【健康診断の落とし穴】「クレアチニンは正常」を信じてはいけない理由。薬剤師が現場で見る"本当の"腎機能
前回は、痛み止めと血圧の薬の「危険な飲み合わせ」についてお伝えしました。
今回は、その話と深くつながるテーマです。
高齢の親の健康診断結果を見て安心している子世代へ。
そして、親の薬の管理に少しでも不安を感じている方へ。
そんな方に読んでほしいと思って書きました。
「お父さんの健康診断、腎機能は正常だったよ」
そう言われてホッとした経験はありませんか?
あるいはご自身の健診結果を見て、
「腎臓の数値は大丈夫そうだな」と胸をなでおろしたことは?
実はこの
「腎臓の数値(クレアチニン)正常=安心」という思い込みが、
わたしが現場の薬剤師として、
最も警戒している勘違いのひとつです。
結論から言うと、
筋肉量の少ない高齢者は
クレアチニンが正常でも腎臓が弱っていることが多いんです。
本当の腎機能を知るために見るべき数値は『eGFR』です。
腎臓病薬物療法の認定資格を持つ薬剤師として、
また、回復期リハビリテーション病院で
日々患者さんの薬と向き合っている立場から、
今日はその「勘違いのカラクリ」を正直にお話しします。
「クレアチニン」って、そもそも何者?
クレアチニンとは、
筋肉がエネルギーを使ったあとに発生する老廃物(燃えカス)のことです。
この燃えカスは血液に入り、
腎臓でろ過されて尿として体の外に出ていきます。
腎臓が元気なうちは燃えカスをどんどん捨ててくれるので、
血液中の濃度は低く保たれます。
ただし…腎臓が弱ってくると捨てきれなくなり、
血液中に燃えカスが溜まって数値が上がっていく
―これがクレアチニン検査の原理です。
つまり、
クレアチニンが正常=腎臓が燃えカスをうまく捨てられている、
という解釈になります。

ここまで聞くと
「じゃあ正常値なら安心じゃないか」と思いますよね。
問題は、この次です。
「燃えカスが少ない人」には通用しない論理
【結論】
筋肉量が少ない高齢者や小柄な女性は、腎臓が弱っていても老廃物自体が少ないため、検査値が見かけ上『正常』にみえてしまう「マスキング(隠ぺい)」という現象が起きます。
前章では、
『クレアチニンは筋肉から生まれる』という話をしました。
では、そもそも筋肉が少ない人はどうなると思いますか?
そう!
燃えカスの発生量が、もともと少ないのです。
高齢になると、たいていの人は筋肉量が落ちますよね?
これはサルコペニア(加齢性筋肉減少症)と呼ばれる、
自然な老化現象です。
回復期リハビリの現場では、
入院中の患者さんの多くがこの状態にあります。
工場が稼働率50%に落ちれば、出るゴミも半分になる。
ゴミ収集車(腎臓)が少ししか動いていなくても、
ゴミ(クレアチニン)が少なければ、
処理が追いついているように見える。
これが現場で起きていることなんです。
腎臓の処理能力が本来の半分以下になっていても、
筋肉量の低下で発生するクレアチニンが少ないため、
血液中の濃度は「正常範囲内」に収まってしまう。
検査の数値は正常。
でも実際は、腎臓は静かに悲鳴を上げているんです。

この状態を医療現場では
「クレアチニンによるマスキング(隠蔽)」と
表現することがあります。
実はこの現象、お年寄りだけの話ではありません。
もともと筋肉量が少ない小柄な女性や、
40〜50代のお母さん世代でも、
まったく同じことが起きます。
体重40kg台で華奢な方の場合、
腎臓が弱っていても燃えカス自体が少ないため、
健診では「正常」のハンコが押されてしまうことが頻繁にあるんです。
「高齢男性の話でしょ」と読み飛ばしてしまった方、
今一度、身近な人の健診結果を思い浮かべてみてください。
現場の薬剤師が本当に見ている数値―eGFR
【結論】
eGFR(推算糸球体濾過量)とは、年齢・性別・クレアチニン値から計算した『腎臓の本当の処理能力』の推定値です。
では私たち現場の薬剤師は何を見ているのか。
答えは eGFR(推算糸球体濾過量) です。
一言で言えば、
年齢・性別・クレアチニン値から計算した、
腎臓のろ過能力の推定値です。
クレアチニンが「今日出たゴミの量」を見ているだけなのに対し、eGFRは「工場(腎臓)が本来どれだけ動けるか」という
処理能力そのものを推定してくれます。
同じクレアチニン値でも、80歳の女性と40歳の男性では
腎臓の実際の能力はまったく異なります。
eGFRはその個人差を補正してくれる、より実態に近い指標です。
目安として、以下の表を参考にしてください。


特に意識していただきたいのが、eGFR 45を下回るゾーンです。
この領域に入ると、
通常量で処方・服用した薬が体内に留まりやすくなり、
予期しない副作用のリスクが
一気に高まってしまうことがあります。
「見えない腎機能低下」が引き起こした危なかった事例
ここで、わたしが経験した話をひとつお伝えします。
ある日、入院中の70代の女性患者さんに、
帯状疱疹の治療薬(抗ウイルス薬)が処方されました。
車いすを使用されている方で、体重は40kgを下回るくらい。
処方箋には医師から
「腎機能チェック済み」というコメントが添えられていました。
しかし処方箋を手に取ったとき、
薬剤師として「なんだか嫌な予感」がしました。
用量を見ると、通常量のまま。
帯状疱疹の治療薬(抗ウイルス薬)の多くは、
腎臓から排泄される薬です。この方の薬もそうでした。
実はここには、大きな落とし穴があります。
健康診断などで一般的に使われるeGFRの数値は、
「標準的な体格の人」を想定した目安にすぎません。
しかし私たち薬剤師が薬の安全な量を評価する時は、
その人の実際の身長や体重を反映させた
「個別化eGFR」という数値を計算し直すんです。
車いすで生活されているほど身体機能が低下した状態なら、
筋肉量も著しく落ちているはず―。
年齢・体格・生活状況を考慮して腎機能を推算し直してみると――
結果は「要注意ゾーン」。
「チェック済み」のクレアチニン値とは、
まるでかけ離れた数値でした。
なぜ危険だと判断したか、3つの理由をまとめます。
1.薬の性質
帯状疱疹の薬は腎臓から排泄されるため、
腎機能に応じた減量が必要。
2.患者の体格
体重40kg未満の車いす生活で、筋肉量が著しく落ちていた。
3.個別化eGFRの計算
標準体型ではなく、
実際の体格で計算し直すと『要注意ゾーン』だった。
クレアチニンが正常範囲内でも、筋肉量が極端に少ない方では、
腎臓の本当の能力が隠れてしまいます。
そのまま通常の量を飲み続ければ、
薬が体から抜けず血中に蓄積し、
意識が朦朧としたり、
ふらついて転倒・骨折を起こす危険な状態でした。
すぐに処方医に連絡し、
用量を調整してもらって事なきを得ましたが、
もし「腎機能チェック済み=安心」の一言だけを信じていたら
―と、今でもヒヤッとします。
「異常なし」「チェック済み」という言葉の裏に、
こういう現実があるんです。
そして、薬剤師はこういうところをチェックしています。
今日、あなたにできる3つのステップ

難しい話が続きましたが、行動はシンプルです。
ステップ1:親(または自分)の健康診断結果を見せてもらう
「最近どう?」の会話のついでに、
健診結果を一緒に見てみてください。
ステップ2:「eGFR」の欄を探す
クレアチニンの隣か、
腎機能の項目にまとめて記載されているはずです。
健診票によっては、「eGFR」の項目が
省略されていることもあります。でも大丈夫です。
日本腎臓学会のホームページなどにある
「eGFR計算ツール」を使えば、スマホで簡単に計算できます。
年齢・性別・クレアチニンの数値を入れるだけで、
すぐに本当の腎機能がわかります。
もちろん、かかりつけ医や調剤薬局で
「eGFRを教えてください」と一言伝えるだけでもOKです。
ステップ3:eGFRが45を下回っていたら、市販薬の自己判断をやめる
「頭が痛いから鎮痛剤を買ってきてあげよう」
「眠れないと言っているから睡眠改善薬を」
―その親切心が、思わぬ副作用につながるリスクがあります。
特に、前回の記事でお伝えしたロキソニン・イブプロフェンなどの痛み止め(NSAIDs)や、市販の睡眠改善薬は、腎臓に負担をかけたり、排泄が遅れてふらつきの原因になりやすい代表格です。
購入前に必ず、薬剤師に
「eGFRが○○なのですが、この薬は大丈夫ですか?」
と一声かけてください。
その一言があるだけで、
薬剤師は必要な確認を行うことができます。
おわりに―「正常値」より「本人の腎機能」を見てほしい
健康診断の結果は、
あくまでスクリーニング(ふるい分け)のためのツールです。
すべての異常を拾い上げるために設計されているわけではなく、特に高齢者や小柄な女性の腎機能評価には、構造的な限界があります。
クレアチニンが正常でも、eGFRが低ければ腎臓は確実に弱っています。そしてその腎臓の状態は、日々飲んでいる薬の安全性に直結しています。
「数値が正常だから大丈夫」ではなく、
「この人の腎臓は今、どのくらい働いているのか」を考える習慣を、ぜひ持っていただければと思います。
ご家族のお薬手帳や健診結果を見て、『あれ?』と思ったことはありませんか?もしあれば、ぜひコメント欄で教えてください。
この記事が、あなたやあなたの大切な家族を守るために
役に立ったなら嬉しいです。
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