医師を動かし、患者を守る。『シスタチンC』測定の判断基準と認定薬剤師の思考法。
回復期リハビリ病棟に来る患者の多くは、
腎機能の数字が嘘をついている。
クレアチニン0.4。eGFR100超え。
一見、腎機能は問題なさそうにみえる。
でも、150センチ35キロ、ベッドの上でほとんど動けない。
脳出血後の麻痺で、筋肉はとっくに落ちている。
──こんな患者さんを目の前にしたとき、
私はいつも『シスタチンC』を測りたくなります。
📚 この記事を読む前に、無料の3記事で土台を作っておくと理解が深まります。リンクを貼ってあるので読んでみてください。
【eGFRの基本】新人薬剤師が押さえたい「eGFRの5つの誤解」
【寝たきり患者の盲点】寝たきり高齢者の「eGFR 90」を信じてはいけない
その上でこの記事は、「医師にシスタチンC測定をどう提案するか」の判断基準と思考法を、実例とテンプレ付きでお届けします。
クレアチニンの数字を、そのまま信じていいのか。
なんとなく怪しい、という直感はある。
クレアチニンが低すぎて、なんか引っかかる。
でも、それをどうやって証明したらいいかわからない・・・
今は、腎臓病薬物療法認定薬剤師として、
必要だと思えば
医師にシスタチンCの測定を依頼する。
そして、医師もそれを聞き入れてくれている。
「シスタチンCを測ってほしい」と依頼したい
——でも、その根拠が言語化できなくて、
依頼することを躊躇した経験が私にもある。
この記事は、そんな私が回復期リハ病棟で働きながら『シスタチンCを測定依頼する判断基準』をどう作ってきたかを書いたものです。
医師の代わりに腎機能を「決定」することは薬剤師にはできない。
でも、「依頼する」ことはできる。
その依頼を、根拠を持ってタイミングよく行うために必要なことを書いていきます。
なお、クレアチニンとeGFRの基本的な読み方については、こちらの記事で整理しています。
この記事は、「腎機能の評価がちょっと苦手」
という薬剤師の方にこそ読んでほしい。
クレアチニンとeGFRの違いはわかる。
シスタチンCという言葉も聞いたことはある。
でも、
「実際どう使い分けるの?」
「いつ測定を依頼すればいいの?」
——そこになると、急に自信がなくなる。
そういう薬剤師に向けて書いている。
だって、私も同じように迷って苦しんだから。
自施設に腎臓専門医がいなくても、
自分が認定薬剤師でなくてもいい。
薬剤師が日常業務の中で
「この患者、シスタチンC測った方がいいかもしれない」と気づき、医師に提案できるようになること—それがこの記事のゴールだと思っている。
シスタチンCの「定義」や「測定意義」を解説する記事は、
すでにたくさんある。
でも、「明日、月曜の朝、回復期病棟のあの患者で、私はどう動くか」
——その問いに答える記事は、ほとんどない。
この記事は、その「明日の朝」のために書いたものです。
▶ 第1章:シスタチンCを「知っている」と「使える」は違う
【この章で言いたいこと】
シスタチンCの知識は、
参考書をみれば手に入る。
でも「いつ・どう使うか」は書いていない。
知識と行動の間にある「空白」の話をします。
シスタチンCが何かは、知っている。
クレアチニンは筋肉から産生される代謝物なので、筋肉量が少ない患者では血中濃度が低く出る。
結果として、腎機能が計算上では良さそうに見えてしまう—これが「隠れ腎機能低下」の正体だ。
一方で、シスタチンCとは何か。
全身の細胞から産生される低分子タンパク質で、
筋肉量の影響をほとんど受けない。
腎糸球体で濾過されて代謝されるため、
腎機能が低下すると血中濃度が上昇する。
クレアチニンより早期から腎機能の低下を反映し、腎機能が約2割低下した段階から検査値が上昇し始めるとも言われている。
そこまではわかっている。
参考書に書いてあることだから。
「で、いつ使うの?」——そこが教科書には書いていない。
こうした場面で参考になるのが、
腎臓病薬物療法の領域でよく参照される、
平田純生先生の資料だ。
平田先生は熊本大学で長年、
薬剤師向けに腎機能評価の実践的な考え方を発信してきた第一人者で、「腎機能を正しく評価するための10の鉄則」は多くの薬剤師の手元に置かれている資料だと思う。
https://hirata.softsync.jp/wp/wp-content/uploads/docs/10-8-1_20191126.pdf
その中に、こんな記載がある。
筋肉量が極端に少ない患者に腎機能推算式を適用する場合には、シスタチンCによる腎機能評価が推奨される。
日本腎臓病薬物療法学会のガイドブックにも、
同様の考え方が示されている。
問題は、「誰に」「どのタイミングで」「どう依頼するか」
——という実装の部分だ。
知識は持っている。
でも、知識と行動の間には、
思ったより大きな空白がある。
その空白を埋めるまでに、
私はずいぶん時間がかかった。
「腎臓病薬物療法認定薬剤師」の資格を取るために何十例もの複雑な患者さんの症例報告をまとめ、学会発表に向けて地道なアセスメントを繰り返す中で、ようやく「現場で医師を動かすための基準」が見えてきた。
▶ 第2章:回復期病棟というフィールドで見えたこと
【この章で言いたいこと】
回復期リハビリ病棟には、
「eGFRが嘘をつく」条件が揃った患者が集まっている。
ラウンドアップ法で対応してきたが、それだけでは足りないと気づいた経緯を書いています。
回復期リハビリ病棟に来る患者には、
ある共通点がある。
脳卒中後の麻痺。
大腿骨骨折後の臥床。
廃用症候群。
疾患の種類は違っても、
多くの患者が「長期臥床による筋肉の減少」という同じ経過をたどっている。
これは、クレアチニンによる腎機能評価にとって、最も難しい条件だ。
平田先生の10の鉄則にもこう書かれている。
血清クレアチニン値による腎機能推算値を過大評価するのは「痩せた高齢者」ではなく、寝たきり患者などの活動度の低いサルコペニア高齢者だ。
痩せていても、筋肉量が少ないとは限らない。
逆に、見た目は普通でも、長期臥床で筋肉が落ちていればクレアチニン値は実態よりずっと低く出る。
回復期病棟は、そういう患者が集まる場所だ。
ラウンドアップ法で対応してきた時期
クレアチニン値が低すぎる患者に出会うたびに、
私はラウンドアップ法を使ってきた。
ラウンドアップ法とは、
血清クレアチニン値が0.6mg/dL未満の場合に、
0.6mg/dLを代入して腎機能を推算する方法だ。
筋肉量が少ない患者でクレアチニンが過度に低値になっているとき、腎機能の過大評価を防ぐための「補正」として、臨床現場では長く使われてきた。
確かに、何もしないよりはいい。
腎排泄型の薬剤を通常量で投与してしまうリスクを、ある程度は下げられると思う。
でも、ある時期から、
引っかかりを感じるようになった。
ラウンドアップ法は
「腎機能の過大評価を防ぐ」ための方法であって、
「腎機能を正確に把握する」方法ではない。
平田先生はこう言っている。
0.6代入法によって
安全性は高くなるが、有効性を担保することはできない。
さらに、他の研究でも、
『推算CCrにラウンドアップ法を使用するよりも、使用しないほうが実測CCrに近いことがある』という報告がある。
つまり、ラウンドアップ法は
「保守的な安全策」であって、必ずしも正確な評価ではない。
安全のために低く見積もる。
それは一つの判断だと思う。
でも、低く見積もりすぎると、今度は別の問題が起きる。
過少投与だ。
抗菌薬や抗てんかん薬のように
「しっかり効かせないといけない薬」まで
過剰に減量してしまえば、治療効果が出ない。
患者の痛みが取れない。
感染が治らない。
それもまた、患者を傷つけることになる。
「減らせば安全」ではない。
「正確に評価して、必要な量を届ける」
——それが、薬剤師の仕事のはずだ。
そう思い始めたころ、
私は一人の患者と出会った。
この記事で取り上げている症例は、複数の症例を掛け合わせており、個人が特定されないように配慮しています。
「この数字を信じていいのか」と思ったケース
70代女性。
脳出血後のリハビリ目的で入院してきた。
麻痺があり、ADLはほぼ全介助。
リハビリの時間だけ車椅子に乗るが、
基本的にはベッド上の生活だ。
身長150センチ、体重35キロ。
下腿周囲長(ふくらはぎの周径)は明らかに細い。
血液検査を確認した。
クレアチニン:0.43mg/dL。
標準eGFRは100超え。
数字だけ見れば、腎機能は問題ない。
でも、私の手は止まった。
この患者のクレアチニンが低いのは、
腎臓が元気だからではなく、
筋肉がほとんどないからではないか——。
主治医はすでに体格補正を外して個別eGFRを算出していた。
丁寧な先生で、「体格補正を外してチェックしたよ」とわざわざ教えてくれた。
そのときの個別eGFRは75弱。
「腎機能からみても、通常量でいいよね」
というのが主治医の判断だった。
でも私は、まだ引っかかった。
この患者は、長期臥床によって筋肉が極度に落ちている。
そのクレアチニン値0.43は、本当に腎機能を反映しているのか。
個別eGFR 75という数字は、実態に近いのか。
そして、処方されようとしていた薬が、
プレガバリンだった。
プレガバリンは尿中排泄率が約90%と高い、
腎排泄型の薬剤だ。
腎機能低下患者での、『めまい・傾眠』などの
中枢神経系有害事象の発生率は、
腎機能正常患者の約4%に対して23%と報告されていて、転倒リスクの高い回復期患者ではとりわけ慎重に扱うべき薬だ。
ここで腎機能評価を誤れば、
この患者は傾眠やふらつきでリハビリができなくなるかもしれない。
それは、回復の機会を奪うことに直結する。
「シスタチンCを測ってほしい」
と、私は主治医に依頼することにした。
実は、過去に同じ場面で
「うーん、まあ通常量でいいんじゃない?」
と医師に言われたことがある。
引き下がってしまった私は、
その日の夜、ずっと考えていた。
「私の伝え方が、足りなかった」と。
同じ轍は踏まない。
今度こそ、根拠を持って依頼する。
問題は、どう伝えたか——
▶ 第3章:私が「シスタチンCを依頼する」と判断するとき
【この章で言いたいこと】
薬剤師がシスタチンC測定を依頼するための、
具体的な判断基準と依頼する際の『言葉』を書きます。
「測るかどうか」の判断と、
「どう頼むか」の技術は、全く別の話なんです。
ここから先で、私は3つのことを書きます。
・「測ってください」では動かない医師を動かす、具体的な根拠
・プレガバリンの患者で、私が実際に医師に投げた言葉(一言一句そのまま)
・翌日、シスタチンCの結果が返ってきた後、私が処方をどう変えたか
先日、この記事を読んでくれた方から、
「自分の現場が違って見えた」というメッセージをいただいた。
その一通が、今このキーボードを叩く力になっている。
教科書には載っていない。
でも、明日の朝、迷っているあなたの背中を押すのは、
こういう言葉だと思っています。
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