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『新編 日本の怪談』に感動!雪女や耳無し芳一など小泉八雲の怪談を気軽に楽しめるおすすめ本!


NHK朝ドラでも話題の『新編 日本の怪談』に感動!雪女や耳無し芳一など小泉八雲の怪談を気軽に楽しめるおすすめ本

今回ご紹介するのは2005年に角川書店より発行されたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)著、池田雅之訳の『新編 日本の怪談』です。

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今回私がこの本を読んだのは『あんぱん』の次の朝ドラ『ばけばけ』の影響です。

『ばけばけ』の主人公の夫、ラフカディオ・ハーン(日本名小泉八雲)は私自身、これまで名前は知っていたものの、具体的にどのようなお方だったのかはほとんど知りませんでした。

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)(1850-1904)Wikipediaより

ですが、名作となった『あんぱん』の次の朝ドラにも期待が募る今、小泉八雲のことを調べてみると、実に興味深い方であったことがわかりました。

というわけで早速私はその代表作『日本の面影』を手に取り、すぐにそのファンになってしまった模様を前回の記事「小泉八雲の代表作『日本の面影』感想~朝ドラで話題!これはすごい名著です!」でお話ししました。

そしてその勢いのまま次に手に取ったのが今回ご紹介する『新編 日本の怪談』になります。

雪女に感動!アンデルセン的な小泉八雲

早速この本について見ていきましょう。

アニミズム的な妖精譚の「ちんちん小袴」、永遠の愛を語る「帰ってきた死者」、オノマトペを凝らした「幽霊滝の伝説」、ハーンの心理的外傷の表象ともいえる「むじな」……。ユーモラスで哀切に満ちた小話から恐ろしい怪談まで、傑作42編を叙情あふれる新訳で紹介。江戸時代の狂歌をハーンが解説した貴重なエッセイ「妖怪のうた」も直筆の挿絵とともに収載する。朗読や読み聞かせにも最適、ハーンの再話文学世界を味わう決定版。

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この本は怪談話で有名な小泉八雲の名作怪談を気軽に楽しめるおすすめ本です。

上の本紹介には書かれていませんが耳なし芳一や雪女、ろくろ首などの有名作も本書にはばっちり収録されています。

ですが、ここで私は告白しなければなりません。

実は私は幼い頃から怖い話が大の苦手で、全くと言っていいほど怪談話とは無縁の生活をしてきました。私はお寺生まれのお寺育ちでありますが、怪談話が怖くてたまらなかったのです。なので私は耳なし芳一すら知りませんでした。

そんな35歳の私が初めて怪談話をじっくり読んだのが本書になります。

そして読んでみてどう思ったのか。

率直に言いましょう。

私はすっかり感動してしまったのです。

大人になってから読んだというのもあるかもしれませんが、怖さというより、その物語の美しさ、繊細さにすっかり撃ち抜かれてしまいました。

いやいやいやいや、これはすごいです。この読後の満足感、余韻たるや・・・!ちょっと自分でも驚いてしまっています。

私が特に気に入った物語を挙げるとすれば、子捨ての話、鳥取の布団の話、帰って来た死者、若返りの泉、お貞の話、むじな、果心居士の話、耳無し芳一、雪女ですね。選ぶにしてもこれだけ多くの話になってしまうほどどれも面白い物語ばかりでした。

特に、雪女には痺れました・・・!

そもそもですが、雪女ってこういう話だったのですね。それすら私は知らなかったのです。

それがどうでしょう!ラストの雪女が愛ゆえに静かに消えていくシーンはあまりに芸術的!そしてその切なさはアンデルセンを髣髴とさせます。

私はアンデルセン童話が大好きなのですが、その繊細さ、優しさは小泉八雲にも共通するものがあると思います。そして作風も似ている気がします。

本書の巻末解説にも、小泉八雲は日本にある怪談話を収集し、そこから自分の感性でその物語を書き直したとありました。まさにアンデルセンも自分の感性で童話を作り上げています。

ここがグリム童話の違いでもあります。グリム兄弟は民話をそのまま再構成して世に出したのでありますが、そのため内容はかなりどぎついものとなっています。その代表例が『白雪姫』です。グリムの『白雪姫』については以下の記事で紹介していますのでぜひ比べて頂けたらと思います。

それにしても雪女は素晴らしかった・・・!もはや怪談というよりロマンチックな物語にすら思えてしまいます。

鳥取の布団の話も、その切なさやラストの救済も絶妙です。

そしてこの布団の話に限らず、帰って来た死者、むじな、果心居士の話、耳無し芳一が仏教色の濃い物語となっていることにも注目です。

仏教的な怪談話

小泉八雲は日本に来る前から西洋で当時流行していた仏教の知識があったようですが、日本人の素朴な信仰としての仏教を実によく観察しています。

有名な耳無し芳一でも、お経を耳に書き忘れていたために芳一はひどい目に遭ってしまったのですが、お経が魔除けとして活躍している点は見逃せません。当時西欧で流行っていた仏教ではこのような考えは出てきません。その事情は前回の記事でも「日本仏教堕落説」というお話をしましたが、日本の仏教は人々の素朴な生活と強く結びついたものだったのです。それを小泉八雲は実によく見抜いています。

『日本の面影』でも小泉八雲は次のように述べています。

西洋人のより広範な物の見方からすると、たとえどんなに東京などでは軽蔑されていようとも、もっとも大衆になじんだ迷信とは、希望や恐怖や善悪の体験、いうならば霊界の謎を解こうとする素朴な努力の、紙に書かれていない文学の断片として、珍重すべき価値があるのである。日本人の屈託のない親しみやすい迷信が、どれだけ日本人の生活に妙味を添えているかは、その中にどっぷりつかって生活してみれば、実によく理解できることであろう。

角川書店、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)著、池田雅之訳『新編 日本の面影』位置No.53

「もっとも大衆になじんだ迷信とは、希望や恐怖や善悪の体験、いうならば霊界の謎を解こうとする素朴な努力の、紙に書かれていない文学の断片として、珍重すべき価値があるのである。」

明治維新後の近代化で西欧化を急ぐ知識人や上流階級は迷信を唾棄すべきものと考えていました。しかし、人々の心を養っていたものこそこうした素朴な物語や迷信だったことを小泉八雲は指摘します。

知識人や上流階級が急ぎ西欧化を達成しなければならなかった事情もよくわかります。

ですが、日本人がかつて大切にしていた素朴な感覚を見直す時が来ているのかもしれません。時を経て、今を生きる私たちこそこの小泉八雲の指摘を深く受け止める必要があるのではないでしょうか。

生まれ変わりの物語

また、単に素朴な迷信だけでなく、輪廻(生まれ変わり)に基づいた物語についても私は「おお!」と感嘆せずにはいれませんでした。

お貞の話はまさにそうした生まれ変わりの物語です。

「わたくしたちは、きっとまたお会いすることができると思うのです……」

若くして病死してしまう許嫁が愛する男に告げた最後の言葉。この言葉を読んで私は三島由紀夫の最期の大作『豊饒の海』を連想してしまいました。この作品もまさに「また会うぜ」という輪廻転生の物語でもありました。

小泉八雲は外国人でありながらそうした日本人の心を巧みにすくい上げた希有な例と言えることでしょう。

果心居士の話のファンタジー的描写に唸らざるをえない!

最期にこれだけ言わせてください。

果心居士の話のラストのファンタジー的描写がすごすぎる!

屏風絵から水が流れ出て、そこから船が飛び出してくる。そしてその船に乗って絵の中に帰っていく果心居士・・・。

これは衝撃です。言葉の芸術家、小泉八雲の面目躍如とはこのこと!

素朴な民間伝承を芸術に昇華した小泉八雲に私は痺れました。雪女でも痺れた私でしたが、このシーンにもすっかりやられてしまいました。

ぜひ皆さんも果心居士の話を楽しみに読んでみてください。

おわりに

いや~それにしても参りました。

小泉八雲の怪談がこんなに面白いとは思ってもいませんでした。

これまで怪談とは全く無縁な私でありましたが、すっかり彼の怪談のファンになってしまいました。

正直、怖さはないです。ですが、あまりに繊細な物語力!それがたまらないんです。

これから先、朝ドラ効果できっと小泉八雲はさらに注目されていくことでしょう。興味の湧いた方はぜひ今回の記事で紹介した『新編 日本の怪談』をおすすめします。

訳も読みやすく、巻末の解説も充実していて入門にぴったりです。

ぜひぜひおすすめしたい一冊となっています。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「『新編 日本の怪談』に感動!雪女や耳無し芳一など小泉八雲の怪談を気軽に楽しめるおすすめ本」でした。

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