闇 02(探偵、サラリーマン時代編)
闇 02(探偵、サラリーマン時代編)

2024/07/14 sun
2025/07/10 thu
2025/07/20 sun
前回の章
当時十九歳。
自衛隊を辞め、地元川越へ戻ったものの無職の俺。
高校時代アルバイトしたガソリンスタンドの山口油材。
とりあえず俺はまた古巣へ戻り、アルバイトを再開させた。
「兄貴、また山口油材戻ってきたね」
同じスタンドで働く弟の徹也は少し嬉しそうだった。
北海道の倶知安駐屯地を退職し、一週間潜伏して上官たちへ仕返ししてきたが、最後の数日間でスナック『パピリオ』で働く飲み屋の女ゆかりとの出会いがあった。
俺よりも五つ年上のゆかり。
切れ長の目をした細身のいい女だった。
辞めてから一週間も北海道へいたのは、上官への仕返しだけでなく、このゆかりと離れたくないという思いが強いせいもある。
「一緒に川越へ行かないか?」
地元へ帰る最後の夜を共に過ごし、俺は彼女へそう声を掛けた。
「私、ここが地元なんだよ? 智一郎についてそっちへ行ったら、誰一人友達もいなくなっちゃうよ。それにあんた無職になったばかりでしょ?」
返す言葉が無かった。
勢いだけで思いを伝えたところで、俺は何一つできない。
本当はもっとここにいてゆかりと過ごしていたかったが、約束があり地元へ戻らねばならなかったのだ。
山口油材の客である田中公男さん。
彼は俺より二回り年上のトラックの運転手だったが、高校生の頃来る度缶コーヒーをご馳走してもらった。
その田中さんの母親が心臓病の主日の為、B型の健康な人間の血液が欲しいと弟の徹也から連絡があったのだ。
まだこの時ゆかりと会う前なので、田中さんの役に立てるならと安請け合いをし、その手術が自衛隊を辞めてからちょうど一週間後だった。
無事手術も成功し田中さんは俺に謝礼として現金を渡そうとしてきたが、そんなつもりで動いていないと丁重に断る。
後日田中さんから家に、三万円分の商品券が届けられた。
金を早く貯めて、また北海道にいるゆかりへ会いに……。
しかし数ヶ月後ゆかりはパピリオを辞めており、同僚の女から俺より一つ上の自衛官と結婚したと聞いた。
自棄になった俺はスタンドも辞め、宛ても無く毎日プラプラ適当に過ごす。
金も無く仕事もない日々。
そんな屑のような人間だって腹も減る。
台所にある野菜や肉を使い料理をしていると、叔母さんであるピーちゃんは「勝手に人のものを使うな」と烈火の如く怒り出す。
仕方なく小銭をかき集め、幼稚園の頃から知っている喫茶店『ジミードーナツ』のミートソースを食べる事が、この頃一番の贅沢だった。
高校生辺りからアルバイトをして自分で稼ぐ事を知った俺は、一週間の内四、五回はジミードーナツへ通っている。
親父との仲は日に増して関係は悪くなる一方。
進学を勧める親に対し、反比例するように大学へ行かず自衛隊への選択をした俺。
それだけでなく一任期持たずに帰ってきたという事実だけで、人の顔を見れば「この半端足り野郎が」と罵倒された。
根底には内緒でお袋へ会いに行っていたというのが面白くなかったのだろう。
同じ家の中に住む家族でも、二種類に分かれる。
おじいちゃん、弟の徹也と貴彦。
俺にとって家族側の人間。
親父とピーちゃん。
この二人は他人以下の関係。
ある日貴彦が兄である俺を小馬鹿にした態度を取ったのでグーで殴る。
この日から貴彦は、内心俺を軽蔑しているようになった。
これまで生きてきて、一番自暴自棄になっていた事でもあった。
何一つ変わらない現状。
自身に対し嫌気を覚えながらも、どうしていいか方法が分からない。
時間だけはあったので、原付バイクで南大塚の従姉妹和ちゃんの家へ夜になると遊びに行く。
二つ上の和ちゃんは、幼少の頃から遊んでいる俺にとって兄貴分だった。
常に腹ペコの俺に文句を言いながらも何かしら飯を食わせてくれるので、頭が上がらない。
この頃よく同じように遊びに来ていた和ちゃんの同級生で、坊主さんという人がいた。
坊主なんて変わった苗字だなと思い聞くと土方智が本名であり、土と方を並べて書くと坊主の坊に見えるので、学生の頃から坊主と呼ばれるようになったらしい。
坊主さんも働いていたパソコン会社が潰れてしまい毎日暇をしていたので、南大塚以外に俺の家へ遊びに来るようになった。
もちろん二人共無職金無しなので、お互いの小銭をかき集めてタバコを買い、少し余裕がある時はジミードーナツに行きミートソースを食べる。
二十歳前後の若者二人が、ただ毎日時間をどう潰すかだけを考えながら社会の歯車にさえなれない日々。
無知だった俺は、指導されなければ単なる穀潰しでしかない。
ただ時間だけは過ぎていく。
そんな情けない俺を見て貴彦は馬鹿にするようになり、その生意気な態度にムカついたのでよく殴りつけた。
ある日ブラブラしている俺に対し、おじいちゃんが免許くらい取っておけと言う。
費用全般をだしてもらい、教習所で合宿所のあるところを選ぶ。
静岡県の浜松自動車学校に決まる。
この時四人同部屋の中で高尾昭という五つ上の男と仲良くなり連絡先を交換した。
一日確実に二時間の実務講習がある合宿。
基本暇な時間が多いので、近所にある喫茶店『コケコッコー』へたむろして過ごす事が多かった。
無事車の免許も習得し、地元川越へ帰る。
まだ何の仕事をしようか何一つ決めていない俺。
働いて金を得ないと何もできない。
興味本位と給料がいいと聞き、原一探偵事務所へ入社する。
免許証を取ってから初めて動いたのがこれだった。
まだ未成年なのに月給二十五万という高給。
探偵という響きが格好いいという理由。
十九歳当時の俺は本当に馬鹿でしかない。
実際に業務をして感じたのがかなり理不尽で重労働。
さらに命の危険性まで含んだ仕事なのを気付く。
基本は張り込み、そして尾行がメイン。
研修時、環七のような大通りで通行量の多い道路で、信号無視のやり方などを教わった。
どんな運転をするのだろうか?
そんな期待をしたが、結局は徐行で左折しながら様子を見て車を反転させる。
対向車がビビッて停車するのを前提で、無理くり信号無視を強引にするだけ。
依頼人に頼まれ素行調査する訳であるが、調査対象が家を出る前から張り込む事になるので、日々もの凄い勤務時間になった。
二十四時間調査は当たり前。
終わって事務所へ帰っても、寝る時間ももらえず次の調査へ駆り出される事などしょっちゅうだった。
酷い時は池袋から相手を尾行し、気付けば軽井沢を超えて小諸市まで行った事もある。
素行調査といったところで、ほとんどが浮気調査。
一度朝の四時に事務所集合し、仕事終わりが深夜二時を回っていた帰り道。
暴走族の集会の帰りなのか、三台のバイクが目の前をトロトロ走っていた。
あまりに遅いのでクラクションを鳴らす。
暴走族は脇にそれたが、睡眠不足のせいでイライラしていたので少し幅寄せして意地悪をした。
赤信号で停車していると、背後からクラクションを鳴らしながら暴走族は車の前にバイクを停めた。
「テメー、何幅寄せしてんだよ! 出て来いよ、オラッ!」
会社の車を蹴り出したので、横に座る係長へ聞いてみた。
彼は業務上無茶な運転で警察に捕まり、現在は免許取消。
主に仕事は、俺の運転する車の助手席に乗っての業務しかない。
「どうします、コイツら?」
年は俺と変わらない係長は質問に答える前にドアを開け、いきなり暴走族へ殴り掛かる。
相手がヘルメットをしているところへのパンチ。
拳を砕かれ、そのまま二人掛かりで殴られていた。
あいつ、ただの馬鹿じゃねえか?
仕方ないな……。
俺はドアを開け、止めに行こうとすると、一人の暴走族が胸倉を掴んできた。
「テメーよっ!」
「離せ」
「喧嘩売ってんのかよ、オラッ!」
粋がっているくせに喧嘩の仕方も知らないのか、コイツは……。
手首を左手で掴み固定する。
あとは右手で捻るだけで簡単に関節は極まった。
悲鳴を上げる暴走族。
そのままヘルメット毎左手で固定し、右の肘で思い切り殴りつける。
三発でフラフラになっているので頭を地面に下げさせ、背中目掛けて右肘を落とす。
潰れた蛙のように地面へうつ伏せで身体を痙攣させていた。
どうやら自衛隊で理不尽に鍛えられたこの身体、一般人に比べ力などの基本的な数値が別物になっていたようだ。
「弱いくせに突っ掛かってくんなよ」
ヘルメットを被ったままなので、そのまま頭を蹴飛ばす。
すると二人掛かりで係長を殴っていた暴走族たちが、慌てて「すみません! 勘弁して下さい」と謝りながら懇願してくる。
そいつらを無視して係長を助け起こす。
車に乗せ、俺は運転席へ戻ろうとする。
何度も謝ってくる暴走族。
俺がのした男は未だ倒れたままだった。
「おまえらさ、弱いのに喧嘩売ってくんじゃねえよ」
「す、すみませんでした!」
「車出すから、道路の車を止めろ」
「はい、畏まりました」
ガソリンスタンドの店員のように走行車を停めさせ、俺たちの車を発射させる。
「大丈夫すか、係長?」
血だらけになりながら係長は下を俯きながら押し黙っていた。
事務所へ帰ると返り血のついた俺を見て、事務員が「おまえら何をしてきた!」と怒鳴りつけてくる。
係長が暴走族に帰り道絡まれた事を懸命に伝え、それ以上事態が悪化する事はなかった。
「じゃ、これ次の依頼人の資料ね。このまま足立区へ向かって」
また徹夜で次の現場。
別にこれで残業代や給料が増える訳でもない。
過度な睡眠不足、また無茶な尾行による事故で月に三台は廃車している状況。
これで月二十五万円じゃ割に合わないなと思うようになった。
たまたまの休みの日、家の車を乗り回しながら適当にドライブをしていると、国道十六号川越の新宿の交差点で対向車が確認もせずに右折して突っ込んできた。
シートベルトをしていない俺は避けられない状況なのを把握し、両腕でハンドルを握ってぶつかる瞬間身体に力を入れる。
もの凄い衝撃が来て踏ん張っていても、ハンドルへ頭を痛打し、もう一度叩き付けられる。
ただ痛かっただけで意識がハッキリあった俺は車を降りるとボンネットが半分くらい潰れていた。
突っ込んできた対向車はもっと酷い有様で、助手席の男はフロントガラスを突き破り、頭が外に出ていた。
近くの通行人たちが救急車を呼んでくれたのか、十分ほどで実家の目の前の三井病院へ到着する。
後日警察の現場検証のあと、双方の保険者同士の話し合いという形でこの事故は幕を閉じた。
十日ほど探偵の仕事は大事を取って休みを取ったが、実際に働いていないので給料を出せないと言われ、事故なら保険屋から休業補償という形でもらえると意味不明な事を抜かす始末。
じゃあそれまでの生活はどうするのか聞くと、一万円だけ渡され「うまく使えばこれで十日は何とかなるぞ」と言われる。
半年でこの仕事は駄目だなと見切りをつけ、原一探偵事務所を退職した。
ガソリンスタンド山口油材でアルバイトをしていた時の客だった平子から徹也を通して連絡があり「身体が空いているならうちの会社へ来ないか?」と誘われる。
自衛隊、探偵と基本的に身体を使う仕事しかしていなかった俺は「何も知らないし役に立てるか分かりません」と答えた。
だが平子はファミリーレストランで食事をご馳走しながら「岩上君なら俺が色々教えていくから大丈夫」と笑顔を見せる。
コンパニオンと称し、山口油材にも可愛い子を送ってきた会社なのは知っていたので、内心異性とたくさん知り合えるのではと楽しみでしかない。
広告代理業を営む株式会社『3Sカンパニー』。
右も左も分からない俺。
まず職場へ案内され驚いたのが、マンションの一室を事務所代わりにしていた現状。
社長とは名ばかりで、実態は平子一人だけの会社。
そして社員は俺一人という超零細企業。
「岩上君、ガソリンスタンドの時は時間給いくらでやってたの?」
「八百円ですね」
「よし、じゃあうちもその値段出そう」
え、社員なのに時間給?
俺が腑に落ちない表情をしていると「そろそろランチタイムの時間帯だな。よし、岩上君ご飯食べに行こう」と二人で食事へ向かう。
毎日デニーズやすかいらーくなどの日替わりランチを奢ってくれたので、まあいいかなと平子の言われるまま働くようになった。
時間が経って気付いたのが、ここも無茶苦茶な職場で「企画書はワープロで綺麗な状態で出さないといけないから、岩上君も買った方がいい」と当時二十万万以上するワープロを勧められる。
「平子さん、俺そんな金持ってないですよ」
「え、岩上君クレジットカード持ってないの? 作ったほうがいいよ。ローンで簡単に買えちゃうんだから」
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