闇 521(体調不良と一年ぶりの横浜編)
闇 521(体調不良と一年ぶりの横浜編)

2026/04/11 sta
※この作品は、因果律に業を混ぜた小説です
前回の章

二千二十一年四月一日、木曜日先負。
二年前の今日は、元号令和と発表され、横浜のパチンコ『キコーナ』で大勝ちした日。
あー、横浜行きたい……。
もうすっかり春なので、川越の実家へ春用の服を取りに戻る。
本川越駅の宝くじ売り場で、ロト6トロと7を購入。
十億当てて、お金持ちになろう。
中央通りを真っ直ぐ進んだ連繋寺では、桜が満開。

始さんの和菓子の伊勢屋へ顔を出し、近況を報告。
大正浪漫通りへ入ると、鯉のぼりが無数に風でなびいている。

スガ人形の栄治さんのところのものだろう。
毎年この風景も恒例になっているんだな。

最近川越では着物を着た女性同士や、カップルが多い。
レンタル着物屋もこの辺は妙に増えた。
ヤスのカガヤカフェでコーヒーを飲み、加賀屋のおばさんと談笑。
加賀屋の二階も貸店舗で、そこにはレンタル着物屋が入っている。
小江戸と呼ばれたこの街へ来る若い観光客の新たな文化。
格好だけでも真似て、当時の雰囲気を味わいたいのだろう。
隣りのスガ人形を覗くと、先輩の栄治さんの姿が見えたので中に入り会話をした。

元銀座通りの鯉のぼりは、見ていてとても爽快な気分になる。
クレアモールのバー、リバティへ久しぶりに顔を出す。
グレンリベットにジントニックを注文。

ここのマッシュポテトは、相変わらず最高だ。

最後に大漁丸へ行ってマグる。

本川越駅から直接新宿へ向かう。
そのままレディへ出勤。
今日嘘をついてもいい日なのを忘れ、誰にも嘘を話していない。
片屋敷にロト7で十億当たったと言うと「そうですか、おめでとうございます」と冷たく切り返されて終わる。
二千二十一年四月四日、日曜日赤口、清明。
休みで一人まったりと串カツ『てん家やん屋』で過ごす。

八丁味噌煮込みのどて焼きを食べるも、これならフライのほうが俺には合っているかもしれない。

アスクルームビップルームへ帰ったら、ジャッキーチェンの映画を見尽くそう。
サモハンキンポーやユンピョウも出ている五福星、 七福星、 大福星を観た。
この中では五福星が一番面白かった。
個人的好みではジャッキーチェンがピンの映画のほうがいい。
二千二十一年四月六日、火曜日友引。
いつもの日常が始まる。
ジム、仕事、アスクルーム。
昼になると、大明飯店で野菜炒め定食を食べる。
少しこの店の野菜炒めは味が薄めなので、醤油をちょいと垂らす。

昔ながらの中華そばのようなラーメンも追加で注文。

少し休んでからまたジムへ行く時間まで待機。
一人で持て余すビップルームの空間。
月に七万円ほどで住居を抑えられるのはいいが、毎日外食になってしまう部分だけが唯一の不満点だ。
でもマンションを借りた場合、ここに光熱費も加わるので、もう少しだけこの生活を様子見たほうがいいだろう。
この日疲れが溜まっていたのか出勤時間前まで寝てしまい、ジムへ行けなかった。
たまには身体を休めろというサインだろうか。
二千二十一年四月八日、木曜日仏滅。
仕事終わりに珍しく片屋敷から酒を飲まないかと提案される。
こんな朝七時にどこの店に行くのかと思えば、コンビニエンスストアで酒を買って路上で飲むというものだった。
最近ゴジラホテルの周りに家出をしているのか若い連中が、いつもゴロゴロしている姿が目に入る。
それと変わらない事をするのは嫌だったので、レディの近くにある駆け込み餃子へ入る。
焼き餃子、揚げ餃子、馬刺し赤身握りを注文。

この店は俺が〇〇会直営のゲーム屋で働いている時にできたので、二千十五年。
歌舞伎町で六年も飲食店を続けられるという事は、それなりに繁盛している証拠だろう。

片屋敷は俺が話す内容を退屈そうに聞いている。
さほど興味がないのだろう。
揚げ餃子と馬刺し赤身握りが美味しい。

飲みに誘ったのは片屋敷だが、この店へ誘導したのは俺。
自分が年上だというのもあり、会計はすべて俺が支払う。
アスクルームへ戻ると、パソコンでインターネットをして時間を潰す。
ジャッキーチェンの最新作映画『プロジェクトⅤ』が今度上映されるらしい。
実家の目の前にあった映画館『ホームラン』で出会った酔拳。
幼少の頃からずっと俺の中でヒーローだった。
彼のトレーニングシーンで真似をできるものは、すべてしながらこれまで来た。
いわば俺の肉体はジャンボ鶴田師匠とジャッキーのハイブリットのようなもの。
もうじき俺が五十歳になるという事は、ジャッキーチェンは一体何歳になるのだろう?
これは是非とも観に行きたいものだ。
今日はちゃんとジムへ行かないと、怠け癖が慢性化するような気がして重い身体を動かす。
スポーツジム『オアシス』へ行き、トレーニングの開始。

たった二日ほど空けただけなのに、随分久しぶりのような気がした。
出勤まで時間があったので、さくら通りの串カツでんがなへ寄る。

酒を飲みながら、本当に何の目標が無くなってしまった事に気付く。
もう小説も書かなくなってしまった。
身体を鍛えたところで、ゴールも何もない。
中途半端な女関係。
一体俺は毎日仕事をしながら、どこへ向かっているのだろう?
二千二十一年四月九日、金曜日大安。
昼は大明飯店へ行き、酢豚定食を食べる。

何も問題の無い平和な日常。
裏稼業というのを除けば、ごく真面目に単調な日々を繰り返している。
少し物足りなさを覚えつつも、過去の地獄のような日々を味わうぐらいなら、平穏無事がいいに決まっていると、思考が何度もループする。
昔をいくら悔やんだところで、金も何もかも戻ってこない。
そんな事よりも、今の生活を崩さず金を貯めていく事が何よりも大切な事だろう。
二千二十一年四月十一日、日曜日先勝。
仕事を終えると休みに突入。
これといった予定もないので睡眠を取ってから、川越でも行こうと外へ出る。
いつもなら西武新宿線を使うが、すぐ近くに新大久保駅があるのだ。
山手線で池袋まで出て帰るのも、たまにはいいだろう。
久しぶりに東武東上線のホームへ行くと、川越特急という変な電車があった。

何だ、こりゃ?
特に別途の乗車券は必要ないようで、乗ってみた。
驚いたのが途中、朝霞台駅しか止まらず、次が川越駅。
池袋と川越で間に一駅だけしか止まらないなんて、何て素敵な特急だろうか。
西武新宿から本川越へ行く西武新宿線小江戸号は、片道五百円だったっけ?
それでいて高田馬場、東村山、所沢、狭山市と、前より停車駅を増やす愚行。
しかし東武東上線は料金無料。
西武鉄道も、少しは東上線を見習いやがれ。
川越市駅に到着したのは四時半。
三十分ぐらいで着いてしまうなんて本当に早いもんだ。
大漁丸開いているかな?
まだ営業時間前だったけど、篠崎の顔で早めに入れてもらえた。
馬刺しを食べながら会話を楽しむ。

コロッケとおむすびの梅を食べながら、温かいご飯にありつけるのは幸せな事だと感じる。

以前だったらここへ税理士の大野さんも、ひょこっと顔を出していたのにな。
でもそれはもう二度とない。
大野さんが亡くなってしまったから。
あの人がこの世を去ってから、どれぐらいの年月が過ぎてしまったのだろう。
正確に覚えてなくてごめんね、大野さん。
でもさ、俺はこうやったたまに思い出すからね。
人間の死って、何なのだろう。
この間まで会えば笑顔で話しをしていた人間が、今はもういない。
お袋にしてもそうだ。
数年前に櫻井さんから亡くなったと聞き、その報告だけが未だ変にこびり付いている。
仮に生きていたところで変わらなかった親子関係。
三十代の時の会話が、最後になってしまったというだけ。
お袋はこの世に俺を生み出して、役割を終えたのだ。
俺たち三兄弟を捨て、新しい男へ走った時点でもう……。
温かいご飯が食べたい。
こういった外食のではなく、家庭の……。
五十歳手前の思う事じゃないな。
今の俺はどうかしている。
今日は実家へ泊まろう。
お袋へ何もしてやれなかった分、親父に何かお土産でも買っていってやるか。
久しぶりに俺は親父の携帯電話へ連絡をした。
二千二十一年四月十二日、月曜日先負。
昼過ぎに起きると大正浪漫通りへ向かい、ヤスのカガヤカフェへ行く。
加賀屋のおばさんの手前もある。
川越にこうして帰って来た時は、可能な限り顔を出すように決めていた。
カレーライスのセットを注文し、ここが開店当初の頃、毎日のように食べたのを思い出す。

「智ちゃん、いつも恭央のところ来てくれてありがとう」
加賀屋のおばさんが俺に気付き、挨拶をしてくる。
考えてみれば地元とはいえ、俺の居場所など数軒に限られているのだ。
メインは始さんの伊勢屋、スガ人形、櫻井商店、そしてこの店が俺のテリトリー。
生まれ育った場所からすぐ歩いて行ける範囲は、これだけしかない。
夕方まで酒を飲みながら、ヤスのところで派手に金を落とす。
一旦アスクルームへ戻ってゆっくりすると、レディへ出勤した。
二千二十一年四月十五日、木曜日赤口。
今日は遅番の仕事を終えると、そのまま中番の湯浅と合流。
前々から誘われていたパチンコのイベント。
事の始まりは、レディに最近よく来る尾崎という客からだった。
基本負けているのに、何故か静岡の土産うなぎパイなどを差し入れてくる奇特な客。
いつも笑顔で、湯浅はそんな尾崎と仲良くなり、プライベートでパチンコ屋のイベントへ行っていると聞いていた。
出勤する際、交代する時間に湯浅はいつも俺へ声を掛けてくる。
決まって話題はパチンコのイベントだった。
たまには付き合うのも悪くないかな。
そんな気分だった俺は、湯浅と尾崎と合流し西武新宿駅へ向かう。
「今日はどこの店へ行くんですか?」
「狭山です。岩上さん、川越だから狭山って近いんじゃないですか?」
「いやいや、地理的に隣りの市ってだけで、別に近くはないですよ。狭山ってどっちの駅へ行くんです?」
「狭山駅ですかね」
「いや、狭山市駅と新狭山ってあるんですよ」
「多分新がつかないほうの駅ですね」
「どこのパチンコ屋なんです?」
「ラカータ狭山店です」
俺はグーグルマップで、狭山市駅からラカータまでの地図を見てみる。

え、ラカータって狭山日高インターのほうじゃん……。
確かこの辺ってサイボクハムや、俺が以前働いた大日本印刷のほうだよな?
岩上整体を辞め、総合格闘技の試合に敗れ、新宿クレッシェンドの印税も入らず四苦八苦していたあの頃。
インクの調合で指先は常に爪の中まで真っ黒になり、坂道を転がり出す前の話。
唯一の救いは、教会の牧師妻の望だった。
不倫という歪な関係は、ボロボロになった俺の心の隙間を埋め癒してくれた。
「岩上さん、駅に到着しましたよ。行きましょう」
狭山市駅を出ると、歩いてラカータへ向かおうとする湯浅と尾崎。
俺は慌てて声を掛けた。
「歩いてじゃ絶対に無理な距離ですって」
「だって地図だけ結構近いですよ?」
「関越インターのほうなんですよ? 狭山というより日高とかあっちになるから、一時間じゃつかないですよ」
「そんな掛からないですって」
呑気な湯浅たちは延々と先を歩き出す。
しかし十五分もしないで弱音を吐き出した。
「ほらー、まだまだ先になるからタクシー捕まえますよ」
結局途中からの距離で、タクシー代千八百円。
歩いていたら、開店時間には絶対に間に合わなかっただろう。
こんな田舎の辺鄙な場所に、四百人ぐらいの人間が営業前に集まっている現実。
湯浅がギャンブル系人気ユーチューバーの名前を言いながら興奮しているのを見て、ただのユーチューブに映像を投稿しているだけの人でしょと理解できない。
時代が変わり、自分がついていけていないのか不思議な感覚だった。
「岩上さん、パチンコなら聖闘士星矢一択ですよ」
自信満々に言い切る尾崎。
仕事明け寝ずにここまで来たのだ。
どうせパチンコをするなら勝ちたいものだ。
いざやると、本当に回らず酷い有様。
五百円三回転。
三千円使って二十七回転しか回らない台。
イベントと謳いながらあり得ないだろうと思った。
台を変え、甘デジのシンフォギアで五千発出る。
今日も仕事だし、勝ち逃げしようとしたら、換金所が昼休憩で換金できず。
ラカータ狭山、このタイミングでふざけんなよ。
ダラダラやっていたら負けに入ったので、何か食べに外を歩く。
この辺は工業団地なので、本当に何もない。
携帯電話で当たり周辺を調べると爆弾ハンバーグがあるようだ。
近くといっても実際には結構歩いたところにあり、一人寂しく食事にへ向かう。

この手のファミリーレストランに来るのは本当に久しぶり。

結局夕方までダラダラ打ち続けて負けてしまい、一人で駅まで帰る。
一体俺はこんなことろまで何をしに来たのか?
そう考えると妙に悔しくなり、狭山駅反対口にあるパチンコ屋へ入った。
結果そこでも二万円使って当たるも、単発終了。
もう今後の人生の中で、狭山へ来てパチンコをする事は二度と無いだろうなと悟った。
これから新宿に戻り、少し時間を置いて徹夜で仕事?
「……」
このまま帰るの癪なので、駅前のはなの舞へ飲みに行く。
パインサワーを飲みながら、馬刺しに餃子、高級な豆腐にモツ煮を注文。

一体俺は何をしているのだろうか?
最後に一言、今の心境をフェイスブックにアップしておこう。
パチンコなんかやるんじゃなかった………。
二千二十一年四月十七日、土曜日友引、春の土用入り。
前回朦朧とする中、何とか仕事を終わらせ、アスクルームビップルームのベッドでゆっくり眠った俺はとある教訓に気付く。
これからはパチンコでなく、食事に金を使って生きていこう。
そんな訳で目の前にあるアジア屋台村へ入る。
神田と以前行った時以来。

何度かエスニック料理を食べて自覚したのが、俺には合わないという事。
中華料理の豚肉とオイスターソース炒め定食を頼む。

それにしてもここの米、本当に美味くないぞ。
やはり日本人なのだから、食は日本の店がいいのだ。
浅はかな自身を呪い、夜食は大明飯店へ行く。

茄子と豚肉の炒め定食を食べながら、俺はこういうのを求めていたんだと感動に包まれる。

またジムへ行ってから、仕事の規則的な生活が戻って来た。
二千二十一年四月十八日、日曜日先負。
たまには肉が食いたいねん。
ランチタイムに大久保通りを歩きながら店を探す。
日本人の店がいいやねん。
どこもかしくも韓国や中国、ネパールの店が多い大久保。
チェーン店は何か嫌やねん。
何か昨夜ちかと話した際、エセ関西弁の思考回路になっているぞ。
中野での一件以来、ベトナム人のリサ、超ミニスカートのひじき、池袋のキャバ嬢ちかと三人の女と連絡を取り続けている俺。
全員ただの飲み屋女じゃねえかよと、ちょっとした自己嫌悪に陥る。
焼肉ケナリという看板を見つけ、二階への階段を駆け上がった。
千数百円する焼肉ランチ。
まあそこそこの高級焼肉店なのだろう。

特選ロースを食べ、舌鼓を打ちながらも、量的に物足りなさを覚える。

他の席では数名で来店している客が、楽しそうに談笑しながら肉を焼いているのを見て、本当に俺はいつも一人なんだなあと痛感した。
若い頃は孤独で構わなかった。
何故なら目指すものがあり、ストイックに時間を掛けられたから。
しかし五十目前になった今、自分が積み上げてきたものは何か?
何一つ無いのだ。
格闘技も駄目。
ピアノも辞めた。
小説も書かなくなった。
一体俺は、何で生きているのだろうな……。
目標もやりたい事もないまま、時間になればジムへ行く。
そのあとで職場で働く。
本当に地味でつまらない日常を生きているよなと、平和ボケした悩みを抱きつつ、時間だけが過ぎていった。
二千二十一年四月十九日、月曜日仏滅。
横浜の高橋満治から久しぶりに電話が入る。
もうしばらく会っていない。
彼と出会ったのは二千十三年ぐらいか?
初めて飲みに行った時の事を思い出す。
あの時何軒の店を梯子したっけ?
あの日で俺は横浜の生活で、視野がいきなり広がり多くの人間と知り合った。
ほとんどが無駄な付き合いの中、石川雅之だけが残る。
別に高橋満治と仲が悪くなった訳ではない。
飲み方が合わなかっただけ。
彼が主催するライブの誘い。

来週日曜日の二十五日、一年ぶり以上の横浜へ行くのも悪くないと了承した。
二千二十一年四月二十日、火曜日大安、穀雨。
仕事帰り、新宿アルタ裏通りにある横濱家系『壱角屋』の地下の階段を降りる。

無性にラーメンが食べたくなったのだ。
券売機に油そばがあったので購入。
以前横浜で初めて食べてから、油そばは好きな食べ物の一つになっていた。

不味くはない。
だが横浜で食べた時のあの衝撃には遠く及ばない。
今週末横浜へ行った時、伊勢佐木モールのあの油そばの店で食べればいいか。
寝て起きると昼過ぎだったので、大明飯店は休憩時間に入っていた。
仕方なく逆側へ向かい、上等カレーへ向かう。
カツカレーを注文し、食べながら高校生時代を思い出す。
この値段の半額以下で頼めたあの店を……。

金も無かったあの時代、本当に通った店は川越サンロードにあった『かれいど』。
確か三百九十円でカレーライスが食べられ、ラーメンも同じ値段だった。
今ではとっくに無くなってしまい、富士そばが入っている。
本当に大好きだったな、かれいど。
できる事なら、またあの頃の時代に戻りたいものだ。
二千二十一年四月二十一日、水曜日赤口。
大久保駅北口の目利きの銀次へ昼食を取りに入ろうとすると、アジア系のメガネを掛けた年配の男が近寄ってくる。
日本語がまるで分からないくせに、よく日本へ来れたなと思ったが、彼はクシャクシャの一枚の紙きれを見せてきた。
『親が病気で大変困っています。六百円のお恵みを下さい』
それを見せながら何度も頭を下げて懇願。
どこの国の人か分からないが、こんな事をしていないで働きなよと言うも、言葉がまるで通じない。
何だか哀れに思い、六百円をあげた。
これで俺も、何かいい事かなと目利きの銀次の階段を上がる。
ランチの赤鉄火丼と、オプションでしらすおろしを注文。

食事を済ませ外へ出ると、先ほどの年配の男がまた紙切れを見せてきた。
「さっきあげたばかりだろうがっ!」
さすがに怒鳴りつけ、イライラしながらアスクルームへ戻った。
夜になり、ちょっとした眩暈と怠さを感じる。
少し身体がおかしい。
この日はとりあえずジムを休み、仕事へ行くまでひたすら寝て身体を休めた。
二千二十一年四月二十二日、木曜日先勝。
仕事中ちょっとした身体の違和感の継続。
俺はトイレへ行くと吐いてしまう。
ひょっとしてコロナに感染したのか?
いや、そうではないだろう。
症状がまるで違う。
熱を何度測っても平熱のまま。
ただ妙に怠い。
片屋敷が俺の顔色を見て「大丈夫なんですか?」と声を掛けて来るほどなので、明らかな体調不良。
アスクルームへ戻ると、ひたすら睡眠を取った。
暑いのを我慢して布団を重ね、汗が出るまで寝れば良くなると直感的に感じる。
こんな具合が悪いのも珍しい。
何年ぶりだろうか?
夜になりアスクルームの前にあるお粥専門店へ入る。
何も食べないのもよくないとの自己判断。

お粥でこんな値段を取るのかよと思ったが、今はこの体調を戻すのが先決。
大きな丼で出てきたお粥を口にするも、半分以上残したまま店を出る。
俺が食事を残すなんて本当に珍しい状況。
さすがにジムは休み、レディの出勤時間まで布団に包まって休んだ。
フェイスブックの投稿を見たのか、九州のひろみから俺の体調を気遣うメッセージが大量に届く。
人が本当に具合い悪いんだから、放っておいてくれよ……。
寒気のする身体を無理に起こして携帯電話の電源を落としてから、ダウンするようにベッドへ倒れ込んだ。
二千二十一年四月二十三日、金曜日友引。
仕事初早退。
何とか業務をこなすものの、一向に体調は戻らなかった。
いつ以来だ?
ラッキーハウスの最初の頃以来だ。
朝九時頃になると、我慢できずに外へ出た。
「……」
病院行って気付いたのが今日は成人式の祭日。
緊急の治療はどこもしてしておらず、周りの接骨院すらみんな休み
これ、ちょっとマズいんじゃないの?
「う〜」と言いながら、本川越駅の交番の前を通る。
お巡りさんがいたので「今日やっている病院はどこかありますか?」と聞く。
「本日は祭日だから、どこもやっていないと思いますよ。でも凄い辛そうですね?」
「もう、ずっと『う~』って感じですよ」
「それなら消防署に電話してみては?」
「消防署? 火事じゃないんですよ!」
「いえいえ、救急車の手配などは消防署なんで、緊急で診てくれる病院も把握しているはずですよ」
「あ、そうか! お巡りさん、ご親切にありがとうございます。このご恩は一生忘れませんから」
「アハハ…、まあお大事にして下さいよ」
お礼を伝えて交番をあとにする。
電話しようと携帯を手に持つが、あまりの痛みに一度腰掛け様子を見た。
本日の緊急治療ができる病院。
この辺だと赤心堂病院だと説明される。
ここからだと徒歩五分程度。
でも、首が辛いな……。
タクシーを使い、病院へ向かった。
赤心堂病院で症状を医者に話す。
「うーん…、ではまずレントゲン撮りましょうか?」
「はい…、よろしくお願いします……」
右手でずっと左側の首筋を押さえたまま弱々しく言う俺。
休診日なので、院内は俺しか患者がいない。
首の痛みが酷く、声も出せなかった。
「あ、すみません! レントゲンの結果出ていますので、頑張ってこちらへどうぞ」
レントゲン写真を見せられる。
これ、俺の中の骨格なのか?
何だか変な形をしている。

「これじゃあ、キツいでしょう? よくここまで自力で来れたものですね」
「……」
「ブロック注射を打ちます。ちょっと我慢して下さいね」
「……」
とりあえず首に注射してもらう。
薬も出るようだ。
先生が俺から離れるのが分かり、いつ注射をするのだろうと思った。
「あのー、先生……。いつ、注射を打つんですか?」
「え? 今したばかりですよ?」
そういえば声を出せるようになっているぞ?
あまりの痛みの中、首筋に針を刺された事すら分からなかったようだ。
「よくこの状態で歩いて来ましたねえ……」
呆れたような表情で笑う先生。
「以前リングの上で戦って来ましたからね。レスラーは壊れちゃいけないんですよ。まあ、今回だけ壊れ掛け、先生に何とかしてもらった訳ですが」
「ほうほう…、だから身体も大きいんですね」
「先生!」
「な、何ですか?」
「ブロック注射って素晴らしいですね!」
「首筋に注射しているのが分からないぐらい麻痺しているのに、ここまで来たあなたのほうが凄いですよ……」
先生によると過去の格闘技のダメージが蓄積されてて、まず第一頚椎と第二頚椎の間が狭く、第四頚椎から第六頚椎の前側が狭まり、ちょっと棘っぽくなっているようだ。
それと年齢と共に、昔の無茶が今になって来たのではないかとの診断。
「……」
あれは確か二千十七年の初期だったはず。
あの時とは症状が違う。
コロナかと思うが、熱は平熱のままだった。
ここ数日体調が良くなく、ダルさや寒気、関節の痛み。
前日に十四時間くらい睡眠を取ったが、未だ体調はいまいち。
俺が仕事早退するなんて、あの時以来かよ……。
とりあえず帰り道、フラフラしながらもタイ式マッサージに寄り、念入りに身体をケアする。
仕事早退、タイ式マッサージ、二千円のユンケル飲み八時間睡眠。
このコンボが効いたのか、目を覚ますとかなり体調良くなった感じがした。
自分の身体は自分が一番よく把握している。
こうなったらまずは栄養補給だ。
俺は大明飯店へ向かい、味噌ラーメンとカレーライスを食べた。

うん、もう吐き気もなければ寒気もない。
食事をペロリと食べ終えた俺は、ジムへ行くとそのままレディへ出勤した。
二千二十一年四月二十四日、土曜日先負。
朝方になり店の備品の買い物へ行く。
「……」
ゴジラホテルの周りでだらしなく道路で寝転がる若者たち。
セブンイレブンの入口前でこんな状態なので、中へ入るのも邪魔だった。
「おい、どけや、クソガキッ!」
久しぶりに大声で怒鳴りつける。
生意気にも睨んできたので、髪の毛を鷲掴みにして入口からどかす。
乱暴な行為であるが仕方ない。
こっちは客で店に用があるのだ。
このガキどもは客でも何でもない。
この事を帰ってからスタッフへ話すと、片屋敷は「岩上さん、腕っぷしが強いって素晴らしいですね」と的外れな返答をしていた。
そういう問題ではないが、まだ三十代前半の彼にそれを諭したところで分かってくれないなあと感じる。
苛立ちが治まらなかったので、フェイスブックに今の心境を投稿した。
緊急事態宣言とかやる前に、ここ最近路上で朝まで飲んでるガキ共どれだけ多いか分かっているのかな?
まずは路上飲みした馬鹿を処罰対象くらいやらないと、ゴールデンウイークの緊急事態宣言は、ほとんど意味が無いと思うんだけどな
政治家もこの街の現状を何も見ていないから、こんな状況になっているのだ。
それは交番のお巡りさんにしてもそう。
くだらない裏稼業の摘発とかの前に、この慢性化してゴジラビルの周りにいるガキ共を何とかしないと、いつまで経ってもコロナ渦なんて絶対に収まらないぞ?
今日出勤すれば、明日はようやく横浜。
この新宿での単調な日々からやっと解放されるのだ。
二千二十一年四月二十五日、日曜日仏滅。
朝七時に仕事を終え、俺は休みに入る。
片屋敷が、お土産に崎陽軒のシウマイをリクエストしていたので了承した。
少し寝て昼頃になったら横浜へ向かおう。
湘南新宿ラインで横浜駅、それから日ノ出町駅で降り一年ぶり以上の横浜の地へ到着。
長者橋から大岡川を見ると、桜はもう散ってしまったようだ。

盟友石川雅之には事前に連絡してあったので、彼と合流しトンカツ『長八』へ入る。
鰺丸ごと一匹フライを頼み、二人でシェアしながらそれぞれ定食を注文。

石川は刺身とフライのある定食を頼む。

俺は日替わりのポークチャップを選んだが、これはあまり美味しくなく素直にトンカツにすればよかったと後悔。

石川と別れ、高橋満治主催の『ヒサ絵』という女性ミュージシャンのライブへ向かう。
日ノ出町駅から近くにあるバーを貸し切ったライブハウス。
受付で高橋満治やインターコンチの森田が座っているので、久しぶりの再会で話をする。
そこそこいい女であり歌唱力もある。
俺はライブハウスでチケット代を払い、飲食は別途に掛かるので一万数千円の金を使う。
タバコを吸いに外へ出ると、横浜橋商店街近くでバー『セカンド』を経営していたワンさんと再会。
本当に懐かしい。
二千十六年の時に会ったのが最後じゃなかったか。
歌の合間にトークをするヒサ絵。
「横浜で開催する際、本当に高橋さんにはお世話になりまして、多大なる感謝をしております。それだけ、それだけなんですけどー!」
この台詞を聞いた時、何だこの馬鹿な女はと思った。
応援しているシンガーソングライターがいると高橋満治から何度も聞いていた。
それがこの程度の女?
感謝をしていると言いながら、それだけって何だ?
俺はライブが終わると、とっとと店を出た。
自分がこのライブの集客の一人としてただ集められた事に気付いたから。
石川と普通に酒を飲んでいればよかったと後悔しつつ、昔住んでいた横浜橋商店街へ向かう。

横浜へ来たら、絶対に顔を出しておきたい店がある。
それは激安居酒屋『楽』。
真金町まで歩き、楽のドアをゆっくり横に開く。
すぐに楽のマスターが気付き「岩上さん!」と笑顔を見せる。
久しぶりの再会に花を咲かせ、マスターはシャッター閉めた状態で夜の十一時まで飲ませてくれた。
そろそろ終電もあるので、伊勢佐木モールに出て、ここで問題に気付く。
崎陽軒がどこも開いていない……。
職場のみんなにお土産を持って帰るって言ってしまった。
何だよ横浜…、どこもかしくもコロナ渦で廃墟と化してるじゃないか。

ひと気もなく閑散とした伊勢佐木モールは、間隔を空けた鯉のぼりが寂しそうに並んでいる。
崎陽軒の焼売を買って帰るなんて、言わなきゃ良かったな……。
それにしても四月も終わりだというのに肌寒い。
とりあえず回転寿司『助六伊勢佐木店』入る。
ここも随分しばらくぶりだ。

困った時はマグろう!
こうなると今日はこっちへ泊まり、崎陽軒で明日買ってから新宿へ戻るしかないな。
マグッている様子をフェイスブックに投稿すると、初期横浜時代の同僚、並べで巷有名な平田からコメントが入る。
『風凄くないですか? ウチの方は台風みたいな風です。 平田正多嘉』
『今も風あるし、寒いくらいですよ。早くコロナなんて無くなって、今まで通りの世の中になってほしいですね 岩上智一郎』
『グランカスタマは大浴場が有るので、暖かくして風邪引かない様にして下さいね! 平田正多嘉』
そうか、あのネットカフェならここから近いし、風呂もある。
ゆっくり眠れるな。
以前グランカスタマに寝泊まりしていたヤクザ女の雅を思い出す。
「あ、ビンさん……」
「何よ?」
「さっきは強く言い過ぎた、ごめん。反省はしているよ」
「何が?」
「いや、坂本の件で」
「ほんとそうよ。十万ぐらい貸してあげればいいのに」
「そこは少し違うって。ビンさん、坂本に十万を貸せるの?」
「私はそんなお金持ってないもの。唯ちゃんところ出て、そこのグランカスタマーって漫画喫茶に寝泊まりしているし」
雅は家なき子だったのか……。
そういえば懲役に行ったヤクザのミューと別れる為、シェルターに避難したとか言っていたっけ。
一度ぐらいあの女を抱きたかったなあ……。
いやいや、あの女が原因で、〇〇〇〇組の三田の『ハッピー』で、地獄へ落ちたようなものだ。
もう雅なんて忘れろって。
俺は以前雅が滞在していたグランカスタマへ向かった。
二千二十一年四月二十六日、月曜日大安。
とりあえずグランカスタマへ入り、部屋を取る。

朝まで寝よう、おやすみなさい。
起きてから映画も観られるようなのでラインナップを眺めていると、ジャッキーチェンの『プロジェクトⅤ』があった。
早速観てみるが、歳を取りアクションシーンの見せ場がないジャッキーを見るのは悲しい気持ちになる。
唯一の救いはヒロインの子がとても可愛かった事。
何となくこの子、けいこに似ているなあ……。
けいこと別れ、ラッキーハウスへ向かう途中に思った。
何であそこまで強引に行動できるのに、あいつに好きだって俺は言えないのだろうな……。
ずっと仕事中も心臓がバクバクしていた。
とうとうけいことキスまでしてしまったのだ。
「……」
途中までは本当にいい感じだと思ったんだけどなあ……。
結局彼女と会ったのは、二千十九年が最後になってしまった。
よせよせ、縁がなかったんだよ、けいことは。
いつまでも未練がましい真似はやめろ。
俺はチェックアウトすると、近くにあるパチンコ屋『キコーナ』へ行く。
結果大惨敗。
この緊急事態宣言中の世の中、過去の思い出を美化し過ぎた俺が悪い。
コロナに感染したくなかったら、部屋で大人しく過ごすしかないのだ。
そもそも横浜へ行ってパチンコへ行くのがまず駄目。
これからは任天堂スイッチを買って引きこもりになろう。
さて、崎陽軒の焼売を買って新宿帰るか。

関内駅手前の伊勢佐木モールにある崎陽軒へ寄り、シウマイのお土産を買う。
大久保へ戻ると、大明飯店へ入り、キャベツと肉の味噌炒め定食を食べる。

また新宿歌舞伎町での毎日が、これから始まる。
二千二十一年四月三十日、金曜日先負。
ジムへ行き、仕事だけの日々。
遅番は客が引くと本当に暇だ。
俺はスマートフォンにファミコンができる用のエミュレーターを入れ、ドラゴンクエスト6始めてみた。

こんな大昔のゲームを今さらやるなんて、俺は本当に何の目的も向上心もないんだな……。
こんな自分に呆れながら、四月が終わろうとしていた。

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