闇 453(2019年処女作の触手編)
闇 453(2019年処女作の触手編)

2026/01/15 thu
前回の章
二千十九年一月一日、火曜日赤口、元旦。
目を覚ますと正月。
新年の始まりだ。
去年始さんからもらった伊勢屋のかき餅を焼いて食べていると、親父が新年の挨拶をしてくる。
小袋に入れた一万円札を渡す。
「お、いいのかよ」
「いらなきゃ返してよ」
「ふざけんな、馬鹿野郎」
「親父もかき餅食うか?」
「歯が悪いから餅はいいよ」
これで正月を川越で迎えるのは三回目。
戻って一ヶ月ちょっとで二千十七年になり、あれだけ仲の悪かった親子関係も、有耶無耶なまま二年以上の月日が流れた。
隣りにある親父の部屋をノックした。
「あ、何だよ?」
ドアを開け、お年玉を渡す。
「あ、何だよ、おい……」
照れ臭そうに受け取る親父。
俺は黙ったまま部屋へ戻る。
自分でした行動が妙に照れ臭かった。
親から子へ。
四十五歳になり子から親へ。
たまにはこんな正月もいいんじゃないだろうか。
すっかり元旦になると、俺が親父にお年玉をあげる図式が定着してきた。
風呂に浸かりながらふと思う。
加藤皐月がいた頃なら、このように湯船に入る事さえできていなかった事に。
風呂栓を毎度隠され嫌がらせをしたあの女も、今ではもういない。
何で親父の奴、あんな守銭奴と籍なんて内緒で入れたんだろうな?
理由を聞いたところで、絶対に親父が答えないだろう。
自身の生き方において、加藤皐月と一緒にいた期間は汚点なはず。
まだ俺を生まれる前の若い頃のレースの写真。
川越祭りにまっちこと近藤真彦が来てお囃子を教えている時の写真。

自身が自慢できるような写真の大きいサイズを額縁に入れて、未だ自分の部屋に飾っているほどなのだ。
過去のどうしょうもない出来事を突っ込まれると、逆切れして感情的になるだけなのを知っていた。
加藤皐月…、あれは一種の自然災害のようなものだったのだ。
台風が来ようが、地震が起ころうが、大雨で洪水になっても人間は感情を出すだけで何一つ太刀打ちできない。
それにしては随分長かった災害だ。
きっかけはお袋が出ていって少し経った小学三年生の頃。
俺が高校生の頃、三人の人妻がまとまって家に押し掛けてきた。
親父は事前に逃げ、長男だった俺が何故か捕まった。
その中で一番図々しく醜かったのは加藤皐月。
人間ここまで恥も外聞もなく自身のエゴを他人の家へ上がり込んで主張できるものなのかと不思議に感じた。
二十歳前後の頃は、あの女が親父のストーカーと化していた頃だ。
いつも俺や徹也が家に帰ってくると、壁にべったり車を横付けした加藤皐月がいた。
目が合うと「お父さん帰ってきてない?」とそれだけ。
おじいちゃんは恥も外聞も悪いと、本当に嫌がっていた。
それぐらい親父はあの女に嫌気が差して逃げ回っていた訳である。
二十九歳の総合格闘技の試合前夜、寝ていると深夜部屋のドアが開く。
見ると加藤皐月がドアの隙間から泣き崩れているのが見えた。
彼女の言い分は親父が埼玉医大の看護婦をこれから連れてきて結婚し、自分は捨てられてしまうというもの。
ジャンボ鶴田師匠が亡くなり明日の試合でレスラーの強さをとそれだけ考えながらトレーニングし準備してきた俺は、烈火の如く怒り部屋から追い出した。
人の家へ黙って深夜上がり込むのもおかしいが、俺の都合などお構いなしにくだらない修羅場へ巻き込もうとした事が言語道断なのだ。
それから親父は本当に加藤が話していた看護婦を家に連れてきて、阿鼻叫喚な空間となる。
お陰で俺は一睡もできないまま試合へ出場する羽目になったのだ。
一番の肝は、俺がSFCGのサラリーマン時代じゃないだろうか。
気付けば家の中にいる事が多くなった加藤皐月。
始めは週に一度ほどで、怪訝そうな顔をして見ると「お父さんに掃除頼まれて」と言い訳をしていた。
気付けばその頻度は増え、家の中にいるのが当たり前という顔をするようになっていたのを未だ覚えている。
極めつけはその頃だ。
朝の四時や五時になるとおじいちゃんの部屋へ忍び込み、枕元で親父を社長にしろと延々言い始めたのは。
あれで疲労困憊で参ってしまったおじいちゃん。
この頃には親父と籍を内緒で入れていたであろう加藤皐月。
加藤が朝方行くと、俺が追い駆けて追い出す。
こんな日常になった。
親父が社長になり、これまでたくさんあった支店が独立を言い出す。
この時加藤皐月は常に会議という会議には「社長夫人として」と言いながら大きな顔をしてしゃしゃり出ていた。
徹也から「兄貴も少しは家の事を気に掛けてくれ」と言われ参入したが、本来関わってはいけなかったのだ。
それから少し経ち、加藤皐月は俺と叔母さんのピーちゃんの事を近所で「岩上家にはパラサイトが二匹いる」と風潮された。
その場所で生まれ育った長男が、自分の家にいて何が悪いのか?
しかも誰からも望まれないていないのに強引に棲みつき嫌われ者の加藤皐月が流す噂。
様々な近所の人たちが「智一郎、おまえの家大丈夫か? あんな人入っちゃって」と心配された。
その頃からあの女の嫌がらせが始まったのだ。
人が寝ていると掃除機を掛け出し、ドアへ何度も強く当てる行為。
自分たちが風呂を入り終わると、湯船を浸からせないよう風呂栓を隠す行為。
挙句の果てには戸籍謄本を勝手に調べ、家の状況を調べ出す始末。
皮肉にもそれで発覚したピーちゃんと貴彦の養子縁組。
加藤は俺にその事実を伝えてきた。
本当に酷い数々の災害…、いやもはや公害だ。
あの女はそんな公害を散々巻き散らかし、家から金を抜いて消えた。
離婚したと聞いたのは徹也から話だけ。
ただ俺が戻ってきてからの間、あの女を一度も見ていないのでそれは本当なのだろう。
あれだけの事があったはずなのに、何で俺は親父と呑気な関係など築いているのかね……。
まあいくら揉めたところで、もうおじいちゃんは戻ってこない。
きっと親父は過去を認めも謝りはしないだろう。
無意味な事に時間やエネルギーを掛けたところで無駄なのだ。
そんな事をするぐらいなら、美味いものを食べに行ったほうがいい。
元旦だから開いている店があれば、どこでもいいか。
中央通りを歩いていると、ピザ屋ロッコが開いているのが分かったので入ってみる。

新年の挨拶を済ませ、レモンサワーを飲みながらサラダを突く。

赤ワインを飲みながら、チーズがふんだんに掛かったクリームパスタをフォークで巻いた。

国産のウイスキーのグラスを回しながら、焼きたてのピザをつまむ。
ピザなら親父も食うだろう。
「マスター、申し訳ないですが、もう一枚ピザを持ち帰りで焼いてもらってもいいですか?」
新年になったからといっても、俺は相変わらず甘さが抜けない性格のようだ。
二千十九年一月十八日、金曜日赤口。
生まれて初めて小説を書いてみようと執筆を開始してから丸十五年が経つ。
今ではまるで書かなくなってしまったが、あの頃は何の勉強もせずにただワードへ文字を書き綴った。
この街に一番始めに来て働いたゲーム屋ベガ。
あそこのオーナー鳴戸は本当に酷かった。
北中とはまた違う種類の酷さである。
俺を気に入ってくれたまでは良かった。
しかし、ヤクザ者の親分のところへ連れて行かれ、危うく組員にされ掛けたのだ。
これを元に書いてみるかな……。
いや、まだあの時の事をそのまま書くには刺激が強過ぎる。
主人公はもっと大人しい性格にさせて、あの鳴戸の怖さを引き立てるように書く。
そして幼少期、母親に虐待された俺の過去。
あの時の思いを主人公へ託そうじゃないか。
まだ小説を書き始めてもいないのに、俺はどんどん先の話を膨らませていた。
よし、書こう。
小説を……。
山本と冗談で話していたものが、本当にする事になるとは。
だから生きるって面白いんだ。
完成したら真っ先に春美へ報告しよう。
そしてもし彼女が逢ってくれるなら、俺はザナルカンドを捧げたい。
主人公の名前はどうするか。
まだキーボードをブラインドタッチできない俺。
メロンで商品の入力をする時だって、人差し指でアルファベットを探しながら打つ始末である。
それなら打ちやすい苗字がいいだろう。
まずは同じ母音を使う苗字がいい。
右の人差し指でほとんど入力する訳だから、左手は一つの母音を常に押せる位置がいい。
すると『AIUEO』の中で一番邪魔にならないのが『A』である。
「あ、あから始まる苗字……。相田、赤間、浅生、浅野…。どうもしっくり来ないな。荒幡、新井、違う…。あ…、赤崎…、ん?」
赤崎だと母音の『A』を三回も使えるぞ。
こりゃあいい。
『A』が三回に『K』が二回も使えるから非常に打ちやすいはずだ。
決まり。
主人公の名前は『赤崎』にしよう。
名前はどうするか?
俺がつけてほしかった名前でいいや。
こうして主人公の名前は『赤崎隼人』となった。
年齢の設定はどうしよう?
やっぱ俺が歌舞伎町に来たのと同じ年の二十五歳がいいかな。
出だしはどうしよう?
小説を書く作業って、思ったよりも数倍楽しいかもしれない……。
十五年前のこの日、俺は題名も考えずにただ物語を書き始めた。
二千四年の二月四日…、十八日間で一つの作品を書き終える。
まだタイトルは未明のまま。
ピアノを教えてくれた『くっきぃず』へ行き、先生にピアノの音楽用語を聞きに行った。
「先生、一つ質問が」
「何でしょう?」
「ピアノの語源で、だんだん早くとか強くって意味合いの言葉ありますか?」
「ありますよ。アッチェレランド。もしくはクレッシェンド」
新宿アッチェレランド……。
いまいち語呂が悪い。
新宿クレッシェンド……。
「これだっ!」
思わずピンと来て、俺は大声を上げていた。
俺の処女作『新宿クレッシェンド』が産声を上げた瞬間。
職場環境は北中の監視下の中最悪。
それでも業務中に一つの小説を書けた時間があったのも事実。
まるで水を得た魚のように、俺は小説をどんどん書き始めた。
書く事が楽しくて仕方がなかったから。
そしてそんな作品は、俺が岩上整体開業時、賞を取った。
そういえばグランプリの結果って、そろそろだよな……。
俺は携帯電話でメールを見る。

『第二回世界で一番泣きたい小説グランプリは、岩上様の新宿クレッシェンドに決定致しました。追って詳細をお知らせ致します。 サイマリンガル樽谷』
「え……」
長澤さんの息子さんが心配そうな顔で覗き込む。
「取れた……」
「あ、あの…、髪型変なところありましたか?」
「いや、そうじゃなくて、俺取りましたよ!」
俺は会計を済ませ、一目散に家へ向かう。
もう今ではビルを売り払ってしまった地下の床屋でメールを見たあの頃。
二千七年の八月三十一日。
俺はおじいちゃんへ報告すると共に、別の感情も湧き上がる。
幼少期の虐待の記憶を主人公赤崎隼人にプレゼントした新宿クレッシェンド。
こんなものが本になり全国へ出たら、この作品を読んだお袋はどう思うのだろうかと……。
悪い事をしたという罪悪感はない。
しかし、やり過ぎちゃったな…、そういう感情だけはあったのだ。
全力でアイデアを出したものでなく、あくまで新宿歌舞伎町の入門編として書いた小説が賞を取る。
これまで書いた続編などの作品が全部世へ出ていくのだろう。
あの当時は本気でそう思って勘違いしていた俺。
現実は甘くなかった。
小説に関する依頼も無ければ、注目されたのは賞を取った作家が、本を出した四日後に総合格闘技のリングで試合をするという部分だけ。
あの試合、俺は打突を使わなかった。
スクリューも封じた。
自分の首を絞められ、意識が落ちる瞬間だったのに手を抜いたのだ。
マスコミ的には絶対に俺が勝たないといけない試合だった。
それでも俺は負けを選んだ。
奈落の底へ転がるように転落していったのも当たり前だろう。
自分で知らぬ間にそうしていたのだから。
本の印税は入らず生活苦が訪れ、表社会で足掻き続けた俺は限界を感じてまた歌舞伎町の裏稼業へ戻った。
本を出した人間が、インターネットカジノで従業員として働く。
プロのリングの上で戦った事のある人間が、裏稼業にいる。
俺は色眼鏡で見られるのを嫌がり、自身のスキルや経験を武器に日々を過ごしたつもりだった。
しかし二度目の歌舞伎町は、気付けばどこにも居場所がなくなっていた。
新天地横浜に活路を見出して過ごした安定の二年間。
その期間に起きた一千五百万円の引き抜き話。
あれが自身のターニングポイントだったと未だ思う。
半分は騙されれ誘導された形。
もう半分は金に対する欲。
いや、金というよりも俺は表面的な形式に拘ってしまった事が、人生最大の失敗を後に招いてしまったのである。
インカジの仕組みや、新宿で新店舗を立ち上げるにあたってのシステムや掛かる経費などを書くだけで千五百万円出してくれるなんて、早々無い話ではある。
実際千五百万の金を作るなんて、どれだけの時間と根気と我慢が必要か。
しかし舞台は新宿歌舞伎町となる。
横浜での生活は気に入っていた。
地元川越により近くなる新宿。
一番長くいた歌舞伎町で自分の城を建てる。
もし新宿でインカジをやるとしたら店名は一つしかなかった。
『インターネットカジノ 新宿クレッシェンド』
言わずと知れた俺の著書でもあり処女作『新宿クレッシェンド』。
これをそのまま店名にすれば、歌舞伎町の連中の多くの人間は、俺が経営する店だと気付くだろう。
小説は文学。
インカジは裏稼業。
文学と裏稼業の融合など、おそらく日本で俺にしかできない事だ。
確かに店は本当に完成し、当初思っていた通りになった。
インカンジ新宿クレッシェンドという名前の店ができたところまでは。
結果だけ振り返れば、俺が数百万の身銭を失って切り捨てられ終わっただけ。
店の名前が自身の著書だからといって、何故俺が責任を感じる必要性があった?
あの愚行にすべてが集約されている。
ただの処女作が本になり、やがて時間を掛けそれは呪いになったのだ。
あれで金を無くし正常な判断ができなかったから、あのあとヤクザ共に搾取されてしまった。
命辛々逃げた二度目の横浜でも、別の四種類の搾取をたらい回し。
一度は死を覚悟した俺が戻ってきた地元川越。
四度新宿歌舞伎町で働き、生活の糧にしようとした時、また新宿クレッシェンドの因果と重なる。
引継ぎを終えた香川が声を掛けてくる。
俺はタバコを揉み消し立ち上がった。
「えーとですね…、この店はみんな偽名を使っているんですね」
「偽名ですか? えーと…、何故でしょう?」
「まあゲーム屋自体ほとんど終わっている業種なんで警察の目も緩いでしょうが、それでも捕まる商売ではあります。その為、みんな偽名を決めてそれで呼び合う。そんな感じですね」
「……」
偽名を使う意味が、まるで分からなかった。
この人たちは警察と直に接した事がまったくないのか。
裏ビデオのような猥褻図画、このようなゲーム屋、そしてインカジなら現行犯の賭博法。
すべて小便刑で軽いものだが、それでも留置所へぶち込まれ調書は取られる。
この店の中で偽名を呼び合って、警察に捕まった際何の意味合いがあるのだろうか?
刑事の調書取りで実名などすぐ分かるし、一緒に捕まった人間の偽の名前を言って余計にややこしくさせるだけ。
当然検事の心証もよくなるはずもない。
酒井さんの系列ではこんな無意味な事を…、いやいや、違うでしょ。
吉田の『ボヤッキー』、猪狩の『餓狼GARO』で偽名何て誰も使っていない。
つまり店長の香川が考えた方針という事になる。
言葉は悪いがこんなボンクラが店を仕切っていて大丈夫かと思った。
「えーと、名前何にしますか?」
「本名の岩上のままじゃ駄目なんですか?」
「ええ、捕まった時を想定しての事なので」
「……」
「じゃあこちらで適当に決めますよ?」
「え? いえいえ! 自分で決めます」
強制的に偽名を名乗るのかよ……。
さて、何にするよ?
頭の中を戦慄が走る。
なるほど……。
「赤崎…、赤崎隼人でいきます」
「あ、赤崎? 赤坂とかじゃなくて? 赤坂のほうが言いやすいでしょ?」
「いえ、赤崎隼人でいかせて頂きます」
「あ、赤崎さん…、下の名前は別にどうでもいいんですよ。苗字だけで」
「分かりました。では自分は赤崎でいきます」
「うーん…、まあいいでしょう。では赤崎さん、直ちゃ…、いや、早番の責任者が橋本さんなんで、一緒によろしくお願いしますよ」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
着替え終わった香川も帰っていく。
ポツンと店内に残された俺と橋本。
いずれいつになるか分からないが、俺は必ず小説をまた書くだろう。
今でない事は確かだが。
赤崎隼人……。
俺が初めて小説を書いた『新宿クレッシェンド』の主人公の名前。
咄嗟にとはいえ、俺は自分で作りだしたキャラクターの名前を使い出し、それは二千十九年一月になっても職場では赤崎と呼ばれている。
チープな漫画の設定よりも滑稽な俺の人生。
こうなったまでの理由と選択のほとんどは自身の責任。
それは否めないが、ここまで来ると次の新宿クレッシェンド絡みでは何が起こるんだと感じる自分がいた。
いや、おそらくまだ何も起こらないだろう。
何故ならば俺が現在ラッキーハウスで赤崎隼人を名乗っているから。
二年以上使い続けたこの偽名を変える事もないし、俺が何かしらの原因でこの店を辞めた時に、再び奇妙な因果律の中へ放り込まれるのかもしれない。
「赤崎さん、今日帰りマルハン行きましょうよ」
責任者の橋本が声を掛けてくる。
本来パチンコなんてもんは、つるんで行くもんじゃないんだけどな。
まあ断ってばかりで職場の人間関係を悪くするのも嫌なので、たまには付き合うとするか。
「分かりました、いいですよ」
「またシンフォギアですよね? 赤崎さん本当にあの台好きだからなー」
好きなんじゃなく、あの台でやられ過ぎているからムキになっているだけなんだけどな……。
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