闇 519(平穏無事な春先編)
闇 519(平穏無事な春先編)

2026/04/08 wed
※この作品は、因果律に業を混ぜた小説です
前回の章

二千二十一年三月一日、月曜日赤口。
ベランダで新大久保駅のホームを眺めながらタバコを吸い終わり、ウサギ小屋へ戻ると十二時を回っていた。
もう三月かよ……。
今日から遅番への番移動初日。
夜十一時からの出勤となるので、丸一日時間調整。
朝七時に終わっても、真っ直ぐ帰るぐらいになってしまうな。
どちらにせよ、身体を慣らす意味でも無理して起きて、時間調整をしなければならない。
相変わらずあちこちから聞こえてくる騒々しい鼾。
早くビップルーム空いてくれないかな。
こんなところにいたら、気がおかしくなりそうだ。
駅前の吉野家で、牛丼の持ち帰りをしておくか。
新大久保駅からすぐ路地に入るアスクルームの前の通り。
深夜、腹が減ったので外へ出ると、覆面を含むパトカー数台が停まっていた。
何か物々しい雰囲気だなあ……。

近づこうとすると、警官が「どちらまでお行きですか?」と尋ねてくる。
「いやいや、お巡りさん。悪いけどさ、腹減ってそこの吉野家へ行こうとしているのの何が悪いのよ? しかも住んでいる目のまで何も言わずにパトカーがこんないてさ、それを外へ出ただけでその質問って、ちょっとおかしいよ?」
「あ、いや、あのですね……」
「職務に忠実で真面目なのはいいけどさ、もっと考えなよ? 君の住所聞いて、同じ事してあげようか? お巡りさんが自分の家から出た瞬間、俺が『あれ、どこへ行くんですか?』って。おかしいだろ? もっと言動には注意したほうがいいよ、本当に」
「た、大変申し訳ありませんでした!」
「それよりこのパトカーの数、一体何があったんだよ?」

「そ、それは職務上……」
「あのさ、尋常でない数のパトカーがこれだけ止まっていれば、何かあったのかと気になるでしょう? まず先に職務質問をしてきたのは、そちらね? 俺はちゃんと答えたぞ? 逆に聞かれたら答えられないのか?」
「け、喧嘩があったと通報を受けまして……」
「たかが喧嘩でこれだけのパトカー出てこないでしょ?」
そう聞くと、警官は言葉を濁す。
まったく何なんだ、この若僧警官は……。
道を歩きながら何があったのかを推測する。
ヤクザ絡みかな?
シャブで、ここまでパトカー来ないしね。
一方新大久保駅の横で、一人の警官が待機している。
何でコイツらはここまで偉そうに立っているんだろうな。
近付いてきたが無視して駅前の道路を渡る。

駅前の吉野家で牛丼と焼肉丼の持ち帰りを注文。
外でセブンスターに火をつけながらできあがるのを待っていると、先ほどの警官がこちらを眺めていたので、堂々と携帯電話で写真を撮った。
本当にコイツらの動向は、昔から変わらない……。
朝のニュースで、何かしら分かるのかな。
室内で食事をすると、まだ夜中なのに睡魔が襲ってきて寝てしまう。
目を覚ますと、まだ昼。
熱い温度をシャワーを浴びて、眠気を覚ます。
さて、二度寝しておくか?
でも、まったく眠くないしなあ。
夜の十一時から朝の七時までは仕事だから、睡眠不足は避けたい。
パソコンでインターネットをしていれば、自然と眠くなるか。
イヤホンをしながら適当なサイトを眺める。
韓国が旭旗に何故怒り始めたかという記事を見つけた。

記事の要約を見て、内容を把握する。
韓国が旭日旗に対して激しい拒絶反応を示すようになった背景。
主に歴史認識の問題と、近年になって強まった『戦犯旗』としての位置づけ、そしてそれを利用した反日感情の醸成がある。
具体的な理由は以下の通り。
歴史認識と『戦犯旗』という位置づけ。
日本帝国主義の象徴として 韓国では、旭日旗が旧日本軍がアジア侵略の際に使用した『日本軍国主義・帝国主義の象徴』と認識。
『戦犯旗 』の定着、 ドイツのハーケンクロイツ(ナチス・ドイツの旗)になぞらえ、旭日旗を『戦犯旗イコール戦争犯罪者の旗』と呼んで厳しく批判。
歴史の再認識して韓国国内では、旭日旗は戦時中の侵略行為の象徴であり、被害国にとっては被害を思い起こさせる『怒りの対象』と位置づけ。
反対運動の始まりとエスカレーション。
比較的新しい運動として、旭日旗への批判は、歴史的に見て非常に新しい動向。
二千五年や二千七年には、韓国の歌手やタレントが旭日旗模様の衣服を着用しても、大きな批判には発展していない。
転換点となった事件として、二千十一年のサッカーアジアカップで、韓国人選手が日本人を揶揄する行為をした際に、批判の言い訳として『客席に旭日旗があったから腹が立った』と主張した事がきっかけで、注目が集まりだす。
市民団体の活動として、一部の市民団体がこの問題を取り上げ、キャンペーンとしての『戦犯旗』の撤去や使用禁止を訴え、徐々に大衆へ広がった。
反日感情と政治、社会的な要因。
アイデンティティの形成として、日本に対する歴史的な怒りや反日感情を強化する手段として、旭日旗が標的とされている。
メディアと社会として、メディアが『日本軍国主義の象徴』としてセンセーショナルに報じる事で、社会的な反発がさらに強化されている。
国内外の活動として、オリンピックや国際的なスポーツイベントで、日本を批判する手段として旭日旗の掲揚を問題視する傾向がある。
一方、日本では旭日旗は長年、伝統的なデザイン…、大漁旗や祝い事などとして使われており、自衛隊の艦旗としても使用されている為、韓国の『戦犯旗』という主張に困惑する意見も多くある。
「……」
まず一個人がまとめたこの韓国記事。
本当かどうかまで分からないし、国際情勢なんて俺は詳しくない。
でも、煙の無いところに火は出ないのだ。
いやいや、それだと当時ジャイアント馬場社長に入団を拒否されたあの時の一件になってしまうぞ?
しばらく一人で待たされる。
隣では変わらず大沢が暴れていた。
あの馬鹿のせいで飛んだ目に遭ってしまったものだ。
変に正義感など出さず、放置してとっとと帰ればよかった。
何度注意しても酒乱の治らない大沢。
まさか事前にこのような形で足を引っ張られるとは思いもしなかった。
深い溜め息をついていると、先ほどの警官が入ってくる。
「ほら、代われ」
「え、何を?」
「早く出ろ」
「チッ…、分かったよ!」
手渡された電話と乱暴に奪う。
一体誰に電話したんだ?
そう思いながら出ると、相手はジャイアント馬場社長だった。
必死に状況を説明する。
一切暴力行為はしていないと身の潔白を叫ぶ。
「もううちには来ないでいい」
「え…、社長!」
電話が切れる。
冷たい言葉が心を切り裂く。
「社長っ!」
聞こえもしない相手に向かい、俺は何度も受話器で叫んでいた。
こんな事で、今まで頑張ってきたものが崩壊?
「……」
手から受話器を落とす。
頭が真っ白になり、しばらく放心状態だった。
あれは俺が全日本プロレスのプロテストを受かったあとの頃……。
もう昔の出来事過ぎて、二十歳だったのか二十一歳だったのかまで思い出せない。
あの時、放心状態になりながらも、煙の無いところで火は出ないと言われた記憶が蘇る。
振り返れば、俺の主張はヤクザを殴っていないというもの。
馬場社長の言い分は、何故そんな場所にいたのかという問題視。
その構図で置き換えてみれば分かり易い。
この韓国人の旭日旗問題。
少なくともこのような韓国人が多いから、このような記事になるのだ。
これが現時点での一連の騒動を見て俺が抱いた感想。
韓国って大馬鹿な国なのか?
旭日旗が問題だというなら、何故朝日新聞にクレームをつけないんだろう?
個人的な考えになるが、俺が生まれた時代は戦争などまるで無い平和な時だった。
だから当時の戦時中の大変さは正直分からない。
それでも米軍に原爆を広島、長崎と落とされた事には憤りを覚える。
だからといって今のアメリカが憎いかと聞かれたら、そこまででもない。
韓国の日本憎しという絡み方は、ネットの情報だけ見ると異様にしか見えなかった。
少し日韓問題に興味が湧いてくる。
他の似たような記事を探す。
鬼滅の刃を配信したネットフリークスに、韓国がいちゃもんつけている様子で色々論議が醸し出されているらしい。

グローバル オンライン動画サービス、ネットフリックスは、旭日旗が見えるイメージをメイン画面に露出して韓国人視聴者たちの非難をかっている。
二月二十七日、様々なオンライン コミュニティに『ネットフリックスのメインにどかんと登場した旭日旗』というタイトルの文が多数登場した。
該当写真は日本の人気アニメ『鬼滅の刃』ページの代表イメージ。
文を載せたネチズンは「数多くのイメージの中で何故、旭日旗の入ったイヤリングをした場面をメイン イメージに使ったのか、理由が分からない」としながら「いったい我が国を何だと見ているのか?」等の反応を見せた。
さらに、このイヤリングは多くの国で問題が指摘され、本映像では一般的な日本国旗の形に修正された状態。
それにもかかわらずネットフリックスのメイン画面に修正前のイメージが登場したことが不快だ、という意見だ。
そもそも鬼滅の刃は、日本の漫画。
別に韓国の為に作られていない。
主人公の耳飾りが旭日旗?
重箱の隅を楊枝でほじくるじゃないが、大正時代の話なんだから別にいいだろうが……。
そんな嫌なら見なきゃいいだけなのにな。
日本人の為にある日本人の為のアニメなんだから。
韓国人って本当にウザい。
ようするに韓国人って、暇なんだろうな。
少なくともこれが今思った俺の正直な気持ちだった。
本当の地獄にいたら、こんな事どうでもよくなるのに……。
駄目だ、まったく眠くならない。
ジムへ行ってトレーニングして来よう。
歌舞伎町の西武新宿駅前にあるジムへ向かう。
裏が大久保病院で、表はハイジア。
一体この建物は病院なのか、総合施設なのか未だよく分からない。
ジム帰り腹が減っていたので、そのまま大久保病院の四階にある『サーティーンカフェ』へ寄ってみる。
メニューを眺め、マグるかミートソースを頼むかで、少し迷う。
自身の中で好きなもの三位と五位の対決。
まあミートソースなら近くのシュベールでも食べられるか……。
長考した結果びんちょうマグロ丼を注文。

テーブルに置かれたランチのトレイ。
色々付け合せ凄くてビックリ。

マグロ丼にサラダ、小鉢が三点。
蟹がそのまま入った味噌汁。
でも俺は蟹が嫌いだし、菜の花も嫌いなんだよな……。
でもマグロは本当に美味しかった。
さぞかし鮮度のいいものを使用しているのだろう。
室内は満席で待ちができるほどの人気。
その理由が少しだけ理解できたような気がした。
外へ出ると胃袋が物足りなさを訴えてくる。
軽く酒でも飲むか。
インカジ『レディ』の平和通りを歩き、さくら通りへ向かう。
昨日と違う店とはいえ、連日来てしまう串カツ屋。
俺って揚げ物がこんなに好きだったのか。
本能の赴くまま『でんがな』へ入った。
この店って、俺が〇〇会直営の二階のゲーム屋時代からやっていたよな。
串カツを適当に注文し、土手焼きを頼む。

今働いている中番メンバーは、斉木、湯浅、我妻か。
俺にとって仲がいい同僚たち。
持ち帰りだと半額セールをやっていたので、レディの面々にお土産でも持っていこうと十本を別にお願いした。

いい感じでほろ酔いになり、レディへお土産を持っていく。
「え、これ何の串カツですか?」と質問責めの斉木。
適当に頼んだので分からないから、適当に食べてくれと店をあとにする。
アスクルームへ帰ると軽く眠った。
さて、これから仕事。
遅番メンバーは、名義社長の小西、片屋敷、倉敷。
面子はガラリと変わるが、俺は一生懸命仕事をすればいい。
着替えを済ませつと、俺は再び歌舞伎町へ向かった。
二千二十一年三月二日、火曜日先勝。
遅番で感じた事。
片屋敷と倉敷は非情に仲がいい。
二人でどうでもいい会話で盛り上がっていた。
小西は今日休みなので、一緒に働いてみないと分からないな。
少しだけ不満に感じたのが、二人は携帯電話のゲーム同じものをして盛り上がり、客からのインターホンがなってもすぐ動く素振りがない事。
あくまでも仕事でここに来ているのだから、学生気分は抜けと言いたかった。
しかし三十代前半の剥げた片屋敷にしても、三十九歳の倉敷にしても、俺より先にこの店へ入った先輩である。
感情を殺し、俺はホールへ出て動き回った。
「岩上さん、キャッシャーやりたいですか?」
笑顔でそう聞いてくる片屋敷。
特別拘りはなかったので、何故か聞き返す。
「いや、自分、キャッシャーやっているのが好きなんですよ」
そう言うので、俺が入る時間のキャッシャーを片屋敷へ譲った。
五百万円の大金を最初に数えるのも面倒だし、タバコを吸いながら客の動向を待っている方が楽に感じる。
こんな調子で初日の遅番を終え、アスクルームへ帰ると睡眠を取った。
昼に起きてから、大明飯店へ向かい回鍋肉定食を食べる。

夜になり出勤すると、本日は倉敷が休みで代わりに小西。
俺より四つ年上の小西は、片屋敷にちょっかいを掛けまるで親子のように仲がいい。
斉木と働いた中番と随分勝手が違うなと、少しだけ疎外感を覚えた。
二千二十一年三月三日、水曜日友引。
昼に目覚めシャワーを浴びてから、大明飯店というルーティンが確立されつつある俺。
今日は豚肉の細切り味噌炒め定食を注文。
飯野君の一番好きな食べ物だ。

会計をする際、店のおばあちゃんから「いつもありがとね、チョコ持ってきな」と言われた。
あまり甘い物が好きじゃない為、丁重にお断りをして店を出たが、どうやら俺もこの店の常連としてすっかり認められたような気がする。
出勤する二時間前にアスクルームを出て、スポーツジムで汗を流す。
それから仕事という繰り返しは、無駄銭を使う事がないので中々いい。
二千二十一年三月四日、木曜日先負。
たまには趣向を変え、新大久保駅の上等カレーで昼食を取る。
券売機でカツカレーを購入。

大盛りの券も買ったが、どの辺が大盛りなのか見栄えでは分からなかった。
今日出れば明日明後日と初の連休。
何の予定もないけど、ジムだけはちゃんと睡眠を取ったら行かないと。
二千二十一年三月六日、土曜日大安。
いつもより早めに目覚めてしまったので、ベランダへ出てタバコを吸いながら岡部さんへ電話を掛けてみる。
「今日は予定入っちゃってんだよ。明日の日曜日ならいいよ」
「じゃあ日曜日、昼ぐらいに川越行きますよ」
何の予定もない連休初日。
やる事もなかったので、早めにジムへ向かう。
休み明けは明後日の夜十一時からなので、かなりの時間があった。
丹念にウエイトトレーニングをして、ストレッチで身体をほぐす。
ジャグジーへゆっくり浸かり、大きく手足を伸ばした。
このコロナ渦で、ジム内の人数はほとんどいない。
貸きりに近い状態だ。
人がいない内に、今度カメラでこの風景を撮っておこうかな。
ジム帰り職安通りへ出ると、嫌でも視界に映る『とんかつは飲み物』という変な店名のトンカツ屋。
この通りを渡ってアスクルームへ帰るようなので、どうしても目に入ってしまう。
どう考えても、トンカツは飲め物ではないだろ?
あんなものどうやって飲むのだ?
一回気になると、ずっと気になってしまう。

多分これは一度寄っておかないと、後の生活に響くような気がした。
こんな店名をつけるぐらいだ。
他の店と何かしら違うのだろう。
だが実際はトンカツとカレーの店というだけで、別段特別な変化は見られなかった。
カレーを食べたかったが、店の名前通りに素直に捉えるとカツのほうを推しているんじゃないか?
トンカツの定食を注文し、食べてみる。

ただの普通のトンカツだ……。
ふと、横浜の弘明寺にあるトンカツ『スズキ』を思い出す。
メニューを見る限り、トンカツ屋プラス洋食屋みたいな品数。
「俺は無難に普通のトンカツにします」
「このビクトリヤカツって何ですかね?」
「ビクトリヤなカツですよ」
「そのまんまじゃないっすか! うーん、どうしよう……」
「普通のトンカツと値段も変わらないから、過度な期待はしないほうがいいですよ」
「いや、絶対に普通ではないカツっすよ。俺はビクトリヤカツにします」
それぞれカツを頼み、ナポリタンは半分に分けようと決めて注文。
まだ夕食時前という時間のせいか、客は俺たち以外いない。
もう一度メニューを丹念に眺めてみる。
妙な違和感を覚えた。
それぞれの値段を見比べる。
奥の厨房から調理する音が聞こえてくる中、俺はゲンに言った。
「ゲンさん、多分ね…、ゲンさんの注文したやつ、がっかりすると思いますよ」
「料理来る前からそんな事言わないで下さいよー!」
「だっておかしいじゃないですか。トンカツの並がライス付きで七百五十円。ビクトリヤカツも七百五十円。上トンカツだと九百五十円で、普通のより二百円アップしているんですね」
「それって肉の質か量が多くなったからじゃないですか?」
「そうですよ。でもね、トンカツとビクトリヤカツは同じ値段。つまり原価的に考えるとビクトリヤと名付けているくせに、値段は同価格。だから期待しないほうがいいと言ったんですよ」
「そんなビクトリヤカツを来る前から悪く言わないで下さいよ」
「ビクトリヤなんて言ってますけど、正式な発音はヴィクトリアなんですよ。それをあえてメニューにもビクトリヤと書いてあるし、じゃあどんなカツなのってなるじゃないですか。仮にヴィクトリアをビクトリヤと勘違いして書いたにせよ、意味合いは勝利ですよ? 勝利するカツ…、え、それって何なのってなるじゃないですか」
「多分何かしらの細工をしてあるんですよ。中にチーズが入っているとか、味噌カツになっているとか」
「いや、それは無いと思います」
俺はきっぱりと言った。
「何でですか?」
「チーズカツにしても味噌カツにしても、通常のトンカツに手を加えたものなので、値段が変わらない時点でおかしいんです。つまり何か細工しているなら手間やプラスで材料費が掛かるから、百円ないし二百円は値段をあげてないとおかしいんですよ」
「……」
「以上の観点からビクトリヤカツには期待しない方がいいと言ったまでです」
料理が運ばれてきたので、俺たちはテーブルに置かれたトンカツを黙って見守る。
結果あのビクトリヤカツは、ただのメンチカツだったもんな。
「チ…、あのクソ野郎が……」
思わず出てしまう呪詛。
当時仲良くつるんでいた横浜エイトセンターのバー『アンチポップ』のゲン。
関係を解消したあの時の屈辱的な台詞が、どうしても蘇ってしまう。
アンチポップへ入る。
「あ、岩上さん、いらっしゃい。連日お越しになって大丈夫なんすか?」
「飲まなきゃやっていられない事ってあるじゃないですか。とりあえずグレンリベットを」
ウイスキーを胃袋へ流し込み、日々の疲れを癒す。
セブンスターに火をつけ、大きく煙を吐き出した。
酔いに任せ俺はこれまでの経緯をゲンへ簡単に説明する。
「何か面倒な事ばかり起きてますね」
「まあ大金を使って新宿で店をオープンするんだから、何も無い訳ないんですけどね……」
「こうなったら何が何でも店を成功させるっきゃないすよね」
そう、ゲンの言う通りすべてはその結果に尽きる。
金を摑む為に、これまでの横浜の生活を捨てた。
物事は動き出し、後戻りできないところまで来ているのだ。
ここで愚痴をこぼすよりも、まだやらなきゃならない事は山積み。
「ほんと金を摑まないと何の意味も無いか……」
「でも岩上さんの稼ぐ金は汚い金ですからね」
「はあ?」
今ゲンは何て言ったんだ?
「岩上さんの持っている金は悪い事をして稼いでいる金なんで、色々あるんじゃないすかねー」
俺の金が汚い?
じゃあ、以前ゲンに娘が生まれた時お祝いで祝儀を渡した金すらも汚い金だと言うのか?
それだけじゃない。
俺はこの店へ何回来ているか分からないくらい通っている。
ここで落とした金ですらも、この男は汚い金と言うのか?
アンチポップの営業が終わり、長八などで飲む際だってほとんど俺が金を出してきた。
散々ご馳走になっておいて、俺の金が汚い?
「ゲンさん…、俺のやっている事は確かに裏稼業だ。でも詐欺のように誰かを騙して得た金じゃない。インカジ…、インターネットカジノは通常の賭博じゃ我慢できないような客を相手にしているだけで、俺たちはその場を提供しているだけに過ぎない。それでも俺の金は汚いと言うのか?」
「ん-、実際に悪い事をしている事は事実ですからねー」
「ゲンさん! 俺は真面目に聞いているんだぞ?」
俺はタバコの火を揉み消し、真面目な表情をしながらもう一度聞く。
「悪い事は悪い事っすよ」
発言を取り消すつもりは無しか……。
「チェックして」
「え、もう帰っちゃうんですか?」
「チェック」
一万円札をカウンターの上に置く。
ちょっと前の仲が良かった頃なら、小銭はいつもチップ代わりに置いてきた。
しかしそういった金ですら俺の金は汚い金と言うのだ。
釣り銭と札を財布にしまう。
おじいちゃんが亡くなった直後だっただけに、あの時のゲンの台詞はよりこびり付いていた。
俺が地獄へ落ちるきっかけとなったインカジ『新宿クレッシェンド』開店前。
散々人からご馳走になり、祝儀も貰っておきながら、よく客である俺に対しあのような台詞を吐いたものだ。
全体的にいいイメージの横浜の中で、関わらなければよかったと思う汚物。
あの街で当時再生した俺は、ゲンなどどうでもいい奴を抜きにしても、理想形の場所だった。
何故横浜が俺は好きなのか?
まず好みの飲食店が迷うほど多い点。
この今寄ったばかりのとんかつは飲み物と比べても、横浜ならトンカツの長八がある。
あそこには鰺一匹丸ごとフライがある。
本当に美味かったなあ、あれは……。

確か去年の一月が最後だったっけ?
もう一年以上も経ってしまった。
野毛にあるフレンチワイズにも行きたい。
イタリーノも行きたい。
自由軒の炒飯も、第一亭のホルモン定食も、センターグリルのグダグダなナポリタンも色々食べ尽くしたいのだ。
金を貯めたら、また横浜に移住しようかな……。
そんな事を思いながら残りの時間をアスクルームで大人しく過ごした。
二千二十一年三月七日、日曜日赤口。
昼になってシャワーを浴びて、川越へ向かった。
今日ぐらいジムは休もう。
前回行ったにしだ場へ入り、串カツを注文。

飲みながら席でタバコを吸えるなんて、最高の店だ。

夕方ぐらいまでグダグダ飲み続け、店を出る。
「たまには篠崎の顔でも見に行くか」
「そうですね」
岡部さんが学生時代、現在篠崎が働く大漁丸のマスター夫婦には色々面倒をみてもらったそうだ。
俺にとって実家の隣りにあったトンカツひろむがそうであったように、岡部さんにとって思い入れのある場所なのだろう。
大漁丸ではマグロの刺身を注文してマグる。

俺は篠崎と談笑しながら、先日この店で神田を呼んでちょっとした飲み会があった事を聞いた。
森昇が幹事で、松本美紀や加藤弓枝を呼び、飯野君や篠崎も加わった同級生のプチ同窓会。
神田から俺も誘いを受けていたが、レディで仕事だった為、顔を出せなかったやつか。
岡部さんもマスター夫婦と昔話に花を咲かせ、いい感じの状態で店をあとにした。
どうせ仕事は明日の夜からなので、実家へ帰り寝る事に決める。
川越は地元であるが、主戦場は新宿の俺。
帰り道パチンコ屋パラッツォへ入り『とある魔術の禁書目録』に座る。
酒が入った状態でハンドルを回しながら、当たりが揃う。

二十三連荘も続き、八万七千円になった。

今日川越に泊まる選択をして正解だったようだ。
平和で楽しい日々だけど、本当に女っ気が無くなってしまったなあ……。
連絡があるのは池袋のキャバ嬢ちかぐらい。
彼女と親密になるという事は、金の散財に繋がるもんな。
一体いつまでこんな生活をするのだろうと考えている内に、気付けば寝てしまっていた。
二千二十一年三月八日、月曜日先勝。
連休も今日でおしまい。
昼になって起きた俺は、近所のレストランシブヤへ向かった。
「あ、いらっしゃい。えーと、ランチでいいのかな?」
俺の顔を見るなりそう声を掛けてくるおばさん。
ここに来るのはかなり久しぶりのような気がするが、それでも自分の好みを覚えていてくれるのは何だか嬉しいものだ。

相変わらず絶品の酢豚。
そして串カツにトンカツ。
一緒についてくる焼売も嬉しいものだ。
シブヤを出ると、隣りの伊勢屋へ入る。
始さんや弘惠さんと世間話をしてから、大正浪漫通りの加賀屋おばさんの元へ行く。
「ちゃんと貯金しているのかい? 駄目だよ、無駄遣いばかりしてちゃ。おばさん、智ちゃんが本当に心配だよ」
俺が十代の頃からおばさんの台詞は変わらない。
今年で五十歳になる俺に対し、こんな事を言うのはおばさんぐらいだ。
若い頃から何度この人が、自分の母親だったら良かったのにと何度思った事だろうか……。
おばさんの息子であり後輩のヤスの店カガヤカフェでコーヒーを飲んで一息入れる。
店を出て隣りのスガ人形の栄治さんと談笑し、櫻井商店へ顔を出して櫻井さんと世間話。
俺も地元へ戻ると、行く場所が本当に決まってきてしまったな。
まだ昼間なので、昨日買ったパラッツォへ行き、甘デジのエヴァンゲリオンに座る。
いきなり当たりが来て昨日の運気を引き続き継続しているようだ。
冬のソナタの台へ移ると、これもまた当たり。

何か昨日に続いて凄いぞ。
結果、二日で十一万ちょっと勝てた。

これで自分の中で証明された。
競馬はよくないギャンブル。
パチンコはまだマシなギャンブル。
駅へ向かう途中、昨日に引き続き、また大漁丸へ寄った。
さてと馬食って新宿戻りますか。

金も減らず、逆に増えた連休もこれでおしまい。
一度アスクルームへ戻ったら、早めに出てジムで身体を動かしてから出勤する事にしよう。
二千二十一年三月九日、火曜日友引。
レディの仕事明け、すぐに寝て起きるとまだ朝の十時過ぎ。
新大久保駅のエスパスで、今日から甘デジ天井付きのシンフォギアが入るのを知っていた俺は、パチンコ屋へ向かう。
設定は九十九分の一であるが、この天井付きの場合三百回転までハマると、自動的に最終決戦まで行くらしい。
つまり大ハマりは無いという事。
しかし台は回らない。
三百回転近くまで実際に行くと、無性にイライラは募る。
最新台なのにいきなりコレからよ……。
結局上限の三百回転へ到達してしまい、最終決戦が始まった。
「おい! ふざけんじゃねえぞっ!」
思わず出てしまう大声。
絶対に当たると思った最終決戦は負けてしまい、そのまま普通に回すだけ。
さすがに店員を呼ぶと、どういう事だと文句を言った。
「何だよ、これ? 天井まで行って負けなんて、詐欺じゃねえか!」
「お客様、落ち着いて下さい。確かに三百回転まで行けば最終決戦と書いてありますが、必ず勝つとまでは書いていません」
「ふざけんじゃねえよ、この野郎! 甘デジだぞ? 何で九十九回が三百もハマって、負けになるんだよ?」
「それはそのような設定と言いますか、確率と言いますか……」
数万円を負けていたので、引くに引けない。
苛立ちながらも、すぐ当たりが来るだろうと思いながら続けた。
「……」
四百回転目突入。
あり得ないだろ、最新台で……。

俺はセブンスターを数本取り出すと、半分に折って台の皿の上に放り投げてエスパスをあとにした。
こんな詐欺紛いな事をしているから、パチンコもどんどんやる人が減っていくんだよ。
外の壁を蹴飛ばすと、呼吸の荒い状態でアスクルームへ戻った。
二千二十一年三月十一日、木曜日仏滅。
ほとんどジム会員のいない中、せかせかトレーニングに励む。
人が少なければ必然的にコロナ感染率も下がる。
俺にとってコロナ様々だな。

やっぱこうやってジム行って仕事行って、平和に日々過ごすのが健全でいいね……。
ジャグジーへ浸かりながら、身体を癒す俺。
俺以外にこの空間で、二人ぐらいしかいないようだ。
ほぼ貸し切り状態な日々。

大人しく仕事、ジムの往復だけしていればいい。
前回のエスパスの件で懲りたのか、パチンコをやらない生活に入った俺。
館内の写真を撮り、ゆっくり過ごしてから職場へ向かう。
「岩上さん、三月後半って休みたい日ありますか?」
キャッシャーに座る倉敷が声を掛けてくる。
レディは半月毎に決めているので、気の早い倉敷はエクセルでもうシフト表を出し、休みを入れていた。
「空いているところでいいですよ。バランス良ければ……」
すでに十六日から十九日までの四日間は、休みで埋まっている。
これは俺も入れとかないと、ずっと連荘シフトになってしまうぞ。
「じゃあ二十日と…、えーと、空いているのは…、二十五日…、二十九日も休み入れておきます」
「分かりました」

できれば毎週何曜日と決まっている方が、リズムも合うんだけどな。
まあこればかりはみんなの都合もあるから、自分だけ我儘など言えない。
遅番四人出勤で誰も休みがいない場合、名義の小西は店に来る事がなかった。
上の人間がいないと気分的に楽だ。
この店へ入った当初あった感謝も、次第に薄まりつつある。
俺もこのだらけた空気感に少しずつ染まりつつあるのかもしれないな。
二千二十一年三月十二日、金曜日大安。
遅番は出勤時残っている客が帰ると本当に暇になる。
最後の客がレディを出ると、倉敷は入口にあるソファへ大胆に寝転がった。
それを見てニヤニヤ話し始める片屋敷。
身長差もニ十センチ以上の開きがあり、デブでハゲと、ノッポでヒョロヒョロしているこの二人は、傍から眺めていると面白い凸凹コンビだ。

キャッシャー室で一人携帯電話を眺めていると、フェイスブックの投稿で面白い画像を見つけた。
働いたら罰金 → 所得税
買ったら罰金 → 消費税
持ったら罰金 → 固定資産税
住んだら罰金 → 住民税
飲んだら罰金 → 酒税
吸ったら罰金 → タバコ税
乗ったら罰金 → 自動車税・ガソリン税
入ったら罰金 → 入浴税
起業したら罰金 → 法人税
死んだら罰金 → 相続税
継いでも罰金 → 相続税
上げたら罰金 → 贈与税
貰ってても罰金 → 贈与税
生きてるだけで罰金 → 住民税
若いと罰金 → 年金
老けても罰金 → 介護保険料
老いたら罰金 → 後期高齢者
働かなかったら賞金 → 生活保護
日本の税制と社会保障制度を、ユーモアを交えて風刺した画像。

あらゆる行動や状態に対して罰金が課せられるという皮肉な構図。
最後に『働かないと賞金(生活保護)』という落ちが秀逸だ。
まあこんな裏稼業で生きている俺にとって、買ったら罰金の消費税、吸ったらタバコ税、飲んだら酒税ぐらいだよな、関係あるの……。
社会的には働いていないのと同じ扱い。
何故ならちゃんと登記された店ではないから。
杜撰でいい加減な世界がこれまで裏稼業だったのに、この大場系列では給料もいい、食事代交通費まで出ると、福利厚生も下手な表社会の会社よりいい皮肉。
警察の摘発さえ無ければ、こうしてヌクヌクした毎日を送っている俺。
過去の地獄だった日々が、本当に随分昔のように感じた。
二千二十一年三月十四日、日曜日先負。
今日は休み。
二十日まであとは仕事なので、たまには息を抜きたい。
俺はフェイスブックでみんなに質問をしてみた。
みなさんに質問。
直感で答えて下さい。
SかM。
これに対し、コメントをくれたのは六名だけ。
すべて男ばかりで、女性は一人もいなかった。
当たり前か……。
Mが四人にSが二人。
よし、決まり!
Sはエスパス、Mはマルハン。
俺はアスクルームを出ると、歌舞伎町へ向かった。
まずは串カツ『でんがな』でカツを食べ、ゲンを担ぐ。

串カツだけではないが、色々食べてエネルギーチャージ完了。
運気はこれで整った。
いざ、マルハンのM!

横浜時代の盟友である石川雅之の意見を尊重してマルハンへ突撃。
「チクショウ……」
首を垂れる稲穂かな状態で、パチンコ屋をあとにする俺。
クソ―…、マルハンなんて行かなきゃよかったよー……。
せっかくの休みなのだ。
意義のあるものにしたい。
俺は東急スポーツジム『オアシス』へ行くと、我武者羅に汗水を流す。
やはりギャンブルは人間にとって毒でしかない。
反省した俺は、アスクルームに帰り、大人しく過ごした。
二千二十一年三月十五日、月曜日仏滅。
目覚めると朝。
俺は着替えを済ませ、外へ飛び出す。

行き先はもちろん小滝橋通りにあるタカマル鮮魚店の朝食。

五百円の朝食を食べ、滅多に取らない魚類エネルギーを体内へ蓄積する。
昼は中華。
大明飯店へ行き、麻婆豆腐定食を食す。

豆腐だけじゃ栄養素が足りない。
俺はソース焼きそばも追加注文した。

あとはジムに行き、夜になればレディへ出勤。
今日から五日間の連続勤務。
張り切って頑張ろうではないか。
二千二十一年三月十六日、火曜日大安。
仕事明け、西武新宿駅前通りにあるしんぱち食堂へ寄る。
豚の生姜焼き定食とオプションのインゲンと冷奴。

睡眠を取ってから、大久保通りにある回転寿司『元禄寿司』へ行かう。
ここ最近の密かなマイブームになっている白身魚フライとマグロを食べながら、酒をちょっと飲む。

どうせマグロしか寿司は食べないので、マグロ丼を注文。

ささやかな幸せを感じつつ、夕方になるとジムへ向かった。
トレーニングの後、滝のあるプールで身体をよくほぐす。

ジャグジーが気持ち良過ぎる。

休みまであと四日。
この平凡で穏やかな日常。
それは俺にとって、とても心地良いものでしかなかった。
真面目にこうして生きていれば、こんな時もやってくる。
ん?
裏稼業で働いているのに、真面目は少し言い過ぎか……。
誰にも干渉されず、自由気ままに生きられる喜び。
今の俺に足りないものって何だろう?
女…、あと自由に料理ができる空間か。

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