結果破綻するという、書いてしまうとおっさんの妄想レベルのキモいアホみたいなストーリー。支配・被支配の逆転と関係性の破綻をテーマとしていることは理解できるが、性別が逆だと映像作品として「倫理的に」成立しないので、そのような作品として受容するとしても普遍性は乏しくクオリティは低い。
ハネケは常に不快感を意図的に想起させることで破綻した世界観の解釈を観客側に委ねるが、この作品ではそれがうまく嵌っているとは言い難い。


ぼくのエリ 200歳の少女 Låt den rätte komma in
2008年 スウェーデン 115分
★★★☆
監督:トーマス・アルフレッドソン
脚本:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト
出演:カーレ・ヘーデブラント/リーナ・レアンデション/ペール・ラグナル/ペーテル・カールベリ/イーカ・ノード

切ないボーイ・ミーツ・ガール・ストーリーの純愛ホラー映画として北欧映画としては異例のヒット作となった異色作。
邦題はあきらかにそちらがわに誤読させようとする意図が見え見えだが、実際にはホラーやロマンスとはかなり離れた地点に立つ作品と言える。
オスロの郊外の母子家庭で育ち、学校からも社会からも疎外され生き延びること自体に精一杯な少年オスカーが初めて外界で「信頼できる」と感じた存在が、たまたま吸血鬼だったという残酷さこそが本作の主題である。
オスカーは危険に惹かれたわけでも闇に憧れたわけでもなく、たまたま隣に引っ越して来た少女が、彼を否定せず、彼の言葉を聞き入れる唯一の他者だっただけのことだ。従って、これは闇に堕ちた少年の話でも善悪の狭間で悩む物語でもなく、選択肢が残されていない状況での生存の物語と言ってよく、映画としての肌触りはむしろダルデンヌ兄弟が描くリアリティ映画に近いものがある。
一方で、その熾烈なリアリティが吸血鬼というファンタジー設定に包まれていることで、観客が幻想の伝承として消費できてしまう弱さも否定できない。現実を直視しすぎたがゆえに曖昧さを必要とした作品となっており、その両義性こそが、本作の美質であり同時に限界でもある。


マイ・サマー・オブ・ラブ My Summer of Love
2004年 イギリス 86分
★★★★☆
監督:パヴェウ・パヴリコフスキ
脚本:パヴェウ・パヴリコフスキ/マイケル・ウィン
出演:ナタリー・プレス/エミリー・ブラント/パディ・コンシダイン/ディーン・アンドリューズ

ポーランド出身でイギリスを拠点に活動するパヴェウ・パヴリコフスキの初期の傑作。
階級も価値観も性格も異なる二人の少女が、ひと夏のあいだだけ濃密に交友する関係を描いた青春映画。舞台となるヨークシャーの牧歌的な風景は、解放や自由のメタファーであると同時に、現実から切り離された閉鎖空間として機能している。ここで描かれる若い少女ふたりの関係は、恋愛や友情といったステレオタイプな情念動作ではなく、欲望、虚栄心、好奇心、階級意識そして支配と依存が絡み合った不安定な均衡の上に成り立つ思春期の通過儀礼として処理されている。
ここには支配者も奴隷も存在せず、被害者も加害者もいない。性差やセクシュアリティの問題も、アイデンティティの告白ではなく、力関係の一形態として機能させられている。
この映画の公開当時レズビアンの関係性をストレートに描写した映画は殆どなかったので、そういう意味では貴重な作品ではあるが、それが本作の本質ではない。この世界観は性差を入れ替えてもヘテロの関係でも成り立つ普遍性を持った関係性そのものとしての危うさを描いており、ジュブナイルストーリー映画の傑作としてエバーグリーンの輝きを放っている。


やがて来たる者へ / 沈黙の歌 L'uomo che verrà
2009 イタリア 117分
★★★★
監督:ジョルジョ・ディリッティ
脚本:ジョルジョ・ディリッティ/ジョヴァンニ・ガラヴォッティ/タニア・ペドローニ
出演:アルバ・ロルヴァケル/マヤ・サンサ/クラウディオ・カサディオ

1944年のイタリア北部の山村モンテ・ソーレで起こったナチスによる大量虐殺「マルザボットの悲劇」をそこに暮らす一人の少女の視点から描いた作品。語り手となる少女は生まれたばかりの弟を亡くしたショックで言葉を発することができない。よって劇中では事件の政治的背景も軍事的意図も殆ど語られず、戦火が迫る緊迫感の中での、日常の生活や労働、家族や隣人との交友や遊興の場面が映像としてただひたすら積み重ねられていく。
悲劇は唐突に訪れ、理由も因果も回収されない。だがそれは戦争の理不尽さを説明したり糾弾したりするものではなく、当事者にとっての現実そのものだ。少女の無言は無垢さの表象ではなく、理解不能な事態に直面したときの人間の限界を示すかのような効用をもたらしている。
だが、一方で彼女は言葉を無くしていても、世界を見る目を失ってはいない。だから彼女は醜く辛い現実を見続ける。それが何とも辛くしんどい。
タイトルが示す「やがて来たる者」とは、未来や希望の示唆ではなく、その辛い現実の中でも続いて行くべき「生」そのものだろう。世界は変わらず、救済も訪れない。それでも命は次へと手渡される。その事実を断罪の怒りや情緒に逃げることなく、沈黙のまま引き受けた稀有な戦争映画の傑作と言えるだろう。劇中での叙情や感情の高揚は極力抑えられているが、それでも突き動かされる感情は抑えられきれない。そういう映画だ。


善き人のためのソナタ Das Leben der Anderen
2006年 ドイツ 137分
★★★★
監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
脚本:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演:ウルリッヒ・ミューエ/マルティナ・ゲデック/セバスチャン・コッホ/ウルリッヒ・トゥクル/トーマス・ティーメ/ハンス=ウーヴェ・バウアー

当時33歳の新鋭ドナースマルクの長編映画デビュー作。
秘密警察による反体制派への監視が行われていた冷戦時代の東ドイツ、国家保安省(シュタージ)の監視官ヴィースラーとその監視対象となった劇作家と女優カップルとの関係の変化を描いた社会派ドラマ。
ヴィースラーの変化は人道主義的な良心の目覚め以前に、体制に屈服することを是としない女優への関心から彼女と劇作家との人間的な関係性に触れる中で、「人間性」そのものへの興味を覚醒させられるプロセスであり、自由の象徴としての芸術文化への傾倒を促す。陳腐な表現だが、この覚醒は「人間」を公権力の従属物ではなく、人格を持った個人として認識する近代人の目覚めに近い。いわばルネサンス的変容だ。
その結果としてヴィースラーに生じるのは魂の救済ではなく、自らが依拠していた権威の変質である。この文脈においては、芸術文化は人の精神を解放するのではなく、自我の覚醒を誘発することによって近代人的な苦悩を抱え込ませる枷となり、悲劇の源泉と化す。自由な近代人の限界を示すかのようなペシミスティックな展開だが、公権力の下僕であることが当然に望まれるかのような前近代的な言説が蔓延る本邦の言論界にこのレベルの逡巡すら既に存在しえないことはまさにこの映画の世界観を上回る絶望的な悲劇である。


マンマ・ミーア! Mamma Mia!
2008年 イギリス・ドイツ・アメリカ合作 108分
★★☆
監督:フィリダ・ロイド
脚本:キャサリン・ジョンソン
出演:メリル・ストリープ/ピアース・ブロスナン/アマンダ・サイフリッド/コリン・ファース/ステラン・スカルスガルド/ジュリー・ウォルターズ/ドミニク・クーパー/クリスティーン・バランスキー

1999年にウェスト・エンドで、2001年にブロードウェイで上演された同名ミュージカルの映画版。ABBAのヒット曲を物語に織り込み、エーゲ海の島で結婚式を控えた娘とシングルマザーの母、そして父親候補3人が巻き起こす騒動を、陽性のミュージカルとしてうまく纏め上げている。
誰もが知るABBAのヒット曲が全編に散りばめられていることが最大の強みであり、雑で軽いストーリの稚拙さを覆い隠し、全てを肯定する祝祭として成立させるだけのエネルギーとパワーに溢れている。
結果として当時世界で最も成功したミュージカル映画となった。 これぞABBAの音楽のマジック。これよりも有名な曲ばかりかかるミュージカル映画など存在しない。 もちろん興行成績だけでこの映画が「オズの魔法使」や「サウンド・オブ・ミュージック」のような名作を越えたとまでは言えないとしても、多くの人に愛される作品になったことは間違いなく、商業作品としてはとてつもなくよくできている。あれほど楽しそうに歌って踊るビアスナンやストリープを観るだけでもこの映画の価値はある。
多少の粗は、エーゲ海の眩しさ、ABBAのヒットメロディ、そして観客を巻き込む集団の幸福感が押し流す。見終わった後には細部の欠陥より、世界の明るさに目が向く。そういう種類の娯楽作である。


ブラザーズ・グリム The Brothers Grimm
2005年 イギリス・チェコ・アメリカ合作 117分
★★★★
監督:テリー・ギリアム
脚本:アーレン・クルーガー
出演:マット・デイモン/ヒース・レジャー/モニカ・ベルッチ/ジョナサン・プライス/レナ・ヘディ

鬼才テリー・ギリアムがグリム兄弟を詐欺まがいの自作自演魔物退治ビジネスで報酬を稼ぐ香具師として描いた異色作。
兄弟はフランス占領下のドイツのとある村の森で起こった連続少女失踪事件の謎を解き明かそうとカラクリを探るが、そこには人為的なトリックはなく、真の魔力を持つ鏡の女王が若さと美貌を手に入れるため12人の少女を集め、月食の晩に呪いの儀式を執り行おうとしていたのだった。兄弟は強大な力を持つ女王と対峙するが、現実主義を奉じる兄はその強大な力に取り込まれ無力化される。最後に魔を打ち倒すのはこの非現実的な幻影世界を疑うことなく受容することができる弟の純粋さだった。魔と対峙できるのは、物語を信じその内部に身を置く者だけだというピュアな原則が貫かれており、啓蒙主義や現実主義が幅を利かせる近代社会の病理を皮肉りつつ、理性が切り捨てた「信じる力」の強さをストレートに称揚する。この構造は「バロン」や「フィッシャー・キング」と同様でギリアムらしい傑作なのだが、本作はなぜか評判が悪い。
現実社会の抑圧を批判する寓話性の要素が弱いのと、ファミリー向け童話映画の外装を帯びている分期待値とのギャップが批判に転化しやすいということなのだろう。みんな何をギリアムに期待してるんだか。


ハリー・ポッターと賢者の石 Harry Potter and the Philosopher's Stone
2001年 イギリス・アメリカ合作 152分
★★★
監督:クリス・コロンバス
脚本:スティーブ・クローブス
出演:ダニエル・ラドクリフ/ルパート・グリント/エマ・ワトソン/リチャード・ハリス/マギー・スミス/ロビー・コルトレーン/アラン・リックマン

わざわざこんなところで紹介するまでもない有名作だが、2000年代以降のイギリス映画産業の隆盛を評価する上では超重要な一本。単なる大ヒットシリーズの第一作というだけではなく、ハリウッドの資本力を梃子にしながらイギリス映画産業の現場の人的基盤を前面に押し出しつつ、いかにも英国的な芳香を一流のエンターテインメント映像作品として記録することに成功した快作と言える。世界的なフランチャイズを「英国製」として成立させたという点で、その後のイギリス映画界の制作基盤の強化に重要な役割を果たした作品と言うことができるだろう。
作品のクオリティは手放しで称揚するまでには至らないが、ハリウッド・フランチャイズのような浮ついたところがない分、これから面白くなりそうという期待を抱かせる、シリーズ作品の第一作としては手堅い出来と言える。
シリーズを通すと、4~5作目くらいから妙にハリウッド・フランチャイズ臭が強くなってどうにも悪いところばかりが目立つようになるが、これだけロングランでヒットした作品となれば致し方ないところだろうか。


息子のまなざし Le Fils
2002年 ベルギー・フランス合作 103分
★★★
監督:リュック・ダルデンヌ/ジャン=ピエール・ダルデンヌ
脚本:リュック・ダルデンヌ/ジャン=ピエール・ダルデンヌ
出演:オリヴィエ・グルメ/モルガン・マリンヌ /イザベラ・スパール

木工の職業訓練所で働く男オリヴィエは、かつて自分の息子を殺した少年と職場で偶然出会う。少年はオリヴィエとの関係を知らぬまま訓練生として彼と同じ空間で作業を続けることになる。オリヴィエは表向き平静を装いながら、少年を拒否するでもなく、断罪するでもなく、ただ普通に自分の生徒として接していく中で、精神的な交流が生まれていく。
二人の距離感が詰まっていくと同時に緊張感が呼び起こされるが、最後まで二人の関係には変化がない。観るものはオリヴィエの怒りがどこかで暴発する瞬間を期待して待つが、最後までそれは訪れない。
オリヴィエは決して高潔な人格者ではなく、赦しを施すわけでもなく、救われもしない。ただかけがえのないものを失い、語る言葉を持たない存在として描かれる。世界が壊れることも世界を壊すこともなく、静かに何もなかったかのように終わる。ストーリーだけをなぞれば「人間の尊厳を描いた感動作」と纏めたくなるところだが、そういう展開にならないところが何とも異様さと違和感を残す佳作。


ある子供 L'Enfant
2005年 ベルギー・フランス合作 95分
★★★★
監督:リュック・ダルデンヌ/ジャン=ピエール・ダルデンヌ
脚本:リュック・ダルデンヌ/ジャン=ピエール・ダルデンヌ
出演:ジェレミー・レニエ/デボラ・フランソワ/ジェレミー・スガール

若いカップルの間に生まれてしまった赤ん坊への意識の欠如と貧困の連鎖を冷徹に描くダルデンヌ兄弟の「ロゼッタ」に続く二度目のパルムドール受賞作。
タイトルはL'Enfant(子供)だが、赤ん坊は常に存在していることが示されるだけで画面にはほとんど登場しない。それは主人公である若い父ブリュノの視線の先にはこの「子供」は存在しないからだ。
ここで原題が示す「子供」とは、赤ん坊ではなく、ブリュノ自身を指していると断じて良いだろう。
母親のソニアも決して成熟した存在ではないが、彼女は動揺しながらも責任を引き受けようとする。その一点で、ブリュノとは決定的に異なる。だからこのタイトルは L’Enfantsではなく単数形なのだ。
ラストシーンでソニアが改心したかのように見えるブリュノを赦す場面は、一見ハッピーエンドに映る。しかしそれは救済ではなく、問題を先送りする残酷な終わり方でもある。二人を支援するシステムや大人たちの不在、問題のある家庭環境から生じる断ち切られない不幸の循環。そうした要素は背景として置かれるだけで、映画の主題としては語られない。ダルデンヌ兄弟は社会的支援や制度の欠如を告発しない。ただ、誰も手を差し伸べない世界で、それでも日常が続いてしまう事実だけを提示する。
この映画の冷酷さは、この不幸の構造を説明しない点にある。理解や同情の余地を与えられないまま、観客は「赦し、赦されてしまった後の世界」に放り込まれる。その居心地の悪さはこの時期のダルデンヌ兄弟作品の特質であり、観るものに残酷な余韻を与える。


人生は、時々晴れ All or Nothing
2002年 イギリス・フランス合作 128分
★★★★☆
監督:マイク・リー
脚本:マイク・リー
出演:ティモシー・スポール/レスリー・マンヴィル/アリソン・ガーランド/ジェームズ・コーデン/ルース・シーン/ヘレン・コーカー/サリー・ホーキンス/ポール・ジェッソン/ダニエル・メイズ

「秘密と嘘」のマイク・リーがロンドンの集合住宅に暮らす三つの家族の日常を並行して描く群像劇。
物語の中心となるのは無気力で労働意欲の乏しいタクシー運転手のフィルの一家。無口で感情を表に出せない父、スーパーのレジ打ちでなんとか家庭を支えようとする母、父に似て無気力なニートの息子、介護施設で清掃婦として働きながらも将来の展望を持てない娘。彼らは互いに不満を抱えながらも、それを言語化できないまま同じ空間に閉じ込められている。
本作は「秘密と嘘」と同様に家族を扱いながらも、和解や自己発見への道筋ではなく、貧困、病、孤独、対話の欠如といった英国の中下層階級が抱えがちな問題を正面から積み上げていくスタイルを取る。誰もが劇的に救われることはなく、社会の支援が苦境を救うこともない。それでも終盤、完全な解決ではないものの、家族の間にわずかな感情の接続が示される。それは未来への希望というより「家族という共同体がそこにあること」の確認に近い。
フィルの家族には長男の持病の発症と入院という偶然の転機が訪れたことから、ごく小さな相互理解への契機が示されるが、残りの二つの家族の問題は放置される。英国社会の片隅で、声を上げることすらできない人々の生活を、そのままの温度で見せきった、厳しく誠実な秀作。


ヴェラ・ドレイク Vera Drake
2004年 イギリス・フランス・ニュージーランド 125分
★★★☆
監督:マイク・リー
脚本:マイク・リー
出演:イメルダ・スタウントン/フィル・デイヴィス/ダニエル・メイズ/アレックス・ケリー/エディ・マーサン

1950年代のロンドンで、善意から非合法で危険な中絶の幇助をしていた女性ヴェラの日常が崩れていく様を描く作品。彼女は貧しい女性たちを「困っているから」という理由だけで助けるが、その行為は専門性を欠いた違法行為でしかなく、彼女の処置によって命の危険に晒された女性を診察した医師の告発から発覚し、法の裁きを受けることになる。
ヴェラが行ったことは法的にも生命倫理的にも許されない行為ではあるが、そこには厳然としたニーズがあり、善意が貧者の生命を危険に晒す社会の仕組みが隠されている。裕福な女性は医師のもとで比較的安全に処置を受けられる一方、貧しい女性は危険な手段を採らざるを得ない。リスクは同質ではなく、現実には階級と経済力によってその倫理的、法的な意味は分断されている。主人公の倫理は弱きものを助けると言う素朴な義侠心であり、その素朴さが悲劇を加速させる。戦後英国の一市民の善意が制度によって裁かれる一種の不条理さを描く問題作。


ハッピー・ゴー・ラッキー Happy-Go-Lucky
2008年 イギリス 118分
★★★★
監督:マイク・リー
脚本:マイク・リー
出演:サリー・ホーキンス/エディ・マーサン/アレクシス・ゼガーマン/アンドレア・ライズブロー/シネイド・マシューズ

ロンドンで小学校教師として働く三十路の女性ポピーの能天気な日常を追いながら、「前向きに生きること」の素晴らしさと危うさを同義的に描くマイク・リー監督の異色コメディ。
主人公ポピーはハイパーアクティブでオプティミスティック。鈍感で空気が読めず人との距離感も雑で平気で他人の領域に土足で踏み込んでくる。人生を謳歌しているように見えるが、妊婦の妹との衝突のシーンに象徴されるように軋轢も多い。ティーンエイジャーなら許されても30歳代の社会人となると辛い。その辛さをマイク・リーはコメディタッチの演出で霧散させるが、観るものの心には重さの方が残る。
ポピーには恋人一歩手前のイイ感じの同僚の男友達はできるが、何となくそれ以上は進みそうにないし、神経質で乱暴な年上の自動車教習の教官に恋心を抱かれたりもするのだが、彼女自身はそれをまるで意識できずに毒舌を吐き続ける。彼女のポジティブさやアグレッシブさに実際に救われる人がいる一方で、傷つく人もいる。決して礼賛でもなく批判でもない。「秘密と嘘」や「人生は、時々晴れ」などとはベクトルこそ異なるが、生活者にとって当たり前のことを当たり前のように描くマイク・リーの十八番と言える作品だろう。


アメリ Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain
2001年 フランス 122分
★★★★★
監督:ジャン=ピエール・ジュネ
脚本:ジャン=ピエール・ジュネ/ギヨーム・ローラン
出演:オドレイ・トトゥ/マチュー・カソヴィッツ/セルジュ・メルラン/ジャメル・ドゥブーズ/ ヨランド・モロー/ドミニク・ピノン/クロティルド・モレ イザベル・ナンティ/

モンマルトルのカフェで働く内気な女性が、身近な人々の人生に小さな幸せをもたらそうと仕掛けていく中で自分自身の幸せも掴むことができるようになるという一見ベタなロマンティック・コメディ。
主人公アメリは、他人と全く隔絶された環境で育てられるという幼少期の異常な生い立ちによって他人との距離を測ることができないいわゆるコミュニケーション不全型のパーソナリティとして描かれてる。彼女自身は世界の優しさを信じ切れない一方で、自分は世界に対して優しくあろうとするのだが、世界は彼女にそこまで優しくない。世界の優しさを彼女に教えるのは、この世界を描く人=創造主のような立ち位置にいる「模写」画家レイモンという構造も、ベタだけどわかりやすく魅力的。思い人との出会いから最後に結ばれるまでプロセスも、陰キャラ設定のステレオタイプ的な演出と言えばそれまでなんだけど、この設定で二人が結ばれないと世界は歪む。世界は人が思ってるほどやさしくない、で、終わる。それはそれで一つの見識だけど、この映画の世界観には合致しない。ファッショナブルに見えて実はキッチュでまがい物っぽい。ギリギリで歪ませないのがうまい落としどころなのだろうと思う。


BOY A BOY A
2007年 イギリス 107分
★★★★
監督:ジョン・クローリー
脚本:マーク・オロウ
出演:アンドリュー・ガーフィールド/ピーター・ミュラン/ケイティ・ライオンズ/ショーン・エヴァンス

「ブルックリン」の監督ジョン・クローリーの初期の代表作。
英国を震撼させた少年犯罪の実話をベースに、幼少期に凶悪犯罪を犯し、成人後に名前を変えて社会に戻った青年の再出発を描く作品。
これが商業映画デビュー作となるアンドリュー・ガーフィールドの熱演が光る。
青年は保護観察官の管理のもと、新しい名前をもらって仕事に就き、新しい人間関係を与えられながらも、過去は決して消えず、常に身バレの不安が付きまとう。彼は改心し更生しているように描かれるが、それが十分かどうかを測る基準は存在しない。世界は彼の新しい門出を受け入れるかのように見えるが、真実が露見した瞬間にあっさりと排除に転じる。
被害者側の視点をほぼ排除しながらも、殺人の動機が仄めかされることにより英国社会の病巣である階級差や貧富の問題が事件の背景に付与され、加害者に同情的な視点が与えられるのは、果たしてこの映画のテーマを考えた時に適切だったのかは疑問が残るところでもある。
しかし、それを踏まえた上で、ジョン・クローリーは、センセーショナルな犯罪描写や善悪の決めつけを避け、淡々とした日常の積み重ねの中で、再生がいかに脆いかを示している。動機による事件の正当化はもちろん行われないが、救いはわずかに用意されている。それは決して楽観的なものではないとはいえ、そこにクローリーの意思が垣間見られると言えるだろう。


息子の部屋 La stanza del figlio
2001年 イタリア 99分
★★★★
監督:ナンニ・モレッティ
脚本:ナンニ・モレッティ/ハイドラン・シュリーフ/リンダ・フェリ
出演:ナンニ・モレッティ/ラウラ・モランテ/ジャスミン・トリンカ/ジュゼッペ・サンフェリーチェ/シルヴィオ・オルランド

鬼才ナンニ・モレッティのカンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作品。
精神科医として働く父ジョヴァンニが、事故で思春期の息子を失った後、家族の日常が静かに、しかし決定的に崩れていく過程を描いた作品。
感動大作っぽい情緒的な演出は殆どなく、どちらかというと父親と家族や周囲の人たちとの距離感のおかしさを漂わせつつも、喪失の重さゆえにジョバンニが感情過多を制御できなくなっていく様を受容せざるを得なくなっていくといういかにもモレッティらしい「変な」映画である。「親愛なる日記」や「エイプリル」で描かれたモレッティ自身のパーソナリティがかなり色濃く反映されたキャラとなっていて、ある意味「エイプリル」での子育て体験記の延長にあるような作風でもある。フィクションとは言え、生前の息子とのジョバンニの関係性は、父親と十代の息子との距離感としては異常ともいえる近さであり、息子の死後の元カノとの関係も十分キモい。
この異常さをいつものモレッティ節として許容できるか、このキモさを愛おしい誠実さと思えるかどうかで評価が分かれる作品だろうとは思う。
自分的には困った人だけど憎めないな、という感覚で、パルム・ドールと言われると怯むが良作だとは思う。


パリ20区、僕たちのクラス Entre les murs
2008年 フランス 128分
★★★★
監督:ローラン・カンテ
脚本:ローラン・カンテ/フランソワ・ベゴドー/ロバン・カンピヨ
出演:フランソワ・ベゴドー

元教師のフランソワ・ベゴドーの実体験に基づく半自伝的小説の映画化。
パリ20区の中学校の教室を舞台に、教師と生徒たちの日常的な衝突を描いている。移民の子どもたちを多く抱えるクラスで、教育という理想が現実の摩擦に晒されていく。その緊張感は終始途切れず、教室という閉じた空間が、現代フランス社会の縮図として形作られていく。
本作の最大の強みは、主演のベゴドーも含めて教師も生徒もほぼ全員が実在の人物であり、演技というより普段の「振る舞い」をそのまま撮っている点にある。これがもたらすリアリティは圧倒的で、会話の噛み合わなさや感情の暴発が、脚本的な誇張ではなく日常の延長として感じられる。教育現場の息苦しさや、善意が裏切られていく感覚は生々しい迫力を持つ。
一方で、現場同等のリアルな設定を採用しながら、ドキュメンタリーではなくフィクションであると言う点で、いかにリアルっぽく見えても教師が自分の現場を一方的に「作品化」した虚構でしかなく、子供たちの視点が完全に反映されたものではないという点が弱い。
欠点はあるが、教室という空間に潜む暴力性や、言語が即座に権力へ転化する瞬間を、ここまで可視化した映画は稀であり、その完成度の高さゆえに、方法論の限界も見えてしまうというところだろうか。


籠の中の乙女 Κυνόδοντας
2009年 ギリシャ 96分
★★★★
監督:ヨルゴス・ランティモス
脚本:ヨルゴス・ランティモス/エフティミス・フィリップ
出演:クリストス・ステルギオグル/ミシェル・ヴァレイ/アンゲリキ・パプーリァ/マリー・ツォニ/クリストス・パサリス/アンナ・カレジドゥ

ギリシャの鬼才として国際的評価を高め、今や巨匠の座を手にしたヨルゴス・ランティモスの長編デビュー作。外界から完全に隔離された裕福な豪邸で育てられる三人の子どもと、支配的な父親との歪な関係を残酷かつ冷徹に描いたシュールな作品。
そこでは言葉の意味は恣意的に書き換えられ、知識は管理され、身体や欲望までもが集権的に統制される。家族という最小単位の共同体が、歪んだ国家のメタファーとして機能している。
そういう若干の寓話性をもった設定は異常で興味深いが、そこから逸脱するような展開は何もなく、映画の構成としてはほぼ出オチと言って良い。
言ってみれば父親が神を僭称しているだけの内的な循環世界であり、それを外から裁く視点も、内側から崩す論理もない。
思春期をとうに過ぎている年齢に達している子供たちは、父親が長男の「性処理」のために外界から呼んだ異質な存在によって外の世界への興味を掻き立てられるが、その離反すら偽神のルールに則ったものでしかなく、結局は内部循環するだけだ。
外界に出ても長女はトランクの中に幽閉されたままで、誰も救いには来ない。この設定の「どこにも行かない」構造の不条理さだけで1時間半持たせてしまう強度こそがこの映画の最大の美点だろう。


ヴェルクマイスター・ハーモニー Werckmeister harmóniák / Werckmeister Harmonies
2000年 ハンガリー・ドイツ・フランス合作 147分
★★★★
監督:タル・ベーラ
脚本:タル・ベーラ/クラスナホルカイ・ラースロー
出演:ラース・ルドルフ/ペーター・フィッツ/ハンナ・シグラ/デルジ・ヤーノシュ

先日70歳で逝去したハンガリーの鬼才タル・ベーラの代表作。
タルは長回しと極端に引き延ばされた時間感覚で「世界が壊れていく」様子そのものを描いてきたが、本作もその系譜としてやたらと長く退屈な作品でありながら観るものに強烈な印象を与える。
荒廃した町に巨大なクジラの見世物を主催するカーニバル団が現れ、正体不明の「プリンス」の語られないアジテーションが人々の不安を煽っていく。
天の啓示を探し求める郵便配達員ヤーノシュは、この地上において意図もわからずただ引き起こされる暴力と混乱の只中に放り込まれる。巨大なクジラはファシズムや権威主義のメタファーかもしれないが、ヤーノシュは否応なくその構図に引き込まれていく。
タイトルのヴェルクマイスター・ハーモニーは近代和声学の礎となった「美しい調和」の基本構成を提示したものであり、神の意思を越えた人工的な秩序を象徴する概念として、批判的に引用されている。
この作品は、ハンガリーの歴史や政治を強く連想させながらも、それを大きな物語として語ろうとはしない。叙情的、叙事的な歴史の語り口をあえて忌避し、秩序が瓦解していく構造を、不可避な時間の暴力として体感させる。そこでは希望も絶望も決して言語化されない。ハンガリーと言う国や民族への愛情を深く印象付けながらも、民族や歴史と言った大きな物語による意味づけを拒み続ける姿勢こそが、タルの真髄ともいうべき強固な個性なのだろう。


more to come…(近日公開予定)

白いリボン Das weiße Band
2009年 オーストリア・ドイツ・フランス・イタリア合作 144分
★★★★
監督:ミヒャエル・ハネケ
脚本:ミヒャエル・ハネケ
出演:クリスチャン・フリーデル/レオニー・ベネシュ/ウルリッヒ・トゥクル/ブルクハルト・クラウスナー/ヨーゼフ・ビアビヒラー/ライナー・ボック/ズザンネ・ロータ

Dr.パルナサスの鏡 The Imaginarium of Doctor Parnassus
2009年 イギリス・カナダ合作 124年
★★★★☆
監督:テリー・ギリアム
脚本:テリー・ギリアム/チャールズ・マッケオン
出演:ヒース・レジャー/ジョニー・デップ/ジュード・ロウ/コリン・ファレル/クリストファー・プラマー/リリー・コール/トム・ウェイツ/アンドリュー・ガーフィールド

トーク・トゥ・ハー Hable con ella
2002 スペイン 113分
★★★
監督:ペドロ・アルモドバル
脚本:ペドロ・アルモドバル
出演:ハビエル・カマラ/ダリオ・グランディネッティ/レオノール・ワトリング/ロサリオ・フローレス/ジェラルディン・チャップリン




★★★★★ 映画史に残る名作、必見
★★★★☆ 傑作、見ないと損
★★★★ 秀作、見るべき
★★★☆ 快作、見た方がいい
★★★ 良作、見る価値あり
★★☆ 佳作、悪くないので見て損はない
★★ 凡作、時間があれば見てもいいかも
★☆ 迷作、色々ダメだが見たいなら止めない
★ 駄作、ダメな映画のサンプルとして見るなら止めない
☆ 愚作、人生の苦難に耐える訓練として見るなら止めない
💀 見るべき理由が一切ないゴミ、時間の無駄


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