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読書ブログは私の修行!5年で1000冊投稿して思うこと



上田隆弘
浄土真宗僧侶/函館大谷短期大学非常勤講師
早稲田大学文化構想学部卒業、大谷大学大学院修士課程真宗学専攻修了
2019年「宗教とは何か」をテーマに13カ国を巡り、全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載
ブログ「【日々是読書】僧侶上田隆弘の仏教ブログ」にて【仏教入門・現地写真から見るブッダ(お釈迦様)の生涯】 を連載しています。

ブログ「【日々是読書】僧侶上田隆弘の仏教ブログ」より

はじめに

みなさんこんにちは。当noteの管理人の上田隆弘と申します。

私は現在、このnoteの他にメインブログ「【日々是読書】僧侶上田隆弘の仏教ブログ」を運営しています。そのブログでは2020年から私が読んだおすすめ本を紹介するという記事を更新し続けて参りました。現在総記事数は1900を超え、本紹介の記事だけでも1000を超えています。

ただ、読書ブログというものはなかなか難儀なもので、アクセス数も伸びにくく、やってもやっても成果が出にくいジャンルでもあります。かく言う私も始めて数年は苦しい時期が続きました。読書ブログを書くこと自体は楽しいのですが、やはりあまりにもアクセスがないとさすがに心が折れそうにもなります。

ですがそれもそのはず、まず「読書ブログ」というものの需要が小さく、そもそも出版業界そのものが苦戦しているという現実があります。さらにグーグル検索では大手出版社や販売サイトなどのページがずらりと並び、個人サイトの読書記事が検索上位に来ることは非常に難しい状況です。これではいくら書いても埋もれてしまうこと必至です。

さらにさらに難儀なことに私が紹介する本は今流行りのベストセラー本ではなく、マニアックな本ばかりです。これでは苦労するのも当然です。

ですが、それでも私はこの読書ブログを大切にしていきたいと考えています。

なぜなら、これは私にとってある種の「修行」でもあるからです。

私にとって「旅と読書」とは

最初の目的地アフリカのタンザニアにて

私は2019年に「宗教とは何か」をテーマに世界一周の旅に出ました。この旅は私にとって強い思い入れのある旅でもありました。

と言いますのも、私は大学時代、文学部で宗教学を学んでいました。

その時から仏教だけではなくキリスト教や文化人類学、心理学など様々なことに興味を抱くようになっていきました。

そして大学院で浄土真宗を専門に学んでいくうちに、ますます他の宗教や文化に目が向くようになっていったのです。

私は、お寺が何なのかをもっと知りたい。

自分の信じる仏教が何なのかをもっと知りたい。

僧侶として生きていくとは、そもそもどういうことなのだろうか。

私はどうやら、納得いくまで考えてみないと気が済まない性分なようです。

私は浄土真宗の僧侶として納得した上でその職を全うしたい。そしてそれに満足して終わらずに考え続けていきたい。

そう思うのです。

そして自分という「こちら側」を知るためには、他者という「あちら側」の存在が不可欠です。

私たちは「私たち自身」だけで独立して出来上がっているわけではありません。

「あちら側」がなければ「こちら側」も存在しません。

だからこそ、他の宗教や世界の歴史を学ぶことで仏教という「こちら側」もより鮮明に見えてくるのではないでしょうか。

違いが分かれば仏教や日本というものの見え方も変わってきます。

ユダヤ教・キリスト教の『聖書』やイスラム教の『クルアーン』を読んでみると、面白い発見が次々と現れてきます。

地域や時代、文化が違うと、ここまで考え方も変わってくるのかとわくわくさせられます。

また同時に、私たちと似た面や共通するところが見つかると思わず「う~んなるほど」とうなってしまうような興奮を味わう時もあります。

私はそれらの大部分を本によって学んできました。

私にとってそれらは本当にかけがえのないものになりました。

ですが、だからこそ私はこう思ったのです。

「本で学んできたことを現地で見てみたい!」

「これまで本の上で得てきたものを私は現地でどう感じるのだろうか!」

私は現地に行ってみたくてしょうがなくなってしまいました。

だからこそ私は2019年に旅に出たのです。

これが私の原点です。まずは本を読み、徹底的に勉強してから現地に行き、自分が何を感じるか確かめに行く。これが私のスタイルになったのでした。

そしてそこで得た課題を基に私は帰国後「親鸞とドストエフスキー」研究に取り組み始めました。その過程で始まったのが私の読書ブログなのです。

読書ブログを始めたきっかけ

本紹介を始めた当初は単にドストエフスキー参考書のデータベースを作ろうという軽い気持ちでした。しかし彼の研究を進めていく内に、「ドストエフスキーをもっと知るためにはロシアの歴史や時代背景、文化を知らねばならない」とその方面の本も読み始めることになりました。

そしてロシアの歴史を学んでいると今度は「ロシアに影響を与えたフランスやドイツ、いやヨーロッパの歴史を知らねばならない」とヨーロッパ関係の文学や参考書にまで関心は広がっていきました。

その後はこの連鎖です。もう止まりません。ひとつ学べばその背後にある無数の事象が気になって仕方がないのです。そしてその背後を学べばまたその背後が気になってくる・・・

こうして私は次から次に本を読み進め、それを記事にしていきました。その積み重ねが今に繋がっています。

私の読書ブログのスタンス~私が自信を持っておすすめしたい本をご紹介

とはいえ、まず大前提として当ブログでは難しい哲学談義をしようとは考えておりません。当ブログ、特にnoteではあくまで「私が読んだ面白い本をご紹介する」というスタンスで更新しています。

この本にはどんなことが書かれていて、どこが面白いのか。そしてそれを読むことでどんなことが見えてくるのか、そうしたことを各記事でお話ししています。つまり、まさしく本紹介そのもの。私は学者ではありません。その道の専門家ではない私がある事柄に対してわかったかのようなことを言うことはできません。できるのは「この本面白かったですよ!ぜひ読んでみて下さい!」という案内だけです。

ですが、実はこれ、フランスの文豪エミール・ゾラ(1840-1902)がしていたことでもあります。

マネ《エミール・ゾラの肖像》 1868年 Wikipediaより

彼は作家になる前の出版社勤務時代、編集者として数多くの本を読み、それらを紙面で紹介するという仕事をしていました。エミール・ゾラは私が最も尊敬する作家の一人です。私がゾラにはまったきっかけは以下の「ゾラの連作『居酒屋』『ナナ』が面白すぎる!フランスの文豪ゾラは社会勉強におすすめ!」の記事でお話ししていますのでぜひそちらもご参照頂けたらと思いますが、ゾラは素晴らしい作品を残しているのはもちろん、人としても尊敬すべき偉大な人間でした。

当ブログではそのゾラに倣って、私が厳選した「面白い本」、「今読むべき名著」を紹介しています。ざらっと覗いて頂くだけでも結構です。もしほんのちょっとでも興味があるタイトルや本があればぜひその記事を覗いてみて下さい。その本に何が書かれていてどこがおすすめのポイントなのかがそこにまとめられています。そしてその記事を読めばその本に関連する別の本も紹介されていますので、より深く広くその事柄について学ぶことができるようになっています。皆様の読書の案内板として当ブログを利用して頂けましたら幸いでございます。

当ブログではドストエフスキーやトルストイ、シェイクスピアなど古典の名作から現代史のノンフィクションまで様々なジャンルの本を紹介しています。

はてはフェルメールやクラシック音楽、ディズニーなど一見それぞれバラバラなようにも見えるかもしれませんが、それらは全て私が探求する「親鸞とドストエフスキー」というテーマに直結しています。さらに言えば、そこから仏教、宗教、人間そのものへと繋がっています。

一冊一冊の本はそれ単独で存在しているのではありません。すべてが繋がっています。そして本を一冊読む度に世界の新たなつながりが見えてきます。読む度に今まで知らなかった世界が増えていく、それが読書の魅力だと思います。

そして大事なことですが、私はその本がただ古典や名著とされているからその本を紹介しているわけではありません。

私が実際に読んでこれは現代人にとっても面白いと自信を持って紹介できるからこそ紹介しています。

上で紹介したゾラも百年以上も前の作家です。現代人からすれば古くさくて小難しい古典の範疇に入ってしまうかもしれません。

ですが私は言いたい!古典と言ってしまうから敷居が高くなってしまうのです!

たくさんの人が読んで「これは面白い!素晴らしい作品だ!」と納得した名作が、時を経ても色あせずに残り続けているから古典になっただけなのです。

古典だからすごいのではないのです。名作・名著だから古典になったのです。

よく「古典を読め」という話が出ますが、「名作を読め」と言われればそこから受けるニュアンスはかなり変わりますよね。

それに、そもそもこれら古典の名作は現代語訳されているので、今新しく作られている本と何ら変わるところはありません。「わかりやすさ」「読みやすさ」を売りにした本とはさすがに違いますが、基本的には今作られている本と変わらぬ土俵で読めるのです。

最近出た本でもメディアや口コミなどで「これは面白い!名作!おすすめ!」という言葉を受けてその本を読むのがほとんどではないでしょうか。

ゾラにしても本来は同じ土俵に立ってもいいのではないかとおもいます。しかしそれを阻んでいるのがやはり「古典」という言葉なのではないかと私は思っております。

もっと「名作」という言葉を推してほしい!そう願っている今日この頃です。

少し話はそれてしまいましたが、私がブログで本を紹介するのは自分の勉強のためであることはもちろんですが、このように私が自信を持っておすすめする作品を紹介したいという思いがあるからこそです。

そして本を読むことで世界の見え方が変わると私は信じています。私は今函館大谷短期大学の非常勤講師をしていますが、学生たちにも読書を強く勧めています。やはり学びの基礎は読書にあります。幅広く思想や世界を学び、大きな視野を持って生きていける力を養えるのが読書だと私は信じています。

「自分の仏教のため」だけに勉強するなら何もブログに書く必要はありません。ですが、私は本の力を信じています。私の愛する本がもっと世に広まってほしい。そして本を通して世の中が良くなってほしい。私はそう思っています。

読書ブログは私の修行

「読書ブログは私の修行!」と大きなことを言ってしまいましたが、これは私の偽らざる本心です。

「修行という割にはずいぶんと楽しそうですね」

そんな声も聞こえてくる気がしますが、そうです。もはやこの読書ブログは私自身のライフワーク、楽しみそのものとなっています。日本人は特に「修行=苦行」のイメージが強く、「修行」は「苦行」と混同されがちですが、「苦行」は「修行」の一部であって「修行そのもの」ではありません。

修行とは「行を修める=仏教的によい行いをする」というのが極々ざっくりとした意味になります。細かいことにはこれ以上立ち入りませんが、修行というのは仏教を実践する者にとって苦行ではなく、楽しみですらあるのです。つまり、私にとって読書ブログは苦行ではなく、むしろ有意義な仏教実践のひとつと言うことができるでしょう。

ただ、実は私のいる浄土真宗は修行をしない宗派なので「私は修行しています」というのは本来タブーな表現です。これが浄土真宗の特殊な点なのですが、日本仏教にも色々な考え方があるということです。一口に仏教と言ってもその修行法や教義は全く異なります。こうした宗派による教えの違いというのも仏教の面白さ、奥深さに繋がっているのではないかと私は考えています。

興味のある方は以前当noteでも紹介したおすすめ仏教入門書一覧解説書をご参照頂けたらと思います。

そして重要なことですが、次のような指摘もあると思います。

「僧侶なら他のものを見ていないでお経の勉強をすべきではないか」

それはごもっともなことだと思います。

ですが、お経を読むことだけがお経の勉強ではありません。

目の前にあるあらゆるものがお経であり、仏教の学びになるのです。

一見まったく関係のなさそうなものからでも、仏教を見出すことができるのです。

私はそういう気持ちで日々本を読み、世界を見ています。

もちろん、私自身お経そのものをないがしろにするつもりは全くございません。むしろそこが私の原点であり大切な存在です。その学びを怠れば僧侶としての大切なものを自ら捨ててしまうことになってしまうでしょう。

あくまで私は僧侶です。僧侶の目線でドストエフスキーを読み、トルストイを読み、シェイクスピアを読みます。

彼らの小説を読むことは人生の追体験だと私は考えています。本来体験することができない他者の人生を追体験できる小説は格好の人生勉強です。時代を超えて読み継がれる名著にはそうした力が備わっています。

ドストエフスキーもトルストイもシェイクスピアも僧侶としての私の学びを支えてくれる大切な先生です。

それに、そもそも仏教のお経にも劇的でドラマチックな物語が多々書かれています。難解な哲学や宗教思想だけがお経ではないのです。そうした魅力的な物語がお経に説かれているからこそ多くの人を引き付けてきたという歴史があります。

というわけで決して仏教をないがしろにしているわけではないということが皆様に伝わってくれたなら幸いでございます。

おわりに

さて、ここまで読書ブログについての私の思いをお話ししてきましたがいかがでしたでしょうか。私にとっては読書ブログは仏教実践のひとつとして記事を更新し続けています。

この記事の最初にもお話ししましたが、読書ブログはそもそも難儀なジャンルです。成果が感じられにくく、継続も大変です。

ですがこれも一つの修行です。難儀だからこそ挑みがいがあるというものではありませんか。短期的な見返りを求めず、自分自身の成長のために一歩一歩進むしかありません。たとえ人に読まれずとも、私達が心の底から良いと思った本について発信するのは大きな善行です。

それが巡り巡っていつか私達の力に繋がると私は信じています。

※追記

一応ですが、誤解の生じないよういくつか注意書きを残しておきます。

まず第一に浄土真宗では真宗僧侶が「修行をする」という表現をすることが問題となってしまうことがありますが、この記事における修行は「往生業」としてのものではありません。あくまで一般的な意味での修行という言葉になります。(僧侶以外の方には「?」となるかもしれませんが、業界内においては重要な事柄ですのでここに記すことに致します)

そしてもう1点が、他宗派さんにおける修行についてです。私は真宗僧侶ですので山に籠ったり、厳しい修行を行ってはいません。真宗の教義上、私はこのようなあり方ではありますが、私個人としては厳しい修行を積まれた他宗派さんの僧侶の皆さんに対して敬意を持っています。ですので、そうした真摯な仏道修行を軽く見て今回の記事を書いたわけではありません。あくまで私個人の仏教の営みとして読書を大切にしているということを述べんがために今回の記事を書きました。

追記は以上です。真宗僧侶にとって修行というのは非常にデリケートな問題です。誤解の生まれないようあえて最後にこのような形で書かせて頂きました。仏教関係者以外には「?」かもしれませんが、真宗というのは日本仏教の中でもかなり異質な存在です。日本で一番多い宗派が浄土真宗なのであまりそれは実感しにくいかもしれませんが、実はかなり不思議な宗派でもあるのです。

興味のある方はぜひ調べて頂けたらと思います。いずれ私のブログでも入門的な記事を書いていく予定ですので、完成しましたらまたお知らせしたいと思います。

以下、当noteのサイトマップ的なものになります。

ドストエフスキーの旅

また、2022年には「ドストエフスキーの旅」と題してヨーロッパを旅しました。その旅行記が以下のマガジンでまとめられています。

仏教、インド・スリランカの旅について


2019年の世界一周、2022年のドストエフスキーゆかりの地を巡る旅を終えた私は2023年に初めてインドへと向かうことになりました。

33歳にして初めてのインド・・・。
三島由紀夫は生前こう言っていたそうです。「インドには、人それぞれに行く時期が必ず自然に訪れる」と。

インドの旅は私の「宗教を巡る旅」の終着点でもあります。様々な宗教や文化を学んできた私にとって、やはり最後に行き着く場所は仏教誕生の地インドでなければなりません。

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元々当ブログでは本紹介として撮影した表紙写真だけを掲載していたのですが、Amazon商品紹介ページを掲載した方がよりわかりやすいためアソシエイトプログラムを利用しています。

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