見出し画像

eGFRが低い患者の処方、どこから疑う? 病院薬剤師の思考ステップ【見落としを防ぐ4つの視点】

処方箋を受け取るたびに、
ドキドキしたことありませんか?

「この患者さん、腎機能が悪かった気がする…」
「eGFRって、どのくらいから気にすればいいんだっけ?」

私も1〜2年目のころ、処方箋をみて悩んでいました。

今は病院薬剤師として、
毎日のように腎機能低下患者の処方と向き合っています。
経験を重ねた今、「eGFR60以上なら大丈夫」
という思考停止が一番危ないと感じています。

この記事では、
腎臓病薬物療法学会認定薬剤師として、
処方箋を受け取ったときに頭の中で展開している
「腎機能の読み方」を、
できるだけそのままの言葉でお伝えします。

この記事で取り上げている症例は、複数の症例を掛け合わせており、個人が特定されないように配慮しています。

──そしてこの記事は、
私のnoteマガジン「腎臓と薬の話〜病院薬剤師の思考ステップ〜」の入口記事でもあります。

📑 腎臓マガジン15本の歩き方

🚪 【今ここ】まず読む:思考ステップの全体像
 → この記事

🔬 次に読む:腎機能評価の「見かけ」を疑う


💊 腸腎連関・便秘の話


💭 重い判断の話(プレガバリン・透析しない選択)

それでは、4つの視点、ここから始めます👇



あれは、
まだ私が腎臓の勉強を本格的に始める前の話。
eGFRは60以上。
「正常〜軽度低下」の範囲。

「問題なし。通常量でOK。」

そう判断して、
疑義照会もせず処方をそのまま通した。

その患者さんに、副作用が出た。
誰にも指摘されなかったし、
カンファレンスで話題になることもなかった。

私が「やばいことをした」と気づいたのは、
ずっと後になって、
腎臓の勉強を重ねていったときのことだ。

あのとき、私は何を見落としていたんだろう。
一人で冷や汗をかいた。

eGFRが60以上あっても、
腎排泄型の薬が蓄積するケースがある。

その理由を、当時の私は知らなかった。
知らないまま、「数字が正常範囲だから大丈夫」と判断していた。

処方箋の向こうに、患者さんがいることを
—本当の意味でわかっていなかった。


今の私は、処方箋を手に取ったとき、
頭の中で複数の思考が同時に走っている。
教科書には載っていない、
現場で培った「疑いの目」だ。

私が必ず確認することは、4つある。

1|筋肉を見る
——サルコペニア患者は、eGFRが嘘をつく
2|単位を見る
——標準化eGFRは、投与量計算には使えない
3|カスケードを見る
——薬の足し算の裏に、引き算のチャンスがある
4|生活を見る
——数字を整えても、退院後の現実には追いつかない

この4つを、私は3つの「目」で整理している。

鳥の目で患者全体を俯瞰し(1・2)
虫の目で処方の歴史を掘り起こし(3)
魚の目で退院後の流れを読む(4)

今日はその思考プロセスを、
順番に公開しようと思う。


ステップ1|「見かけの数値」を疑う—筋肉を見よう

まず「筋肉量が少ない人のeGFRは信用しすぎない」ところから。

【何を見る?】
筋肉量(ADL・CC・リハビリシートの移動項目)
【なぜ見る?】
eGFRはサルコペニアがあると実態より高く出るから


勉強を重ねて、まずわかったことがあった。

クレアチニンは、筋肉の代謝産物だ。
つまり—
筋肉が少ない人は、クレアチニン値が低く出る。

そしてeGFRは、
クレアチニン値をもとに計算される。
結果、筋肉の乏しい患者さんのeGFRは、
実態よりも「高め」に算出されてしまう。

腎機能は正常に見えて、実は低下している。
これが「マスキング」だ。

回復期リハビリ病棟には、
長期臥床でサルコペニアが進んだ患者さんが多い。
そういう患者さんほど、
eGFRの数字が「嘘をつく」

そのことを知ったとき、
私はひとつの「解決策」を見つけた。

ラウンドアップ法(0.6代入法)

クレアチニン値が低すぎる場合、
0.6に置き換えて計算する方法だ。
いいものを見つけたと思った。
私はこれを多用した。

でも、後になって知った。
ラウンドアップ法は「過大評価を防ぐ」道具であって、「正確に評価する」道具ではない。

「0.6を入れれば安全」
で止まってはいけない
んだ。

では、サルコペニアが疑われる患者の腎機能を、
より正確に評価するにはどうすればいいのか。
そこで登場するのがシスタチンCだ。
詳しいメカニズムと臨床での使い方は、別の記事で詳しく書いている。

▶ 次の記事(4月24日公開予定)
[寝たきり高齢者の「eGFR 90」を信じてはいけない。薬剤師が『シスタチンC』を欲する本当の理由]

ちなみに、サルコペニアについては、
たぬ剤師さんの記事がとってもわかりやすかったので、ぜひ参考にしてみてください。


では、本当に「筋肉を見る」
とはどういうことか。

それは、その人の活動性を見るということだ。

私はまず、患者さんのところへ行く。
直接言葉を交わせなくてもいいし、遠目でいい。

「この人、筋肉量はどうだろう」という目で、
全体を見る。

病棟に上がれる環境なら、
CC(下腿周囲長) を確認する。
管理栄養士やリハビリのスタッフが
すでに測定しているかもしれない。

それが難しければ、
リハビリの評価シートを開く。
FIMの「移動」の項目を見る。
車いすや全介助
—それは、筋肉量が落ちているというサインだ。

eGFRの数字より先に、患者さんを見る。
「筋肉量が少ない」と感じたとき、
初めてシスタチンCの測定という
選択肢が動き出す。
その順番が、大事だと今は思っている。


ステップ2|標準化eGFRの「お化粧」を剥がす—単位を見よう

次に、検査値に載っているeGFRが
「投与量計算にそのまま使えない数字」だという話。

【何を見る?】
個別化eGFR(体表面積補正を外した実際の腎機能)
【なぜ見る?】
標準化eGFRは「もし標準体型なら」という仮の数字だから


80代の小柄なおばあさん。
クレアチニン値は0.4。
検査値に並んだeGFR(mL/分/1.73m²)は、
100超え。

「どんな薬も通常用量で使える」
……ほんとうに、そう?


ここで立ち止まれるかどうかが、
分かれ目だと思っている。

検査値に載っているeGFR(mL/分/1.73m²)は、
標準体型(体表面積1.73m²)に補正された数値だ。
つまり「もしこの人が標準体型だったら、腎機能はこのくらい」という、いわばお化粧をした数字である。

80代の小柄なおばあさんが
標準体型のはずがない。
だから、そのお化粧を外す。

体表面積を計算し、
標準化eGFRに掛け合わせる。
そうして初めて、
その患者さん本来の腎機能(個別化eGFR、mL/分) が姿を現す。

補正を外したその数字が、
薬の投与量を決める根拠になる。

1.73で補正されたeGFRは、
腎機能の「スクリーニング」には使える。

でも投与量を考えるときには使わない
これは、腎臓の勉強を通じて最初に叩き込んだ鉄則のひとつだ。

小柄なおばあさんのeGFRが100を超えていても、
個別化eGFRは半分以下になることがある。
その差が、過量投与と適切な投与量の差になる。

数字を疑わなければ、
患者さんに届く薬の量を誤ってしまうんです。

▶腎機能評価の詳しい解説記事はこちら


ステップ3|「足し算」の裏にある罠を見抜く—カスケードを見よう

処方の歴史を一つひとつ遡ると、
薬が増えた「本当の理由」が見えてくることがあります。

【何を見る?】
処方の歴史——「なぜこの薬が始まったのか」
【なぜ見る?】
薬の副作用が新たな症状に見え、処方が雪だるま式に増えるから


認知症をベースに持つ患者さん。
ある日、胸やけの訴えがあってファモチジンが開始された。

しばらくして、その患者さんは変わり始めた。
やけに怒りっぽくなって、
介護を拒否するようになった。
大きな声で、
他の患者さんに怒鳴るようになった。

病棟のスタッフ全員が思った。

認知症が、進んだのかな。

環境を変えた。
声かけを変えた。
でも、あまり効果がない。

興奮を抑えるために抑肝散が開始された。
少し落ち着いた気もする、
ということで半年以上続いた。

気がつくと、足がむくんでいた。

「年齢的に、心不全もあるかもしれない」
—利尿薬が加わった。

トイレが近くなったと、
頻尿の治療薬も加わった。
処方は、気づかないうちに膨らんでいた。


この連鎖の出発点は、最初の一手だった。

ファモチジンの開始。

クレアチニン値は0.3。
標準化eGFRは100超え。
だから通常量が選ばれる。

でも、そのときのADLは車いす、
もしくはベッド上。
体重は40キロ台前半。

ステップ1で話した「マスキング」が、
ここでも起きている。
筋肉の乏しい小柄な体。
クレアチニンは低く出る。
eGFRは高く出る。
でも本当の腎機能は、
その数字よりずっと低かったはずだ。

ファモチジンは腎排泄型の薬。
個別化eGFRで評価すれば、
減量が必要な状態だったと思う。

過量投与による精神症状が、
不穏の引き金になったのではないか。
抑肝散の長期投与が、
浮腫を引き起こしたのかもしれない。
利尿薬がトイレの回数を増やした。
最初にファモチジンの用量を調節できていれば
—この連鎖は、防げたかもしれない。

最悪、転倒・骨折などの結果に
繋がってしまうことも珍しくありません。

処方カスケードとは、こういうものだ。
「薬の副作用」が「新たな症状」に見え、
「新たな薬」が加わっていく。

誰も悪くない。
みんな目の前の患者さんを一生懸命診ている。
でも、気づかないうちに薬が増え、
患者さんを蝕んでいく。

だから私は、処方箋を手に取ったとき、
薬の量を調整するだけでなく、
処方の歴史を遡る

「なぜ、この薬が始まったのか」を問う。
足し算の裏に、引き算のチャンスが隠れていることがあるから。


ステップ4|「生活」に落とし込む——ベッドサイドのリアルを見よ

最後は、病院の外——退院後の生活まで想像を伸ばす話です。

【何を見る?】
退院後の生活——季節・習慣・市販薬の使用
【なぜ見る?】
入院中に数字を整えても、退院後の環境が腎臓を追い詰めるから


ある患者さんは、
退院した2か月後に再入院してきた。
急性腎障害だった。

原因を辿ると
—腰痛に市販の痛み止めを使っていた。
夏場に草むしりをして、脱水になっていた。
その組み合わせが、腎臓を追い詰めた。

退院のとき、私は「ちゃんと薬を飲んでくださいね」と伝えた。
患者さんは「わかったよ」と答えた。

その約束を、その人はきちんと守った。
処方された薬を飲み続けた。
自分で痛みを管理しようと、
薬局で痛み止めを買った。
草むしりだって、
自分のことは自分でやろうとしたのだと思う。

みんな一生懸命やった。
それでも、結果は急性腎障害だった。

一つ一つは問題なくても、
掛け合わせたときに危なくなることがあります。
市販の痛み止めを買うときは、必ず相談しましょう。

再入院の知らせを受けたとき、
私は本当に後悔した。
もっと何かできなかったのか。
どんな指導をすれば、再入院を防げたのか。
退院後の生活に、
もっと思いをはせればよかったのか。

でも正直に言うと、忙しい日常業務の中で、
退院後の患者さんの「夏の草むしり」まで、
想像はおよばない。

今も、正解はわからない。
ただ、あの再入院から、
私は関わるすべての患者さんに
必ず伝えることにしている言葉がある。

これから暑い時期になります。
お薬は腎臓からも出ていくので、腎臓が元気に働けるように、
水分補給だけは忘れないでくださいね。

たったそれだけ。
完璧な指導じゃない。
それで全部が防げるわけでもない。
でも、数字を調整して終わりにしない。
その人が退院後にどんな季節を過ごすかを、
少しだけ一緒に想像する。
それが今の私にできる、
「生活を見る」ということだ。

明日、処方箋を手に取ったとき、
見れる環境にいる方はひとりだけでもいいので、
「筋肉量が少なそうだな」と思う患者さんの
FIMとCCを見に行ってみてください。
それだけで、見える景色が少し変わるはずです。


おわりに|現場で戦うあなたへ

4つのステップを並べてみると、
結局すべて同じことを言っている気がする。

数字の前に、人を見ろ。

eGFRが正常でも、その人の筋肉を見る。
標準化された数値でも、
その人の体格で補正する。
処方の足し算を見たら、その歴史を疑う。
薬の量を整えても、その人の退院後を想像する。

どれも、教科書には載っていない。
でも、教科書通りにやっていたあの頃の私は、
患者さんを守りきれていなかった。
それを、誰にも指摘されないまま、
ずっと後になって一人で気づいた。
冷や汗をかいたあの日のことを、
私は今も忘れていない。


4つのステップを実践するうえで、
もう一つ大切なことがある。

「数字を疑う」だけでは足りない。
疑ったとき、代わりの答えを出せる道具を持っているか——ということだ。

ステップ1で「このeGFRは信じられない」
と気づいても、
では本当の腎機能はどうやって評価するのか。
その答えのひとつが、シスタチンCだ。

「疑う視点」と「正しく評価する道具」。
この2本が揃って初めて、処方箋の向こうにいる患者さんを守ることができると思っている。


明日、処方箋を手に取ったとき。
ほんの少しだけ、
その紙の向こうを想像してみてください。

今回はここまで。
読んでくれてありがとうございました。

この記事の余韻と一緒に読んでほしい

思考ステップを使ったあとの「具体的な動き方」を知りたい方へ


リハ職と連携してCKD患者を守りたい方へ


若手薬剤師として「自分の居場所」をどう作るかを読みたい方へ


いいなと思ったら応援しよう!

ママ薬剤師HONO よろしければ応援お願いします!いただいたチップはオロナミンCの購入費としてモチベーションと活力アップに使わせていただきます✨