ゾラの連作『居酒屋』『ナナ』が面白すぎる!フランスの文豪ゾラは社会勉強におすすめ!
エミール・ゾラとはどんな作家か

エミール・ゾラは1840年に土木技師の子としてパリで生まれました。
ゾラが作家として確固たる地位を得たのは1877年の『居酒屋』という小説の大ヒットがきっかけで、その後も1880年の『ナナ』、1885年の『ジェルミナール』も空前の大ヒットとなり、彼の代表作として今もなお世界中で親しまれています。
ゾラは社会環境を精密に描写し、社会が人間に対してどのような影響を与えるのかを考察するという作風を持つ作家です。科学的、合理的にものを見ていくというまさしくヨーロッパ的な思考法が感じられます。
19世紀後半のフランスの雰囲気を感じるのにこの作家を超える存在はありません。フランス文学の様々な参考書でもゾラの偉大さが解説されていました。
となればドストエフスキー研究の一環としてこれはぜひ興味深い読書となることでしょう。ドストエフスキーはまさにこうした19世紀後半のフランスやロンドンなどのヨーロッパ社会を批判していたからです。
というわけで私は彼の代表作、『居酒屋』から手始めに読んでみることにしたのでありました。
『居酒屋』の衝撃!五感を刺激するゾラの驚異の描写力

ゾラは1877年に出版されたこの作品をきっかけに作家としての地位を確かなものにします。
さて、『居酒屋』はどんな小説なのか、裏表紙のあらすじを引用してみましょう。
洗濯女ジェルヴェーズは、二人の子供とともに、帽子屋ランチェに棄てられ、ブリキ職人クーボーと結婚する。彼女は自らの洗濯屋を開くことを夢見て死にもの狂いで働き、慎ましい幸福を得るが、そこに再びランチェが割り込んでくる……。《ルーゴン・マッカール叢書》の第7巻にあたる本書は、19世紀パリ下層階級の悲惨な人間群像を描き出し、ゾラを自然主義文学の中心作家たらしめた力作。
この小説は洗濯女ジェルヴェーズが貧しいながらも必死に働き、自分の店を開こうと奮闘し、念願の店を開店するもその後みじめな生活が始まっていくという、読んでいて辛くなるほど悲惨な物語です。
こう話していると、
「なんだ、ゾラって暗くて面白くなさそうじゃん」
そう思われた方もおられるかもしれません。
ですが、それが違うのです。
読んでいるといつの間にか引き付けられ、時間を忘れてしまうほどのめり込んでしまうのです。悲惨な内容にも関わらず。
たしかに描いている対象は悲惨です。
ですが不思議とページをめくる手が止まらないのです。いや、むしろ加速していくと言っても過言ではありません。
これはなぜなのでしょうか。私はいろいろ考えてみたのですが、おそらくゾラの小説がまるで映画のように読めるからなのではないかと思いました。
情景描写が巧みで、読んでいると目の前にその風景が実際に現れてくるような感覚になります。言うならば、脳内で映画が再生されているかのような感覚です。
見えるんです。風景が。登場人物の動きが。
しかもさらにすごいのがゾラは五感すべてに働きかけてきます。
特に匂い。ゾラは匂いの描写を多用し、しかもその効果がまた絶妙です。小説の流れや登場人物の心理を「匂い」によって絶妙にほのめかすのです。
物語を映画のように目の前に展開し、しかも匂いや音など全身感覚として私たちを誘い込むのがゾラの特徴です。
言葉の力ってものすごいですね。
『居酒屋』の中でも特に印象に残ったシーンに主人公ジェルヴェーズが洗濯場で他の女と取っ組み合いの激しい喧嘩をする場面があります。
共同洗濯場のがやがやした雰囲気、飛び散る水しぶき、喧嘩の激しさ、そしてそれを取り巻く背景の描写、光の加減など、もう見事としか言いようがありません。
喧嘩の激しさが映画のように目の前に現れてきます。その様子は今でも私の中に焼き付いています。
個人的にはこの喧嘩のシーンが私の中のハイライトです。ゾラのすごさが一発でわかるものすごいシーンでした。
『居酒屋』があまりに強烈だったので私は読み終わるとすぐさまその続編にあたる『ナナ』に取り掛かりました。
続編の『ナナ』もこれまた強烈!

いや~参りました。
『ナナ』もまたとんでもない小説でした。
名作『居酒屋』の女主人公の娘としてパリの労働者街に生れたナナ。生れながらの美貌に、成長するにしたがって豊満な肉体を加えた彼女は、全裸に近い姿で突然ヴァリエテ座の舞台に登場した。パリ社交界はこの淫蕩な”ヴィナス”の出現に圧倒される。高級娼婦でもあるナナは、近づく名士たちから巨額の金を巻きあげ、次々とその全生活を破滅させてゆく。自然主義作家ゾラの最大傑作。
物語自体は『居酒屋』と同じく悲惨です。しかしゾラはまたしても私を映画のような世界に引き込んでしまうのでありました。
主人公のナナは『居酒屋』の主人公ジェルヴェーズの娘です。
『居酒屋』ではダメ男と貧乏、酒によって家庭が崩壊し、ジェルヴェーズは悲惨な死を遂げました。
ナナはそんな悲惨な家庭を飛び出し、娼婦となり新たな生活を始めます。
そして上のあらすじにもありますように、その美しさと奔放な性格によって数多くの男を虜にし、パリに君臨することになるのです。
同じく新潮社の『世界文学全集10 ナナ』川口篤、古賀照一訳の解説では『ナナ』について次のように書かれています。
『ナナ』は、一口にいって、たいへん面白い小説である。素直に読む人には、誰にでもその面白さは味わえる。この面白さには、おそらく一行の解説もいらない。『ナナ』は一人立ちしている作品である。
訳者に「一行の解説もいらない」と言わしめる面白さが『ナナ』にはあります。
そしてこの作品は現代日本を考える上でも非常に示唆に富んだ物語であると訳者は述べます。
疑うものは『ナナ』を読むがいい。現在の日本の社会の腐敗面のほとんどをそこに読みとる思いなしには、人は『ナナ』を読みとおすことはできないであろう。
ゾラの物語るフランス第二帝政期は現代社会と直結していると私は当ブログで何度もお話ししてきました。まさしくこの『ナナ』はそれを非常によく体現している作品と言うことができるのではないでしょうか。
ナナは男を虜にし、信じられないほどの大金を巻き上げ、そしてそれをまったく無頓着に散財します。彼女にはお金を貯めたり、有効に使うという健全な金銭感覚がそもそも存在しません。
ただ巻き上げ、ただ使い切る。そこではものすごくシンプルにお金が動いていくのです。
『ナナ』の不思議なところは、普通男から金を巻き上げる悪女的な存在は物語の悪役として描かれるはずなのに、そうした彼女こそが主人公である点にあります。
ナナは前作『居酒屋』で非常に不幸な境遇で幼少期を過ごしました。彼女は家庭の温かみを知らず、すさんだ環境で育った少女でした。
しかし彼女には持ち前の明るさ、奔放さがありました。
彼女は成長し、圧倒的な美貌を手にし、男から金を巻き上げることで自分を傷つけ続けた世の中すべてに復讐します。
しかもナナのすごいところはそれを無意識にやってのけているところにあります。
彼女自身には男を騙して世の中に復讐してやるんだという気持ちはありません。
彼女はただ、男たちが進んで自分に貢いでくるから好き勝手に使ってやっているのよとけろっとしているのです。お金が好きでたくさん巻き上げているとか、男に復讐してやろうとかそういう気持ちで生きているわけではないのです。
腐敗した社会の中でお金を持て余した男たちが、彼女にお金を注ぎ込み、そしてそれを彼女が再び世の中にまき散らすという、お金の循環システムとして彼女はそこに存在していたのです。それも意図せずに。
ここに現代の消費資本主義のシステムが見て取れるのです。お金が常に動き続けること。儲けた金は形を変えて次の消費に移り、その消費がまた次なる消費を生む。
そうした巨大なお金の流れがすでにこの小説ではナナという女性を通して表されているのです。
この点に関してマックス・ヴェーバーと並ぶ世界的に有名な経済・社会学者ヴェルナー・ゾンバルトが、『恋愛と贅沢と資本主義』というなんとも刺激的なタイトルの本を出しています。
『ナナ』の小説に込められた経済の循環のシステムをこの本ではわかりやすく解説しています。興味のある方はぜひ手に取って頂きたい本です。
またヴェブレンの『有閑階級の理論』もお金と欲望の関係が説かれていておすすめです。
ゾラはこの小説でフランス帝政の腐敗ぶり、当時の演劇界やメディア業界の舞台裏、娼婦たちの生活など華やかで淫蕩に満ちた世界を描いています。
欲望を「食べ物」に象徴して描いた作品が『パリの胃袋』であるとするならば、『ナナ』はど直球で性的な欲望を描いた作品と言うことができるでしょう。
これはもう間違いありません。
ゾラは恐るべき作家です。
この人は間違いなく読む価値がある…
私はエミール・ゾラという作家に強烈に惹き付けられてしまったことを感じました。
ゾラの傑作小説群『ルーゴン・マッカール叢書』とは
そしてゾラのことを調べてみると、先ほどのあらすじにも出てきましたが彼は「ルーゴン・マッカール叢書」なるものを書き上げていることを知りました。
それは20冊から成る一連の作品群なのですが、『居酒屋』も『ナナ』もこの中の1冊にあたります。上で紹介した『ボヌール・デ・ダム百貨店』もそうです。

そしてこの『ルーゴン・マッカール叢書』はまさしくゾラがフランス第二帝政期を20冊をかけてその姿を描き切るということを目的にして生まれたものだったのです。
これはもう決まりです。
「ドストエフスキーと同時代たるフランス第二帝政期の社会をもっと知りたい」、私の求めていたものがまさしくここにあったのです。
というわけで私はこのルーゴン・マッカール叢書すべてを読み始めることにしたのでありました。
ルーゴン・マッカール叢書について
「ルーゴン・マッカール叢書」とは簡単に言えば、フランス第二帝政期(1852-1870)を舞台にしたゾラの社会観察シリーズというべき作品群です。2021年の大河ドラマ『青天を衝け』で渋沢栄一が訪れたパリ万博はまさにこの時代に当たります。彼が目にしたパリの文化が後に日本にもたらされることになり、今を生きる私たちにつながっています。
現代では当たり前の存在になっているデパートが生まれたのがこの時代で、欲望を刺激し、人々の「欲しい」という感情を意図的に作り出していくという商業スタイルが確立していったのもこの時代でした。(※詳しくはデパートはここから始まった!フランス第二帝政期と「ボン・マルシェ」の記事を参照)
第二帝政期は私たちの生活と直結する非常に重要な時代です。現代のライフスタイルの起源がまさにここにあるのです。
そしてその当時の時代背景、そして人間心理を知る上でゾラの「ルーゴン・マッカール叢書」はこの上ない歴史絵巻となっています。
ですが、ゾラの作品は決してただ単に過去の時代を描いたものではありません。彼は人間の本質に迫ろうとしました。彼の描く人間たちは今を生きる私達と何も変わりません。
世の中の仕組みを知るにはゾラの作品は最高の教科書です。
この社会はどうやって成り立っているのか。人間はなぜ争うのか。人間はなぜ欲望に抗えないのか。他人の欲望をうまく利用する人間はどんな手を使うのかなどなど、挙げようと思えばきりがないほど、ゾラはたくさんのことを教えてくれます。
ゾラはどぎつい世の中の現実を私達に見せつけます。作中、きれいごとを排した人間のどろどろしたどす黒い感情、煩悩がこれでもかと飛び交います。
まるで「世の中を知るには毒を食らうことも必要さ。無菌室に生きてたら世の中を渡ることなどできるもんか」と言わんがごとしです。
そのゾラの集大成が「ルーゴン・マッカール叢書」であり、この中にゾラの代表作『居酒屋』や『ナナ』が含まれています。そしてそれぞれの作品はつながりはありつつも、単独の作品としても読むことができるようになっています。
ゾラの作品はとにかく面白い!私達人間の世界を赤裸々に暴くゾラの筆はまさに驚異的です。
以下の記事でその中でも特におすすめの作品を紹介していますのでぜひこちらもご覧ください。
また、ゾラは私の最も尊敬する作家でもあります。
その敬愛するゾラの家にも私は行って参りました。
ゾラの書斎で過ごしたひとときは忘れられません。至福の時間でした。

ゾラは最近の日本ではあまり読まれることがなくなってしまいましたが、その価値は決して失われてはいません。
現代社会の仕組み、人間の本質を学ぶ上でゾラは素晴らしい絵巻図を私達に見せてくれます。
この記事でお話ししましたように、たしかにどぎつい描写も多々出てきます。しかしそのありのままの、「むき出しの人間描写」があるからこそ人間社会の真実の一端を暴露しているのではないでしょうか。
一度読んでみればすぐにわかります。ゾラの描写力は異常です。ぜひゾラの渾身の一撃を皆さんも受けてみてはいかがでしょうか。
以上、「ゾラの連作『居酒屋』『ナナ』が面白すぎる!フランスの文豪ゾラは社会勉強におすすめ!」でした。
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