闇 520(ベトナムパブとひじき編)
闇 520(ベトナムパブとひじき編)

2026/04/10 fry
※この作品は、因果律に業を混ぜた小説です
前回の章

二千二十一年三月十七日、水曜日赤口、彼岸。
片屋敷と名義社長の小西が、親子の戯れる中、俺は黙って携帯電話の画面でペンギンの赤ちゃんの歩く練習の動画を見ながらセブンスターに火をつけた。
仕事が終わり、アスクルームで睡眠を取る。
目覚めるとまだ十時。
最近毎日のようにジムへ行って身体を鍛えているせいか、少しずつコンディションが良くなっているのを実感した。
二十九歳の頃のように全盛期へ戻すのは無理かもしれないが、たくさん寝たつもりが実際はたった短時間しか寝ていない状況を見ると、あの頃の感覚をどうしても思い出してしまう。
ジャンボ鶴田師匠が亡くなった二千年。
テレビでは鶴田師匠の追悼番組が放送されていた。
恩返しするんだろ?
俺は外へ飛び出し全力で走った。
我武者羅に身体を動かし、限界まで体力を使い果たす。
大きな木に向かい、素手で何発も打撃を打ち込んだ。
拳の皮は擦り剥け血だらけになっていた。
鶴田師匠は本当に凄かったんだ。
俺がそれを証明してやる。
今でも蘇る無力で馬鹿だったあの頃……。
結局総合格闘技のリングには上がったものの、力不足の俺はこうして歌舞伎町の裏稼業インターネットカジノの末端従業員として働く日々。
違う違う、いじける為に過去を思い出したんじゃないだろって。
あの異常だった鍛錬を繰り返し、コンディションを極限まで上げた当時の話だ。
一日八時間から九時間に及ぶトレーニング。
疲れ果て倒れるように眠り、目を覚ましよく寝たと時計を見ると、たった一時間しか寝ていなかった事実。
神経がどんどん研ぎ澄まされ、気付けば歌舞伎町で当時一番忙しい店と謳われたワールドワンでの仕事中が俺にとっては休憩時間。
そして眠くなり睡眠を取るのが、二日に一時間となってしまい、自分の身体を少し怖く感じたあの頃。
四十九歳になった今、当時のトレーニング量の二十分の一もこなしていない。
それでも体力はまだ向上し、コンディションが上がっているのだけは感じられた。
もうリングを目指す訳じゃないんだし、年なんだから、程々に……。
もう一度横になるが、まったく眠くならない俺。
「……」
駄目だ、住民の鼾を聞いているだけで、逆に気が滅入ってくる。
仕方ない。
こんなウサギ小屋にいてもしょうがない。
これだけ体力が有り余っていれば、徹夜でも今日は何とかなるだろう。
アスクルームを脱出して、外へ出る。
どうせなら楽しい場所へ行きたい。
中野…、ブロードウェイ……。
気付けば俺は、大久保駅に向かって進んでいた。
以前、中番だった時、斉木との会話を思い出す。
かつてワンオン系ゲーム屋の中川派と枝分かれした井村派。
その井村派の『グローブ』、『スポット』、『ステップ』、『ダイナミック』。
ステップがあった場所が徹底し、一軒のラーメン屋が入った。
俺が〇〇会の二階のゲーム屋にいた頃だから、二千十五年前後の話だ。
そのラーメン屋は『味七』といい、北海道の昔懐かしい味として人気となっていた。
今ではいつの間にか無くなってしまい、その店の話をしたところ、斉木も好きだったようで美味かったと話に花が咲く。
その時味七は、中野へ移転したと言っていたはず。
つまり俺がブロードウェイに行くという事は、そこと味七で二度楽しみがあるという事。
総武線でたった二駅の距離。
中野駅に到着すると、ブロードウェイの手前にある飲み屋街にあるのではないかと探し回る事にする。
「あった!」
とうとう味七の看板を発見。
走って近付くと何故かシャッターが降りていた。

まさかこっちも閉店してしまったのかよ?
よく見るとシャッターに貼り紙が貼ってある。

『誠に勝手ながら十七日から二十二日まで休ませて頂きます。 味七』
え、今日から休み?
昨日だったら営業していたの?
ひょっとして、コロナのせいか?
何で俺はこう運が悪いのだろう。
腹も減ったので仕方なくこの辺を歩き回り、海鮮酒房『食楽』という店を発見。

居酒屋っぽいが、昼間はランチをやっているようだ。
日替わりのホワイトシチューを注文。

正方形の仕出し箱にご飯やちょっとしたおかず、そして茶碗蒸しもついて、大皿でシチュー。
これで千円は安いね。
こういう店が大久保にもあったら、毎日通っているんだろうな。
そんな事を思いながら気付けばアーケード通りのパチンコへ入って打つ俺。
習慣というものは本当に恐ろしい。
結果ちょっとだけ出てチャラだったので、すぐに辞める。
二軒目で健全に酒でも飲もうと『神田屋』という居酒屋へ入る。
メニューを見る限り、色々と値段の安い店だ。

レモンを凍らせて繋げたサワーは、歌舞伎町の夢吉を思い出す。
こんな二年も経たない頃を昔と思えるとは、俺も随分変わったのだろう。
いい事なのか悪い事なのかは分からない。
とりあえず今こうして目の前にある様々なつまみを堪能しながら、酒を飲める幸せに感謝をすればいいだけ。

これは地獄を体験した時期に比べれば、充分過ぎるような日常なのだ。

店を出て駅へ向かおうとして、肝心な事を忘れていた。
俺はブロードウェイへ来たかったんじゃないのか。

入ってすぐの古本屋。

マニアックな店の数々。

非日常的なものをボーっと眺め、昔を懐かしむ。
こんな時間を過ごすのも悪くない。
また飲み屋街のほうを通ると、ベトナム人パブという店を見つける。
フィリピンパブみたいなものか?
アジア系の女の飲み屋は、昔から安いイメージがあった。
数千円程度なら、たまにはこんな気晴らしもいい。
ベトナムが地図上のどの辺にあるのか知らないくせに、店内へ入り女を吟味する。
一つ分かったのがベトナム人は、金を稼ぎに日本へ来ているので一生懸命だという点。
俺に逆の事ができるだろうか?
ベトナム語をカタコトでも覚え、異国の地で外貨を稼ぐ。
そう考えると、俺がこれまで潜り抜けてきた地獄など、平和ボケした日本限定の中のものでしかない。
可愛らしいベトナム人のリサという女と連絡先を交換した。
この日本人らしい名前が、彼女の本名なのか源氏名のなのかは、どうでもいい。
また一つ異性の繋がりを広げようとしている。
一体俺は何を求め、何がしたいのだろう。
延長して陽気に酒を飲んでいると、外はいつの間にか薄暗くなっていた。
今日夜から仕事だもんな。
そろそろ帰って休んでおくか……。
中野駅の改札を潜り、電車へ乗る。
「あれ? 落合? 何ここ?」

前も中野へ行った帰り、同じ事あったよな?
俺の乗り間違えなんだろうけど、東中野行きと書いてあるホームへ乗っているつもりなのに、何故か変な方向へ行ってしまう。
俺は二駅先の大久保へ帰りたいんだよ。
もう一度中野まで戻り、大久保へ無事到着した。
二千二十一年三月十八日、木曜日先勝。
アスクルーム前の通りに『兆奎餃子』という店ができた。
この前って確かザリガニとかを料理していた店だよな?
メニューを見ると茄子料理があったので、入ってみる事にした。

値段は安いものの、麻婆茄子はちょっと味が駄目。

別で頼んだ餃子は美味いが、これだけで五百円以上する。

なのでこのくらいの味は出して当たり前かなという感想ぐらいしかない。
店の知り合いなのか、店員の友達なのか、四名連れが店内へ来た時のお喋りが、かなりうるさく相当耳障り。
二度目はもう無いだろうなと思いながら会計をして店を出た。
LINEからの相手に池袋のちかだけでなく、ベトナム人のリサも加わる。
愛も何もない空虚なメールのやり取り。
俺も男なので、何かの機会があり抱けたらいいな程度のものだった。
日常はこれからジムへ行き、そのあと仕事という変わらぬルーティン。
今日も時間だけは平等に過ぎていく。
二千二十一年三月十九日、金曜日友引。
平禄寿司で、安定のマグロ丼と白身魚のフライ。

近場の店でちょっとしたささやかな贅沢。

ジムでもトレーニングを終え、ジャグジーへ入り身支度を整える。

さて、これから仕事か。
今日出ればようやく休み。
俺は張り切ってレディへ向かった。
二千二十一年三月二十日、土曜日先負、春分の日、春分。
神田からの電話で目を覚ます。
時計を見ると昼。
結構寝たものだ。
起き上がり、ベランダへ出て電話に出た。
「岩ヤン、今日って休みなんでしょ?」
「そうだよ」
「今日さ、夕方から時間空くから飲まないか?」
「別にいいけど、どこ行くの?」
「せっかく岩ヤン一緒だから、川越行きたいな」
「川越かー…、まあいいよ。何時ぐらいに大丈夫なの?」
「四時には身体空くからさ、一緒に行こうよ」
川越に行く約束を了承すると、俺は昼飯を食べに外へ出る。
大久保通りを歩いていると、火鍋の店を発見。
シャオウェイヤン?
何て読むのだろう?
中国だか韓国の店『小尾羊藥膳火鍋』へ入ってみる。
火鍋ってそもそも何だろう?
薬膳鍋ってのもあるけど、苦そうだ。
迷った末、白湯スープにした。

実際に食べてみると、案外コクがあって中々美味しい。
二千円しないで食べられるのなら、また来るのもありだ。
夕方までアスクルームで大人しく過ごし、神田と合流。
川越へ行くと、篠崎の働く大漁丸へ向かう。

同級生同士の再会は、とにかく楽しい。
馬刺しをつまみながら、昔話に花を咲かせた。
終電前に神田は帰り、俺は結局実家へ泊まる事にする。
二千二十一年三月二十一日、日曜日仏滅。
昼に目覚めると、ずっと恋焦がれた太麺焼きそばのまことやへ向かう。

食べたかったぞ、これを。
食を満たすと次は ヤスのカガヤカフェでコーヒーを飲み、 始さんの伊勢屋へ顔を出す。
これから新宿帰ろうとして、クソパチンコ屋パラッツォへ行き、座ってしまったのが運の尽き。
あまりにもイライラしたので、フェイスブックへ怒りの投稿をした。
競馬は辞めたけど、パチンコも辞めよう宣言!
気付いたら前の勝ち以上負けてた……。
負けるのはいいんだけど、回らないで負けるのはほんとムカつく。
五百円で一回二回しか回らない台多過ぎ。
あとね、最初ここにしようかなと思って他のところ見ていたら、パって携帯電話置かれて強引に取ったブス、ムカつくんだよ!。
すぐ出して連チャンしやがって。
帰る前に再び大漁丸へ寄り、マグロをマグってからそのまま職場へ出勤した。

パチンコさえやらなければ、いい休みだったのに本当に俺は馬鹿だ。
反省しながら、また新しい日々が始まる。
二千二十一年三月二十二日、月曜日大安。
起きてからシャワーを浴びて、いつもの大明飯店。

回鍋肉定食を食べて、残りの時間はアスクルームで大人しく過ごす。
ジムへ行ってからレディへ出勤。
このいつものルーティンへ戻さないといけない。
二千二十一年三月二十三日、火曜日赤口。
趣向を変え、大久保通りを歩いていると左手に『コリアンキッチン味っちゃん三号店』という韓国の店を見つける。
サムチョプル?
サムギョプサル?
韓国語の発音はとても難しい。

妙に斜めに傾いた鉄板。
これは焼いた時に出る油を取る為らしい。
豚肉を焼いた韓国の料理みたいだ。

美味しく頂いたが、豚肉はやはり豚肉でしかない。
今日もジムへ行ってからインカジへ向かう。
仕事の空き時間携帯電話でインターネットの記事を見ていると、元総理大臣の小泉純一郎の次男である小泉進次郎のボンボンが、「これからは無料でスプーンが出てこなくなる」という馬鹿げたニュースを目にする。

産経新聞社が九日に公開した記事『プラごみ削減、一括回収でリサイクル強化 新法案決定』によると、施行は四月四日を予定。
「飲食店や小売店での使い捨てプラスチック製品の削減義務付けは、有料化や代替素材への切り替え、使用するかどうかを客に確認するなど、何らかの取り組みを求める。怠った事業者には改善を勧告・命令し、従わない場合は50万円以下の罰金を科す」のだという。
他にやる事なんて、いっぱいあるだろうに……。
本当にコイツ、碌な事しかしないな。
こういう馬鹿は、本当に政治家を辞めてほしい。
二千二十一年三月二十四日、水曜日先勝。
本日のお昼ご飯は小滝橋通りまで足を延ばして、町中華の寿楽。
馬鹿の一つ覚えのように、焼売春巻き定食を注文。

ヤバいなあ…、プールがほぼ貸切状態じゃないか。
ジムへ行き最初に抱いた感想はこれだった。

こんなただっ広い空間に、今は俺一人だけ。
コロナウイルスの感染に恐怖し、家に閉じこもる人間。
世界中でこれまでの文化とは、すっかり違ってしまったのだろう。
人生なるようにしかならないのに。
今日仕事が終われば、明日はベトナム人のリサと食事へ約束をしている。
それだけを励みにレディへと向かった。
二千二十一年三月二十五日、木曜日友引。
神田から連絡があり、飲みに誘われる。
だがこれからベトナム人とデートだと伝え、丁重に断った。
同級生とのノスタルジーと、異国人女性とのデート。
天秤に掛けると、どうしても女のほうが勝ってしまう。
アスクルームのベランダから電話を掛け、事前に何を食べたいのかをリサに尋ねる。
「しゃぶしゃーぶ」
外国人特有の独特のイントネーション。
「焼肉じゃなくていいの?」
「しゃぶしゃーぶがいい」
中野駅周辺で調べてみると、ブロードウェイへ向かうサンモール商店街の中にしゃぶしゃぶどん亭があったので予約を取った。
ちょっと可愛いというだけで、誘って決まった今回の食事。
中野へ向かいながら、俺は一体彼女に何を求めているのか分からず不思議な感覚だった。

二十代前半のピチピチベトナムガールと、五十手前の中年男。
日本語もたどたどしいので、いまいち会話も弾まない。

共通する話題も何もないのだ。
若い子とのデートがこれほど退屈なものだとは思いもしなかった。
食事のあとは、飲み屋の女お決まりの自分の店へ飲みに連れて行かれる。
いくら安い店とはいえ、これでは中野まで酒を飲みに来たのと変わらない。
イージーに抱けるとタカを括っていた自分を呪う。
ベトナムパブへ入ると、狭い店内でどこかの雑誌の記者らしき男が、店の女の写真を撮っていた。
リサを含め女は三人のみ。
年を取った店のママは、俺の席についていたリサまで呼び、三人とも記者の席につける。
俺は金を払ってきている客。
記者は雑誌に載せるのか知らないが、取材で来ているだけの客でもない。
客に女を一人もつけず、全部の女を記者につけて何を考えているんだ?
頭のおかしいママの采配。
セブンスターに火をつけながら、苛立ちを出さないよう一人静かに飲む。
一時間ほどその状態になっても、女はすべて記者の席。
本当にこの店は馬鹿なのか?
ママが笑顔で近寄り「時間だから延長する?」と聞いてくる。
「する訳ねえだろうがっ!」
あざといママはそれでも一時間を過ぎているからと言い訳をしながら二時間分の料金と同伴料を含め、一万五千円の請求をしてきた。
金を使って中野まで俺はイライラしに来たのか?
二万円をテーブルの上に放り投げる。
「あ、あの子たちに一杯ずつご馳走してもいい?」
「はあ? おまえ、頭大丈夫か? 俺はこの店に来て、客なのに全然誰も女がついてねえんだぞ?」
「あの子たちにお酒ご馳走したら喜ぶから」
「かってにしてろよ、ボケ!」
俺は釣りを受け取らず、目の前の椅子を蹴飛ばしてベトナムパブを出た。
久しぶりにここまで軽く見られ、小馬鹿にされた感じがする。
乱暴に道を歩きながら駅へ向かう。
しかしこのまま帰るのも何だか悔しく飲み屋街を徘徊した。
雑居ビルの三階にセクシーパブみたいな看板を見つけ入ってみる。
店内には超ミニスカートの女がコの字型カウンターの中に数名いるガールズバーだった。
ひじきという明らかに源氏名の女がつき、そこそこ楽しい酒を飲めた。
会話の最中どうしても、見えそうで見えないスカートへ視線は行ってしまう。
悲し過ぎる男の性。
それ以外は別段何もないただのガールズバー。
何故かひじきから連絡先を交換しようと言われ、惰性でLINE交換をして帰った。
まあ二十代前半でプリプリしているのだ。
何かしらの機会で抱ければラッキーだろう。
あとになり、リサから連絡が来るも無視をしたまま放置した。
まったく俺は何て無駄な時間と金の使い方をしているのだろうか。
強烈な自己嫌悪。
分かっていたが、飲み屋の女と関わると碌な事にならない。
こんなの惨めで恥ずかし過ぎて、話題にもできないじゃねえか。
何とも言えない気分のまま、無駄な休みを過ごす。
それでも池袋のちかからLINEが来ると、丁重に返事をする俺。
だからこの女も相手にすると高くつくだろって……。
いつまで同じ事を繰り返すんだよ。
自分自身に呆れながら、この日はふて寝して終わった。
二千二十一年三月二十六日、金曜日先負。
楽しくもない飲み屋で金を落とす癖は、いい加減卒業しよう。
起きてからも、考える事はこのどうでもいいテーマ。
それでも昨日会ったばかりのひじきから連絡が来ると、返してしまう俺。
昼になり腹が減ったので、大久保通りを歩いていると、北口のすぐ近くに回転火鍋『辣辛子』という看板を見つける。
回転火鍋?
何だ、そりゃ?
鍋が回転?
まったく想像もつかなかった。
「……」
実際に入ってみてすぐ納得する。

元々回転寿司の箱だったらしく、Uの字型カウンターには前のままスタイル。
内装費ケチっただけじゃん……。
メニューは食べ放題で、九十分だと税別千六百九十九円。
プラス二百円でプレミアム食べ放題になり、牛肉も追加で入るようだ。
何故か二千九百八十円の食べ飲み放題だけ、二名様よりと書いてある。
何かこの店、色々とおかしくないか?

テーブル席には備え付きのIHがあり、鍋を温めながら食べる事ができた。

でも回転寿司のレーンが動く事はなく、料理は店員が手で席まで運ぶだけ。
どの辺か火鍋なのかまったく分からずに食事を終え、俺はジムに向かった。
二千二十一年三月二十七日、土曜日仏滅。
レディの仕事明け、一旦睡眠を取ってから、ランチタイムのタカマル鮮魚店へ行ってみた。
かなり大判のアジフライ定食を注文。

朝食みたいに五百円という事はないが、これで千円なら大満足。
中野のガールズバーひじきからもうすぐ誕生日だと連絡があり、あの女のスカートをまくって顔を一度突っ込んでみたい俺は、久しぶりに絵を彼女の為に描こうとフォトショップを立ち上げる。
牡羊座のひじき。
いざ絵を描こうとするも、性欲のほうが勝り、何の想像も思いつかない。
まあ彼女の為に絵を描いたという事実が大事なのだ。
俺は去年の五月に描いた牡牛座の絵のデータを使い、星はそのまま残し、手前に女性が夜空を見上げる感じをイメージしてマウスを動かす。
緑もあったほうがいいか。
夜空、草原、女性の後ろ姿のシルエット。
こんな調子で俺は手抜きの牡羊座の絵を完成させた。

早速描いた絵をLINEでひじきへ送る。
手抜きの絵だと知らずに彼女はとても喜んだ。
中野ベトナム制覇は未遂に終わったが、この女の股をいずれこじ開けてやろうではないか。
密かな野望が沸々と沸いてきた。
よし、カツを食べて運気を取り戻しておこう。
俺はアスクルームを出ると、新大久保駅を通過した先にある上等カレーに向かった。

だが券売機を前にして、何故かクリームコロッケカレーを押してしまう俺。
この優柔不断さが自身を駄目にしているのを感じつつ、カレーを完食。
ジムに行ってトレーニングをし、終わればインカジ『レディ』へ出勤。
ようやくいつものルーティンが戻って来た感じがした。
二千二十一年三月二十八日、日曜日大安。
仕事中、ツイッターでメッセージが届く。
吉田健二という名前にまるで見覚えがなく、相模原市南区と丁重に住所まで書いてあった。
横浜ならともかく相模原なんて知り合いなど一人もいない。
誰だ、コイツ?
返事もせずに放置すると、追加でメッセージが来た。
『ご無沙汰です! ヤスです! 覚えていますか? 歌舞伎町でお世話になりましたヤスです! 新宿ヤス』

「……」
ヤスって、あのガジリ屋ヤスか?
前に働いたラッキーハウス以来だが、しばらく顔すら見ていなかった。
あの乞食野郎と関わると、碌な目に遭わないもんな……。
この男の存在を知ったのは俺が二度目の歌舞伎町へ戻った『餓狼GARO』時代。
あれは二千十一年だから、十年も前になる。
早番の責任者山本と異様に仲のいい鈴木康弘ことヤスという客。
毎日のように出入りするようになった。

ヤスはあまりのセコさに陰で『ガジリ屋』と呼ばれるほどの男。
ガジリとは何か?
一万円のINを入れたとして、一万千円とか少しでも浮いたら即OUT。
つまりこういったセコい打ち方をガジると言われる。
無職のくせに山手線上野から池袋までの一年間定期券を持っており、様々な店に行ってはガジリ行為で生活を食い繋いでいる。
一度何故働いていないのに、定期券など持っているのかを聞いてみた。
「いやー、新宿だけで七店舗のインカジ。池袋は三軒、渋谷で二軒、上野は三軒すべて毎日のように行って勝負するんですよ。だから一年間の定期券を買ったほうが、長い目で見て安上がりなんですよね」
ゲーム屋時代で言うところの『超ドケンチャン』。
うちの系列は店で従業員が料理を作る歌舞伎町でも特殊なスタイルだが、ヤスはこのような店では絶対に食事をしない。
他の店では代金を基本店持ちで出前を頼むので、ヤスはそういった店があるとどんなに腹がいっぱいでも絶対に頼んで食べた。
まるで餓鬼のように毎日食い尽くす生活を送るヤスの腹は、ポッテリと膨らみ非常に醜い体型をしている。
サラリーマンでも何でもないのに、常にワイシャツを着てだらしないズボンを履いていた。
この十年間で分かった事。
コイツに関わると、何のプラスにもならないという教訓だけ。
面倒臭いのでツイッターで初めてブロックしてから、セブンスターに火をつけた。
二千二十一年三月三十日、火曜日先勝。
今日は仕事を終えると、レディ遅番の食事会。
大場系列では、数ヶ月に一度こうした機会を設けるらしい。
もちろん料金はすべて店持ちなので、一切お金は関わらない。
朝方終了間際になり、名義社長の小西が店に来る。
こんな時間に開いている店は、さすがの歌舞伎町でも限られた。
俺、小西、片屋敷、倉敷の四人でさくら通りと東通りの途中にある『焼肉元ちゃん』へ向かう。
この焼肉屋の前が、洋服屋だったのを知る人間はこの街でもほとんどいない。
昔からこの近辺にいるヤクザ者ぐらいじゃないだろうか。
今でも思い出す、あの忌々しい石原都知事が発動した歌舞伎町浄化作戦。
俺が統括する店の一つである裏ビデオ屋『フィッシュ』。
四・五坪ほどの小さな店内に、十名以上の警官の姿が見える。
「まいったなぁ~」
遠くから『フィッシュ』を見ながらぼやくオーナーの村川。
俺もその横でただ黙って見つめているだけだった。
「今まで八月だけは、やられる事なかったんだけどな……」
「村川さん、俺、客のふりして中へ行って、浜松を強引に連れ出してきましょうか?」
「馬鹿言え、岩上。そんな事したら、おまえまでとっ捕まっちまうぞ」
「でも、このままジッと見てるだけなんて……」
何もできない自分が歯痒かった。
「そういえば、おまえがうちの系列に来てからは、警察にやられるの初めてか」
「ええ……」
俺がこの系列グループに入って数ヶ月が過ぎていた。
あれはまだ俺が三十二歳の時だった。
何故そこまでハッキリ記憶をしているのか?
三十三歳になった翌日、俺はあの浄化作戦により巣鴨警察の生活安全課の刑事たちにパクられたからだ。
あの時いた人間は、みんなどこへ行ってしまったのだろう。
目の前の七輪で焼ける肉をボーっと眺めながらそんな事を思い返す。

倉敷がピースサインをしていたので焼肉と一緒に写真を撮った。

次々と運ばれてくる肉。

俺はウイスキーをロックでガブガブ飲みながら、胃袋へ詰め込む。
「岩上さん、飲み過ぎですって! 目が据わってますよ」
片屋敷が声を掛けてくるが、そんな俺の身体は柔じゃねえとムキになってさらに酒を流し込んだ。
「お客さん、お客さん!」
「……」
身体を揺すられ、目を開ける。
知らない女が俺を覗き込むように見ている。
誰、この人?
ここはどこ?
状況確認をすると、ここはファッションヘルス『プチドール』らしい。
珍しく酔っ払った俺は、食事会のあとこの風俗店にそのまま寄ってしまい、部屋に入るなりダウンして今起こされたようだ。
一体俺は無意識の状態で何をやっているんだか……。
酒に対しても、いつの間にか弱くなってしまったものである。
俺はふらついた足取りでプチドールを出た。
アスクルームへ到着すると、中口似の管理人からビップルームが空いたと言われる。
俺は一週間分の一万六千百円を手渡すと、八畳ほどの広さの部屋へ移った。
荷物は数日分の服とノートパソコンだけだったので、すぐ済んだ。
室内はベッドに棚とテレビが設置してあり、あのウサギ小屋と比べると断然いい。
明日で三月も終わりか。
俺はベッドへ横になると、そのまま寝てしまった。

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