ことばとさんへ ことばの花束を
あなたも、書きませんか?と募集させていただいた「ことばとさんへ2026」
おかげさまで31輪の花束になりました🌷本当にありがとうございます!!
みなさんのお手紙から、さらにひと言ずつのせてみました。色紙みたいなイメージで。タイトル画像は、京たのさんにお願いしました。京たのさんありがとうございます🌷
ことばとさんへ ことばの花束を。
どうぞ受けとってください。
ことばとさんの言葉には、
「私のままでいいんだ」
「誰かにならなくていい」
そんなふうに、等身大の自分でいることを
そっと肯定してもらえる力があると感じています。
最後、アパートの屋上でドラマの女性プロデューサーが、トレードマークの黄色いカーディガンをなびかせ仁王立ちで私に質問する。
「あなたにとって、本は?書くこととは?」
肩を揺らし、俯いていた私は顔を上げた。女性の背中から入道雲が見える。海風が強く吹くので、私たちの髪も洋服もぐちゃぐちゃだ。
あなたは、公園なのだと思います。
書くことが好きな人たちが集まってくる公園。
通り過ぎる人も実はいつも気になっている公園。
日当たりが良くって、屋根があるベンチのスペースがあるから、雨の日でもくつろげる。季節の花を楽しめる花壇もあって、いつも手入れが行き届いている。抜けるような空も近く感じられる場所。
ことばとさんの記事を読んでる時も
足湯に使ってるような
心が和らぎます。
血行が良くなるような
肩が楽になったような
ことばとさんマジックでしょうか。
書くことも同じだった。私にとっての出会いは"ことばとさん"だ。帰りの電車で読んだ一文を今でも覚えている。「スローライフ、スローフード、時代はスローライティングですよ」この人は何者だろうと思った。noteを選ぶ理由はゆっくり伝えたいから。その言葉を読んだとき、自分もこんなふうに書いてみたいと思った。
これはねー、ひとえにことばとさんのお人柄だと思うんです。
以前テキスト飲み会でも出た「等身大」は、親しみやすさだから。だから好かれる。ついていきたくなる。
誰よりもそれをつよーく持っているのは、ことばとさんなんですよ。
だから続けてる。
新規さんも、わたしみたいな古参も、居心地よく居場所にしてます。
そんな場所をつくってくれたことばとさんに、みんなからたっぷりの愛を。
同伴者。メンバーシップ主宰、収益化を図っているクリエーターの中では、少数派に属するスタンスではないでしょうか(独断ご無礼を)。
走るのではなく、けれど止まらず。散歩のように、時に早歩きしながら、軽快な足音と一緒に歩いていると見えてくる風景。
ことばとさんの魅力は、私にとって。
そうした「爽やかな風」を味わうことに、良く似ています。
そもそも距離感が絶妙すぎる。
コミュ障でも、discordに出没してなくても、ひとりじゃない。
でも、いい具合にほっといてくれて、でも孤独にはならない。
ことばとさんは「好きに書いていい」って言いながら、「でも読まれたい」と思うメンバーの気持ちを汲んだ記事をたくさん書いてくださる。
皆、等身大でいられる場所、書く部。
それはことばとさんのお人柄だと思うのです。
ことばとさんが誰よりも等身大だから、親しみやすいし、部室もあたたかい。
書くことをそっと支えてくれるサードプレイス、みんなの居場所。
皆からことばとさんにいっぱいのことばの花束を💐
泣いてもいいですか?
3年半、やってきたことは間違いじゃなかった。ぜんぶ読み返して(すみません、コメントは追って)ぽかぽかしてます。ありがとう、しーなさん。ありがとう、みなさん。それでは聴いてください。わたしからのアンサーソング「愛されメンバーシップのつくり方」それは…
書ける日だけが、書く人の証明じゃない。
書けない日を抱えたままでも、
ことばのそばにいていい。
それは、当たり前のようでいて、
私にはなかなか出会えなかった許しでした。
いや、もう、絶対、D & I 先生の方だよ!!!
って。
土台に愛
ドローンくらいからの距離の俯瞰力
でも、そばにいてくれる
ことばとさんは、そんな方です。
私の心を読んだかのような記事を、
ことばとさんが書いてくれる。
なんか勝手に、励まされてる気がしたのと
noteの街での暮らし方を教えてくれてる気がして

ここにいてもいいのか?わたしって、よく思う。多分今も。
でも平等の世界だった。
見下したり、差別されなかった。
わたしを受け入れてくれた人達もいた。嬉しかった。
ここならいてもいいかな。ってようやく思えた。
書くことのハードルも少しずつ下がった。
もう一度書ける、と思いました。ずっと苦手だったエッセイを書き始めました。書いたエッセイはもう200本以上になります。いろんな方とのご縁もできて、ここにいれば心が折れてもまた歩き出せると信じられました。
2025年の終盤、わたしは「一生書きたい」のコンセプトを下ろしました。もう「一生書ける」と思ったからです。それまでの道のりには間違いなくことばとさんと書く部の存在が不可欠でした。
ことばとさんはいつも、「書く部」のみんなを応援してくれている。
それは決して「期待」ではなくて。
うまくいく日があろうとなかろうと、いつも見守ってくれる存在。
だから、それを信じたいって思った。
この先、誰にどれだけ私の文章が読んでもらえるか、わからないけど。
再び歩き出すことにした。
見渡せば、「書く」の大先輩が多いなかで、小心者でも、書くのがひよっこでも、みんなが普通に出迎えてくれるあたたかさ。
ひよっこなわたしでも、「書く」を楽しんでいいんだ!と思えるようになり、いつしか、自分の生活も、私のなかで起こる気持ちも、明るくなっていきました。
いつの間にか私のメンシプにも書く部から沢山遊びに来てくださっていて、もしかしたら私のnote生活を支えてくれてるのって書く部なんじゃないか、と感じています🥹
こんな支え方もあるのね、ってビックリしながらも、ことばとさんの包容力と波及力ならさもありなん、と思います😂
この、ことばとさんが呼びかけた3分に私は今も支えられています。
信じられないくらいの人たちが私の記事に時間を割いてくださっています。
正直言うと(note、やめようかな…)ってよぎる日もあるんです。
でも、その度にことばとさんが呼びかけてくれた3分と、3分を私の記事に割いてくださったみなさんを思い出して立ち止まります。
書く気持ちが折れそうなときも、企画に参加できないときも、そっと見守ってくれました。しかも、ちゃんと言葉で届けてくれます。そんな距離感に「自分のペースでいいんだ」と何度も救われてきました。
(中略)
「ここにいていい」と思わせてくれるのが、ことばとさんのいる『書く部』です。つい自分も書きたくなる。そんな居心地の良さがあります。
その時、真っ先に浮かんだのが、ことばとさんです。noteの中で「どうか、まだここに居てください。」と思いながら探しました。
そこに変わらず居てくれた時の安堵と、ことばとさんをはじめ、そこに存在してる部の方たちの、ゆっくり流れる時間の感覚と、柔らかい空気感にただただ安心し、涙が出ました。
ことばとさんの言葉には何度も励まされました。
仕事で上手くいかなくて落ち込んでる時、
思うようにnoteが書けない時、
元気がない時、自分を見失いそうになる時。
ことばとさんは、いつでもどんな時でも、
そっと背中を押してくれました。
そんなことばとさんから、常に感じることばがあって、
わたしは、ここにいる
そうおっしゃってる気がするんです。書く部に入ってても、入らなくても、万が一退会したとしても、ずっとずっと書く部を居心地のいい場所にしてまってるから、いつでもおいで。まってるよ〜って。
気づけば、その中でワイワイしながら、ことばとさんに質問しながら、ぶら下げていたものを手放していました。ギュッと握っていた手が、勝手にゆるむみたいに。
正解さがしで、がんじがらめになってたのを解いてくれたのは、ことばとさんだったんじゃないかなーって思うんです。
わたしがお風呂で1時間かけてふらっふらになりながら書いたことも。
言いたいこと晒しまくって書いているエネルギーも。
そのエネルギーを継続するのがしんどいことも。
ちゃんと寄り添って読んでくださっていた。
すごない?
それほど流動的な世界で、今日も開いていてくれる場所。
今の私にとっては、それが「書く部」なのだと思います。
その貴重さを噛み締めながら、今日も書く部のみなさんが楽しそうに書いているのを、縁側でお茶を飲みながら佇むように、そっと眺めています。
いまは、ことばとさんと離れていることが勉強になっています。やっぱりいつまでも憧れの存在で、わたしの先生です。
無料記事だけでなく、メンバーシップの記事もぜんぶ目を通しています。でも、スキは押していません。いつか書く部に戻ったときに、読んでない文章なのか、スキを押しているかどうかで判断しようと思っているからです。
ことばとさんの発信を読んでいると、
自分のことばで伝えても大丈夫って思えたんですよね。
noteは自分の庭って思うと、なら、好きに発信していいじゃんって、ありのままでいいじゃんって思えたんですよね。
私の発信の原点は、ことばとさんだと勝手に思っています。
でも、原点が、ことばとさんで良かったです。
いつも、
「しょうこさんなら、いつか、きっと」
そうやって言ってくれたこと。
まだまだこれから成長できる。ここからだ、これからだ。
と認めてくれたこと。
何より嬉しかったです。
モノクロだったnoteが一気に色づいたようでした。
文章についても色々と考えるようになり、
ただの個人的な日記で満足していた私がいつのまにか
読んでいて楽しい文章を書くにはどうしたらよいか
自ら考え、試行錯誤するようになっていました。
誰一人取りこぼさない。置いていかない。
だけど、もしついていけなくなった人がいても、決して責めない。
自分のペースで歩くことを、ただそっと見守って、寄り添ってくれる。
わたしがずっと見てきていることばとさんは、どこまでも優しいです。
生きてるといろんなことがあって、書くのがイヤんなる日もたくさんある。承認欲求オバケにやられてしまうこともある。
けど、ことばとさんが(良い意味で)距離感を保ちながら、いつも変わらず、そこにいてくれる。
何回凹んでもまた書こうって思えるのは、ことばとさんのおかげだと心の底から思うのです。
今日も、書くのが好きな誰かを
そっと支えてくれる
ことばとさんに
感謝をこめて
▽#ことばとさんへ2026 マガジン
