ロシア文学のおすすめ名作10選!その魅力と面白さを味わえる解説本も合わせてご紹介
ロシア文学は暗くて重い難しい?いえいえ!その魅力と面白さをぜひお伝えしたい!
ロシア文学・・・
皆さんはこのロシア文学にどのようなイメージを持たれているでしょうか。
きっと「難解で長大重厚な作品」というのが一番多いのではないかと思います。
たしかにドストエフスキーやトルストイの名作を考えてみればそれは間違いありません。人生を深く探求した彼らの作品はやはり超一級の重みを持ちます。
ですが、そんな彼らの作品はただ難解で重いだけではありません。やはりここまで時代を経ても世界中で愛されているのはシンプルに面白いからでもあります。
私も最近『カラマーゾフの兄弟』を再読したのですが驚きました。この作品が笑えるほど面白いものだったことに今更ながら気づいたのです。『カラマーゾフ』が笑えるなんて嘘でしょ?と思うかもしれませんが本当なのですから仕方がありません。
詳しくはこちらの「笑えるカラマーゾフ、泣けるカラマーゾフ、再読して見えてきたもの~はじめに読む【あとがき】」の記事でお話ししていますが、ロシア文学はシンプルに面白い!そしてぜひその魅力をお伝えしたい!それが私の思う所です。
残念ながら現在の社会情勢においてロシアに対するイメージはかなり悪いものとなっていますが、トルストイは平和を訴えた作家でもありますし、画家や音楽家達も当時の圧政の中、自分たちの表現を追い求めていました。そんな彼らの創作精神はやはり世界普遍の力を持っていると私は考えています。
今回の記事ではそんなロシア文学のおすすめ作品10選と刺激的な参考書を合わせて紹介していきます。それぞれのリンク先ではより詳しい内容をお話ししていますので興味のある本があればぜひご参照頂ければと思います。
では早速始めていきましょう。
ロシア文学のおすすめ作品10選
1ドストエフスキー『死の家の記録』
【シベリア流刑での極限生活を描いた傑作!】

『死の家の記録』はドストエフスキー作品の中で私が最もおすすめしたい作品です。入り口としてはこの本が読みやすさ、分量、ドストエフスキーらしさを感じる上でベストなのではないかと思います。ロシア文学の入り口としてもぜひおすすめしたいです。
ドストエフスキーは1849年に社会主義思想サークルに出入りしていたため思想犯として逮捕され、極寒のシベリア、オムスク監獄へ流刑となってしまいました。
彼は12月24日、氷点下40度にもなる極寒の中、馬車で連行されていきました。オムスク監獄に着いたのはなんとそのおよそ1カ月後の1月23日でした。
そしてこの作品はシベリアのオムスク監獄での体験を詳細に描いています。
ドストエフスキーといえば、心の奥深くのドロドロをえぐり出すような心理描写をイメージしますが、この作品ではそのような内面描写よりも、主人公の目を通して周囲の状況や他の囚人たちの心理を冷静に分析しているような文体で進んで行きます。
その出来栄えはあの文豪トルストイやツルゲーネフも絶賛するほどでした。
そうした意味で、この小説は他のドストエフスキー作品よりも非常に読みやすい作品と言うことができます。
この作品は心理探究の怪物であるドストエフスキーが、シベリアの監獄という極限状況の中、常人ならざる囚人たちと共に生活し、間近で彼らを観察した手記です。つまり、面白くないわけがありません。
あのトルストイやツルゲーネフが絶賛するように、今作の情景描写はまるで映画を見ているかのようにリアルに、そして臨場感たっぷりで描かれています。読んでいてまるで自分もそこにいるかのような、それほどの迫力をもって描かれています。
物語も展開が早く、次々と場面が動いていくのでページをめくる手が止まりません。
しかもドストエフスキーはそんな中で随所に驚くほどの人間分析をやってのけます。
人間の本質に迫るドストエフスキーの目は、監獄という極限状況の中でさらに研ぎ澄まされているように感じます。
そういう点でこの本はフランクルの『夜と霧』に近い作品と言えるかもしれません。
それほどこの作品は人間の奥底にまで沈んでいく作品であると私は思います。ドストエフスキー作品の中でも特異な位置を占める作品です。後の五大長編の原点ともなる体験をしたのがこのシベリア流刑であり、『死の家の記録』になります。ドストエフスキーの特徴を知る上でも非常に重要な作品です。
2チェーホフ『六号病棟』
【チェーホフ小説の極み!あまりに恐ろしく、あまりに衝撃的な作品】

この作品はチェーホフ作品中屈指、いや最もえげつないストーリーと言うことができるかもしれません。
院長がいつの間にか精神病者にさせられて病院をクビになり、あまつさえ精神病棟に放り込まれそこで死を迎えるというあらすじを読むだけでもその片鱗が見えると思いますが、作品を読めばその恐ろしさがもっとわかります。その辺のホラー映画を観るより恐いかもしれません。
ただ、この恐さと言うのが「ホラー映画的な恐怖」ではなく、人間の本性、そして自分自身の虚飾を突き付けられるような怖さです。
この作品を読むと「え?じゃあ自分って何なんだ?この院長や精神病者と何が違うんだ?正気と狂気の違いって何だ?ずるく生きる人間に利用されるしか私の道はないのか?……暴力の前ではすべては無意味なのか?」などなど様々な疑問が浮かんでくることでしょう。
この作品はチェーホフどころか、最近読んだ本の中でも特に強烈な印象を私に与えたのでした。これはもっともっと日本で広がってほしい作品だと私は思います。
3トルストイ『人にはどれほどの土地がいるか』
【人間の欲望の果てしなさ、虚しさを語るトルストイの傑作民話】

この作品は「ある村の百姓が、より大きな土地をもらえるという儲け話に乗っかり、次々と欲望を増大させていき、最後にはその欲望のゆえに命を落とす」という、筋書きとしてはかなりシンプルな物語です。
ですがそこは最強の芸術家トルストイ。彼の手にかかればそうしたシンプルなストーリーがとてつもなく劇的で奥深いものになります。
この物語のポイントは人間の欲望が徐々に徐々に拡大し、後戻りできない様をこの上なく絶妙に描き出している点にあります。最初はちょっとの儲け話だったのです。何もいきなりとてつもない大儲けができるというわけではないのです。ですがその「徐々に徐々に」が実に厄介で、これが元で人生が破滅するというのは私達にもよくわかりますよね。
トルストイはそんな「徐々に徐々に」後戻りできない欲望の悲劇を民話に託して語ります。
タイトルの『人にはどれだけの土地がいるか』というのはまさに絶妙なネーミングとなっています。
「もっと、もっと!」とより大きな土地を求めて、主人公の百姓は歩き回ります。自分が歩いただけの土地をもらえるという取引のために彼は必死で歩き回るのです。ですがその結末は・・・
いやぁ実に見事。この物語が世界でトルストイの代表作として今も愛されている理由がよくわかりました。
トルストイ民話の中で一番好きな作品はどれかと言われましたら私はこの作品を選びます。
ぜひぜひおすすめしたい作品です。
4ツルゲーネフ『父と子』
【世代間の断絶をリアルに描いた名作!あまりに強烈!私のトラウマ本】

『父と子』は1862年に発表された長編小説です。
ニヒリスト、ニヒリズムといえばなんとなくニーチェを思い浮かべてしまいますが、ニヒリストという言葉自体は実はすでにあり、ツルゲーネフがこの作品で世に広めたものだったのです。これには私も驚きでした。
物語は主人公アルカージーが友人バザーロフを伴って帰郷するところから始まります。
旧世代を代表するアルカージー家と新世代のニヒリスト、バザーロフの衝突がそこで描かれます。
そしてその衝突と並行してアルカージー、バザーロフはある姉妹に恋をすることになります。
世代間の衝突と恋の物語が混じり合い、小説として非常に面白い展開となっています。
この作品は小説として非常に面白いです。そして驚くほど読みやすい小説でした。
長々としたややこしい文章もなく、まるでプーシキンのようにすっきりとした文体。そして物語もどんどん展開されていき、その勢いにぐいぐい引き込まれてしまいます。
また、ニヒリストとは一体何なのかということも旧世代の代表アルカージー家の面々と新世代の代表バザーロフの対話によって明らかにされます。ですのでややこしくて難しい哲学論とは全く異なった趣で語られていきます。これも『父と子』が非常に読みやすい大きな理由の一つであると思われます。
バザーロフという人物を考案することによって、ツルゲーネフは時代を代表する典型的人物を生みだし、それに人間らしい肉付けを加えるという力技を成し遂げたというのがこの作品の最も偉大な点であると私は思います。
出来上がった作品を受け取る私たちからするとあまりぴんと来ないかもしれませんが、バザーロフという人間を創造したというのはものすごいことです。
バザーロフを見た時に多くの人が「あぁ!いるよねこういう人!」と思わず納得してしまう、「あるある」的な感覚です。
ツルゲーネフがバザーロフというニヒリストを生み出すと、それ以降現実世界においてそのような人は「バザーロフ的人間」とか「ニヒリスト」と呼ばれることになりました。
この影響力たるやすさまじいものがあります。
これをやってのけたツルゲーネフの観察者、芸術家としての能力はやはりずば抜けています。
『父と子』は読みやすく、とてもおすすめな作品です。
・・・が、私にとってはある種【トラウマ本】とも言うべき強烈な印象を受けることになりました。これは読めばわかります。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
5プーシキン『スペードの女王』
【ドストエフスキーの『罪と罰』にも大きな影響を与えた傑作短編!】

『スペードの女王』は1833年プーシキンにより発表された作品です。
ドストエフスキーがこの作品に大変な感銘を受け、絶賛したということで読み始めた『スペードの女王』でしたが、これも大変面白い作品です。
ストーリー展開もスピーディーで文庫本で50ページ少々というコンパクトな分量の中に特濃な世界観が描かれています。
日本ではプーシキンはかなりマイナーな部類に入ってしまいますがそれは非常に惜しいことだと思います。
シンプルに面白い!王道中の王道の面白さがこの作品にはあります。
ページ数も少ないので手に取りやすいのも嬉しいポイントであります。ちょっとした読書にももってこいの作品です。
読めばわかります!面白いです!
個人的にはプーシキン作品の中で最もおすすめな作品です。
ただ、私の中でのプーシキンNo.1は実は『モーツァルトとサリエーリ』という作品です。これは日本ではほとんど知られていない作品です。
この作品はサリエーリという才能ある優れた音楽家が、天賦の才を持つモーツァルトに嫉妬し、毒殺するという内容です。
サリエーリは人生の全てを音楽に捧げ、それこそ血のにじむような努力を重ね、今も生みの苦しみを抱きながら作曲を続けています。
そんなサリエーリにとって圧倒的な才能で軽々と傑作を生み出していくモーツァルトがどうしても憎らしく思えてきます。
プーシキンはこの圧倒的天才に対する嫉妬をテーマに『モーツァルトとサリエーリ』を書き上げていきます。
私にとってこの作品がプーシキン作品の中で最も好きな作品です。
何がいいと言われると案外これが難しいのですが、「嫉妬」という感情は私達にもものすごく身近で、しかも私たちの心を狂おしいまでに痛めつけてやまない感情です。それを芸術の域にまで高めたこの作品は異様に私の心に刺さってきました。
そしてプーシキン作品の特徴であります簡潔で流れるような文体のおかげですいすい読めてしまうという圧倒的な読みやすさ。
分量も短く、何度も何度も繰り返して読んでもまったく苦になりません。だからこそ中毒のように何度も何度も読みたくなってしまいます。この本が手元に来てから1週間ほどですでにこの作品を5回以上読んでしまいました。中毒性ありです。
『モーツァルトとサリエーリ』は日本においてはマイナーな作品ですがこれは逸品です。もっと世に出てほしい作品です。とってもおすすめです。読めばわかります。プーシキンはすごいです。そのすごさをこの作品で特に感じました。
ただ、この作品が収録されている『プーシキン全集〈3〉』は値段も高く気軽に手に取れる本ではありません。私も最初は図書館で借りて読みました。ですがあまりに面白かったので「えいや」と購入した次第であります。
ただ、こうした本を気軽におすすめするのはなかなか難しい・・・。というわけで次点の手に取りやすい『スペードの女王』をここで10選に挙げさせて頂きました。
『スペードの女王』も間違いなく名作です。面白さは保証しますのでぜひ楽しんでみてください。
6ゴーゴリ『狂人日記』
【人が狂うその過程を、あなたは見たことがあるだろうか】

主人公ポプリーシキンはうだつの上がらない下級官吏で、長官の娘に好意を持っています。しかし身分があまりにも違いますし、そもそも男としての魅力もないのですからうまくいきようもありません。それでも彼なりに長官に尽くし、寵愛を受けようとするのですがあいかわらずのうだつの上がらなさっぷりです。これではうまくいかなさそうです。
この作品はそんなポプリーシキンが精神に異常をきたし狂っていく様を彼の日記を通して見ていくという物語です。
彼はある日突然犬の会話が聞こえるようになり、長官の家の犬が出した手紙を読もうとします。(すでに意味不明ですね)
そしてしばらくすると自分がスペインの王位継承者であると思い込み、最後は精神病院に連行されていくことになります。
この作品のすごいところは狂っていく人間を他者が外側から描写したのではなくて、今まさに自覚なしに狂っていく人間の思考や言動を一人称で描いているところにあります。
犬の声が聞こえてくるところまではまだいいのですが、自分がスペイン王位継承者だと言い出すあたりからかなり不気味さが出てきます。ゴーゴリ流のユーモアが全開なのでくすっと笑ってしまうのですがちょっと考えてみると背筋がぞっとするような不気味さがやってくるのです。
これはものすごい作品です。ぜひこのホラー感溢れる展開を皆さんにも味わって頂きたいです。
7ゴーリキー『どん底』
【どん底に生きる人々の魂の叫び。ソ連前夜を象徴する名作】

『どん底』は1902年にゴーリキーによって書かれた劇作品です。
『どん底』!これは、いうまでもなく、全世界の近代劇中、声価・質量ともに珠玉と呼ばれるチェーホフの諸作とゆうに肩をならべることのできる不朽の名作である。やはりチェーホフとの関係で、この名作初演の名誉も、モスクワの芸術座に帰するものであるが、その後今日まで世界各国で上演された数は、しんに何百回だかわからないくらいである。(中略)
今や、わが読書界では、ゴーリキイの『どん底』か、『どん底』のゴーリキイかと言われるまでに、作者の名とともに広く親しまれている
この作品はかなりパワーがあります。チェーホフは静かな雰囲気の劇ですが、ゴーリキーはどん底にいる人たちの魂の叫びを表現します。言葉のパワーがものすごいです。本で読むだけでこれですから舞台で聞いたらこれはものすごいものなのではないでしょうか。
ぜひ演劇でも観てみたい作品です。
8チェーホフ『すぐり』
【幸福とは何かを問う傑作短編!幸せは金で買えるのか。ある幸福な男の恐ろしすぎる実態とは】

たった15ページにも満たない短い作品ではありますが、チェーホフの人生観、幸福論が凝縮された傑作です。チェーホフ研究者の佐藤清郎氏もこの作品を、
『すぐり』はすばらしい、そしてある意味でおそろしい作品である。小品といってもいい短い形式の中に盛りこまれた内容は一個の長篇小説に匹敵する。
と絶賛しています。「幸せとは何か」とものすごく考えさせられる作品です。
上で紹介した『六号病棟』と並んで、チェーホフ小説の最高峰だと私個人は考えています。それほど面白い作品です。
チェーホフ全集に収録されているので手に取るハードルが高いのが玉に瑕ですが、中古であれば手ごろな値段で購入できますし、図書館に行けば置いてある可能性が高い本でもあります。ぜひおすすめしたいチェーホフの珠玉の短編です。
9トルストイ『戦争と平和』
【ナポレオン戦争を舞台にしたトルストイの代表作】

『戦争と平和』はとにかくスケールの大きな作品です。
この作品はできるだけ若いうちにまず読んだ方がよいです。特に学生のうちにこそ読むべき作品です。
まず読むのに時間がかかり過ぎます。社会人になってからだととてつもない覚悟が必要になります。
さらに言えば、若くて頭が柔軟なうちにトルストイ大先生の説教をがつんと受けておいた方がいいということです。
この作品では「人生とは何か。人間としてどうあるべきなのか」という教訓が山ほど出てきます。
これは年を取ってある程度自分が固まってしまってから聞くより、できるだけ早い方が絶対にその後につながっていきます。トルストイ大先生の説教に頷くか反発するかは自由です。どちらでもいいのです。ですが、こうした圧倒的なスケールで語られる物語や人生の教えをがつんとぶつけられる体験、これはかけがえのないものだと私は思います。
かく言う私自身はと言いますと、31歳にして初めて『戦争と平和』を読みました。やはり学生の時に読めてたらなとも感じましたが、ドストエフスキーを研究して様々な文学や歴史を知った上で読んだ今のタイミングも悪くなかったなと思っています。
ちなみに私はトルストイ大先生の説教に圧倒はされたものの、反発を感じた派であります。これはきっとドストエフスキー的な思考を持っているとこうなりやすいのではないかと感じております。
ドストエフスキーが小さな暗い部屋で何人かが集まりやんややんやと奇怪な言葉のやりとりを繰り返す物語を書くとすれば、トルストイはロシアやカフカースの広大な世界や華やかな貴族の大広間のイメージです。
ドストエフスキーが人間の内面の奥深く奥深くの深淵に潜っていく感じだとすれば、トルストイは空高く、はるか彼方まで広がっていくような空間の広がりを感じます。
深く深く潜っていくドストエフスキーと高く広く世界を掴もうとするトルストイ。
二人の違いがものすごく感じられたのが『戦争と平和』という作品でした。
万人におすすめできる作品ではありませんが、凄まじい作品であることに間違いはありません。一度読んだら忘れられない圧倒的なスケールです。巨人トルストイを感じるならこの作品です。
10ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
【ドストエフスキーの最高傑作!!神とは?人生とは?自由とは?】

『カラマーゾフの兄弟』はドストエフスキーの晩年に書かれた生涯最後の作品です。
ドストエフスキーは生涯変わらず抱き続けてきた「神と人間」という根本問題を描き、この作品は彼の世界観を集大成したものとなっています。
この作品の最大の山場は上巻の終盤に現れる「大審問官の章」です。一度読んだら絶対に忘れることができないほどの衝撃があります。
『カラマーゾフの兄弟』はドストエフスキー作品の中でも私が最も好きな、そして思い入れのある作品です。
ただ、この作品も万人におすすめできる作品ではありません。分量も上中下巻合わせて1900ページ以上の大作であり、難解な箇所もあります。しかもよく言われるように上巻の冒頭部分がとにかく読みにくいという問題があります。
上巻の前半は忍耐が必要になります。正直に申しまして、前半はプロローグといいますか、中盤からの盛り上がりのための前準備のような内容です。
もしかしたら、ここで挫折してしまう人が大半なのかもしれません。
ですがここを辛抱すると上巻の後半から一気にエンジンがかかってきます。
ここまで辛抱強く読んできた方なら、これまで溜めていたエネルギーが爆発するがごとく一気にドストエフスキーの筆の勢いに呑み込まれていくことになるでしょう。
中巻下巻に入ってもその勢いは止まることはありません。きっと抜け出せなくなるほど没頭すること請け合いです。それほどすごいです。この作品は。
上巻の前半部分さえ突破すれば後はもう怒涛のごとしです。
『カラマーゾフの兄弟』はドストエフスキー作品の中でも私が最も好きな、そして思い入れのある作品です。
長編小説ということでなかなか手に取りにくい作品ではありますが、心の底からおすすめしたい作品です。
ロシア文学を楽しむためのおすすめ参考書
1アンナ・ドストエフスカヤ『回想のドストエフスキー』
【これを読めばドストエフスキーが好きになる!】

この伝記はドストエフスキーの妻であるアンナ・ドストエフスカヤ(アンナ・グリゴーリエヴナ)夫人によって書かれた回想記です。
私が心の底からドストエフスキーを好きになれたのはこの伝記のおかげです。
この本の特徴は何と言っても、妻の視点から見たドストエフスキー像が描かれているところにあります。
私が心の底からドストエフスキーを好きになれたのはこの伝記のおかげです。
私が最もおすすめする伝記です。読めばきっとドストエフスキーのイメージが変わることでしょう。
私がこの記事の一番最初にこの本を紹介したのはここに理由があります。ドストエフスキーと言えば暗くて難しいというイメージが強いかもしれませんが、実はそれだけではないのです。彼には救いのイメージ、明るい世界の感覚があるのです。それが彼の作品に落とし込まれています。これがわかるかわからないかで作品から受ける印象は全く異なることでしょう。だからこそ私はこの伝記を一番最初に皆さんにご紹介した次第です。
そして私はこの伝記にあまりに感銘を受けたためその後2022年に夫妻の人生を足跡を辿るヨーロッパの旅に出ました。その記録が現在当noteでも連載している『ドストエフスキー、妻と歩んだ運命の旅~狂気と愛の西欧旅行』でまとめられています。
この記事を読んで頂ければさらにこの伝記がいかに優れているかも伝わるかと思います。
2川端香男里『ロシア その民族と心』
【ロシアの精神的風土を学ぶのにおすすめの入門書!】

この本では「都市、農村、風土、自然、民族、女性、宗教、フォークロア、旅、毛皮」など様々なテーマからロシア人の精神についてわかりやすく解説してくれます。
そして同時にそれらがプーシキンやドストエフスキー、トルストイ等ロシアを代表する作家たちとどのようにつながっているかも解説してくれます。
ドストエフスキーやトルストイというと小難しく哲学的なイメージがあるかもしれませんがこの本ではそのようなことはまったくありません。
気候や風土、文化という具体的で身近なものを題材にしたロシア精神の解説ですのでとても気楽に読むことができます。
ロシア精神を学ぶ入門書として非常におすすめです。
3佐藤清郎『わが心のチェーホフ』
【チェーホフの魅力や面白さをわかりやすく解説した名著!】

この本ではチェーホフがいかに優れた作家か、そしてその特徴がどこにあるのかということがこの上なくわかりやすく書かれています。
そしてチェーホフだけではなく、ドストエフスキーやトルストイとの対比も書かれているので、チェーホフを知りたい方だけではなく、ロシア文学や演劇を知りたい方にとっても非常に面白い知見がたくさん説かれています。
この本を読めばチェーホフだけでなくロシア文学の特徴、そしてそれらが現代日本を生きる私たちにどのような意味があるのか、どのような問いかけをしているかまで学ぶことができます。
著者の文学への熱い愛が込められた素晴らしい名著です。
4アンリ・トロワイヤ『イヴァン雷帝』
【暴君!?名君!?イヴァン雷帝の混沌たる精神とは!ロシアの謎に迫る鍵!】

こちらは『ドストエフスキー伝』、『プーシキン伝』、『大帝ピョートル』などを著した世界的伝記作家アンリ・トロワイヤによる伝記です。
『ドストエフスキー伝』は以前私のブログでも紹介しましたが、アンリ・トロワイヤの伝記の特徴はとにかくドラマチックで読みやすいというところにあります。
無味乾燥な固い歴史本というよりも、まさに小説といってよい語り口です。
ですのでとても楽しく読書することができます。
イヴァン雷帝がどんな人物で何を行ったかを知るにはこの本は最適です。彼の残虐行為は目を疑うほどの凄惨さです。アンリ・トロワイヤはそれを迫力ある筆致で追っていきます。
同時に彼のなした偉業や、あまりに巨大なスケール感も感じることができます。
これを読めば暴君、名君ということについてとても考えさせられます。
文句なしに面白い1冊です。歴史小説として気軽に手に取ってみる価値ありです。
5アンリ・トロワイヤ『ピョートル大帝』
【サンクトペテルブルクを作った男ピョートル大帝―ロシア版明治維新を断行した規格外の皇帝に迫る】

イヴァン雷帝と並んで絶対的ツァーリとしてロシアに君臨したピョートル大帝。
彼の生涯もイヴァン雷帝と同じく規格外のものでした。
圧倒的カリスマ、圧倒的指導力でロシアを強力に引っ張り、ロシアが確固たる強国へと至る道筋を築いたのでありました。上にも書きましたが、讃うとペテルブルクの街をゼロから作りあげたのは彼の発想によるものでした。
ロシアには当時、港がありませんでした。北方は極寒で1年の内大部分が氷に閉ざされてしまうので港の役目を果たしません。
バルト海沿岸もスウェーデンやポーランドに押さえられていたので使用不可です。
つまり、海上貿易をしたくてもまったくその手立てがない状態だったのです。
ヨーロッパの進んだ技術を取り入れたいピョートル大帝にとって、港を得ることは何よりの悲願でした。
そのピョートル大帝が1700年からのスウェーデンとの戦争でなんとか獲得したのがネヴァ川河口付近の沼沢地でした。
彼はここに要塞を築き、新しい街の建設に入ります。
しかしここはじめじめした極寒の湿地で、毎年のように洪水被害に襲われる最悪の土地でした。誰しもがここに街を作るなど狂気の沙汰だと大帝を諫めますが、彼は全く聞く耳を持ちません。
ピョートル大帝は全精力を結集し、9年をかけてサンクトペテルブルクの街を作り上げました。ですがこの最悪の土地の環境は過酷で、この街を作るために大量の農奴が動員され10万人以上の死者が出たと言われています。街の建設のためにそれだけの人が死ぬというのはあまりにスケールが違いすぎます・・・
他にも私達が唖然とするようなエピソードがどんどん出てくるのが本書です。ロシアの近代化はここから始まったと言えるほどの大変化がここにあります。ロシアの基礎を知る上でもこの本は非常におすすめです。
6高橋保行『ギリシャ正教』
【ロシアのキリスト教を学ぶならこの1冊!おすすめ入門書!】

この本はギリシャ正教とは何かということをテーマにした本ではありますが、著者はその中のかなりの分量をドストエフスキーとの関連で述べています。
ドストエフスキーが誤解されて世の中に伝わっているとすれば、それはロシア正教(ギリシャ正教)の教義が理解されていないからではないかというのが著者の問題提起であります。
カトリックやプロテスタントとはかなり違った思想がロシア正教にはあります。
この本を読んで私はとても驚きました。キリスト教といえば無意識にローマカトリックやプロテスタントのことを考えていましたが、ロシア正教はそれらとはかなり異なった教えや文化を持っているということをこの本によって知りました。
この本はキリスト教という大きな枠で一括りしてドストエフスキーを見てしまうと見落としてしまうものがあることを気づかせてくれます。
よくよく考えればたしかにそうです。日本でも仏教すべてで一括りにしてしまえば見えてこないものがたくさん出てきます。仏教といっても宗派もたくさんあり、それぞれの思想はまったく異なります。
大きくひとまとめにしてしまうことはシンプルでわかりやすくて楽なのですが、それによる危うさも存在します。この本はその危うさについても考えさせられます。
読んでみると意外な発見が出てくることでしょう。とても興味深い内容ばかりです。
やはりドストエフスキー小説の理解にはロシア正教の概要を知ることが非常に役に立ちます。ドストエフスキーとキリスト教についてさらに深く学びたい方にこの本は非常におすすめです。
7佐藤清郎『観る者と求める者 ツルゲーネフとドストエフスキー』
【これ1冊で両者の特徴を学べる名著!比べてわかるその個性!】

この本はタイトルにもありますように「観る者」ツルゲーネフと「求める者」ドストエフスキーの気質、個性に着目して2人の文学スタイルを改めて見ていこうという試みがなされています。
この本の特徴は何より、ツルゲーネフとドストエフスキーの違いを彼らの生涯や作品を通して明らかにしていく点にあります。
冷静で中道的な観察者ツルゲーネフ、激情的で何事も徹底的にやらなければ気が済まない求道者ドストエフスキー。
なぜ二人はこうも違った道を進んだのか、そしてその作風の違いはどこからやってきたのかを著者は語っていきます。
ドストエフスキーを学ぼうとすると、どうしてもドストエフスキー側からツルゲーネフやドストエフスキーその人を見ることが多くなってしまいます。そしてそれは逆も然りです。
ですがこの著作では2人の生涯を並べてそのどちらも見ていきます。そうすることによってそれぞれの特徴がよりくっきりと見えてきます。
やはり比べてみるとわかりやすい。特に、ツルゲーネフとドストエフスキーは真逆の人生、気質、文学スタイルを持った二人です。
違いが大きければ大きいほど見えてくるものははっきりしてきますよね。
この著作を読むことでドストエフスキーがなぜあんなにも混沌とした極端な物語を書いたのか、ツルゲーネフが整然とした芸術的な物語を書いたのかがストンとわかります。
これはすごいです。
そして何より、この本は面白くて面白くてびっくりするほどです。ものすごく興味深いことだらけです。読んでいる内にのめり込んでしまい時間を忘れてしまうほどでした。
ただ悔やまれることに、本書はすでに絶版となってしまい購入することがかなり難しい状況になっています。公共の図書館や大学図書館などでは置いている場所もあると思うのでそれらを利用するのも手かもしれません。
現在は入手が困難で、本来はおすすめ本として紹介すべきではないのかもしれませんがそれでもなお紹介したい素晴らしい名著です。この本の再販を強く望みます。ドストエフスキーを知る上でこの上ない手がかりとなること間違いなしの名著です。
8ジョージ・スタイナー『トルストイかドストエフスキーか』
【ロシアの二大文豪の特徴をわかりやすく解説した名著!】

「トルストイかドストエフスキーか」
両方はありえない。
このことは私もドストエフスキー、トルストイ両作品を読んできて強く感じたことでした。この2人はツルゲーネフとはまた違った次元で両極端です。
この本ではそんなトルストイとドストエフスキーの違いがわかりやすく、刺激的に解説されます。
いやぁ~、とにかく面白い!この本もものすごいです!これはぜひともおすすめしたい作品です!
トルストイとドストエフスキーの特徴が非常に鮮明に見えてきます。ぜひぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。ドストエフスキーが好きな人はドストエフスキーを、トルストイが好きな人はもっとトルストイを好きになることでしょう。
詳しくはここではお話しできませんが、ぜひ以下のリンク先でより詳しい解説を読んで頂ければと思います。私の言わんとしていることがそこに書かれています。
9オーランドー・ファイジズ『ナターシャの踊り ロシア文化史』
【ロシアの文化・精神性の成り立ちに迫るおすすめ参考書!】

まずはじめに述べさせて頂きます。
「この本は素晴らしいです!びっくりするほど面白いです!」
この本は間違いなく名著です。これだけの本にお目にかかれるのはめったにありません。
ロシアの文化、ロシアの精神性を学ぶのに最高の本です。
私個人としては、この本を読んで特に印象に残ったのはオプチナ修道院についての記述です。
以前当ブログでもオプチナ修道院のことは紹介しましたが、この修道院は晩年のドストエフスキーが訪れた、ロシアのとても名高い修道院で、あの偉大なる文豪トルストイも何度も足を運んでいます。
今作の『ナターシャの踊り』ではチェトヴェーリコフの本よりもさらに俯瞰的にオプチナ修道院のことが解説され、この修道院がいかにロシア人のメンタリティーに影響を与えたのかが語られます。
単にオプチナ修道院の歴史だけを見ていくのではなく、ゴーゴリ、ドストエフスキー、トルストイらとの繋がりからロシア人のメンタリティーを探っていくというのが非常に興味深かったです。これはドストエフスキーのキリスト教理解を学ぶ上でも非常に重要な視点を与えてくれると思います。
他にもこの本では興味深い内容がどんどん出てきます。正直、この記事では紹介しきれません!この本はすごすぎます!
文化はいかにして生まれてくるのか。それは自然発生的なものなのか、人為的なものなのか、はたまた相互作用的なものなのか・・・
こうしたことを幅広い視点からじっくりと考えていくのがこの本の最大の特徴です。ものすごく面白いです。
ロシアの文化、精神性を学ぶのに最高の1冊です!
10シュテファン・ツヴァイク『三人の巨匠』
【バルザック、ディケンズ、ドストエフスキー、比べてわかるその特徴】

この本の著者シュテファン・ツヴァイクは1881年にウィーンに生まれ、『マリー・アントワネット』や『バルザック』など世界的ベストセラーを著し、世界的な伝記作家として有名です。
さて、この本の特徴は書名の通り、ディケンズ、バルザック、ドストエフスキーという、イギリス、フランス、ロシアの文豪3人を比較してその作品の特徴に迫るというところにあります。
ディケンズといえば『クリスマス・キャロル』や『オリバー・ツイスト』、バルザックはといえば『ゴリオ爺さん』で有名な19世紀の作家です。
この2人はドストエフスキーに非常に大きな影響を与えた作家としても知られています。若きドストエフスキーはこの2人の作品を貪るように読んでいたのでありました。
この本を読めばロシア文学だけでなく、バルザックとディケンズの小説も読みたくなってくることでしょう。
11モンテフィオーリ『ロマノフ朝史1613-1918』
【ロシアロマノフ王朝の歴史を学ぶのに最高の1冊!】

この本の著者サイモン・セバーグ・モンテフィオーリは以前当ブログでも紹介した『スターリン 赤い皇帝と廷臣たち』、『スターリン 青春と革命の時代』の著者でもあります。
この2冊ですが、とにかくものっっっっすごく面白いです!
スターリンの生涯をこれだけ緻密、かつドラマチックに描きながら、さらには時代背景や人間と権力の問題をかなり深く掘り下げていくモンテフィオーリには心の底から驚愕しました。
私にとってモンテフィオーリは絶大な信頼を寄せる歴史家なのですが、今回の『ロマノフ朝史1613-1918』も安定のモンテフィオーリクオリティーでした。「素晴らしい」の一言です。

写真を見てわかりますように、この本はとんでもない大ボリュームです。上下巻合わせて1200ページを軽く超えてきます。
ですが驚くべきことに、すらすら読めてしまうんです。
さすがモンテフィオーリ。とにかく読みやすい!
ロマノフ王朝の始まりからいかにしてロシアが拡大し、力を増していったのかをドラマチックにテンポよく学ぶことができます。
それぞれの皇帝ごとに章立ても進んでいくので時代の流れもとてもわかりやすいです。
ロシアという国がどんな歴史を経て今に繋がっているかを学ぶのにこの本は最適です。
たしかに分厚くてなかなか手が出にくいかもしれませんが、買う価値はあります。これを読めば歴史の流れをかなりはっきりとイメージすることができます。
信頼のモンテフィオーリクオリティーですので、読みやすさ、面白さ、資料のレベルの高さは折り紙つきです。
この本と合わせてスターリン伝を読めばさらにロシアについて学ぶことができるので強くおすすめします。
12オーランドー・ファイジズ『クリミア戦争』
【トルストイも従軍した絶望的な戦争の実態を知れるおすすめ本】

上で紹介した『ナターシャの踊り』はロシアの文化、精神性を学ぶのに最高の1冊と言える非常におすすめな作品でしたが、今回ご紹介する『クリミア戦争』もロシア的な精神とは何か、ロシアがなぜウクライナ・クリミアにこだわるのかということを知るのに最高の1冊となっています。
この作品にも本当に驚かされました。
クリミア戦争ってこんな戦争だったのかと呆然としてしまいました。
世界史の教科書でも取り上げられるこの戦争ですが、どれだけ入り組んだ背景があったか、そしてこの戦争がもたらした影響がいかに現代まで続いているかを思い知らされます。
また、この本ではクリミア戦争に従軍したトルストイの話も出てきますし、この戦争に対して見解を述べたドストエフスキーの声も聞くことができます。トルストイの従軍記としては以下の『セヴァストーポリ物語』が有名です。
そして、何と言っても戦争そのものの描写です。
戦争といえば英雄的な物語が語られがちですが、指揮官の無能や指揮系統の混乱、予想外の事態の連続でまともな戦闘というものはこの戦争においてはほとんど語られません。ほとんどが行き当たりばったりの戦闘や、犠牲を無視した特攻の連続です。映画や小説のような美しい戦略的な戦闘などほとんど出てきません。
どんどん積みあがる死者、傷病者・・・
遠く離れたヨーロッパやロシアで語られる栄光に満ちた戦争とはまるで異なる現実・・・
何のために戦うのかもわからず戦わされ、命を落としていく兵士たち。
戦う前から病気や飢餓に苦しめられる兵士たち。
そして戦争に巻き込まれた現地住民たち。
それぞれが戦争の犠牲者であり、その犠牲がさらなる憎悪を生み、残虐な犯罪がクリミアを超えてバルカンへと広がっていったという現実・・・
あまりに厳しい現実がこの戦争にはありました。
クリミア戦争は世界史においてあまり語られない出来事ではありますが、この戦争が後の歴史にいかに大きな影響を与えていたかがよくわかります。ウクライナ情勢で揺れる世界において、この戦争を学ぶことは非常に大きな意味があると思います。
ぜひおすすめしたい作品です。
13V・セベスチェン『レーニン 権力と愛』
【ロシア革命とはどのような革命だったのかを知るのにおすすめの伝記!】

上の『ロマノフ王朝史』ではドストエフスキーも生きたロシア帝国時代を学ぶことができましたが、本作『レーニン 権力と愛』はドストエフスキー没後からロシア革命以後のロシアを知れるおすすめ作品です。
レーニンはロシア革命の立役者であり、その後のソ連世界の道筋を決定づけた人物です。また、彼は1870年生まれで1924年に亡くなりました。つまりドストエフスキーの最晩年の10年は同じロシアで生活していたのです。本書では直接はドストエフスキーその人については言及されませんが、彼の最晩年のロシア事情やその後のドストエフスキー受容についても本書は大きな示唆を与えてくれます。
そしてこの本ではソ連によって神格化されたレーニン像とは違った姿のレーニンを知ることができます。
『レーニン 権力と愛』はレーニンその人だけでなく、当時の時代背景まで詳しく知ることができます。そして何より、私たちの生きる世界がどのようなものなのかを解き明かしてくれます。
ソ連の崩壊により資本主義が勝利し、資本主義こそが正解であるように思えましたが、その資本主義にもひずみが目立ち始めてきました。経済だけでなく政治的にも混乱し、この状況はかつてレーニンが革命を起こそうとしていた時代に通ずるものがあると著者は述べます。だからこそ血塗られた歴史を繰り返さないためにも、今レーニンを学ぶ意義があるのです。
そして何より、この伝記はとにかく面白いです!なぜロシアで革命は起こったのか、どうやってレーニンは権力を掌握していったのかということがとてもわかりやすく、刺激的に描かれています。筆者の語りが実に見事で小説のように読めてしまいます。あまりに面白かったので私は当ブログで「レーニン伝を読む」という連載記事を書いたほどです。
この本では直接的にはドストエフスキーは語られませんが、ドストエフスキーがその後どう受容されていったのか、ソ連的なドストエフスキーが生まれる素地は何だったのかということを考えることができるのでドストエフスキーの参考書としても大いにおすすめしたい作品となっています。
14R・ヒングリー『19世紀ロシアの作家と社会』
【知られざるロシア社会と文学者のつながりを網羅した名著】

著者のR・ヒングリーは1920年スコットランド生まれの歴史学者です。オックスフォード大学でロシア語を専攻し、同大学で講師を務めました。
ソ連政権下ではソ連の研究者は厳しい検閲があったのでソ連のイデオロギーに沿った研究しか発表することができなかったのに対し、イギリスで研究を進めていたヒングリーはそうした制約を受けることなく研究することができました。
そのような視点から19世紀ロシアを研究したのが本書『19世紀ロシアの作家と社会』となっています。
ドストエフスキーをはじめとしたロシア文学がなぜこうも私たちの心を打つのか。
「それは彼らの人生に対する真剣さにあったのだ。」
こうヒングリーは言います。
なるほど。たしかに彼らは人生に対してあまりに真剣です。いや、真剣すぎるがゆえにもはや圧倒的とも言える重みや複雑性が作品にはあります。ドストエフスキーを読んでいてぐったりしてしまうのはこうした真剣さがなせる技であるというのも納得できます。
ドストエフスキーを読むとなぜか疲れる。これは多くの人が感じることだろうと思います。ですが、疲れるのは当然のことであって何もおかしいことではないのです。
自分の人生について真剣に考えようと思ったらそりゃ疲れますよね。
ドストエフスキーを読んで疲れるというのは悪いことではないのです。いや、むしろ大いに疲れて結構!
そう考えると逆にすっきりしてきますよね。ヒングリー氏の上の言葉を読んでいて私はそう感じたのでありました。
この本では文学だけではなく19世紀ロシア社会の様々な世界を知ることができるので非常に興味深い内容となっています。
15フーデリ『ドストエフスキイの遺産』
【ソ連時代に迫害されたキリスト者による魂のドストエフスキー論】

この作品の著者であるセルゲイ・フーデリはこれまで紹介してきた書籍の著者とは一際異なる境遇にいた人物です。
巻末の著者紹介から引用します。
1900年、モスクワの司祭の家に生まれる。1917年のロシア革命で教会が否定されていくなか、1922年に最初の逮捕・流刑。以後1956年までに計三回の逮捕・流刑を経験する。その後もモスクワでの居住は許されず、貧窮と病気に苦しみながらも多くの著作を書いた。1977年、ポクロフ市の自宅で死去。ソ連時代に「教会の人」であることを貫いた姿勢は現代のドストエフスキイ研究者に高く評価されている
1917年のロシア革命後、ロシア正教は過酷な弾圧を受けることになりました。ソビエト社会主義では宗教はタブーです。そのため多くの教会が破壊され、聖職者は厳しい処罰を受けることになったのです。(詳しくは高橋保行著『迫害下のロシア教会―無神論国家における正教の70年』参照)
ソ連においては宗教者はまず認められません。今まであった生活基盤は全て国家に奪われることになります。フーデリ自身も教会弾圧に抵抗する反乱分子として1922年に逮捕され流刑となります。
そしてこの 『ドストエフスキイの遺産』 は1963年に書かれたものです。しかしこの本が世に出たのはそれから35年後の1998年のことでした。なんと、フーデリが亡くなってから20年の歳月を経ての出版です。
ソ連政権下では教会側の人間によるキリスト讃美の書物など到底認められるはずがありません。そのためフーデリの作品は日の目を見ることもなく埋もれたままになってしまったのです。
ソ連におけるドストエフスキー研究は、厳しい統制の下管理されていました。意図的に宗教的な要素を退け、ソ連のイデオロギーに沿うようなドストエフスキー像を描くことを強制していたのです。
マルクス・レーニン主義的世界観と階級的アプローチの立場から書かれた祖国の学者の研究を知り、牢獄と流刑でこのアプローチの本質を知っていたフーデリは、通読を促されるものがひどく貧弱なことに仰天した。彼にはドストエフスキイが骨抜きにされているだけでなく、無意味なものにされてしまったように思われた。
フーデリにとって、キリスト教を意図的に排斥したマルクス主義的世界観からのみ語られるドストエフスキーは骨抜きにされたもののように感じられたのです。
ドストエフスキイの遺産を研究する上でフーデリを真に奮いたたせ、教えてくれたのは、人生において彼の教師だった人々、そして彼が宗教哲学協会のモスクワ集会で「じかに」その声を聞いた人々だった。
ドストエフスキイを認識する真の基盤であり基本的な方法論とフーデリが見なすのは福音書、教会の神父たちの著作、聖者伝である。それらの中に、ただそこにだけ彼は作家の精神的偉業の密かな意味と彼の作品の極致を解く鍵を見るのであった。
このように、フーデリはロシア正教の立場からドストエフスキーを見ていきます。
以前私は、私はなぜドストエフスキー像が解説者によってこんなにも異なるのだろうという疑問についてお話ししました。(※「ドストエフスキー資料の何を読むべき?―ドストエフスキーは結局何者なのか」参照)
その一つの答えがフーデリのこの著作を読んだことでおぼろげながら感じられるようになりました。
ソ連時代におけるドストエフスキーはソ連のイデオロギーから見たドストエフスキーであり、宗教性を意図的に排斥しようとしていたのです。
だからこそソ連的なイデオロギーを参照した解説者とフーデリのように違った視点からドストエフスキーを見た解説者では全く違ったドストエフスキー像を語ることになるのです。
一方はソ連的な無神論的なドストエフスキー、さらにもう一方ではロシア正教と共にあったドストエフスキー。
時代的にはドストエフスキーはロシア革命の前に生きています。ドストエフスキー自身も正教にかなり親和的な生活をしていたことは明らかにされています。そのドストエフスキーをソ連的な無神論者として論ずるというのは私としては難があるのではないかと感じています。
ただ、現代でもドストエフスキーを研究する際はソ連時代に書かれたものを参照することは必須です。やはり資料の数や質という意味ではドストエフスキーの祖国にはかないません。
ですが、だからといってそれをまったく無批判に鵜呑みにしてしまうと、それはそれで見落とされてしまうものもあるのではないでしょうか。
このフーデリの『ドストエフスキイの遺産』は私にとって非常に目を開かせてくれた書物でありました。
内容も読みやすく、伝記のようにドストエフスキーの生涯に沿って作品を論じています。作品理解を深めるという意味でも非常に懇切丁寧でわかりやすいです。
ロシア正教の宗教者としてのドストエフスキー像を知るにはこの上ない一冊ではないでしょうか。
16クドリャフツェフ『革命か神か―ドストエフスキーの世界観―』
【ソ連的ドストエフスキー像を知るならこの1冊】

この本の最大の特徴はソ連の学者によって他のドストエフスキー論を整理し批判していくところにあります。
自説を前面に押し出して述べていくのではなく、他のドストエフスキー論を次々と批判していくという形でこの本は進んでいきます。この批判によってソ連のイデオロギーに沿うドストエフスキー像が明らかになっていきます。この本を読めばドストエフスキーがいかにしてソ連化されていくのかがわかります。
そして興味深いのはソ連以外のドストエフスキー論だけはなく、ソ連内のドストエフスキー論にも多く批判を加えているところです。まずは国内におけるドストエフスキー論をしっかり整理し思想的偏りや誤っているところを指摘してから、亡命した有名なドストエフスキー学者ベルジャーエフの『ドストエフスキーの世界観』を徹底的に批判していきます。
ざっくりとその批判をまとめると、
「ベルジャーエフは現実の社会を見ていない。彼には貧困をもたらす社会体制、資本主義思想が悪いのだという視点が欠けている。人間の悪は社会環境が引き起こす。だから物質世界を見ない彼の論は誤りである。」と彼は述べるのです。そして彼は『現代における二つの体制の間において、ドストエフスキーは人間の人間による搾取に反対する闘士として、われわれと共にある※P224』」
と結論付けるのです。
この辺りから露骨にソ連的な雰囲気が漂ってきます。
そして彼はこうも言います。
「ドストエフスキーは『悪霊』によって革命家を否定してはいるが、それは「悪霊的な」革命家を否定しているのに過ぎない。彼らはエゴイスティックで真の社会主義者ではない。だからこそドストエフスキーは『悪霊』で彼らを否定したのだ。ドストエフスキーは真の革命を否定しないのであり、彼は『革命運動における「悪霊主義」の敵として、われわれと共にある※P225』」
という理論を説くのです。いよいよドストエフスキーがソ連のイデオロギーと同化していきます。
そして終盤ではドストエフスキーは不信仰者であるという論に入っていきます。
やはりソ連からすると宗教はタブーです。そして宗教とはまったく取るに足らぬものとして述べられていきます。
彼はドストエフスキーの作品、特に『罪と罰』や『白痴』、『カラマーゾフの兄弟』を例に挙げ、宗教が実際に生活面で苦しむ者を救ったことがないという点を指摘します。
彼によれば宗教の救いは現実世界で物質的に救いをもたらすものではないのだからすべては欺瞞であるとします。そしてそれは時代が証明している。いまやソ連において宗教は何の力もないではないかと彼は言うのです。(※実際ソ連は宗教を厳しく弾圧し、教会は完全に力を失っていました。もし神がいるならこの状況をどう説明するのかと彼は述べるのです)
神に祈っても何も現実は変わりはしない。貧困に嘆き苦しんだ者に神はパンを、金を降らせはしなかったではないか。だから宗教など取るに足らないのだ。
ドストエフスキーはそれを小説で描いた。ドストエフスキーは不信仰者だからこそそう書いたのだと述べるのです。
さて、ドストエフスキーが信仰したキリストの教えははたしてそういうものだったのでしょうか。祈ればたちまち物質的に豊かになることが宗教だと、はたしてそう思っていたのでしょうか。
色々と思うことはありますがソ連ではそのように宗教を見ていた、あるいはそのように見ようとしていたというのが彼の論を読んでいるとよくわかりました。
また、ドストエフスキーの手紙などについても、「ドストエフスキーは官憲の検閲を恐れていたから生活のあらゆる場面で嘘をついている。だから書簡に書かれたことや日々の行動を信用してはいけない」と言います。そしてそれをふまえて「実はドストエフスキーはこう考えていたのである」と述べるわけです。これではもはや何でもありです。
ソ連という大きなくくりで言ってしまうのは問題があるかもしれませんが、こうして主流な理論が形成されていくんだなというのがなんとなく感じられて非常に興味深かったです。
現在日本でも売られているドストエフスキー関連の本でもこうしたソ連的な解釈をベースにしたものが多々あります。それがよいか悪いか私はここでとやかく言うつもりはありませんが、何をベースにそれが書かれているのかというのは読者にとっても重要なポイントです。ソ連的なドストエフスキーを唯一無二の真実であるかのように書かれている本には注意した方がよいです。しかも巧妙なことに、そうした本ではそれがソ連のイデオロギー解釈がベースとなっていることをまず言わないので初学者には判断不可能です。
そんな判断不可能な状況な時に「ドストエフスキーの権威」とされている方が「ドストエフスキーは実はこうだった」と断言するのですから、これはもう信じるしかありません。
こうしてソ連的なドストエフスキーが再生産されていきます。この平成、令和の時代に・・・
これも「ドストエフスキー現象」のひとつとして見ていくしかないのかもしれませんが、本を愛する人間としてはこうした事象というのは何とも悲しい限りです。出版不況の中で「本を売る」ためには面白おかしく、刺激的でゴシップ的な本を書かねばならない。仕方ないと言えばそれまでですが、何ともしこりが残る状況です・・・。
このソ連的ドストエフスキーの宣伝という問題については千葉大学名誉教授でドストエーフスキイの会会長の木下豊房氏が『ドストエフスキーの作家像』という書を世に問うています。

この本は私がドストエフスキーを学んで直面した「色んなドストエフスキー像が語られているけど結局ドストエフスキーは何者なの?」という疑問に国内外の研究を駆使して丁寧に答えてくれた1冊です。
皆さんはドストエフスキー作品、特に『カラマーゾフの兄弟』や『罪と罰』を買おうとした時にどの出版社のものを買おうかと悩んだことはありませんか?
私は新潮文庫版をおすすめしていますがその理由がこの本にすべて凝縮されています。
外国小説や古典における読みやすさ、わかりやすさとは一体何なのかということをとても考えさせられます。
私は新潮文庫を強くおすすめします。おそらくどの翻訳を選ぶかは「読みやすさ」が一番の基準になるかと思いますが、私はその点でも新潮社版をおすすめしています。間違いなく読みやすい文章です。それが読みにくく感じられたとしたらそれは翻訳の問題ではなく、これまでお話ししてきましたように時代背景や予備知識、現段階での読書力の問題です。
少し話はそれてしまいましたが、クドリャフツェフの作品はソ連的なドストエフスキーを知る刺激的な作品です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
17高橋保行『神と悪魔 ギリシャ正教の人間観』
【ロシア正教の人間観や救いをわかりやすく解説】

上で紹介した高橋保行の『ギリシャ正教』 ではギリシャ正教とは何か、そしてロシア正教とドストエフスキーの関係性が解説されています。(※この本ではギリシャ正教の教えを忠実に継承しているのがロシア正教であるということが解説されています。ざっくりいえば、ギリシャ正教とロシア正教の関係はほとんどイコールの関係と考えてもよさそうです。)
それに対し、この著作ではギリシャ正教の思想により焦点を当てて解説をしています。
従来、キリスト教は「原罪」に特徴づけられるヨーロッパの信仰として理解されてきたが、本来のキリスト教は、西洋的な思想とは異なっている。霊魂を肉体から分離させて、その永遠性を説くようなこともしない。もともとのキリスト教は、霊を改め、そして高める場としてこの世の生をとらえてきた。その伝統を守り続けているのがギリシャ正教である。聖書の言葉やドストエフスキイの作品を鍵として、その思想と信仰のあり方の全貌を伝える。
たしかに、キリスト教といえば人間は罪深い人間であるという原罪や、原罪から救われるために神に祈るというイメージがあります。
ですが著者の高橋保行は、それは伝統的なキリスト教の思想ではなく、西洋的な発想の下、後から付け足された思想であって、ローマカトリック教会の思想はヨーロッパ独特の産物であると述べます。
これには驚きました。原罪はキリスト教の根本的な考え方だと思っていましたがその原罪の解釈が異なれば他のあらゆることも変わってくることでしょう。
この本ではなぜそのようにカトリックではヨーロッパ特有の思想が見られるようになったか、またギリシャ正教がそれに対してどのような反応をとったかが歴史面だけではなく思想面でもわかりやすく説かれています。
また、この本でもドストエフスキー作品についても触れられていて、特に『カラマーゾフの兄弟』の修道院について多く言及されています。
『カラマーゾフの兄弟』の主人公、アリョーシャは見習い修道僧です。
そして彼が尊敬するゾシマ長老はまさしくギリシャ正教の精神を体現した修道僧として描かれています。
『カラマーゾフの兄弟』では有名な「大審問官の章」の後に、このゾシマ長老の生い立ちや信仰の秘密、そして主人公アリョーシャの救いについて語られていきます。
特にゾシマ長老が死ぬ直前にアリョーシャに語った次の言葉は重要です。
「わたしはお前のことをこんなふうに考えているのだよ。お前はこの壁の中から出ていっても、俗世間でも修道僧としてあり続けることだろう。大勢の敵を持つことになろうが、ほかならぬ敵たちでさえ、お前を愛するようになるだろうよ。人生はお前に数多くの不幸をもたらすけれど、お前はその不幸によって幸福になり、人生を祝福し、ほかの人々にも祝福させるようになるのだ。これが何より大切なことだ。お前はそういう人間なのだ。」
ゾシマ長老は修道院の閉じられた世界から俗世間へ出ていくことをアリョーシャに求めます。
そして俗世間の中でも修道僧として歩めと勧めるのです。
これはまさに、親鸞と師匠である法然の関係性と驚くべきほどの類似です。
法然という偉大なる師匠の教えの下、親鸞も山を捨て俗世間の中へ還っていく道を選んだのです。
この話はなかなか込み入ったものになってしまうのでここでその具体的な内容はお伝えすることは出来ませんが、ここにも親鸞とドストエフスキーの大きな共通点を感じることが出来ました。これはとても重要な問題であると思います。
『カラマーゾフの兄弟』をさらに深く読み込みたいという時にはこの著作は特におすすめです。ドストエフスキーが人間の救いをどこに見出していたのかを探る大きな手掛かりになることでしょう。
18藤沼貴『トルストイ』
【波乱万丈の生涯や作品解説も充実のおすすめ伝記!】

この作品はロシアの文豪トルストイの生涯を知る上で最もおすすめしたい伝記です。
まず650ページを超える大ボリューム!この伝記ではトルストイの波乱万丈の生涯をじっくり見ていくことになります。
この本ではトルストイの生涯や作品の解説がかなり詳しく語られます。
しかも著者の語りも非常に読みやすく、まるで小説を読んでいるかのように読み進めることができます。
文字も大きめですので読んでいて目が痛くなるようなストレスもありません。
この本を読めばトルストイの圧倒的なスケールをまざまざと感じることになります。これは非常に面白いです。
トルストイの生涯だけでなく、作品の背景や解説まで語ってくれるこの伝記は本当にありがたいです。
トルストイを読むならこの伝記は必読です。非常におすすめな作品です。
19アンリ・トロワイヤ『トゥルゲーネフ伝』
【ツルゲーネフの意外な素顔を知れるおすすめ伝記!】

トロワイヤは彼の他の伝記作品と同じく、この作品でも物語的な語り口でツルゲーネフの生涯を綴ります。
そしてこのあとがきにもありますように、文豪ツルゲーネフを尊崇する伝記では省かれがちなエピソードも彼は余すことなく記しています。
ツルゲーネフの人となりを知るためにはそうした側面も含めて描かなければならないというトロワイヤの姿勢がうかがえます。
ただ、これは私の個人的な感想ですがトロワイヤはツルゲーネフに対してドストエフスキーやプーシキンほどの好意を持っていなかったのではないかという印象を受けました。
読んでいてツルゲーネフの情けなさやどっちつかずの態度が強めに描かれているような気もします。この伝記ではツルゲーネフの作品解説が少なめなのもその原因にあるかもしれません。
作品解説があれば彼の作品の素晴らしい点を評価していくことができますが、私生活メインだとどうしても崇拝ばかりというわけにはいかないからです。
これはトロワイヤの『バルザック伝』でも同じことを感じました。彼の『バルザック伝』も他の作家の『バルザック伝』に比べるとバルザックに好印象を受けにくい語りとなっていました。(フランスの文豪バルザックも私生活がめちゃくちゃです。ツルゲーネフの比ではありません)
ですがよくよく考えてみればそれもある意味伝記作家として公正な態度というべきかもしれません。何でもかんでも肯定的に讃嘆するだけではやはりそれも問題なのかもしれません。
たくさんの偉人や作家の伝記を書いてきたトロワイヤだからこそ、あえてそうした書き方をしているのかもしれません。ここは専門家ではない私にはなんとも言えないところです。
とは言え、トロワイヤの『トゥルゲーネフ伝』が面白くないというわけではありません。むしろ抜群に面白い伝記でした。
特に、ドストエフスキーをもっと知りたいという方には必見です。ドストエフスキーがなぜ彼をこんなにも毛嫌いしたかがよくわかります。そして、そんなツルゲーネフがなぜそのようになっていったのかも幼少期から遡って知ることができます。
ひとつひとつのエピソードがとても興味深かったです。
20佐藤清郎『ツルゲーネフの生涯』
【文豪の生涯と特徴を知れるおすすめ参考書!】

この本はツルゲーネフの全生涯を振り返りながら、その出来事と作品のつながりをわかりやすく、そして深く掘り下げていってくれます。
これまで私のメインブログでもツルゲーネフ作品を紹介してきましたがそこでもたくさん引用させて頂きました。
難しい理論的な話ではなく、実際の人生と作品の結びつきが物語的に語られるので肩肘張らずに作品を理解できます。
アンリ・トロワイヤの『トゥルゲーネフ伝』はツルゲーネフの生涯を楽しく学ぶには最適の本ですが、作品の内容については少し分量が少なく、そういうときに『ツルゲーネフの生涯』があるとものすごく助かりました。
この2冊があるだけでかなり読書がはかどります。ツルゲーネフを読んでいてわからないところやもっと知りたいところがあってもこの2冊があればだいたい網羅できます。
ドストエフスキーとツルゲーネフの関係もかなり詳しく書いています。ツルゲーネフ側から見たドストエフスキーを知ることができるのも最高に嬉しいです。
21佐藤清郎『チェーホフの生涯』
【チェーホフの生涯をもっと知るのにおすすめの伝記!】

上でも紹介しましたが、佐藤氏は生涯ロシア文学を研究し、多くの著作を残しています。その中でも佐藤氏が最も愛したのがチェーホフでした。そのためチェーホフに関する著作が一番多くなっています。
そして佐藤氏の著作の特徴なのですが、氏の作家に対する真摯な姿勢が伝わってきます。読んでいると作家に対するリスペクトが感じられて、こちらもとても共感してしまいます。
『チェーホフの生涯』はチェーホフの生涯に特化して書かれていますので、個々の作品の解説はあまりありません。ですが、それぞれの作品が生まれてきた背景がものすごく丁寧に書かれています。チェーホフがその時何をして何を感じていたのか、それをこの著作で知ることができます。
個々の作品解説は以下で紹介する同氏の『チェーホフ芸術の世界』という本に詳しく書かれていますのでそちらを参考にして頂ければと思います。
チェーホフをもっと知りたいという方にはこの本は非常におすすめです。
22佐藤清郎『チェーホフ芸術の世界』
【チェーホフ作品における思想を知るならこの1冊!】

この本はチェーホフ作品の解説とそこに込められた思想の解明に特化しています。チェーホフ作品はどれも読みやすいものばかりですが、そこに込められた思想となると驚くべき深さがあります。
チェーホフ作品の面白さ、深さをもっと知るのにこの本は素晴らしい手助けとなります。
佐藤氏はあとがきでチェーホフ文学の特徴を次のように述べています。
かねてから私はチェーホフ文学を「覚醒と脱出の文学」と見るのを持論としている。
何に覚醒し、何から脱出するのか。
それは何かにとらわれている自分に気づき、心の自由に目覚めることであり、みずから入りこんでいる「箱」から、因習、沈滞、マンネリズム、日和見主義等から脱出して、人間らしい人間になることだ。精神の自立だ。
「何かにとらわれている自分に気づき、心の自由にめざめること」
これは仏教にも通ずる精神であるように思います。
チェーホフ作品を読んでいると、これはまるで仏教書ではないかと思うことが多々ありました。
彼の小説がそのまま仏教の教科書として使えてしまうくらい、それくらい仏教に通じる物語を書いていたのです。これは驚きでした。
なぜチェーホフがそのような思想を持つようになったのかということを、『チェーホフ芸術の世界』ではわかりやすく解説してくれます。
23星野立子『シェイクスピアとロシアの作家・演劇人たち』
【ドストエフスキーやトルストイとのつながりを知れるおすすめ作品!】

この本はタイトル通り、シェイクスピアとロシアの作家・演劇人たちとのつながりについて書かれた作品です。
この本ではプーシキンやドストエフスキー、トルストイ、チェーホフ、スタニスラフスキー、パステルナークと、ロシア文学界の大御所がずらりと並んでいます。
これまで「親鸞とドストエフスキー」をテーマに学んできた私にとって、トルストイやドストエフスキーについて学べるこの本はとてもありがたいものがありました。
ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフと、ロシア文学を考える上で絶対に避けることのできない重鎮たちとシェイクスピアのつながりをじっくり見ていけるこの本はとても貴重です。
しかもこの本を読んで驚いたのですが、なんと著者の星野立子さんは現在北海道教育大学函館校の教授を務められております。私の住む函館にこの本の著者がおられるなんて!なんというご縁!いやぁ驚きました。
24T.G.マサリク『ロシアとヨーロッパⅠ』
【チェコの哲人大統領による貴重なロシア論!】

『ロシアとヨーロッパ』は全三巻あり、この第一巻、第二巻は主にロシア史、ロシア思想史が語られます。そして第三巻でいよいよ本題のドストエフスキーに入っていきます。
第一巻にあたるこの『ロシアとヨーロッパⅠ』ではマサリクのロシア観がかなり詳しく語られていくのですが、これがかなり興味深いです。
上のはしがきの最後にも出てきましたように、マサリクはロシアやドストエフスキーを批判的に見ていきます。西側ヨーロッパの哲学者、知識人としての立場からものすごく冷静にロシア史や思想を分析していきます。
もちろん、マサリクは無下にロシアやロシア正教を否定しているわけではありません。あくまで、哲学者として、西洋人としての立場から徹底的に批判的にロシアを見ていくならばどうなるのかということをこの本で突き詰めていくのです。
当時最も尊敬されていたチェコの哲人大統領がロシアをどのように見ていたのかというのは非常に興味深いものでありました。
そもそも哲学者として超一流。そしてそこに政治家として世界情勢や政治経済の現場を見た経験も加わったマサリク。さらに人格者としてチェコ国民だけでなく世界中の人から敬愛されていた偉大なる人物。
そんな人が語るロシア史、ドストエフスキー論はものすごく刺激的でした。
25W.シューバルト『ドストエフスキーとニーチェ その生の象徴するもの』
【2人のキリスト教理解から読み解くおすすめ参考書!】

著者は絶対的な真理を追い求める両者を神との関係性から見ていきます。
さらにこの本では『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフや『カラマーゾフの兄弟』のイワンとニーチェの類似についても語っていきます。理性を突き詰めたドストエフスキーの典型的な知識人たちの破滅とニーチェの発狂を重ねて見ていきます。これもものすごく興味深かったです。
この本では興味深い箇所が山ほどあり、正直、本そのものを全部引用して紹介したいくらいの気持ちです。ですがそれをしてしまうと大変なことになってしまうのでそれはあきらめます(笑)
ただ、私自身にとってもこの本は非常に衝撃的なものであり、これからも何度もじっくりと読み返していきたいなと思える本でした。
この本はドストエフスキー、ニーチェの両者を考える上で非常に有益な参考書です。この本がほとんど知られていないのはあまりにもったいないです。ぜひともこの本がもっと広まることを願っています。
26ジョナサン・ビーチャー『シャルル・フーリエ伝 幻視者とその世界』
【ドストエフスキーがなぜフーリエに傾倒したかがわかるおすすめ本】

この作品は通俗的に書かれたものではなく、学問的研究にもたえうるものとなっています。かといって学術的すぎて一般読者にはさっぱりわからないという類の本でもありません。
私自身、楽しみながら読むことができましたし、意外な事実に驚くことが何度もありました。特にマルクスを学ぶためにフーリエを読もうとしていた私でしたが、ドストエフスキーとの関係性には何度も驚かされました。ドストエフスキーは一時期フーリエに傾倒していた時期がありました。そしてその後彼は政治犯としてシベリアに流刑されることになってしまいます。この本では直接ドストエフスキーについての言及はありませんが、読んでいてドストエフスキーがフーリエのどこに惹かれたのかが何となく見えてくるような気がしました。
このことについては「ユートピア社会主義者フーリエとドストエフスキー~なぜドストエフスキーはフーリエに惹かれたのか」の記事でまとめていますので興味のある方はぜひご参照ください。きっと驚くと思います。
この本は気軽に読める伝記というわけではありませんが、驚くような事実と出会える刺激的な一冊となっています。
27『レーピンとロシア近代画家の煌めき』
【ドストエフスキーも生きたロシア19世紀絵画のおすすめガイドブック】

この本は19世紀ロシアを代表する画家レーピンを中心に、この時代のロシア絵画界の全体像を眺めることができるおすすめのガイドブックです。



この本では他にもたくさんの名画を観ることができます。上に紹介した作品はこの本の中でも私のお気に入りの絵画です。この本にはバラエティに富んだロシアの名画がたくさん掲載されていますので、読めばきっとお気に入りの作品と出会えると思います。
そしてこの本のありがたいのは当時のロシアの時代背景も知れる点です。これらの画家がどのような社会に生き、何を求めて絵を描き続けたのか、闘い続けたのかを知ることができます。
これはロシア文学、音楽とも繋がってくる事柄です。
文学、音楽の歴史と比べながら絵画を見ていくのは非常に興味深かったです。
ロシア絵画の入門書としてとてもおすすめな作品です。
28ポルドミンスキイ『ロシア絵画の旅 はじまりはトレチャコフ美術館』
【ロシア絵画の流れを物語で知れる名著!】

上の『レーピンとロシア近代画家の煌めき』はロシアを代表する絵画がオールカラーで大量に掲載され、レーピンだけでなく多くの画家の絵も観ることができ、ロシア絵画全体を眺めることができる作品でした。
それに対しここでご紹介する『ロシア絵画の旅 はじまりはトレチャコフ美術館』は「絵で見る」というよりは「物語で知る」ロシア絵画入門という形の作品になります。
私はこの本を読んでとにかく驚きました。ロシア絵画の歴史をこんなに面白く物語る本があったのかと度肝を抜かれたのです。この本はまるで文学です。そして絵画への愛が伝わってきます。
著者の語り口には驚くべきものがあります。ロシア絵画の歴史をたどる解説書というより、これはもはや伝記小説と言えるほどの物語性があります。
この本ではロシア絵画の歴史を彩る画家たちの生涯とハイライトが劇的に語られます。そしてそれぞれの画家たちの物語が章ごとにコンパクトに語られるのでテンポよく読むことができるのもありがたいです。それぞれの画家たちの絵もしっかり掲載されていて、物語と相まってその絵の特徴や背景もイメージできます。
この本は絵画作品に込められた画家たちの物語も知れる素晴らしい作品です。これはぜひぜひおすすめしたい作品です。ロシア文学、音楽とも関わってくる内容もたくさん出てきます。ドストエフスキーを学んでいる私にとってもこれは非常に興味深い内容でした。
29ひのまどか『音楽家の伝記 はじめに読む1冊 チャイコフスキー』
【チャイコフスキーの生涯を知るのにおすすめの伝記】

チャイコフスキーといえば『白鳥の湖』や『眠りの森の美女』、『くるみ割り人形』などのバレエ音楽の作曲家として有名ですよね。
この伝記を読んで驚いたのですが、チャイコフスキーが作曲するまではロシアのバレエはとても芸術と呼べるようなものではなかったということでした。今となってはロシアのバレエといえば芸術の王道というイメージがありますが、その始まりこそこのチャイコフスキーだったということにはとても驚きました。
単なる娯楽として低く見られていたバレエを芸術の域まで高めていくその過程は非常に興味深かったです。
この伝記で印象的だったのはまさしくここで語られるように、「ロシアの音楽を作り上げよう」というチャイコフスキーの熱意でした。
当時のロシアはヨーロッパからすれば「遅れた国」という立ち位置でした。そんな中でロシア人は進んだヨーロッパの文化をどんどん取り入れようとする「西欧派」とヨーロッパにも誇れるロシア固有の文化を作り上げようとする「スラブ派」という2つの陣営に分かれることになりました。
私は元々ドストエフスキーを知るためにロシア文学やヨーロッパ史、文学を学び始めたのですが、ここで音楽家の世界においてもこうした「西欧派」「スラブ派」の戦いがあったことを知り非常に興味深いものがありました。
その国独自の文化を作り上げる。ヨーロッパに誇れる自分たちの文化を作り上げる。
この熱意はやはり胸にくるものがあります。私達日本人にもそうした心がきっと今でもあるのではないでしょうか。
30ひのまどか『ボロディン、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ 嵐の時代をのりこえた「力強い仲間」』
【19世紀のロシア音楽事情が想像以上に面白い!】

今作の主人公はロシアの音楽家ボロディン、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ です。これまでの伝記と違い複数人が物語の中心に据えられたのには理由があります。
日本ではロシアの「五人組」として有名な彼らですが、正確には「力強い仲間」という名称で、19世紀のロシア音楽の発展に力を尽くした音楽家たちの物語をこの伝記では見ていくことになります。
ムソルグスキーの代表曲には『展覧会の絵』があります。恥ずかしながらこの本を読むまでムソルグスキーも『展覧会の絵』も全く知らなかったのですが、上の動画で聴いて一発でわかりました。この曲はムソルグスキーの作曲だったのかとものすごく驚きました。
この伝記では19世紀中頃から後半にかけてのロシアの音楽事情を知ることができます。あのチャイコフスキーも同時代人です。もちろん、ドストエフスキーもツルゲーネフもトルストイも皆そうです。
チャイコフスキーは彼ら「力強い仲間」とは違う立場でロシア音楽の興隆に力を尽くしていましたが、その根源的な志は一緒です。ヨーロッパに呑み込まれているロシア音楽界において、「ロシア独自の音楽」を生み出すこと。
「力強い仲間」はサンクトペテルブルクで、チャイコフスキーはモスクワで、彼らは場所や立場は違えどそれぞれ必死に戦っていたのでありました。
この伝記も非常におすすめです。ロシア文学好きには特におすすめしたい作品です。ロシア文学をより深く知る上でもこの本は非常に有益なものになると思います。
おわりに
以上、おすすめ作品と参考書を紹介しました。
できるだけ作家やジャンルが被らないように選んだつもりですが、やはり私の好みがかなり反映されることになってしまいましたのでそこはご容赦ください。
また、今回ご紹介できなかった作品もまだまだあります。何せあの有名な『罪と罰』も泣く泣く10選から漏れたくらいです。
それらおすすめ本などは以下の関連記事で紹介していますのでぜひそちらもご参照ください。
以上、「ロシア文学のおすすめ名作10選!刺激的な参考書も合わせてご紹介」でした。
次の記事はこちら
連載記事「『カラマーゾフ』を読む」記事一覧はこちらのマガジンにて
以下の記事ではドストエフスキー小説をもっと楽しむためのおすすめの解説書をまとめています。ぜひこちらもご参照ください。
ドストエフスキーのおすすめ書籍一覧はこちら
「おすすめドストエフスキー伝記一覧」
「おすすめドストエフスキー解説書一覧」
「ドストエフスキーとキリスト教のおすすめ解説書一覧」
ドストエフスキー年表はこちら
「ドストエフスキーの旅」はこちら
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