温故知新(146)邪馬嘉国(女王国) 神夏磯姫 ダンワラ遺跡 周防国一宮玉祖神社 景行天皇
宇佐神宮 彦島八幡宮 高良大社 長坂厳島神社 筥崎宮 フェロー諸島 吉野ケ里遺跡 箱島神社 マラケシュ おのころ島神社 河姆渡遺跡 神龍八大龍王神社 相良寺 アルテミス神殿 大宮神社 上色見熊野座神社 ラト遺跡 富貴寺 古代都市セリヌス 宗像大社 若八幡神社 ヴェストラホルン山
神夏磯姫と倭迹迹日百襲姫命、神功皇后
孝元天皇と倭迹迹日百襲姫命を祀っていると推定される周防国一宮玉祖神社(山口県防府市)では、「占手神事」と「炊きあげ神事」が行われていますが、ともに神功皇后が三韓征伐の際に玉祖神社で軍の吉凶を占った故事に由来すると伝えられています。
周防国一宮 玉祖神社と倭迹迹日百襲姫命を祀っていると推定される高良大社(福岡県久留米市)を結ぶラインは、宇佐神宮(大分県宇佐市)とローマを結ぶラインとほぼ直角に交差し、後者のラインは、彦島八幡宮(山口県下関市)の近くを通ります(図1)。このラインは、玉祖神社が倭迹迹日百襲姫命を祀っていると推定されることと整合します。

景行天皇を周防の佐波(今の防府市)まで出迎えた神夏磯姫は、防府市にある周防国一宮 玉祖神社と関係があると推定されるので、宗像三女神の多岐都比売命と推定される倭迹迹日百襲姫命の親族と思われます。
神夏磯姫と邪馬嘉国、ダンワラ遺跡
ベルベル語で「神の国」を意味し「アトランティス」の都市があったと推定されるマラケシュと、景行天皇が行宮を営んだとされる大宮神社(山鹿市)の近くにある宗像三女神を祀っていると推定される長坂厳島神社(山鹿市長坂)を結ぶラインは、西宮大明神(少彦名命、少彦男心命と推定)を祀る箱島神社(福岡県糸島市)の近くと、宗像三女神と関係があると推定される吉野ヶ里遺跡(佐賀県神埼郡吉野ヶ里町)を通ります(図2)。また、長坂厳島神社とフェロー諸島を結ぶラインは大宮神社、築後国一の宮 高良大社(福岡県久留米市)、応神天皇、神功皇后、玉依姫命を祀る筑前国一之宮 筥崎宮(福岡市東区)の近くを通るので、山鹿市にある長坂厳島神社に神夏磯姫の邪馬嘉国(やまかこく、女王国)の宮があったのではないかと思われます。

おのころ島神社は、和珥氏と関係があると推定される河姆渡遺跡とレイラインで結ばれていて、ラインの近くに大宮神社があります(図3)。このラインから、河姆渡遺跡は、伊弉諾尊(第6代孝安天皇と推定)とも関係があると推定されます。大宮神社のある山鹿市は、二里頭遺跡(夏王朝)ともつながっています。

「金銀錯嵌珠龍文鉄鏡」が見つかっている大分県日田市日高町のダンワラ遺跡は、豊玉姫命(倭迹迹日百襲姫命と推定)と関係があると推定される八大龍王 龍神の池(水分神社境内)と二里頭遺跡(夏王朝と推定)を結ぶラインの近くにあります。夏王朝と関係があると推定されるダンワラ遺跡と邪馬嘉国の宮(長坂厳島神社と推定)の関係を調べてみました。
ダンワラ遺跡と長坂厳島神社を結ぶラインは、豊玉姫命(倭迹迹日百襲姫命と推定)と関係があると推定される神龍八大龍王神社(熊本県菊池市)とアルテミス神殿を結ぶラインとほぼ直角に交差し、相良寺(山鹿市)の近くを通ります(図4)。また、後者のラインは、吉野ヶ里遺跡の近くを通ります(図4)。これらのラインは、長坂厳島神社に邪馬嘉国の宮があったと推定されることと整合し、「金銀錯嵌珠龍文鉄鏡」は邪馬嘉国と関係があると推定されます。中国の古書『太平御覧』や『曹操集』には、魏の曹操(155ー220年)が漢の献帝に1尺2寸(約29cm)の金錯鉄鏡を献上した記録があるようです。魏が卑弥呼へ豪華な返礼品(「親魏倭王」の金印紫綬、銅鏡、絹織物など)を送った理由は、卑弥呼(倭迹迹日百襲姫命と推定)が夏王朝と関係があることを知っていたためと推定され、同様に、魏は夏王朝と関係があると推定される神夏磯姫に金銀錯鉄鏡を献上したのではないかと思われます。

神夏磯姫と景行天皇、宗像三女神
ダンワラ遺跡の近くにある「鏡坂」は、『豊後国風土記』によると、景行天皇が西征の時この坂に登って国見をされ、かたち鏡に似たるかなと仰せられたことに因んで、地名になったといわれています(ヒタスタイル 2025年4月1日)。鏡坂と景行天皇の行宮があったとされる大宮神社(山鹿市)を結ぶラインは、上色見熊野座神社(熊本県阿蘇郡高森町)とクレタ島のラト遺跡(Ancient City of Lato)を結ぶラインとほぼ直角に交差し、後者のラインは、神龍八大龍王神社の近くを通ります(図5)。これらのラインから、景行天皇と神夏磯姫は、邪馬台国の卑弥呼(倭迹迹日百襲姫命、多岐都比売命と推定)と血縁関係がある同族と推定されます。

周防国一宮 玉祖神社は、神夏磯姫と関係があると推定されるので、ダンワラ遺跡との関係を調べてみました。玉祖神社と神夏磯姫の墓と推定されるダンワラ遺跡を結ぶラインは、富貴寺(大分県豊後高田市)と神皇産霊尊の墓ではないかと推定される音羽古墳群とつながるアナトリア半島の古代都市セリヌス(Selinus Ancient City)を結ぶラインとほぼ直角に交差し、後者のラインは、造化三神を祀る足立山妙見宮 御祖神社(福岡県北九州市)の近くを通ります(図6)。

福岡県田川市夏吉にある若八幡神社は、祭神五柱(誉田天皇・大鷦鷯天皇・息長足姫命・地主神・輝徳神)のうち、地主神として神夏磯媛を祀っています。ダンワラ遺跡とヴェストラホルン(Vestrahorn)山を結ぶラインは若宮八幡神社(田川市夏吉)の近くを通り、このラインは、周防国一宮 玉祖神社と市杵島姫神(丹生都比売命と推定)を祀る宗像大社 辺津宮(宗像市田島)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図7)。これらのレイラインは、ダンワラ遺跡が神夏磯媛の墓で、神夏磯媛は宗像三女神と血縁関係があると推定されることと整合します。

若八幡神社の拝殿前には狛犬の代わりに狛牛が鎮座していることから、天満宮とゆかりの深い神社と推定されています。景行天皇の日代宮も天満神社(大分県津久見市四浦深良津)にあったと推定され、景行天皇と神夏磯媛は同族と推定されることと整合します。「纒向日代宮」は創作(改ざん)と推定されることや、同族同士を争わせるという類似のパターンから、景行天皇が、神夏磯媛の同族の土雲族(土蜘蛛)と争ったという話も、古墳時代以降の朝鮮半島からの渡来系氏族1)による創作と思われます。土蜘蛛は、ヤマト王権に恭順しなかった土豪たちを示す名称ですが、下記によると、土蜘蛛は、先住民(国栖)で、土着神(国津神)ともされています。先住民(国栖)は、縄文人と弥生人の混血氏族と推定されます。
国栖の記述として、大和国吉野とは別に、『常陸国風土記』茨城郡の条にも先住民としての国栖の説明がある。それによれば、「国栖(くず)とは俗(くにひと)の語(ことば)で都知久母(つちぐも)」とあり、『風土記 日本古典文学大系』(岩波書店、第14刷1971年、p.46)の脚注4によれば、「土蜘蛛とは土神であり、土着神(国津神)」とする。
文献
1)武光 誠 2026 「古代史の真実」 青春出版社
