三題噺ショートショートvol.59_幸せ
落語家もすなる三題噺といふものを、コジも、してみむとてするなり。
企画もの、大の苦手なのである。
どんな親しい人の企画ものでも、なかなか素直には乗れない。
私は、「ルール」とか「決まり事」とか「期限」とか「締め切り」とかという制限事項が世の中で一番嫌いなのだ。
いくつになろうが、聞かん坊の悪ガキ。それが、私、kojuroだからである。
え?落語?三題噺?ヤスシさん?

心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
コジ、別名、天の邪鬼志朗だろ。「もし書けなかったとしても、それはそれでOK。でも、やってみなきゃ、もったいない!」なんてこと言われたら、逆に書きたくなるんじゃないの?
なんのはなしですか。

わかったよ、書くよ。書く書く。書けば良いんでしょ、リトル。それで、いいんだろ?
ブラックホールよりも重い重い重い腰を上げて、半ば自暴自棄に筆を執る。
さて。では、三題噺ショートショート「幸せ」まいりましょうか。

和は、信頼のおけるヤツだった。
田舎の文武両道の伝統校の野球部は、弱くもなく強くもなかったが、最後の夏、あと一歩でベスト4というところまでいったのは、彼のキャプテンシーのお陰だったのだと思う。
和は、朝の連続ドラマが大好きだった。同時に独特の批評も深くて。
てっきりプロデューサーにでもなるだろうと思っていたが。卒業と同時に渡米し、俳優を目指して大学の演劇学科に入った。
10年ほど経ったある日、主演男優賞をとったと世界中に大きく報道された。
日本人として初めての受賞だった。
授賞式で彼は、ツバの破れた迷彩帽を深くかぶってスピーチをした。
それがかなり物議を醸すことになり。
中には意図的にインク切れのサインペンを渡してサインを求めた人がいたという。
今でも思い出すのだ。
彼の最後の試合の前の声掛けを。
「生きとし生けるものはみな、幸せになるために生まれてきた!それを今日、証明するぞ!」
彼が被っていたのは、戦地で倒れた友人のものだった。

そんなこんなを家内と語らおうとしてソファーに目をやると、家内が脚を指さしてニッコリと笑っていた。
「コジくん、マッサー(注1)さえしてくれたら、我が家は平和だからね」
マッサージをすると、家内は、上機嫌である。
家内が上機嫌だと、我が家は平和である。
だから。
これで、いいのだ。

(注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。
今日の投稿を入れて、59作。俺にしちゃあ、三題噺もけっこう書くには書いたが。これ、どこまで続くの?
いつまで書くの?
初回から一年を超え、まだまだお題を発してくれるヤスシさんとの根競べだ。

