三題噺ショートショートvol.56_懐古
落語家もすなる三題噺といふものを、コジも、してみむとてするなり。
企画もの、大の苦手なのである。
どんな親しい人の企画ものでも、なかなか素直には乗れない。
私は、「ルール」とか「決まり事」とか「期限」とか「締め切り」とかという制限事項が世の中で一番嫌いなのだ。
いくつになろうが、聞かん坊の悪ガキ。それが、私、kojuroだからである。
え?落語?三題噺?ヤスシさん?

心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
コジ、別名、天の邪鬼志朗だろ。「もし書けなかったとしても、それはそれでOK。でも、やってみなきゃ、もったいない!」なんてこと言われたら、逆に書きたくなるんじゃないの?
なんのはなしですか。

わかったよ、書くよ。書く書く。書けば良いんでしょ、リトル。それで、いいんだろ?
ブラックホールよりも重い重い重い腰を上げて、半ば自暴自棄に筆を執る。
さて。では、三題噺ショートショート「懐古」まいりましょうか。

高校の時のことだ。
女子マネに頼まれて英語のノートを貸したのだ。
ちょっと下心もありつつ、二つ返事で差し出した。
当時の俺は、野球はそこそこだったが、勉強だけはピカイチだった。
試験前には俄に人気者となり、嬉々としてみんなを指導した。
昼休み、彼女はノートを返しにきた。
「ありがとう」
五限の英語の時間。課題提出の時。ノートに確かに挟んでいた、完成させたプリントが無い。
「あれ?」
とっさに思いついた。
彼女の狙いはそれだったのだ。ハナから。
庇う義理など無かったが、俺は、宿題忘れの嘘をついた。
放課後、英語の担任に呼び出されて言われた。
「通知簿の点数、1点引くぞ」
泣き寝入りするしかなかった。一度ついた嘘は、男として黙って貫くのが筋だから。
成績表で100点を落としたのは、全科目、全学期で、これだけだった。
商社マンとして海外の巨大プロジェクトを任されて飛び回っている。
慢性的な眼精疲労が悩ましいが。
今やあの一件すら、ただただ、懐かしい。

そんなこんなを家内と語らおうとしてソファーに目をやると、家内が脚を指さしてニッコリと笑っていた。
「コジくん、私に出会えて良かったね。感謝を込めてマッサー(注1)お願いしますね」
マッサージをすると、家内は、上機嫌である。
家内が上機嫌だと、我が家は平和である。
だから。
これで、いいのだ。

(注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。
今日の投稿を入れて、56作。俺にしちゃあ、三題噺もけっこう書くには書いたが。これ、どこまで続くの?
いつまで書くの?
初回から一年を超え、まだまだお題を発してくれるヤスシさんとの根競べだ。

