闇 478(ゾク師走の馬鹿ヅキ編)
闇 478(ゾク師走の馬鹿ヅキ編)

2026/02/09 mon
前回の章
二千十九年十二月六日、金曜日友引。
仕事を終え川越へ帰るとまずは後輩ヤスの店カガヤカフェでコーヒーを飲むルーティン。
四杯飲んで二千円を払い、家に帰って眠る。
今日は早めに新宿へ行き、けいこと食事。
「けいこ、何が食べたい?」
「私ですかー? 何でもいいですよー」
「そういうのが一番困るの。あ、コマ劇場のところの美味い牛カツ屋があったんだ。そこ行ってみる?」
「いいですねー!」
しかしセントラル通りにある牛カツ『もと村』は凄い行列。
一時間ぐらいしか仕事まで余裕ないので、並んで待つなんて無理だ。
俺はけいこを促して三平ビルへ向かう。
困った時の洋食屋はやしや。
店頭にあるショーウインドーを見ると、けいこは嬉しそうにはしゃぐ。
ビルの五階という条件もあり、元々目立ちにくい立地。
いつもは空いているこの店も、今日は何故か混んでいた。
これも、きっとはやしやの良さに気付いた人間が多くなってしまったせいだろう。
まるで売れないアイドルを追い駆けていたのが、一気に売れて手の届かないところへ行ってしまった。
そんな淋しい気持ちになる。
だがそんな事どうでもいい。
俺には今目の前にけいこがいるのだ。
「何を頼む?」
「ん-、私はうどんで」
思わず吹き出してしまう。
「岩上さん! 何が面白いんですか!」
「いや、前に強飲で出前頼んだ時も、おまえはうどん食ってやがったなあと思ってさ」
二千十五年のヤクザの二階のゲーム屋で働いていた時期を思い出す。
客は俺だけになったので、けいこは「頂きまする!」とカツ丼を掻き込んで食べだす。
よほど腹が減っていたのだろう。
尋常ではない食べっぷりだ。
彼女にまず何て話す?
実は最初見た時からずっとタイプだった?
冗談に取られないか?
食事中のけいこを横目で見ながら、様々なパターンを考えた。
素直に実はおまえの事が始めから好きだった……。
うん、これが一番いいんじゃないか?
うどんを途中まで食べて、動きが止まる。
「どうした?」
「く、苦しい……」
「一気に食い過ぎだ、馬鹿が」
ずっと口を手で押さえるけいこ。
一時間ほど無言のまま直立不動で佇んでいる。
「ごめんなさい、岩上さん…。もう胃袋限界で、今日店閉めます……」
「はあ?」
「本当ごめんなさい…。く、苦しい……」
客の奢りで出前食べて胃袋が苦しいから店を閉めるなんて、前代未聞だ。
何て失礼な女だろうか……。
本当に苦しそうなので、俺は仕方なくチェックして店を出た。
ドジでそそっかしくて、それでも無性に可愛くて……。
俺はけいこに対し、ずっと恋心を抱いているのだ。
今その彼女が目の前にいる。
「あー、懐かしいですねー。あの時は最後のうどんが」
「普通さ、俺の奢りでがっついて腹一杯食べて、気持ち悪いから閉店しまうなんてないぞ?」
「えへへ」
「じゃあ、けいこはカレーとうどんのセットね。このエビフライの乗ったやつ」
「はい、これがいいでござる」

「じゃあ俺は大人のお子様ランチと……」

「え、岩上さんまだ頼むの?」
「当たり前だ。俺は健康優良児だからな。あとナポリタンも食おう」

「わお、凄い食欲!」
彼女と共有する時間。
俺にとって格別のものだった。
好きな人とこうして食事をするだけでも、人間って幸せを感じる事ができるのか。

食事を終え、エレベーターへ乗ると俺は二階を押す。
「あれ? 一階じゃないんですか?」
「せっかくだ。何かUFOキャッチャーで取ってやるよ」
「あれ? でもここプリクラのほうが多くないですか?」
「間違ったみたいだ。せかっくだし撮っていくか」
嘘だった。
けいこと一緒にプリクラを撮りたい為に、俺が始めから分かってそうした。
強引に個室へ押し込み、背後から彼女の肩を優しくつかむ。

撮影すると俺は背後からけいこの唇を奪う。
少しだけ抵抗したが、キスをすると彼女は大人しくなった。
「もー、強引ですぞ!」
「ふん、そろそろ仕事の時間だ。おまえも、店の時間だろ?」
俺は一万円札を取り出して、けいこのポケットへねじ込む。
「え、何ですか? 別にいいですよ」
「地方競馬祈ってくれたんだろ? 当たったら祝儀をやると言ったろ。気持ちだから取っとけ」
けいこと別れ、ラッキーハウスへ向かう途中に思った。
何であそこまで強引に行動できるのに、あいつに好きだって俺は言えないのだろうな……。
ずっと仕事中も心臓がバクバクしていた。
とうとうけいことキスまでしてしまったのだ。
二千十九年十二月八日、日曜日仏滅。
今日は海外競馬もあるので、気付いたら賭け金五万超えていた。
海外はどのレースも日本馬一切外そう。
昨日予想した競馬は散々だった。
ラッキーハウスの仕事を終えると帰る前に回り道をする。
さて、勝負前に肉でも食べに行くか。
歌舞伎町を歩きながら適当な焼肉屋へ入った。

カルビやロース、ホルモンなど好きな肉を注文。

こんな朝っぱらじゃ、けいこを呼ぶ訳にもいかないな。

一人で食べる焼肉は何とも寂しいものだ。
山下も昨日休みなので仕方ない。

帰り道パチンコのエスパスへ寄ってみる。
回転が回らない、リーチ来ない、出ないの三拍子揃ったクソ店。
怒り心頭でエスパスをあとにした。
川越へ戻るとカガヤカフェに寄りコーヒーを飲んで帰る。
毎回二千円は使おう思って行くので、コーヒー四杯を毎度飲むのは結構キツい。
まあ暇なヤスの店の助けにはこれでもなっているだろう。
寝て起きて競馬の結果を確認すると、大惨敗。
運気落ちたようなので、有馬記念まで競馬辞めておこうかな。
二千十九年十二月九日、月曜日大安。
ふて寝してたくさん睡眠を取り、朝からヤスのところのコーヒーとカレーを食べる。
さて、失った運気を取り戻すべく旧藤沢プラザのパラッツォで勝負へ行くか。

「はあー……」
思わず出る溜め息。
前回好調だったAKB48にハマり過ぎ、駄目だこの台とどいた瞬間、乞食客に座られすぐ当たりを引かれる。

ハイエナみたいに人が突っ込んだ台に見境なく座ってんじゃねえよ。
後ろ姿を見てクソハイエナオヤジの後頭部に回し蹴りを叩き込みたくなる。
苛立った俺は他の台で打ち、先日の勝ち分すべて無くなった……。
パチンコに始まりパチンコに終わる。
いやいや、不吉な事を考えるなって。
まだ競馬もある。
けいこも傍にいる。
また今日の夜から変わらない新宿での一週間が始まろうとしていた。
二千十九年十二月十一日、水曜先勝。
仕事帰りにレストランシブヤでランチを食べる。

そのあと隣りの伊勢屋へ寄ったら、餅を切っていた。

餅を自然乾燥させるようなので、この寒い時期しか作れない。
かき餅のできるこの季節が、俺は無性に好きだった。

奥の作業場へ行き、始さんと世間話をする。
「智一郎、このあとヤスのとこか?」
「まあ後輩の店ですからねー。連日通っていますよ」
十二月に知ってから、休みでも仕事でも関係なく毎日二千円使っている俺。
少し過剰気味な行動ではある。
しかしその根底には弟で無くなった貴彦と同級生という繋がりの中、失った兄弟愛を補填する兄貴分といういった変な思いがあるのかもしれない。
二千十九年十二月十二日、木曜日友引。
朝方になり客が一気に引くも、小坊主松島が七卓に座ったまま寝落ちしている。
ヤクザの二階のゲーム屋からの付き合いであるが、ラッキーハウスでは別段太い客でもない。
小さい身体にスキンヘッド。
顔付きはゆりやんレトリィバァ。
一体彼は何を目的で、この店にポーカーを打ちに来ているのだろう?

「岩上さん、小坊主いつまで寝てんすかね?」
山下が不服そうに声を掛けてくる。
店内は寝落ちした松島のみ。
彼の言い分も分かるような気がした。
「まあ五万は使っているんだ。あと一時間ぐらいあのままなら声を掛けよう」
「え、そんな待つんすか?」
「一応客だし、俺たちは雇われだ。そのぐらい我慢しろ」
「えー」
「そうカリカリすんなって、帰りに一杯ご馳走してやるから」
「ほんとっすか!」
朝九時に営業している店は、歌舞伎町といえどもさすがに制限される。
俺たちは仕事を終えるとゴジラホテル前の居酒屋『夢吉』へ向かった。

氷結フルーツタワーサワーというキウイやグレープフルーツ、レモンなどを凍らせて繋げたフルーツをそのままサワーにした酒があったので注文してみる。
「帰りに寄ってきます?」
「どこに?」
「決まってんじゃないすか。マルハンかエスパスですよ」
「エスパスこの間酷かったからなー。行くならマルハンだな」
俺はマルハンの下りエスカレーターへ乗りながら毒づきながらフェイスブックへ投稿した。
死ね、クソマルハン!
テレビCMやる余裕あるなら、少しは出せ!
ボケ!
山下はスロットが好調なようで声も掛けずに店を出る。
このまま帰るのは癪なので、西武新宿駅途中にあるエスパスへ入る。
パチンコ屋店内は禁煙になっており、設置した喫煙室でタバコを吸わないといけなくなっていた。
パチンコが禁煙って馬鹿じゃねえのか?
いくら条例で決まったからといって、誰がこんなクソみたいなルールを考えやがったんだ。
昔より二倍以上値上げして、吸う場所まで奪おうとする愚かな行為。
大方タバコ反対派の票が欲しくて考案した馬鹿な政治家のアイデアからなんだろうな。
そして帰り際、またフェイスブックへ投稿した。
ふざけんな、禁煙エスパス!
北斗兄弟対北斗琉拳であっさり負けやがって
もー、行かねえからな!
高校生時代から好きで通ったパチンコ店も今は昔。
詐欺と変わらないようなシステムへ移行しつつある。
苛立ちながら西武新宿駅の改札を通ると、構内では京のわらび餅という店が出店していた。

京都の有名店なのか知らないが、始さんのところの伊勢屋のかき餅をこんな風に販売したら、馬鹿売れするんだろうなと思う。
二千十九年十二月十五日、日曜日大安。
有馬記念まであと一週間。
なので競馬辞めたと宣言したが、練習で二歳牡馬を賭けてみた。
今は二歳でなく三歳表記か。
ようやく休みがやってくる。
けいことはあれから特に進展もない。
彼女も新しい店で色々と大変なのだろう。
焦ってはいけないという思い。
そのジレンマが溜まっていく。
まだ一週間ぐらいだろ。
いきり立つなよ。
「山下、焼肉でも食ってくか?」
「え、いいすね! でも俺、金無いすよ?」
「まったくしょうがねえなあ」
休みでけいこの事を考える時間を誤魔化すように山下と焼肉へ向かう。

「そういえばおまえ、美香ちゃんとはどうなったんだよ?」
「あー、あいつとは別れました」
「はあ? 何でまた」
「あいつ、シーちゃんを預かってもらえるから、まだ元旦那と会っていやがるんですよ!」
「彼女と生活や言い分もあるだろ? 一回間に入ってやろうか?」
「別れたんでもういいすよ」
彼女とは友達だと紹介しながら、すっかり感情的になりムキになっている山下。
まあ他人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえとも言う。
自らしゃしゃり出るのは大きなお世話だしナンセンスだ。
さて、そろそろ腐った街から帰るとするか。
それにしても俺ってことわざ好きだよな?
何でだろう?
今は亡きおばあちゃんが幼い頃よくことわざを使いながら説明してくれた思い出があるから。
それに小学三年生の時の福田先生が、毎日ホームルームでことわざを教えてくれた記憶が未だ残っている証拠。
先生にもしばらく連絡していないなあ。
そんな事を考えながら川越へ帰る。
せっかくの休みだ。
中央通りを真っ直ぐ進み、蛇の目寿司で蕎麦とマグロ丼を頂く。

マグロしか食えないのを知らない蛇の目さんは、他の握りも出してくれるが残して帰った。
競馬は馬連で当たったが、ガチガチ過ぎてマイナスに終わる。
二千十九年十二月十六日、月曜日赤口。
ひろみからは変わらずメッセージがあるものの、けいこからは連絡がない。
本当に邪魔だな、ひろみの連絡は……。
その時凄い衝撃で火花が散る。
携帯電話に集中し過ぎて電信柱へぶつかって転んでいた。
ながら歩行は危険なので辞めよう。

左拳が擦り剝けて血が出ている。
馬鹿だな俺はと思いつつ、いつものようにカガヤカフェでコーヒーとカレーライスを食べ、小腹が減っていたので同じ大正浪漫通りのシマノコーヒー大正館へ入った。

三種類のヤキサンドのランチを注文。
さあ、今週は有馬記念。
あの時の再来を願う!
あの死の淵から五年になるのか……。
二千十九年十二月十七日、火曜日先勝。
前髪が邪魔になったので、林下が勤めている本川越駅の床屋へ髪を切りに行く。

待ち遠しい有馬記念。
けいこの運んできた運気を何とか繋げてみたいものだ。
二千十九年十二月十九日、木曜日先負。
ヤスの店でカレーを食べながら地方競馬の名古屋。
有馬記念までの試運転。

しかし結果は散々なものに終わる。
フェイスブックへ結果を投稿し家に帰って寝た。
地方競馬ヤバヤバ……。
全レース買って、現在11Rまで全部外れた……。
メインは縦目……。
残り1レース。
ヤバい流れだな、有馬記念いけるのか……。
明らかに自覚する運気の低下。
二千十九年十二月二十一日、土曜日大安。
ヤバいな。
中山障害レースと、阪神メイン外してしまった。
明日の有馬記念取らないと、すべてパー。
現在の負け額十万以上。
幸運の女神けいこが近くにいないと、俺は運気が落ちてしまう。4
二千十九年十二月二十二日、日曜日赤口、冬至。
有馬記念当日がやってきた。
仕事明け、夢吉に来てまた凍結フルーツタワーサワーを注文。

「どう見ます、有馬記念? やっぱアーモンドアイ一強ですかね?」
「固いとは思うよ。でもさ、アーモンドアイはちょっと出来過ぎだし、そろそろ崩れてもおかしくないとは思う。もちろん軸で買うけど、あの馬を倒せる馬探しだな」
「どの馬が勝つって言うんですか?」
「リスグラシュー。コイツ、確か対戦した事なかったはず。あと紐で固いのがサートゥルナーリアだろうな」
「三歳勢が強いと?」
「うん、サートゥルナーリアは固いけど、三着にはクラッシック系の若いのが突っ込んでくるんじゃないの。ヴェロックスとかワールドプレミア辺りのどちらかが」
「荒れると?」
「荒れるとしたら、アーモンドアイがコケた場合。順当なら固い配当になると思うよ」
「いくら突っ込むんですか?」
「全部で十一万一千円。ゲン担ぎに1のゾロ目で合わせる」
「いきますね」
「十二月最初の流れで図に乗ってなきゃ、もっと三倍ぐらい突っ込んでいるよ」
俺は有馬記念に言った通り金を突っ込んで買う。
アーモンドアイが来た時用馬券に、コケた場合の馬券も。
オスロバッティングセンター近くのよくタイマッサージへ行き、施術中寝てしまう。
目を開くと暗い空間。
どこだ、ここは?
腰を押される感覚がして、マッサージへ来ていた事を思い出す。
「あ、ごめんね。ちょっとだけ競馬の確認させてくれるかな?」
携帯電話を操作し、有馬記念の結果を確認した。
クラシック三冠牝馬アーモンドアイは九着?
コケやがった。
じゃあ何が来たんだ?
一着、リスグラシュー。
二着、サートゥルナーリア。
三着、ワールドプレミア。
三連単配当、五万七千八百六十円。

千三百円買っているから十三倍だと?
約七十五万…、正確には七十五万二千百円。

「やったぞ!」
思わず出る大声。
タイ人女性は目を丸くして驚いている。
「ごめんね、お姉さん。チップで取っといてくれ」
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