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温故知新(91)御間城姫 網浜茶臼山古墳 尾張大海媛 操山109号墳 豊鍬入姫命 神郷亀塚古墳 倭姫命 湊茶臼山古墳 矢田坐久志玉比古神社 元伊勢籠神社 元伊勢内宮皇大神社 伊勢部柿本神社 日前神宮・國懸神宮 内宮

網浜茶臼山古墳と御間城姫
 第10代崇神天皇(孝元天皇と倭迹迹日百襲姫命の皇子と推定)の陵墓と推定される浦間茶臼山古墳(岡山市東区浦間)と、ほぼ同時期の前方後円墳と推定されている網浜茶臼山古墳(岡山市中区赤坂南新町)を結ぶラインは、豊玉姫命(倭迹迹日百襲姫命と推定)と関係があると推定される西大寺観音院(岡山市東区西大寺中)とアルメンドレスのクロムレックを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図1)。このラインから、網浜茶臼山古墳は、崇神天皇の后の御間城姫の陵墓と推定されます。

図1 西大寺観音院、浦間茶臼山古墳、網浜茶臼山古墳を結ぶ三角形のライン、西大寺観音院とアルメンドレスのクロムレックを結ぶライン

 孝元天皇の陵墓と推定される備前車塚古墳と網浜茶臼山古墳を結ぶラインは、西大寺観音院とメンフィス博物館を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図2)。このラインは、御間城姫の父が、孝元天皇と倭迹迹日百襲姫命の第一皇子と推定される大彦命であることと整合します(図3)。

図2 西大寺観音院、備前車塚古墳、網浜茶臼山古墳を結ぶ三角形のライン、西大寺観音院とメンフィス博物館を結ぶライン
図3 第8代孝元天皇、第10代崇神天皇、第11代垂仁天皇の推定系図

浦間茶臼山古墳、金蔵山古墳、操山109号墳
 浦間茶臼山古墳と岡山市中区の操山古墳群(みさおやまこふんぐん)にある垂仁天皇の陵墓と推定される金蔵山古墳(中区丸山)を結ぶラインの近くに中山八幡宮(東区古都南方)があります(図4)。このラインは、亀石神社(岡山市東区水門町)とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図4)。網浜茶臼山古墳の近くにある操山109号墳から、朱と三角縁神獣鏡が見つかっているようです。操山109号墳と浦間茶臼山古墳を結ぶラインは、亀石神社とアルメンドレスのクロムレックを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図4)。

図4 亀石神社、浦間茶臼山古墳、金蔵山古墳を結ぶ三角形のラインと中山八幡宮、亀石神社とモン・サン・ミシェルを結ぶライン、アルメンドレスのクロムレックと亀石神社、操山109号墳、浦間茶臼山古墳を結ぶライン、操山古墳群

 操山109号墳とローマを結ぶラインは、伊福部氏(尾張氏)の祖神を祀る尾針神社(岡山市北区京山)の近くを通り、このラインは、石上布都魂神社(赤磐市)と備中国總社宮(総社市)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図5)。このラインから、操山109号墳の被葬者は、尾張氏と関係があると推定されます。

図5 操山109号墳、石上布都魂神社、備中国總社宮を結ぶ三角形のラインと楯築遺跡、操山109号墳とローマを結ぶラインと尾針神社

 操山109号墳と瀬戸内市邑久町尾張を結ぶラインの近くに西大寺観音院があり、邑久町尾張と尾針神社を結ぶラインの近くに倭迹迹日百襲姫命を祀っていると推定される百枝八幡宮(瀬戸内市邑久町尾張)、卑弥呼(倭迹迹日百襲姫命と推定)と関係があると推定される百間川沢田遺跡(岡山市沢田)があります(図6)。このラインから、操山109号墳の被葬者は尾張氏で、倭迹迹日百襲姫命と関係があると推定されることから、崇神天皇の妃の一人である尾張大海媛(意富阿麻比売)と推定されます。また、このラインは、尾張氏の発祥が吉備と推定されることと整合します。

図6 操山109号墳と邑久町尾張を結ぶラインと西大寺観音院、邑久町尾張と尾針神社を結ぶラインと百枝八幡宮、百間川沢田遺跡

 尾張大海媛の子の大入杵命の墓は、石川県鹿島郡中能登町にある小田中親王塚古墳に治定されていて、近くには、和珥氏の墓と推定される雨の宮古墳群があります。小田中親王塚古墳と操山109号墳を結ぶラインは、熱田神宮(愛知県名古屋市熱田区)とパレルモを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図7)。このラインは、操山109号墳が尾張大海媛の陵墓と推定されることと整合します。

図7 熱田神宮、小田中親王塚古墳、操山109号墳を結ぶ三角形のライン、熱田神宮とパレルモを結ぶライン

湊茶臼山古墳と倭姫命
 垂仁天皇の母の御間城姫の陵墓と推定される網浜茶臼山古墳の近くには湊茶臼山古墳(4世紀末-5世紀初頭)があります。垂仁天皇の陵墓と推定される金蔵山古墳と網浜茶臼山古墳を結ぶラインは、湊茶臼山古墳クサール・ヌアイラを結ぶラインとほぼ直角に交差し、このラインの近くに豊玉姫命を祀る玉井宮東照宮(中区東山)があります(図8)。

図8 湊茶臼山古墳、金蔵山古墳、網浜茶臼山古墳を結ぶ三角形のラインと操山109号墳、湊茶臼山古墳とクサール・ヌアイラを結ぶラインと玉井宮東照宮

 湊茶臼山古墳と日葉酢媛命の陵墓と推定される渋谷向山古墳(奈良県天理市)を結ぶラインは、誉田御廟山古墳(応神天皇陵)(大阪府羽曳野市)(図9)や春日大娘皇女の陵墓と推定される巣山古墳(奈良県北葛城郡広陵町)(図10)の中心部を通ります。垂仁天皇と日葉酢媛命の第四皇女の倭姫命は、斎宮の伝説上の起源とされる人物ですが、湊茶臼山古墳は金蔵山古墳より新しいとされることから、倭姫命の陵墓と推定されます。

図9 湊茶臼山古墳と渋谷向山古墳を結ぶラインと誉田御廟山古墳、巣山古墳
図10 図9のラインと誉田御廟山古墳、巣山古墳、渋谷向山古墳

 丹後一ノ宮 元伊勢 籠神社(京都府宮津市)と湊茶臼山古墳を結ぶラインは、矢田坐久志玉比古神社(奈良県大和郡山市)とローマを結ぶラインとほぼ直角に交差し、和気由加神社(岡山県和気郡和気町)の近くを通ります(図11)。このラインは、湊茶臼山古墳が倭姫命の陵墓と推定されることと整合します。

図11 矢田坐久志玉比古神社、丹後一ノ宮 元伊勢 籠神社、湊茶臼山古墳を結ぶ三角形のラインと和気由加神社、矢田坐久志玉比古神社とローマを結ぶライン

神郷亀塚古墳と豊鍬入姫命
 崇神天皇の皇女の豊鍬入姫命の陵墓と推定される神郷亀塚古墳(滋賀県東近江市)と崇神天皇の陵墓と推定される浦間茶臼山古墳を結ぶラインは、丹生都比売神社とヴェストラホルン(Vestrahorn)山を結ぶラインとほぼ直角に交差し、後者のラインは、元伊勢内宮 皇大神社(京都府福知山市)の近くを通ります(図12)。このラインは、神郷亀塚古墳豊鍬入姫命の陵墓と推定されることと整合します。

図12 丹生都比売神社、神郷亀塚古墳、浦間茶臼山古墳を結ぶ三角形のライン、丹生都比売神社とヴェストラホルン(Vestrahorn)山を結ぶラインと元伊勢内宮皇大神社

 豊鍬入姫命の陵墓と推定される神郷亀塚古墳と倭姫命の陵墓と推定される湊茶臼山古墳を結ぶラインは、丹生都比売神社とフェロー諸島を結ぶラインとほぼ直角に交差し、後者のラインは、豊受大神宮(伊勢神宮 外宮)とレイラインでつながる大生部兵主神社(兵庫県豊岡市)の近くを通ります(図13)。このラインは、斎宮の豊鍬入姫命と倭姫命の関係を示していると衰退されます。

図13 丹生都比売神社、神郷亀塚古墳、湊茶臼山古墳を結ぶ三角形のライン、丹生都比売神社とフェロー諸島を結ぶラインと大生部兵主神社

 『倭姫命世紀』の「名方浜宮」ともされる伊勢部柿本神社(和歌山県海南市)とフェロー諸島を結ぶラインは、日前神宮・國懸神宮(和歌山市)や三川山 蔵王大権現社(兵庫県美方郡香美町)の近くを通ります(図14)。

図14 伊勢部柿本神社、神郷亀塚古墳、湊茶臼山古墳を結ぶ三角形のライン、伊勢部柿本神社とフェロー諸島を結ぶラインと日前神宮・國懸神宮、三川山 蔵王大権現社

 倭姫命の陵墓と推定される湊茶臼山古墳と倭姫命を祀る内宮(岡山市南区浜野)を結ぶラインは、尾張大海媛の陵墓と推定される操山109号墳の近くを通る、新華山 松林寺(岡山市南区宮浦)とマラケシュを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図15)。このラインは、湊茶臼山古墳が倭姫命の陵墓と推定されることと整合します。

図15 新華山 松林寺、湊茶臼山古墳、内宮を結ぶ三角形のライン、新華山 松林寺とマラケシュを結ぶラインと操山109号墳