吉田和彦さんとの思い出:その14
2010年夏、四国アントロポゾフィークライスはドイツからロター・ロイプケ氏をお招きして、集中講座を愛媛県の西条で開催した。ロイプケ氏は元々、吉田和彦さんの様に音楽家として働かれていた方だが、後年になってキリスト者共同体の司祭に就任された。そして、和彦さんのご専門がキリスト教における礼拝の中での音楽、即ち儀式音楽であるということは、これまでも再三強調してきた。
そして何を隠そう、ロイプケ氏こそが、和彦さんにとっての儀式音楽の師匠に当るのだ。詰まり僕にとってのロイプケ氏は「師匠の師匠」に当る訳で、そういった意味で彼を四国にお招き出来たということ自体が、僕にとっては祝祭的な出来事だったのだ。
と言うことで今週の本題は、この2010年夏講座での話なのだが、残念なことにロイプケ氏は全く登場しない、ということをここで先にお断りしておく。
数日の集中講座の最後に設けられたフリーディスカッションで、和彦さんはお母さまの話をしてくれた。
和彦さんのお母さまである美智子さんと、僕は面識が有るという話は第11回で既にしていると思う。詰まりクライス設立の準備をしている中で、東京のシュタイナー関係者にお会いした際、僕は美智子さんの70歳のお誕生日会にも同席させて頂いているのだ。また、その翌年か、更に次の年にはご自宅に泊めて頂いている。
そんな美智子さんは自分の料理の腕に自身が有るからこそ、和彦さんは幼少期から非常に「厳しく」育てられて来たというのだ。母親が家庭料理として作ったものの味が僅かに薄くて、食卓で醤油をかけて食べる、ということは誰にでも有ると思う。或いは昨日、作った味噌汁が煮詰まってしまい、少しだけお湯を足したり、ということも有るだろう。
ところが「厳しい」美智子さんは、そういった「食卓での味の微調整」を一歳許さなかった、というのだ。そして美智子さんは「もし、お前がこの料理の味が気に入らないなら、出来合いの調味料を使って小手先で味を修正するのではなく、いちから全部自分で作れ」と言ったそうなのだ。
そして、こういった妥協を許さない姿勢こそが、現在の和彦さんの音楽に向き合う姿勢の「原点」だと言うのだ。だからこそ和彦さんは、新しい楽譜が渡される度に、そこに付属して渡されるデモ音源のⅭⅮを断っているというのだが、この点は少し解説が必要だと思う。
例えば誰かが、今年の10月にピアノ・コンサートを企画するとする。差し当たりやらなければならないことは、会場とピアニストの確保だ。両者のスケジュールを抑えたら、次にすべきことは演目の決定だ。勿論「有りモノ」でも構わないのだが、作曲家に新譜を用意してもらう、ということも考えられるだろう。
そこで作曲家には、ピアニストの練習期間も考慮して、例えば7月の末までには曲を仕上げる様にとオファーを出す。そして新しい曲が出来上がったら当然、タイトルも出来上がっているだろうから、コンサートのプロモーションとピアニストの練習が同時に始まるという手順だ。
さて、ここからがようやく本題なのだが、こういったケースでピアニストである和彦さんは、本番よりも一定期間前の段階で新曲の楽譜とデモ音源の両方を作曲家から渡されるのだ。楽譜というのは料理で言うところのレシピであるのに対して、この「デモ音源」というのはレシピの考案者が自分で作った実物の料理に相当する。レシピに目を通す前に、実際に実物を食べておいた方が、料理のイメージを作り易いのは言うまでのない。それなのに何故、和彦さんはデモ音源の受け取りを拒否するのだろうか?
何時もの様に和彦さんは、その時にぐちゃぐちゃと詳しく説明することはなかった。よって誠に僭越ながら、和彦さんが「美智子の教え」に従って、新譜のデモ音源をどうして断るのかということを、ここからは僕の言葉で解説したいと思う。
和彦さんは絶対音感を持っているので、簡単に「耳コピ」のできる人だ。そんな彼が作曲家さんの作ったデモ音源を聴いた上で練習を始めるなら多分、初日の時点で曲は7割から8割くらい完成するのではないかと思う。そうすれば後はラクチンで、残りの二ヶ月で毎日1%ずつ完成度を上げていくことが出来るならば、本番には100%の曲が仕上がっているだろう……と言いたいところなのだが、残念ながらそうはいかない。何故なら最初にデモ音源を聴いてしまっているので、それによって「イメージ」が固定的なものになっているからだ。そして、この「与えられたイメージ」に縛られている限り、どれだけ練習したとしても、それは本当の意味での練習ではないのだ。
これに対してデモ音源を聴かなかった場合、恐らく練習初日の完成度は2割とか3割くらいかも知れない。しかし心配ご無用、本番までは未だ時間が有るのだ。だからちゃんと毎日練習して、一日に2%か3%づつ完成度を上げていくことが出来るならば、当日は余裕で100%を超えているのだ(本番では何が起こるか分からないので、完成度は120%くらいにしておかないとコンサートには臨めない、と和彦さんは常々仰っていた)。
どうして、こんなことになってしまうのか僕には心当たりがある。当時、僕はまだギリギリ眼が見えていたので、趣味ていどにグラフィックデザインをやっていた。そこで例えば、僕が誰かから「名刺を作ってくれ」と頼まれたとする。そうすると当然、最初に思い浮かぶのは名刺のサイズで、これは財布の中に入れたりしなければならない都合から、既定のものにせざるを得ない。そして名刺に記載しなければならない最重要の情報は何と言っても氏名なので、それを入れる。その次が住所とメールアドレスで、また電話番号や役職名なども記載しなければならず、クライアントさんによっては顔写真も掲載しなければならないかも知れない。
するとアラびっくり。ものの30分くらいで「名刺っぽいもの」が出来上がる。そこで意気揚々と「とりあえず、こんなのが出来ました」とサンプルを先方に送ると「もう少し氏名を大きくして」などの修正が出される。ガッテン承知の助、と氏名を少しだけ大きくして、バランスを取る為に他のオブジェクトを僅かに小さくしたり、或いは距離を離したりする。それで翌日に「こんな感じですかね?」とクライアントさんに見せると、今度は「なんか地味だから、差し色に赤を入れて」と、これまで一度も聞いていなかった要望が出される。
もう、お分かりだとは思うが、こうやって「微調整」をかけることを何年繰り返したところで、マトモな名刺は絶対に作れない。クライアントさんの要望に従って修正したものを、また僅かに修正し直して、また修正して……ということを繰り返している間、クライアントさんもデザイナー本人も、「少しずつ正解に近付いている」という「実感」がある。しかし、それは全くの幻想で、そうやって血の滲む思いで100回微調整をかけたものと、最初にテキトーに作ってみたものを見比べてみると、正解からの距離は殆ど変わらないことは一目瞭然なのだ。
詰まり時間をかけてやったことは、正解に向かって「前に」進んでいたのではなく、単に問題の本質を横にスライドさせていただけなのだ。
これはクリエイティブな世界で、素人が最初に陥る典型的な罠だとすら言える。僕が子供の頃は、よくテレビで「CM撮影の裏側」みたいな番組をよくやっていた。そして、そんな番組では僅か数十秒のCM撮影の為に、プロは何十回も撮り直しをするということが必ず強調されていた。そのくらい、CM撮影の様なプロフェッショナルな仕事をする人には「強い拘り」が有るのだ、と。
しかし実際に映像製作の仕事をされている方の話によると、これは「クライアントさんへのポーズ」に過ぎないと言う。詰まり、実際には最初のスリーテイクぐらいでとっくに「正解」が出ているのだけれども、余りにも簡単にOKを出してしまうと、クライアントさんに手を抜いて作っていると思われては嫌なので、僅かな誤差が気になっているフリをして、意味の無いリテイクを出し続けるというのだ。
日本社会には「成果」そのものよりも寧ろ、そこへ至った「プロセス」の方を評価すると言う謎のルールが有る。だからクリエイティブな領域で客観的に価値の有る「成果」を出せない人は、無駄なリテイクを繰り返して「やっているアピール」をするしかないそうなのだ。
少し脇道に逸れてしまったので、話を元に戻そう。要するに何が言いたかったのかといえば、クリエイティブな領域で安易に「正解っぽいもの」を出してしまうことは危険だと言うことだ。
その道でプロとして仕事をしている以上、どんなに手を向いても「80点くらいの完成度のもの」は簡単に出来てしまう。ところが、それにどれだけ修正を加えたところで、そこに20点分の上乗せをすることは出来ない。勿論、入念に磨いていくならば、そこから85点くらいには持って行ける。しかし、それ以上はどんなに練習しても、不思議なことに完成度は上がらないのだ。
その反対にデモ音源を全く聴かなかった場合は、完全に右も左も分からない状態からスタートする。
それは重厚な曲なのか或いは警戒な曲なのか、また起伏に富んだ曲なのか割と平坦な曲なのかは全て、取り敢えず弾いてみないことには何も分からない。だから初日は譜読みだけで精一杯で、20点どころか曲の最後まで弾けずに練習を終えるかも知れない。詰まり0点だ。
そして場合によっては、この「0点」の状態が数週間も続くかも知れない。コンサートまでの残り時間は、もう四週間を切っている。そうすると、この頃には、全然弾けなくて、ステージ上で赤っ恥をかく悪夢にうなされているかも知れない。しかし、どこかの時点で「掴んだ」という瞬間が来る。そうすると後はトントン拍子で、それから恐らく一週間もしない内に、デモ音源を聴いていた場合には頭打ちしていたであろう85点ラインを楽々と超えて行く。
場合によっては、コンサートまで未だ数週間を残した状態で、既に120点に達しているかも知れない。その場合、僕ならば一時的に練習から離れるかも知れない。それは自分の中での「鮮度」を保つ為だ。
これが和彦さんのお母さまによる「美智子の教え」だ。あなたは食卓に出された料理にケチャップを足して、95点の料理をを100点に底上げした積もりなのかも知れない。だけれども実際は、私が作った100点の料理を90点に下げたのよ。だから、
もしあなたが「食卓でケチャップをかけたら100点になる料理」を食べたいなら、土台の95点は自分で作ってみなさい。
僕は若かりし日、この「完成した料理にケチャップをかけてオリジナリティーを出す」という方式で音楽と向き合っていた。詰まり誰かのピアノ演奏を聴いて、それを「真似る」ことから始めるのだ。楽譜なんていうものは「耳コピ」が出来ないからこそ必要な「蛇足」に過ぎなくて、或る程度弾ける様になってきたら後は「個性」を出す為に部分的に誇張する、これが「音楽」なのだと勘違いしていたのだ。
僕は藤本先生の最初のレッスンを受けた時に、クラシック音楽というのは「レンガを積む様に」作っていかなければならないと教えられた、と第六回に書いたと思う。そして高校三年生だった僕は、音楽というものをもっと有機的で感性的なものとして捉えていたので納得がいかなかったが、今では藤本先生の言いたかったことが良く分かる。彼女が言いたかったことは:
あなたがやろうとしていることは外側から家を建てようとしている様なものだ。確かに家というのは基本的に外側から眺めるものなので、それを「見えている順番」で作りたくなる気持ちは、良く分かる。だけれども空中に屋根瓦を並べて、壁も無いのにキレイな外壁塗装をして、その後から窓を入れて、その隙間を壁で埋めて、そこに柱を立てて、最後に基礎を打設したところで、出来上がるのは「家っぽいもの」であって、家ではない。
確かに遠巻きに見る分には、そのことに誰もきがつかないかも知れない。しかし、その「家っぽいもの」に人を招き入れた瞬間に、全てが露呈する。そもそも床板が張られていないので中を歩けないし、壁紙も貼られていなくて剥き出しだ。そして何より、柱が家の構造を支える様に組まれていないので「骨格」が存在せず、基礎(土台)が無いのでそれは家として全く安定していないのだ。
どんなに優秀な大工でも、この「家っぽいもの」を「ちゃんとした家」に修正することはできない。或いは、本当に「ちゃんとした家」を建てたいのなら、一旦全てを完全に解体してから、正しい順番でいちから建て直すほうが、微調整を繰り返して正解に辿り着くよりも何倍も速いだろう。
だから僕も高校時代、我流で始めた《トルコ行進曲》に、これ以上の「修正」を加えることは不可能だと思い、それを自主的に手離した憶えた有る。
以上が、僕が2010年に和彦さんから教えて頂いた「美智子の教え」だ。言うまでもなく、全ては「僕の言葉」で表現されているが、意味としては何も間違ってはいないと思う。
さて最後は僕の究極にマヌケな話で終わろう。このロイプケ氏を招いての、西条での講座の中で、僕は和彦さんから「美智子の教え」を聞く中で、ずっと心の中で「そうだ!そうだ!」と頷きながら聞いていた
何故なら、それは和彦さんがプリースターゼミナールの、ピアノの個人レッスンの中で、何度となく繰り返していたことだからだ。そして既に述べた様に、同じことはグラフィック・デザインにおいても言える。ところが僕は、自分のライフワークである筈のキリスト教の研究や、或いは哲学の領域に「美智子の教え」を持ち込むことは、全く考えていなかったのだ。
だから僕は、和彦さんの有難いお説教を、ずっと「自分は出来ている」と思いながら聞いていたのだが、事実はそうではなかった。ひょっとしたら僕は、自分の最も得意とする学問的・認識的領域にも「美智子の教え」を持ち込まなければならないのでは、と思い始めたのは、それから五年くらい経った2010年代の半ばのことである。
そして、本当の意味で僕が、美智子的にシュタイナーの思想に向き合う様になったのは、、コロナ禍以降のことだと思う。言うまでもなく、それによって僕の仕事のスタイルは大きく変わった。
正に、美智子の教え恐るべし、と言ったところか。

65.0 x 90.0 cm
1932年 パウル・クレー、デュッセルドルフ時代の油彩画
フィリップス・コレクション ワシントンD.C(アメリカ合衆国)蔵
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