代表作『戦争と平和』などトルストイおすすめ作品15選~ロシアの巨人の圧倒的なスケールを体感!
はじめに
今回の記事ではこれまで当ブログで紹介してきた作品の中から特におすすめの15作品をご紹介します。
おすすめ作品選から漏れてしまった作品もトルストイを知る上ではどれも外せない作品です。トルストイは意外と作品が多く、当ブログで紹介していない作品もたくさんあります。ですので基本的には当ブログで紹介した作品は本当はすべておすすめ作品という位置づけなのですが、その中でも特にということで15選を選ばせて頂きました。
では早速始めていきたいと思います。それぞれのリンク先ではより詳しい解説もお話ししていますのでぜひそちらもご覧下さい。
⑴『幼年時代』(1852年)

この作品はトルストイのデビュー作です。1852年、トルストイ24歳の年です。
24歳にしてすでに「自伝的小説」を書き発表したというのはすでに大物感が出ていますよね。この小説はトルストイ自身の実体験とフィクションが巧みに融合された作品となっています。
そしてこの作品が発表されるとロシア文壇は「この新人は何者か」と騒然となったそうです。
この作品はトルストイ文学の原点であり、トルストイの文学的手法は後の作品にも貫かれています。
分量的にも文庫本で200ページ弱と、かなりコンパクトな作品です。文豪トルストイというと難解なイメージがあるかもしれませんが、この作品の語り口はとても読みやすいものになっています。
トルストイの特徴がどこにあるのかを知るにはこの作品は格好の入り口になります。
ぜひぜひおすすめしたい作品です。
⑵『襲撃(侵入)』(1852年)

この作品は1851年にカフカースに向けて出発し、従軍経験をした若きトルストイによる実体験をもとにした小説になります。
カフカースはロシア語読みで、コーカサスという英語読みの方が私たちには馴染み深いかもしれません。

トルストイは雄大なカフカースを訪れ、従軍することになります。
ロシア軍はカフカースに生きる人々の村を襲い征服していきます。そしてそれはロシアの国土を攻撃してくる「山人」をやっつけるためだと言います。つまり「我々こそ正義だ」と言い、村々を侵攻していくのです。
ですがカフカースに住む人からすれば、いきなり攻めてきて村を焼き払い、多くの人を殺し、略奪をほしいままにするロシア人をどう思うでしょうか。
抵抗しなければ殺される。そうした状況に置かれたカフカースの人々は必死で抵抗します。
それに対しロシアの士官たちはどんな理由があって戦いに来たのかとトルストイはこの作品で痛烈に問いかけます。
トルストイはこの時のカフカース体験に大きな影響を受けています。彼は晩年になると特に強く戦争反対、非暴力を主張します。
それはこの時に感じた戦争への疑問が残り続けていたからかもしれません。
トルストイにおけるカフカースの意味を考える上で、この作品は大きな意味を持っているのではないかと私は感じています。
また、私自身この時のトルストイのことを考えるために2022年にカフカースを訪れました。以下の連載記事でその時の体験を記していますので興味のある方はぜひご覧ください。
⑶『吹雪』(1856年)

『吹雪』はあのツルゲーネフにも大絶賛された作品でした。ツルゲーネフはトルストイより10歳年上で、この時にはすでにツルゲーネフはロシア文壇のトップに君臨していました。
そのツルゲーネフからここまで絶賛されるというのはやはりトルストイは只者ではありません。作家デビューから数年でここまでの表現力を発揮する彼の天才ぶりには驚くしかありません。
トルストイにとってカフカース体験が彼の生涯を貫く大きな経験となったことはこれまでの記事でもお話ししてきました。
そのカフカース体験を「吹雪による遭難」として描くことで「思想」に昇華させたこの作品は強いメッセージ性を感じさせます。
カフカースの圧倒的な雄大さ、そこに住む人々の生活、従軍生活を通して学んだ人間観。
そして、この雄大な世界は「吹雪」という自然現象を通してトルストイの命を奪いにきました。
心を持っていかれそうになる圧倒的な自然は、同時にいとも簡単に人間の生命を奪いうる。
圧倒的なものに対する憧れと恐怖。
巨大な自然を前にして人間が抱く感情。
カフカースでの日々はトルストイの生涯にどれだけ多くの影響を与えたことでしょうか。
ヨーロッパの作家の多くが「アルプス体験」を経ているというのは有名なお話です。ドイツの詩人ゲーテもそのひとりです。
ヨーロッパ人にとってアルプスがいかに大きなインスピレーションを与えたのかというのは私にとっても非常に興味深いものがあります。
それと同じように、トルストイにとってもこのカフカース体験が大きな影響があった。
これはトルストイを知る上で見逃せないポイントなのではないかと私は感じたのでありました。
⑷『セヴァストーポリ物語』(1855-1856年)

トルストイはあのクリミア戦争に従軍しています。そしてそこでの体験をフィクションと結びつけて小説化したものが『セヴァストーポリ物語』になります。
クリミア戦争についてはこのオーランドー・ファイジズ著『クリミア戦争』に詳しく書かれていましたが、この戦争の激しさ、悲惨さはそれまでの歴史上稀に見るほどのものでした。
その中でも最も激戦地だったと言われる第四堡塁にもトルストイはいたというのですから驚きです。
よくそんな所にいて生存できたなと心から思います。頑健な心身、そして何より強運があったからこそでしょうが、それにしても強烈です。
世界史上稀に見る悲惨な戦争となったクリミア戦争。
その実態を知る上でもこの作品はおすすめです。
⑸『戦争と平和』(1865-1869年)

『戦争と平和』はとにかくスケールの大きな作品です。
この作品はできるだけ若いうちにまず読んだ方がよいです。特に学生のうちにこそ読むべき作品です。
まず読むのに時間がかかり過ぎます。社会人になってからだととてつもない覚悟が必要になります。
さらに言えば、若くて頭が柔軟なうちにトルストイ大先生の説教をがつんと受けておいた方がいいということです。
この作品では「人生とは何か。人間としてどうあるべきなのか」という教訓が山ほど出てきます。
これは年を取ってある程度自分が固まってしまってから聞くより、できるだけ早い方が絶対にその後につながっていきます。トルストイ大先生の説教に頷くか反発するかは自由です。どちらでもいいのです。ですが、こうした圧倒的なスケールで語られる物語や人生の教えをがつんとぶつけられる体験、これはかけがえのないものだと私は思います。
私は31歳にして初めて『戦争と平和』を読みました。やはり学生の時に読めてたらなとも感じましたが、ドストエフスキーを研究して様々な文学や歴史を知った上で読んだ今のタイミングも悪くなかったなと思っています。
ちなみに私はトルストイ大先生の説教に圧倒はされたものの、反発を感じた派であります。これはきっとドストエフスキー的な思考を持っているとこうなりやすいのではないかと感じております。
ドストエフスキーが小さな暗い部屋で何人かが集まりやんややんやと奇怪な言葉のやりとりを繰り返す物語を書くとすれば、トルストイはロシアやカフカースの広大な世界や華やかな貴族の大広間のイメージです。
ドストエフスキーが人間の内面の奥深く奥深くの深淵に潜っていく感じだとすれば、トルストイは空高く、はるか彼方まで広がっていくような空間の広がりを感じます。
深く深く潜っていくドストエフスキーと高く広く世界を掴もうとするトルストイ。
二人の違いがものすごく感じられたのが『戦争と平和』という作品でした。
万人におすすめできる作品ではありませんが、凄まじい作品であることに間違いはありません。一度読んだら忘れられない圧倒的なスケールです。巨人トルストイを感じるならこの作品です。
⑹『アンナ・カレーニナ』(1875-1878年)

あのドストエフスキーが「文学作品として完璧なものであり、現代ヨーロッパ文学のなかに比肩するものを見ない」と激賞した作品がこの『アンナ・カレーニナ』になります。
『戦争と平和』に引き続き『アンナ・カレーニナ』を読んだ私ですが、圧倒的なスケールの『戦争と平和』に脳天直撃のガツンとした一撃を受け、今度は『アンナ・カレーニナ』の完璧すぎる芸術描写に、私はもうひれ伏すしかありませんでした。ただただひれ伏すしかない。それだけです。もう完敗です。こんな完璧な作品を見せられて、自分の卑小さをまざまざと感じさせられました。何でこんなに完璧な文章を書けるのかと頭を抱えたくなります!それほど圧倒的な作品です。
何がそんなにすごいのか。
うまく言い表すことは難しいのですが、まず情景描写があまりに巧みで、しかもそれが自然なのです。物語の展開や登場人物たちの動きや心情に絶妙な効果を与えながらも主張しすぎないバランス感。流れるように読めてしまいます。これは読めばわかります。トルストイの大作といえば難しいイメージがあるかもしれませんが、驚くほどすらすら読めてしまいます。私もこれには驚きました。
そして微妙な心の動きも見逃さないトルストイの人間分析力。『戦争と平和』も恐るべき人間洞察、真理探究が行われていましたがこの作品でもそんなトルストイの手腕が遺憾なく発揮されています。
⑺『人はなんで生きるか』(1881年)

トルストイはこの作品で「人はなんで生きるか」を探究していきます。
そしてその大きな柱となるのが「愛」です。
この作品は民話を題材にしていることもあり、非常に素朴です。ですがこれがとにかく味わい深い!
この作品は「民衆自身の言葉で、民衆自身の表現で、単純に、簡素に、わかり易くをモットーに努力した」というトルストイの渾身の一作です。
そして文庫本で50ページほどのコンパクトな作品ですので肩肘張らずに手に取ることができます。
トルストイというと難解で長大なイメージがありますが、この作品は決してそんなことはありません。
読むと温かな気持ちになれます。ぜひおすすめしたい作品です。
⑻『わが信仰はいずれにありや』(1884年)

この作品はトルストイの信仰とはいかなるものかということを知るのに非常に重要なものとなっています。この作品はこれまで当ブログでも紹介してきた『懺悔』、『教義神学の批判』、『要約福音書』のトルストイ宗教論文のまとめとも言うべき作品です。
トルストイはこの作品で教会が語るキリスト教を徹底的に批判します。そしてトルストイが聖書を読み込んで見出した新たなるキリスト教をこの作品で示します。
その内容については想像をはるかに超えてシンプルです。
ですが私はこの作品を読んで、「あること」を感じることになりました。
それが記事タイトルにもありますように、「トルストイにニーチェを感じる」ということでした。
以下の記事ではトルストイとニーチェ、そしてドストエフスキーとの比較を通してこの作品を見ていきます。
⑼『イワンのばかとそのふたりの兄弟』(1885年)

私がこの作品を読んだのは2022年の4月のこと。
そうです、ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから2か月が過ぎ、悲惨な状況が連日報道されていた中での読書でした。
そんな中でこの本に説かれる非暴力主義に対し、何とも言えない思いが浮かんできたのはやはり事実です・・・
あらすじにもありますように、イワンの国は攻め込まれても何の抵抗もしませんでした。家を焼かれたり、略奪されたり、ひどい目にあってもただ泣くのみでした。
そうしているうちに不気味に思った敵兵たちが逃げていったとこの物語では語られるのですが、はたしてこの世界情勢の中そのような物語を読んでどう思うか・・・これは難しいところですよね。ですが、非常に意味のあることではないかとも私は思います。
ロシアによるウクライナ侵攻で揺れる今だからこそ重要な作品だと思います。
⑽『人にはどれほどの土地がいるか』(1886年)

この作品は「ある村の百姓が、より大きな土地をもらえるという儲け話に乗っかり、次々と欲望を増大させていき、最後にはその欲望のゆえに命を落とす」という、筋書きとしてはかなりシンプルな物語です。
ですがそこは最強の芸術家トルストイ。彼の手にかかればそうしたシンプルなストーリーがとてつもなく劇的で奥深いものになります。
この物語のポイントは人間の欲望が徐々に徐々に拡大し、後戻りできない様をこの上なく絶妙に描き出している点にあります。最初はちょっとの儲け話だったのです。何もいきなりとてつもない大儲けができるというわけではないのです。ですがその「徐々に徐々に」が実に厄介で、これが元で人生が破滅するというのは私達にもよくわかりますよね。
トルストイはそんな「徐々に徐々に」後戻りできない欲望の悲劇を民話に託して語ります。
タイトルの『人にはどれだけの土地がいるか』というのはまさに絶妙なネーミングとなっています。
「もっと、もっと!」とより大きな土地を求めて、主人公の百姓は歩き回ります。自分が歩いただけの土地をもらえるという取引のために彼は必死で歩き回るのです。ですがその結末は・・・
いやぁ実に見事。この物語が世界でトルストイの代表作として今も愛されている理由がよくわかりました。
トルストイ民話の中で一番好きな作品はどれかと言われましたら私はこの作品を選びます。
ぜひぜひおすすめしたい作品です。
⑾『イワン・イリッチの死』(1886年)

この作品ではトルストイにとっての根本問題のひとつ、「死の問題」について語られることになります。
この作品は読んでいてとにかく苦しくなる作品です。心理描写の鬼、トルストイによるイワン・イリッチの苦しみの描写は恐るべきものがあります。
そしてトルストイらしい思索の渦。
幸せだと思っていた人生があっという間にがらがらと崩れていく悲惨な現実に「平凡な男」イワン・イリッチは何を思うのか。その葛藤や苦しみをトルストイ流の圧倒的な芸術描写で展開していきます。
そして、私はこの作品を読んでいて、「あること」を連想せずにはいられませんでした。
それがチェーホフの存在です。
チェーホフは1860年生まれのロシアの作家です。トルストイからはなんと32歳も年下です。
そんなチェーホフは若い頃トルストイに傾倒していた時期がありました。
チェーホフとトルストイを比較するという点でも『イワン・イリッチの死』という作品は非常に興味深いように私には思えました。
文庫本で100ページ少々という、トルストイ作品の中でも手に取りやすい分量となっていますのでぜひぜひおすすめしたい作品です。
⑿『人生論(生命論)』(1886-1887年)

この作品を読んでいて気づいたのですが、この本には仏教的なエッセンスがかなり感じられました。
トルストイはショーペンハウアーに傾倒していた時期があり、その関係で仏教や老子の思想も研究しています。
「死とは何か」「命とは何か」「生きるとは何か」を考える際に、やはり仏教は大きな問いを私たちに投げかけます。トルストイも仏教から感じたものが大きかったのであろうことがこの作品を読んでいてとても感じられました。
この作品は文庫本で250ページほどという分量ですがものすごく骨太な作品です。
⒀『芸術とは何か』(1889-1897年)

この作品ではトルストイが思う「芸術とは何か」と、「芸術とはいかにあるべきか」が熱く語られます。
私たちは「芸術」というと、何か絶対的な「美」とか「善」を想像してしまいますが、トルストイの定義によればそれは「芸術」そのものとはまた別の問題だと言うのです。
「芸術とはまず、感情の伝染である。そしてその上で『どんなものを伝えるのか』という良い芸術、悪い芸術という問題が生じてくる」
トルストイはこの作品でこう述べるのでありました。
晩年のトルストイ思想を知る上でもこの作品は非常に重要なものとなっています。トルストイの過剰なまでのストイックさはこうしたところに根があるのかときっと驚くと思います。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
⒁『復活』(1899年)

この作品は富裕な貴族ネフリュードフ侯爵と、かつて彼が恋して捨てた小間使いの女性カチューシャをめぐる物語です。
この作品はロシアだけでなく世界中で大反響を巻き起こし、トルストイの名を不朽のものにしました。
『復活』はとにかく宗教的で道徳的です。そして社会改良のための批判を徹底的に繰り返します。
そうした高潔な宗教的な信念が劇的な物語と絡み合いながら語られるところに『復活』の偉大さがあるように感じました。
⒂『シェイクスピア論および演劇論』(1903-1904年)

この論文はシェイクスピア嫌いとして有名なトルストイがその理由を上下二段組で50ページほどかけて延々と述べていくという、ある意味驚異の作品となっています。
私はトルストイと反対にシェイクスピアが大好きですので、これは逆に気になる問題でもありました。「シェイクスピアの何が気に入らないんだろう。こんなに面白いのに」と思わずにはおれません。
というわけで興味津々で私はこの作品を読み始めたのでありました。以下の記事ではトルストイがなぜシェイクスピアを嫌うのかということをじっくりと見ていきます。
トルストイのおすすめ参考書
ここからはトルストイ作品を読むうえで役に立つおすすめの解説書もご紹介します。
これらを読めばもっとトルストイ作品を深く味わえること間違いなしです。
では早速始めていきましょう。
⑴藤沼貴『トルストイ』

この本ではトルストイの生涯や作品の解説がかなり詳しく語られます。
しかも著者の語りも非常に読みやすく、まるで小説を読んでいるかのように読み進めることができます。
文字も大きめですので読んでいて目が痛くなるようなストレスもありません。
この本を読めばトルストイの圧倒的なスケールをまざまざと感じることになります。これは非常に面白いです。
私はこの伝記をトルストイ作品を読む時の解説書としても利用しています。
トルストイの生涯だけでなく、作品の背景や解説まで語ってくれるこの伝記は本当にありがたいです。
トルストイを読むならこの伝記は必読です。非常におすすめな作品です。
⑵木村崇、鈴木董、篠野志郎、早坂眞理編『カフカース 二つの文明が交差する境界』

私がこの本を手に取ったのは藤沼貴著『トルストイ』でこの作品が紹介されていたからでした。
この作品はそれぞれの分野の専門家による共著になります。この本では文学だけでなく様々な観点からカフカースを見ていくことができます。
私はトルストイとの関係性からカフカースに関心を持つようになりましたが、入り口は人それぞれだと思います。そんな中多様な視点からカフカースを見ていくこの本の試みは非常に面白いです。
⑶川端香男里『100分de名著 トルストイ『戦争と平和』』

「この本は奇跡の1冊です!」
私はこの本を読んで感動しました。
『戦争と平和』は誰もが知るトルストイの代表作です。そしてこの作品の長大さたるや世界文学でも屈指のものです。私が読んだ新潮社版で全4巻2500ページ超という恐るべきボリュームです。
その長大かつ深遠なるこの作品をここまでコンパクトにわかりやすく解説するこの本に私は驚愕してしまいました。
この『100分de名著』では、人物の関係性だけではなく、時代背景もしっかりと解説してくれます。『戦争と平和』で語られる物語にはどんな背景があり、何がそこで表現されようとしているのかということまでとてもわかりやすく説かれます。
いわばこの作品の「読みどころ」をピンポイントで示してくれます。
ただ漠然と読んでも見えてこないであろう「トルストイのすごさ」をこの解説書で知ることができます。
もしこの解説書を読んでいなかったら私は『戦争と平和』に挫折していたかもしれません。
この解説書があったからこそ『戦争と平和』の面白さやすごさを体感することができたと思います。
この本は『戦争と平和』を読む際の必読書と言っていいのではないでしょうか!
⑷バーリン『ハリネズミと狐』

トルストイを学んでいてつくづく思うのですが、ドストエフスキーと比べてトルストイの参考書は明らかに数が少ないです。しかもそれぞれ個々の作品に特化したものとなればほとんどなくなってしまいます。
そんな中今回ご紹介する『ハリネズミと狐』は非常に貴重なトルストイ作品の参考書となっています。
この作品ではトルストイの特徴と『戦争と平和』を題材にした彼の歴史哲学を学ぶことができます。刺激的で面白い本ですのでぜひぜひおすすめしたい参考書です。
⑸G・ステイナー『トルストイかドストエフスキーか』

「トルストイかドストエフスキーか」。両方はありえない。 このことはこれまでトルストイ作品を読んできて強く感じたことでしたがこの作品はそのメカニズムを見事に解明してくれる名著です。
いやぁ~、とにかく面白い!この本はものすごいです!これはぜひともおすすめしたい作品です!
トルストイとドストエフスキーの特徴が非常に鮮明に見えてきます。ぜひぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。ドストエフスキーが好きな人はドストエフスキーを、トルストイが好きな人はもっとトルストイを好きになることでしょう。
⑹ O・ファイジズ『ナターシャの踊り ロシア文化史』

「この本は素晴らしいです!びっくりするほど面白いです!」
この本は間違いなく名著です。これだけの本にお目にかかれるのはめったにありません。
ロシアの文化、ロシアの精神性を学ぶのに最高の本です。
私個人としては、この本を読んで特に印象に残ったのはオプチナ修道院についての記述です。
以前当ブログでもオプチナ修道院のことは紹介しましたが、この修道院は晩年のドストエフスキーが訪れたロシアのとても名高い修道院で、トルストイも何度も足を運んでいます。
今作の『ナターシャの踊り』ではチェトヴェーリコフの本よりもさらに俯瞰的にオプチナ修道院のことが解説され、この修道院がいかにロシア人のメンタリティーに影響を与えたのかが語られます。
単にオプチナ修道院の歴史だけを見ていくのではなく、ゴーゴリ、ドストエフスキー、トルストイらとの繋がりからロシア人のメンタリティーを探っていくというのが非常に興味深かったです。これはトルストイのキリスト教理解を学ぶ上でも非常に重要な視点を与えてくれると思います。
他にもこの本では興味深い内容がどんどん出てきます。正直、この記事では紹介しきれません!この本はすごすぎます!
文化はいかにして生まれてくるのか。それは自然発生的なものなのか、人為的なものなのか、はたまた相互作用的なものなのか・・・
こうしたことを幅広い視点からじっくりと考えていくのがこの本の最大の特徴です。ものすごく面白いです。
ロシアの文化、精神性を学ぶのに最高の1冊です!
⑺ドストエフスキーのすごさはどこにある?その魅力を味わうためのおすすめ解説書15冊を厳選してご紹介!
この記事ではドストエフスキー作品をより楽しむためのおすすめ参考書を紹介しています。
上の『トルストイかドストエフスキー』かでも語られていますが、この二人は対極の存在です。あまりにも違う二人ではありますが、逆に言えば一方を知ればもう片方をも知ることにもなります。
そして両者の違いを感じながら読んでいくと刺激的な発見がどんどん出てきます。私自身、この二人を比較しながら読んでいくのはとても興味深い時間でした。
ぜひこちらのドストエフスキー解説書も参考にして頂けましたら幸いです。
おわりに
以上、トルストイのおすすめ小説15作品と解説書をご紹介しました。
今回の記事は以前当ブログで紹介した以下の記事を再構成したものになります。
こちらの記事ではさらにマニアックなおすすめ作品も多数紹介しています。トルストイ作品を読むにあたりお役に立てる記事となっていますのでぜひご覧ください。
さて、最後にもう一言。
2022年トルストイ作品を一気に読みこむことになりましたが、正直かなり苦しい読書となりました。
というのも、文学界隈でよく言われることに「ドストエフスキーかトルストイか」という問題があります。
どちらかを好きになってしまったら、両方を好きになることはありえないということがこの問題に込められているのですが、まさにその通りであることを強く実感しました。
ドストエフスキーとトルストイではその思想も人生への考え方もまるで正反対です。
私はドストエフスキーのものの考え方や人生観にとても惹かれました。しかしそうなるとトルストイの人生観にはどうしても生理的についていけなくなってしまうのです。これは読んでびっくりでした。本当に無理なんです。
「両者のいいところをバランスよく取り込めばいいではないか」という折衷案すら許さない厳然たる溝があるのです。
私はトルストイを読み込んでいた時、特に宗教的著作に取り組んでいた時期にあまりに辛くて胸の辺りが痛くなってしまいました。おそらくストレスです。体調もかなり悪くなってしまいました。
トルストイは恐ろしいほど厳密にものごとを考えていくので、その圧にやられてしまったのだと思います。それにやはり、怒涛のように説教を繰り返すトルストイに耐えられず、身体がSOSを出していたのではないかと想像しています。トルストイの言うことを受け入れられない自分にはやはりきついものがありました。
まさに「ドストエフスキーかトルストイか」という問題を身体で体感したトルストイ体験になりました。
他にもトルストイに関して思うことは山ほどあるのですが、そのことについてはいつか機会があればお話しするかもしれません。
巨人トルストイはやはり巨人でした。いや、大巨人です。いや、怪物です。いや、・・・・
とにかくすさまじいスケールの人物としか言いようがありません。何もかも規格外。私生活も思想も作品も並のものさしで測れるような人物ではありません。こうした大人物と本を通して対話できたのは本当にありがたい経験となりました。身体に少なからぬダメージはありましたが悔いはありません。
トルストイはやはり苦手なことがわかりましたが、その分ドストエフスキーへの思いが深まったように感じます。やはり比べてみることは大事ですね。改めてそれぞれの特徴が見えてくるような日々でした。
私自身、こうした読書をしたからこそトルストイの原点となったカフカースを訪れたいという思いを強くしました。トルストイが実際に見たであろう景色を私も見てみたいと思ったのです。そしてその体験を基に書いたのが『秋に記す夏の印象 パリ・ジョージアの旅』になります。ぜひこちらもおすすめしたい連載記事となっています。
以上、「代表作『戦争と平和』などトルストイおすすめ作品15選~ロシアの巨人の圧倒的なスケールを体感!」でした。
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