闇 454(税理士と池袋の屑男編)
闇 454(税理士と池袋の屑男編)

2026/01/15 thu
前回の章
二千十九年三月三日、日曜日先負。
仕事を終え、新宿のエスパスへ向かう。
客の佐藤美奈がルパン三世が凄い良かったという感想を聞いて。
今日は休みなのでパチンコのルパン三世をやったら、千五百円で一箱ちょっと出た。
爆発すると凄いと言っていたけど、そうでもないな。
箱を持ったまま一階から二階へ。
今まで散々やられたシンフォギアで勝負。
そしたら何と一時は二万発超えまで出る。

辞め時が難しくズルズル打ち、一万八千発くらいまで減ったので換金。
六万四千円になった。

金額云々でなく、シンフォギアをやっつけて勝ったという事実が本当に嬉しい。
休みで時間を気にせず打っていたら夕方になっていたので、そろそろ川越へ帰って寝るか。
いい休みを過ごせそうだ。
本川越駅に到着。
少し眠かったが、このまま帰っても寝るだけ。
同級生の篠崎が働く大漁丸がオープンしている時間帯だったので、ちょっと寄っていくかと顔を出す。
「おう、篠ヤン! 青りんごサワーとウイスキーのロックちょうだい」
「あいよ」
「それとね…、茄子のしょうが焼きと焼きおにぎり二つに、ポテトフライと…、とりあえずそれで」
「あいよ」
「あ、そうそう! 今日さ、やっと憎きシンフォギアやっつけて勝てたんだよ」
「岩ヤン…、税理士の大野さんいるじゃん」
「ん? 大野さんがどうかしたの?」
「まだハッキリした日時は分からないんだけどさ…、亡くなったらしいんだよね……」
「え……」
大野さんの顔がフラッシュバックする。
あの大野さんが亡くなった?
よくこの大漁丸で後半は一緒に飲んだ。
まだ数ヶ月前である。
「本当なの?」
「うん…、亡くなったのは本当みたい」
「……」
「ああ、昨日はたまたま店が忙しかっただけで、今日は仕事じゃなく横浜行ってデートしてきた帰りなんだよ」
「何? デート? この野郎!」
「何だよ! 俺だってたまにはデートぐらいするさ」
店のドアが開く。
「あれ、岩上さん!」
「え…、あっ! 大野さん!」
名前を呼ばれ振り向くと、税理士の大野さんが入ってきた。
ふっくらしたイメージがあったのに、随分ゲソッと痩せている。
糖尿病での合併症の原因だろうか?
「あ、篠崎君、遅くにごめんなさい。一杯だけいいですかね?」
「あー、大野さん、全然お気になさらず」
「岩上さん、お隣りいいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。中々お付き合いできる時間取れず、すみません」
大野さんとの再会はいつだったっけ?
電話だと去年のどこにいた時だったっけ?
横浜だった事は確かだけど……。
そうだ。
俺が川越に帰ってきた時、たまたまクレアモールでバッタリあったんだ。
新宿時代の忌々しい○○会の二階のゲーム屋時代、たまたま川越へ帰ってきた時に……。
あれはインカジ新宿クレッシェンドのあとだから、二千十五年の頃。
「……」
横へ腰掛ける大野さんを見て、癌治療のあとガリガリに痩せた斉藤弘一の姿を連想させた。
俺は吸っていたセブンスターを慌てて揉み消す。
彼の身体にとって少しでも悪影響になるような状況を避けたかった。
そうだ、二俣川の旭総建工業の時、大野さんから電話で話した以来だ。
まだ去年の八月だか九月の話。
あれから一年以上経ち、足を切らずに済んだ大野さんは心筋梗塞で一度心臓が止まったらしい。
その時経営していた税理事務所で使っていた従業員の不正が発覚。
蘇生し現場へ戻った大野さんは、その従業員の名前をフルネームでフェイスブックへ名指しで投稿していたのだ。
しかも住所や電話番号といった個人情報まで詳しく書き込み、投稿も一度や二度ではない。
命を落とし掛けた瀬戸際での裏切り。
想像を絶するものがあっただろう。
第三者から見ると恨みの権化と化していた。
あまりにもいたたまれなくなった俺は、彼の体調を気遣うメッセージを個人的に送る。
すると大野さんから電話が掛かってきた。
内容は俺にヤクザを紹介して欲しいというもの。
怒りの度合いは理解できるが、俺はさすがに止めた。
ヤクザ者などと関わりにならないほうがいいと……。
「岩上さん…、金ならいくらだって払います。お知り合いの方を何とか紹介して下さい」
「大野さん…、大野さんはこれまで表街道をちゃんと真っ直ぐ生きてきた人間です。確かに俺はしようと思えば、ヤクザを紹介する事は可能です。でもね、大野さんみたいな人がそんな事しちゃ駄目ですよ!」
「でも…、人が入院中に会社の書類を改ざんして数百万の金を持ち逃げして…。居場所は分かっているんです。何とか痛い目に遭わしてやりたいんですよ!」
「大野さん! 本当に悔しいですよね? 俺も散々裏切られてきたから、金額も種類も違えども痛みは分かります。でもね、だからこそ言います。大野さんはヤクザなんか頼っちゃ駄目ですよ! 本当にそこまで悔しいのを分かって上で言っています」
俺の力説する言葉で、大野さんは電話口の向こうで号泣した。
お互い本当に苦しい状況だ。
それでもこの人を悪い方向へは行かせたくなかった。
「……」
まだあれから一年も経っていない。
それなのにここまで痩せこけてしまった大野さん。
あれからどうなりましたかなど、野暮な事は絶対に口にしないように。
何も無くなった俺との再会を喜んでくれているのだ。
「やっと…、岩上さんとさしで飲めましたね……」
「何を言ってんですか、大野さん。俺がまだ二十代ギリギリの頃、アビーロードで初めてお会いして飲んじゃないですか」
俺の台詞に対し大野さんは遠くを見るような感じで宙を眺め、それからゆっくりほほ笑む。
「そうでした…。随分前…、岩上さんとはアビーでお会いしたんですよねえ……」
何となく彼の横顔を眺めながら、死期が近いような気がした。
縁起でもない事考えるなって……。
「今は自分も川越にいます。またいつでもこうして飲めますから」
グラスを持ち、再度乾杯をする。
今は大野さんを少しでも元気付けないと。
過去の様々な会話が浮かんでは消えていく。
十歳年下の俺に対しても本当に丁重に扱ってくれて、最後に飲んだのが今いる大漁丸。
俺の試合が決まった時も、岩上整体の隣りの王賛で会った時、一発返事で応援に行きますと駆け付けてくれた。
試合日、会場入りした俺は出版社の対応に唖然とする。
サイマリンガルの人間は会社が休みの日にも関わらず、誰一人応援にすら来ない。
本すらも送ってこない状況。
当然俺は怒り狂う。
総合格闘技DEEPの佐伯社長は俺の『新宿クレッシェンド』のサイン会も頭に入れていたようだ。
「どうなってんですか、岩上さん!」
そう言われても、こっちがどうなっているのか聞きたいぐらいだ。
出版社サイマリンガルから届いたのは、花束一つだけ。
今井貴子の奴、あんなメールを送っておき『新宿クレッシェンド』の宣伝について、何をしたと言うのだ?
ター坊は「智さん! 試合に集中しましょう」と必死に宥めた。
簡単に言うけどさ、これでどうやって試合へ集中できるわけ?
徐々に会場内に観客が集まる。
「岩上さん……」
振り向くと税理士の大野さんの姿が見えた。
俺はチケット売場へ向かい、「岩上ですけど、最前列の券は?」と尋ねると一枚の券を渡される。
番号を見ながら大野さんを案内するが、俺のコーナーサイドとは逆の離れた席だった。
前から三列目。
何だよ、全然最前列じゃねえじゃん……。
SFCG時代の上司佐久間の姿も見える。
何だ、応援に来るなら一言教えてくれれば、いい席取れたのに。
「あ、智一郎だ!」
岡部さんが、御子貝さんと竹花さんを連れて、こちらへやって来る。
大野さんに弁解する暇もなく、俺は四方八方走り回った。
「……」
もっと一緒に飲みたかったなあ……。
「篠ヤン、一杯奢るからグラスを持ってくれ」
「これでいい?」
「税理士大野さんへ献杯!」
「献杯!」

何だか凄い寂しいすよ、大野さん……。
二千十九年三月六日、水曜日赤口、啓蟄。
大野さんの訃報から数日経っても、遣る瀬無い思いは消えない。
盟友斉藤弘一の死に近い感覚。
この日の仕事上がる手前で、早番の木幡の遅刻したという連絡が入り、誰か残らないとならない状況になる。
そして橋本も用事があり数時間遅れるらしく、俺と香川で残業する形となった。
店内の客は高山一人だけ。
ベラベラダラダラと忙しなく話しながらポーカーを打っている。
「赤崎君、またコンビニでパン買って来てよ。赤崎君の買ってくるパンのセンス、中々いいから気に入ってんだよ」
「はあ…、何系がいいかだけ言ってもらえますか」
「サンドイッチが二つだね。一つはレタスがたくさん入ったのがいいね。もう一つは君のセンスに任せるよ。あ、あと甘いパンも一つ頼むよ」
「了解しました」
すっかり当たり前の好意になってしまったコンビニエンスストアへパンの使い走り。
もちろん金は、店の経費で。
自分は一度も行かないから分からないのかもしれないが、人の尊厳を削る行為を平気で遂行させる香川は頭がやはりおかしい。
客をここまで増長させるなよと毎度思う。
「まったくコンビニでパンを買ってこいとか、本当あの人には参りますよ」
「え、ラッキーハウスは岩上さんに対して、そんな事までやらせているんですか?」
目を向いて驚く斉藤。
その表情は怒りも混じっているように見えた。
斉藤弘一との最後の食事、叙々苑でのやり取りを思い出してしまう。
パンを買い店へ戻ると、金太郎が店に来ていた。
珍しくもう一人知り合いを連れてきているようで談笑している。
近くで香川が俺の顔を見て、妙にニヤニヤしていた。
何だ、あの丸メガネの野郎。
人の顔見て薄気味悪い笑い方しやがって……。
「赤崎君、早くパンちょうだいよ」
「はい、どうぞ」
「うん、赤崎君、やっぱり君は中々センスいいよ」
上機嫌な高山。
うるせえよ、ボケと言いたいのを飲み込みコートを脱ぐ。
いい加減パンぐらいテメーの金でこの店来る前に自分で買ってこい。
四十七歳にもなって朝方他人のパンを使い走りされる行為は、何気に心を削る。
接客で気を使うのはもちろんいい。
しかしこれは度を越えた蓄積の結果であり無駄な行動だ。
INキーを持ってホールに出ようとすると、香川がまたしてもニヤニヤしながら「赤崎さん、買い物行ってきたんだから、一服してきてからでいいですよ」と言ってくる。
セブンスターに火をつけながら、何故それを言いながら笑うのかイライラした。
金太郎の連れが立ち上がりドアのほうへ来たので、出掛けるのかと思い立ち上がる。
「お出掛けで……」
顔を見て、俺の声が止まった。
「お、お久しぶりです…、岩上さん」
「坂田…、何でテメーがここにいるんだ?」
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