闇 451(咀嚼と反芻編)
闇 451(咀嚼と反芻編)

2026/01/13 tue
前回の章
二千十八年十一月一日、木曜日友引。
横浜でのリセットが、自身を現実へ少しだけ引き戻したのかもしれない。
今日から十一月になったので、毎日三千円生活の開始を始めてみる。
自分自身へ一日三千円ずつ渡すようにして、その範囲の金額でやりくりしないといけないルールを作った。
これは競馬で散々馬鹿をやった自分への戒め。
なので、月初は当然飲みに誘われても行けない。
休みの日は小遣い一万円のボーナスくらいの余力は残しておこう。
これからは通帳に記載される数字を見て、ほくそ笑みながら生きれるよう頑張らないと。
二千十八年十一月三日、土曜日仏滅、文化の日。
うぅ……。
帰り道つい魔が差してパチンコ屋マルハン行くも、AKBに騙された。
一日三千円をチマチマ貯めていたのに。
真っ直ぐ駅へ帰ろうとするも、パチンコ屋エスパスからシンフォギアの音楽が聴こえ、俺を誘ってくる。
しょうがないなと座ると、二千円で当たった。
しかし最終決戦負けて、ここ数日コツコツ貯めていた七千円があっという間に無くなってしまう。
エスパスはシンフォギアやって数回単発のみの当たりはあるけど、今まで勝って金を持って帰った事一度もないぞ。
美味しいものでも食べれば良かったよ。
あー、夜食抜きになってしまった。
しかしこれは自業自得である。
明日になった瞬間、プーさんの缶から三千円をもらい、胃袋へ何か詰め込もう。
二千十八年十一月四日、日曜日大安。
コツコツ慎ましく三千円生活な日々。
そう言ってもご飯を二回食べたから、残金千円。
仕事へ行き、帰ったら部屋から出ない事が生き残る術だと自覚する。
タバコを値上げ前に二百箱買っておいた自分を褒めてあげたい。
プレステーション4も壊れたまま。
仕方なく部屋の掃除を始めた。
「あれ? 昔の手帳だ」
二千年や二千一年時代の手帳が見つかる。
パラパラ開いてみた。
妹代わりに可愛がったミサキ。
あいつとは二千一年に会ったのか。

つまりジャンボ鶴田師匠が亡くなった二千年の九月に、俺は総合格闘技の試合タイタンファイトへ出場した。
そのあとで適当に女を抱いて『進化するストーカー女』の元ネタとなった恐怖体験をして、翌年ミサキと出会った訳か。
あいつとは元々徹也から聞いたお袋の噂話からがきっかけだった。
バー『ジャックポット』のマスター野原さんが亡くなったあとか。
「あ、兄貴さー。何か変な噂聞いてよ」
弟の徹也から変な話を聞いた。
うちら三兄弟を捨て出て行ったお袋。
今一緒に住んでいる二階堂さんとの間に娘がいるらしい。
普通に成長していれば俺の十歳年下。
男だらけの兄弟。
もしその話が本当なら俺たちには片親だけだが血の繋がった妹がいるという事になる。
会ってみたいが、あのお袋とは関わりに遭いたくない。
相手の二階堂さんはいい人である。
自衛隊に入った頃であるが、親父と離婚させる際話し合いをした時に人柄が良いというのは理解できた。
お袋と関係が無ければとても慕っていただろう。
あの人とお袋の間に、娘がいたのか?
半分だけ血の繋がった顔も名も知らない妹か……。
そんな事をあの頃考えていて、たまたま寄ったキャバクラ『サンタナ』でミサキがついた。
たまたまフリーで俺の席に付いた可愛い飲み屋の女。
「名前は?」
「ミサキだよー、よろしくね」
「何歳なの?」
「二十歳になったばっか」
俺が三十歳だからちょうど十個下。
徹也の言ってた妹と同じ年……。
この子との会話はとても楽しかった。
まだ見ぬ妹と、ミサキを勝手に重ねてしまう。
お互いの連絡先を交換し、こうして俺とミサキの妙な付き合いが始まった。
結局四十七歳になった現時点でも、お袋と二階堂さんの間にできたと噂の妹の存在など知らない。
本当かどうかさえの真偽すら不明。
何故なら二階堂さんも、お袋も、もうこの世にはいないのだから……。
今じゃミサキは沖縄へ住んだまま。
連絡すらほとんどお互いなくなってしまった。
他の年の手帳をめくる。
かおるとのプリクラが出てきた。

あいつとは二千三年の頃になるのか。
そりゃそうだ。
ゲーム屋ワールドワンが崩壊し、裏ビデオ屋メロンで働き出した頃だもんな。
ピアノ発表会も終え、そのあとパソコンを坊主さんから教わり、まだ昔のゲームをして遊んでいた時期。
何故なら川越駅西口の飲み屋街にあったスナック『アップル』へノートパソコンを持って行っていたので記憶に残っているのだろう。
あまりにもこの店の女を日替わりで持ち帰って抱き過ぎ、チーママの悦子から「智さんいい加減にしなさいよ」と怒られたほど。
今頃みんなどうしているのだろうな。
岡部さんの店『とよき』もあったあの一角も含め、西口はウニクス川越となりすっかり変わってしまった。
あの頃から俺もここまで落ちぶれるとは、当時思いも寄らなかっただろう。
セブンスターを一本吸ってから俺は横になり眠った。
二千十八年十一月九日、金曜大安。
小遣い一日三千円制度。
これにより競馬は退会したのもあり、まったくやらなくなった。
しかし別の弊害が出てくる。
同じ早番の橋本と川崎。
この二人は大のパチンコ好きなのだ。
俺も同じ仲間にしようと暇さえあれば話題を振ってくる。
多人数で行くギャンブルの何が質悪いか?
それは二人揃って勝つなんて確率はほとんどないところ。
必然的に勝ち負けの明暗が分かれ、両方負けなんてパターンも多い。
何故か俺だけ出ないというケースが非常に多い気がした。
一日の軍資金が三千円しかないのだ。
すぐ溶かし帰ろうと挨拶へ行く。
「あ、あ、赤崎さん、お、お、俺、か、金貸しますよ」
「いや、いいですって」
「だ、だ、大丈夫だって! お、お、俺、か、勝ってるしさー」
強引にポケットへ一万円札を捻じり込んでくる川崎。
パチンコに集中しているので、俺が何を言っても台に集中して聞こえていない。
「……」
仕方なく座り、またパチンコを打つ。
そして負ける。
俺は帰ってからフェイスブックへ投稿した。
もうね、怒り爆発ですよ!
一昨日パチンコのシンフォギアやったらストレート一万円負け
競馬惨敗の後遺症から、自身へ小遣い一日3000円制度を導入していたので、この一万円負けというのは必然的に前借りという形になる
3日分以上も前借りしてしまったのかと反省し、翌日も勝負に出たら7000円負けた
ヤバい、前借りだけがドンドン積み重なっていくこの負の連鎖
そこで今日も行ったらやっとシンフォギアで当たりを引けて最終決戦も勝って、5連チャンした
ても単ラウンドばかりで、出玉は2000発?
結局2万負けて帰りました
そこで一つ結論が……
パチンコなんてやっちゃ駄目だよね
まあそれでも競馬よりは金を使わなくて済んでいるのは事実。
あくまでも三千円のやりくりだけの範囲で生活をするよう心掛けている。
当然借金も、三千円の中から少しずつという事にしていた。
斉藤弘一が火葬式で灰になってから今日で丸一年。
俺はあれから何一つ成長していない。
いや、それどころか劣化しているのじゃないだろうか。
二千十八年十一月十一日、日曜日先勝。
地味な休みがやってくる。
ボーナス一万円が入るも、川崎に返す分も考慮するので必然的に慎ましい生活を心掛けなくてはならない。
それでも腹は減る。
お酒を飲まずに済む店がいい。
以前大晦日に一度だけ行った事のあるラーメン屋こひや。

始さんの伊勢屋の向かいにある店だ。
そこへ入り、ラーメンと餃子を注文。
餃子はごく普通。

穂先メンマと書かれたシナチクを食べてみると、想像を絶する旨さに驚く。
佐野ラーメンというのか?

シンプルでさっぱりした本当に旨いラーメンを久々に食べた気がする。
小さな幸せを実感するほど。
競馬も封印できたのだ。
パチンコも封印すればいいだけ。
俺はこういう店で、穂先メンマをつまみながら酒が飲みたい。
二千十八年十一月十七日、土曜日先勝。
パチンコをせず、コツコツ小さなジャブを当てていくような地道な日常を過ごし、休みがやってくる。
ボーナスタイムの一万円支給。
川崎や橋本のパチ借金の返済は終わっている。
この一万は俺が好きに使えるお金だ。
あえてプーさんの缶に入っている札を数えないようにしていた。
パソコンがありインターネットが使えれば、俺はいくらでも時間潰しができる。
人間このように本来生きていく事も大事なのだ。
夜になり、久しぶりの呑龍へ向かう。
今日ぐらいこの金で贅沢をしたい。
ドアを開けると太っちょ次女がお手伝いでいる。
俺はまずしょうが焼き定食両方大盛りに餃子、そして柔らかい焼きそばを注文した。
「しょうが焼きぐらい親父さんの味継承できたのか?」
「私手伝い手伝い」
「馬鹿野郎! そんな事じゃ駄目だろ」
「私女女、野郎じゃない」
「うるせー! そういう事を俺は言ってんじゃねえんだ」
「はい、お先餃子餃子」

俺はラー油を小皿に多めに入れてから酢を垂らし、醤油を調合する。
何となく真理が見えてきた。
人生とは食。
何故なら食べないと人間は生きていく事ができないから。
「しょうが焼き」

そして人は目の前に置かれた料理の見た目と匂いの両方で幸せを実感し、食べる事でエネルギーを蓄えつつ感動を覚える。
「焼きそば」

さらに目の前に置かれた柔らかい焼きそばの上に、少量の酢を一周させて掛ければ嬉しさ倍増。
からしを割り箸でちょいと乗せ、熱々の餡に絡めて口へ運ぶ所作は希望への架け橋。

ビバ、呑龍!
すなわち真理とは呑龍なり。
「あ、そういえば信君どうした? おまえ従妹なんだろ?」
俺がまだ十八、十九歳の頃ここでマスターの手伝いをしていた大野信成を思い出す。
彼は一つ年下の後輩で、岩上整体にもよく来てくれた。
川島町の釘無橋手前で『めし処のぶた』をしているが、しばらくいけていない。
アニメ『はじめ人間ギャートルズ』に出てくるような漫画に出てくるあの肉のような料理を作ったり、バケツプリンなど奇想天外なものを作ったり、とにかく変わっていて面白い奴だった。
確かKDDI時代に同僚の水原やゴリを連れて行ったのが最後なんじゃなかったか?

奥さんと娘さん家族で仲良くしていたよな。
「もうあの人店辞めた」
「はあ? めし処のぶたをか?」
「そう」
「今どうしてんだ?」
「ぬいぐるみ来てる」
「ぬいぐるみ? 何だ、そりゃ? 奥さんや娘は?」
「離婚した」
「はあ?」
呑龍マスターの次女が説明下手というのもあり、あまり深くは聞けなかったが、あの夫婦分かれちゃったのかよ……。
以前俺が無職で休業補償をもらいながら鬼畜道を書いていた頃、半ば八つ当たりで書いた本音記事で傷つけちゃったもんな。
あれからまったく会っていなかった。
【本音記事】 応援したくない奴は、コソコソ見てんじゃねえよ、ボケ!
二千十年二月二十五日
こんばんわ、岩上智一郎です。
俺は別にいい人って訳じゃないんで、今日は本音を書いときましょう。
ヒールって、嫌われて何ぼですからね。
俺が賞獲って本を出した時は、「岩上さん、本を下さい」と言ってくる馬鹿たくさんいましたけど、実際俺がこういう小説に関する記事を書いたところで、しほさんやみゆき以外、あと誰がコメント残しています?
当時買って「サイン下さい」って来た人には未だに感謝しています。
本を買ってくれ、温かい言葉をくれた人にも当然感謝しています。
俺の作品のレビューを書いてくれたロクスさんにもね。
足跡は同じようなメンバーがいっぱい毎日のようについているけど、みんな記事に興味はあったところで無関心を装っているだけじゃないですか。
誰も応援もないんだなって実感した俺は、それでも小説を書きたかったから、『少女たちの交換日記』と分かっていても、『ケータイ小説』ぐらいしかすがりつくものがなかったんだよ。
だって出版社とか、どこも俺なんて相手にしてくれないからね。
まあ、読売新聞とかTBSの人とか気に掛けてくれるから連絡はくれるけど、別にそれがじゃあ世に出しましょうってなるかと言えば、『新宿クレッシェンド』が発売されてから二年以上経つけど、何も成果なんてねえじゃん。
毎日コソコソ足跡だけつけているメンバーに対して、本音を言っときますね。
興味あるだけでコソコソと人の記事見て、応援する気ねえなら、おまえら全員こっちからマイミク外すぞ?
俺なんて、『鬼畜道』必死に書いているけどさ、ほとんどの人が振り向かないし、金なんて一円だって発生していないよ?
でも、書きたいから書いているだけだ。
もしさ…、俺のこの『鬼畜道』がギネスに載ったらさ、その時尻尾振ってくるなよ?
面白がって、ただ見ているだけの連中って悪いけど、マイミク外れろよ?
ウザいし、マイミクでいる意味合いあるの?
君らの好奇心を満たす為に、俺は生きている訳じゃない。
実際に街で会っても、同じようにシカトしてやろうか?
君らがやっている行為ってそういうのと一緒ね。
別に人に嫌われるのは、全然問題ない。
俺は作品を書くのが俺の生き様だからね。
ここまで読んでムカついた人……。
素直に退散して下さいね。
文句あって、喧嘩売りたいなら、喜んで買います。
でも、こういう時の俺って可哀相だから言っとくけど、すげー強いすからね。
本当の強さって教えといてやるよ!
いや、強さじゃねえか……。
命を張るって行為だ。

総合格闘技の試合出る時は、こうやって『試合で死んでも構わない』ってもんにサインしなきゃいけない。
こんなもんなんて、悪いけど、命を張っているなんて言わない。
俺が言わせない!
去年六月に亡くなった三沢さん……。
あの人は間違いなく命を張って、毎日を戦った。
どこがプロレスが八百長なんだ?
喧嘩も何もできねえ奴が、偉そうにほざいてんじゃねえよ、ボケ!
トモ
子育てと家事・育児の合間に拝見していましたが、毎回コメントを残すとなると難しい現状です。
コメントを残さない=岩上さんを応援していない、という事ではないのですが……。
すみません、自分の日記もままならない現在、そこまでの余裕が今はありません。
そして多分、これからもしばらくないと思います。
読み逃げばかりで申し訳ありませんでした。
マイミク今までありがとうございました。
大野信成
仕事も忙しいし、自分のブログで手一杯でこちらには中々お邪魔もできませんでした。
まあでも感じ方は人それぞれですからね。
すんませんした。
あの当時本当に馬鹿な事を書いてしまった俺。
どれだけの人を嫌な目に遭わせてしまったのか。
した行動は取り消せない。
余裕が無かったからと言い訳にもならない愚行をした俺。
多くの人間があれで離れていった。
今じゃ誰一人残っていない。
取り返しのつかない行為を積み重ねながらも、未だ俺はこうして図々しく生きている。
散々母親を否定し、憎悪という言葉だけで世の中へ拡散した新宿クレッシェンド。
その対象だったお袋はもうこの世にいない。
憎しみがあったのは確かだ。
しかし現実はその思いを文字に…、文章にしたものを残しただけで、何の和解も歩み寄りもなく、ただ時間だけが過ぎてその機会も何もなくなってしまっただけ。
どんどん月日と共にあらゆる知り合いが亡くなっていき、無駄に年だけ取った俺が、何故こうして役に立たないのに生きているのだろうか?
まだこんな俺に何かあるというのか?
これが自然の摂理なら、不思議でしょうがない。
生きる屍のような俺。
これ以上本当に何も無いんだぞ?
群馬の先生が言うような神様が本当にいるならば、いつでもこんな命を持って行ってくれや。
やらかした過去は替えれない。
それでもまだ先の未来があるなら、俺はもう少し考えて物事を言わないといけないのだ。
実るほど頭が下がる稲穂かな。
生前おじいちゃんが俺に言った言葉。
なるほどな…、本当にその通りだ。
いつだって俺は理解するまでが遅過ぎる。
二千十八年十一月二十二日、木曜日赤口、小雪。
気付けば二俣川から川越に戻ってきて二年が過ぎていた。
振り返ってみると、碌な進歩も無い俺。
決定的に変わった点は二つ。
盟友斉藤弘一の死。
俺のこの世に産んだ母親の死。
これが現実として起きただけ。
あとは競馬に狂い、いかに自身を見失っていたかを痛感する。
気付けば四十七年も生きていた。
五体満足で健康に……。
もちろん若い頃に身体を苛め抜き、鍛え上げた肉体の影響もある。
しかし俺より強靭だったジャンボ鶴田師匠、そして三沢光晴さんはもういない。
あと二年もすれば、鶴田師匠の年に追いついてしまう。
一時は小説が俺の向かう道かと勘違いした。
レスラーになろうとしたあの頃の心構えと、種類は違えども変わらない信念で没頭したつもり。
でも駄目だった。
才能の無い駄馬が必死に無我夢中で走ったところで、何の結果も出ないのだ。
ではどうする?
「……」
セブンスターに火をつける。
こんな俺に何ができる?
何が残されている?
大きく煙を吐き出す。
白い煙が宙に消えるのをジッと見つめた。
「分かんねえよ…、分かってりゃあこんなになってねえよ……」
思わず呟く独り言。
本当にいつから人生を踏み外してしまったんだか。
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