闇 452(平成最後の年末編)
闇 452(平成最後の年末編)

2026/01/13 tue
前回の章
二千十八年十二月三日、月曜日大安。
インターネットを閲覧していて、面白い絵文字を見つけた。
携帯電話から見ないと分かり辛い難点があるものの、首を傾ければいいのか。
試しにフェイスブックへ投稿してみる。
さて、今日は熊野神社で酉の市。
横浜は二の酉、三の酉とかあったけど、川越はいつも酉の市だけだな。
向こう独特のものなのかもしれない。

近辺は様々な屋台が出ており、そこそこの人出。
今日は休みなので帰りに何か買って帰ろう。
熊野神社へ行くと、囃子連の雀會が太鼓を叩く音が聞こえてくる。

俺は写真を撮ると、境内を回ってみた。

入口ではテキヤの堀越さんが熊手を売っているのを見掛ける。
もう今年も終わりかという実感が初めて湧く。
焼きそばとポテトと瓢箪を買う。
ジャッキーチェンの酔拳のように、この瓢箪に酒を入れて持ち歩こうかな。
二千十八年十二月五日、水曜日先勝。
嫌でも思い出すこの日。
俺が幼稚園の頃、お袋に連れていってもらってから、一番通い続けたジミードーナツのマスターが亡くなり閉店になった日。
マスターが亡くなって、あれから三年も経ったのか……。
またあのミートソース食べたかったなあ。
無くなって一番悲しかったお店。
そしてここの店の存在を当時教えたお袋も、この世を去った現実。
年数を重ねて生きていくとは、こういう事なのだろう。
どんなに親しくとも憎しみ合おうとも、片方が亡くなればそこですべての時間は止まる。
それは過去愛した店にしてもそうだ。
脳裏に残る思い出を反芻しながら、時間の経過と共に薄れていく。
だから写真や映像というものが開発されたのではないだろうか。
そういう面で考えたら、今の時代の進化はかなり恵まれている。
こうした進化だけでなく俺の世代など、ゲームの進化さえ最初から見てきているのだ。
インベーダーよりもっと前、ブロック崩し時代からプレステーション4までをすべて網羅した世代。
ある意味歴史の目撃者でもある。
大切なのはただ便利だからと楽を覚えるのではなく、進化により無くなってしまったものを尊ぶ行為。
便利になったとはいえ、それを当たり前に思わず文明の利器にたまたま遭遇できた事に対する幸運を喜ぶのが、本来人間としての正しい姿じゃないだろうか。
連繋寺にあったピープルランドはもうとっくになくなった。
松本清張原作の映画『鬼畜』の中に、映像としてしか残っていない。
クレアモールがまだサンロードだった頃にあったニチイも、今では湯游ランドになっている。
あのデパートなのか意味不明だったしなびた建物には、子供時代のどうしょうもない思い出がいっぱい詰まっていた。
地域密着のローカルなネタ過ぎて、ニチイなどこれだけ便利になったインターネットで検索をしたところで写真一枚も出てきやしない。
俺が以前執筆して途中とん挫した『鬼畜道~天使の羽を持つ子~』は、自身の半生を延々と書いたもの。
原稿用紙五千枚を超えたところから止まったまま。
あれほどあった情熱は、もうすっかり枯れてしまっている。
誰も記録すらしないなら、せめて俺が文字に……。
いやいや、やめておけって。
稚拙な文章、あれだけ偉そうに吠えておきながら、どれだけ小説を書いていない?
確か二千十一年の頭ぐらいから書かなくなったので、来年になったら丸七年。
こんな俺に誰一人期待などしないさ。
それでも斉藤弘一の事はいつか文字にしたい。
裏稼業に生き、癌で早く亡くなってしまった彼の為に、いつか書ける時が来たら……。
二千十八年十二月十一日、火曜日先負。
仕事明け雨が降り、ただでさえ寒いのがより酷くなる。
明日は休みだし、呑龍でも寄っていくか。
ドアを開け中に入るも客は誰もいない。
この寒さだ。
みんな家に籠っているのだろう。
「寒いっすねー…、今日は温かい…、ワンタン麺。それと…、炒飯…、あ、そういえばマスター。うちの親父の名前を冠したサトル炒飯って、一体どんな炒飯なんですか?」
「智ちゃんは昔から我儘でよー、炒飯に使う肉を叉焼で作れとか言ってくるんだよ。それで智ちゃんが言い出したから『サトル炒飯』って裏メニューになったんだよね」
「それでいて、うちの馬鹿親父は最近歯が悪くなったと全然呑龍すら来なくなったんですよね? あ、そうか! マスター、ここで俺はワンタン麺に、サトル炒飯と餃子。で、サトル炒飯は二人前で一つは持ち帰りにできますか? あ、餃子も一つは持ち帰りにして下さい」
「おう、構わないよ」
「久しぶりにマスターのサトル炒飯を本人に食わせてやりますから」
「あはは、そりゃあいいや」
ここで俺がしょうが焼き定食を頼まなかったのは、おそらく生まれて初めてではないだろうか?
まあマスターの炒飯は元々美味しいからな。
うちの馬鹿親父も久しぶりのサトル炒飯をお土産に持って行けば、懐かしがって喜ぶだろう。
亡くなったお袋と出会っていた頃に、よく頼んでいたのだろうか?
まあどうでもいいか。
「はい、お待ちー」

この寒い中を来て食べるワンタン麵。
旨過ぎて涙が出そうになる。
「じゃあこっちがサトル炒飯と、餃子の持ち帰りね」
「ありがとうございます」

初のサトル炒飯をレンゲですくって食べる。
うん、中々美味しい。
今度しょうが焼きを炒飯に乗せた『智一郎炒飯』の裏メニューでも作ってもらおうかな。
二千十八年十二月十二日、水曜日仏滅。
時刻を見ると十二時を周り、十二日になっていた。
俺が二十代の頃は、呑龍も連繋寺側のほうに店舗があってもっとギューギューに満席で賑わっていたのになあ……。
初めて行ったのは俺が十九歳で自衛隊を辞め倶知安から帰って来た時か?
弟の徹也が行こうよと誘われ、あの頃はまだマスターの甥っ子の大野信成が呑龍で働いていた。
親父世代の大人たちが和気藹々と酒を飲み、スナックかクラブの女をはべらかせて料理を注文する。
家の隣りにあったトンカツひろむや呑龍は、正にまだ未成年だった俺たちから見たら大人の社交場だったのだ。
唯一あの時ショックを受けたのが、おばあちゃんの葬儀の時にお経をあげに来てくれた広済寺のお坊さんが袈裟姿のまま飲み屋の女二人を連れて呑龍で酒を飲む場面を見たからだ。
「何かお坊さんがああだって、ショックだねー」
徹也がそう言っていたのを思い出す。
あの頃は考えてみればバブル全盛?
いや、俺が社会人になっているから弾け出した頃か。
元気だった日本がどんどん意気消沈していく。
何とかいい起死回生なアイデアはないもんかね。
家に帰り親父に声を掛けるが、夜中なので寝ているようだ。
ドアのノブに、サトル炒飯と餃子の入ったビニール袋を掛けておく。
朝になり「何だ、これは?」と俺を起こしにきたので呑龍へ行き、お土産で持ってきた事を伝え、また寝た。
目を覚ますと昼になっていたので、中央通りのレストランシブヤへ向かう。
雨はもう降っていないのでマシだが、本当に寒く感じた。
お馴染みのナポリタンとランチを注文。
家から徒歩数分圏内ですべて用が足りてしまう俺は、中々幸せな環境に住んでいるのだろう。
これもおじいちゃんが頑張ってあの家を建てて、基盤を残してくれたからこそ。
寿命で身内が亡くなったとしても、こういう形で様々なものが受け継がれていく。

ランチにソースを掛けながら、一つ気付いた点があった。

いや、食事が不味くなる。
今は目の前の料理を食べる事に集中しよう。
ナポリタンを食べ終わり、紙ナプキンで口の周りを拭く。
以前叔母さんのピーちゃんが内緒で貴彦と結んだ養子縁組。
先ほどおじいちゃんが残した家という事を考えている時にピンと来た感覚。
嫌なあの頃を思い出すようだが仕方ない。
まず、ピーちゃんは常におじいちゃんが嫌がっているのに、遺言状と何度も言い続けている姿を何度も見た。
「疲れているからやめてくれ」と二階へ逃げるように上がっていくおじいちゃん。
まだあの時は加藤皐月が家の中で猛威を振るっていた。
あの女が財産目当てで戸籍謄本などを調べたから発覚した養子縁組。
何故あの時加藤皐月は、俺にわざわざそれを話した?
あれほどの守銭奴である。
自分に利益が無ければそんな真似をするはずがない。
つまり俺と貴彦…、ピーちゃんとの仲をより険悪にさせる為。
きっと家族同士で仲良く手を組まれる事を恐れたのだ。
それがあの女にとって何を意味するかまでは理解できないが。
二度目の横浜へ行く前の新宿時代、従業員だった伊藤久子からおじいちゃんは俺に財産を残した、みんなが実印を狙っているから渡しちゃ駄目だとアドバイスをしてきた。
確かにその通りだったのだろう。
南大塚は和ちゃんから、そして修叔父さん、家からは貴彦と様々な人間が、俺の実印目当てで連絡を取ろうとしてきたのが根拠である。
今の俺に誰も連絡をして来なくなったのは、遺産的価値が無くなったから。
あの時修叔父さんへノイで実印を渡した。
以来、これまで一度も親族から連絡はない。
つまりあれで俺は用済みだったのだ。
おそらくこの財産騒動のからくりを分かっていないのは、俺ぐらいなはず。
あとは出ていってもうこの世にはいないお袋ぐらいか。
いつだか俺は勝手に残ったピザパイを食い合えと言った事がある。
あながち間違っていなかった訳だ。
まあ過ぎた事である。
どうでもいいか。
明日になれば俺は新宿歌舞伎町へ行き、ラッキーハウスで働く。
それだけの話だ。
二千十八年十二月十五日、土曜日先勝。
今年もあと半月。
パチンコも競馬もやらない平和な日が続くが、来週はいよいよ有馬記念。
俺はこっそり即パッドを再加入だけ済ませておく。
四年前に奇跡的な当たり方をしたレース。
あのような神懸かり的な当たりはもう無いにせよ、どうしても妙な期待をしてしまう。
岡部さんから連絡があり、後輩の栄二の店で飲むから仕事終わったら来ないかとの誘いがあった。
明日休みなので了承し、ラッキーハウスの業務を終えるとすぐ川越へ向かう。
俺が本当に金が無い状態の頃、岡部さんの同級生の小沢さんから誘いを受けて初めて行った栄寿司。
今では息子の栄二に代を譲り店名こそ『栄じ』にしたが、あの頃はバリバリの栄寿司だった。
小沢さんが奢ってくれるのは分かっていたが、遠慮して注文を躊躇う俺。
栄二の親父さんはその様子を見たのか「良かったらこれ握っちゃったから食べてよ」と目の前に巻き寿司を出してくれた。
有難く頂戴すると「また握っちゃった」と小気味いいテンポで出てくる巻き寿司。
あの時の感謝と温かい心の籠もった味は未だ忘れられない。
栄二の親父さんには昔から世話になっているからな。
そうだ、たまには何か持って行こう。
川越駅で閉店間際のケーキ屋へ寄る。
確かアップルパイが好きみたいだったけど……。
「店員さん、アップルパイってないんですか?」
「大変お客様申し訳ございません。品切れになりまして、現在こちらにあるものだけになります」
仕方なく適当にケーキを買って、タクシーへ乗り込む。
栄じに到着すると、彼の親父さんへケーキをプレゼントした。
「岩上君、マグロいっちゃう?」
「ええ、頂きます」

二千十八年十二月十六日、日曜日友引。
親父さんがマグロの赤身の握り二十貫を握り終わる頃には十二時を回っていた。
この壮観な握りをいつものように写真を撮り、フェイスブックへアップする。
「ん?」
この日の過去の思い出を見て吹き出す。
「どうしたよ、智一郎?」
「岡部さん、これ見て下さいよ。一年前、場所と店は違うけど、俺も本当に同じ事をしていますね」

「何だこりゃ? この店じゃねえだろ?」
「横浜の福富町にある寿司屋ですね」
「おまえも本当に食い方変わらねえな」
「横浜のこの店はこういう頼み方すると、板前が露骨に嫌そうな表情するんですよね。親父さん…、俺みたいにマグロしか食べない客って、寿司屋だと本当は迷惑なんですかね?」
栄二の親父さんは腕を組んで首を激しく振ってから笑う。
「うちは私のお寿司を食べてくれるお客さんが一番!」
「だから親父さんのマグロの色合いは常に鮮やかなんですね。ほら、見比べて下さいよ、横浜の寿司屋のマグロと」
俺が携帯電話で画像を見せると、店内中の客が一斉に大笑いした。
二千十八年十二月二十二日、土曜日友引、冬至。
いよいよ明日は、念願の有馬記念。
今日明日と仕事を連休。
俺は起きてから即パッドに十万円の金を入れておく。
ゆっくり風呂へ入り身体を温めると、連中がてら平レースの予想をして一通り馬券を購入する。
電車で横浜へ向かいながら、ふと麦草の百合を思い出した。
たまには行ってみようかな。
新宿で乗り返る際、麦草用のお土産を三つ買う。
俺が二度目の横浜の時済んだ吉野町駅近辺。
あそこで俺に対し良く接してくれたお店は二軒。
一つが麦草であり、もう一つはオガワヤサイクルだった。
よく自転車の修理も見てもらい、オロナミンCのケースごと俺にくれた親切な老夫婦。
二年ぶりに突然こんなつまらない土産でも持って現れたら、少しは喜んでくれるだろうか?
関内駅でタクシーを拾い、横須賀街道沿いを真っ直ぐ行ってもらう。
待てよ……。
あの当時感情的になってフェイスブックでブロックしてしまった百合に、どんな顔をして麦草へ行くというのだ?
時間を確認すると、まだ朝の九時過ぎ。
この時間帯なら百合でなく彼女の親父さんがいる時間か。
問題ない。
百合との関係がおかしくなったのは、二千十六年の一月。
つまり、もうちょっとで三年近くの時間が経つのか。
あの時スピルタスなんて飲まなかったらなあ……。
久しぶりの麦草。
ドアを開けると百合の親父さんが出迎えてくれる。
これだけ時間が経つのに、俺の顔を見てすぐ「岩上さんですか?」と喜んでくれた。
ハンバーグ定食を頼み、久しぶりの麦草の料理を食べる。

せっかくなら百合の顔も見たかったが、あれから連絡が無かったのだ。
女々しい真似はやめておこう。

コーヒーフロートを頼み、久しぶりに親父さんと世間話をした。
あれから川越に戻ってしまい、中々来れなくなった非礼を詫びる。
特に百合の話は出なかったので、俺も写真は撮ったがフェイスブックへの投稿はやめておく。
買ったつまらないお土産を手渡し、麦草をあとにする。
途中でタクシーを拾い、吉野町駅方面へ。
曲がる道を近くで教え、オガワ屋サイクルの前まで来た。

あれ?
シャッターが閉まったまま。
「運転手さん、ちょっとだけ待っててもらっていいですか?」
「ええ、どうぞ」
オガワ屋サイクルのシャッターには閉店したという手書きの貼り紙が貼ってあった。
もう辞めちゃったのか……。
お土産ぐらい渡しておきたいな。
俺は店の看板に電話番号が書いたままのを見て、電話を掛けた。
最初に岩上と名乗っても、自転車屋の奥さんは分からない。
そこで三年ぐらい前に新宿から来て、この近くに住んでいる小説家だと説明すると「ああ、オロナミンCのお兄さん」と思い出してくれる。
事情を聞くと、オヤジさんは腰を痛め寝たきり状態が続いた為、店を辞め現在は中村町で養生しているらしい。
まあ連絡が取れただけでもよしとするか。
でも残った二つのお土産はどうしよう?
オガワ屋サイクルの向かいにあるお食事処おそうざい『仲美』は営業しているようなので、一つを持って中へ入る。

この店は三回か四回ぐらいしか来ていないからおそらく覚えていないだろう。
それでも数年前にここ周辺に住み、当時お世話になった事を伝え土産を渡す。
「うーん、私はお兄さんの事覚えていないけど、お土産なんてもらっちゃっていいの?」
「ええ、向かいの自転車屋さんも閉まってしまいましたし、良かったら食べて下さい」
一例をしてタクシーへ戻る。
伊勢佐木モールの真ん中ぐらいへ行ってもらうよう指示した。
運賃を払う際、余った土産をドライバーにあげる。
驚いた顔をしていたが、ご覧の通り余ったのでもらってくれると助かる説明をすると、喜んでもらってくれた。
特にする事もない。
フラッとパチンコを打ちながらレース結果を見る。
「はあ〜」
思わず出る溜め息。
気付けばパチンコと競馬で、六万円も失っていた。
もう帰ろうかな……。
でもせっかく横浜まで来て連休なのに、それはさすがに駄目だろう。
めげずに伊勢佐木モールにある別のパチンコ屋ハリウッドへ入る。

ガロで幸先よく六連荘、シンフォギアで六百回転以上ハマってから七連荘して五万ちょっと取り戻す。
競馬がすべて外れたのを確認すると、激安居酒屋『楽』に行き、浴びるほど酒を飲む。
また近くのラブホテルへ入り、風俗嬢を呼んで抱くと、深い眠りについた。
二千十八年十二月二十三日、日曜日先負、天皇誕生日。
ホテルで寛いでいると久しぶりに高橋満治から連絡が入る。
フェイスブックで俺の投稿を見て、横浜に来ているの知ったので電話をしたようだ。
考えてみれば、彼は横浜で初めてできた十歳年上の友人だ。
悪い人ではない。
どちらかといえば人柄はいいのだが、とにかく自分の知っている店を梯子するのが難点。
それでも新宿のヤクザ直営ゲーム屋時代に能見台の彼のお袋さんが営む居酒屋でご馳走してくれたり、あの激安居酒屋『楽』を紹介したのも高橋満治だった。
有馬記念という事もあり、日ノ出町駅の先にあるエクセル伊勢佐木で待ち合わせ。
まだ時間があったのでパチンコへ寄るとストレートで負ける。
数年ぶりの再会を分かち合い、有馬記念の予想をする。
酒を飲みながらレースを眺めた。
無いとは思うが、どうしても天皇賞・春で頑張り凱旋門賞惨敗の2番クリンチャーを義理で買ってしまう。
本命は15番シュヴァルグラン、一番人気12番レイデオロも部分的に押さえておいたほうがいいはず。
他に5番パフォーマプロミス、8番ブラストワンピースや、10番ミッキースワローと11番ミッキーロケットのミッキーコンビ。
駄目だ、頭数増やすとどうしても買い目が増えてしまう。

実際のJARの馬券売り場で買うと、どうしても戸惑ってしまうな。
次々とマークシートに記入して馬券を買う。
途中で面倒になり、馬券以外に即パッドでも購入した。
「あー……」
8番ブラストワンピースも、12番レイデオロも、15番シュヴァルグランも買っていたのに外した。
今年の有馬記念も駄目だったか。
もうギャンブルは飽きるほどやったよね……。
「岩上さん、私はワイド馬券で取れたので一杯奢りますよ。飲みに行きましょう」
彼の好意に甘え居酒屋めぐりが始まる。
しかし二軒、三軒目とスピードが上がるのに気付き、このままではまた長丁場になる危険があるので、俺は丁重に断り一人になった。
またパチンコ屋へ入って惨敗。
石川雅之へ連絡をするも、突然過ぎて彼は仕事中。
う〜、お金が十万円以上なくなってしまった
悲しみを乗り越え、最後に横浜らしい事をするかと日ノ出町駅向かいにある洋食屋ミツワグリルへ入る。

これて五百八十円って、本当に凄いお店だと再認識した。
これから帰るのに、横浜から新宿、それから川越かよ。
面倒臭いなあ。
まあ金はたくさん使ったけど楽しい二日間だった。
近くの日ノ出町駅から帰る。
すぐ二駅で横浜だというのに酒も入っていたせいか寝てしまう。

目を覚ますと見知らぬ風景。
え、ここどこ?
慌てて停車している駅の看板を見る。
金沢文庫駅?
何それ?
飛び起きてすぐ電車の外へ出た。
全然逆方向じゃねえかよ……。
そういえば金沢文庫だか金沢八景に、増川君代は住んでいると言っていたっけ。
突然連絡が途絶えたままだが、年末の最後に再会なんていうのもありなんじゃないだろうか。
フェイスブックで久しぶりに彼女とのメッセンジャーのやり取りを見る。
二千二十五年十一月十三日からまったく連絡が無くなった。
今が二千十八年の十二月二十三日。
三年間もあの女は何をしているんだ?
久しぶりに彼女のプロフィールページを見てみた。
女々しいな俺は……。
「え?」
俺は増川君代の自己紹介欄を見て絶句した。

何、この『既婚』って?
急に連絡をくれなくなったと思ったら、いつの間にか結婚していたのかよ、あのクソアマめ。
「夏の悲劇―!」

頭の中でけたたましいサイレンのようにSNKの対戦格闘ゲーム『龍虎の拳2』に出てくるテムジンの声が聞こえてくる。
「夏の悲劇―!」
もういい、分かった。
やめてくれ。
本当は夏の悲劇なんかじゃないんだろ?
たまたまそう聞こえるだけで、本当は蒙古竜巻撃なんだよね?
でもさ、絶対に「夏の悲劇―!」って言っているぜ。
あ、もうそろそろお喋りの時間はおしまいだ、セニョリータ。
俺を乗せる電車がやってきた。
もうこの駅へ行く事は生涯無いとは思う。
それまでせいぜい幸せに過ごしな、チクショウ……。
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