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【昨年初めて電子書籍化した長編小説】プロンプト・オブ・ハピネス


あらすじ


大学受験に失敗した主人公は、将来に不安を感じつつ自己探求の旅へ。空港のカフェでスウェーデン人旅行者のマヤと出会い、一人で日本を巡る彼女の不安を癒すため、旅行に同行することを決意する。これは二人の未来を切り開く旅の始まりの物語。

第一章 プロローグ

大学受験という名の長いトンネルを抜け出た時、私の目の前に広がっていたのは、光ではなく、予想もしなかった瓦礫の山だった。合格発表の冷たい文字列は、単なる結果以上の意味を持っていた。それは、18年という歳月を費やして組み上げた、私のちっぽけな世界観を根底から揺るがす、ほとんど物理的な衝撃だった。心の内では、まるで壊れた時計の歯車のように、無数の思いが軋みながら渦巻いていた。不安、そして未来という名の、姿なき獣への恐れが、皮膚のすぐ下で蠢き、私を包み込んで離さない。どの道を選ぼうとも、その先には目に見えないリスクと、顔も知らない困難が待ち受けている。それは、数学の証明問題のように明確に理解できたが、だからこそ、私の思考は泥沼にはまり込み、混乱の螺旋を描き続けた。まるで、入り口は知っているが、出口が見えない、暗く奇妙な迷宮に閉じ込められた気分だった。
これまでの私は、いわば独学の冒険家だった。進学塾という名のガイドブックも持たず、たった一人で受験勉強という荒野を進んできた。その孤独な日々の中で感じた、押しつぶされそうな重圧。それは時に、胸の奥で息を止めるほどの、重い石塊となって心を塞いだ。だが、その孤独な戦いに終止符を打つ可能性が、予備校という場所には微かに輝いて見えた。そこには、私と同じように敗北を喫した者、あるいはまだ見ぬライバルたちが集う。彼らと共に苦難を乗り越え、未来を切り開いていく。想像するだけで、長らく沈んでいた心が、ふわりと軽くなるような、そんな錯覚を覚えた。予備校は、ただ知識を詰め込む場所ではない。それは、敗れた魂を再び奮い立たせるための、不思議な心の支えになるのかもしれない。経験豊かな講師たちが指し示す道、そして、同じ傷を負った者同士が分かち合う、苦しみを越えた喜び。その光景は、暗闇に閉ざされた私の心に、再び希望の灯をともす、具体的なイメージとして焼き付いた。



しかし、もう一方の選択肢、「就職」という道も、荒れ狂った暴風雨が過ぎ去った後の、薄暗く、しかし奇妙に静かな安堵感をもたらしてくれた。これ以上、努力が報われないかもしれないという、あの底なしの恐怖に怯える必要はない。だが、同時に胸の奥には、冷たい諦念が広がった。かつて、子供のように無邪気に描いた、きらめくような未来の夢が、音を立てずに、しかし確実に崩れていくのを感じたのだ。それは、手のひらから砂がこぼれ落ちていくような、止めようのない感覚だった。
予備校通いや就職以外にも、もう一つの道があるのではないか。私の心の最も深い場所から、無視するにはあまりにも存在感のある衝動が湧き上がっていた。それは、自己探求と成長の旅に出ること。この道を選ぶには、誰の期待にも応えず、ただひたすら自分と向き合い、内なる声に耳を傾けるという、途方もない、そしてどこか危険な勇気が必要だった。それはまるで、見知らぬ大陸の、全く白紙の地図を手に、未知の森へと足を踏み入れる探検家のようなものだ。リスクと冒険に満ちていることは明白だったが、その不確かさの中にこそ、真の変容が隠されているような気がしてならなかった。
この旅こそが、私を真に成長させ、まだ見ぬ知識や経験を与えてくれるかもしれない。世界の様々な場所を訪れ、異文化の香りや音、そして人々の呼吸に触れることで、凝り固まった私の視野が、まるで霧が晴れるように広がり、新しい価値観や、人生というものの曖昧な意味を知る。そして、その旅の道中で、心の奥底から湧き上がる、自分だけの情熱や興味を追求し、真の自己を発見し、探求する。それはまさに、「私」という名の、未完の物語を、自らの手で書き記していくような行為なのだ。
この選択肢は、予備校通いや就職という、社会が提示する「確実なレール」とは全く異なる道筋を描く。しかし、その先の霞んだ風景の中には、私だけの新たな可能性と、無限の成長の機会が広がっている気がした。18歳の私にとって、漠然とした理由で大学に4年間通うよりも、この一年間の、得体の知れない自己探求の旅の方が、はるかに意味深く、そして私を救う何かになるかもしれないと、心の奥底で囁く声がした。
私はずっと、心の奥底に、大学に行くべき**「本当の理由」を見いだせずにいた**。ただ周囲の期待、親の無言の期待に応えるためだけに、その大学を目指してきたに過ぎない。今になって、自分の人生が本当に自分の心の声に従っているのか、それともただ、見えない鎖で繋がれた操り人形のように、周囲の思惑通りに動いているだけではないか、という深い疑問が、胸を締め付けた。
大学受験を終え、ようやく自分と向き合う、まるで瞑想のような時間を持てた。自分が本当に求めるもの、何をしたいのか。その問いが、静かに、しかし執拗に、頭の中をぐるぐると巡る。大学に入れば、新たな経験や出会いが、この問いの答えを、まるで自動販売機からジュースが出てくるようにもたらしてくれるのではないか――そんな、どこか空虚な期待感だけを頼りに、私は受験という椅子取りゲームに挑んだのだ。
だからこそ、合格通知を待ち望んでいた私にとって、その結果は奈落の底に突き落とされるような、ほとんど物理的な失望だった。期待と希望という名の、薄いヴェール(膜)が剥がれ落ち、残酷な現実が容赦なく私の前に立ちはだかった。手元に届いたのは、ただの落胆と、胸を抉るような喪失感だけだった。「何とかなるだろう」と自分を励まし続けた甘い言葉は、この現実という名の、乾いた砂漠のような世界では全く通用しないことを、私は身をもって知った。過酷な現実が私を打ちのめしたその瞬間、私はこの苦い経験から、夢や希望だけでは、現実を変えることはできないのだと痛感した。その時、心は粉々に砕け散り、私は絶望という名の淵に、まるで足を滑らせたかのように立たされた。
受験勉強の熱い日々は、私にとって夢への一歩として誇らしく歩んできた道のりだった。だが今、その輝く未来への道は、まるで誰かに消されたかのように見えなくなり、私を包むのは、底なしの深い暗闇だけだった。失敗の苦い味が口の中に残り続け、自分を信じる心と、かろうじて残っていた希望が、乾いた砂のように指の隙間から零れ落ちていく。追い求めてきた理想の未来が、遠い幻のように霞んでいき、心には静かで、しかし確かな絶望感が漂っている。
焦燥感と失望の渦の中で、私の心は迷い、未来への不安が重い蓋のようにのしかかり、息をするのも苦しい。希望の光は遠く、闇が私の心を完全に覆い尽くしていた。私の前には、文字通り暗黒の未来が広がり、進むべき先が全く見えない、無限の迷いの中に閉じ込められていた。

それでも。心の奥底に漂う深い不安や、まるで煙のように掴みどころのない疑問にもかかわらず、私は自分の内なる声に、必死に耳を傾けた。それはどこか遠く、見慣れない場所から聞こえてくる、まるで夜空の片隅で瞬く星のように微かな、しかし確実に存在する希望の光のようなものだった。その光を追い求め、私は一歩ずつ前に進む覚悟を決めた。
今の選択が、人生のすべてを決定するわけではない。人生は予測が不可能で、変化に満ちた旅なのだ。それは、目的地の見えない船旅のようなもの。選択するたびに、私たちは新たな潮流に乗り、未知の道を歩み始めることになる。その道がどこにつながるのか、どんな挑戦が待っているのかは分からない。しかし、その選択の一つ一つが私たちを成長させ、思いがけない経験や発見をもたらすことは、まるで古いレコード盤の溝に刻まれた音のように確かなことだ。生きるということは、その選択という名のカードを切り、その結果を、良くも悪くも、全身で受け入れることなのだと、私は悟った。
友人たちが、それぞれの志望校に合格し、大学という名の新たなステージへ旅立つ日。私の心には、彼らの成功を心から祝福する喜びと、そして、まるで季節の終わりを告げる風のような、言いようのない寂しさが募っていた。共に過ごした何気ない日々が、鮮やかな一枚の絵画のように懐かしく思い出される。彼らの背中を、言葉が喉に詰まり、涙が溢れるのを必死に堪えながら見送った。彼らの未来が、まるで光り輝くメロディのように幸せで満ちたものとなることを心から願いながら、私は静かに別れの刻(とき)を受け入れた。
空港のカフェでひとり、冷めかけたコーヒーカップを手に、窓の外の、まるで目的地の決まったアリの行列のように忙しなく動く人々をぼんやりと見つめていた。彼らの幸せを願いながらも、私の視線は、彼らの進む道とは異なる、自分だけの未来の輪郭を必死に探し続けていた。その輪郭はまだぼんやりとしていて、指で触れようとしても、すり抜けてしまう影のようだった。

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