闇 13(会った事も無い妹編)
闇 13(会った事も無い妹編)
2024/08/05 mon
2025/07/11 fry
2025/08/19 tue
前回の章
休みの日はスナックで飲んだあと、隣りのトンカツひろむへ行くルーティン。
歌舞伎町の裏稼業であるゲーム屋で働く俺。
ひろむに来る客は、みんな俺が新宿で何の仕事をしているのかいつも聞いてくる。
「会員制のバーで働いているんですよ」
おじいちゃんの手前があるので、裏稼業と言えない自分が歯痒い。
「智一郎はアレだよ。ヤクザの用心棒をしてんだよ」
岡部さんが笑いながら口を挟んでくる。
なるほどと頷くひろむの客連中。
「そんな事した事ないですって!」
「ヤクザをボディーガードするぐらいなんだから、見ろよ、この身体」
悪ノリする岡部さん。
俺がいくら必死で言い訳したところで信じてくれない。
「新宿の智一郎の店、飲みに行っていいか?」
「いや、会員制なので無理なんですよ」
苦しい逃れ方をしつつ、嘘を嘘で塗り固めていく。
一度親父の弟である修叔父さんが「今、新宿にいるから智一郎、おまえの店どこだ?」と電話が掛かって来た事があった。
昼間だったのが幸いし、家で寝ていたところだったので川越にいると上手く誤魔化した。
この一件は今でも会う度、修叔父さんから「おまえは本当に冷てー奴だよな」と嫌味を言われる始末。
ヤクザの用心棒か……。
別にそんなものになるつもりじゃなく、純粋に身体を鍛え、自身の強さを総合格闘技のリングで証明したかっただけなのだ。
不完全燃焼、消化不良……。
そんな表現しか思いつかなかったあの時の総合格闘技復帰戦。
一年以上経った今でも、日課になっていたのでトレーニングだけは未だ続けていた。
伊佐沼の帰り道、島忠で鉄アレイを買うのでゴロゴロ余っている。
バックに五キロの鉄アレイ二つ入れ、新宿へ向かう。
従業員の誰かしら欲しがるかもしれない。
特急小江戸号で行くので、基本的に出勤時間より三十分くらい早めに着く
西武新宿駅前通りを渡ろうとすると、見覚えのある顔が通り過ぎる。
中田の野郎だ。
ワールドワンで店の金を抜いてクビになったクズ。
そんな事をしておいて、まだ歌舞伎町を堂々と歩いている姿に苛立ちを覚えた。
俺は中田の横にピッタリくっついて歩く。
気付かないはずがないほど接近しているのに、中田は知らんぷりをして前に進む。
「おいっ!」
俺が声を掛けてようやく止まる。
中田はパンチパーマを掛けスーツ姿。
「誰?」
俺の顔を覚えていないはずがないのに、あえて知らないふりをしている。
「岩上だよ。テメー俺の顔忘れたのかよ?」
「あーあ…、いたねー」
何を持って余裕持っているのか知らないが、中田は悪びれもせずスカしていた。
「おまえよ、よく金抜いてクビになってこの辺彷徨けんな?」
「今俺は◯◯組の事務所出入りさせてもらっ…、グハッ!」
俺は持っていたバックを中田の顔にぶつけていた。
大袈裟な奴だな…、あ、バックの中鉄アレイ二つ入れっ放しだったか。
蹲る中田の顔を下から蹴り上げる。
その上で番頭の佐々木さんに連絡を入れた。
「どうしたん、岩上君」
「佐々木さん! 中田の野郎が歌舞伎町を偉そうに歩いていたんで蹴飛ばしてやったところです。どうします? コイツどこか連れて行きましょうか?」
「いや、岩上君。店も構えているんだし、その辺にしといて。もうそれ以上やっちゃ駄目だよ」
「分かりました。俺はこれから店へ向かいますね」
電話を切ると倒れている中田の顔を踏みつけてから、一番街通りへ歩いていった。
新生ワールドワンの遅番は、責任者の俺、小山、山下、そこに新人の室屋と五十嵐が入ってくる。
病弱だった石黒は、体調不良から店を辞めた。
本当にゲーム屋の世界は人の入れ替えが激しい。
仕事の引き継ぎ時、吉田が声を掛けてくる。
「岩上さん、番頭の片桐さんの奥さんが入院したんですよ。それでみんなから金を集めて見舞いの品を送ろうかと」
コイツはそういった情報だけは、いつも耳が早い。
普段だらしないくせに、上の人間に対するゴマ擦りだけは天下一品。
どこでそんな情報を聞きつけてくるのか本当に不思議だ。
「じゃあ遅番からは一人千円ずつ集めときますよ」
「千円? 岩上さん何を言ってんですか? 早番は一人五千円ずつ徴収していますから」
ワールドワンは全部で十名。
五万円の見舞いの品を贈るつもりなのか?
「いや、あまり高価な物あげても逆に向こうが恐縮するでしょ」
「それならいいですよ。早番は早番で渡しますから」
本当に吉田のこういうところが大嫌いだった。
俺は仕方なく了解し、遅番の従業員たちには千円だけ出させ、残りは俺が負担してあげる。
面倒だから吉田には五千円出した体でいるよう言う。
これで俺は一万六千円分多く出している事になる。
本当に余計で無駄な出費だ。
本当にアイツの見栄から始まった。
いい加減にしてほしい。
系列のチャンプの従業員の林。
彼が店を辞めたようだ。
在籍期間は短かったとはいえ、仲良く仕事をしてきた仲である。
食事休憩を使い、チャンプへ聞き込みに行く。
有路の話だと◯◯連合というヤクザの組織に入り、ルイヴィトンのバックの偽物やシャブを売り捌いているらしい。
林は当初ネズミ講で自己破産し、新潟から新宿まで逃げてきたのに今さらヤクザ?
彼が何を考えているのか分からなった。
店で小山が「岩上さん、◯◯連合の林さん知ってるんですか?」と言われたので、状況を聞く。
スカウトも兼業でしていた小山は、新宿駅東口から真っ直ぐ歌舞伎町へ向かうスカウト通りで通行人の女性に声を掛けていると、背後から肩を叩かれる。
林が立っていてルイヴィトンのバックを買わないかと色々言われ断ると「どこの所属や?」と聞かれたのでワールドワンの名前を出したらしい。
「何や、岩上君とこかいのー。よろしく言っといて」で話は済んだようだ。
「岩上さん、ヤクザにも顔利くんですね」
「利く訳ねえだろ! たまたま知り合いが後付けでなっただけだ」
俺は仕事が終わると林がたむろっているところを探す。
小山の話では新宿駅まで向かう途中のスカウト通りで声を掛けられたと言っていた。
見つけたので声を掛ける。
「林さん! 絶対うちの従業員にシャブとか偽物売りつけないで下さいよ」
「おうおう、岩上君とこ手出す訳ないやろ」
杞憂に過ぎないが、一言伝えずにはいられなかった。
「何でヤクザ者になっちゃったんすか?」
「いやー、ワイも一介のゲーム屋の従業員じゃ、うだつ上がらんからのー」
「ほんと頼みますからね」
「おう、わかっちょる」
気弱で優しかった林も、ヤクザになった事で自分を大きく見せる為か話し方も前とは変わった。
もう俺がいくら声を掛けたところで、元には戻らないよな……。
同じ裏稼業だった元同僚。
しかしもう彼は違う世界の住人になってしまったのだろう。
元系列店エースの責任者だった加藤が客としてワールドワンへ打ちに来た。
「お久しぶりですね、加藤さん」
面倒見の良かった加藤。
今日は彼女と二人連れ。
期間は短かったが恩義は残っている。
この人があの時責任者でなかったら、俺がこうしてゲーム屋に残っていなかっただろう。
寝坊し仕事へ行けない俺は、知人が亡くなったと嘘をついた過去。
普通この業界なら即クビだ。
それを加藤がそのまま受け入れてくれたのだ。
何故かワールドワンを気に入ってくれ、こうしてたまに客として打ちにきてくれる。
ひたすらダブルアップをノーテイクで叩き続けあっという間に十万が溶けた加藤。
しばらく椅子に座ったまま放心状態である。
手持ちの金をすべてゲームで使ってしまったようで、彼女から「ご飯食べに行くの、どうするのよ?」と責められていた。
俺は自分の気に入っている中華料理の叙楽苑の出前を二人前頼み、加藤と彼女へ出してみる。
不思議そうな顔で俺を見る加藤。
「加藤さんには当時良くしてもらったんで、もしお腹減っていたらこれ食べて下さい」
「ありがとう…、岩上君ありがとうね」
今にも泣きそうな顔で加藤は出前を食べる。
この一件から加藤はワールドワンをより贔屓に来てくれるようになり、多くの仲間も連れてきて多額の金を落としてくれた。
ある日朝の十時手前になり、珍しく番頭片桐が店に顔を出す。
着替えいる吉田の顔を見るなり「おう、吉田! この間見舞いありがとうな。うちの女房も凄い喜んでいたぞ」とお礼を言っていた。
先日店で集めた見舞いのお礼を言いに来たのかと思っていると、片桐は俺を睨み付け「おい、岩上! オマエな、店で数字だけ出せばいいと思ってんのか? 少しは吉田見習え!」と怒鳴るだけ怒鳴り帰ってしまう。
何故俺が怒られなきゃいけないんだ?
おそらく吉田の事だ。
みんなの集めた金を店からと言わず、自分一人だけの手柄にしようと見舞いの品を送ったのだろう。
そうでないとあの片桐の対応はおかしい。
俺は吉田を睨み付けた。
すると「あれ、おかしいなあ…。ちゃんと片桐さんには店からですって言ったんだけどなー……」と言いながらホールに出て、仲の良い客と話をし始める。
早番と遅番で金は半分ずつ。
遅番に限っては俺が従業員の人数分掛ける四千円余計に払って補填して、この結末か。
客前で怒りをぶつける訳にもいかない。
本当にあの豚はこういうところだけ抜け目ないのだ。
俺は壁を殴って無言で店をあとにした。
加藤の紹介で尾崎という客がいた。
いつも来るとだいたい五万円くらいの勝負はしてくれるので、良い客である。
ある日仕事終わりに五十嵐を連れ食事へ行き、一番街通りの突き当り、靖国通りのドトールの前を歩いていると、妙に人だかりができていた。
何かあったのかと覗くと、客の尾崎が鼻血を出して道端に倒れている。
慌てて人混みを掻き分けて尾崎を抱き起こす。
「尾崎さん、どうしたんですか?」
肩を貸して起こすと背後から「何だ、おまえは?」と大きな声で怒鳴られる。
見るとホスト三人組が立っていた。
「俺が女連れて居酒屋で飲んでたら、トイレ行った隙にコイツらが声掛けて来やがってよー。顔見て何だよって言いやがって、表出ろって出たら三対一だからやられちゃって……」
状況は理解できた。
単純にホストが悪い。
「何だ、オメーは?」と凄むホストの顔面を右手で鷲掴みして壁に叩き付ける。
もう一人の首目掛けて右手で喉輪の態勢で壁に押し付けた。
「尾崎さん、コイツらどうします?」
「土下座しろ、この野郎!」
睨んでくるホスト。
俺は首を絞めていた指から爪をたて激しく皮膚に食い込ませる。
「聞こえてないのか、兄ちゃんたち」
ホストの首から血が滲みだす。
「す、すみません!」
呆然と立ち尽くしているホストの髪の毛を鷲掴みした。
「おまえら、耳聴こえないのか?」
そのまま頭突きをお見舞いする。
俺の一撃でホストたちは大人しくなり、靖国通りの道端で土下座させ解放した。
「尾崎さんもう帰るんですよね?」
肩を貸しながら西武新宿駅前のタクシー乗り場へ向かう。
「あなた、大丈夫?」
後ろから妙にハスキーボイスが聞こえ、振り向くとハイヒールを履いているとはいえ俺と身長が変わらないニューハーフが立っていた。
え、あなた?
俺が呆然としていると、尾崎はバツの悪そうな顔をしながら「コイツはよー、見てくれはアレかもしれないけど、その辺の女より女らしいしよー」と意味不明な台詞を喋りながらタクシーへ乗って消えた。
俺が正義感ぶってやった事って何?
確かにあのホストも顔見て何だよぐらい言うよな……。
この日から尾崎の姿をワールドワンで見掛ける事は無くなった。
こんな話をトンカツひろむでしたら、また岡部さんが「やっぱヤクザの用心棒だろ?」と得意そうに言うのが目に見えていたので地元では黙っておいた。
ある日、朝方になり売上金を佐々木さんから事務所まで持ってきてと頼まれ、セントラル通りを通過する。
普段なら店まで取りに来るのに珍しいな。
以前行った事のある風俗『11チャンネル』の前を通ると、店のスタッフ五人が一人の客を取り囲んでいるのを見掛けた。
客の顔を見ると、チャンプの従業員の久保田だったので思わず足を止める。
何か揉めたのか?
しばらく見ない内に久保田は随分ほっそりしていた。
多勢に無勢だもんな。
よし、助けに入るか。
俺は近付き「どうしました、久保田さん」と声を掛けた。
スタッフの一人がこちらを見て睨み付けてくる。
「おまえら俺の連れ囲んで何してんだ、おい!」
凄むとスタッフは「このお客さんが女の子に本番強要したんですよ!」と答えた。
ひょっとして俺、とんでもない勇み足しちゃったのかと固まる。
「久保田さん、本当にそんな事したんですか?」
「し…、してないよ……」
嘘なのは分かっていた。
ただ俺は金を事務所まで届けにも行かなきゃいけない。
久保田の腕を掴みながら、「オマエらよ? 客がしてないって言ってるのに言い掛かりつけてんのか?」と怒鳴りながらスタッフたちをどかす。
「ほら、行きますよ、久保田さん!」
多少強引だがドサクサに紛れ、俺は久保田の窮地を救ってそのまま逃げた。
「久保田さん、本番したいなら川越に一万円…、全部一万三千円だったっけかな? そのぐらいで本番できる店ありますよ」
「え、ほんと! 川越のどこ?」
目を輝かせる久保田。
これは11チャンネルの従業員が言ったように、あの店でも本番強要したんだろう……。
いつか時間作って川越へ案内してやるか。
この頃仕事出勤前に本川越駅前のジャズバーのスイートキャデラックで軽く飲んで新宿へ向かい、終わると家に帰ってトレーニング後、近所の整体へという繰り返しだった。
休みの日はスイートキャデラックこら始まり、キャバクラを梯子して終わりは家の隣のトンカツひろむで飲んで寝るような生活。
ある日バーのジャックポットのオーナーである野原さんが入院したと先輩の岡部さんから聞く。
次の休みにでもお見舞いへ行こうかなと考えている内に、野原さんは退院した。
トンカツひろむで相変わらず飲み続ける彼は、岡部さんから「酒で入院したばかりなのに、あんたは一回死ななきゃ治らない」と皮肉なジョークを言われながらも、笑いながら梅干しサワーの梅を割り箸でつついて飲んでいる。
そしてその一週間後、亡くなった。
葬儀の時泣き崩れる岡部さんを見ているのが辛かった。
その姿を見て、俺も涙が自然と零れた。
たまにひろむで会って一緒に飲んだだけの仲。
なのに何故こんなにも悲しいのだろう。
いや、この人と言い合いになったからこそ、俺はまたリングに立とうと決意したのだ。
付き合いは短い。
でも、俺にとっても重要な意味合いを持つ人だった。
棺桶に入ったガリガリに痩せこけた野原さん。
亡くなるの早いんだよ!
いつもひろむで梅干しを割り箸で突きながら酒飲んでよ……。
思えば俺の窮地には、何だかんだ隣りにいていつも話を聞いてくれていた。
いつだって無精髭生やしてさ……。
俺はあんたに何一つしてやれなかった。
そっか…、分かった。
せめてさ…、今日から俺があんたのヒゲ受け継ぐよ。
最後のお別れの時、俺は勝手にそう誓った。
但しあんたのような無精髭じゃねえ。
モミアゲから顎まで繋げるけど、俺はキチンと整えるからな。
自然とまた涙が流れた。

この日より俺は髭を伸ばしだす。
野原さんとの繋がり、そして継承を勝手に誓った。
そしてこの日から数週間後、今度はまだ四歳くらいだったスガ人形店の跡取りで先輩でもある須賀栄治さんの子供が病気で亡くなる。
身近な人間がこんな短期間で亡くなってしまうなんて……。
葬儀で気丈に振る舞う栄治さん。
奥さんはガリガリに痩せ、見るのも辛かった。
二つとも葬儀場は川越のやすらぎの里。
人生の因果ともいうのだろうか?
遣る瀬無い気分のまま、俺は今日も新宿歌舞伎町へ向かう。
チャンプの原から食事に誘われる。
自分より唯一立場が上の責任者の有路の悪口が凄い。
俺は有路とも仲が良いので、いつもまあまあと彼を宥めるだけだ。
「そういえば久保田、あれそろそろヤバいな」
突然久保田の話題になる。
以前も風俗店の前で本番を強要し従業員たちに囲まれていたが、また何かしでかしたのだろうか?
詳しく聞くと、ヤクザ者になった林がこれ使えば痩せるよと久保田へシャブを打っているらしい。
林の奴、あれほど身内にシャブを流すなと言ったのに……。
俺が問い詰めにいったところで、岩上君の店の人間にはとすり替えられるだけだろう。
久保田はここ数ヶ月で見る見る痩せて、最近ではシャブ汗と呼ばれる首の後ろ側しか汗を掻かないようだ。
確かに一般人なのに体重百キロ超えは大変だ。
元相撲部屋にいたというだけでの大きな身体。
特に運動する事もなく、仕事して風俗の繰り返し。
店は違えど俺がこの系列へ入った時の最初の仲間であり、お互いに仲良く付き合ってきたつもり。
しかし最近俺も自分の店の従業員たちとの付き合いで、彼との付き合いを疎かにしていた。
まさかシャブに手を出していたとは……。
何とかしたいが、極度のシャブ中に何を言っても無駄なのは過去色々見てきている。
結局のところシャブは自己責任であり、自分で何とかするしかないのだ。
何かで話せる機会があれば、彼のプライドを刺激しないよううまく話を持って行かないと。
複雑な気分のまま川越に戻る。
「あ、兄貴さー。何か変な噂聞いてよ」
弟の徹也から変な話を聞いた。
うちら三兄弟を捨て出て行ったお袋。
今一緒に住んでいる二階堂さんとの間に娘がいるらしい。
普通に成長していれば俺の十歳年下。
男だらけの兄弟。
もしその話が本当なら俺たちには片親だけだが血の繋がった妹がいるという事になる。
会ってみたいが、あのお袋とは関わりに遭いたくない。
相手の二階堂さんはいい人である。
自衛隊に入った頃であるが、親父と離婚させる際話し合いをした時に人柄が良いというのは理解できた。
お袋と関係が無ければとても慕っていただろう。
あの人とお袋の間に、娘がいたのか?
半分だけ血の繋がった顔も名も知らない妹か……。
徹也に聞いてから、最近この事ばかり考えている俺。
本川越駅に着き、長い商店街サンロードを歩く。
向かいからは乳母車を押したおばあさんがゆっくり歩いていると、背後からもの凄いスピードで車が来てクラクションを派手に鳴らす。
おばあさんは驚き危うく転倒しそうになる。
何て酷い運転をしやがるんだ。
俺は車が通れないよう道路の真ん中に立ち塞がった。
けたたましいクラクション。
それでもどかないと、車は急ブレーキで止まる。
「どけよ、このやろ……」
窓から顔を出して怒鳴りつけてきた男の声が途中で止まった。
「朝からうるせえんだよ、ボケッ!」
俺を車のドアを思い切り蹴飛ばしてやる。
馬鹿な運転を朝っぱらからしていた主は、俺の全日本プロレスを台無しにした同級生の大沢史博だった。
彼は下を向き、無言のままである。
俺はおばあさんに「大丈夫でしたか?」と声掛け、身体を起こすのを手伝ってから家に帰った。
休みの日、行きつけのバーであるスイートキャデラックでグレンリベットを嗜み、小腹が減ったので店を出てくれモールを歩く。
ふらんす亭が目に入る。
小学時代の同級生だったオギノ化粧品。
その向かいにあった同じクラスにもなった事のある加藤金物店。
その場所がふらんす亭になっていた。
加藤…、下の名前まで覚えていないが、仇名はカトハン。
もうどこかへ引っ越して川越にいないかもな。
俺はふらんす亭に入り、レモンステーキを食べた。
斜め向かいのビルの二階にキャバクラがあったので、ふらりと入ってみた。
女の飲み屋で飲む場合、ほとんどがスナック。
総合格闘技の試合へ出る前、中央通り沿いの地下にあったキャバクラのシンデレラ。
キャバ嬢のさえと口論になってからは、キャバクラ自体行っていなかった。
たまには違う店でも探索してみるか。

「お客様、ご指名のほうは?」
「初めてだから指名も何もないよ」
席に通され、タバコに火をつける。
「お客様、お待たせしました」
たまたまフリーで俺の席に付いた可愛い飲み屋の女。
「名前は?」
「ミサキだよー、よろしくね」
「何歳なの?」
「二十歳になったばっか」
俺が三十歳だからちょうど十個下。
徹也の言ってた妹と同じ年……。
この子との会話はとても楽しかった。
まだ見ぬ妹と、ミサキを勝手に重ねてしまう。
お互いの連絡先を交換し、こうして俺とミサキの妙な付き合いが始まった。
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