見出し画像

トルストイとドストエフスキー、どちらがお好き?文学スタイルから見る両者の特徴とは


【コラム】トルストイとドストエフスキー、どちらがお好き?文学スタイルから見る両者の特徴とは

文学界隈でよく言われることに「トルストイかドストエフスキーか」という問題があります。

どちらかを好きになってしまったら、両方を好きになることはありえないということがこの問題に込められているのですが、まさにその通りであることを私は強く実感しています。

ドストエフスキーとトルストイではその思想も人生への考え方もまるで正反対です。

私はと言いますと、ドストエフスキーのものの考え方や人生観に惹かれるものがありました。しかしそうなるとトルストイの人生観にはどうしても生理的についていけなくなってしまうのです。これは読んでびっくりでした。本当に無理なのです。

そこには「両者のいいところをバランスよく取り込めばいいではないか」という折衷案すら許さない厳然たる溝があるのです。

私はドストエフスキーの全作品を読んだ後、トルストイ作品に取り掛かりました。『幼年時代』などの初期短編から中期の大作『戦争と平和』、『アンナカレーニナ』へと進み、後期の宗教的作品群や『復活』と数多くの作品を読みました。

それらの作品の中でもおすすめの作品を上のまとめ記事で紹介していますが、私にとってはやはりトルストイは鬼門でした。

初期の作品や『戦争と平和』、『アンナ・カレーニナ』くらいまでの作品は私もその素晴らしさにうなりっぱなしだったのです。

ですが彼の晩年の宗教的著作に取り組んでいた時期にはあまりに辛くて胸の辺りが痛くなってしまいました。おそらくストレスです。体調もかなり悪くなってしまったのです。

トルストイは恐ろしいほど厳密にものごとを考えていくので、その圧にやられてしまったのだと思います。それにやはり、怒涛のように説教を繰り返すトルストイに耐えられず、身体がSOSを出していたのではないかと想像しています。トルストイの言うことを受け入れられない自分にはやはりきついものがありました。

まさに「トルストイかドストエフスキーか」という問題を全身で体感したトルストイ体験になりました。

今回の記事ではそんな「トルストイかドストエフスキーか」問題について、彼らの文学スタイルの違いから考えていきたいと思います。


トルストイとドストエフスキーの文学スタイルの違い

『イリアス』的なトルストイ

トルストイの文学スタイルを考える上で最もわかりやすい例を挙げるとすればやはり代表作の『戦争と平和』がベストでしょう。

Amazon商品紹介ページはこちら

『戦争と平和』といえば誰もがその名を知るトルストイの代表作です。この作品はかなりおおまかに言えば、ロシアとナポレオンをめぐる戦争を舞台にした巨大な人間物語ということができます。

ここではそのあらすじは紹介できませんが、大事なのはこの作品で採用された彼の文学スタイルです。このことについて非常にわかりやすい解説がありますのでそちらを引用します。

『戦争と平和』は、トルストイ流の長編小説でもあり、叙事詩でもあり、同時に歴史的記録でもあり、歴史理論でもあります。そのすべてを呑みこんでいる「怪物」なのです。

トルストイはゴーリキイに「偽りの謙遜をぬきにすれば、『戦争と平和』は『イーリアス』のようなものだ」と言っています。作者自身のこの「ぶっちゃけた」言葉は、人々を驚かせもし、当惑もさせたようですが、『戦争と平和』が近代の『イーリアス』であることは誰も否定できません。

『戦争と平和』執筆の十年ほど前、第一回の西欧旅行から帰った頃―一八五七年八月、『イーリアス』と『福音書』を多大の興味をもって読み、「『イーリアス』の想像できないほど美しい終わりの部分を読み上げた」とトルストイは日記に書いています。その後の日記からも叙事詩的なるものについての、そしてホメーロスについての関心が持続していることがうかがえます。『コサック』にはすでに、全体を見渡す叙事詩的視点の萌芽が見られますが、『戦争と平和』になりますと、作品の構造自体に『イーリアス』耽読の痕跡をみることができます。

『戦争と平和』はいきなりロシア皇太后の女官、アンナ・シェーレルの夜会から話が始まります。これは前にも述べましたように、ホメーロス叙事詩の書き出しの特徴です。アウステルリッツからボロジノの会戦に至る戦争は、一段高い次元から、宿命論的叙事詩的視点から展望されます。『戦争と平和』の叙事詩的部分は、ボロジノ戦の描写で完結します。

トルストイをして「想像できないほど美しい」と言わせた『イーリアス』の終わりの部分は、アキレウスに殺されたトロイの総大将へクトルの遺骸を、老いたる父プリアモス王が引き取る場面ですが、アキレウスは「なんの憂いもない神々は哀れな人間どもに、苦しみつつ生きるように運命の糸を紡がれた」と語ります。アンドレイがやっと獲得した愛と自由は、「憂いなき神」の世界を支配する巨大な「意思」が、そぼ降る雨の薄暮の中に飛ばす砲弾で霞んでしまいます。

トルストイの人物描写には非常な特徴がありますが、通例「印象主義的」と評されています。たとえばアンドレイの妻リーザに関しては「上唇に産毛が生えている薄い唇」という表現が繰り返されます。夫のアンドレイは「小さな白い手」で特徴づけられます。アンドレイの不美人の妹マリアの「きらきらと輝く」眼、まなざしは繰り返し強調されます。胴の長い公爵令嬢、肥満したピエール、丸っこいプラトン・カラターエフ、すぐ額にしわを寄せる外交官ビリービンなど、枚挙にいとまがありませんが、形容語を聞いただけでその人が誰か分かるのです。これはトルストイがホメーロスの叙事詩から学んだ技法なのです。

『イーリアス』を開いて見ましょう。文字が無かった時代の口承詩ですから、記憶しやすいように、日本で言えば枕詞にあたる、常套句、慣用表現が頻繁に使われます。白き腕のへーレー、頬うるわしいブリセイス、神にもまごうアキレウスなどなど、形容句を聞いただけで人物像が浮かんできます。異様に感じられるかもしれないトルストイの人物描写は、ホメーロス叙事詩の形容語句(エピテトン)に発し、日本の枕詞とも通じているのです。
※一部改行しました

NHK出版、川端香男里『100分de名著 トルストイ『戦争と平和』P79-81

『戦争と平和』が『イリアス』的である・・・

これは私にとって目が開かれるような解説でした。

私は『戦争と平和』を読んだ後に実際にホメロスの『イリアス』を読んでみました。

するとどうでしょう!たしかに『戦争と平和』が『イリアス』的だったのです!

上で解説されている事柄はもちろん、その圧倒的なスケール。そして世界を動かしている秩序を「神々の意思」に象徴して書かれている『イリアス』はたしかに『戦争と平和』と明らかに繋がっているように感じました。

トルストイも二つの戦場を舞台に圧倒的なスケールの物語を描き、その上で世界の真理、秩序を考察していきます。『イリアス』はそれを神々に託して語っていきますが、トルストイは自らの思想を頼りにその物語を語ります。

『イリアス』を読んでいて何度「あぁ、こういうことなのか・・・!」と呻いたことか!

『イリアス』は西洋文学、芸術史において西洋人の誰もが避けることのできない伝説的な存在です。

その伝説的作品と並べられる作品こそ『戦争と平和』なのだということがわかり、ますますこの作品の偉大さが身に沁みるようになりました。

『戦争と平和』はとにかくスケールの大きな作品です。

ドストエフスキーが「小さな暗い部屋で何人かが集まりやんややんやと奇怪な言葉のやりとりを繰り返す物語」を書くとすれば、トルストイは「ロシアやカフカースの広大な世界や華やかな貴族の大広間」のイメージです。

ドストエフスキーが人間の内面の奥深く奥深くの深淵に潜っていく感じだとすれば、トルストイは空高く、はるか彼方まで広がっていくような空間の広がりを感じます。

深く深く潜っていくドストエフスキーと、高く広く世界を掴もうとするトルストイ。

そんな二人の違いがものすごく感じられたのが『戦争と平和』という作品でした。

そしてこうした叙事詩的な壮大な作品を生み出すトルストイの原体験となったのが彼のカフカース体験でありました。カフカースはロシア語読みで、一般的には英語読みのコーカサスの方が知名度は高いかもしれません。

トルストイは1851年、23歳の年にこのカフカースを訪れています。

この圧倒的な自然やそこで出会った人々、命を懸けて戦った経験が彼の文学に大きな影響を与えています。

詳しくはこちらの「(20)いざジョージアへ~なぜ私はトルストイを学ぶためにコーカサス山脈へ行かねばならなかったのか」の記事で解説していますのでここではお話しできませんが、こうした若き日の原体験がトルストイ文学を支えていることは間違いないでしょう。

そしてこの記事タイトルを見て気づかれた方もおられると思いますが、私はそのトルストイの原体験を追体験するために2022年にコーカサス山脈を訪れています。

このグヴェレティの滝での山登りやダリアリ渓谷で見た鷲の姿を見て私はトルストイ文学とのつながりを直感したのでありました。

そしてさらに面白いことにこのカフカース滞在を通してなぜか私はドストエフスキーの『死の家の記録』を見出したのでありました。

詳しくはこの記事をご参照頂きたいのですが、「トルストイかドストエフスキーか」、この大問題を考察する上でこの旅で得た収穫は計り知れないものがありました。

シェイクスピア的なドストエフスキー

さて、トルストイが『イリアス』的な文学スタイルを持つのに対し、ドストエフスキーはどのようなスタイルなのでしょうか。

ジョージ・スタイナーの『トルストイかドストエフスキーか』によればドストエフスキーは悲劇の系譜に連なる作家、つまりシェイクスピア的な作家であるとされています。

たしかにこれは私も大いに納得できるものがあります。上でも述べましたようにドストエフスキーの作品は「小さな暗い部屋で何人かが集まりやんややんやと奇怪な言葉のやりとりを繰り返す物語」というイメージがやはり強いです。

そしてステイナーが強調していたのがドストエフスキーは特に『リア王』と深いつながりがあるという点でした。

「誰が言えよう、『俺も今がどん底だ』などと?」というセリフで有名なこの作品ですが、たしかに人間世界の残酷さ、不可思議さをとことんまでに追求するこの姿勢はドストエフスキーにも共通します。そして複雑な人間模様、会話劇を展開するその手法も共通していると言えるでしょう。実際、私も現在連載中の「カラマーゾフを読む」のために『カラマーゾフの兄弟』を再読しているのですが、シェイクスピア的な箇所が思いのほか多いことに気がつきました。まさに演劇を見ているかのようなシーンが多々あったのです。

そしてさらに面白いことにシェイクピアの『リア王』といえば、トルストイが『シェイクスピア論および演劇論』で徹底的にこき下ろした作品なのです。

トルストイには『リア王』の何から何までが気に食わないのです。その『リア王』の作風と似ているのがドストエフスキーだというのですからこれはもう大変です。

両者がどうしても作風の上で折り合わないのはこういうところからもうかがえます。トルストイがなぜ『リア王』が嫌いなのかは上の記事で詳しくお話ししていますので興味のある方はぜひ読んでみてください。これを読めばトルストイとドストエフスキーの文学観の違いもよりはっきり見えてくること間違いなしです。

おわりに

今回の記事ではトルストイとドストエフスキーの文学スタイルの違いを見ていきましたが、次のコラムでは両者の宗教観について見ていきます。

正直申しますと、今回お話しした文学スタイルの違いを見ていくだけでは「トルストイかドストエフスキーか」問題の解決には不十分です。文学スタイルの違いだけならば「トルストイかドストエフスキーか」の二者択一は起こりえません。やはりそれが起こるには両者の人間観、宗教観が強烈に絡んできます。

かく言う私も、先に申しましたようにトルストイの中期までの作品は好きです。世界文学の奇跡とも言える作品たちに私も撃ち抜かれました。そうでなければ、わざわざトルストイを学ぶためにカフカースにまで私も行きませんでした。やはり彼の文学は素晴らしいのです。

ですがそれでもなお、最晩年の宗教的著作がどうも苦手なのです。

トルストイは自身の宗教観を綴った作品を晩年に数多く発表しています。それらの作品を手掛かりにしながら次のコラムでトルストイとドストエフスキーの違いについて考えていきたいと思います。

以上、「トルストイとドストエフスキー、どちらがお好き?文学スタイルから見る両者の特徴とは」でした。

前の記事はこちら


連載記事「『カラマーゾフ』を読む」記事一覧はこちらのマガジンにて


以下の記事ではドストエフスキー小説をもっと楽しむためのおすすめの解説書をまとめています。ぜひこちらもご参照ください。

ドストエフスキーのおすすめ書籍一覧はこちら
「おすすめドストエフスキー伝記一覧」
「おすすめドストエフスキー解説書一覧」
「ドストエフスキーとキリスト教のおすすめ解説書一覧」


ドストエフスキー年表はこちら


「ドストエフスキーの旅」はこちら


関連記事


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集