闇 01(幼少期、自衛隊編)
闇 01(幼少期、自衛隊編)

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二千二十四年七月八日、月曜日友引。
夢って何だろう?
よく中々叶わないから夢なんだと言う人は多い。
俺にとってこれまでの夢って何だ?
強くなりたい。
リングの上で戦いたい。
ピアノを大きな場所で演奏したい。
書いた小説を世に出したい。
思った事全部叶っているじゃん。
夢じゃなかったって事?
いや、間違いなく夢だったんだ。
でもすぐ叶ってしまい、そこで俺は満足した。
だからすべて中途半端だったのだ。
初めて書いた小説で賞を取り、世に出したい。
もちろんそれも叶った。
でもさ、今になって思うと運がいいだけで時期尚早だったのだ。
決定的な力が備わっていないのに、結果を見てふんぞり返る。
そりゃあみんな、離れていくさ。
本物でも何でもないんだもの。
でもさ、振り返ってみろ。
馬鹿だから本当に色々利用され、騙され、金を失い、心筋梗塞にもなって、未だ醜く生きている。
小説を書かなくなって十三年の月日が流れた。
今の世の中のほとんどの人間は、俺に興味など無い。
このままただ年を取り、朽ち果てて行くのだろうか?
何ができる、俺に?
自分の人生をそのまま書いたら、誰でも一冊の本ができる。
みんな、よくそう言うけどさ……。
振り返ってみれば、本当酷い人生だった。
示し合わせた津波のように降り掛かる悪意。
神の悪戯か、ここまで滅茶苦茶にされたんだ。
なりふり構わず書いてみるか。
まず最近の酷い流れを思い出せ。
箇条書きでいい。
中学時代の悪友とつるんだ事による散財。
コロナワクチン打った翌日に心筋梗塞で死に掛ける。
マンションの後付け不当光熱費請求。
自称俳優のタカり行為。
百四十万の詐欺被害。
細かいのを除いたとしても、本当に酷いもんだ。
二千二十一年から二千二十四年の約三年、立て続けに身に降り掛かる地獄のような日々。
あれ、箇条書きじゃなくっている。
全然文章さえ書いていなかった俺が……。
何故?
簡単だ。
俺が書きたくなったからだ。
夢でも何でもない。
現実に今、俺は書いている。
今また十三年の沈黙を破り、また文学へ真摯に取り組む。
うん、それでいいんじゃないか。
何が生まれるのかなんて分からない。
それでもまたさ、もう一度足掻いてみよう。
文学の世界を……。
ただ書こう。
あの頃のように。
どうせ現世では評価など無いだろう。
もう期待なんてすんな。
まあいいさ。
思うまま、ただ書き綴ればいい。
もっと先を見ればいいだけだ。
百年、二百年後の人たちが、いつかこれを読むように……。
千九百七十一年九月十三日、月曜日赤口。
埼玉県川越市、岩上家の長男として生まれた俺。
家の目の前には映画館『ホームラン劇場』があり、いつも外から映画に掛かる曲が聞こえてくる環境。
二年置きに弟が生まれ、岩上三兄弟となる。
長男だった俺は、過保護に甘やかされ、また大事に
育てられた。

本川越駅前にまだ『パーラーいづみ』があった頃だった。
小学校の入学式を終えてから、いつの間にか強制で始まった雁字搦めの教育。
一つも望んでいないのに八つの塾や習い事へ通わされた。
ピアノ、絵画、習字、体操教室、学習塾、合気道、スイミングスクール、お囃子。
お囃子は親父が入っている雀會の子供囃子『子雀』に入れたかったからだと思う。
少しでも太鼓を叩くのを間違えると、手首に木の棒である通称『バチ』が当たる。
手首を押さえながら泣く俺。
同級生たちは自分の子供に対し、まるで容赦のない親父を見て一斉に辞めてしまう。
そんな時、泣いている俺をよく慰めてくれたのが、雀會会長の栗原さんと同じ町内の小林澄夫さんだった。
一週間一日も休みの日がなく、学校の友達からは付き合いの悪い奴というレッテルを貼られる。
同じ登校班の同級生パン屋の健ちゃんも、いつからか俺を白い目で見るようになった。
安達すみれは「勉強ばかりして大丈夫」とからかってくる。
それを見て注意する隣りの家の定食屋『ひろむ』の一ちゃん。
妹の良江ちゃんはいつもプリプリと頬を膨らませながら怒っていた。
親父は昔から家の金で遊び惚け、残されたお袋と俺ら三兄弟は家で静かに暮らす。
夜中にふと目を覚ます。
両親の言い争っている姿が見えた。
見てはいけないものを見てしまった罪悪感に駆られ、寝たふりをする俺。
幼稚園の時から一緒の斎藤陽吾こと斎ヤンと一緒に遊べないのが悲しかった。
彼の父親は銀座通りでレコード屋の『音羽屋』を経営している。
変わった人で書斎には油絵の具がたくさんあり、色々な絵を布に描いていた。
唯一の救いは家の目の前にある映画館『ホームラン劇場』。
そこのおじさんたちは俺の姿を見ると目を細くして可愛がり、館内の二階の席へ連れて行きコーラとアンパンをくれた。
アンパンは好きじゃなかったが、それでも黙って齧りながら目の前にある大きなスクリーンをジッと意味も分からず見つめていた記憶。
小学一年生の頃、家から徒歩一分のところで松本清張原作『鬼畜』の撮影があった。
緒形拳、岩下志麻、小川真由美と当時の花形スターたちが近くにいたのに、何も知らない俺はトコトコと前へ歩く。

撮影中カットが掛かる。
大人の人に大声で怒られ、大泣きしながら家へ帰った。
この頃映画館で『宇宙戦艦ヤマト』のアニメが放映され、デスラーの笑い方を真似して弟の徹也と一緒によく笑う。
いつからだろう、お袋の理不尽な虐待が始まったのは……。
初めて殴られた時の事は未だ鮮明に記憶していた。
小学生は俺一人で、二人の弟たちは幼稚園。
親父に続き、お袋は夜になるといない事も多くなった。
腹が減ったと泣き喚く弟の徹也と貴彦。
いくらあやしても泣き止まず、俺は二人を二階の部屋から一階の居間へ連れて行く。
おじいちゃんとおばあちゃんがいる居間まで行けば、何とかしてくれると思ったのだ。
お手伝いさんとおばあちゃんが作ったご飯。
それを食べながら幸せな気分に浸る。
しばらくしてドアの僅かに開いた隙間から、白い目が見えた。
椅子に座る方向的に俺しか気づかない。
その目がお袋の目だと気付く。
何故か怒っている目つき。
誰にも気付かれないくらい少しだけドアは開き、お袋がゆっくり俺を見ながら手招きする。
無邪気におじいちゃんの上でテレビを見ながらはしゃぐ徹也。
おばあちゃんの腕の中でぐっすりと眠る貴彦。
この団欒を壊してはいけない。
幼心ながら変に気遣った俺は「ご馳走様」とだけ言い、ドアへ歩いていく。
「あれ、智ちゃんもういいのかい?」
「う、うん…、もうお腹いっぱいだから……」
優しいおばあちゃんの声に背を向けドアに近付く俺。
居間を出た瞬間強い力で腕を引っ張られ、階段の方向へ連れて行かれる。
何故お袋がこの時こんなに怒っているのかまるで分からなかった。
二階への階段を一段上る度、ケツを強く叩かれる。
声を出したらおじいちゃんたちに気付かれてしまう。
俺は口を両手で必死に押さえながら涙を流す。
部屋に着くなり投げ飛ばされ、何度も殴られた。
そんなにおじいちゃんたちのところへ行った事が悪い事だとは思いもしなかった。
ひたすら両腕でガードして嵐が過ぎるのを待つしかない俺。
「立てっ!」
「は、はい……」
恐ろしいお袋の前に俺は言いなりになるしかない。
「これを持ってろ」
俺におもちゃ電話の受話器の部分を右手に持たせる。
電話機の本体を持ち、一歩一歩ゆっくりと後ろに下がっていくお袋。
幼いながらも、これからどうなるのかが理解できた。
分かっていながら怖くて離せなかった。
受話器を……。
手を離したら、そのあと何をされるかを想像してしまう。
まだ幼い俺には、その想像のほうが怖かった……。
どんどん伸びていくコード。
それでも俺は電話の受話器を震えながら持っている。
ただ恐ろしかったのだ。
抵抗して、これ以上殴られるのが嫌だった。
おもちゃの電話機の本体と、俺の右手にある受話器を繋げているゴム製のコードが伸びきったと思った瞬間、お袋の手元から離れていた。
「……!」
いきなり目の前が真っ暗になり、火花が散る。
思わずその場にうずくまってしまう。
目の上が焼けるような痛みを発している。
「ハハハ…、馬鹿だねー。あんた、何やってんの?」
逃げようと立ち上がり、後退した。
その時おもちゃのブロックを踏んでしまい、足の裏に痛みが走る。
大事に使っていたブロックは何個か割れていた。
胸を押され、床に倒れ込む。
合気道に行った時の風景が思い出される。
稽古を始める前に正座して一礼。
そのあと正座をして目を閉じているところを不意に先生が胸を押してくる。
そこで倒れてはいけない。
精神を集中させるのが、本来の目的らしかった。
でもそんな事は、当時の僕には分からない。
「何、勝手に転んでんだ。立て!」
俺は言われるまま立ち上がる。
足元にはおもちゃのブロックが散乱していた。
お袋はいくつかのブロックを拾っている。
「動くなよ。きょうつけして目をつぶってろ!」
「はい……」
これから何をされるのか。
身体を震わせながら、目を少しだけうっすら開けた。
お袋がブロックを投げつける途中だった。
青色のブロックが俺の頭に命中する。
幼い俺は再び倒れた。
「何、大袈裟に倒れてんだ!」
起き上がれば、また同じ目に遭う。
分かっていながら立ち上がる。
またあの電話をやられたらどうしよう?
あの痛みのほうが怖かった。
だからそうするしかない。
何度もお袋は、俺にブロックを投げつけた。
このまま殺されるのかな。
本能的にそう感じた。
その時、部屋のドアが勢いよく開く。
「おまえは何をやってんだ!」
おじいちゃんだった。
今まで見た事のないような厳しい目でお袋を見ていた。
二階の騒ぎを聞ききつけ、助けに来てくれたんだ。
真っ暗闇な中、一筋の光明が見えたような気がした。
必死にその光ある方向へと向かう。
「おじいちゃん……」
自然とその方向に駆け寄ろうとした時、背中に激しい痛みを感じた。
床に倒れ込む際、スローモーションのように映し出される。
そして、目の前に割れた白いブロックの破片が見えた。
「わぁっ……」
俺は目を押さえながら、床に転がった。
たくさんの血が出ていた。
俺は強くならないと、いつか殺されちゃう……。
それからあとは記憶にない。
このような出来事がり、しばらくおじいちゃんたちの部屋で寝泊まりするようになった俺。
おばあちゃんは三兄弟によく子守唄を唄ってくれる。
気付けばまた両親の部屋へ長男の俺だけ戻された。
夜中に目を覚ますと聞こえてくる夫婦喧嘩。
ひたすら寝ているふりをするしか思いつかない。
お袋のヒステリックさは日に日に酷くなっていく。
ある日塾を終え、部屋にいると一階から怒鳴り声が聞こえてきた。
声を聞き、自然と身がすくむ。
左目の上にできた傷が疼く。
「チクショウ! チクショウ!」
恐る恐る階段をゆっくり降りる。
覗き込むように廊下から居間を見ると、お袋が入口のドアを手で開きながら鬼の形相をしていた。
見てはいけないものを見てしまったような感覚。
おじいちゃんを始め、周りの従業員たちが「落ち着け」とお袋を宥めている。
しかし怒りはよりエスカレートし「チクショウ!」と言いながら居間のガラスのドアを叩き付けるお袋。
何度か叩き付けている内に、ガラスにヒビが入ってくる。
俺は呆然とそのおぞましい光景を震えながら見ているだけだった。
住み込みのお手伝いのせっちゃんが「坊ちゃん」と言いながらその修羅場から離れるよう肩を掴んでくる。
親父の弟である修叔父さんが「落ち着け!」とお袋の両肩を摑む。
錯乱するお袋。
俺は怖くてその場を動けずただジッと見つめていた。
お袋と視線が合うと、俺の元へ凄まじい勢いでやってくる。
せっちゃんが乱暴にどかされたあと、両肩を掴まれ「私はこうやられたんだよ? こうやられたんだよ?」と皮膚に爪が食い込んできた。
両肩から血を流しながら力なく泣くだけの俺。
周りにいた大人たちが必死にお袋を引き剝がす。
無力な俺は泣く事しかできず、気付けばおじいちゃんに抱っこされていた。
当然の事ながらその場に親父の姿は見えない。
夜になって母方の仲町のおばあちゃんが家に来た。
家から徒歩五分程度の場所なので俺が遊びに行く事はあっても、仲町のおばあちゃんが来る事は珍しい。
廊下へ呼び出してお袋へ何かを注意していたようだが、また怒り声が聞こえてくる。
身がすくみながらも、心配で部屋から廊下へ出た。
仲町のおばあちゃんの手首を掴むお袋。
よく見ると爪を立てているのか、おばあちゃんの手首から血が滴っている。
息を飲み黙ったままその光景を見ているだけの俺。
そんな俺に対し、おばあちゃんは優しそうな笑みを浮かべながら「智ちゃん…、何でもないから部屋へ戻っておいで」と言った。
見てはいけない状況を見てしまった。
そんな罪悪感を覚えた俺は、布団に包まりひたすら目を閉じている事しかできないでいた。
頭の中では仲町のおばあちゃんの手首から滴り落ちる血の光景だけが離れなかった。
家族間は常に仲が悪く、同じ家に住んでいるのに祖父母のところへ行くだけで殴る蹴るの強烈な虐待を受ける。
それでも幼い弟二人は、両親がいない食卓で腹が減ると泣く。
俺には一階へ連れて行くしか術がなかった。
長男である俺は日曜日になると、お袋へ外へ一緒に連れ回される。
デパートのような建物の『ニチイ』で親戚の京子叔母さんと同じ家に住む親父の妹のピーちゃんにバッタリ会った。
「あら、智ちゃんじゃないの」
陽気に手を振ってくる二人に、俺も自然と笑顔になり手を振り返す。
たったそれだけの事で、帰ると媚を売るなと暴力を受ける。
その一件以来、必然と感情を露わにしなくなる幼少時代を過ごすようになった。
左こめかみの目の近くについた未だ消えない二つの傷。
こんな地獄のような生活が、ずっと続くのかと日々の日常を恨んだ。
しかしそんなものは杞憂に終わる。
小学校二年生の冬。
あれだけ虐待を繰り返した母親は俺ら男三兄弟を捨てて、ひっそり家から消えた。
塾や習い事は、ピアノ以外すべて辞めた。
何故ピアノだけは続ける。
理由は先生が優しかったのだ。
しかし俺はピアノなどまったくせず、先生の家でテレビを見ておやつをもらい、帰りに送ってもらう際、いつもゲームセンターに寄ってゲームをさせてくれた。
今でもゲームが好きなのはこの時の影響が大きいと思う。
小学三年生の時、ホームラン劇場でジャッキーチェンの映画『酔拳』が上映された。
こうやって鍛えたら、俺も強くなれるのかと思った。
初めての暴力的衝動。
強さの定義を勘違いした俺は、クラスの女子を虐めてよく泣かす。
担任の神社の神主をしていたという福田文彦先生は、体育館へクラスの生徒全員を呼び出し俺をコテンパンにした。
この一件で正しい強さとは何かを学べたような気がする。
初めて心から笑顔になれた俺たち兄弟を祖父母、親父の妹である叔母さんのピーちゃんが育ててくれた。
それでもボンボンだった親父は、家の金を自由に使い遊び回っているだけだった。
母親がいなくなり自由になった俺は毎日のように映画をタダで観て可愛がられて育つ。
ジャッキーチェンの映画を見て衝撃を受け、真似できるトレーニングはやるようにする。
銀河鉄道999は未来への希望を膨らませる事ができ、見ていて興奮した。
家業のクリーニング屋の配達へ、たまに一緒に連れて行かれた俺。
お囃子の稽古も辞めたので、このくらいしか親父との接点はほとんどなかった。
ある日通常の配達ルートから外れ、住宅街にある家の前に車を止める親父。
中へ招かれると、化粧の濃い女性がたくさんの料理を作って待っていた。
妙に馴れ馴れしい化粧の濃い女性。
本能的に好きになれない。
幼心ながら父親と何かしら親密な関係なのだろうと感じる。
これが生涯に渡って因縁のできる守銭奴加藤皐月との初めての出会いだった。
小学校高学年になるとおじいちゃんが弁護士を同伴した状況で「養子にならないか?」と言われる。
財産を少しでも俺に多く残したかったらしいが、それを受けると父親の立場が無いだろうし丁重に断った。
おじいちゃんは笑顔で俺の頭を撫でながら「そうか、智一郎は偉いな」とだけ言った。
小学六年生になり猛烈な腹痛に見舞われ病院へ行くと、盲腸と診断される。
おばあちゃんは孫である俺の身体に傷をつけたくなかったようで、赤外線で盲腸を散らす手術を勧めた。
一日だけ腹痛は治まるも、翌日から地獄のような痛みに襲われる。
おじいちゃんは何度も病院へ連絡するが、安静にしていれば大丈夫の言葉だけで俺は日々衰弱していく。
おじいちゃんの素人判断で別の病院へ連れて行かれたら、腹膜炎を起こし掛けており緊急手術で即入院となった。
命の危険まであと一歩だったらしい。
俺はおじいちゃんの判断により命を救われた訳である。
この時見舞いで父親の知り合いである化粧の濃い女性が深夜来た事があった。
この時はまだこの女が加藤皐月という名前だと知らない。
俺は寝たふりをしてやり過ごした。
化粧品臭い残り香が鼻をつき、不快感を覚える。
遊び人だった父親は家に帰ると豹変し、傍若無人だった。
「情けない面をしやがって」とすれ違うだけで殴られ、突発的で理不尽な暴力を受ける。
「俺がおまえくらいの年には、もっと女にモテていたぞ」と殴られる。
料理をしようとして台所に立つだけで「女みてえな真似してんじゃねえ」と殴られた。
俺らを捨てたお袋は家から五百メートルも離れていない場所で、別の男と一緒に料理屋を始めた。
囲炉裏端料理『鬼』。
鬼のようなお袋だったから、鬼という店名をつけたのだと感じた。
実家が近かったお袋は、姪である従兄弟の宇津木裕子に対し、自分の都合いいように言い訳をしていたようだ。
逆恨みで俺を恨む裕子は模範的な優等生だったので、とても先生受けが良くまた影響力もあった。
そんな彼女が俺の家は寄って集って母親を追い出したというデマを発信するようになる。
再び学校でも闇が訪れた。
女の担任の市倉利子先生でさえ「裕子ちゃんに聞いたんだけど、岩上君お母さんと会いたいでしょ?」と訳の分からない仲介を買って出る。
過去の強烈なトラウマ。
猛烈に拒み、先生受けの悪かった俺。
俺は小学三年生の時の福田先生が担任のままだったらなと、何度も願ったが無理な話である。
ピーちゃんから「何でおまえたちのお母さんは、お兄さんと離婚しないか分かる?」と質問された。
小学生の子供にそんなもの分かる訳がない。
「おまえのお母さんはね、家の財産が目的だから離婚しないんだよ」と言われた。
幼少時代から思っていた事。
強くならないと殺されちゃう。
頭がいいだけでは誰も守ってくれない。

中学生になってもツッパる事は一切しなかった。
ゲームセンターには不良が溜まるようになっていた頃。
しかしそんな格好だけ態度だけ悪くしたところで、強くなれないのは身体が自覚していた。
皮肉な事に父方の従妹清水麻衣子と、母方の従妹の宇津木裕子とは同じ中学。
中学一年の時の担任鈴木正巳先生は、もの凄い暴力教師だ。
ゲームセンターへ行ったのを知られただけで殴られた。
同じクラスの飯野誠とは仲が良くなり、よく図書館へ行って時間を共有した。
何故麻衣子と裕子と同じ従妹だと知ったクラスメイトの矢島は、俺に協力してくれとせがんでくる。
もの凄い撫男なので、やめた方がいいと伝えてもしつこい。
やがて「片親の奴は本当に使えない」と罵り、俺は何度も殴りつけた。
結果登校拒否を起こした矢島。
担任の鈴木正己は俺を呼び出しボコボコに殴ってから、全教室を晒されるように歩き回された。
中学三年生になり岩崎智典ことチャブーや、岩崎努ことゴリと同じクラスになる。
病弱だった祖母は秋に他界する。
最後まで俺の高校受験を心配してくれた。
プロレスや相撲を見るのが大好きだったおばあちゃんの死。
受験日前日、俺はおばあちゃんの眠る広済寺へ深夜一人で行き、墓参りをした。
高校生時代に家業にパートで入ってきた緑という面倒見のいい人がいた。
弟の徹也と一緒にいい人が来て良かったねといつも話をしていた。
高校一年の担任谷先生。
谷は身長が大きかった俺をやたら部活動へ入れたがる。
始めはラグビー、それを辞めるとバレーボール、ハンドボールととにかく何かしらの部活へ強要させた。
最終的にサッカー部へ入り、一年生の最後と共に担任が代わるのを知り辞めた。
二年、三年の担任榊先生。
この頃から俺はとにかく喧嘩ばかりして日々を過ごすようになる。
俺はこの榊先生に何度も助けられ、結局停学すら一度も経験せずに無事卒業させてもらった。
社会人になっても、この先生とは定期的に交流がある仲になる。
離婚もせずに別の男と一緒に暮らすお袋。
遊び人で完全に育児放棄の親父。
世間体だけを気にする親父は常々近所の人たちに「コイツは頭がいいから六大学へ行かせる」と嘯く。
西武台高校の学費も払わず、おじいちゃんにすべて出してもらった俺。
当然の事ながら大学進学など何一つ考えていなかった。
美術の先生から美大の推薦を出すから行けと言われるも、結局行けばおじいちゃんが金を出す羽目になるのを知っていたので断った。
育ての親はおじいちゃん、そして叔母さんであるピーちゃん。
ある日、父親に弄ばれた人妻三人が同時に家へ怒鳴り込んできた事もあった。
親父はその場から逃げ、長男である俺が何故か捕まり家の中で意味不明な話し合いになる。
その三人の内の一人が家業へパートに来ていた緑で、当時高校生だった俺の前で父親の事を愛していると泣きながら喚く姿を見て、心の中で何かが壊れたような気がした。
もう一人は小学生時代から見た事のある化粧の濃い女性、加藤皐月だった。
この人が三人の中でも一番我が強く、人間恥を知らないとここまで図々しくいられるものかと感じる。
初めて会った頃から生理的に好きになれなかったが、自身の感じたものは間違っていなかったのを確信した。
ピーちゃんは「何故おまえたちのお母さんが離婚しないか分かるか?」と同じ質問をしてくる。
「それは家の財産が目当てだったんだよ」と常々言われた。
強くなりたい。
そして嫌だったけどお袋の元へ一度行き、話し合って俺が両親を離婚させないとと考えるようになった。
捨てられたとはいえ、お袋の性根がそこまで腐っているようには不思議と思えなかったのだ。
離婚にさえ応じてくれれば、財産が目当てというピーちゃんの言い分は覆るはず。
その為にはいち早く社会人になりたくて、一番早く就職が決まる自衛隊を選んだ。
烈火如く怒る親父。
常に格好をつけたい性格の為、自分の長男が六大学ではなく自衛隊へ進むのを許せなかったのだろう。
何度も殴られたが、半分この父親に対して恥を描かしてやろうという魂胆もあった。
そんな理由で俺は自衛隊を選択したのである。
高校を卒業してすぐ小学時代お世話になったピアノの先生の家へ挨拶へ行った。
小学生時代、あれほど俺を可愛がってくれたのだ。
六年ぶりの再会に胸を躍らせる。
すると先生は会ってくれず、先生の母親が憎悪の籠った目で睨みつけられ、二度と来ないでくれと追い返された。
あれだけ優しく接してくれたピアノの先生の家族が何故ここまで豹変したのかまったく理解できなかったが、仕方なく大人しく引き下がった。
社会人になって一番始めの行動が母親との再会だった。
他人以下と割り切っていたので敬語で話す俺に対し、母親は泣きながら礼儀正しく育ってくれてと勘違いする。
しかし離婚にはすぐ応じてくれた。
俺の要求を飲んでくれた母親に対し、彼女なりの言い分は聞いてあげようと思い、自衛隊にいる間数回会いに行く。
それを知った父親は「そんなおまえは母親が恋しいのか? 岩上の姓を捨てろ」と罵られた。
おまえのケツを拭いているだけなのに、何て言い草だ。
俺と親父の溝はより深くなる。
自分が出て行った言い分をするお袋。
次第に言い訳から、亡くなった祖母の悪口になってきた。
俺には優しく厳しかったおばあちゃん。
そんなおばあちゃんの悪口を言うお袋に対し、我慢できなくなり反論をした。
「何でこんな馬鹿に育っちゃったんだろ。私がちゃんと育てていれば……」
自分の意思で俺たちを捨てて出て行った事も忘れ、お袋は俺を罵倒した。
駄目だ、この人……。
まるで話が通じない。
俺は完全にお袋と決別する事にした。
結局のところ、人間の性根というものはそうそう変わらないものなのである。
俺の根底には強烈な憎悪が根付いている事に気付く。

自衛隊朝霞駐屯地前期教育での無茶苦茶なシゴキ。
班長副班長共にレンジャー出身だった俺の班は、とにかく毎日酷い仕打ちを受けた。
催涙ガスをテントの中で焚き、サザエさんの歌詞五番まで書いた紙きれを渡され、中で歌わされた事もあった。
これは歌詞を見るから目をやられ、歌を唄うから喉をやられる事を想定してのシゴキだった。
ガスマスクをつけたまま、外周五キロを走らされた事もある。
腹筋の姿勢で足を上げたまま一時間放置。
腕立て伏せの体勢のまま一時間放置。
途中崩れると容赦のない暴力が飛ぶ。
性格の曲がった班長は俺たち班員に言った。
おまえたちを後期教育の駐屯地は、遠くへ飛ばせば飛ばすほど俺の成績は良くなると。
「おまえらこのまま朝霞にいられると思うなよ?」
そして十名の俺たちから一万円ずつ貯金おろすよう命令され、自衛隊にあるPX(売店)で十万円分の班長が要求するものを買わされた。
この時同じ班だった富田は高田駐屯地へ行く。
どうせ地元の近くにいられないのなら、とことん遠くに行ってやろう。
ヤケクソになった俺を含めた班員の四名が一番遠い場所の北海道を選択し、行く事になった。
北海道倶知安の街の人間はとても優しい。
しかし上官たちは腐っていた。
基本的な生活の使い走りは当たり前。
酷い上官になるとわざわざ一番遠い隊舎の四階にある自動販売機でコーラを買って来いというひねくれた人間もいた。
態度が生意気だと文句を言われ、数名による問答無用の暴力行為は日常茶飯事。
漫画『あしたのジョー』に出てくる少年院でのリンチのシーンで『パラシュート部隊』というものがある。

両手足を数名に押さえつけられ、二段ベッドの上から俺の腹目掛けてダイブ。

百名ほどいる重迫撃砲中隊の中隊旅行で函館へ行った時、俺は酔ったふりをして五人しかいないコンパニオンの一人と宴会場の隅でイチャイチャした。
帰ったあとに壮絶なリンチが待っていた。
この時は死ぬかと思ったが、多勢に無勢俺一人が鍛えた自衛官十数名に対抗したところでどうにもならなかったのだ。
上官の命令には絶対。
ならば辞めてしまえば上官ではない。
俺は一任期途中で辞める事を決意し、そのまま北海道へ一週間だけ留まった。
これまで酷い仕打ちをした上官たちへ仕返しする為だけに潜伏していたのだ。
狭い町である。
休暇を取った自衛官の遊び場所などすぐ特定できた。
ある程度の復讐を終えると、俺は地元川越へ戻る事に決めた。
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