闇 387(2017年開幕とレントゲン編)
闇 387(2017年開幕とレントゲン編)

2025/11/06 thu
前回の章
二千十七年一月一日、日曜日元旦、先負。
一人寂しく年越しをして、何も無いまま新年を迎えた俺。
忌々しい二千十六年が終わり、今年こそはいい年を迎えたいものだ。
坊主さんに連絡をして新年の挨拶。
裕子さんには年末に電話で現状を話していたので、スムーズに伝わっている。
岡部さんに電話をして新年の挨拶。
とりあえず五万円ずつ返す事を伝えると、あれはあげたものだからと怒られる。
「いやいや、そうはいかないですよ! あれで俺は本当に助けられたんです」
「分かった分かった。でもおまえも働き出してまだ一ヶ月も経ってないだろ? そんな急がないでいいよ」
思い出したくもない二俣川の悪夢の日々。
「岡部さんはいつが仕事休みなんですか?」
「基本的に土日になるな。急に仕事入る場合もあるけど」
「じゃあ自分も日曜日休むようにしますね。まだ店が休みなので決まりではないですが」
「あいよ。今度また休みの時に連絡ちょうだいよ。あんま無理すんなよな」
電話を切ると、マゲたちの様子を見に行く。
家の目の前とはいえ、起きて鳥の囀り声が聞こえないのは寂しい。
階段を降りる途中で、踊り場に叔母さんのピーちゃんが飼っている黒猫が俺を見ていた。
チャオチュールで若干餌付けしていたのが聞いたのか少しは慣れてきたのか?
「おいで」
そっと近付き頭を撫でようとすると、身を翻し逃げていく。
何だよ、あのクソ猫。
もうチャオチュールやらないからな。
まあいい、俺にはマゲ一家たちがいるのだ。
駐車場の管理室の鍵を開けて中へ入る。
毛布の掛かった二つの鳥籠。
餌や水を確認限り、徹也の奴キチンと面倒は見てくれているようだ。
有難い事である。
元旦ぐらい自分の家族と時間を共有しないとね。
俺は何時間もマゲたちの様子を眺めながら過ごす。
こっちに帰って来てから飯野君と会っていないな。
電話を掛け挨拶を済まし、食事へ誘う。
だが彼も母親と妹と一緒に住んでいるので、三日にならないと予定が空かないらしい。
けいこと愛は、岡部さんに金を返し終わるまで禁止と自身にルールを設けた。
なので下手に連絡などしてしまうと、そのルールすら簡単に破りかねない。
家に戻ると親父と廊下で遭遇。
「おう、あけましておめでとう」
「あけましておめでとう」
何気ないやり取りだが、おそらく子供の頃を除けば大人になってから初の新年の挨拶ではないだろうか?
去年までならあり得ない光景。
地獄めぐりを潜り抜け川越に生還し、自分で引いていた壁が崩れたのか。
まあ親子で挨拶ぐらい問題無い。
「……」
そういえばネグレストだった親父も、子供の頃お年玉だけはちゃんとくれていたっけな……。
おじいちゃんがいたから多くの人が実家には挨拶に来た正月。
昭和時代の小学生だった俺は、その期間だけで十万円近くのお年玉をもらえた。
「あんま無理すんなよな」
先ほど岡部さんに言われた台詞。
うん、おそらくこの金の遣い方なら岡部さんも怒らないだろう。
俺はのし袋へ一万円札を四つ折りにして入れる。
隣りにある親父の部屋をノックした。
「あ、何だよ?」
ドアを開け、お年玉を渡す。
「あ、何だよ、おい……」
照れ臭そうに受け取る親父。
俺は黙ったまま部屋へ戻る。
自分でした行動が妙に照れ臭かった。
親から子へ。
四十五歳になり子から親へ。
たまにはこんな正月もいいんじゃないだろうか。
俺はプレステーション3の電源を入れると、ゲームをして時間を潰した。
二千十七年一月三日、火曜日大安。
中学時代の同級生飯野君と、初詣に行く。
高校時代から知り合いの成田山川越別院へ。
境内の中はそこそこの人だかり。
久しぶりに坊主の有原照龍や住職の平井さんと話そうと思ったが、これでは難しい。
「飯野君、お腹は?」
「そこそこ減ってますね」
「先にご飯食べに行こうか?」
「どこへ行くんです?」
正月期間なので営業している店も限られるだろう。
俺たちは成田山から第一小学校の方向へ抜け、開いている店を探す。
「あ、ジャズやってたわ! 飯野君、ここでもいい?」
「はい、僕は大丈夫ですよ」
川越の古き良きレトロな喫茶店ジャズへ入る。

何年ぶりぐらいだろうか?
高校生の頃から二十代半ばまで。
まだ新宿歌舞伎町へ行く前の頃、暇があるとする事なくてこの店の漫画を読みに来た。
入ってすぐのテーブルにはほとんど座った事がない。
俺は飯野君を促し奥へ進む。

少し手狭な感じの奥の別室のテーブル席。
昔と変わらず漫画本がぎっしり入った棚が置いてある。

ここで六田登の『F』全巻を読んだもんなあ……。

手書きのメニューを眺める。
昔からここへ来ると頼むものは決まっていた。
一番はビーフドリア。
次にハンバーグ。
いつも一つじゃ足りないから、ミートソースやサンドイッチ系を追加で頼む。
まだ携帯電話も無かった時代なので、いかに休みの日を暇潰しするか。
そういった意味でもこの喫茶ジャズや、ジミードーナツのような店は俺にとって貴重な場所だった。
まだ漫画喫茶すら無い時代だったもんな……。

久しぶりなので、もちろん注文はビーフドリア。
飯野君はこの店一番人気とハーフ&ハーフを頼む。
これはピラフとスパゲティの半々が一つの皿に盛ってあるものだが、これを頼むぐらいなら量が足りない俺は一皿ずつを別途に頼むので注文した事がなかった。

熱々のビーフドリアをゆっくり味わいながら食べる。
昔懐かしい味が口内へ充満していく。
四日から仕事始め。
去年の体調不良も考え、無理に休まないのも良くないと反省した俺は、基本的に日曜日休みに決めた。
食事を終え成田山へ向かう。
高校生の頃アルバイトした山口油材で共に働いた生臭坊主の有原照龍の姿が見える。
ここへ来るのはいつ以来だ?
ストーカー女になる前の山崎ちえみを連れて来た以来?
有原照龍が俺の姿を発見し、若い坊主に「見ろ、岩上智一郎が女連れで成田山来てるぞ」と笑いながら話しているので挨拶に行った。
「整体のほうどうよ?」
「まだまだ全然ですよ」
「おい、俺の後輩で智一郎って言うんだけど、整体やってるから診てもらえば?」
「え、ほんとですか!」
有原照龍は勝手に若い坊主の治療をタダでしろと抜かす。
まあ高校生の頃、よく遊びに連れてってもらったし、まあいいか……。
「分かりましたよ、ダイナマイトちんちん有原大先生」
「また随分懐かしい仇名覚えてやがるな。まあ智一郎頼むよ」
成田山の若い坊主を立たせ、後ろから両腰の骨へ、親指を捻じ入れる。
「ウギャーッ!」
「痛いのは腰が痛いからだ。一分このまま我慢しろ」
いつもより三倍増しで痛くしてやった。
その様子を見て、ちえみは大笑いしている。
彼女を駅まで送ると、少し遅れたが岩上整体をオーブンさせた。
いやいや、違うでしょ?
それじゃ、二千七年まで遡ってしまう。
さすがに十年前って事はあり得ないよ。
あ、そうだ。
池袋のインカジ『バラティエ』時代に、伊達を連れて来たんだ。
五百羅漢を見せながら、歴史的な説明をする。
「川越ってこういう場所もあるし、何だか面白いところですね」
続いて喜多院から戻る途中にある成田山川越別院へ寄った。
ここには住職の平井さんを始め、ガソリンスタンド『山口油材』時代一緒にアルバイトした先輩の有原照龍など、坊主の知り合いが多い。
入口の池にいる亀を眺める。
ここはいつ来ても無数の亀がいた。
鯉もいるが、やはり亀の数が妙に目立つ。
よく見ると、すっぽんもいるはず。
俺は伊達に声を掛けてすっぽんを探す。
無数の亀の中、すっぽん一匹だけ池の縁にいるのを見つけた。
「あ、岩上智一郎だ!」
寺の中から有原照龍が声を掛けてくる。
何故かこの人は俺の名前を呼ぶ時いつもフルネームで呼ぶ。
「岩上さん、お坊さんまで知り合いいるんですか?」
「何かご利益感じませんか?」
俺たちは再び祭りへ戻り、終わりまで飲み続けた。
そうそう、確か提灯祭りの時だった。
俺が横浜へ行く前だから二千十一年?
それでも六年前になるのか……。
伊達の奴、思い出すとイライラしてくる。
あれで実家にまで泊めてやったのに、インカジ新宿クレッシェンドでクソの役にも立たなかったよな。
住職の平井さんとも久しぶりに再会。
裏稼業で働いている事は隠しつつ、会話に花を咲かせる。
「平井さん、あいからず女の飲み屋は行ってんですか?」
「何歳になったと思ってんだよ。さすがにもうね…。まあたまにちょっと行くぐらいか」
俺が二十代半ばの頃、クラブ『五次元』で偶然的な会い方をしたのも未だハッキリお互いの記憶に残っている。
タバコが吸いたくなり、寺の中ではさすがにマズいと境内の外へ向かう。
「岩上!」
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