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映画感想(11) ヨーロッパ映画 (1950~1959)

サブスクで見た有名な作品のちょっとした感想を書いてます。順不同。
備忘録みたいなものですね。随時追加していきます。


ミラノの奇蹟 Miracolo a Milano
1951年 イタリア 97分
★★★☆
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本:チェーザレ・ザヴァッティーニ/ヴィットリオ・デ・シーカ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/マリオ・キアーリ/アドルフォ・フランチ
出演:フランチェスコ・ゴリザーノ/エンマ・グラマティカ/パオロ・ストッパ

デ・シーカの珍しいファンタジーもの。共産主義へのシンパシーを隠せないプロットだが、ラストは絵に描いたようなユートピア幻想になってて、共産主義というよりは空想的社会主義っぽい。ストーリーはぶっ飛んでるが、手法はあくまでネオレアリズモの王道。ネオレアリズモ手法で撮られたファンタジー映画の傑作と言えるだろう。
主人公の生い立ちも善良ぶりもあまりにも浮世離れしすぎてて、一種の神性を帯びて見えるが、それを宗教的苦難の文脈に落とさなかったところが、デ・シーカらしさだろうか。


ウンベルト・D Umberto D.
1952年 イタリア 87分
★★★★★
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本:チェーザレ・ザヴァッティーニ
出演:カルロ・バティスティ/マリア・ピア・カシリオ/リナ・ジェンナリ

老人の貧困と飼い犬との絆を描いたデ・シーカの最高傑作のひとつ。
家賃を滞納して住処を追い出されそうになり人生に絶望した老人と、ただひとり彼を気遣う同居の優しいメイドと、愛犬とのふれあいを描いたネオレアリズモの最後の傑作。
こんな、ただでさえ悲しい話に犬を使うのは卑怯。
自分はリアルにここまで人生に絶望したことはないので軽々しいことは言えないが、愛するものがあることの尊さは何物にも代え難いということだろう。ベタだけど、正しい。


田舎司祭の日記 Journal d'un cure de campagne
1951年 フランス 115分
★★★★
監督:ロベール・ブレッソン
脚本:ロベール・ブレッソン
出演:クロード・レデュ/ジャン・リヴィエール/アドリアン・ボレル/ニコル・ラドラミル/ニコール・モーレイ/マリ=モニーク・アルケル

ブレッソンがブレッソン流の作法を確立し始めた最初の作品。
前二作では当時のスター俳優を起用していたが、今作から無名のアマチュア俳優を多く起用するようになっている。主演のクロード・レデュも撮影当時は無名だったが、この作品の演技が激賞され、その後も活躍を続けた。ルーシー役のニコール・モーレイも同パターン。
北フランスの山村に赴任した若い司祭の信仰と苦悩を描いた作品。原作はフランスの思想家が書いた小説で、原作に忠実な映像となっているようだ。村人たちからの無理解と肉体的な病理に苛まれながら、神への信仰を義として生きる生きづらさを過剰な演出を取り除いてストレートに描いており、村人たちの妙な抑制感も含め、なんとも不気味な作りになってる。こーゆーのがブレッソン流なのだが、主人公以外は単に下手なだけだったりもするのでそこまで称揚すべきなのかどうかはよくわからん。


ラ・ポワント・クールト La Pointe courte
1955年 フランス 89分
★★★★☆
監督:アニエス・ヴァルダ
脚本:アニエス・ヴァルダ
出演:フィリップ・ノワレ/シルヴィア・モンフォール

「ヌーヴェルヴァーグの母」とも呼ばれる天才アニエス・ヴァルダの自主製作作品。監督デビュー作にして、最高傑作のひとつ。ヴァルダ26歳の時の作品だが、それまで彼女は映画を殆ど観たことがなかったという。マジで天才としか言いようがない。
フランスを代表する名優フィリップ・ノワレの出世作としてもポイント高い。
ほぼ夫婦のダイアローグと港町の景色のクロスオーバーでストーリーが展開していく。ちゃんとストーリーに整合がとれているので全然ヌーヴェルヴァーグっぽくない。敢えて言えばネオレアリズモっぽい。ま、ヌーヴェルヴァーグってネオレアリズモの親戚みたいなもんだし(ちょっと違うか)。
世代が近いので夫ジャック・ドゥミやアラン・レネと一緒くたにされて「ヌーヴェルヴァーグ」に括られて「左岸派」と呼ばれてるが、いわゆる「ヌーヴェルヴァーグ」本家の「カイエ派」と演出や映像技術上の共通点は殆どない。なんか割とテキトーに使われてるよね、ヌーヴェルヴァーグって。

2025年11月時点で配信では見ることができない。残念


恐るべき子供たち Les Enfants Terribles
1950年 フランス 107分
★★★★☆
監督:ジャン=ピエール・メルビル
脚本:ジャン・コクトー
出演:ニコール・ステファーヌ/エドゥアール・デルミ/ルネ・コジマ/ジャック・ベルナール

ジャン・コクトーの小説の映画化作品。コクトー自身が脚本を書いてる。
私らの世代だと萩尾望都のコミカライズ版で存在を知った人が多いだろう。あれは少女漫画史上に残る名作であり、原作の幻想的で背徳的な世界観を完璧にビジュアル化した超傑作なので、映画を見ると、コミックの表現に比べるとずいぶんあっさりしているような印象を受ける。みんな老けてて、十代には見えないし、エリザベートとポールの禁断の関係も、ポールのダルジュロスへの思いもなんだか普通のことのように描かれていて却って戸惑う。この当時の表現としてはずいぶん踏み込んでいるのだろうが、今の感覚だとちょっと物足りない。とは言え、無邪気さと残酷さが同居するエリザベート役のニコール・ステファーヌはちょい年増っぽいけど魅力的だし、ダルジュロスとアガートの二役を見事に演じ分けたルネ・コジマの愛らしさも、原作の描写とはやや異なるものの印象的だ。一方でエドゥアール・デルミのポールはいくらなんでもちょっと無理があるように思ったのだが、これは原作者コクトーの「お気に入り」で直々のご指名なので仕方ない。


道 La Strada
1954年 イタリア 104分
★★★★★
監督:フェデリコ・フェリーニ
脚本:フェデリコ・フェリーニ/トゥリオ・ピネッリ
出演:アンソニー・クイン/ジュリエッタ・マシーナ/リチャード・ベイスハート

イタリア映画のみならず、世界の映画史上に輝くレベルの金字塔的作品。
誰もが知っていて誰もが観れば間違いなく感動する一方で、芸術性という観点でも、テーマの重厚性、多層性、宗教的意義など、全ての点で比肩するものがないほどの名作と言っていいだろう。
これだけの名作なのに世界の名画のランキングとか作ると20位とかになっちゃう。そういうランキングになると、同じフェリーニでも「8 1/2」の方が評価が高かったりする。たぶんこの作品は圧倒的に通俗性が高いから却って評価されにくいんだと思う。わかりやすいもん。
実際、こんなこと書いてる自分だって「世界の名画ランキング」みたいなのを作ってこれを入れようとすると23位とかになっちゃう。「ローマの休日」とか「サウンド・オブ・ミュージック」とかとだいたい同じ位置。
でも、これを見て「つまらない」と言う人は人間として信用できない。
そういう映画。
あと、なんとなく通ぶってる輩が騙る、キリスト教がわからないとこの映画の本当の価値はわからない、みたいな言説もbullshitである。そんなわきゃない。そういう言いがかりはキリスト教やその信者を馬鹿にしてる。たとえばザンパノが原罪を負った罪深き「人」でジェルソミーナは「天使」でイル・マットはトリックスターでありながら「神」でもある、というような解釈は、ひとつのメタファーとしては興味深いが、その構造がわからないと理解できないようなタイプの映画では決してない。そもそも宗教的メタファーがわからないと理解できないような映画に価値はない。


カビリアの夜 Le Notti di Cabiria
1957年 イタリア 111分
★★★★☆
監督:フェデリコ・フェリーニ
脚本:フェデリコ・フェリーニ/エンニオ・フライアーノ/トゥリオ・ピネッリ/ピエル・パオロ・パゾリーニ
出演:ジュリエッタ・マシーナ/フランソワ・ペリエ/フランカ・マルツィ

フェリーニのネオレアリズモっぽい作風時代の、「道」と並ぶツートップ的な名作。「道」での、天使にも準えられるような天真爛漫なキャラクターとは打って変わって、力強く打算的でありながらどこか抜けている娼婦をジュリエッタ・マンシーナが好演している。「道」以上にわかりやすく一種のカタルシスも感じさせる作品で完成度は非常に高いと思う。フェリーニ一流の宗教的救済へのアンビバレントな思いがここでもしっかりと作品のテーマに根を下ろしている。カビリアたちは明示的に宗教的救済に依拠しようとするが、それは成就せず、結局人間としての強さみたいなところに回帰してしまう感があって、ラストは微妙にハッピーエンドっぽくもありながらどこか切ない。この構図は「道」よりも優れているんじゃないかと思わないでもないし、この後の「甘い生活」や「8 1/2」なんかの虚無性に比べるといくぶん建設的な感覚があるんだけど、映画としてのパワーは何となく落ちる感じがしちゃうのかな。


不良少女モニカ Sommaren med Monika
1952年 スウェーデン 91分
★★★☆
監督:イングマール・ベルイマン
脚本:イングマール・ベルイマン
出演:ハリエット・アンデルセン/ラーシュ・エクボルイ/オーケ・グリュンベルイ

ヌーヴェルヴァーグの方々に賞賛されたことで一躍有名になった感のあるベルイマン初期から中期に差し掛かる時代の傑作だが、正直この頃のベルイマンはスランプとまでは言わないが、後年の「神の沈黙」や「生と死」のような明確なテーマを描き切れておらず、本作と次作「道化師の夜」の作風の落差などを見ても、映画監督として試行錯誤を続けていたことが伺える。
この映画は孤独で奔放な十代の男女の自立と性への憧れを瑞々しいタッチで描いた快作ではあるが、ベルイマンが持つ美点とはちょっと違っててたしかにネオレアリズモっぽい。この作品に限らず初期のベルイマンはネオレアリズモの影響が色濃く出ているのだが、「渇望」なんかはそうでもないし、作品によって色彩が大きく変わるのが特徴。
一時期私生活でもベルイマンのパートナーだったハリエット・アンデルセンのデビュー作。


道化師の夜 Gycklarnas afton
1952年 スウェーデン 92分
★★★
監督:イングマール・ベルイマン
脚本:イングマール・ベルイマン
出演:オーケ・グレンベルイ/ハリエット・アンデルセン/ハッセ・エクマン

ベルイマンの数少ない配信で観られる作品の一つ。
前作「不良少女モニカ 」から一転、人生に絶望しかける初老の男の悲哀を描いた作品。
年老いた道化師が旅回りの曲芸生活から隠遁し平穏な生活を求めて元妻を訪ねるが拒絶され、若い愛人にも間男され、男に決闘を申し込むが破れて、絶望の淵に立たされるが、やはり男に捨てられた愛人と寄りを戻して再起をはかるという希望があるんだかないんだかよくわからない話。
「不良少女モニカ 」でデビューしたハリエット・アンデルセンがここでも重要な役を演じているが、彼女は本当に素晴らしい。このあとベルイマンと破局してからしばらく袂を分かつことになり、女優として最も脂が乗っていたはずの時期を無為に過ごしてしまったのは本当に残念。


野いちご Smultronstället
1957年 スウェーデン 91分
★★★★★
監督:イングマール・ベルイマン
脚本:イングマール・ベルイマン
出演:ヴィクトル・シェストレム/イングリッド・チューリン/ビビ・アンデショーン

「ペルソナ」と並ぶ中期ベルイマンの最も有名な作品の一つ。日本でのベルイマン人気を決定づけた作品としても知られる。私の生まれる前の話なので伝聞だけど。
批評家の評価は高いものの興業成績がイマイチで、背水の陣でめちゃくちゃ通俗的なロマンスコメディ「夏の夜は三たび微笑む」を作ったら大ヒットした上にカンヌで賞まで取っちゃって一気に巨匠化して撮りたい映画が撮れるようになった時期の傑作。そうは言っても前作「第七の封印」が一気に哲学的かつ難解な作りになってしまったので、今作は少し通俗性を高めて、老教授が研究者としての節目の日に当たって人生を振り返り、その虚無感と家族との絆の喪失、老いや死への恐怖に苛まれつつも、周囲との協調で生きる糧を取り戻すという、ベルイマンにしてはどこかオプティミズムを感じる作風となっている。個人的にもベルイマンのベストの一つ。


第七の封印 Det sjunde inseglet
1957年 スウェーデン 96分
★★★★☆
監督:イングマール・ベルイマン
脚本:イングマール・ベルイマン
出演:マックス・フォン・シドー/グンナール・ビョルンストランド/ニルス・ポッペ/ビビ・アンデショーン/ベント・エケロート

「夏の夜は三たび微笑む」の成功を受けて、ベルイマンが自らの我を通して、自分が本当に撮りたいものを初めて撮った作品と言えるだろう。ペストが流行する祖国で十字軍遠征から帰還した騎士が死神と人々の生死を賭けて戦うというストーリー立てで、その後彼の終生のテーマとなる「神の不在」や「神との対話」を実存主義的に描いた傑作。若干解釈に揺れはあると思うが、聖母マリアの存在を信じる旅芸人夫婦だけが生き残る結末を見るに、少なくともこの時点ではベルイマンにとって神は不在ではなかったのだろう。まあ、神がいなければ死神だっていないからね。
「冬の光」を始めとする「神の沈黙」三部作以降の「難解な」作品と比べると、神はいるけど答えてくれない、という主題が比較的明示的に描かれていると思うのだが、後期の作品では希薄になる実存主義ニヒリズムの影響が色濃く出ているせいで、逆にその辺の意図がわかりにくくなっているきらいはあるのかもしれない。


禁じられた遊び Jeux interdits
1952年 フランス 87分
★★★★☆
監督:ルネ・クレマン
脚本:ジャン・オーランシュ/ピエール・ボスト/ルネ・クレマン
出演:ブリジット・フォッセー/ジョルジュ・プージュリー/リュシアン・ユベール

フランス映画の重鎮として君臨し「太陽がいっぱい」などのヒット作を手掛けた職人監督ルネ・クレマンのフランス映画を代表する名作。
ヌーヴェルヴァーグ贔屓の評論家やメディアから、旧態依然とした伝統作家の典型として標的にされた感があって、これだけの巨匠でありながら晩年は商業主義に傾倒した監督みたいな評価を受けてて可哀相。
この作品も映像もストーリーもテーマの演出もすべて高いレベルにある傑作でありながら、ナルシソ・イエペスの主題曲が有名かつ素晴らしすぎてそっちの方で記憶されがちなのも不憫。
全く個人的な話としては、自分は幼い頃に観て何とも言えず怖さを感じた記憶があるのだが、成人してから観たら何がそんなに怖かったのかよくわからなかった。生き物を殺して埋めるようなイメージがあったのだが、死んだ動物を拾ってくるのね。何を勘違いしてたんだろう。


夜ごとの美女 Les belles de nuit
1952年 フランス 87分
★★★★
監督:ルネ・クレール
脚本:ルネ・クレール
出演:ジェラール・フィリップ/マルティーヌ・キャロル/ジーナ・ロロブリジーダ/マガリ・ヴァンドイユ/レイモン・コルディ/レイモン・ビュシェール/マリリン・ビュフェル

フランスを代表する職人監督ルネ・クレールの傑作コメディ。ルネ・クレールはルネ・クレマンと名前が似ていて紛らわしいが、クレールの方がだいぶ年上。フランスのトーキー初期を支えた「詩的レアリスム」の名監督ながら、祖国を追われてイギリスやハリウッドに渡って苦労しているうちに「奥様は魔女」みたいなホームコメディから「そして誰もいなくなった」みたいなサスペンスものまで何でも撮る人になった。戦後フランスに戻ってからはジェラール・フィリップとのコンビで本作や「悪魔の美しさ」「夜の騎士道」などのスタイリッシュなコメディを続けて生み出している。
その中でもこの作品は当時としては割と珍しいタイムトラベルもので、特に出来が良い。艶笑系なのだがウェットじゃないし、喜劇だがスクリューボールっぽくないし、スラップスティックでもない。あきらかにハリウッドの量産型とは異なる色彩でおフランスっぽい。美女が次々と出て来る節操のない展開だが、ジーナ・ロロブリジーダとマルティーヌ・キャロルという新旧のセックスシンボル的美女の共演という点でも大変趣深い。


リラの門 Porte des Lilas
1957年 フランス 95分
★★★
監督:ルネ・クレール
脚本:ルネ・クレール/ジャン・オーレル
出演:ピエール・ブラッスール/ジョルジュ・ブラッサンス/アンリ・ヴィダル/ダニー・カレル

名匠ルネ・クレールの最後の傑作。ジェラール・フィリップは出てない。基本はコメディ調だが悲劇でもある。
怠け者でお人よしの主人公とその友人が犯罪者を匿うことから巻き起こされる騒動を描いたヒューマンな悲喜劇。「天井桟敷の人々」で調子のよい女たらしの二枚目俳優を演じたピエール・ブラッスールがすっかり円熟し、どこか抜けたところがあり憎めない中年男を好演している。国民的人気のあるシャンソン歌手ながらレコードがあまり残っていないことで知る人ぞ知る存在となってしまっているジョルジュ・ブラッサンスが主人公の友人を演じ、ギター片手に数曲歌う他、全編の音楽も担当している。
ヌーヴェルヴァーグ前夜の代表的な作品だが、あまりに映画としてよくできているので叩きにくいのか標的にされてない感がある。


現金に手を出すな Touchez pas au Grisbi
1954年 フランス・イタリア合作 96分
★★★★☆
監督:ジャック・ベッケル
脚本:ジャック・ベッケル/アルベール・シモナン/モーリス・グリッフ
出演:ジャン・ギャバン/ルネ・ダリー/ジャンヌ・モロー/ドラ・ドル/リノ・ヴァンチュラ/ポール・フランクール/ヴィットリオ・サニポリ

フレンチ・ノワールを代表する名作でジャン・ギャバンの大物ギャングイメージを確立させた作品。ギャング映画だが、主人公は人生最後の大仕事を終えてリタイア寸前の昔気質の老年ギャングで、暴力的な描写はほとんどなく、クールに淡々としかしスタイリッシュにストーリーが進んでいく。この筆致はハリウッドにもイタリア映画にもない、いかにもフレンチな洒脱さに満ちている。10代の頃、初めて見たときにはどのへんがツボなのかよくわからなくてしょーもないと思ってたのだが、大間違い。若かった、反省。
ストーリーの仕立てとしては、義理人情を大切にする旧世代と金儲けのためなら手段を選ばない新世代の対比を描いた形になっており、旧世代の象徴たるジャン・ギャバンと対立する新星リノ・ヴァンチュラの存在感も抜群。
新旧世代の間を上手く渡り歩こうとする抜け目のない踊り子役で駆け出し時代のジャンヌ・モローが出ている。韓国ノワールの大半はこの作品のテイストを剽窃しようとしてうまく行ってない感じがあるよね。


モンパルナスの灯 Les amants de Montparnasse
1958年 フランス 108分
★★★★☆
監督:ジャック・ベッケル
脚本:ジャック・ベッケル
出演:ジェラール・フィリップ/アヌーク・エーメ/リノ・ヴァンチュラ/リリー・パルマー/ジェラール・セティ/リラ・ケドローヴァ/レア・パドヴァーニ

フランス映画にはわりと珍しい事実に割と即した伝記映画。
名作「現金に手を出すな」のジャック・ベッケルが、破滅型の天才画家として知られるモディリアーニの人生を彼を支える妻と友人たちとの交流を中心に描いたもう一つの傑作。どちらかというとおちゃらけたイメージが強かったジェラール・フィリップが酒と芸術的プライドに溺れて破滅する様を鬼気迫る演技で演じており、彼の演技としては最高傑作と言って良い。この作品を撮ったあとフィリップはわずか1年で、モディリアーニと同じ36歳の短い生涯を終えた。まさに新境地を開拓しようとしていた矢先の夭逝は残念という他ない。


花咲ける騎士道 Fanfan la Tulipe
1952年 フランス 100分
★★★★☆
監督:クリスチャン・ジャック
脚本:クリスチャン・ジャック/アンリ・ジャンソン/ルネ・ウェレル/ルネ・ファレ
出演:ジェラール・フィリップ/ジーナ・ロロブリジーダ/ノエル・ロクヴェール/オリヴィエ・ユスノー/マルセル・エラン/ジュヌヴィエーヴ・パージュ/シルヴィ・ペライオ

フランスの戦後の映画の復興を象徴するような華麗な喜劇作品で、主演のジェラール・フィリップにとっても人気を決定づけた名作。18世紀末革命前夜のフランスで、ジプシーに扮した募兵官の娘の占いに騙され「王女との結婚に憧れて」王立軍に入隊したお調子者のプレイボーイの騎士がトラブルを起こしながらもポジティブシンキングと巧みな剣の腕前で巧く切り抜け、最後には見事な功績を立てるという御伽噺。
スラップスティックっぽい展開ではあるのだが、騒々しさだけが目立つことが多いハリウッド・コメディとは異なるフランス映画らしいウィットに富んだ馬鹿馬鹿しさが心地よい。パターンとしてはあきらかに艶笑コメディなのにあからさまなお色気要素が全くないのも良い。全くないのにエロいのも凄い。要するにジーナ・ロロブリジーダが凄い。
本作の役名の「ファンファン」はジェラール・フィリップの代名詞にもなり、岡田真澄のニックネームにもなった。若い頃の岡田真澄は確かにちょっとフィリップに似てなくもない。
2003年にリュック・ベンソン監督ヴァンサン・ペレーズとペネロペ・クルスの共演でリメイクされているが、そちらは未見。


大人は判ってくれない Les Quatre Cents Coups
1959年 フランス 99分
★★ (「アントワーヌ・ドワネルの冒険」シリーズとしては★★★★☆)
監督:フランソワ・トリュフォー
脚本:フランソワ・トリュフォー/マルセル・ムーシー
出演:ジャン=ピエール・レオ/パトリック・オーフェー/クレール・モーリエ

ヌーヴェルヴァーグの代表選手みたいな位置づけでめちゃくちゃ有名な映画だけど、邦題が最悪。わかってほしいと思ってない。
そうじゃなくて、これは、少年期の未熟なイタさを感じとるための映画。
未熟な人が撮った未熟な映画。そういうものとして見ればこの作品自体は凡作ではあるが、悪くない。そしてトリュフォーのその後の「成熟」を見ればこの映画を撮ることが必要であり、必然だったと言える。
「アントワーヌ・ドワネルの冒険」すべてが完成した時にこの映画も完成する。そんなことを最初から考えていたわけではないだろうが、映画史上この作品が価値を持つとしたらその文脈。ヌーヴェルヴァーグ云々などはどうでもよい。


死刑台のエレベーター Ascenseur pour l'échafaud
1958年 フランス 92分
★★★★
監督:ルイ・マル
脚本:ロジェ・ニミエ/ルイ・マル
出演:ジャンヌ・モロー/モーリス・ロネ/ジョルジュ・プージュリイ

ヌーヴェルヴァーグの先駆者と言われることが多いルイ・マルのあまりヌーヴェルヴァーグっぽくない実質デビュー作。「地下鉄のザジ」になるとおふざけ風ヌーヴェルヴァーグ節全開になるんだが、これはジャンヌ・モローが出てるのと、街ロケしてるのと(ロケの意味はあまりないけど)、手持ちカメラの撮影っぽくて編集が若干杜撰なのと、その辺がヌーヴェルヴァーグと言われる所以だろうか。たぶん分類的にはあまり正しくない。むしろフレンチ・フィルム・ノワールの文脈で語るべき作品。
Miles Davisの即興演奏による劇伴音楽が超有名。音楽があまりにも有名な割に映画の内容はそれほど知られていないような気もする。
夫の謀殺を謀る社長夫人とその愛人にふりかかるトラブルの顛末を描いたサスペンスものであり、ストーリーをよく見ると本来なら喜劇の話をMiles Davisのクールな演奏にあわせて無理やり悲壮感を演出しているようで収まりはあまり良くない。その辺も含めてヌーヴェルかつノワールっぽいけど、前者と一緒くたにしちゃうのはちょっと雑かも。


街は自衛する La città si difende
1951年 イタリア 79分
★★★★☆
監督:ピエトロ・ジェルミ
脚本:フェデリコ・フェリーニ/トゥリオ・ピネッリ/ピエトロ・ジェルミ/ジュゼッペ・マンジョーネ
出演:レナート・バルディーニ/ポール・ミューラー/ジーナ・ロロブリジーダ/ファウスト・トッツィ/コゼッタ・グレコ

「鉄道員」「刑事」等のネット配信では見られない名作で知られるピエトロ・ジェルミの数少ない配信対応作品。この辺のセレクションってどういう基準なんだろう。
この作品はジェルミの初期の作品で、脚本にはフェリーニが名を連ねる、ネオレアリズモど真ん中の傑作だが、意外と知られてない感じがする。
サッカー場から売上金を強奪した一般市民4人組が、周囲の人々の目や良心の呵責から追いつめられ、犯行を暴かれていき破滅する様を冷静なタッチで描いている。年長者たち三人が生存や逃亡に固執した結果、意に反して悲劇的な結末を迎えたのに対し、最年少の少年が母の愛によって救われた形になっているのがいかにもこの時期のイタリア映画っぽい。
駆け出し時代のジーナ・ロロブリジーダがちょい役で出てる。ほぼワンシーンのみの出演なのに強烈なインパクトを残している。まさにスターの中のスター。


椿なきシニョーラ La signora senza camelie
1953年 イタリア 101分
★★★★
監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ
出演:ルチア・ボゼー/ジーノ・チェルヴィ/アンドレア・ケッキ

1960年代に「愛の不毛三部作」などで一世を風靡する名匠アントニオーニのごく初期の作品。映画のスターシステムの不毛さといい加減さを皮肉っぽく描いたいかにもアントニオーニらしい作品。外見の美しさだけでスター「女優」となったカフェの店員が、プロデューサーと結婚し玉の輿で富と名声を同時に手に入れたと思ったら、旦那は出演作について束縛ばかりするわ、借金まみれだわで、話が違う、と不倫に走った挙句、顔が良いだけでは女優としてのキャリアも行き詰ってしまい袋小路に陥り、最後は何でもやります、的にセクシー路線を受け入れるという、どこかにありそうだけど、悲しくもやるせないストーリー。この役回りをプライベートでも交際していた、決して演技派とは言い難いルチア・ボゼーに演じさせるところがさすがアントニオーニの真骨頂といったところか。「愛の不毛三部作」ほどの絶望感や虚無感はないが、テイストは同じ。さすがアントニオーニ、性格が悪い(褒めている)。


ベリッシマ Bellissima
1951年 イタリア 115分
★★★☆
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/フランチェスコ・ロージ
出演:アンナ・マニャーニ/ティーナ・アピチェッラ/ヴァルテル・キアーリ

ネオレアリズモ時代のヴィスコンティのもう一つの代表作。ヴィスコンティには珍しく完全なコメディタッチ。
娘をオーディションに合格させ映画スターにしようと奔走する母を力強く演じるアンナ・マニャーニの真骨頂。
ヴィスコンティの他の作風とは異なる、わりとリアルっぽい映画界の裏事情的な実態も垣間見れて大変興味深いが、物悲しさとシニシズムとパッションと力強さが入り乱れる結末はアンナ・マニャーニとヴィスコンティの結合の賜物と言えるだろう。


噴火山の女 Vulcano
1950年 イタリア 107分
★★★★
監督:ウィリアム・ディターレ
脚本:ピエロ・テッリーニ/ヴィクトル・ストロフ
出演:アンナ・マニャーニ/ロッサノ・ブラッツィ/ジェラルディン・ブルックス

アンナ・マニャーニのために彼女のパートナーだったロッセリーニがあたためていた企画が、ロッセリーニがバーグマンと良い仲になってバーグマン主演で「ストロンボリ」として RKOで映画化されることになってしまい、梯子を外された製作会社がアンナ・マニャーニを担ぎ出して同じ火山島を舞台にした作品をぶつけるという仁義なき戦い的様相で作られた曰く付きの作品。「ストロンボリ」とほぼ同時期の公開で「火山戦争」として一瞬話題になったようだが、あまりにあざとい企画のせいか作品の評判は散々だったようで興行的にも大失敗している。ただ、今見てみるとそんな悪い作品ではない。
辺境の火山島を捨てて出向いた都会から追放され島に帰らざるをえなくなった異端児的存在の元娼婦の女とその弟妹家族が、島の人々から向けられる差別的視線や行動に耐える逆境を描いた作品。島の持つ土着的な束縛からの解放を求めるあまり邪悪な男の毒牙にかかってしまう妹を救おうとする元娼婦をアンナ・マニャーニが迫力抜群に演じている。これはバーグマンには絶対出せない味。バーグマンの「ストロンボリ」も実は似たような島の閉鎖性を描いた作品なのだが、比較するとやはりマニャーニの方が一枚上手ということになってしまうだろうか。


ストロンボリ/神の大地 Stromboli, terra di Dio
1950年 イタリア・アメリカ合作 90分
★★★☆
監督:ロベルト・ロッセリーニ
脚本:セルジオ・アミデイ/G・P・カレガリ/アート・コーン/レンツォ・チェザーナ
出演:イングリッド・バーグマン/マリオ・ヴィターレ

ロベルト・ロッセリーニがイングリッド・バーグマンから強烈ラブコールを受けて、元恋人だったアンナ・マニャーニを捨てて彼女のために企画していた映画をバーグマン主演用に企画を修正して撮った作品。どの程度プロットが修正されたのかはわからないが、アンナ・マニャーニが新婚なわけないから、そこはたぶんバーグマン仕様だろう。マニャーニ主演なら「噴火山」のような典型的なイタリア人の労働者階級の出でパワフルなキャラクターが嵌るが、バーグマンにそんな役をやらせるわけにいかないから、戦時難民キャンプからの脱出を図る北欧人の設定にして、異邦人視点による孤島風土の客観化と戦後ヨーロッパの混乱からの復興を示唆する物語に変調させたと推測。プロットの変更はうまく嵌ったし、バーグマンもそれまでの「北欧から来たハリウッドのお客さん的」ポジションから完全に脱皮して新境地を見せてはいるが、なんか噛み合ってない感じがあって、両者の良さが消えている感は否めない。バーグマンの不倫とアメリカの配給会社RKOの暴走のせいでアメリカでの評判は最悪だったが、そこまで酷い映画ではない。逆にイタリア本国を始めとするヨーロッパでの絶賛ぶりも過剰評価かなあと思う。アメリカとヨーロッパの映画界の代理戦争的趣があって傍から見ると興味深い。


ヨーロッパ一九五一年 Europe '51
1952年 イタリア 118分
★★☆
監督:ロベルト・ロッセリーニ
脚本:ロベルト・ロッセリーニ/サンドロ・デ・フェオ/マリオ・パンヌンツィオ/イボ・ペリリ/ブルネッロ・ロンディ
出演:イングリッド・バーグマン/アレクサンダー・ノックス/エットレ・ジャンニーニ

「ストロンボリ」「イタリア旅行」(1954年/配信なし)に挟まれた形のロッセリーニの「孤独三部作」の二作目。
裕福な夫と息子の家庭を持ち何不自由ない暮らしをしている上流階級の妻が、息子の自殺をきっかけに壊れていく様を描いた心理ホラータッチの作品。息子への愛が足りなかったことを反省した妻は、これまでの自らの恵まれた地位こそが諸悪の根源と悟り、人民主義的左翼思想と博愛主義に走っていく。うむ、書いてても意味わからんが、観ると余計に混乱するかも。
バーグマンの、どこかぎこちなさの残る、過剰に説教臭い演技のせいもあって、教条主義的という低評価を受けがちだが、まあ、そう見られても仕方ない作りではある。だが、おそらく本作は単純な共産主義礼賛ではなく、現実を直視せず逃避的行動を取るエスタブリッシュメント層への皮肉を込めたロッセリーニ一流の社会批評だろう。それにしてもちょっと演出過剰かなあと思わないでもない。


オルフェ Orphée
1950年 フランス 95分
★★★★★
監督:ジャン・コクトー
脚本:ジャン・コクトー
出演:ジャン・マレー/フランソワ・ペリエ/マリア・カザレス/マリー・デア/エドゥアール・デルミ/ジュリエット・グレコ

マルチ・アーティスト、ジャン・コクトーの映画監督としての最高傑作。
ギリシア神話のオルフェウス伝説を1950年当時のパリに置き換えて映像化した異色作。
人気詩人オルフェは友人の死の際に黒い車で現れた「王女」と呼ばれる謎の美女に魅入られ、妻エウリディスから心が離れてしまう。ラジオから流れる謎の詩句に取り憑かれた彼は、妻の死を経て黄泉の国へと向かう。そこでもオルフェの心は「王女」と妻との間で揺れ動き、「王女」を選択しようとするが、生あるものは死の世界にはいられないので、妻と一緒に強制送還させられてしまう、という、わかるようでわからない世界観が繰り広げられる。
「王女」は死のメタファーで、妻エウリディスは生のメタファーなんだろうけど、生きることの息苦しさの象徴として「振り返ってはいけない/見てはいけない」という罰ゲームが課せられるというかなりシュールな展開で、この辺は好き嫌いが分かれるところかもしれない。
何と言ってもマリア・カザレスの存在感が傑出している。元々舞台俳優が副業で映画もやってたくらいの感覚なので映画俳優としての旬は短かったが、この作品だけで彼女はフランス映画における伝説となったと言っても過言ではない。


愛人ジュリエット Juliette ou la Clef des Songes
1951年 フランス 94分
★★★★☆
監督:マルセル・カルネ
脚本:ジョルジュ・ヌヴー/ジャック・ヴィオ
出演:ジェラール・フィリップ/シュザンヌ・クルティエ/ジャン=ロジェ・コシモン

「天井桟敷の人々」の巨匠マルセル・カルネの隠れた名作。
戦前に流行った「詩的レアリスム」的な手法を採用しつつ、美しい恋人のために店の金に手を付けると言うチンケな罪を犯した男が「忘却の国」という都合の良い設定の夢世界と厳しい現実の世界を往来し、どうしようもない現実から逃避するだけの夢幻譚を描いて見せたどうしようもない作品。どうしようもないところが素敵。同じマルセル・カルネでも「陽は昇る」や「天井桟敷の人々」みたいなどこか気取った気高さがどこにもない。映画史的には使い古された手法で使い古されたモチーフを撮っただけのどうしようもない作品と見られるのかもしれないが、気高さとは縁遠いジェラール・フィリップのどうしようもなさがなんとも魅力的。シュザンヌ・クルティエがアホみたいに美しいのも現実のどうしようもなさを強調していて切ない。


嘆きのテレーズ Thérèse Raquin
1953年 フランス 102分
★★★★
監督:マルセル・カルネ
脚本:マルセル・カルネ/シャルル・スパーク
出演:シモーヌ・シニョレ/ラフ・ヴァローネ/ジャック・デュビー

エミール・ゾラの小説の映画化。前作「愛人ジュリエット」での「詩的レアリスム」的アプローチがいまいち古臭くて受けなかったこともあってか、自然主義文学の巨匠ゾラの小説を元にわりと普通の現実をリアルに描く演出に舵を切った結果、なんとなくフィルム・ノワールっぽい色彩を帯びている。フレンチ・ノワール前夜みたいな感じだろうか。
病弱で優柔不断な夫に飽き足りない主人公テレーズが、粗野で強引な労働者との愛欲に溺れ、邪魔な夫を亡き者にしようとする邪な企ての末に転落していく、という割と古典的なメロドラマ展開。ドンパチはないが、ダークな情欲とどす黒い策謀が蠢くノワール的世界観に満ちている。
この作品に限らずシモーヌ・シニョレは常にファム・ファタールっぽい役をやるのだが、日本人の感覚からするとなんとなくファニーフェイスっぽくて妖艶さみたいなものを感じないんだよね。これはジャンヌ・モローもそうだけど、ヨーロッパ人とは感覚が違うのかも。


more to come…(近日公開予定)

魔術師 Ansiktet
1958年 スウェーデン 100分
★★★★☆
監督:イングマール・ベルイマン
脚本:イングマール・ベルイマン
出演:マックス・フォン・シドー/イングリッド・チューリン/グンナール・ビョルンストランド

鉄道員 Il Ferroviere
1956年 イタリア 118分
★★★★
監督:ピエトロ・ジェルミ
脚本:アルフレード・ジャンネッティ/ピエトロ・ジェルミ/ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ
出演:ピエトロ・ジェルミ/ルイザ・デッラ・ノーチェ/シルヴァ・コシナ


その他、1950年代のヨーロッパ映画の名作のレビューはこちらにもあります




★★★★★ 映画史に残る名作、必見
★★★★☆ 傑作、見ないと損
★★★★ 秀作、見るべき
★★★☆ 快作、見た方がいい
★★★ 良作、見る価値あり
★★☆ 佳作、悪くないので見て損はない
★★ 凡作、時間があれば見てもいいかも
★☆ 迷作、色々ダメだが見たいなら止めない
★ 駄作、ダメな映画のサンプルとして見るなら止めない
☆ 愚作、人生の苦難に耐える訓練として見るなら止めない
💀 見るべき理由が一切ないゴミ、時間の無駄


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