闇 450(母親の最後編)
闇 450(母親の最後編)

2026/01/12 mon
前回の章
二千十八年十月一日、月曜日大安。
本日よりセブンスター五百円に値上げ。
一箱四十円の増加。
一体こんな事を決めた政治家は誰なんだ?
事前に購入を頼んだ櫻井さんより連絡が入る。
「智一郎、タバコ二百箱届いたよ」
「今日休みなんで、櫻井商店まで取りに行きますよ」
セブンスターボックス二十カートン。
これで今年はタバコ買わないで済みそうだ。

「これからシブヤさん行くけど一緒に行くか?」
「タバコを一旦家に置いたら向かいますよ」
二百箱のセブンスターを部屋に並べる。
中々壮観だ。
俺はレストランシブヤへ向かった。
もちろん注文はいつも定番のランチとナポリタン。

レモンを絞り、フライにソースを掛ける。
櫻井さんはカツカレー。

ナポリタンへパルメザンチーズを掛け、タバスコを振る。
フォークに麺を絡めて口へ運んでいる最中だった。
櫻井さんがボソッと口を開く。
「智一郎…、落ち着いて聞いてくれよ?」
「え、落ち着く? 何がです?」
「おまえのお袋さん…、亡くなったらしいぞ?」
「……。亡くなった? 俺のお袋がですか?」
「うん…、人づてに俺も聞いただけなんだけどさ」
「……」
ふと頭の中に赤子の俺を抱いた両親の写真が浮かんだ。

二俣川から川越に戻って来た時、親父が渡してきた写真。
靖国神社参拝記念、昭和四十七年六月十一日。
まだ九月十三日になっていないから、俺が零歳の頃のもの。
「大丈夫か、智一郎?」
「大丈夫って何がですか? お袋が死んだって事ですか? もう俺が三十代の頃からまったく会っていないんですよ? それが今さら亡くなったからって…、何のショックを受けるって言うんですか」
無理やり笑みを見せる。
心の動揺は本当に何も無かった。
しかし以前弟の徹也が言っていた台詞が蘇る。
「この間さ、お袋から連絡あってさ……」
突然徹也の口から母親の名前が出たので振り返る。
「はあ? 何でお袋が徹也に? 今さら何の用なんだよ?」
「この会社を立ち上げる時さ、お袋にも金を出してもらったんだよ」
「はあ?」
コイツ、昔はあれだけお袋を毛嫌いしていたくせに、何を言っているんだ?
「一緒にいた二階堂さんて人が亡くなったみたいでね。それで今生活が苦しいから、あの時の金を返してくれなんて言いやがってさ」
「……」
「あれ? どうしたの、兄貴?」
「悪いけどおまえとは、話したくないわ」
「何だよ、突然! おい、兄貴」
俺は無視して会社を出る。
唯一の兄弟だった徹也。
やはり信用できない。
お袋と密かに連絡を取り合い、会社の出資金をだしてもらった?
あいつには人間としての矜持が無いのか?
俺がまだ二度目の歌舞伎町へ行く前だったと思う。
佐川急便を辞めたぐらいか?
あの頃すでに二階堂さんは亡くなっていた。
確か二千十一年……。
つまり…、お袋はこの七年ほど一人寂しく生きてきた事になる。
俺、徹也、貴彦……。
三人の兄弟をこの世に産み、育児途中ですべてを投げ出し岩上家を出て行ったお袋。
左目の上の二つの傷が疼く。
理不尽な虐待でつけられたこの傷。
結局とうとう最後まで和解する事も何もなく親子の関係が幕を閉じただけ。
取り乱す訳でもなく淡々と母親の死に対し、平然としている。
何の心境の変化もない俺は、やはりどこか壊れているのだろう。
新宿クレッシェンドを世に出してから十年。
この十年で、いや、作品を書いた時点で、憎悪は無くなっていたんだろう。
ただ俺を産んだという過去だけが残っただけ……。
二千十八年十月五日、金曜日先負。
どこの墓にいるのか分からない。
唯一の手掛かりである仲町のおばあちゃんの家は更地。
忌々しい従妹の宇津木裕子。
その母親であるお袋三姉妹の長女である叔母さんも、連絡先一つ分からない。
お袋の姉せっちゃんも、旦那のひろしさんが亡くなりあそこにあった家も今はもう無いそうだ。
デパート丸広の前にある西雲寺。
あそこに仲町のおばあちゃんのお墓はある。
ひょっとしたらお袋は、そこへ入っているのかもしれないな……。
実の息子が涙も見せず、心にショックさえ無い現実。
こんな俺を見て、お袋はどう思ったのだろう?
いや、見るも何もないか。
二千八年に出版された新宿クレッシェンドを読んだお袋は、当時何を思ったのだろうか。
読んだかすら分からない。
俺が本を出した…、小説を書いていた事すら知らない可能性だってもちろんある。
一つだけ頭にある事。
それはこの俺を産み落とした人間が、この世の中にはいなくなったという事実だけ。
俺はあのような反母性愛が裏テーマであるような作品を書き、一体何がしたかったのだろうか?
あれだけ小説に反映させる業火のように煮え滾っていた憎悪。
もちろん西雲寺へ行こうとも思わない。
何故なら俺とお袋とはとっくの昔に縁を切り、無関係な状態のまま来たのだから。
世間一般からすれば、俺は本当に血も涙も無い冷血な息子に見えるだろう。
何故櫻井さんから聞いた話を俺は、あえてあの時フェイスブックへ載せた?
悲しみがあった訳じゃない。
うまく言語化できない。
俺は壊れているのだろう。
今日も新宿歌舞伎町のラッキーハウスへ出勤。
店には母親が亡くなったと言っていない。
何故なら言ったところで何をする訳でもない。
店の準備をいつも通り行い、客が来たらINとOUTをするだけ。
もはや人間の所業じゃない。
俺は一体何者なのだろうか?
同じ血の流れる弟の徹也。
そして戸籍上兄弟ではなくなった貴彦。
この三人を生んだ元になる親父。
誰ともお袋が亡くなった事について話をしていない現実。
おじいちゃんが亡くなった時、おばあちゃんが亡くなった時のような身を切られるような痛みも何も無い。
今週はフランスのパリで凱旋門賞があるようだ。
佐藤充が店に来て、興奮しながら一生懸命話をしているのが聞こえる。
うん、せっかくの凱旋門賞なんだ。
俺も競馬をやろう。
フェイスブックへメモ代わりに投稿をしてみる。
凱旋門賞の枠順が確定した
10月7日(日曜) パリロンシャン競馬場(フランス)
3歳以上 牡・牝 2,400メートル(芝・右)

俺の予想
※↓番号はゲート番号で馬番ではありません
◎16 シーオブクラス(3歳牝馬)
〇6 エネイブル(4歳牝馬・去年覇者)
▲15 マジカル(3歳牝馬)
△1 クリンチャー(4歳牡馬・日本)
△2 パタスコイ(3歳牡馬)
△3 ネルソン(3歳牡馬)
馬連(馬単)16-6
三連単
(一着)16.3
(二着)6.1
(三着)16.6.15.1.2.3
今のところこんな感じ
悪鬼羅刹とは俺のような人間を表すのだろう。
自分で意味を調べてみた。
非常に恐ろしく人に害を与える悪鬼や魔物の総称で「悪鬼」をさらに強めた表現。
元はインド神話の魔物「ラークシャサ」を指し、仏教に取り入れられ、極めて凶暴で人を襲う恐ろしい存在、または非道な悪人を比喩する言葉として使うようだ。
悪鬼とは人に災難をもたらす化け物。
では羅刹は?
人を騙して食らう、力強く足が速い魔物。
仏教では毘沙門天の眷属である鬼神の一種。
つまり悪鬼羅刹とは、この二つを合わせて、あらゆる恐ろしい魔物、または人の心に潜む悪を指す。
仕事を終え川越へ帰る。
いないと分かっていても埼玉りそな銀行の駐車場へ寄り、野良猫ニャーニャーたちを探す。
「……」
今日もいない。
本当にどこかへ住み家を変えてしまったのだろう。
二千十八年十月七日、日曜日大安。
冷血漢な俺は今日も仕事へ向かう。
業務をこなしながら競馬をする。
昨日は全レース外れたけど、今日も懲りずに全レースやっていたら、チョロチョロ当たっている。
神様も俺を見放した訳じゃないらしい。

ならば当たった分はすべて凱旋門賞へ!
とにかく色々な買い方して、何とか当てたいものだ。
東京阪神共にあと残り五レースずつ。
当たったら凱旋門。
今日は派手に行こうじゃないか。
これで凱旋門負けたら六万ちょいの負けになってしまう。
神様お願いしますよ。
海外競馬は時間帯が違うので、仕事を終え川越に戻ってからのスタート。
同級生篠崎の働く大漁丸で酒を飲みながら、競馬の話をしてそれでもまだレース時間前に店の閉店時間が来る。
「岩ヤン、悪いけどそろそろうち終わりなんだよ」
「遅くまでごめんね。斜め向かいでも行ってくるよ」
「俺も後片付け終わったら、ゆりちゃんところ顔出すよ」
ゆりのいるお好み焼き屋きらくへ行き、酒を煽りながら競馬の結果を待つ。
この店は去年ゴリと来た以来か?
あの馬鹿は相変わらずおじいちゃんに線香をあげに来ないまま。
ゴリの母親はもっと前に亡くなっているが、あんな屑のようなゴリでも俺の目の前で涙を流していた。
実の母親が亡くなっているのに、涙一つ出ない俺はゴリ以下の人間なのか?
いやいや、あんな義理人情の欠片もない男よりは、まだ俺のほうがマシなはず。
そんな事を考えながら凱旋門賞が終わる。
ちょうど篠崎が大漁丸の片づけを終え、きらくに顔を出す。
一着10番エネイブル、二着19番シーオブクラス、三着6番クロスオブスターズ。
唯一の日本馬9番クリンチャーは、十七着でまるでいいところなし。
天皇賞春三着でお世話になったから義理で買ったが、話にならない。
俺は馬連の10-19を七千円だけ当たっていた。
「凄いじゃん、岩ヤン。いくら買ったの?」
「いや…、当たったけど勝ってはない……」
「え、どういう事?」
「ちょっと待ってね。計算するわ」

十九頭も出走して馬連はガチガチの五百九十円配当。
つまり俺は四万一千三百円にしかならず、当たっているのに負け。
クビ差だった一着と二着馬。
10-19が逆だったら大本命で何十万になっていたんだけどな。
神様もこんな親不孝な男になど微笑む訳がないか。
二千十八年十月八日、月曜日赤口、体育の日、寒露。
今日は祭日なのでJRAも三日開催。
Win5、今のところ三レース的中!
あと東京、阪神メイン当たれば……。

しかし世の中そんな甘い訳がない。
結果は8-4-10-2-7。
こんな馬鹿げた日々を過ごしながら、おじいちゃんの命日が近付くのを実感する。
二千十八年十月十三日、土曜日先勝。
俺の誕生日からちょうど一ヶ月が経つ。
今日はおじいちゃんの命日。
あれから四年も経ったのか。
生きていればちょうど百歳。
俺はこの四年、何を迷走していたんだろうな。
裏稼業で働き、競馬へ金をつぎ込むだけのろくでなし。
正に人間失格とはこの事か。
二千十八年十月十四日、日曜日友引。
今日はクラシック牝馬最終戦の秋華賞。
現在二冠のアーモンドアイが無事三冠目を手にする事ができるのか?
もしくはラッキーライラックが雪辱を果たせるか?
今回桜花賞三着、オークス二着だったリリーノーブルは出走しないようだ。
ここは上記二頭のガチガチ決着だと思う。
6枠11番アーモンドアイに対し、4枠7番ラッキーライラック。
枠連だと4-6。
俺が以前神懸かりのように取れた有馬記念も4-6。
運命的な組み合わせの数字四と六。
俺の生まれ年、昭和四十六年でもある。
先月に設定した毎月二十万貯金。
そんな事すらどうでもよくなっていた。
これは神からの啓示。
迷わなくていい。

まず即パッドに十万円を入れる。
とりあえず馬連ではなく枠連4-6に四万六千円購入。
残りを他のレースにも回し、予想を始めた。
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